【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
見張り台へ向かっていた二人の騎士に加え、その後ろから五人の兵士が続いている。
ついさっきまでフィアを相手に一人きりだった俺からすれば、それだけの人数が来てくれたという事実だけでも十分すぎるほど心強かった。
「アウラ様、ご無事ですか!」
「……だ、大丈夫です」
反射的にそう答えたものの、実際にはとても大丈夫とは言い難い。
全身にはまだ鈍い痛みが残っているし、何より少し離れた場所に立つフィアを見るだけで、胸の奥が冷たくなる。手の中の魔剣を握り締める指にも、知らず知らずのうちに力が入った。
それでも、一人ではない。
もう自分一人だけで、あいつを何とかしなければならないわけではない。そう思えただけで、さっきまで浅くなっていた呼吸がほんの少しだけ楽になった気がした。
「おい! 大丈夫か!」
先頭を走っていた騎士の一人が、少し離れた場所に倒れている騎士二人に気づき、すぐにそちらへ駆け寄った。
リゼットの鞭で吹き飛ばされてから、まだ目を覚ましていない。
騎士は二人のそばへ膝をつき、呼吸を確かめると、僅かに安堵したように息を吐いた。しかし、すぐに表情を険しくして立ち上がる。
その視線の先にいるのは、当然フィアだった。
「貴様には聞きたいことが山ほどある」
騎士が腰の剣へ手を掛けながら、低い声で告げる。
「大人しく武器を捨て、我々についてきてもらおうか」
フィアは困ったように眉を下げた。
「ごめんね~。それは無理かな」
「何?」
「私、あの子を連れていかないといけないから」
そう言って、鉄槌を持っていない方の手を伸ばす。
指先が真っ直ぐ俺へ向けられた。
「お姉ちゃんのところに」
「アウラ様を……?」
騎士の表情がさらに険しくなる。
「だったら、なおさら大人しくしてもらう!」
鋭い金属音と共に剣が抜かれた。
隣にいたもう一人の騎士も、それに合わせるように剣を構える。
「お前達は回り込め! 我々騎士が二人で押さえる!」
「はっ!」
二人の騎士が正面から進み、五人の兵士たちは左右へ分かれながら、フィアを包囲するように距離を詰めていく。
「待っ──」
止めようとして、声が喉の奥で引っかかった。
大丈夫なのか。
そんな不安が浮かぶ一方で、別の考えもあった。
あの二人は騎士だ。俺なんかよりずっと戦い慣れているはずだし、今度は一人でもない。左右から回り込んでいる兵士たちまで含めれば七人もいる。
もしかしたら、本当に何とかなるかもしれない。
そんな期待を抱いた、その直後だった。
「はあッ!」
二人の騎士が、ほとんど同時に左右から斬りかかった。
一人目の剣が肩口を狙い、もう一人が反対側から胴へ斬撃を放つ。どちらか片方を避ければ、もう一方が逃げ道を潰すような挟み撃ちだった。
「お~」
フィアが楽しそうに声を漏らし、巨大な鉄槌を片手で持ち上げる。
あれだけの武器だ。大きく振り回して二人まとめて薙ぎ払うのかと思った。
だが、違った。
一人目の剣が届く直前、フィアは鉄槌の柄を僅かに傾けただけだった。
甲高い金属音が響き、振り下ろされた剣が柄に受け止められる。
「なっ!?」
騎士が驚いた、その僅かな隙。
フィアの手の中で、巨大な鉄槌がくるりと回転した。
あれほど重そうな武器なのに、まるで長い棒でも操っているような軽さだった。回転した柄が騎士の胸当てへ叩き込まれる。
「がぁっ!?」
鎧が鈍い音を立て、騎士の身体が大きく後方へ吹き飛んだ。
「何っ!」
もう一人の騎士は、それでも攻撃を止めない。
仲間が吹き飛ばされた直後にもかかわらず、一歩踏み込みながら剣を振り下ろす。
フィアはそれを身体をずらすだけでかわすと、鉄槌の柄尻を地面へ突き立てた。
「よっと」
次の瞬間、フィアの身体がふわりと宙へ浮く。
鉄槌を支点に身体を回転させ、その勢いをそのまま乗せた蹴りが騎士の脇腹へ突き刺さった。
「ぐあッ!」
まともに蹴りを受けた騎士が横へ吹き飛び、その先にいた兵士の一人へ勢いよくぶつかる。
「うわっ!」
「ぐぁ!」
二人は絡み合うようにして地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。
「…………」
声が出なかった。
ほんの数秒。本当に、それだけだった。
騎士が二人、巻き込まれた兵士が一人。七人いた援軍のうち三人が、あっという間に戦闘不能になっている。
ついさっきまで、援軍さえ来てくれれば何とかなると思っていた。七人もいるのだから、いくらフィアが強くても一人で戦うよりは遥かにましだと、そう思って安心してしまった。
けれど、その期待はほんの数秒で打ち砕かれた。
「そんな……」
胸の奥に、さっき感じたものと同じ冷たさが広がっていく。
フィアは息一つ乱していない。それどころか、再び鉄槌を肩へ乗せると、まるで遊び相手を探している子供のように笑った。
「次は誰~?」
残った兵士たちの表情が強張る。
それでも逃げる者はいなかった。剣や槍を握り直し、倒れた仲間たちを庇うようにフィアの前へ立つ。
俺を助けるために来てくれた人たちが。
「……駄目だ」
このままじゃ、この人たちまで全員やられる。
そう思った途端、脳裏にさっきの光景が蘇り、身体まであの痛みを思い出した。
フィアが目の前まで迫ってきた時の速さ。
鉄槌を受けた瞬間の衝撃。
地面を転がり、木へ叩きつけられた時の、身体中が砕けたと錯覚するほどの痛み。
もう一度フィアの前に立つ。
そう考えただけで、指先が僅かに震えた。
怖い。
正直に言えば、もうあいつとは戦いたくない。
それでも、目の前では兵士の一人が雄叫びを上げ、フィアへ斬りかかっていく。
「うおおおッ!」
振り下ろされた剣を、フィアは半歩身体をずらしただけでかわした。そのまま兵士の背中へ鉄槌の柄を軽く押し当てる。
「わっ!?」
勢いを止めきれなかった兵士が前のめりに倒れ、地面を何度も転がった。
遊ばれている。
そうとしか見えなかった。
フィアは明らかに殺す気で戦っていない。それでも騎士も兵士も、一人としてまともに触れることすらできない。
恐怖で縮こまっている場合じゃない。
このまま何もしなければ、俺を助けに来てくれた人たちが代わりに倒されていくだけだ。
今の俺では、まともに戦うことすらできない。
だったら、少しでもフィアに対抗できるものを探すしかない。
「……何か」
震える手を握り締め、意識をステータスへ向けた。
見慣れた半透明の画面が目の前に現れる。
まだ俺には、使っていないスキルポイントがある。
すぐさまスキル一覧を開くと、視界を埋め尽くすように膨大な文字列が並んだ。
相変わらず多すぎて、何処に何があるのかさっぱり分からない。眺めているだけで頭が痛くなるような文字の羅列だ。
戦闘系、魔法系、補助系。意味の分からないものまで含めれば、数える気にもならない。
普段なら一つずつ眺めながら吟味するところだが、今はそんな悠長なことをしている時間はなかった。
どれか。
フィアに対抗できるもの。
せめて、あの速さに少しでもついていけるもの。
焦りながら一覧へ目を走らせていた時だった。
「……あれ?」
いくつかの文字が、他とは違って淡く光っている。
大喰らいを取得した時と同じだ。
あの時も、まるで「これを取れ」と言わんばかりに、一つのスキルが淡く点滅していた。
今回は一つではない。
二つ。
【集中力向上 Lv0/1】
集中力を極限まで高め、5分間、敏捷・器用を大幅に上昇させる。
発動中は思考および知覚速度が加速し、周囲の動きが緩慢に感じられる。
効果終了後、一時的に知覚と身体感覚に大きなずれが生じる。
必要スキルポイント:4
【死中求活 Lv0/1】
圧倒的な強敵を前にした時、生存のための能力を大幅に高める。
回避・命中・急所への攻撃に補正を得るほか、恐怖や威圧による行動阻害を軽減する。
敵との実力差が大きいほど効果は上昇する。
必要スキルポイント:5
「……高っ」
思わず声が漏れた。
今まで取ってきたスキルと比べても、必要なポイントが高い。
普段なら絶対に一度立ち止まって考える。本当に必要なのか。もっと有用な組み合わせがあるんじゃないか。そんなことを何度も確認してから決めるはずだ。
「ぐあッ!」
また一人、兵士が地面へ転がった。
その声に顔を上げる。
「……考えてる場合じゃないか」
どうして、この二つだけが点滅しているのかは分からない。誰が選んでいるのかも分からない。
以前、大喰らいが点滅した時もそうだった。
もしかすると、俺をこの世界へ送ったあの女神が何かしているのかもしれない。あるいは、スキル一覧そのものに何か別の仕組みがあるのかもしれない。
今の俺には判断できない。
けれど、大喰らいを取った時は、それで助かった。
なら今回も──。
「……指図されてるみたいで癪だけど、仕方ない」
迷っている時間はない。
集中力向上と死中求活、二つのスキルを続けて取得する。
その瞬間、スキル欄の一角に新しい文字が浮かび上がり、今度はそちらが淡く点滅し始めた。
【戦闘狂 Lv0/1】
戦闘を継続するほど、身体能力および戦闘能力が上昇する。
上昇量は戦闘時間に応じて増加し、戦闘終了と同時に効果を失う。
必要スキルポイント:8
「必要スキルポイント、8!?」
ぶっちぎりで、今までで一番高い。
それに、このスキルはさっきまで一覧に存在していなかったはずだ。
以前シエルが言っていたことを思い出す。
特定のスキルを取得したり、何らかの条件を満たしたりすることで、新しく取得できるようになるスキルも存在するらしい。
もしかすると、これがそうなのかもしれない。
何にせよ、点滅している以上、女神だか何だか知らないが、これを光らせている何者かは俺にこのスキルを取らせたいらしい。
それに、今は迷っている場合じゃない。
俺はすぐさま戦闘狂を取得した。
劇的な変化はない。
筋肉が急に膨らんだわけでもなければ、恐怖が消え去ったわけでもない。
試すようにフィアへ視線を向ける。
「……っ」
やっぱり怖い。
フィアが鉄槌を持っている姿を見ただけで、さっきの一撃が頭を過ぎる。
それでも、僅かに違った。
さっきまで震えていた指へ、ちゃんと力が入る。胸の奥では怖いと感じているのに、その恐怖に身体まで縛られてはいない。
これが死中求活なのか?
説明通りなら、恐怖そのものが消えるのではなく、それによって動けなくなるのを軽減してくれているのだろう。
そこで、もう一つ大事なことを思い出した。
「……そうだ。俺、回復魔法使えるじゃん」
何で忘れてたんだ。
自分でも呆れる。
けれど、それだけさっきは混乱していたということなのだろう。
初めて本気で痛い目に遭い、頼り切っていた魔剣まで動かなくなった。何もかもが分からなくなって、まともに物を考えられなくなっていたのだ。
自分の胸元へ手を当てる。
「ハイヒール」
淡い光が身体を包み込んだ。
脇腹や背中、地面を転がった時に打ちつけた肩や腕に残っていた痛みが、急速に引いていく。
さっきまでは身体を動かすだけで顔をしかめたくなったのに、光が消える頃には腕も足も問題なく動かせるようになっていた。
深く息を吸う。
痛くない。
足にも力が入る。
立てる。
それでも、フィアへ視線を向ければ胸の奥は冷えたままだった。
身体は治った。
けれど、さっき殴られた時の感覚までは消えてくれない。鉄槌を振り上げる姿を見るだけで、身体があの痛みを思い出す。
怖くなくなったわけじゃない。
むしろ、怖いと分かってしまったからこそ、前よりもフィアの存在が恐ろしく感じる。
それでも、俺を助けに来てくれた兵士たちは、まだあいつの前に立っている。
そのうちの一人へ、フィアがゆっくり近づいていく。兵士は剣を構えているものの、足が僅かに震えていた。
俺と同じだ。
怖いんだ。
それでも逃げずに立っている。
「……俺だけ逃げるわけにはいかないよな」
大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
もう一度。
呼吸を整えながら立ち上がり、魔剣を握り直した。
あとは念のため、使えるものは全部使っておこう。
回復魔法を取得した時に覚えたブレッシング。
回復魔法がLv1だった頃は、全ステータスを+1する効果とデバフ解除だけだったが、今では回復魔法そのものがLv5まで上がり、ブレッシングのLvも5まで上がっている。
どこまで効果が伸びているのかは、実際に使ってみるまで分からない。それでも、少しでもフィアとの戦力差を埋められるなら使わない理由はない。
こんなことなら、もっと日頃からスキルを実験しておくべきだったな。
「ブレッシング」
身体を淡い光が包み込み、視界の端に効果が表示された。
全ステータス+3。
これがどれほど役に立つのかは分からない。けれど、無いよりはましだと信じるしかない。
胸の奥では、まだ恐怖が燻っている。
だったら、無理に消す必要なんてない。
この恐怖ごと燃やして、前へ出るための力に変えてやる。
怖い。
それでも、動ける。
それなら十分だ。
俺は地面を蹴った。