【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
「……俺はもう、人ではない」
「え……?」
思わず聞き返した。
だが、サイラスが続きを話すより先に、すぐそばにいたマルルゥがその前へしゃがみ込んだ。
「マルルゥ?」
俺の声には答えず、大きく砕けたサイラスの脇腹へ片手をかざす。
「《リペア》」
短い詠唱と共に、淡い光が黒い鎧を包み込んだ。
大きくひしゃげていた胴が軋んだ音を立てながら、ゆっくりと元の形へ戻っていく。砕けた部分も互いに引き寄せられるように繋がり、走っていた亀裂が見る見るうちに塞がっていった。
さっきまで中の空洞が見えていたとは思えないほど、綺麗に元通りになっていく。
「……おお」
思わず声が漏れた。
回復魔法とは違う。
壊れた物を直すための魔法なんだろうけど──。
俺は修復されていくサイラスと、その前にしゃがみ込むマルルゥを交互に見る。
この人の場合、鎧を直すことが身体を治すことになるのか?
「マルルゥ……」
サイラスが名前を呼んだ。
修復を終えたマルルゥは、サイラスを見ないまま立ち上がる。
「待ってくれ。俺は──」
「冒険者ギルドの方にも、魔物が来てるんでしょ?」
サイラスの言葉を遮り、マルルゥは俺へ顔を向けた。
「ボクは先にそっちへ行く。アウラは、ここが片付いたら後から来て」
「え? あ、うん」
「マルルゥ!」
サイラスが声を上げる。
「待ってくれ! 少しでいい、話を──」
だが、マルルゥは振り返らなかった。
そのまま駆け出し、崩れた建物の間を抜けていく。
「マルルゥ!」
もう一度呼んでも、足を止めることはない。
やがてその姿が建物の向こうへ消えると、サイラスは伸ばしかけていた手をゆっくりと下ろした。
「…………」
そして、自分の脇腹へ視線を落とす。
ついさっきまで大きく砕けていた黒い鎧は、何事もなかったように元へ戻っていた。
「……直してくれたのか」
小さく呟いた声は、どこか寂しそうだった。
さっきまでマルルゥは、サイラスの方を見ることすら避けていた。
それなのに、サイラスが傷ついた瞬間には名前を叫び、あれだけ怒って、こうして身体まで直していった。
嫌っているようには、とても見えない。
「あの……」
少し迷ってから、俺はサイラスへ声を掛けた。
「マルルゥと、何かあったんですか?」
「…………」
サイラスはすぐには答えなかった。
少し離れた場所では、動ける盾の会の連中が負傷した仲間を助け起こし、崩れた建物の瓦礫をどかしている。
呻き声や助けを呼ぶ声も、まだあちこちから聞こえていた。
そちらへ一度目を向けてから、サイラスは静かに頷く。
「ああ……かなり昔にな」
やっぱりか。
「俺とマルルゥは、昔同じパーティーで冒険者をしていた」
「マルルゥと?」
「ああ。俺とマルルゥ、それにリフィという女の三人で組んでいたんだ」
「リフィ……」
初めて聞く名前だ。
ヴァンと一時的に組んでいたことは知っていたけど、それより前にもパーティーを組んでたんだな。
「ある時、ダンジョンで罠に掛かってな。俺とリフィは、まず助からないほどの傷を負った」
サイラスが自分の胸へ手を置く。
「普通なら、二人ともそこで死んでいた。だが、マルルゥが俺たちを死なせなかった」
その言葉で、さっき見たものを思い出す。
砕けた黒い鎧。
その中には何もなかった。
「どういう魔法かは知らんが、俺の魂を着ていたこの鎧へ定着させたらしい」
「魂を……鎧に?」
「ああ」
サイラスが黒い胸当てを軽く叩く。
「だから今の俺は、この鎧そのものだ」
「…………」
そういうことか。
サイラスは鎧を着ているんじゃない。
この黒い鎧そのものが、サイラスなんだ。
「その……リフィさんも?」
「ああ。俺と方法は違うが、あいつも命は助かった」
そこでサイラスは僅かに間を置いた。
「ただし、俺と同じように……もう人とは呼べない身体になった」
「そんな……」
淡々とした声だった。
だけど、自分が同じ目に遭ったと考えたら、とても簡単に受け入れられるような話じゃない。
「俺たちは、マルルゥを恨んだ」
「え……」
「何故、死なせてくれなかったのか。こんな姿にしてまで生かしてほしくなかった──そう思った」
サイラスの声が少し沈む。
「特にリフィは、俺以上にな」
「…………」
「それでもマルルゥは、俺たちのそばに残ろうとしていた。俺たちをこうした責任を取るつもりだったんだろう」
「それじゃあ、どうして……」
「俺たちが拒んだ」
短い答えだった。
「だから、あいつは俺たちの前からいなくなった」
それ以上、サイラスは話そうとしなかった。
俺も聞かなかった。
ここから先は、ついさっき会ったばかりの俺が根掘り葉掘り聞くような話じゃない。
「リフィさんは、今もサイラスさんと一緒なんですか?」
「いや」
サイラスが首を振る。
「マルルゥがいなくなった後、しばらくは一緒にいた。だが、リフィもやがて俺の前から姿を消した」
「今は……?」
「分からん」
返事はそれだけだった。
「最後に会った時も、リフィさんはマルルゥを?」
「ああ。まだ恨んでいた」
サイラスは少し黙り、それから続ける。
「今でもそうなのかは……俺にも分からんがな」
リフィ。
マルルゥとサイラスの、もう一人の仲間。
気になることは沢山ある。
だけど、街の襲撃はまだ終わっていない。これ以上ここで昔話をしている場合でもない。
「すみません。色々聞いてしまって」
「いや。この身体を見られてしまったからな。ある程度は話しておくべきだろう」
サイラスが立ち上がる。
「それで……サイラスさんは、今もマルルゥを恨んでるんですか?」
最後に、それだけ尋ねた。
「いや」
答えは早かった。
「今は感謝している」
「感謝……?」
「ああ」
サイラスは近くの瓦礫へ歩み寄ると、その下に埋もれていた槍を引き抜いた。
柄は無事だったが、穂先近くが大きくひん曲がっている。
「随分曲がりましたね……」
「ああ。さすがにこれは、もう使えんだろうな」
曲がった槍をしばらく眺めたあと、サイラスは周囲へ目を向けた。
「俺も、この身体を受け入れるまでには随分と時間が掛かった」
傷ついた盾の会の連中。
崩れた建物。
それでも動ける者は立ち上がり、負傷した仲間を助けようとしている。
「腹は減らん。眠る必要もない。痛みも感じない。肉体が疲れることもない」
サイラスが黒い鎧の胸を軽く叩く。
「人間だった頃には、もう戻れん。それでも、この身体だからこそできることもある」
「…………」
「誰かが休んでいる間にも、俺は立っていられる。誰かが怯むような攻撃でも、俺なら前へ出られる」
そして、静かに続けた。
「俺のような死にぞこないでも、誰かの盾にはなれるからな」
「……サイラスさん」
盾の会か。
何だか、この人がここにいる理由が少し分かった気がした。
「アウラ、と言ったか」
「はい?」
「君は、今のマルルゥの仲間なのだろう?」
「ええ、まあ……そうですね」
本人がどう思ってるかは知らないけど、一応一緒に居るんだし、仲間でいいだろう。
「なら、一つ頼みがある」
サイラスが俺へ向き直る。
「マルルゥに会ったら、俺が詫びていたと伝えてくれ」
「…………」
「あの時のことを後悔している。そして……今は感謝していると」
曲がった槍を握る手に、僅かに力が入る。
「俺を生かしてくれたことにな」
「分かりました」
俺は頷いた。
「ちゃんと伝えておきます」
「すまない」
「でも……それだけじゃ駄目ですよ」
「なに……?」
「私から伝えることはできますけど、こういうことはちゃんと自分で言った方がいいと思います」
「…………」
「マルルゥにも、逃げないでちゃんと話すように言っておきますから」
少し間があった。
やがてサイラスが、小さく頷く。
「……そうだな」
「はい」
「俺自身が言わなければならないことだ」
「その方がいいと思います」
「ああ」
そう言うと、サイラスは俺に向かって深く頭を下げた。
「それと、君にも礼を言わせてくれ。君とマルルゥが来てくれなければ、俺たちはあのまま押し切られていただろう」
サイラスは頭を下げたまま続ける。
「本当に助かった。ありがとう」
「いやいや、頭を上げてください!」
慌てて手を振る。
こんな大きな黒鎧に真正面から頭を下げられると、どう反応していいか分からない。
「私は自分にできることをしただけですから」
「それでも、だ」
ようやくサイラスが頭を上げる。
その時だった。
「サイラスさーん!」
少し離れた場所から、大きな声が飛んできた。
振り返ると、盾の会の男がこちらへ手を振っている。
「身体、大丈夫なんですか!?」
「ああ! 問題ない!」
「ったく、また無茶して! 心配させないでくださいよ!」
「すまない!」
普通に怒られてる。
思わず笑いそうになった、その直後。
「おーい、サイラス!」
今度は別の方向から声が上がった。
崩れた石壁のそばで、盾の会の男が地面に座り込んでいる。
どうやら片脚が大きな瓦礫の下に挟まっているらしい。
「無事なら早くこっち手伝ってくれよ! さっきから足が抜けねえんだ!」
「今行く!」
「ったく、いつまで可愛い嬢ちゃんといちゃついてんだ! こっちは痛くてしょうがねえんだぞ!」
「いちゃついてませんからね!?」
思わず俺が叫んだ。
「はははっ! 元気そうなら、そっちの嬢ちゃんも手伝ってくれ!」
「そうだそうだ! そこのえっちな格好の嬢ちゃんにも手伝ってもらえ!」
「誰がえっちな格好ですか!」
こんな時まで何言ってんだ。
だけど、何だか少しだけ肩の力が抜けた。
「すまないが、頼む。アウラ」
「はい」
サイラスが曲がった槍を肩へ担ぎ、仲間たちの方へ歩き出す。
「サイラス! こっちも一人挟まってるぞ!」
「分かった!」
「先にこっちだ! こいつ重いんだよ!」
「聞こえている! 順番に行く!」
あっちからも、こっちからもサイラスを呼ぶ声が飛んでくる。
サイラスも、それに一つずつ答えていった。
さっき、この人は自分のことを「もう人ではない」と言った。
確かに身体は、人間とは呼べないものになってしまったのかもしれない。
でも──。
「サイラスさん、こっちお願いします!」
「ああ、任せろ!」
仲間たちの声に迷いなく応え、瓦礫へ手を掛けるその姿を見ていると、そんなことはどうでもいいように思えた。
少なくとも今のサイラスには、ちゃんと仲間がいる。
そして、ここにはこの人の居場所がある。
「アウラ! そっちを持ってくれ!」
「はい!」
俺もサイラスの隣へ駆け寄り、瓦礫へ手を掛けた。