【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
リゼットは鞭を引き戻しながら、僅かに眉を寄せた。
「色々、ですかぁ……」
さっきまでと変わらない間延びした声だったが、その表情にはほんの少しだけ不満そうな色が浮かんでいる。
俺は魔剣を構えたまま、リゼットとの距離を測った。
ティナから聞いていた通りだ。
こいつの鞭は途中で軌道を変える。それも、一度避けただけでは終わらない。こちらの動きを追うように方向を変え、巻きつけば人一人くらいなら簡単に持ち上げてしまうだけの力まである。
何も知らずに相手をしていたなら、相当厄介だったはずだ。
けれど、仕組みが分かっているなら対処のしようはある。
自動でどこまでも俺を追いかけてくるわけじゃない。操っているのはあくまでリゼット自身だし、いくら自在に曲がると言っても、鞭である以上は届く距離に限界がある。
ぎりぎりまで引きつけて避けようとするから、軌道を変えられた時に追いつかれる。
だったら最初から余裕を持って射程の外へ出ればいい。それに俺には、攻撃の少し先を教えてくれる心眼もある。
リゼットの腕が動き、再び鞭が飛んでくる。
今度はさっきよりも低い。地面すれすれを這うように迫り、俺の足へ絡みつこうとしているらしい。
心眼が、そのほんの少し先を見せた。
俺は迷わず後ろへ跳ぶ。
直後、立っていた場所を鞭が薙ぎ払い、そのまま先端が跳ね上がった。途中で軌道を変え、さらに俺を追ってくるが、すでに十分な距離を取っている。
伸び切った鞭の先端が、俺の目の前まで届くことなく地面へ落ちた。
「……っ」
リゼットの顔から僅かに笑みが消える。
鞭が戻ったかと思えば、今度は間を置かずに二度、三度と続けざまに飛んできた。
右から迫る一撃を半歩下がって避ければ、すぐさま軌道を変えて追ってくる。そこからさらに一歩距離を取り、今度は頭上から落ちてきた鞭を身体を捻ってかわした。
心眼が見せてくれるのは、ほんの僅かな先だけだ。
それでも十分だった。
どこへ動けば当たるのか、どこまで離れれば届かないのか。それに、鞭が曲がることも、避けた相手を追いかけることも、俺にとってはもう未知の攻撃じゃない。
「くっ……ちょこまかと……!」
初めて、リゼットの声に苛立ちが混じった。
俺は返事をせず、再び飛んできた鞭を大きく横へ避ける。一度軌道を変えて追ってきた先端も、そこからさらに後ろへ跳べば届かない。
何度か攻撃を受けるうちに、リゼットが鞭を振るう前の肩の動きや手首の返し方、どのくらい伸びたところで軌道を変えてくるのかも、少しずつ見えるようになってきた。
ティナたちが残してくれた情報へ、実際に戦って得た感覚が重なっていく。
これならいける。
今のリゼットは明らかに疲れている。呼吸は浅く、鞭を引き戻すたびに肩が上下していた。
さっき本人が言っていた。
もう魔力もほとんど残っていない、と。
あれが嘘だとは思えない。そもそも、こんなことを馬鹿正直に敵へ話すような奴だ。
だったら、このまま鞭さえ凌いでいれば──。
「本当に……」
リゼットが大きく息を吐いた。
「面倒な方ですねぇ……」
そう言いながら、鞭を握っていない方の手を持ち上げる。
その仕草を見た瞬間、嫌な予感がした。
直後、足元から冷気が這い上がってくる。
「……っ!」
咄嗟にその場から離れる。
地面を覆う薄い霜が、一気にこちらへ向かって広がってきた。
「まだ魔法使えるのかよ!」
「ほとんど残っていないとは言いましたけどぉ……」
苦しそうに息を吐きながら、それでもリゼットは笑った。
「全く使えないとは言ってませんよ?」
「そういうところだけ律儀だな!」
足元から氷が突き上がる。
俺は地面を蹴り、大きく横へ跳んだ。
直後、さっきまで立っていた場所から鋭い氷柱が何本も生え、地面を覆い尽くす。
危な──。
そう思った瞬間、心眼が強く警告してきた。
横だ。
視線を向けるよりも早く、鞭が飛んでくる。
「くっ!」
身体を屈め、頭上を通り過ぎる鞭をかわす。
だが、そのまま終わるはずがない。
通り過ぎた先端が不自然に折れ曲がり、こちらへ戻ってくる。
後ろへ下がろうとした瞬間、心眼が別の未来を見せた。
駄目だ。
背後には、さっき生えた氷柱がある。
なら横へ──。
そちらからも地面を割って氷がせり上がってきた。
前へ出れば鞭に捕まり、後ろへ下がれば氷柱に阻まれる。左右へ逃げても、新しく生えてくる氷が行く手を塞いでいた。
心眼が次々と未来を見せてくる。
けれど、そのどこにも綺麗に抜けられる場所がない。
「マズ──」
次の瞬間だった。
俺の意思とは関係なく、身体が動いた。
踏み出そうとしていた足が止まり、逆に身体が深く沈み込む。
頬すれすれを鞭が通過した。
その先端が俺の身体へ巻きつこうと軌道を変えたが、それよりも早く、俺の身体が勝手に前へ倒れ込むように地面へ手をつく。
そのまま氷柱と氷柱の僅かな隙間へ滑り込んだ。
いつもの、自動戦闘だ。
魔剣が俺の身体を勝手に動かし、最適な道を選んでいる。
俺を追って折れ曲がった鞭が再び迫ってくる。けれど、それが身体を捉えるより早く、俺はその軌道の内側へ潜り込み、鞭の下をすり抜けた。
続けて足元から伸びてきた氷の側面を蹴り、身体を捻る。
自分でやろうと思っても絶対にできないような、人間離れした動きだった。
そして、それだけでは終わらない。
氷を避けた勢いのまま地面を蹴ると、身体は迷いなくリゼットへ向かっていく。
一歩、二歩。
さっきまであった距離が、一気に消えた。
「え──」
驚いたリゼットの顔が目の前にある。
俺が何か考えるよりも早く、魔剣を握っている腕が動いた。
僅かに剣が返り、魔剣の腹がリゼットの頬を横から思い切り打ち抜く。
「あぁッ!」
短い悲鳴と共に、リゼットの身体が真横へ吹き飛んだ。
地面へ落ち、そのまま何度も転がっていく。最後には背中から木の幹へぶつかり、そこでようやく動きを止めた。
「…………」
起き上がってこない。
警戒したまま少し待ってみたが、鞭が動く様子もなければ、リゼット本人が身じろぎする気配もなかった。
胸は動いている。
どうやら気を失っただけらしい。
「……ふぅ」
それを確認した途端、身体から一気に力が抜けた。
「危なかったぁ……」
思わず、大きく息を吐く。
本当に危なかった。
鞭だけなら何とかなると思っていたが、氷魔法まで同時に使われると話が全く変わる。それも、あれだけ魔力を消耗した状態でだ。
もしリゼットにもっと魔力が残っていたら。
もしティナから鞭について何も聞いていなかったら。
そう考えると、とても簡単に勝てたなんて言えない。
俺は手にした魔剣へ目を落とした。
「……助かったよ」
当然、返事はない。
それでも、感謝するように柄を軽く握り直す。
最後は完全にこいつのおかげだ。
自分ではどうやっても避けられないと思った攻撃を勝手に避け、それどころか、そのまま反撃までしてくれた。
いつも通り、本当に頼りになる。
「さて……」
改めて、木の根元に倒れているリゼットを見る。
このまま放っておくわけにはいかない。
ドルガたちのことも、イグジィとかいう奴についても、まだまだ聞きたいことはある。
できれば目を覚ます前に縛っておきたいところだが、縄なんて持っていただろうか。
アイテムボックスの中に何か──。
「あ~、ちょうどいい所で出会ったね」
背後から、聞き覚えのある声がした。
「こんな所で会えるなんて、ツイてるなぁ~」
「──ッ!」
反射的に身体を翻し、魔剣を構える。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
シュモクザメを彷彿とさせる特徴的な兜。
身体を覆う、どこか異質な意匠の鎧。
そして片手には、髑髏の装飾が施された巨大な鉄槌。
とても片手で扱えるような大きさには見えないそれを、女はまるで軽い棒でも持っているかのように肩へ乗せている。
「……フィア、さん?」
「やぁ、アウラ」
兜の下から見える口元が笑った。
「また会ったね」
以前と同じだ。
話し方も、雰囲気も、何一つ変わっていない。
妙に馴れ馴れしくて、緊張感がなくて、何を考えているのかよく分からない。
なのに何故か、背筋が冷たくなった。
理由は分からない。
けれど、本能みたいなものが警告している。
こいつは危ない。
さっきリゼットを相手にしていた時とは、何かが違う。
「それにしてもさ」
フィアは俺から視線を外すと、空を見上げた。
まだ薄く残っている白い花を眺めながら、首を傾げる。
「あれ、何なのかな~?」
「……何?」
「ほら、あれ。でっかい白い花が出てるでしょ?」
フィアは鉄槌を肩へ乗せたまま、まるで世間話でもするように続けた。
「すっごく目立ってたからさ。何だろうって見に来たんだよね~」
あの花を見て来たのか。
確かに、あれだけ目立つ魔法だ。
俺たちだけじゃない。この辺りにいた人間なら、誰だって気づいただろう。
フィアはそこでようやく、木の根元に倒れているリゼットへ気づいたらしい。
「ありゃ」
軽い声を出す。
「リゼット、死んじゃった?」
「さぁな。それよりも……あんたも、こいつの仲間だな?」
顎でリゼットを示す。
フィアは隠す様子もなく、あっさり頷いた。
「うん、そうだよ~」
悪びれもしない。
その態度を見ているだけで、さっきまで少し落ち着いていた怒りがまた腹の底から湧いてくる。
「何のために俺を狙う?」
「ん~?」
フィアが少し考えるように首を傾げた。
「お姉ちゃんが聖女に会いたがってたから、かな?」
「……お姉ちゃん?」
一瞬考え、さっきリゼットから聞いた名前を思い出す。
「それって、イグジィって奴のことか?」
「うん。そうだよ」
あっさり答えた。
やっぱり、フィアもリゼットたちと同じ勢力だ。
「だったら……」
魔剣を握る手に力が入る。
「だったら、何で最初からそう言わないんだよ」
「ん?」
「お前たちのせいで、街がどうなったと思ってる」
俺の知り合いだけじゃない。
名前すら知らない大勢の人間が傷ついている。
「俺に会いたいだけだったんだろ?」
怒りで、声が震えた。
「だったら最初から俺のところへ来ればよかっただろ! 何で関係ない奴らまで巻き込んだ!」
「あ~……」
フィアが困ったように兜を掻く。
「それは、ごめん」
「…………」
あまりにも軽い謝罪だった。
「私はできるだけ怪我させないようにしたつもりなんだけどね~。でも、作戦を考えたドルガは、そういうのあんまり気にしないみたいだから」
「ふざけるなよ」
自然と声が低くなる。
「俺は、お前たちを赦さねえ」
「んん~……」
フィアが唸る。
本当に困った、とでも言いたげだった。
「参ったなぁ。できれば普通に来てほしかったんだけど」
「誰が行くか」
「だよねぇ」
ため息を吐き、それからフィアは肩に乗せていた巨大な鉄槌をゆっくりと下ろした。
「じゃあ、しょうがないけど」
兜の下で、口元が笑う。
「無理やり連れて行くね?」
「上等だ」
俺も魔剣を構え直した。
多少疲れてはいるが、まだ動ける。
それに──。
「てめぇも、そこの奴と同じようにぶっ倒してやるよ」
そう言った瞬間。
フィアの口元が、にやりと吊り上がった。
「その威勢」
巨大な鉄槌を片手で持ち上げる。
「どこまで持つかなッ!」
次の瞬間。
フィアが、消えた。
「──は?」
本当にそう見えた。
さっきまで少し離れた場所に立っていたはずのフィアが、一瞬で目の前まで迫っている。
早っ!?
驚くよりも先に、心眼が危険を知らせてくる。
右へ避ける。
その未来では、避けた俺を鉄槌が追い、そのまま身体を薙ぎ払っていた。
左は──駄目だ。
間に合わない。
後ろへ下がる。
それも駄目。
距離を取るより先に、フィアの踏み込みが追いついてくる。
「なん──」
何だこれ。
心眼はちゃんと動いている。
攻撃の先も見えている。
どこへ逃げればいいのか、必死に探している。
なのに、ない。
避けられる場所がどこにもない。
どの未来を選んでも、最後にはあの鉄槌が俺に届く。
単純に速すぎる。
俺がどう動こうとしても、その先へフィアが追いついてくる。
「くっ!」
でも、大丈夫だ。
さっきだってそうだった。
自分では避けられない攻撃が来ても、魔剣が勝手に身体を動かしてくれる。
今までだって、何度もそうやって助けられてきた。
避けて。反撃まで──。
「え?」
何も起きない。
フィアが迫ってくる。
巨大な鉄槌が振りかぶられる。
それでも身体は、勝手に動いてくれない。
いや、俺自身の意思では動いている。
でも、違う。
さっきリゼットの攻撃を避けた時のように、自分では到底できない動きで魔剣が身体を操ってくれない。
いつもなら、とっくに──。
「ッ!」
もう間に合わない。
咄嗟に魔剣を両手で構え、迫る鉄槌との間へ割り込ませる。
避けられないなら、せめて防ぐしかない。
次の瞬間。
巨大な鉄槌が、横薙ぎに叩きつけられた。
「がッ──!?」
魔剣で受けた。
確かに鉄槌との間に魔剣を差し込んだはずだった。
なのに、止まらない。
鉄槌の勢いは僅かにも弱まらず、魔剣ごと俺の身体を押し込み、そのまま脇腹のハイレグアーマーへ叩きつけられた。
視界が一気に流れる。
足元から地面が消え、身体が宙へ浮いた。
「──っ!」
声すら出なかった。
さっきリゼットが吹き飛ばされた時と同じように、蹴り飛ばされたボールみたいに俺の身体が宙を飛び、そのまま地面へ叩きつけられる。
一度、二度と転がり、最後には背中から木の幹へ激突して、ようやく身体が止まった。
「────っ!!」
痛い。
何だ、これ。
「ぁ……ぅ……!」
息ができない。
身体中が痛い。
胸も、腹も、背中も、腕も。
どこが一番痛いのかすら分からないくらい、全身が一斉に悲鳴を上げている。
「いっ……た……」
声が震えた。
何だよ、これ。
こんなの、知らない。
この世界に来てから、今までまともに攻撃を受けたことなんてなかった。
魔剣が避けてくれて、敵の攻撃は当たらなかった。
危ないことは何度もあったけれど、それでも最後には何とかなってきた。
それなのに。
痛い。
本当に痛い。
全身が砕けたんじゃないかと思うくらい、痛い。
「あ……あぁ……」
怖くなって、咄嗟に自分の腕や足を見る。
痛みのせいで震えてはいる。
けれど、動く。
折れている様子もない。
あんなに転がったのに、血も出ていない。
鉄槌を叩きつけられた脇腹を見る。
ハイレグアーマーにも、大きな傷らしい傷は見当たらなかった。
「ふぅ……ふぅ……」
これだけ痛いのに。
身体は、思ったほど壊れていない。
ハイレグアーマーが守ってくれたんだろうか。
少なくとも、あの鉄槌をまともに受けて身体まで砕かれることはなかったらしい。
ただ、あれだけの勢いで叩きつけられた衝撃までは、完全には殺しきれなかったようだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
呼吸がうまくできない。
息を吸うたびに身体のあちこちが痛む。
頭もまともに回らない。
それなのに、一つの疑問だけが何度も頭の中へ浮かんでくる。
何で。
何で動かなかった。
手の中の魔剣を見る。
壊れた?
いや、そんなはずはない。
ついさっきリゼットの鞭と氷を避けたばかりじゃないか。
あの時は、ちゃんと俺の身体を動かしてくれた。
だったら、何でフィアには発動しなかった。
「おー」
楽しそうな声が聞こえた。
顔を上げる。
少し離れたところで、フィアが巨大な鉄槌を肩へ乗せていた。
「さすが聖女様!」
けらけらと笑っている。
「一発で気絶するかなって思ったんだけど、思ったより頑丈だね~」
「…………」
冗談じゃない。
こっちは身体中が痛くて、立ち上がることすらできない。
なのに、あいつは何でもないことのように笑っている。
しかも、今の一撃が全力だったようには見えない。
気絶させるつもりで手加減までしていたのだとしたら……。
「くそ……」
木の幹へ手をつく。
立たないと。
騎士二人は気絶している。
今ここで、フィアに抵抗できるのは俺しかいない。
「う……っ」
身体へ力を入れた瞬間、全身へ痛みが走り、膝が震えた。
うまく立てない。
怖い。
また、あれを食らうのか?
嫌だ。
もう一発なんて、絶対に食らいたくない。
痛いのは嫌だ。逃げたい。
いっそ、このまま逃げてしまいたい。
でも──一体どこへ?
こいつらは、俺を聖女だと思い込んで狙っている。
逃げたところで、フィアは追ってくる。
だったら街へ逃げるのか?
ブルム家へ戻るのか?
馬鹿か。
どっちも、こいつらに襲われたばかりじゃないか。
俺が逃げれば、その先にいる誰かまで巻き込むかもしれない。
俺一人が逃げるために?
「……ひっ」
フィアが一歩こちらへ近づいた。
それだけで身体が強張る。
さっきまでとは違う。
リゼットを相手にしていた時には、一度も感じなかった感覚。
怖い。
こいつが近づいてくるのが。
「さて」
フィアが楽しそうに鉄槌を肩へ担ぎ直した。
「まだやる?」
無理だ。
勝てる気がしない。
心眼で避けられない。
魔剣も動いてくれない。
じゃあ、どうすれば──。
「アウラ様!」
遠くから声がした。
一人じゃない。
木々の向こうから、いくつもの足音が近づいてくる。
「こっちだ!」
「急げ! リリア様から聞いた場所はこの辺りだ!」
騎士。
それに兵士たち。
見張り台へ向かった二人の騎士もいる。
木々の間から次々と人影が現れ、武器を持った騎士と兵士たちがこちらへ向かって駆けてくる。
「アウラ様!」
その姿を見た瞬間、張りつめていたものがほんの少しだけ緩んだ。
「よ……よかった」
自分でも情けないくらい、安堵した声が漏れる。
全身から一気に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。