【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
シエルが教会にいると聞いてから、俺は騎士たちに礼を言い、別館へ向かった。
あいつのことだから、目の前に怪我人がいるうちは帰ってこないだろう。無理をしていなければいいけれど、俺もさっきの戦いで結構魔力を使ってしまった。今から治療を手伝いに行っても、大した手助けにはならないだろう。
ひとまずティナたちに顔を見せて、シエルのことも伝えておこう。
別館の中は、外の騒ぎが嘘のように静かだった。
廊下に並ぶ扉も、壁に掛けられた絵も、ここを出た時と変わっていない。屋敷の門や庭があんな状態だったせいか、傷のない壁を見ただけで少し安心してしまった。
ティナの部屋の前で足を止め、扉を軽く叩く。
「おーい。戻ったけど、いるか?」
中で椅子を動かすような音がした。
続いて慌ただしい足音が近づき、扉が開く。
「アウラ……!」
「おう。ただい──」
最後まで言う前に、ティナが抱きついてきた。
鎧にぶつかるのも気にせず、背中へ腕を回してくる。思わず一歩下がりかけたものの、どうにか踏みとどまった。
「ちょ、ちょっと、どうしたんだよ」
「……無事でよかった」
肩口へ顔を寄せたまま、ティナが呟く。
その声を聞いて、俺はティナの背中へそっと手を添えた。
「心配かけたな」
「本当よ……」
いつもなら、もう少し何か言い返してきそうなところだった。けれどティナは、それきり黙ってしまう。
顔が見えないせいで、どんな表情をしているのかは分からない。ただ、背中へ回された腕には、まだ力が入っていた。
「アウラさん」
部屋の奥からカイトもやって来る。
俺の姿を確かめるように見てから、ほっとした顔で笑った。
「無事で、本当によかったです」
「ああ、カイトもな。怪我は大丈夫か?」
「はい。お陰様で、もう大丈夫です」
「そっか。よかった」
無事だとは聞いていた。
それでも、こうして二人と話していると、ようやく戻ってきたという気がする。
しばらくして、ティナが俺から身体を離した。
「……とりあえず、入って」
「おう」
部屋へ入ると、机のそばに椅子が二つ置かれていた。ティナが寝台の端へ腰を下ろし、俺に空いた椅子を勧める。
カイトも隣の椅子に座ったところで、俺は二人へ向き直った。
「まず、リリア様は無事だ。ちゃんと連れて帰ってきたよ」
「……よかった」
ティナの肩が、少しだけ下がった。
「今はラルフ様のところへ行ってる。街の方も、まだ確認は続けてるみたいだけど、大きな騒ぎは収まったらしい」
「そうですか……」
カイトも安堵したように息を吐く。
俺はそのまま、屋敷を出てからのことを話した。
リリアを攫ったリゼットを追いかけ、戦ったこと。そこへ仲間のフィアが現れ、カルスやロイドたちと一緒に戦うことになったこと。そして、最後には二人とも逃げてしまったこと。
二人は途中で口を挟まず、静かに聞いていた。
戦いの細かいところまで話す必要はないと思ったけれど、逃げた連中がどれくらい危険なのかは、伝えておいた方がいい。
特にフィアのことは、強かったの一言で済ませるには厄介すぎた。
「あの女の人……リゼットだけでも、あれほど強かったのに……」
カイトが眉を寄せる。
「そのフィアという人は、もっと強かったんですね」
「ああ。正直、どうすりゃいいのか分からなかった」
「一体、何者なんでしょうか」
「何なんだろうな。少なくとも、ただの人攫いって感じじゃなかったけど」
リゼットは、俺を連れていくつもりだった。
そのためにリリアを攫い、街まで巻き込んだのだから、随分と迷惑な話だ。
「ただ、リゼットの口ぶりだと、魔導国家とは仲が悪そうだったぞ」
「……じゃあ、また別の連中が、アウラを狙ってるってこと?」
「たぶんな。あいつらが何者なのかまでは分からないけど、魔導国家に言われて動いてる感じじゃなかった」
ティナが難しい顔になる。
俺だって、これ以上ややこしいことになってほしくはない。けれど、向こうが勝手にやって来る以上、嫌だと言って済む話でもなかった。
「それと、シャロンは無事みたいだ。街で怪我人を治して、そのあと聖療教会へ行ったらしい」
「教会に?」
「ああ。向こうにも大勢運ばれてるんだろうな」
「シャロンさん、回復魔法を使えることは、教会には知られたくないって言ってませんでしたっけ?」
カイトがそう言い、ティナも小さく頷いた。
「ええ、そう言ってたわね。大丈夫なのかしら……」
俺は椅子の背へ少し身体を預ける。
「あいつが選んだことだから、尊重してやりたいところだけどな。戻ってきたら、教会で何があったか聞いてみるよ」
教会の連中が過激じゃなきゃいいんだが……。
明日になっても戻らないようなら、一度様子を見に行こう。
「何にしても、こうして帰ってこられてよかったよ。今回ばかりは、本当にやばかったからな……」
「……ええ」
ティナの視線が、膝の上へ落ちた。
「本当にね」
その声が気になり、俺は姿勢を戻した。
ティナは俯いたまま、自分の手を握り締めている。
「あんなに、自分が何も出来ないと思ったことはなかったわ」
「ティナ?」
「魔法も、前より使えるようになってきたと思ってたの。マルルゥに教えてもらって、出来なかったことが少しずつ出来るようになって……」
そこで言葉を切り、唇を噛む。
「でも、全然通じなかった。それどころか、自分の魔法でラルフ様を傷つけて、リリア様も連れていかれて……」
カイトが手を伸ばし、ティナの背中をそっとさすった。
よく見ると、ティナの目元は赤くなっていた。
俺が来るまでにも、泣いていたのかもしれない。
「ラルフ様を助けるつもりだったのに。あんなことになるなんて……」
握り締めた指先が、僅かに震えている。
カイトは何か言いかけたようだったけれど、結局そのまま口を閉じた。きっと、俺が来る前から慰めていたのだろう。
俺は少し考えてから、口を開いた。
「自分が何も出来ないと思ったのは、俺もだよ」
ティナが顔を上げる。
「アウラも?」
「ああ。フィアには全然歯が立たなかった。カルスやロイドがいなかったら、たぶん、ここには帰ってこられなかったと思う」
二人の顔が強張った。
脅かすつもりはなかったけれど、格好をつけて誤魔化すような話でもない。
「あいつが本気だったら、それでも駄目だったかもしれないけどな」
口にしてから、あの時のことが頭をよぎった。
こちらの攻撃が通らず、向こうの一撃で簡単に追い詰められる。あれほど必死だったのに、フィアにはまだ余裕があった。
改めて考えると、背筋が冷たくなった。
俺は膝の上で手を握り、それからゆっくり開いた。
「今までは、何だかんだでどうにかなってたからさ。どこかで、今回も大丈夫だって思ってたんだろうな」
「……でも、アウラはリリア様を助けて帰ってきたじゃない」
「一人じゃ無理だったよ。助けてもらって、どうにかだ」
ティナを見ながら、言葉を続ける。
「だから、俺ももっと腕を上げないとなって思ってる。次もちゃんと帰ってこられるようにさ」
ラルフを傷つけたことが、これでなくなるわけじゃない。
ティナだって、そんなふうには思えないだろう。
それでも、自分の魔法には何の意味もなかったと、そこまで思ってほしくはなかった。
「マルルゥに教えてもらったことまで、無駄になったわけじゃないだろ。俺も頑張るから、ティナも一緒に腕を磨こうぜ」
そう言って手を伸ばし、ティナの頭をぐりぐりと撫でた。
「ちょ、ちょっと……!」
ティナが慌てて俺の手首を掴む。
「やめなさいよ。髪がぐしゃぐしゃになるじゃない」
「元気出るかなと思って」
「どういう理屈よ……」
文句を言う声には、少しだけいつもの調子が戻っていた。
俺が手を離すと、ティナは乱れた髪を指で直し、小さく息を吐く。
「……でも、ありがとう」
「おう」
「僕も、もっと練習します」
隣でカイトが言った。
「今回、まだまだ足りないことが分かりましたから。次は、少しでも役に立てるようになりたいです」
「そうだな。俺も付き合うよ」
「本当ですか?」
「ああ」
答えると、カイトの表情が少し明るくなった。
こいつはこいつで、随分と前向きだ。
俺にも少しくらい、その切り替えの早さを分けてほしい。
ティナはそんなカイトを見てから、もう一度自分の手元へ視線を落とした。
「まずは、ラルフ様に謝らないと……」
「俺も顔を見たいし、一緒に行こう」
「僕も行くよ」
カイトが言うと、ティナは少しだけ迷ってから頷いた。
「……うん」
その時、控えめに扉が叩かれた。
ティナが返事をすると、廊下から聞き覚えのある声がする。
「ミレイユでございます」
俺が席を立って扉を開けると、ミレイユが立っていた。
俺の姿に何故か一瞬目を見開いたものの、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。
部屋の中へ目を向け、俺たち三人の姿を確かめてから、ほっとしたように表情を緩める。
「皆様、ご無事で何よりでございます。お怪我などはございませんか?」
「はい。こちらは大丈夫です。ミレイユさんたちは?」
「私どもも無事でございます。ユリウス様や騎士の方々と避難区画へ向かい、そのまま待機しておりました」
屋敷の安全が確保されたと知らせがあり、ユリウス先生と一緒に戻ってきたのだという。
「使用人も、全員の無事を確認しております」
「……よかった」
思わず息が漏れた。
ミレイユも頷く。
「ユリウス様も、皆様のことを案じておいででした。お戻りになったことをお伝えいたしますね」
「お願いします」
ティナとカイトも、安心した様子で顔を見合わせていた。
そこへ、ティナが少し身を乗り出す。
「あの、ラルフ様のお加減は……」
「今はお部屋でお休みになっております。リリア様もお戻りになられましたので、お顔を見て安心なさったかと」
「そうですか……」
ティナの声が小さくなる。
俺はミレイユへ尋ねた。
「明日、お会いすることは出来ますか? もちろん、お身体に障らなければで構いませんので」
「かしこまりました。朝になりましたら、ご様子を伺ってまいります」
「私も、ご一緒させてください」
ティナが言った。
その表情はまだ硬かったけれど、ミレイユの顔をまっすぐ見ていた。
「ラルフ様に、お話ししたいことがあるんです」
「承知いたしました」
ミレイユは静かに頷き、それから俺たちへ目を向ける。
「夜も更けてまいりました。お休みになる前に、温かいお茶をお持ちいたしましょうか?」
そう言われて初めて、喉が渇いていることに気づいた。
戦っている間も、ここへ戻ってくる間も、それどころではなかったのだ。
「ありがとうございます。頂きます」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
ミレイユが部屋を出ていくと、俺は椅子へ座り直した。
「もう夜も遅いし、ラルフ様のところへ行くのは、明日だな」
「そうね」
ティナも頷く。
今から会いに行ったところで、休んでいるのを起こしてしまうだけかもしれない。謝るにしても、相手が落ち着いて話せる時の方がいいだろう。
ほどなくして、ミレイユがお茶を運んできてくれた。
机の上へ置かれたカップから、白い湯気が上がっている。
礼を言って受け取り、一口飲むと、温かさが喉を通って腹の辺りへ落ちていった。
「……はあ」
思った以上に、大きな息が出た。
隣を見ると、カイトもカップを両手で持ち、ゆっくりお茶を飲んでいる。ティナも一口飲んでから、ようやく肩の力を抜いたようだった。
「美味しい」
ティナの言葉に、ミレイユが微笑む。
「何かございましたら、お呼びくださいませ」
「ありがとうございます。ミレイユさんも、休んでくださいね」
「お気遣い、ありがとうございます」
ミレイユは一礼して、部屋を出ていった。
扉が閉まると、部屋の中が静かになる。
今度の静けさは、さっきよりも少しだけ居心地がよかった。
こうして座って、温かいお茶を飲んでいる。
それだけのことが、妙にありがたかった。
「アウラさん」
「ん?」
カイトがカップから顔を上げる。
「さっき、練習に付き合ってくださるって言ってましたよね」
「ああ。言ったけど」
「明日は、いつ頃なら──」
「カイト」
ティナが遮った。
「今、帰ってきたばかりでしょう」
「あ……そうだった」
カイトが俺を見て、申し訳なさそうな顔になる。
「すみません。つい」
「いや、分かってくれればいいけどさ」
こいつ、もう明日の練習の話をするつもりだったのか。
前向きなのはいいことだけど、少しばかり前を向きすぎじゃないだろうか。
「俺、今は剣より枕を持ちたい」
「それなら、早く寝た方がいいわね」
「そうするよ。今日は横になったら一瞬で意識飛びそう」
ティナが小さく笑った。
まだ目元は赤いし、いつも通りとはいかない。それでも、その顔を見て、俺も少しほっとした。
お茶を飲み終える頃には、身体がすっかり重くなっていた。
椅子から立ち上がるのも億劫だったけれど、ここで寝るわけにはいかない。
「じゃあ、今日はもう休もう。細かい話は、また明日な」
「はい。おやすみなさい、アウラさん」
「おやすみ、アウラ」
「ああ。二人とも、おやすみ」
カイトと一緒に部屋を出て、廊下で別れる。
自室へ戻って扉を閉めると、俺はようやく長く息を吐いた。
色々ありすぎる一日だった。
まだ気になることはあるし、明日になれば聞かなければならない話もあるだろう。けれど今は、寝台がすぐそこにあるというだけで十分だった。
とりあえず座ろうと部屋の奥へ進み、卓上の鏡が目に入る。
栗色の髪に、変装用の化粧。
そして、その下に映っているのは、例のハイレグアーマーだった。
「…………」
思わず足が止まった。そうだった。俺、まだこれを着たままだった。
戦っている間はもちろん、街を通って戻ってくる時も、ティナたちに真面目な話をしている時も、ずっとこの格好だったのだ。
鏡の前で、ゆっくり自分の姿を見下ろす。
さっきまで忘れていたのに、意識した途端、やたらと落ち着かなくなった。
この格好で、一緒に腕を磨こうとか言っていたのか。
ティナもカイトも、よく普通に話を聞いてくれたな……。
っていうか、化粧してるし、この格好だからミレイユさん驚いてたんだな。
顔が熱くなるのを感じながら、項垂れた。
寝る前に、風呂入って化粧落とすか……。