【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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113話 伽藍の胴

 白い骸骨の仮面を見た瞬間、以前オーロック門で戦った男だと分かった。

 忘れるわけがない。

 

「……お前」

 

 俺が魔剣を握り直すと、骸骨仮面の男は俺を一瞥した。

 すぐに襲い掛かってくる様子はない。むしろ何かを確かめるように俺の姿を眺めると、片手を顎へ当てて小さく頷いた。

 

「ふぅむ……姿を変えているとは聞いていましたが……なるほど。これだけ印象が違っていては、見つけ出すのも難しかったでしょうねェ」

「……っ」

 

 変装していることを知っている?

 どこから漏れたんだ……。

 そんなことを考えていると、骸骨仮面の男の視線が俺の顔からゆっくりと下へ移っていった。

 

「ですが、その魔剣と──」

 

 男はそこで僅かに言葉を切り、俺の鎧を眺める。

 

「実に素敵で破廉恥な鎧まで以前と同じとなれば、やはり聖女様で間違いないのでしょうねェ」

「んがっ!?」

 

 しまった!

 変装して顔や髪を変えたって、こんな馬鹿みたいに目立つハイレグアーマーを着てたら、そりゃ俺だってバレるじゃないか!

 思わず自分の身体を見下ろす。

 何度見ても防具として正しいのか疑いたくなるほど脚の付け根まで露出しているし、後ろに至っては考えたくもない。

 

 いや、考えるな。

 今は戦闘中だ。

 そもそも危険になれば勝手に装着されるんだから、遅かれ早かれ見つかっていたと考えるしかない……か?

 そう自分に言い聞かせていると、周囲から小さな声が聞こえてきた。

 

「え……あの嬢ちゃん、聖女様なのか?」

「聖女様って、あんな格好するもんなのか……?」

「いや、だって尻ほとんど出てるし、どう見ても変態か痴女だろ」

「性女様……ってコト?」

 

「違います!!」

 

 思わず振り返って叫んだ。

 

「うほっ!」

「可愛い顔してるぞ、あの痴女」

 

 声を上げた男は、なぜか嬉しそうな顔をしている。

 ちくしょう!

 命懸けでお前ら助けてるのに、なんて言い草だ!

 

 言い返したいことは山ほどあったが、今はこんなことで揉めている場合じゃない。

 俺は何事もなかったような顔を作り、ゆっくりと骸骨仮面の男へ向き直った。

 

「な、何のことでしょうか。私はあなたと会ったことなどありませんけど」

「おやおや」

 

 男の肩が僅かに揺れる。

 

「ふふ……聖女様も人が悪い。前回お会いした時も、そうやってシラを切っておられましたねェ」

「…………」

「しかし、お会いするたびに雰囲気も口調も違う。果たして、どれが本当の貴女なのでしょうか。実に気になりますねェ」

 

 仮面の向こうで、楽しそうに笑っている。

 駄目だこいつ、全然信じてない。

 というか俺が否定すればするほど、「また聖女が誤魔化してる」って思われてないか?

 

 面倒くさいな!

 どう答えたものか迷っていると、黒い影が俺の横へ並んだ。

 サイラスだ。

 

「貴様が、この襲撃の首謀者か?」

 

 低い声と共に、槍の穂先が骸骨仮面の男へ向けられる。

 

「一体、何が目的だ」

「おぉ、怖い怖い」

 

 男は両手を僅かに上げた。

 

「そう殺気立たれては、怖くてお話もできませんねェ」

「ふざけるな」

「ふざけてなどいませんよォ?」

 

 明らかにふざけてるだろ。

 だが、サイラスは挑発には乗らなかった。槍を構えたまま、一瞬たりとも視線を逸らそうとしない。

 俺も魔剣を握る手に力を込める。

 少し離れた場所では、マルルゥもこちらを見ていた。先ほどあれだけの大魔法を使ったというのに、いつでも次の魔法を放てるよう片手を上げている。

 骸骨仮面の男は、そんな俺たち三人を順番に眺めた。

 

「いやはや……困りましたねェ」

 

 まったく困っているようには聞こえない声で、男が続ける。

 

「先ほどのドラゴンを、あそこまで見事に潰してしまう魔法使い」

 

 マルルゥを見る。

 

「これだけ戦い続けても動きに衰えの見えない、人間離れした黒鎧の御仁」

 

 次にサイラスへ目を向け、そして最後に俺へ顔を向けた。

 

「さらに、私の可愛い子たちを殺すことのできる魔剣をお持ちの聖女様」

「だから聖女では……!」

 

 言い返しかけて、俺は口を閉じた。

 どうせ何を言っても聞かない。

 

「今の私が三人まとめてお相手するには、少々割に合いませんねェ」

「……今の?」

 

 サイラスが僅かに槍を下げた。

 俺も改めて男を見る。

 言われてみれば、前に会った時よりもどこか動きが鈍い……気がする。

 立っているだけだから分かりづらいが、時折、腹を庇うような仕草も見せていた。

 ヴァンに傷つけられた怪我が、まだ完全には治っていないのかもしれない。

 

「それにしても……これは少々、予定が狂いましたねェ」

「予定?」

「いえいえ、こちらの話です」

 

 男は楽しそうに嗤う。

 

「ただ、まさか聖女様がこちらにいらっしゃるとは思ってもみませんでした。これは皆さんにも知らせておかなければなりませんねェ」

「皆さん……?」

「ふふ、気になりますか?」

「…………」

「本当ならば、私自身の手で聖女様を殺してでも持ち帰りたいところなのですが……今は少々、相手が悪い」

 

 さらっと物騒なことを言いやがった。

 男は俺たち三人をもう一度眺めると、一歩後ろへ下がった。

 

「というわけで、私はこの辺りで失礼しましょうかねェ」

「逃げるんですか?」

「ええ。せっかく聖女様を見つけたのです。このまま黙っているわけにもいきませんので、ネ」

 

 あっさりしたものだった。

 逃げることを恥じてもいない。

 俺たちと戦って勝てるかどうかではなく、目的を果たせるかどうかだけを考えている。

 やっぱり嫌な奴だ。

 

 男が左腕を持ち上げる。

 そこには、見覚えのない腕輪がはめられていた。

 男が指先で腕輪を撫でた瞬間、その目の前の空間がゆらりと歪んだ。

 

 アイテムボックス……?

 俺やシエルが使うものに似ている。何もない空間に穴が開き、そこから物を取り出せるという点では同じだ。

 だが、開いた穴は人一人が通れる大きさを越え、さらに大きく広がっていく。

 

「一体何を──」

「せっかくですから」

 

 骸骨仮面の男が手を広げた。

 

「もう一体くらい、お相手をお願いしましょうか」

 

 その直後、ドォン──! と地面が大きく揺れた。

 

「うおっ!?」

「何だありゃ!?」

 

 盾の会の連中から驚きの声が上がり、俺も思わず後ずさる。

 空間の穴から落ちてきたのは、巨大な人型の魔物だった。

 

「……巨人?」

 

 身の丈は六メートルほど。

 人間と同じように二本脚で立つ身体には、異様なほど盛り上がった筋肉が付いている。

 

 だが、人間との共通点はそこまでだった。

 肩からは左右二本ずつ、合計四本の太い腕が伸び、頭部には目も鼻もない。代わりに、顔の中心から顎にかけて縦に裂けた巨大な口だけがある。

 

 しかも死んでいるのか、灰色の皮膚はあちこち腐り落ち、腹部には大きな穴まで開いていた。

 むわっと広がった腐臭に、思わず鼻を押さえる。

 

「なかなか珍しい個体でしょう?」

 

 骸骨仮面の男が楽しげに言う。

 

「名前までは、私も存じませんがねェ。何でも、この街の近くにあるダンジョンの奥にいた魔物らしいですよォ」

「ダンジョンの奥……?」

 

 その言葉に引っ掛かる。

 最近、沈鐘の回廊から魔物が姿を消していると聞いていたが、まさか──。

 

「一体何をするつもりですか!?」

 

 俺の抗議なんて聞く気もないらしい。

 男は片手を上げた。

 

「では──起きていただきましょうか」

 

 指を鳴らすと、周囲に散らばっていた半透明のスライムたちが一斉に動き出した。

 

「うわっ!?」

 

 地面を這っていたもの。

 砕かれた魔物の死体に張り付いていたもの。

 さらに、先ほどマルルゥによって圧し潰されたドラゴンの肉塊から染み出してきたものまで。

 大量のスライムが巨人の死体へ殺到し、腐った肉の隙間へ潜り込んでいく。関節へ絡みつき、背中から首筋へと広がるにつれて、動かなかったはずの巨人の指がぴくりと動いた。

 

「……まさか」

 

 四本の腕がゆっくりと地面につく。

 

「ゴ……ォ……」

 

 縦に裂けた口から低い音を漏らしながら、巨人が立ち上がった。

 

「さて」

 

 骸骨仮面の男が俺たちへ手を振る。

 

「先ほどのドラゴンと、どちらが強いのでしょうねェ。ぜひ試してみてください」

「待て!」

 

 俺が駆け出そうとした、その瞬間だった。

 巨人が動いた。

 

「っ!?」

 

 速い!

 六メートルもある巨体からは想像もできない速度で一気に距離を詰め、四本ある腕のうち二本を大きく振り上げる。

 

「アウラ!」

 

 マルルゥの声が響いた直後、巨大な拳が地面へ叩きつけられた。

 轟音と共に石畳が砕け、無数の破片が周囲へ飛び散る。

 

「危なっ!」

 

 俺は咄嗟に横へ飛んで避けた。

 さっきまで立っていた場所は、拳の形に大きく陥没している。

 冗談じゃない。

 あんなのまともに食らったら、俺だってどうなるか分からない。

 

「こいつ!」

 

 サイラスが横から巨人の脇腹へ槍を突き出した。

 だが、巨人は信じられないほど素早く身体を捻り、その一撃をかわしてみせる。

 

「なに!?」

 

 空を切った槍の横から別の腕が薙ぎ払われたが、サイラスはすぐに後ろへ飛んで回避した。

 

「気をつけろ。見た目より、ずっと速いぞ」

「そのようですね」

 

 俺も魔剣を構える。

 巨人の顔──と呼んでいいのか分からないが、縦に裂けた口がこちらを向いた。

 

「ゴォォ……」

 

 次の瞬間、太い片脚が振り上げられる。

 

「ちっ!」

 

 俺をサッカーボールか何かと勘違いしてないか!?

 凄い勢いで巨大な足が横から迫ってくる。

 だが、その動きは見えていた。

 心眼で軌道を見切り、蹴りが届く寸前に身を沈める。頭上を巨大な足が通過したところで、一気に懐へ踏み込んだ。

 

「そこ!」

 

 蹴りを空振りした巨人の軸足へ魔剣を振るう。

 それと同時にサイラスも地面を蹴り、凄まじい跳躍力で巨人の顎目掛けて飛び込んでいった。

 二方向からの同時攻撃。

 今度こそ取った──そう思ったが、魔剣が脚へ届く寸前、巨人は身体を大きく捻って俺たちの攻撃をかわした。

 

「なっ!?」

「こいつ……!」

 

 続けざまに四本腕の一本が横薙ぎに振るわれる。

 俺は心眼で軌道を見切って後ろへ飛んだが、サイラスは避け切れなかった。

 

「ぐっ!」

 

 巨大な掌が黒い鎧を捉え、まるでハエでも払うかのような一撃で、その身体を地面へ叩きつける。

 だが、サイラスはすぐに立ち上がった。

 

「問題ない!」

「本当に頑丈ですね!?」

 

 普通なら大怪我どころか、下手をしたら死んでいてもおかしくない衝撃のはずだ。

 こいつもこいつでおかしい。

 

「援護するぞ!」

 

 盾の会の誰かが叫び、まだ動ける弓兵たちが一斉に矢を放った。

 十数本の矢が巨人へ降り注ぎ、肩や胸、腕へ次々と突き刺さっていく。

 

「よし!」

 

 だが、巨人は避けようともしなかった。

 

「……え?」

 

 矢の刺さった身体を一度見下ろすような仕草をする。

 いや、目がないんだから、本当に見ているのかすら分からない。

 

「効いてねえのか!?」

 

 いや、違う。あいつは死体なんだ。

 矢が身体に刺さったところで、痛みなんて感じるはずがない。

 

「もう一度だ! 撃てぇ!」

 

 再び矢が降り注ぎ、今度は顔や首にも何本か突き刺さった。

 それでも巨人は防ごうともしない。

 ただ、さすがに鬱陶しくはあるらしい。

 

「ゴォ……」

 

 四本の腕の一つを近くの建物の残骸へ伸ばすと、石壁の大きな塊を片手で持ち上げた。

 

「おい、まさか……離れて!」

 

 俺が叫んだ時には、もう遅かった。

 巨人が腕を振り抜き、巨大な瓦礫を盾の会の連中へ向かって投げつける。

 

「防げ!」

 

 盾を持った連中が前へ出たものの、受け止められるような大きさじゃない。

 ドガァン! という音と共に、何人もの身体がまとめて吹き飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

「うわああっ!」

 

 死んではいないようだが、あれではしばらく動けそうにない。

 

「くそっ!」

 

 そうしている間にも、巨人がこちらへ向かってくる。

 

「《ディスインテグレイト》」

 

 マルルゥの声がした。

 振り返ると、赤い球体が五つほど浮かび上がっている。

 

「いけっ!」

 

 マルルゥの指が動き、五つの球体が別々の方向から巨人へ殺到する。

 ところが巨人は、一つ目を身体を沈めて避け、二つ目には大きく横へ跳んだ。

 三つ目と四つ目が左右から迫ると、今度は四本の腕を地面へつき、身体を無理やり捻るような動きでかわしてみせる。

 

「何、その動き……」

 

 さすがのマルルゥも顔をしかめた。

 最後の一つが背中へ回り込んだが、巨人はまるで背後が見えているかのように跳び退く。

 

「全部避けた!?」

「思ったより速い!」

 

 マルルゥがさらに指を動かすと、外れた赤い球体が弧を描き、再び巨人へ襲い掛かった。

 右から、左から、そして上から。

 だが、巨人はそのたびに巨体とは思えない動きでかわし続ける。

 何度かそれを繰り返したところで、巨人の動きが変わった。

 赤い球体を避けながら、四本の腕の一本で足元の瓦礫を掴んだのだ。

 

「マルルゥ!」

「え?」

 

 マルルゥはまだ赤い球体を操っている。

 そのせいで、巨人の動きへの反応が一瞬遅れた。

 

「避けろ!」

 

 瓦礫が投げられる。

 

「……っ!」

 

 マルルゥが横へ飛ぼうとした。

 だが、間に合わない。

 

「マルルゥ!」

 

 黒い影が横から飛び込んだ。

 

「サイラス!?」

 

 サイラスはマルルゥを突き飛ばすと、その身体を庇うように前へ出た。

 直後、巨大な瓦礫が真正面からサイラスへ激突する。

 凄まじい音が響き、黒い鎧の身体が地面へ叩きつけられた。その上から巨大な石の塊がのしかかる。

 

「サイラス!」

 

 マルルゥの叫び声が響いた。

 さっきまで目すら合わせようとしなかったのに。

 俺もすぐに駆け寄ろうとしたが、瓦礫と地面の間に見えたものに足を止めた。

 

「……え?」

 

 サイラスの身体の右側が大きくひしゃげ、脇腹の辺りには亀裂が走っている。

 黒い鎧の一部も砕けていた。

 なのに、血が一滴も流れていない。

 それどころか、割れた鎧の向こうには肉も骨も、服さえなかった。

 

「……何だ、ありゃ」

 

 そこにあるはずの人間の身体はどこにもない。

 砕けた鎧の奥に見えるのは、ただ暗い空洞だけだった。

 

「サイラス! サイラス!」

 

 マルルゥが瓦礫へ駆け寄る。

 俺は目の前で見たものが理解できず、その場に立ち尽くしていた。

 

 どういうことだ?

 鎧の中に、人がいない?

 そんな俺を置き去りにするように、マルルゥがゆっくりと巨人へ振り返った。

 いつもの人をからかうような笑みはない。普段ならこんな時でも何かしら口にするはずなのに、今はただ黙って巨人を睨んでいた。

 

「……よくも」

 

 低い声だった。

 俺がこれまで聞いたことのないような、冷たい声だ。

 

「ゴォォォォ!」

 

 巨人が四本の腕を振り上げ、再びこちらへ向かって走り出す。

 マルルゥは片手を上げたが、その指先は僅かに震えていた。

 

「マルルゥ!?」

「……大丈夫」

 

 そう答えた声は、普段よりずっと低かった。

 マルルゥはサイラスをこんな目に遭わせた巨人だけを、真っ直ぐに睨んでいた。

 巨人の頭上の空気が歪む。

 

「圧よ、集え。上より押し潰し、大地へ縫い付けろ──《グラビティ・プレス》!」

 

 マルルゥが手を振り下ろした瞬間、ズンッ! と巨人の身体が沈み込んだ。

 

「ゴォォッ!?」

 

 膝が折れる。

 だが、倒れない。

 巨人は四本の腕を地面へつき、石畳を砕きながら、上から押し付けてくる見えない力に耐えていた。

 

「チッ、これでも耐えるか……!」

 

 マルルゥが苦々しい表情を浮かべる。

 だが、押し潰せないだけで、巨人も身動きまではできない。

 

「アウラ!」

「ああ!」

 

 言われるまでもない。

 俺は地面を蹴り、一気に巨人との距離を詰めた。

 

「ゴォォォ!」

 

 巨人が俺に気づき、四本の腕のうち一本を無理やり持ち上げる。

 重力に逆らいながら、その腕を俺へ振るおうとした。

 だが遅い。

 さっきまでの速度じゃない。

 心眼で軌道を見切り、腕の下へ滑り込む。そのまま懐へ踏み込み、さらに一歩前へ出た。

 

 首は遥か上だ。

 だから、近くに転がっていた瓦礫を踏み台にする。

 

「そこだ!」

 

 一気に跳び上がると、縦に裂けた巨大な口が目の前へ迫った。

 魔剣を両手で握る。

 

「はぁぁっ!」

 

 全力で振り抜いた。

 刃が巨人の首へ食い込む。

 だが、手応えはほとんどなかった。

 そのまま魔剣は首を通り抜け、巨大な頭部が宙へ舞う。

 

「ゴ──」

 

 巨人の声が途中で途切れた。

 切断面に張り付いていたスライムがぶくぶくと泡立ち、黒く変色していく。

 その黒ずみは首の周囲から胸元へと広がり、巨人の身体を動かしていた粘液が次々と力を失っていった。

 

「離れて!」

 

 マルルゥの声が飛ぶ。

 俺は着地すると同時に地面を蹴り、巨人から距離を取った。

 すると、支えを失った四本の腕から一気に力が抜けた。

 もう《グラビティ・プレス》に抗うことはできない。

 

 巨体が地面へ叩きつけられ、そのまま上から押し付ける重圧によって腕が折れ、胴体が潰れていく。

 最後には石畳へめり込むように原形を失い、潰れた肉塊と黒ずんだ血溜まりだけを残して動かなくなった。

 

 俺はしばらく警戒したまま様子を見る。

 巨人は動かない。

 身体に張り付いていたスライムも黒く萎んだままだ。

 

「……倒した」

 

 巨人が完全に動かなくなったのを確認して、ようやく息を吐く。

 そこで俺は、さっきまでいた骸骨仮面の男へ意識を戻した。

 

「アイツは!?」

 

 すぐに周囲を見回したが、もうどこにも姿はなかった。

 巨人と戦っている間に、とっくに逃げたらしい。

 

「くそっ……」

 

 まんまと時間を稼がれた。

 悔しさを噛み殺しながら魔剣を下ろした、その時だった。

 

「サイラス!」

 

 マルルゥの声が聞こえた。

 振り返ると、サイラスの身体を押さえていた瓦礫を必死にどかそうとしている。

 俺も慌てて駆け寄った。

 

「手伝う!」

 

 二人で瓦礫を動かし、隙間を作る。

 すると、サイラスはその隙間から自分の力で身体を起こした。

 

「大丈夫なのか?」

「ああ。この程度なら問題ない」

 

 ……この程度?

 脇腹、完全に潰れてるんだけど。

 しかも、起き上がったことで再び見えてしまった。

 砕けた黒い鎧の隙間。

 その奥には、本来あるはずのものが何もない。

 

「あなたは一体……」

 

 思わず問いかけると、サイラスがこちらを向いた。

 そして、俺の視線が自分の壊れた脇腹へ向けられていることに気づいたらしい。

 しばらく黙っていたサイラスは、やがて黒い兜の奥から静かに答えた。

 

「……俺はもう、人ではない」

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