【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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131話 五分の代償

「な~に?」

 

 思わずフィアの顔をまじまじと見つめていると、当の本人は気にする様子もなく、えへへ、と嬉しそうに笑った。

 

「もしかして、可愛いから気になっちゃった?」

「…………」

 

 何なんだ、こいつ。

 俺が驚いている理由など、まるで分かっていないらしい。いや、フィア本人からすれば当然なのかもしれない。今の俺は化粧をしているし、フィア自身は俺の本当の顔を知らない。

 

 けれど、どう見ても無関係とは思えなかった。

 フィアの顔は俺やシエルに似ている。もちろん、俺とシエルのように瓜二つというわけではなく、目元も鼻筋も輪郭も違う。こうして兜を外した顔を改めて見れば、その違いははっきり分かるのに、全体から受ける印象はあまりにも近かった。

 

 姉妹や親戚だと言われれば疑わないほどだ。

 俺やシエルの姿は、あの女神と同じだ。だが、フィアは女神そのものと同じ顔ではない。それなのに俺たちと似ていて、しかも片方の瞳まで同じ鮮やかなエメラルド色をしている。

 偶然で片づけるには、似すぎている。

 

「……何なんだよ、お前」

「ん~?」

 

 聞こえなかったのか、フィアは首を傾げただけだった。

 そのまま手にしていた破損した兜へ目を落とすと、残念そうに頬を膨らませる。

 

「はぁ~……お姉ちゃんに直してもらわないと、かな~」

 

 大事そうに兜を持ち上げ、地面へそっと置く。さっきまで俺たちを相手に巨大な鉄槌を振り回していた奴とは思えないほど丁寧な扱いだった。

 それからフィアは腰を伸ばすと、周囲を見回した。

 

「それで」

 

 フィアが顔を向けたのは俺ではなく、森の方だった。先ほど矢が飛んできた方向と、投げナイフが飛んできた方向を交互に探すように見渡している。

 

「あれ? 出てこないの~?」

 

 返事はない。

 

「それとも恥ずかしがり屋さんかな?」

 

 そう言って、フィアの口元が楽しそうに歪んだ。

 直後、ヒュッ、と鋭く風を切る音が響いた。

 木々の間から一本の矢が飛び出し、フィアの顔を目がけて一直線に迫る。

 

「おっと」

 

 だが、今度の攻撃はフィアにとって不意打ちにはならなかった。

 首をほんの僅かに横へ傾けただけで矢を避ける。

 ほとんど同時に、反対方向から銀色の何かが飛んできた。

 

 投げナイフだ。

 フィアはそちらへ視線すら向けず、空いている手を伸ばした。

 パシッ、と乾いた音が響く。

 

「なっ……」

 

 飛んできたナイフを、素手で掴んだ。それも刃を掴んだわけではなく、飛来するナイフの柄を正確につまんでいる。

 

「へぇ~」

 

 フィアは手にしたナイフを顔の前まで持ち上げ、興味深そうに眺めた。

 

「これ、なかなか良さそうなナイフだね」

 

 指先で器用にくるりと回す。

 

「もらってもいいかな~?」

 

 投げナイフが飛んできた森の奥へ尋ねるものの、やはり返事はない。

 代わりに、矢が飛んできた方角の茂みが揺れ、一人の男が姿を現した。

 

「あっ」

 

 思わず声が漏れる。

 ロイドだ。手には先ほどの矢を放ったらしい小型の弓を持っている。

 姿を現したロイドは一瞬だけ反対側の森へ目を向け、それからフィアへ向き直った。

 

「ロイドおにーさん!」

 

 フィアが嬉しそうに声を上げる。

 

「今日は会えないかと思ってたから、会えてよかったよ」

「……あんた」

 

 ロイドは答えず、兜を脱いだフィアの顔を鋭く睨みつけた。

 

「この間の女か」

「フィアだよ~」

 

 名前を呼ばれなかったことが不満なのか、少し頬を膨らませる。

 

「ちゃんと覚えておいてよ」

「……まさか、あんたが敵とはな」

 

 ロイドは吐き捨てると、手にしていた折りたたみ式の弓をその場へ放り捨て、背中から剣を抜いた。

 一歩ずつ距離を詰めてくるロイドを、フィアは興味深そうに上から下まで眺める。

 

「おにーさんは、他の人より動けそうだよね」

「どうかな」

「じゃあさ~」

 

 フィアが俺を見て、それからロイドへ視線を移した。

 

「二人がかりで来てみなよ」

「は?」

 

 次の瞬間、フィアの指先から何かが離れた。

 さっき掴み取った投げナイフだ。

 

「──ッ!」

 

 咄嗟に身体を横へ捻ると、ナイフが頬のすぐ横を通過して後方へ飛んでいく。

 すぐに視線を戻した。

 だが、そこにフィアの姿はなかった。

 

「っ!」

 

 違う。消えたんじゃない。

 ロイドとの距離を、一気に詰めたのだ。

 ロイドは慌てる様子もなくフィアを正面へ捉え、剣を構える。

 

 横薙ぎに振るわれた巨大な鉄槌に対し、ロイドは後方へ逃げるのではなく、僅かに身体を沈めながら懐へ潜り込むようにかわした。

 鉄槌の頭が髪のすぐ上を通過する。

 その勢いを利用してロイドが剣を振り上げ、フィアの脇腹へ刃を走らせた。

 

「おっ」

 

 しかしフィアも鉄槌を振り抜いた勢いを殺さず、そのまま身体を回転させる。

 

「ぐっ!」

 

 回転に合わせて放たれた蹴りが、ロイドの脇腹へまともに叩き込まれる。

 鈍い音が響いたが、その結果を確認する余裕はなかった。俺も同時にフィアの背後へ踏み込んでいたからだ。

 今ならフィアの意識はロイドへ向いている。背後からなら攻撃を届かせられるかもしれない。

 そう思った瞬間、心眼が危険を示した。

 

「なっ!?」

 

 フィアはこちらを見てすらいなかった。

 それなのに、ロイドへ蹴りを放った身体が宙に浮いたまま、鉄槌を握った腕だけが背後へ回り、その巨大な鉄槌が俺を狙って円を描く。

 

「くそっ!」

 

 踏み込もうとしていた足を無理やり止め、上半身を反らした。

 巨大な鉄槌が鼻先すれすれを通過する。

 

 少しでもそのまま飛び込んでいたら、今頃まともに顔面へ食らっていた。

 こいつ、背中にも目でもついてんのか!?

 一度も振り返っていないくせに、俺の位置も踏み込む速度も把握しているとしか思えない。

 

「がっ!」

 

 反対側では、フィアの蹴りを受けたロイドが大きく吹き飛ばされていた。

 地面へ肩から落ち、そのまま何度も転がる。

 

「ロイドさん!」

 

 思わず呼ぶが、ロイドはすぐに片手を地面へついて身体を起こした。

 

「ゲホッ……ゲホッ……!」

 

 苦しそうに咳き込みながらも立ち上がる。

 大丈夫なのかと思ったが、ロイド本人より先に鎧が目に入った。

 フィアの蹴りを受けた部分が、誰の目にも分かるほど大きくへこんでいる。

 

「ンだよ……その威力……」

 

 ロイドが顔をしかめ、自分の鎧へ触れる。

 

「バケモンがよ……」

「…………」

 

 その言葉を聞いた瞬間、フィアの表情から僅かに笑みが消えた。

 ほんの一瞬だった。

 どこか寂しそうにも見えたが、すぐにいつもの笑顔へ戻ってしまったせいで、それが本当だったのかは分からない。

 

「おい、あんた!」

 

 ロイドが声を張り上げた。

 いつもの騎士らしい口調でもなければ、屋敷で俺たちに見せる余裕のある話し方でもない。

 

「こいつはやべえ! あんたは逃げろ!」

「駄目です!」

 

 反射的に答えた。

 

「こいつの狙いは私なんです! 私が逃げたら、追ってきます!」

「だからって──」

「だったら、私がここにいた方がいい!」

 

 ロイドが舌打ちした。

 

「チッ……!」

 

 まだ何か言いたそうだったが、フィアが待ってくれるはずもない。

 

「相談終わった~?」

 

 鉄槌を肩へ担いだまま、楽しそうに首を傾げている。

 

「だったら、続きしよっか」

「……仕方ねえ」

 

 ロイドは諦めたように息を吐くと、剣を構え直した。

 

「死ぬなよ!」

「はい!」

 

 ほぼ同時に地面を蹴る。

 ロイドが正面から進み、俺は斜めから回り込んだ。

 フィアは嬉しそうに笑いながら、逃げるどころか二人の間へ自ら飛び込んでくる。

 

 ロイドの剣を鉄槌の柄で受け流し、そのまま柄尻を突き出す。ロイドが首を傾けてそれを避けたところへ、俺も横から魔剣を振り抜いた。

 

「えいっ」

 

 フィアは身体を沈めただけでかわし、俺の剣が頭上を通り過ぎる。

 すぐに心眼が次の未来を見せた。

 鉄槌──右から。

 ほとんど同時に、目の前のフィアの肩が僅かに動き、腰が捻られる。

 

 見える。

 心眼が教えてくれるのは、これから起こる未来だ。だが、どんな攻撃が来るのか分かったところで、それに身体が追いつかなければ意味がない。

 集中力向上を使う前の俺なら、フィアが鉄槌を振ってくると分かっていても、身体が追いつかなかった。

 

 今は違う。

 集中力向上によって研ぎ澄まされた感覚なら、肩が動き、腰が回り、そこから腕へ力が伝わって鉄槌が振り出されるまで、その一連の動きがはっきりと見える。

 

 心眼で未来を知り、集中力向上で実際の動きを捉える。

 だから今なら、分かっていても間に合わなかったはずの攻撃に、俺自身の身体で合わせられる。

 

 避けられる。

 そう判断して、俺は地面を蹴った。

 その瞬間だった。

 

「……え?」

 

 世界が変わった。

 いや、元に戻った。

 ついさっきまでなら一つ一つ追えていたフィアの動きが、突然繋がった。

 肩が動いたと思った次の瞬間には、もう鉄槌が迫っている。

 

「なっ──」

 

 フィアが一気に速くなった?

 違う。

 最初から、この速さだった。

 俺の方が、今まで異常な速さで物事を見ていたんだ。

 集中力向上が──切れた。

 

 そう理解した直後、さらにおかしなことが起きた。

 右へ避けた。

 そのはずだった。

 

「あ──」

 

 なのに、視界の中ではほとんど位置が変わっていない。

 動けていない?

 いや、足は動いている。

 自分ではもう一歩分ほど横へ移動した感覚があるのに、実際の身体はそこまで届いていない。

 慌ててもう一度地面を蹴った。

 

「うわっ……!?」

 

 今度は逆だった。

 ほんの少し身体をずらすつもりだったのに、予想以上に勢いがつく。慌てて止めようとして足をついたはずが、地面を踏んだ感触まで僅かに遅れてやってきた。

 

 何だ、これ。

 どこまで動いた?

 俺の足は今、どこにある?

 

 足が遠い。

 地面が近い。

 目で見えている位置と、自分が感じている身体の位置がまるで一致しない。

 心眼は危険を知らせている。

 

 右へ避けろ。

 どこへ行けば助かるのかは分かっている。

 なのに──今の俺には、その右へどれだけ身体を動かせばいいのかが分からなかった。

 その間にも、フィアの鉄槌はもう目の前まで迫っている。

 

「城塞ッ!」

 

 ロイドが叫んだ。

 その左腕に嵌められていた腕輪が光る。

 次の瞬間、俺の周囲へ六枚の半透明な板のようなものが現れた。

 六角形にも見える板が、俺を中心に取り囲むように宙へ浮かぶ。

 直後、フィアの鉄槌がその一枚へ叩きつけられた。

 

「うわっ!?」

 

 一枚目が砕けた。

 だが、鉄槌の勢いは止まらない。

 後方へ回り込んだ別の板が次々と重なって俺の前へ入り込み、鉄槌を受け止めては砕け散っていく。

 

 二枚、三枚──そして四枚。

 そこまで砕けたところで、ようやくフィアの鉄槌が止まった。

 

「マジかよ!?」

 

 ロイドの驚いた声が聞こえた。

 フィアも目を丸くしている。

 ただし、フィアの方は驚愕というより興味の方が強いらしく、すぐに嬉しそうな笑顔へ変わった。

 

「すごーい! もしかして原初遺物~? 珍しいの持ってるね」

 

 原初遺物……?

 初めて聞く言葉だ。

 ロイドはフィアの言葉には答えず、俺の周囲へ残った二枚の板を、信じられないものでも見るように見つめている。

 

「一発で四枚も持っていきやがった……」

「ロ、ロイドさん、これは?」

「クラウス様から借りてきた城塞の腕輪だ」

 

 ロイドがフィアを警戒したまま叫ぶ。

 

「六枚の魔法盾で守る魔道具だ。まだ二枚残ってる。そこで大人しくしてな」

「でも──」

 

 こんなところで座っているわけにはいかない。

 すぐに立ち上がろうと地面へ足をついた。

 

「うっ……!?」

 

 身体を起こした途端、視界が大きく傾いた。

 咄嗟に足へ力を入れる。

 その瞬間、今度は思っていた以上に身体が前へ出た。

 

「な、なんだよ、これ……」

 

 慌ててもう片方の足を出すが、そこでも感覚と実際の動きが噛み合わない。

 一歩のつもりが大きすぎる。

 止まろうとすれば、今度は身体が遅れてついてくる。

 

 頭で思い描いた動きと、実際の身体の動きが一つも一致しない。

 そこでようやく、集中力向上を取得した時に見た説明が頭へ浮かんだ。

 

 ──効果終了後、一時的に知覚と身体感覚に大きなずれが生じる。

 

「……これか」

 

 読んだ時は、多少動きづらくなる程度だと思っていたが全然違う。

 五分間、加速した感覚で身体を動かし続けたせいなのか、元に戻った今の感覚がまるで信用できない。

 しかも、身体そのものが弱っているわけではなかった。

 むしろ戦闘狂の効果が続いているせいで、手足にはまだ力が満ちている。

 

 それが余計にまずい。

 今の俺には、その強化された身体をどれだけの力で動かせばいいのか、その加減すら分からない。

 

 身体は動く。

 力もある。

 なのに、それをどう動かせば思った場所へ行けるのかが分からない。

 視界までぐらぐらと揺れ始め、頭の中を掻き回されているような吐き気と鈍い頭痛まで込み上げてきた。

 

「うっ……」

 

 とうとう耐えきれず、その場へ膝をつく。

 まだ戦えるだけの力は残っている。

 それなのに、今の俺ではその力をまともに扱えない。

 こんな状態で無理に戻れば、フィアの攻撃を避けるどころか、ロイドの邪魔になりかねなかった。

 

 悔しい。

 けれど、それくらいは自分でも分かる。

 俺は歯を食いしばりながら、その場へ腰を下ろした。

 周囲では残った二枚の魔法盾が、俺を守るようにゆっくりと浮かんでいる。

 

「さーて」

 

 フィアが鉄槌を肩へ戻した。

 

「今度はおにーさんだけ?」

「そうみてえだな」

「大丈夫~?」

「心配いらねえよ」

 

 ロイドは剣を構えながら、僅かに腰を落とす。

 

「俺はこういう、ひりつくような戦いには慣れてんだよ。それに──」

「それに?」

 

 ロイドは不敵な笑みを浮かべながら、フィアに切り込む。

 

「せっかく騎士になれたのに、美人の嫁を貰う前に死んだんじゃ勿体ねえからなァ!」

「あはは、なにそれ~」

 

 フィアが楽しそうに笑いながら鉄槌を構え、ロイドを迎え撃つ。

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