【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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130話 食らいつけ

「ん?」

 

 俺が駆け込んできたことに気づき、兵士へ向かっていたフィアがこちらを見る。

 兜の下で口元が楽しそうに吊り上がった。

 

「お、まだやるんだ?」

「……やるよ」

 

 自分でも、僅かに声が震えているのが分かった。

 それでも魔剣は下げない。

 兵士とフィアの間へ割って入り、魔剣の切っ先を向ける。

 

「この人たちは、俺を助けに来てくれたんだ。だから、これ以上やらせねえ」

「へぇ~」

 

 フィアは嬉しそうに鉄槌を肩から下ろした。

 

「いいね。そういうの」

 

 その笑顔を見ているだけで嫌な汗が背中を流れる。

 それでも、もう後ろへは下がらない。

 

「集中力向上」

 

 スキルを発動した瞬間、世界の見え方が変わった。

 音が消えたわけでも、周囲の人間が本当に遅くなったわけでもない。それでも、視界へ入ってくる一つ一つの動きが、今までより遥かにはっきりと認識できる。

 

 フィアが踏み込むために足へ力を込め、僅かに腰を沈める。それに続いて、鉄槌を握っている腕が動き始めた。

 さっきまでは、気づいた時にはもう目の前にいた。だが今は違う。フィアが動き出す、その瞬間がはっきり見える。

 

 来る!

 フィアが地面を蹴った。遅く見えているはずなのに、それでも異常なほど速い。

 

 心眼が、その少し先の未来を見せる。

 横薙ぎの鉄槌。

 

 正面に残れば直撃。

 左へ逃げても追いつかれる。

 

 右。

 そこだけ僅かに間に合う。

 俺は迷わず地面を蹴り、右へ身体を投げた。

 巨大な鉄槌が鼻先すれすれを通過し、巻き起こった風圧に髪が激しく煽られる。

 

「避けられたッ!」

 

 魔剣に勝手に身体を動かしてもらったわけじゃない。

 心眼で未来を見て、集中力向上で動きを捉え、自分で選んで自分の身体で避けた。

 

「お?」

 

 フィアが少しだけ目を丸くする。

 

「急に動きが良くなったね~」

 

 その言葉を聞いた瞬間、僅かに胸の奥が軽くなった。

 いける──そう思った直後、心眼が次の危険を見せる。

 

「っ!」

 

 鉄槌を振り抜いた勢いを利用し、フィアの身体が回転する。

 蹴りだ!

 見える。

 さっきまでなら気づくことすらできなかったはずの蹴りが、今ははっきり見える。

 

 身体を後ろへ引けば避けられる。

 そう分かっている。

 なのに、身体が間に合わない。

 

「がっ!?」

 

 フィアの足が脇腹へまともに突き刺さった。

 強烈な衝撃に身体が横へ浮き、そのまま地面へ叩きつけられる。

 何度か転がったものの、今度はさっきとは違い、咄嗟に腕をついて身体を丸めることができた。

 

「ぐっ……!」

 

 転がる勢いを殺し、膝をつく。

 衝撃はあった。けれど、さっき鉄槌をまともに受けた時ほどの痛みはない。

 どうやらフィアも、蹴りまで本気で叩き込むつもりはなかったらしい。

 蹴りが来ることも分かっていたし、避ける方向も分かっていた。それでも身体が追いつかなかった。

 見えることと、避けられることは違う。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 残っていた兵士の一人が駆け寄ろうとする。

 

「大丈夫です!」

 

 片手を上げて制した。

 

「近づかないで! こいつは俺が──」

 

 そこまで言って、言葉を飲み込む。

 俺が倒す。

 そんなことは、とても言えない。

 今の俺ですら、避けるだけで精一杯だ。

 

「へぇ~」

 

 フィアが鉄槌を肩へ戻し、面白そうにこちらを見ている。

 

「面白いなぁ。さっきまで全然反応できてなかったのに……」

「は、ははは──。今からボコボコにしてやるから、逃げたほうがいいぜ?」

「あはは! やれるもんならやってみなよ~」

 

 フィアは心底楽しそうに笑う。

 強がりなのは自分でも分かっている。

 それでも、こうして軽口でも叩いていないと、また足が竦みそうだった。

 

 俺が必死で戦っているのに、フィアにはまだ余裕がある。

 三つも新しいスキルを取って、そのうえブレッシングまで重ねて、それでようやく遊んでいるフィアの攻撃をぎりぎり避けられている。

 いや、戦えているなんて言うのもおこがましい。俺はさっきから、ただ必死に避け続けているだけだ。

 それだって、フィアが少しでも本気を出せば終わるだろう。

 けれど、少なくともさっきよりは動ける。だったら、今はやるしかない。

 

「じゃあ、もう一回!」

 

 フィアが再び踏み込んでくる。

 横から迫る鉄槌を、心眼が示した未来に従って身体を沈めてかわす。

 今度は、そのまま蹴りが来ることも分かっている。

 フィアの腰が回転するより一瞬早く、大きく後ろへ身体を反らすと、目の前を足が通過した。

 

「おっ?」

 

 二つ続けて避けた。

 今なら反撃できる。

 そう思い、魔剣を振ろうとした瞬間、心眼がさらに先を見せる。

 踏み込めば、戻ってくる鉄槌の柄に頭を打ち抜かれる。

 

「ぐぅっ!」

 

 反撃を諦め、後方へ跳んだ。

 直後、さっきまで頭があった場所を鉄槌の柄が鋭く薙いでいく。

 

「惜しいね~」

「く、くそ!」

 

 再び距離を詰めてくるフィアへ集中する。

 横薙ぎの鉄槌を避け、続く蹴りから逃れ、さらに戻ってくる柄の追撃を心眼で読みながら、ぎりぎりのところで身体を外す。

 何とか避け続けることはできても、こちらから反撃へ移る余裕までは全くない。

 それでも、何度か攻撃をかわしているうちに、身体へ妙な変化が起きていることに気づいた。

 

 最初から全力で地面を蹴っていたはずなのに、今は同じ力を込めるだけで、思っていた以上に身体が前へ出る。

 腕を振る速さも、足を運ぶ感覚も、少しずつ軽くなっていた。身体の奥で熱が増し、それに合わせるように動きそのものが研ぎ澄まされていく。

 

 ……これ、戦闘狂のスキル効果か?

 戦闘を続けるほど身体能力と戦闘能力が上がるという説明通りなら、今まさに効果が積み重なっているのだろう。

 まだフィアには届かないが、最初に比べれば明らかに身体が動くようになっている。

 

「うんうん!」

 

 フィアもそれに気づいたらしい。

 鉄槌を振るいながら、さらに楽しそうに笑う。

 

「どんどん速くなってる!」

「嬉しそうに言いやがって……」

「だって楽しいじゃん!」

「楽しいわけ──」

 

 地面すれすれを薙ぐ鉄槌を跳び越える。

 そのまま空中へ追ってきた蹴りを身体を捻ってかわしたものの、完全には避けきれず、足先が肩を掠めた。

 

「ぐっ!」

 

 姿勢を崩しながらも、どうにか地面へ着地した。攻撃を返す余裕なんてないが、それでも倒れてはいない。

 戦えている。

 

 本気ではないフィアを相手に、ぎりぎり食らいついているだけだとしても、さっきまで何もできずに吹き飛ばされた俺が、今は自分の足でフィアの前に立っている。

 それだけでも、今は十分だった。

 

「アウラ様!」

 

 後ろで残った兵士たちが、再び武器を構えようとする。

 

「待って!」

 

 フィアから視線を外さないまま叫んだ。

 

「無理に近づかないで下さい!」

「もう遅いよ~」

「なっ?」

 

 フィアが大きく後ろへ跳んだ。

 突然距離を取ったかと思うと、巨大な鉄槌を今度は両手で握り、頭上へ大きく持ち上げる。

 その瞬間、心眼がこれまでとは比べものにならないほど強烈な危険を伝えてきた。

 

「離れてッ!!」

 

 叫ぶと同時に、俺自身も地面を蹴ってフィアから大きく距離を取る。

 次の瞬間。

 振り下ろされた鉄槌が地面へ叩きつけられ、眩い閃光が弾けた。

 

「──ッ!!」

 

 轟音。

 まるで空気そのものが爆発したような衝撃が、フィアを中心に周囲へ広がった。

 地面が大きく揺れ、砕けた土や石が一斉に空中へ舞い上がる。遅れて押し寄せてきた衝撃波が壁のように身体へぶつかり、十分に距離を取ったはずの俺ですら、数歩分も後方へ押し流された。

 

「ぐっ……!」

 

 両腕を上げて顔を庇う。

 

「うわぁッ!」

「ぐあっ!」

 

 兵士たちも吹き飛ばされた。

 けれど、心眼の警告を受けて先に声を上げられたおかげか、爆発の中心近くでまともに巻き込まれた者はいない。

 何人かが地面へ倒れたものの、すぐに身体を起こそうとしている。

 

「なんだよ……それ……」

 

 思わず声が漏れた。

 フィアが鉄槌を叩きつけた地面には、大きな亀裂が走っている。

 中心部は抉れ、砕けた土の一部が熱を持ったように黒く変色していた。

 

 その時、妙な音が聞こえた。

 フィアの兜、そして鎧。

 継ぎ目のような隙間から、白い蒸気のようなものが勢いよく吹き出している。周囲の空気まで揺らいで見えるほどの熱気だった。

 

 今の爆発で生まれた熱や衝撃を、装備から逃がしているのか?

 正確な仕組みまでは分からないが、あの兜や鎧にも何か仕掛けがあり、鉄槌の爆発と連動していることだけは間違いなさそうだった。

 

「……くっそ。まだこんなの隠してやがったのかよ」

「あれ?」

 

 フィアがこちらを見る。

 

「すごいすごい、避けたんだ~! みんなまとめて吹っ飛ぶと思ったのになぁ」

 

 ぱちぱちと拍手までしている。

 

「やっぱり、さっきより全然いいね」

「……そいつはどうも」

 

 再び魔剣を構える。

 集中力向上の効果は五分間。

 五分なんて、こんな戦いをしていればあっという間だ。しかも説明には、効果終了後に知覚と身体感覚へ大きなずれが生じると書かれていた。

 

 今でさえ、本気を出していないあいつの攻撃をぎりぎり避けられているだけだ。

 集中力向上が切れたら、その時点で終わる。

 

 しかし、攻撃できるだけの隙がない。

 フィアが踏み込めば、それに合わせて俺も動く。横薙ぎの鉄槌を避け、続く蹴りをかわし、さらに柄を使った追撃からぎりぎりのところで逃れる。

 

 戦闘狂の効果が積み重なっているおかげで、最初よりは明らかに余裕が生まれてきた。

 それでも、こちらから剣を振る余裕まではない。少しでも攻撃へ意識を向ければ、心眼がその直後に叩き潰される未来を見せてくる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が荒い。

 鉄槌が当たったら──そう考えるだけで、胸の奥が冷たく沈んでいく。

 

 俺が速くなるほど、フィアも少しずつ動き方を変えている。

 最初から全力で戦っているわけではない。

 こちらがついてこられる程度に、わざと合わせているようにしか見えなかった。

 

「……てめぇ、まだ何か隠してるんじゃないか?」

「ん~?」

 

 フィアが鉄槌を肩へ担ぎ、首を傾げる。

 

「あはは、どうかな~?」

 

 否定しない。

 やっぱりだ。

 三つも新しいスキルを取って、そのうえブレッシングまで重ねて、それでようやく遊んでいるフィアについていけている。

 いや、ついていけているなんて言うのも違う。俺はさっきから、ただ必死に攻撃を避け続けているだけだ。それだって、フィアが少しでも本気を出せば終わるだろう。

 

 それでも、もう逃げようとは思わなかった。

 怖くなくなったわけじゃない。

 鉄槌が迫るたび、身体の奥では今でも恐怖がざわつく。

 それでも、その恐怖のせいで立ち止まることはなくなった。

 

 後ろには兵士たちがいて、倒れている騎士たちもいる。何よりフィアが狙っているのは俺だ。

 だったら、俺が前に立っていればいい。

 

「もう一回!」

 

 フィアが笑いながら鉄槌を引いた。

 心眼が未来を示す。

 横から来る。

 右へ──。

 その時だった。

 ヒュッ、と空気を裂く音がした。

 

「ん?」

 

 一本の矢が、フィアの顔のすぐ横を通り過ぎた。

 

「……え?」

 

 俺も一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 フィアは直前で気づいたらしく、首を僅かに傾けて矢を避けている。

 

「おっと~?」

 

 フィアが、矢の飛んできた方向へ顔を向ける。

 その瞬間、今度は別方向から銀色の刃が飛んできた。

 

「わわっ」

 

 フィアは鉄槌を持ち上げ、飛んできた投げナイフを柄で弾いた。

 甲高い音と共に、ナイフが回転しながら地面へ落ちる。

 

「誰~?」

 

 フィアの視線が俺から外れた。

 ほんの一瞬。

 本当に、僅かな時間だった。

 けれど、集中力向上によって引き延ばされた俺の感覚には、その一瞬がはっきりと見えた。

 心眼も同時に未来を示す。

 

 今なら届く。

 俺に意識が向いていない、今だけなら──!

 

「ッ!」

 

 迷わず地面を蹴った。

 戦闘狂によって高まった身体能力が、さっきまでより遥かに強く身体を前へ押し出す。

 胸の奥にはまだ恐怖が残っている。

 それでも死中求活のおかげなのか、足は止まらない。

 フィアの横顔が、ゆっくりこちらへ戻ろうとしている。

 

「そこだぁッ!」

 

 魔剣を振るう。

 

「──!」

 

 フィアがこちらに気づいた。

 咄嗟に頭を引く。

 

 早い。

 顔そのものは避けられる。

 そう思った。

 

 けれど。

 ガギィンッ!!

 硬い金属を叩き割る音が響いた。

 

「わぁっ!?」

 

 フィアが大きく後方へ退く。

 魔剣の刃は顔へ届かなかった。

 その代わり、シュモクザメの頭のように横へ張り出した兜の片側へ深く食い込み、大きな亀裂を走らせていた。

 次の瞬間、兜の一部が砕けて地面へ落ちる。

 

「……やった」

 

 初めて、まともに攻撃が届いた。

 フィア本人を傷つけたわけじゃない。

 誰かは知らないが、この援護攻撃がなければ、この隙だって生まれなかった。

 それでも、届いた。

 

「あーっ!」

 

 フィアが、それまでとは違う大きな声を上げた。

 

「お姉ちゃんに作ってもらった兜が~!」

 

 どうやら俺の攻撃よりも、壊れた兜の方が気になっているらしい。

 

「うわぁ……結構いっちゃったなぁ」

 

 ひび割れた部分へ手を当てる。

 シュッ、と短い音がして、裂けた箇所から白い蒸気が漏れた。

 

「あ~……もうこれ、エクスプロージョンは使わない方がいいかも」

 

 やはり、あの爆発とこの兜や鎧は繋がっている。

 どういう仕組みかは分からないが、兜が壊れたことで、あの爆発を安全に使えなくなったらしい。

 

「それに……前が見辛くなっちゃった」

 

 フィアが顔の前で手を振る。

 割れた兜の一部が視界を邪魔しているようだった。

 

「しょうがないなぁ」

 

 フィアは軽くため息を吐き、兜の留め具へ手を伸ばした。

 そして、そのまま兜を外す。

 

「────」

 

 言葉が出なかった。

 これまでずっと隠されていたフィアの素顔。

 女だということ自体は分かっていた。

 驚いたのは、そこじゃない。

 

「お前……その顔……」

「ん?」

 

 フィアが不思議そうに首を傾げる。

 

「私の顔がどうかした?」

 

 似ている。

 俺に。いや、シエルにも。

 けれど、瓜二つというわけじゃない。

 俺とシエルのように、鏡へ映したみたいに同じ顔ではなかった。目元も鼻筋も、顔の輪郭も、よく見ればちゃんと違う。

 

 それでも、姉妹だとか親戚だとか、そう言われれば何の疑問もなく信じてしまいそうなくらいには似ている。

 そして何より、目を引いたのはその瞳だった。

 

「その目……」

 

 俺とシエルの瞳は、両方とも同じ鮮やかなエメラルド色だ。

 けれど、フィアは違う。

 片方は、俺たちと同じエメラルド。

 

 そして、もう片方は──。

 血のように鮮やかな、赤だった。

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