【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
朝、白鹿亭の部屋で出発準備をしていると、
ティナが俺をじっと見て眉を寄せた。
「その髪、どうするつもり?」
「どうするって……別に、このままで」
「このままでって……あんた、昨日もボサボサだったじゃない」
ティナは呆れたようにため息をついた。
「ちょっとこっち来なさい。座って」
「何を……」
「髪くらい結いなさいよ。はい、じっとして」
言われるまま椅子に座ると、ティナの指が器用に髪をまとめていく。
慣れない感触に、くすぐったさと照れが一度に押し寄せた。
「……できた。ほら、可愛いじゃない」
「か、可愛いって……」
「素直に喜びなさいよ」
ティナが満足げに頷く。
「せっかく綺麗な髪なんだから、ちゃんとしないと勿体ないわよ」
「……うん」
褒められ慣れてないせいか、胸のあたりが妙にむず痒い。
「よし。じゃあ行きましょうか。遅れるとヴァンに何言われるか分かったもんじゃないし」
「わかった」
そんなわけで、髪型まで整えられ、俺たちは白鹿亭を後にした。
朝の空気は、少しひんやりしていて気持ちが良かった。
白鹿亭を出て、石畳を踏みしめながらギルドへ向かう。まだ日も上りきっておらず、通りにいる人もまばらだ。行商の荷車の音と、パン屋の前で立ち上る香ばしい匂いが、朝が動き出していることを告げている。
(……下着があるって素晴らしいな)
昨日買った、まともな下着と、新しい服。
柔らかい胸当てとショーツ、インナーにズボン、その上に軽い上着。どれも肌なじみが良くて、歩くたびに「ごわごわした悪意」を感じていたリネンとは比べものにならない。
「ねぇ、さっきから妙に機嫌良さそうだけど」
隣を歩くティナが、じとっとした視線を向けてくる。
「……別に。普通だ」
「どう見ても解放感に満ちた顔してるんだけど」
(そりゃあ、ノーパン卒業できたら誰だってこうなるだろ……)
口には出さず、咳払いでごまかす。
少し前を歩いているカイトが振り返った。
「今日はいよいよ、オーロックの森ですね!」
「いよいよってほどの大冒険じゃないわよ。入口付近まで案内するだけなんだから」
「それでも、森渡りのヴァンと一緒に行けるなんて滅多にない機会だよ! 僕、ちゃんと話できるかな……」
カイトの目が、完全に憧れで輝いている。
ああいう「分かりやすい英雄」は、カイトにとって理想像なのだろう。
そんな話をしながら歩いていると、ギルドの建物が見えてきた。
まだ朝早いせいか、昨日より人は少なめだ。だが、ギルドの前には既に一人、黒い影が立っていた。
「お」
銀の髪が、朝日にわずかに光る。
昨日、一度会ったばかりの男──ヴァンは、ギルドの壁にもたれかかりながら、軽く手を挙げた。
「おはよう、カイト。ティナ。そして──アウラ」
昨日と違って、今日はきちんと装備を整えている。
黒を基調とした軽そうな革鎧に、動きやすそうなブーツ。腰には、装飾の少ない、しかし一目で良い品だと分かる剣。
寝癖もヒゲも綺麗さっぱりなくなり、「二日酔いの兄ちゃん」から「ちゃんとした冒険者」に見た目がアップグレードしていた。
「おはようございます、ヴァンさん!」
カイトが嬉しそうに頭を下げる。
「おはよう」
ティナは一応挨拶しつつも、若干警戒気味の目だ。
「やぁ、二日酔い明けの体には、朝の空気がしみるねぇ」
ヴァンは軽く伸びをすると、俺のほうを見てにっこり笑った。
「その髪型も、すっごく似合うじゃないか。朝から可愛くてびっくりしたよ」
「っ……朝からそのテンションはやめろ」
「事実しか言ってないさ」
さらっと言ってのける。
その言い方が妙に慣れているからこそ、余計にタチが悪い。
(……この軽さでミスリル級なんだから、世の中よく分からない)
そう内心で悪態をつきつつも、表面上は「はいはい」という顔で流す。
「じゃ、さっそく行こうか。入口までならそんなに遠くないし、昼前には戻ってこられるだろ」
ヴァンは踵を返し、森のあるほうへ歩き出した。
俺たち三人は、そのあとに続く。
街を抜けると、すぐに景色は変わった。
畑と草原。その向こうに、じわじわと迫ってくる緑の塊──オーロックの森だ。
道はよく踏み固められている。街から森へ向かう者がいかに多いかが分かる道だ。
「カイト」
歩きながら、ヴァンがふいに声をかけた。
「オーロックの森には、今までどれくらい入ったことがある?」
「えっ? えっと……浅いところまでなら、何度か」
「キラーボアに会ったのは初めて?」
「はい。こんな入口近くで出るなんて聞いたことなかったですし……」
「そうだよなぁ」
ヴァンは頭の後ろで手を組み、空を見上げる。
「俺が知ってる限り、キラーボアはもっと奥に棲んでる。入口付近に来るとしたら、かなりのイレギュラーだ」
「やっぱり、何かに追われてたんですか?」
「可能性は高いね。……まぁ、その辺りは“調査隊の仕事”だ。今日はそこまで突っ込むつもりはないよ」
言葉こそ軽いが、その横顔には真面目な気配も混じっていた。
「アウラは?」
不意に名前を呼ばれる。
「ん」
「森歩きは慣れてる? キラーボアを倒せるってことは、戦うのには慣れてそうだったけど」
「どうだろうな。森のど真ん中を歩き回った経験は少ない」
実際、前世でやっていた山歩きは、整備された登山道くらいだ。
地球の山も、異世界の森も、「真ん中まで突っ込んだら大体死ぬ」という意味では似たようなものだが。
「まぁ、大丈夫。今日は入口付近だけだし、俺もいる」
ヴァンは自分の胸を軽く叩いた。
「万が一のときは、僕がアウラを守るよ」
「俺だけか?」
「そう言っておいたほうが、格好つくだろ?」
にこっと笑う。
ティナが横から冷えた目を向けた。
「はいはい、ヒーロー気取りはその辺にしておきなさい」
「えー、ひどくない?」
「事実を言ったまでよ」
そんな他愛もない会話を交わしているうちに、森はすぐ目の前まで迫ってきた。
オーロックの森の入口は、思ったよりも「普通」だった。
大きな木々が並び、その合間に人が通れるだけの隙間がある。入口付近は、冒険者や木こりたちが往来するおかげか、下草もある程度踏みならされている。
森の中からは、鳥の声と、見たことのない虫の羽音が聞こえてきた。
「じゃ、キラーボアが出た場所まで案内してくれる?」
ヴァンが振り返る。
「ああ」
俺とカイト、ティナは互いに顔を見合わせ、この間と同じルートを辿るように森の中へ入って行った。
地面は柔らかく、ところどころ根っこが浮き出ている。
木々の間から差し込む光がまだら模様を作り、空気はひんやりとしているのに、じわじわと汗がにじむ。
「この辺りから、少し奥に入ったところだな」
昨日歩いた記憶を辿りながら進む。
頭の中で、キラーボアの姿が何度も再生される。突進してくる巨体、あの質量。
「……あの木だ」
俺は一本の大きな木を指さした。
幹に、深くえぐられた傷跡がある。キラーボアが角をぶつけたときにできたものだ。
「うわ……」
カイトが息を呑む。
「前は余裕なくてちゃんと見てませんでしたけど……すごい傷ですね」
ヴァンも近づき、幹をじっと見つめた。
指でなぞるようにしながら、周囲の地面にも目を走らせる。
「角で削った跡だな。……こっちから走ってきて、お前たちとぶつかったのか」
足跡らしいくぼみや、土の乱れを確認している。
普段の軽さからは想像できないほど、目は真剣だ。
「どっちの方向から現れた?」
「向こうだ」
俺は森の奥を指さす。
「俺たちは、あっちから出てきて、ここで遭遇した」
「ふむ……」
ヴァンはその方向に少し歩いていき、立ち止まって周囲の気配を探るように目を細めた。
しばらく黙っていたが、やがて肩をすくめる。
「まぁ、今日はこの辺にしておくか」
「いいのか?」
「調査隊が来たときに、また改めて見るさ。入口付近なら、そうそうヤバいものも出ないだろうし。……多分ね」
最後だけ、少しだけ冗談めかした声色だった。
「とりあえず、“ここからこの方向に走ってきた”って情報があれば十分だ。ありがとな、三人とも」
「役に立てたなら何よりだ」
そう答えた、そのときだった。
耳に、ぬちゃりと嫌な音が届いた。
(……今の音は)
振り向くより早く、視界の端で何かが跳ね上がるのが見えた。
青緑色の、半透明の塊。
小型犬くらいの大きさのそれが、弾丸のような速度でこちらに飛びかかってくる。
「アウラ──!」
ヴァンの声。
同時に、彼が剣に手を伸ばす気配。
だが、それより早く。
世界が、眩い光に包まれた。
「──っ!?」
何が起こったのか、分からなかった。
肌の上で、何かが弾ける感覚があった。
布が裂ける音。糸が引きちぎられる感触。軽い衝撃と、風。
(え……?)
視界が白に染まり、それがすっと引いていく。
同時に、体の中心がぐん、と前に出た。
自分の意思とは関係なく。
足が一歩、勝手に踏み込む。
腰のあたりで、何かが跳ねた。
鞘から抜ける金属音。握った覚えのない柄の感触。
「……っ!」
自分の腕ではないみたいに、滑らかに剣が振り抜かれる。
空気を裂く音と、小さな悲鳴のような濁った音。
青緑色の塊が、目の前で真っ二つに割れた。
地面に落ちるより早く、切断面から黒い煙のようなものが噴き出し、塊そのものを溶かしていく。
一秒もかからなかったと思う。
スライムらしきものは、跡形もなく消えた。
「…………」
森が、しんと静まり返った。
鳥の声も、風の音も、一瞬遠のいたみたいに感じる。
「アウラさん……?」
最初に声を出したのは、カイトだった。
振り向いた彼の顔が、真っ赤に染まった状態で固まる。
ティナも、目を見開いたまま言葉を失っている。
(え……?)
胸が、妙にスースーする。
背中、腰、腿。風がやたらと肌に当たる。
(まさか……)
恐る恐る、自分の体を見下ろした。
銀色の鎧。
胸元ギリギリの装甲。
腰から下は、ほぼ布面積ゼロに近い。守る気があるのか疑うレベルだ。
──アウラ特製ハイレグアーマー。
「なん、でだ……」
喉から漏れた声は、ほとんどかすれていた。
「なんで、これを着てるんだ……!?」
ついさっきまで着ていたはずの服は、どこにもない。
足元には、破片になった布と糸がわずかに散っているだけだ。
肌には、さっきまでの柔らかい布の感触はなく、代わりに、あのいやに肌に馴染む鎧の心地よい冷たさがあった。
(嘘だろ……昨日買った服……下着……)
脳裏に、昨日の店と、優しそうな店員の顔がフラッシュバックする。
「これでやっとまともに歩ける、と思ったのに……!」
頭を抱えたくなる。
さっきの一瞬を思い出す。
光った。
服が弾けた。
鎧が、勝手に身体にまとわりついた。
さっきの踏み込みも、剣を振った感覚も、自分のものではなかった。
足は勝手に前へ出て、腕は勝手に剣を振っていた。
(そういえば……この鎧の説明に……)
俺は以前見たハイレグアーマーの効果を思い出した。
──危険時自動装着。
──危険察知装着。
敵意・殺気・落下・魔法反応などの危険を感知すると即時装着される。
※強制発動時は演出効果として光が走ります。
スライムに襲われて自動装着したって事か……。
そして光ったのは演出効果──。
自分の腰の剣を睨みつける。
鞘に収まったその刀身は、何食わぬ顔で静かにそこにあった。
「ア、アウラ……?」
ティナの声は、かすかに震えていた。
「その……大丈夫なの?」
「……あぁ、とりあえずは何とか」
体が勝手に動いた。剣も、勝手に抜けた。
自分でもぞっとした。
自分の身体なのに、自分で制御できなかったという事実。
「さっきの光も……鎧も……何もかも、勝手に……」
言葉を途中で切る。
視線を上げると、少し離れた場所でヴァンが立ち尽くしていた。
さっきまで抜こうとしていた自分の剣は、半分も鞘から出ていない。
間に合わなかったのだろう。
その目が、じっとこちらを見ていた。
(……やばい。完全に見られた)
勝手に動いた剣。
勝手に装備されたハイレグアーマー。
スライムを消し飛ばした一撃。
ヴァンの視線が、ゆっくりと俺の頭から足の先まで降りていく。
じろじろ見られているというより、何かを測るような目だ。
そして──
「…………」
しばらく沈黙したあと、ぽつりと一言だけ、落とした。
「……エロすぎんだろ」
「そこかよ!!」
思わず全力でツッコんでいた。
真っ赤になったティナが、横で怒鳴る。
「そういう問題じゃないでしょ!!」
「い、今見るつもりはなかったですからね!? 僕、見てませんからねアウラさん!!」
カイトはカイトで、顔どころか首筋まで真っ赤にして、全力で視線を逸らしている。
地面しか見ていない。
「いや、だって……」
ヴァンが頭をかきながら、苦笑いを浮かべる。
「急に光ったと思ったら服が全部吹き飛んで、その鎧だぜ? エロすぎるだろ。真面目な感想だよ」
「真面目に言うことか、それを……!」
涙目になりながら叫ぶ。
(やめてくれ……本当にやめてくれ……)
恥ずかしさと、恐怖と、怒りと、諦めがぐちゃぐちゃになって胸の中をかき混ぜる。
勝手に動く剣。
勝手に装備される鎧。
今まで「ちょっと癖のある武器防具」くらいに受け止めようとしていたが──
(……完全に、こっちの都合なんて聞いてくれないじゃないか)
俺の意思がどこにあるのか、分からなくなりそうだった。
それでも。
奴らのおかげで、スライムに喰われずに済んだのも事実で。
それが余計に、腹立たしくて、情けなくて、悔しかった。
(……せめて、“服を犠牲にしなくてもいいモード”とか用意しておけよ……)
心の中で、女神の額を全力で小突きながら、俺はただ、森の冷たい空気を必死に吸い込んだ。