【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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137話 帰って来た夜

 シエルが教会にいると聞いてから、俺は騎士たちに礼を言い、別館へ向かった。

 あいつのことだから、目の前に怪我人がいるうちは帰ってこないだろう。無理をしていなければいいけれど、俺もさっきの戦いで結構魔力を使ってしまった。今から治療を手伝いに行っても、大した手助けにはならないだろう。

 ひとまずティナたちに顔を見せて、シエルのことも伝えておこう。

 

 別館の中は、外の騒ぎが嘘のように静かだった。

 廊下に並ぶ扉も、壁に掛けられた絵も、ここを出た時と変わっていない。屋敷の門や庭があんな状態だったせいか、傷のない壁を見ただけで少し安心してしまった。

 ティナの部屋の前で足を止め、扉を軽く叩く。

 

「おーい。戻ったけど、いるか?」

 

 中で椅子を動かすような音がした。

 続いて慌ただしい足音が近づき、扉が開く。

 

「アウラ……!」

「おう。ただい──」

 

 最後まで言う前に、ティナが抱きついてきた。

 鎧にぶつかるのも気にせず、背中へ腕を回してくる。思わず一歩下がりかけたものの、どうにか踏みとどまった。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたんだよ」

「……無事でよかった」

 

 肩口へ顔を寄せたまま、ティナが呟く。

 その声を聞いて、俺はティナの背中へそっと手を添えた。

 

「心配かけたな」

「本当よ……」

 

 いつもなら、もう少し何か言い返してきそうなところだった。けれどティナは、それきり黙ってしまう。

 顔が見えないせいで、どんな表情をしているのかは分からない。ただ、背中へ回された腕には、まだ力が入っていた。

 

「アウラさん」

 

 部屋の奥からカイトもやって来る。

 俺の姿を確かめるように見てから、ほっとした顔で笑った。

 

「無事で、本当によかったです」

「ああ、カイトもな。怪我は大丈夫か?」

「はい。お陰様で、もう大丈夫です」

「そっか。よかった」

 

 無事だとは聞いていた。

 それでも、こうして二人と話していると、ようやく戻ってきたという気がする。

 しばらくして、ティナが俺から身体を離した。

 

「……とりあえず、入って」

「おう」

 

 部屋へ入ると、机のそばに椅子が二つ置かれていた。ティナが寝台の端へ腰を下ろし、俺に空いた椅子を勧める。

 カイトも隣の椅子に座ったところで、俺は二人へ向き直った。

 

「まず、リリア様は無事だ。ちゃんと連れて帰ってきたよ」

「……よかった」

 

 ティナの肩が、少しだけ下がった。

 

「今はラルフ様のところへ行ってる。街の方も、まだ確認は続けてるみたいだけど、大きな騒ぎは収まったらしい」

「そうですか……」

 

 カイトも安堵したように息を吐く。

 俺はそのまま、屋敷を出てからのことを話した。

 リリアを攫ったリゼットを追いかけ、戦ったこと。そこへ仲間のフィアが現れ、カルスやロイドたちと一緒に戦うことになったこと。そして、最後には二人とも逃げてしまったこと。

 二人は途中で口を挟まず、静かに聞いていた。

 戦いの細かいところまで話す必要はないと思ったけれど、逃げた連中がどれくらい危険なのかは、伝えておいた方がいい。

 特にフィアのことは、強かったの一言で済ませるには厄介すぎた。

 

「あの女の人……リゼットだけでも、あれほど強かったのに……」

 

 カイトが眉を寄せる。

 

「そのフィアという人は、もっと強かったんですね」

「ああ。正直、どうすりゃいいのか分からなかった」

「一体、何者なんでしょうか」

「何なんだろうな。少なくとも、ただの人攫いって感じじゃなかったけど」

 

 リゼットは、俺を連れていくつもりだった。

 そのためにリリアを攫い、街まで巻き込んだのだから、随分と迷惑な話だ。

 

「ただ、リゼットの口ぶりだと、魔導国家とは仲が悪そうだったぞ」

「……じゃあ、また別の連中が、アウラを狙ってるってこと?」

「たぶんな。あいつらが何者なのかまでは分からないけど、魔導国家に言われて動いてる感じじゃなかった」

 

 ティナが難しい顔になる。

 俺だって、これ以上ややこしいことになってほしくはない。けれど、向こうが勝手にやって来る以上、嫌だと言って済む話でもなかった。

 

「それと、シャロンは無事みたいだ。街で怪我人を治して、そのあと聖療教会へ行ったらしい」

「教会に?」

「ああ。向こうにも大勢運ばれてるんだろうな」

「シャロンさん、回復魔法を使えることは、教会には知られたくないって言ってませんでしたっけ?」

 

 カイトがそう言い、ティナも小さく頷いた。

 

「ええ、そう言ってたわね。大丈夫なのかしら……」

 

 俺は椅子の背へ少し身体を預ける。

 

「あいつが選んだことだから、尊重してやりたいところだけどな。戻ってきたら、教会で何があったか聞いてみるよ」

 

 教会の連中が過激じゃなきゃいいんだが……。

 明日になっても戻らないようなら、一度様子を見に行こう。

 

「何にしても、こうして帰ってこられてよかったよ。今回ばかりは、本当にやばかったからな……」

「……ええ」

 

 ティナの視線が、膝の上へ落ちた。

 

「本当にね」

 

 その声が気になり、俺は姿勢を戻した。

 ティナは俯いたまま、自分の手を握り締めている。

 

「あんなに、自分が何も出来ないと思ったことはなかったわ」

「ティナ?」

「魔法も、前より使えるようになってきたと思ってたの。マルルゥに教えてもらって、出来なかったことが少しずつ出来るようになって……」

 

 そこで言葉を切り、唇を噛む。

 

「でも、全然通じなかった。それどころか、自分の魔法でラルフ様を傷つけて、リリア様も連れていかれて……」

 

 カイトが手を伸ばし、ティナの背中をそっとさすった。

 よく見ると、ティナの目元は赤くなっていた。

 俺が来るまでにも、泣いていたのかもしれない。

 

「ラルフ様を助けるつもりだったのに。あんなことになるなんて……」

 

 握り締めた指先が、僅かに震えている。

 カイトは何か言いかけたようだったけれど、結局そのまま口を閉じた。きっと、俺が来る前から慰めていたのだろう。

 俺は少し考えてから、口を開いた。

 

「自分が何も出来ないと思ったのは、俺もだよ」

 

 ティナが顔を上げる。

 

「アウラも?」

「ああ。フィアには全然歯が立たなかった。カルスやロイドがいなかったら、たぶん、ここには帰ってこられなかったと思う」

 

 二人の顔が強張った。

 脅かすつもりはなかったけれど、格好をつけて誤魔化すような話でもない。

 

「あいつが本気だったら、それでも駄目だったかもしれないけどな」

 

 口にしてから、あの時のことが頭をよぎった。

 こちらの攻撃が通らず、向こうの一撃で簡単に追い詰められる。あれほど必死だったのに、フィアにはまだ余裕があった。

 改めて考えると、背筋が冷たくなった。

 俺は膝の上で手を握り、それからゆっくり開いた。

 

「今までは、何だかんだでどうにかなってたからさ。どこかで、今回も大丈夫だって思ってたんだろうな」

「……でも、アウラはリリア様を助けて帰ってきたじゃない」

「一人じゃ無理だったよ。助けてもらって、どうにかだ」

 

 ティナを見ながら、言葉を続ける。

 

「だから、俺ももっと腕を上げないとなって思ってる。次もちゃんと帰ってこられるようにさ」

 

 ラルフを傷つけたことが、これでなくなるわけじゃない。

 ティナだって、そんなふうには思えないだろう。

 それでも、自分の魔法には何の意味もなかったと、そこまで思ってほしくはなかった。

 

「マルルゥに教えてもらったことまで、無駄になったわけじゃないだろ。俺も頑張るから、ティナも一緒に腕を磨こうぜ」

 

 そう言って手を伸ばし、ティナの頭をぐりぐりと撫でた。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 ティナが慌てて俺の手首を掴む。

 

「やめなさいよ。髪がぐしゃぐしゃになるじゃない」

「元気出るかなと思って」

「どういう理屈よ……」

 

 文句を言う声には、少しだけいつもの調子が戻っていた。

 俺が手を離すと、ティナは乱れた髪を指で直し、小さく息を吐く。

 

「……でも、ありがとう」

「おう」

「僕も、もっと練習します」

 

 隣でカイトが言った。

 

「今回、まだまだ足りないことが分かりましたから。次は、少しでも役に立てるようになりたいです」

「そうだな。俺も付き合うよ」

「本当ですか?」

「ああ」

 

 答えると、カイトの表情が少し明るくなった。

 こいつはこいつで、随分と前向きだ。

 俺にも少しくらい、その切り替えの早さを分けてほしい。

 ティナはそんなカイトを見てから、もう一度自分の手元へ視線を落とした。

 

「まずは、ラルフ様に謝らないと……」

「俺も顔を見たいし、一緒に行こう」

「僕も行くよ」

 

 カイトが言うと、ティナは少しだけ迷ってから頷いた。

 

「……うん」

 

 その時、控えめに扉が叩かれた。

 ティナが返事をすると、廊下から聞き覚えのある声がする。

 

「ミレイユでございます」

 

 俺が席を立って扉を開けると、ミレイユが立っていた。

 俺の姿に何故か一瞬目を見開いたものの、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。

 部屋の中へ目を向け、俺たち三人の姿を確かめてから、ほっとしたように表情を緩める。

 

「皆様、ご無事で何よりでございます。お怪我などはございませんか?」

「はい。こちらは大丈夫です。ミレイユさんたちは?」

「私どもも無事でございます。ユリウス様や騎士の方々と避難区画へ向かい、そのまま待機しておりました」

 

 屋敷の安全が確保されたと知らせがあり、ユリウス先生と一緒に戻ってきたのだという。

 

「使用人も、全員の無事を確認しております」

「……よかった」

 

 思わず息が漏れた。

 ミレイユも頷く。

 

「ユリウス様も、皆様のことを案じておいででした。お戻りになったことをお伝えいたしますね」

「お願いします」

 

 ティナとカイトも、安心した様子で顔を見合わせていた。

 そこへ、ティナが少し身を乗り出す。

 

「あの、ラルフ様のお加減は……」

「今はお部屋でお休みになっております。リリア様もお戻りになられましたので、お顔を見て安心なさったかと」

「そうですか……」

 

 ティナの声が小さくなる。

 俺はミレイユへ尋ねた。

 

「明日、お会いすることは出来ますか? もちろん、お身体に障らなければで構いませんので」

「かしこまりました。朝になりましたら、ご様子を伺ってまいります」

「私も、ご一緒させてください」

 

 ティナが言った。

 その表情はまだ硬かったけれど、ミレイユの顔をまっすぐ見ていた。

 

「ラルフ様に、お話ししたいことがあるんです」

「承知いたしました」

 

 ミレイユは静かに頷き、それから俺たちへ目を向ける。

 

「夜も更けてまいりました。お休みになる前に、温かいお茶をお持ちいたしましょうか?」

 

 そう言われて初めて、喉が渇いていることに気づいた。

 戦っている間も、ここへ戻ってくる間も、それどころではなかったのだ。

 

「ありがとうございます。頂きます」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 

 ミレイユが部屋を出ていくと、俺は椅子へ座り直した。

 

「もう夜も遅いし、ラルフ様のところへ行くのは、明日だな」

「そうね」

 

 ティナも頷く。

 今から会いに行ったところで、休んでいるのを起こしてしまうだけかもしれない。謝るにしても、相手が落ち着いて話せる時の方がいいだろう。

 ほどなくして、ミレイユがお茶を運んできてくれた。

 机の上へ置かれたカップから、白い湯気が上がっている。

 礼を言って受け取り、一口飲むと、温かさが喉を通って腹の辺りへ落ちていった。

 

「……はあ」

 

 思った以上に、大きな息が出た。

 隣を見ると、カイトもカップを両手で持ち、ゆっくりお茶を飲んでいる。ティナも一口飲んでから、ようやく肩の力を抜いたようだった。

 

「美味しい」

 

 ティナの言葉に、ミレイユが微笑む。

 

「何かございましたら、お呼びくださいませ」

「ありがとうございます。ミレイユさんも、休んでくださいね」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 ミレイユは一礼して、部屋を出ていった。

 扉が閉まると、部屋の中が静かになる。

 今度の静けさは、さっきよりも少しだけ居心地がよかった。

 こうして座って、温かいお茶を飲んでいる。

 それだけのことが、妙にありがたかった。

 

「アウラさん」

「ん?」

 

 カイトがカップから顔を上げる。

 

「さっき、練習に付き合ってくださるって言ってましたよね」

「ああ。言ったけど」

「明日は、いつ頃なら──」

「カイト」

 

 ティナが遮った。

 

「今、帰ってきたばかりでしょう」

「あ……そうだった」

 

 カイトが俺を見て、申し訳なさそうな顔になる。

 

「すみません。つい」

「いや、分かってくれればいいけどさ」

 

 こいつ、もう明日の練習の話をするつもりだったのか。

 前向きなのはいいことだけど、少しばかり前を向きすぎじゃないだろうか。

 

「俺、今は剣より枕を持ちたい」

「それなら、早く寝た方がいいわね」

「そうするよ。今日は横になったら一瞬で意識飛びそう」

 

 ティナが小さく笑った。

 まだ目元は赤いし、いつも通りとはいかない。それでも、その顔を見て、俺も少しほっとした。

 お茶を飲み終える頃には、身体がすっかり重くなっていた。

 椅子から立ち上がるのも億劫だったけれど、ここで寝るわけにはいかない。

 

「じゃあ、今日はもう休もう。細かい話は、また明日な」

「はい。おやすみなさい、アウラさん」

「おやすみ、アウラ」

「ああ。二人とも、おやすみ」

 

 カイトと一緒に部屋を出て、廊下で別れる。

 自室へ戻って扉を閉めると、俺はようやく長く息を吐いた。

 色々ありすぎる一日だった。

 まだ気になることはあるし、明日になれば聞かなければならない話もあるだろう。けれど今は、寝台がすぐそこにあるというだけで十分だった。

 とりあえず座ろうと部屋の奥へ進み、卓上の鏡が目に入る。

 栗色の髪に、変装用の化粧。

 そして、その下に映っているのは、例のハイレグアーマーだった。

 

「…………」

 

 思わず足が止まった。そうだった。俺、まだこれを着たままだった。

 戦っている間はもちろん、街を通って戻ってくる時も、ティナたちに真面目な話をしている時も、ずっとこの格好だったのだ。

 

 鏡の前で、ゆっくり自分の姿を見下ろす。

 さっきまで忘れていたのに、意識した途端、やたらと落ち着かなくなった。

 この格好で、一緒に腕を磨こうとか言っていたのか。

 ティナもカイトも、よく普通に話を聞いてくれたな……。

 っていうか、化粧してるし、この格好だからミレイユさん驚いてたんだな。

 顔が熱くなるのを感じながら、項垂れた。

 寝る前に、風呂入って化粧落とすか……。

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