【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
フィアたちが消えた場所を離れる前に、騎士たちは周囲に倒れていた仲間の確認を始めた。
幸い、フィアに吹き飛ばされた騎士たちは、全員生きていた。
意識を失っていたり、鎧の上から強く打たれて動けなくなっていたりはするものの、今すぐ命が危ないような人はいないと分かり、俺も少しだけ胸を撫で下ろした。
もっとも、フィアが最初から殺すつもりで戦っていたら、どうなっていたかは分からない。
騎士たちは気を失っている仲間を背負ったり、二人がかりで肩を貸したりしながら、先ほど来た道を戻っていく。
俺もカルスやロイドたちと一緒に、リリアが保護されているという見張り台へ向かうことになった。
森の中をしばらく歩いていくと、木々の隙間から石造りの塔が見えてきた。
見張り台と聞いていたから、もっと高い塔を想像していたけれど、実際には周囲の森や街道を見渡すために少し高く造られている程度の建物だった。
石を積み上げた壁は厚く、入口も頑丈そうな木製の扉で守られている。窓も小さく、装飾らしい装飾はほとんど見当たらなかった。
華やかさより、頑丈さと使いやすさを優先したような造りだ。
なんというか、いかにもブルム家らしい。
見張り台の周囲には、すでに何人もの騎士や兵士が集まっていた。
俺たちの姿に気づくと、そのうちの一人がすぐに駆け寄ってくる。
「カルス! そっちはどうだった?」
「逃げられた」
カルスは短く答えたあと、少しだけ間を置いた。
「ただし、一人にはかなりの傷を負わせている。すぐに戻ってくることはないと思う」
「……そうか」
騎士は悔しそうに眉を寄せたものの、それ以上は何も言わなかった。
捕らえられなかったことに思うところはあるのだろうけれど、こちらも無傷ではない。それに、フィアたちの実力を実際に見た俺としては、全員生きたまま追い払えただけでも十分だったと思う。
「門の方へ兵を走らせた。馬を何頭か回してもらうよう頼んである。もう少ししたら来るはずだ」
「助かる」
「それと、リリア様は中だ。ご無事だよ」
その言葉を聞いて、分かっていたはずなのに、もう一度ほっとした。
報告で無事だと聞くのと、自分の目で確かめられる場所まで来るのでは、やっぱり違う。
カルスも小さく頷き、俺たちは見張り台の中へ入った。
中も外観と同じく質素だった。
中央に簡素な机と椅子があり、壁際には武器や備品を収める棚が並んでいる。上階へ続く階段も見えたけれど、建物自体がそれほど大きくないせいか、中には十人も入れば随分と狭く感じそうだった。
その一角に置かれた椅子に、リリアが座っている。
そばには二人の騎士と兵士が立っており、何かあればすぐ守れるよう周囲を警戒していた。
俺たちが入ってきた音に気づいたのか、俯いていたリリアが顔を上げる。
その視線が俺を捉えた。
「……アウラ?」
「はい」
返事をした途端、リリアの表情が崩れた。
「あ、アウラ……っ!」
椅子から立ち上がると、そのまま駆け寄ってくる。
俺が受け止めるより先に身体へしがみつかれ、細い腕が腰へ回された。
「無事で……本当に、よかったですわ……!」
「リリア様……」
「ずっと、ずっと音が聞こえていて……! あの人と戦っているんだと思ったら、わたくし……!」
途中から言葉にならなくなったのか、リリアは俺の胸元に顔を押しつけたまま、わんわんと泣き始めた。
ああ……そうか。
逃げてくれと言って見送ったあと、遠くから激しい戦闘音だけを聞いていたのなら、不安だったに決まっている。
俺はリリアの背中へ腕を回し、ゆっくり撫でる。
「大丈夫だって言ったでしょう?」
「でも……でもぉ……!」
「ちゃんと戻ってきましたから」
そう言ってやる。
……まあ、実際には全然大丈夫じゃなかったんだけど。
何度死ぬかと思ったか分からないし、一人だったら確実に負けていた。
それを今ここで正直に言う必要もないだろう。
しばらく背中を撫で続けていると、ようやくリリアの泣き声が少しずつ小さくなってきた。
「リリア様」
カルスが静かに声を掛ける。
リリアが涙で濡れた顔を上げた。
「カルス……」
「ご無事で、本当によかった」
「……ええ」
いつも冷静なカルスも、今は明らかに安堵していた。
その横ではロイドも腕を組みながら頷いている。
「ほんと、無事で何よりですよ」
「ロイドも……無事でよかった」
「いやいや、ほら見て下さい。ここの鎧。もうこんなベコベコになって痛てーの何の──」
「お前は少しくらい黙っていろ」
「なんでだよ」
カルスに呆れられ、ロイドが不満そうな顔をする。
そんな二人を見ているうちに、リリアの表情にもほんの少しだけ笑みが戻った。
それからしばらくして、外が急に騒がしくなった。
馬の嘶きと、人の声が聞こえる。
「来たようだな」
騎士の一人が扉を開ける。
外へ出ると、何頭もの馬が兵士たちに引かれてこちらへやって来るところだった。
どうやら門まで馬を取りに行った兵士が戻ってきたらしい。
カルスたちは外にいた騎士たちと二、三言言葉を交わすと、ほどなくしてリリアのところへ戻ってきた。
「リリア様」
「はい」
「街中の危険は、おおむね排除されたとの報告が入りました。屋敷までの道についても、安全は確保されております」
「……本当に?」
リリアの顔に、また僅かな怯えが浮かんだ。
無理もない。
安全だと言われても、一度攫われた本人からすれば、そう簡単に安心できるものではないだろう。
「また、あの人がいるのではなくて……?」
小さな声だった。
俺は少し考えたあと、なるべく軽い調子で笑った。
「大丈夫ですよ」
リリアが俺を見る。
「あいつなら、私がぶっ倒しておきましたから」
「……え?」
「リリア様を攫った女です。しばらくは起き上がれないくらいにはしておきました」
最後はフィアに連れて逃げられてしまったけれど、リゼット本人を倒したことに嘘はない。
俺は周囲にいる騎士たちへ目を向ける。
「それに、皆さん強いですからね。ちゃんとリリア様を守ってくださいますよ」
「もちろんです」
カルスが即答する。
周囲の騎士たちも頷いた。
「今度は指一本触れさせません」
「……分かりましたわ」
ようやく決心したのか、リリアが小さく頷いた。
馬は全部で六頭用意されていた。
リリアは一人で乗せるより、カルスと一緒の方が安全だろうという話になり、カルスの前に乗ることになった。
「アウラ様は、馬は?」
騎士に尋ねられる。
「はい、大丈夫です。一人で乗れます」
騎乗のスキルもある。
実際にこうして乗る機会はそれほど多くなかったけれど、身体が勝手に必要な動きを理解してくれるので問題はない。
鐙へ足を掛けて鞍へ上がると、近くにいたロイドが少しだけ感心したようにこちらを見た。
「ほんと何でも出来るな、あんた」
「一応ですけどね」
「剣使えて、魔法使えて、馬まで乗れて……」
そこでロイドの視線が俺の鎧へ落ちかけたので、俺は先に睨んだ。
「何ですか?」
「……いや、何でもない」
分かればいい。
隊列はリリアを中心にする形になった。
先頭に騎士が一人、その後ろにリリアを乗せたカルス。左右からロイドと騎士たちが守り、俺は一番後ろからついていく。
馬がゆっくり歩き始めた。
見張り台を離れ、森を抜けて避難路を戻る。
行きはあれほど長く感じた道も、馬ならかなり早い。
そして、街へ近づくにつれて、少しずつ人の声が聞こえてきた。
門を潜って進んで行くと、俺は思わず周囲を見回した。
「…………」
戦っている最中には、気づかなかった。
いや、見る余裕がなかったんだ。
通りには至るところに戦いの跡が残っていた。
道端には倒された魔物の死体が転がり、騎士や兵士たちが数人がかりで荷車へ積み込んでいる。
牙を剥いたまま動かなくなった獣型の魔物。
途中には、人間だったはずの死体もあった。
ドルガに操られていたのだろう。
騎士たちはそれらを他の遺体とは分けながら、黙々と片付けている。
建物にも被害が出ていた。
窓が割れた家。
壁の一部が崩れた店。
屋台だったらしい木材がばらばらになって道へ散乱し、少し離れた場所では焼け焦げた跡からまだ細い煙が上がっていた。
通りの端には何人もの冒険者が座り込んでいる。
鎧は傷つき、服は泥と血で汚れ、武器を地面へ置いたまま壁へ背中を預けていた。
眠っているのか、ただ動く気力も残っていないのか分からない。
その近くでは、腕へ布を巻いた男が仲間に肩を借りながら歩いていた。
さらに少し進むと、道の脇に何人もの負傷者が寝かされていた。
騎士や町の人たちが包帯を巻いたり、水を飲ませたりしながら手当てを続けている。
その中には、もう手当てをされていない人もいた。
身体の上に、頭まで隠すように布が掛けられている。
一人。
二人。
さらに、その先にも。
俺は無意識に手綱を握る手へ力を込めた。
少し前方では、一人の女性がその布を掛けられた遺体の横に膝をついていた。
何かを呼び掛けながら、動かない身体へ縋りついている。
顔は見えない。それでも、泣いているのは遠くからでも分かった。
そのすぐ先では、まったく反対の光景があった。
「お父さん!」
避難先から戻ってきたらしい子供が、一人の男へ飛びつく。
男も膝をついて子供を抱き締め、その後ろから駆け寄ってきた女性までまとめて腕の中へ抱え込んだ。三人とも泣いていた。
でも、それはさっきの女性とは違う涙だった。
助かった人。助からなかった人。
無事を喜ぶ声と、誰かを失った泣き声が、同じ通りの中に混ざっている。
馬の蹄が石畳を叩く音を聞きながら、俺はしばらく何も言えなかった。
俺たちが走り回っていた間にも、街のあちこちで同じように誰かが戦っていた。
誰かが傷ついて。
誰かが助かって。
誰かが死んだ。
街は守れた。
でも、それは何も失わなかったという意味じゃない。
あいつらがこの街へ来た結果が、目の前に残っている。
こうして戦いが終わって初めて、今回の襲撃がどれだけ大きなものだったのかを実感した気がした。
「……アウラ?」
前からリリアの声がする。
「はい?」
「大丈夫ですの?」
「……ええ」
俺は少しだけ笑ってみせる。
「大丈夫です」
今は、それしか言えなかった。
ブルム家へ近づくにつれて、人の数は少しずつ減っていった。
それでも街の至るところに被害の痕跡は残り、普段なら賑わっているはずの通りも、今夜ばかりは重い空気に包まれている。
やがて、見覚えのある門が見えてきた。
ブルム家の屋敷だ。
門は壊れたままだった。
庭も荒れている。
地面には戦闘の跡が残り、植えられていた草木も踏み荒らされっぱなしだ。
さっき見た時と何も変わっていないはずなのに、こうして戻ってきて改めて見ると、ひどく傷ついているように見えた。
「リリア様!」
屋敷を警戒していた騎士たちが、こちらに気づいて駆け寄ってくる。
「ご無事で!」
「ええ。心配を掛けましたわ」
カルスが馬から先に降り、リリアを抱えるようにして地面へ下ろした。
リリアの足が自分の家の庭へ着く。
その瞬間、リリアは少しだけ屋敷を見上げた。
「……帰って、きましたのね」
小さな呟きだった。
「はい」
カルスが答える。
「お帰りなさいませ、リリア様」
リリアは唇を噛み、それからゆっくり頷いた。
その姿を見て、俺もようやく今回の目的を一つ果たせたような気がした。
リリアを家へ連れて帰る。
当たり前みたいなことだけど、それが出来なくなるところだった。
俺も馬から降り、近くにいた騎士へ尋ねる。
「あの、ティナとカイトは?」
「ああ。お二人でしたら別館の中です」
「騎士の皆さんは無事ですか?」
「ええ。怪我人はおりますが、幸い命に関わるほどの重傷者はいません」
「……よかった」
胸の奥がまた少し軽くなった。
「ラルフ様も?」
「ラルフ様もご無事です。現在は部屋で休まれております」
それを聞いて、リリアも明らかにほっとした顔をした。
「お兄様……」
「行ってあげてください」
俺が言うと、リリアがこちらを見る。
「でも、アウラも……」
「私は大丈夫ですから」
少なくとも、今すぐ倒れるような状態ではない。
「ラルフ様も、リリア様の顔を見たら安心すると思いますよ」
「……分かりましたわ」
リリアは小さく頷き、屋敷の中へ入っていった。
俺もティナたちのところへ向かおうとしたけれど、その前に玄関付近が急に騒がしくなった。
別の騎士たちが戻ってきたらしい。
カルスとロイドがそちらへ向かったので、何となく気になって俺も足を止めた。
「大通りは?」
カルスが尋ねる。
「盾の会のサイラス殿、それにマルルゥ様のお陰で、動いている死体は片付いた。今は建物内と路地裏に入り込んだ奴が居ないか確認している所だ」
「他の地区は?」
「東側も制圧済みだ。西側も残っていた連中を騎士団と冒険者で片付けたと報告が来ている」
「クラウス様は?」
「騎士団本隊と一緒に街の被害確認を続けている。避難所の確認もしているらしい。レオン様も大通りに残って、負傷者の搬送や残党確認を指揮してる」
カルスが静かに息を吐いた。
俺もそれを聞いて安心する。
クラウスもレオンも無事なんだ。
「私はクラウス様のもとへ戻る。まだ街に残られている以上、護衛が必要だ」
「俺もレオン様んとこ戻ります。先輩、リリア様のこと頼んますよ」
「分かった。こっちは任せろ」
そう言うと、カルスとロイドはそれぞれ数名の騎士を連れ、クラウスとレオンのもとへ戻っていった。
庭に残った騎士たちは、まだ他の情報共有もしていたので、俺も耳を傾ける。
「負傷者はどうなんだ?」
騎士の顔が少し曇った。
「正確な数はまだ分からん。軽傷まで含めたら相当な数になるだろうが……。ただ、大通りの方は随分助かったみたいだ」
「どういうことだ?」
「なんでも、回復魔法を使える女がいたらしい」
俺は思わず騎士を見る。
「回復魔法? 聖療教会の聖職者がわざわざ戦場に来たのか?」
「いや、それがどうも違うらしい。回復魔法を使っていたのは、栗色の髪をした若い女だそうだ。大通りで負傷していた冒険者や騎士を片っ端から治して回ってたって話だ」
「……栗色?」
「かなり凄い回復魔法を使うらしい。重傷者まで何人も助けたそうだぞ」
別の騎士も会話に加わる。
「それだけじゃない。面白い話が出てる」
「面白い話?」
「その女、大通りにいた連中の話じゃ、魔物も一気に倒してたらしい」
「何だそりゃ、流石に盛りすぎだろ」
「…………」
俺は黙った。
「目撃した奴らの話を聞くに、盾の会の本部でも魔物を倒して、そのあと大通りで死体をばっさばっさと倒した上に、回復魔法まで使ってたとかなんとか」
「そんなこと出来る奴がいるのか?」
「だから噂になってるんだろ。もう英雄だなんだと言い出してる冒険者までいるらしいぞ」
「英雄……ねぇ」
俺は自分の髪へ手を伸ばしかけて、途中で止めた。
今も俺の頭には栗色のウィッグがある。
顔には変装用の化粧も残っているはずだ。
そしてシエルも、俺と同じように変装している。
……ああ。
たぶん、俺とシエルの話が混ざってるんだ。
俺が魔物や死体と戦っていたところを見た人間と、盾の会の近くや大通りでシエルが治療をしているところを見た人間。
それぞれの話を繋げれば、一人の栗色の髪の女が街中を走り回り、魔物や死体と戦った上に、大勢の負傷者まで治していたことになる。
「その女性は、今どこにいるんですか?」
俺が尋ねると、騎士が答えた。
「大通りの負傷者が落ち着いたあと、聖療教会へ向かったそうです」
「教会へ?」
「あそこにも負傷者がかなり運ばれていますからね。今も回復魔法で治療をしているのではないでしょうか」
「…………」
やっぱりシエルだ。
大通りだけじゃなく、教会にまで行ったのか。
そんな所へ行けば正体がバレる可能性はかなり高いだろう。
けれど、シエルならやるだろうと思った。
今この瞬間も。
俺たちがこうして屋敷へ戻り、少しずつ安心し始めている間にも。
シエルはまだ、傷ついた人たちを治し続けている。
戦いは終わった。
けれど、あいつの戦いは、まだ終わっていないらしい。