【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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132話 その一撃のために

 次の瞬間、二人が同時に動いた。

 フィアが振るった鉄槌を、ロイドは剣で受けようとはしなかった。地面すれすれまで身体を沈めてその下を潜り抜け、そのまま懐へ入り込むように踏み込むと、剣を横薙ぎに振るう。

 

 だが、フィアは軽く後ろへ跳んだだけで刃の間合いから逃れた。

 当然だ。

 今までの戦いを見ても、正面から振った剣があいつにまともに当たるとは思えない。

 そう考えた直後、ロイドが足元の地面を強く蹴り上げた。

 

「え?」

 

 乾いた土と砂が、一気にフィアの顔へ舞い上がる。

 

「わわっ!」

 

 さすがのフィアも反射的に顔を背けた。

 

「ちょっ、おにーさん! 砂はやめてよ~」

 

 ロイドは返事もせず、その隙へ一歩踏み込んだ。

 とはいえ、砂がまともに目へ入った様子はない。フィアはすぐに目を開くと、迫っていた剣を鉄槌の柄で弾き返した。

 

「そんなの効かないよ~」

「効くと思ってねえよ!」

 

 思わず眉を寄せる。

 効かないと分かっていて、どうしてわざわざ砂なんか蹴ったんだ?

 ロイドは当然そんな俺の疑問など知るはずもなく、そのままフィアの攻撃をかわしながら次の手へ移っていた。

 突き出された鉄槌の柄を、身体を横へ滑らせるように避ける。そこから腰に下げていた小袋を一つ掴むと、そのままフィアへ投げつけた。

 

「今度はなに?」

 

 フィアが鉄槌で小袋を叩き落とす。

 地面へ落ちた瞬間、袋が弾け、中から白い粉のようなものが一気に広がった。

 

「わっ、何これ!」

 

 フィアが顔を庇うように一歩横へ退く。

 そこへロイドが剣を振るった。

 しかし、やはり届かない。

 

 フィアは身体を横へ傾けるだけで刃をかわし、そのまま鉄槌の柄を返してロイドの肩を狙う。

 ロイドはそれも読んでいたように後方へ跳び、ぎりぎりのところで逃れた。

 

 剣は届かない。

 砂も効かなかった。

 今投げた袋だって、フィアを一歩動かしただけだ。

 ロイドが繰り出す手は、どれもフィアへまともな傷を与えていない。

 

「……何やってんだ?」

 

 思わず声が漏れた。

 こんなものがフィアに通用しないことくらい、ロイド自身が一番分かっているはずだ。実際、砂を蹴り上げた時にも、自分で効くと思っていないと言っていた。

 だったら、何のためにこんなことを繰り返している?

 

「おにーさん、色々持ってるね~」

「冒険者生活が長くてな」

 

 ロイドが息を切らしながら笑う。

 

「俺は根っからの騎士じゃねえからよぉ。生き汚いのさ」

「へぇ~……でも、こんなんじゃ勝てると思えないけどな~」

「そいつはどうかな!」

 

 ロイドが再び踏み込んだ。

 剣を振れば、フィアがかわす。

 その動きに合わせるようにロイドは右へ回り込み、フィアも自然と身体の向きを変えて、再びロイドを正面へ捉えた。

 

 今度はフィアの足元へ何かを投げつける。

 何が飛んできたのか確かめるようにフィアが一歩横へずれると、ロイドはすぐに距離を詰めてまた剣を振った。

 

 当然、それもかわされる。

 反撃してくる鉄槌を避けながら、ロイドは今度は後方へ下がる。フィアは逃がすまいと前へ出た。

 

 攻撃して、避けられる。

 反撃をかわして、位置を変える。

 また攻撃する。

 決定打は一つもない。

 

 それどころか、ロイドの剣は戦い始めてから一度としてフィアへ触れていなかった。

 なのに、見ているうちに妙な違和感が生まれてくる。

 

 ロイドは焦っていない。

 剣をかわされても、砂が効かなくても、道具を防がれても、失敗したような顔を一度もしていなかった。

 まるで最初から、そうなることを分かっていたみたいに次の動きへ移っている。

 気づけば、二人は最初に戦い始めた場所から少しずつ離れていた。

 

 ロイドが下がれば、フィアが追う。

 ロイドが横へ動けば、それに合わせてフィアも向きを変える。

 偶然……なのか?

 

「もう、おにーさん」

 

 フィアが頬を膨らませた。

 

「さっきから、ちょこちょこ鬱陶しいなぁ」

「鬱陶しいって? そりゃ褒め言葉だな」

「じゃあ」

 

 フィアが鉄槌を両手で握った。

 

「これはどう?」

「っ!」

 

 振り出された鉄槌は、今までより明らかに速かった。

 ロイドも避けきれないと判断したらしい。その瞬間、左腕に嵌められた城塞の腕輪が再び光った。

 

「城塞ッ!」

 

 今度はロイド自身を取り囲むように、六枚の魔法盾が一斉に現れる。

 フィアの鉄槌が、その真正面へ叩き込まれた。

 凄まじい轟音が響き、六枚の盾が一斉に激しく輝いた。

 次の瞬間、そのすべてが砕け散った。

 

「なっ!?」

 

 さっき俺を守った時とは違う。

 四枚どころではない。

 六枚すべてが、たった一撃で光の欠片へ変わって消えた。

 しかも、それだけでは完全に威力を殺し切れなかったらしい。

 

「ぐぅっ!」

 

 ロイドの身体が後方へ弾き飛ばされ、地面へ背中から落ちた。そのまま勢いを止められず、何度も地面を転がっていく。

 

「ロイドさん!」

 

 思わず叫ぶ。

 

「……っ、ぐ」

 

 ロイドが地面へ手をつき、ゆっくりと身体を起こした。

 口の端が切れたのか、僅かに血が流れている。それでも手足は動くようで、震える指を伸ばして転がっていた剣を拾い上げた。

 

 六枚の盾が大半の威力を殺してくれたのだろう。

 それでも、あれだけ吹き飛ばされた。

 

「ハッ……」

 

 乱れた呼吸のまま、ロイドが乾いた笑いを漏らす。

 

「一発で六枚……」

 

 剣を杖代わりにするように一度身体を支え、それからゆっくりと構え直した。

 

「バケモンめ……」

「またそれ言う~」

 

 フィアが少し不満そうに唇を尖らせる。

 それでもロイドは構わず、もう一度前へ出た。

 

 何でだ?

 もうロイドの周りに盾はない。

 さっきより動きだって明らかに鈍くなっている。

 

 なのに、まだ諦めていない。

 それどころか──。

 何かを待っているように見える。

 

 ロイドがフィアへ剣を振るう。

 フィアが鉄槌の柄で弾く。

 ロイドは腰から銅貨を取り出し、フィアの顔へ投げつけた。

 

「またぁ~?」

「使えるもんは何でも使うのが、生き残る秘訣だぜ!」

 

 フィアが僅かに首を傾けるだけで、銅貨は顔の横を通り過ぎていった。

 当然、当たらない。

 だがロイドは気にする様子もなく、さらに踏み込んだ。

 フィアが鉄槌を振ればかわし、半歩下がればフィアが追ってくる。そのたびにロイドは立ち位置を少しずつ変えながら、フィアの注意を自分へ引きつけ続けていた。

 

「……あ」

 

 そこでようやく、一つの可能性に気づいた。

 ロイドは、最初からフィアを倒そうとしているんじゃない。

 

 剣も。

 砂も。

 投げつけた道具も。

 攻撃を当てること自体が目的じゃなかったんだ。

 

 フィアの注意を自分へ引きつけ、身体の向きを変えさせ、その動きに合わせて少しずつ場所を移している。

 こいつ──フィアをどこかへ誘導してるのか?

 

 そう考えた瞬間、ふと最初の光景が頭に浮かんだ。

 ロイドが森から姿を現した時。

 フィアを見るより先に、一瞬だけ目を向けた場所。

 

 反対側の森。

 投げナイフが飛んできた方向だ。

 

「……まさか」

 

 今までの行動は全部、そのために?

 その瞬間だった。

 

「ロイド!」

 

 森の奥から声が飛んだ。

 さっき投げナイフが飛んできた方角。

 間違いない。カルスの声だ。

 

 フィアが僅かにそちらへ意識を向ける。

 その瞬間、ロイドの口元が上がった。

 

「遅ぇんだよ!」

 

 フィアが、何のことか分からないというようにロイドへ向き直る。

 

「え?」

「やれ!!」

 

 直後、森の奥で眩い光が生まれた。

 

「──!」

 

 フィアの表情が変わった。

 何か危険なものを感じ取ったのか、さっきまで浮かべていた笑みが消えた。

 咄嗟に身体を捻った。

 その直後、一直線に光が走った。

 

 光の槍。

 そうとしか見えなかった。

 細く、鋭く収束した光が、森の奥からフィアへ向かって一直線に伸びてくる。

 あまりにも速い。

 集中力向上が切れた今の俺には、光が伸びていく過程を認識することすらできなかった。

 

「っ!」

 

 フィアが身を捩るようにして、さらに射線から逃れようとする。

 何もしなければ、胴体の中心を撃ち抜かれていたのかもしれない。

 

 咄嗟に動いたことで、その軌道から僅かに外れた。

 それでも、完全には避けられなかった。

 光の槍が、フィアの脇腹へ突き刺さる。

 

「ぐっ──」

 

 小さな声が漏れた。

 次の瞬間、光はフィアの身体を貫通し、背中から突き抜けてさらに後方へ伸びていく。

 一直線上にあった木々へ、同じ高さの穴が次々と穿たれる。

 

 一つ。

 二つ。

 さらにその後ろ。

 最後には遠くの森の奥へ消えていった。

 

「…………」

 

 一瞬、誰も動かなかった。

 やがて光が消える。

 

 フィアは、まだ立っていた。

 巨大な鉄槌も手放していない。

 だが、僅かに顔をしかめると、ゆっくりと片手を脇腹へ持っていった。

 鎧が穿たれている。

 その下には、はっきりと貫通した傷が開いていた。

 フィアはそこへ手を当て、すぐに離した。

 手のひらが真っ赤に染まっている。

 

「……」

 

 信じられないものを見るように、フィアが自分の手を見つめた。

 それからゆっくり視線を下げる。

 傷口から溢れた血が腰を伝い、そのまま脚を赤く濡らしていた。

 

 ぽたり、と赤い雫が地面へ落ちる。

 続けて、もう一滴。

 フィアの足元へ小さな赤い染みが広がっていく。

 

「……遊びすぎちゃったか」

 

 いつもの軽い声だった。

 けれど、言葉の最後に僅かに息が詰まった。

 

「……ふぅ」

 

 一度、浅く息を吐く。

 何事もなかったように身体を起こしたが、さっきまでとは明らかに違う。

 額には薄く汗が浮かび、頬からも少し血の気が失われていた。

 それでも、フィアは笑っていた。

 

「動くな」

 

 低い声が響いた。

 森の奥から、一人の男が姿を現す。

 

 カルスだ。

 片手には剣。

 もう片方には、細長い筒のようなものを握っていた。

 その先端は外側へ爆ぜたように大きく裂け、縁は黒く焼け焦げている。

 

 今の光は、あれから放たれたのか?

 カルスは手にしていた筒を一度だけ見下ろすと、もう用はないとばかりに地面へ投げ捨てた。

 一度使えば終わりの魔道具なのかもしれない。

 

 そんなことを考えている間にも、カルスはフィアから一瞬たりとも視線を外さず、剣を構えたままゆっくり距離を詰めていく。

 

「武器を捨てろ」

 

 淡々とした声だった。

 

「これ以上抵抗するなら、殺す」

「…………」

 

 フィアはしばらくカルスを見つめていた。

 それから自分の脇腹へ視線を落とす。

 血は止まっていない。

 

 脇腹を押さえる指の隙間から、新しい血がゆっくりと滲み出している。

 まだ自分の足で立ってはいるものの、呼吸も先ほどより浅い。

 

「ん~……」

 

 少し考えるように首を傾げる。

 

「ドルガに怒られそうだけど、今日はもういいかな」

「何?」

 

 次の瞬間、フィアの手から巨大な鉄槌が忽然と消えた。

 アイテムボックスか?

 カルスが警戒を強め、剣を構え直す。

 だが、フィアはカルスへ向かおうとはしなかった。

 片手で脇腹を押さえたまま、ゆっくりと別の方向へ歩き始める。

 

「止まれ」

 

 カルスの声が低くなる。

 剣先がフィアへ向けられた。

 カルスはすぐには斬りかからず、剣先をフィアへ向けたまま、その動きを警戒している。

 それでもフィアは足を止めない。

 

 一歩。

 もう一歩。

 さっきまでの軽い足取りとは明らかに違っていた。

 歩幅は小さく、踏み出すたびに僅かに呼吸が乱れる。

 数歩進んだところで、身体がふらりと揺れた。

 

「……っと」

 

 フィアはすぐに踏みとどまった。

 だが、脇腹を押さえる手にはさらに力が入り、指の間から新しい血が滲み出している。

 

 そして、フィアが歩いた後には赤い雫が点々と残っていた。

 途中、フィアは地面へ置いたままになっていた兜の前で足を止める。

 少し屈むだけでも傷に響くのか、一瞬だけ眉を寄せながら、それでも兜を拾い上げた。

 大事そうに一度その表面を確かめると、兜も先ほどの鉄槌と同じように忽然と姿を消した。

 それから再び、ゆっくりと歩き出す。

 向かった先には、倒れて気を失っているリゼットがいた。

 

「リゼット」

 

 フィアが呼びかける。

 いつもと同じ軽い声を出そうとしているのだろうが、その声には僅かに力がなかった。

 

「帰ろっか」

 

 そう言って、フィアが空いた手を開く。

 その手のひらに現れたのは、小さな髑髏型の水晶だった。

 どこかで見た覚えがある。

 以前、ネグロスが持っていたものと同じだろうか。

 

 フィアはこちらを振り返った。

 顔色はさっきよりも明らかに悪い。

 額には薄く冷や汗が浮かび、呼吸も浅い。

 

 それでも笑っていた。

 ただ、その笑顔には、さっきまでの余裕はもうなかった。

 

「今日はここまでにするよ」

 

 フィアの視線が俺へ向く。

 

「またね、アウラ」

 

 手の中にある髑髏水晶の眼窩へ、不気味な紫黒い光が灯った。

 

「止まれ!」

 

 カルスが地面を蹴った。

 だが、その瞬間にはもう水晶へ亀裂が走っていた。

 一つだった亀裂は瞬く間に全体へ広がり、眼窩や口の隙間から濃い黒煙のような霧が溢れ始める。

 

 黒い霧は瞬く間に広がり、フィアとリゼットの身体を包み込んでいった。

 カルスが剣を構えたまま踏み込む。

 だが遅い。

 霧の向こうに見えていた二人の輪郭が少しずつ崩れ、まるで身体そのものが黒い霧へ溶け込んでいくように薄れていく。

 

「えへへ」

 

 霧の奥から、小さな笑い声が聞こえた。

 

「ロイドおにーさんも、またね~」

 

 次の瞬間、二人の姿が完全に消えた。

 残されていた黒い霧も風に流されるように少しずつ薄れ、やがてそこには誰もいなくなった。

 

「…………」

 

 急に辺りが静かになったように感じた。

 フィアたちがいた場所には、赤い血が点々と残されている。

 さっきまで立っていた場所。

 リゼットへ向かって歩いた跡。

 そのすべてをなぞるように地面へ残った血が、あいつが確かにここで傷を負ったことを示していた。

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