【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
森の空気が、さっきまでと違って感じられた。
静けさというより、妙な気まずさでいっぱいだ。
よりにもよって、この格好か……。
アウラ特製ハイレグアーマー。
改めて言葉にすると、余計に腹が立つ。
「……っ、あんた、どこ見てんのよ」
横から、ティナの低い声が飛んだ。
見ると、ヴァンがほとんど間合いゼロの距離まで近づいてきて、じっとこちらを見ていた。
正確には、こちらというか──腰から下あたりを。
「お、おい! どこ見てるんだ!」
思わず手で隠してしまう。
「いやいや、違う違う。誤解だよ」
ヴァンは両手を軽く上げ、どこか楽しそうに笑った。
「俺はただ、鎧のデザインをじっくり確認してるだけでね。他意なんてないさ」
「どの口が言ってるのよ」
ティナのこめかみがぴくぴくしている。
その横で、カイトは顔を真っ赤にしながら、必死に上空だけを見ていた。鳥の巣でも探しているのかというレベルで、視線が空に固定されている。
(いや、そんなに見上げなくてもいいだろう……)
心の中でツッコミを入れたところで、視界の端に、ヴァンの指先がぴくりと動いた。
「ほら、ここ」
まるで工芸品でも鑑賞するような口調で、ヴァンが鎧の腰のあたりを指さす。
「この、腰骨のラインからヒップにかけてのカーブ。装甲がギリギリをトレースするように収まってるだろ? このほぼ丸出しなのに一応守ってます感──素晴らしいお尻……デザインじゃないか」
「やっぱ他意しかないじゃない」
ティナの声が、さらに氷点下に近づく。
「それにこの髑髏の飾りもさ」
ヴァンは肩にある、髑髏の肩当てを指でつつく仕草をして、ふっと口角を上げた。
「無駄に繊細な彫り込みで制作者の拘りが凄いし……この胸がこぼれそうなデザインも素晴らしい……視線のやり場に困る。えっちすぎんだろ、この意匠」
「困ってるのはこっちだ!!」
思わず声が裏返った。
顔が熱い。耳まで熱い。
自分でも、今どれだけ赤くなっているのか想像したくないレベルだ。
(近い……近い……!)
もと男だったとはいえ、こんな距離でじろじろ見られた経験はない。
ティナが、ハイレグアーマーの脇にすべり込むように立ち、ヴァンと俺の間に割って入った。
「アンタ、じろじろ見すぎ。アウラが恥ずかしがってるの、分からないの?」
「ちゃんと分かってるから、控えめにしてるつもりなんだけど?」
「どこがよ!!」
言い合いをしながらも、ヴァンはちっとも悪びれた様子がない。
真面目な顔で言う分、余計にタチが悪かった。
「……とりあえず、ここで立ち話してても仕方ないだろ」
俺はどうにか声を絞り出し、腰の剣をそっと撫でた。
さっきまで勝手に抜けていたとは思えないほど、今は静かに鞘に収まっている。
「場所の確認も終わった。街に戻って、依頼の報告を済ませるべきだ」
「そうね。これ以上ここに居たって、アウラの精神が死ぬだけだわ」
ティナがうんうんと頷く。
俺は精神的な疲労でぐったりしながら、森の入口へと引き返し始めた。
歩くたびに、ハイレグ部分が風を拾う。
さっきまで「下着最高」と感動していた身体が、再び地獄に引き戻された気分だった。
(……この鎧、マジで一度燃やしたほうがいいんじゃないか)
そんな物騒なことを考えながら、俺はひたすら地面だけを見つめて歩いた。
街の輪郭が見えてくると、少しだけ安心する自分がいた。
安全圏に近づいているという意味では、確かにそうなのだが──
……いや、今この格好で街に入る時点で安全圏じゃないな。
むしろ精神的には戦場だ。
「ギルドまで一気に行くぞー」
ヴァンが軽い調子で言う。
その横顔には、妙にご機嫌な笑みが浮かんでいた。
「ねぇ、もしかして今ちょっと嬉しそうじゃない?」
ティナが疑いの目を向ける。
「そんなことないさ。俺はいつだって真剣だよ」
「どこがよ。絶対楽しんでるでしょ」
「楽しんでるというより、感謝してるんだよ」
「……何に?」
「アウラのお尻にさ」
爽やかな顔で言うことじゃない。
森の魔物より、目の前のミスリル級のほうがよほど問題だと思えてきた。
ギルドの扉を押した瞬間、空気が変わった。
昨日よりも人は多い。
昼近くで、依頼から戻ってきた冒険者や、これから出る者たちがごった返している。
そのざわめきが──一瞬で静まった。
「……」
視線。
一斉に、こちらへ集まる視線。
そして、遅れてざわざわと音が戻ってくる。
「おい、あれ……ヴァンクロウの隣にいるのって、例の子じゃね?」
「そうそう、あの鎧着てるじゃん。やっぱあれが良いよな」
「あれが噂の子……変態では」
「ヤッバ、何あの格好。見せつけてるってわけ?」
「やっぱエロいよなぁ、あの鎧……太ももに挟んでほしい」
「尻に挟まれて死にたい」
「俺は胸」
「うちのギルド、ちょっと品格って言葉を思い出したほうが良くない?」
最後のはティナの小声だ。俺の耳には、やけにはっきり届いた。
(……帰りたい)
こちらに来てから何度目か分からない「床と同化したい」願望が胸をよぎる。
そんな中、カウンターの向こうでリーネがこちらに気づいた。
「アウラさ──」
言いかけて、固まる。
目が、明らかに泳いだ。
「アウラさん……あの……き、今日は……大胆ですね……」
最後のほうは、ほとんど聞き取れないくらい小さな声だったが、しっかり届いた。
「……あぁ」
絞り出すように答えるのがやっとだった。
リーネは困ったように笑い、視線をさまよわせる。
カウンター周りの冒険者たちも、好奇心と気まずさの入り混じった視線を向けてくる。
「とりあえず報告だけ済ませるぞ」
俺はカウンターのほうへ歩いていく。
なるべく早足で、なるべく周囲を見ないように。見たら負けだ。
「オーロックの森の入口付近まで行ってきた。キラーボアが出た場所もヴァンクロウに確認してもらった」
「は、はい。お疲れさまです!」
リーネが慌てて書類を取り出す。
「ここにサインを……あ、いえ、今日は同行者のお名前も──」
「ああ、その辺りは俺がまとめておくよ」
横から、ヴァンがひょいと顔を出した。
「調査地点の詳細や感じたことは、俺の報告書に書いてギルド長に出しておく。君たちにはキラーボアが出た場所を教えるって依頼だったろ? それはもう達成だ。後のことは任せておいてくれ」
「いいのか?」
「そのために呼ばれたんだしね」
ヴァンは肩をすくめた。
「ロドリスの旦那にも俺から言っとく。アウラがエロい鎧を披露しましたって」
「その報告は不要だ」
「重要な情報だと思うけどなぁ」
まっすぐな顔で言われると、余計に反論しづらい。
この男、真面目なのかふざけてるのか本当に分からないな。
リーネはカウンターの内側でおろおろしつつ、どうにか笑顔を作った。
「で、では……後の正式な報告はギルド側でまとめますので、アウラさんたちは一旦、お戻りになって大丈夫です。報酬の精算も、こちらで準備でき次第お知らせしますね」
「助かる」
早くこの場を離れたい、という気持ちも相まって、俺はすぐに頷いた。
「じゃ、帰るか──」
踵を返そうとしたそのとき、すぐ横に気配が寄る。
「……アウラ」
ヴァンが、少しだけ声を落として囁いた。
「何だ」
「また今度さ、その鎧を着て一緒に依頼行こうぜ」
「行かない」
反射で即答していた。
ヴァンは肩を震わせて笑う。
「まぁまぁ、返事は今じゃなくていいさ。俺はいつでも歓迎だ。森でも街でも、エスコートするよ。君の、その──」
視線が、また下のほうに落ちる。
「……大胆なお尻、嫌いじゃないからね」
「やっぱりアンタ変態でしょうが!!」
ティナの怒号が、ギルド中に響き渡った。
そのまま俺の腕を掴み、ぐいっと引っ張る。
「ほら、帰るわよアウラ! カイトも!」
「う、うんっ!」
カイトが慌てて後ろにつく。
背中で、ヴァンの笑い声と、周囲のひそひそ声が遠ざかっていく。
「……ほんっと、あの男、油断ならないわね」
ギルドの扉を出てからも、ティナの怒りは冷めていなかった。
「鎧のデザインを見てるだけって、あんなに尻ガン見しといてよく言えるわよ」
俺も同意しかなかった。
あれを「純粋な観察」と言い張るのは、さすがに無理がある。
「でも、ヴァンさん、凄い人なんだよね……?」
カイトが、複雑そうな顔で言う。
「それはそうよ。腕は確かだし、森のことも詳しいし、ギルドからの信頼だって厚いわ。でも女関係に関しては、あれね。信用しちゃだめ」
「……あれで普通なのか、ミスリル級だからアレなのか、判断に困るな」
ため息が漏れる。
街の喧騒が、さっきまでよりやけに眩しく見える。
その中を、ハイレグアーマー姿で歩いている自分のほうがおかしいのは分かっているが、どうしようもない。
「このまま宿に戻る?」
ティナがそう言ってから、ふと俺の身体を見る。
昨日買ったばかりの服も下着も一切残っていない。
今身についているのは、本当にこの鎧だけだ。
「……って思ったけど」
ティナが額に手を当てる。
「その格好で宿に戻るのも、なかなかの度胸いるわよ。白鹿亭の男ども、全員鼻血出しそうだわ」
「出させたくてやってるわけじゃないんだが……」
「分かってるわよ。だからこそ言ってるの。服よ、服。さっきの一件で、昨日買った服も下着も一式やられたんでしょ?」
「……ああ」
ハイレグによって消し飛んだ光景が、また脳裏をよぎる。
店員の笑顔も一緒に蘇ってきて、胸が痛くなった。
「というわけで」
ティナが俺の肩をぽん、と叩いた。
「このまま服屋に直行。昼前で時間もあるし、どうせならさっさと補充しちゃいましょ」
「またか」
「またじゃなくて当然よ。冒険者として活動するなら、替えの服と下着は何枚あっても困らないんだから」
理屈としては正しい。
財布事情を考えると頭が痛くなるが、このままハイレグ一択生活を続ける未来のほうが、よほど悪夢だ。
「分かった」
俺は小さく頷いた。
「ティナ、頼めるか」
「任せなさい」
若干不安を覚えつつも、ティナの後について歩き出す。
横でカイトが、おそるおそる口を開いた。
「えっと……僕も、一緒に行ったほうがいいですか?」
「アンタは来なくていい」
ティナがピシャリと言い放つ。
カイトは「あ、だよね」としょんぼり肩を落とす。
「カイトは先に宿に戻ってて。女の買い物は長いわよ?」
「……分かったよ。じゃあ、白鹿亭で待ってるね!」
そう言って駆け出していく背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
(……ハイレグからは、まだ逃げられそうにないな)
腰の鎧が、何事もなかったかのように陽光を反射している。
「……お願いだから、次は服を犠牲にしない方向で頑張ってくれ」
誰にともなくそう呟きながら、俺はティナと並んで、昨日も訪れた服飾店のある通りへと歩いていった。