【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
翌朝。
白鹿亭の食堂は、いつもどおりのパンとスープの匂いに満ちていた。
昨日の騒ぎ──ハイレグアーマー強制装着事件──から一晩。
なんとか服も下着も補充して、今は「ちゃんとした冒険者風」の格好をしている。
柔らかい胸当てにシャツ、動きやすいズボン。その上に軽い上着。
(……普通に服があるってだけで、こんなに安心するんだな)
椅子に座りながら、パンを齧るだけで妙な感動があった。
「今日、どうする?」
スープを飲みながら、カイトが顔を上げた。
「そろそろギルド行って、依頼見てみる?」
真面目だな、この少年は。
昨日、森まで行ってもう仕事の話か。
「その前にさ」
対面に座るティナが、パンを指先でちぎりながら口を開いた。
「装備、そろそろ新しくしてもいいんじゃない?」
「装備?」
カイトが瞬きをする。
「あんた、まだ木剣でしょ」
「あ……うん」
テーブルの横、壁に立てかけてある木剣に、カイトは視線をやった。
「練習用のつもりで使ってたけど……確かに、そろそろちゃんとした剣、持ったほうがいいかもって思ってた」
「でしょ。キラーボアの報酬も入ったことだし、今のうちに装備を整えておいたほうがいいわよ」
それは、完全に同意だった。
命を張る仕事で、装備をケチるのは悪手だ。
……俺は例外的に、女神支給の意味不明な装備セットがあるけど。
「アウラさんは?」
カイトがこちらを向く。
「装備、何か欲しいものある?」
「俺は、剣と鎧があるからな……」
腰には、例の髑髏の魔剣。
装備欄から外したハイレグアーマーは、消えてしまうのでどこにあるのかは知らないが、今この瞬間もどこかで待機しているに違いない。
待機してなくていいのに。
「とりあえず、今すぐ買う必要はない。二人の買い物に付き合うよ」
「助かるわ。アウラ、見る目ありそうだし」
「プレッシャーをかけるな」
苦笑しながら、パンをもうひとかじりする。
(でもまぁ……)
カイトもティナも、今後一緒に動くなら、装備の質は俺の生存率にも関わってくる。
真剣に付き合っておいたほうがいいのは間違いない。
そうして、俺たち三人は食事を終えると、装備の更新という名目で街へ出ることにした。
最初に向かったのは、魔法使い向けの道具や装備を扱う店だった。
「ここ、よく利用するの?」
「たまにね。と言っても、お金がなかったから殆ど冷やかしだったけれど」
ティナは扉を押しながら、少し照れたように笑う。
店の中には、杖や魔道具、ローブらしき服が所狭しと並んでいた。
木製の杖、金属の装飾が入った杖、先端に宝玉がはめ込まれたもの。
どれも、素人目にも値段が張りそうな雰囲気だ。
「いらっしゃいませ」
奥から年配の店主が顔を出し、ティナを見て目を細める。
「おやおや、ティナ嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな」
「こんにちは、おじさん。今日は、ちょっと杖と防具を見たくて」
「ほう、ゆっくり見ていくといい」
「ありがとう」
俺とカイトは、なんとなく頭を下げた。
「見たい杖は何かイメージあるのかい?」
「今より少し、魔力の通りが良くて……風魔法との相性がいいものがあれば」
「ふむ、風属性寄りか。なら、この辺りだな」
店主がいくつかの杖を並べてくれる。
ティナは一本ずつ手に取り、重さを確かめたり、軽く振ってみたりしている。
真剣な横顔だ。
「どう?」
俺が尋ねると、ティナは唇を尖らせた。
「悪くはないんだけど……なんか、決め手に欠けるのよね」
「贅沢な悩みだな」
「高い買い物なんだから、慎重になるのは当然よ」
たしかにその通りだ。
とはいえ、十本近く試しても「うーん……」が続くと、見ているほうも若干疲れてくる。
そのあと、ローブや軽い防具も見て回ったが、結果は同じだった。
どれも「悪くない」けれど、「これだ!」という一着には出会えないらしい。
「ティナって、自分のことになると意外と優柔不断だな」
思わず口から漏れる。
「うっさいわね。アウラだって、いざ自分用の服選ぶときはあたふたしてたくせに」
「ぐ……」
言い返せなかった。
昨日、下着売り場で「あれかこれか」で散々迷った記憶が蘇る。
「……そろそろ、お昼にしない?」
カイトが、おずおずと提案した。
「僕、お腹減ってきちゃって」
「そうね」
ティナも、さすがに少し疲れた顔をしている。
「いったん休憩しましょ。悩み続けてても決まらないし」
というわけで、一度店を出て、昼食を取ることにした。
昼時の通りは、屋台の匂いで満たされていた。
炭火の煙、焼けた肉とスパイスの香り、甘い果物を煮詰めた甘味の匂い。
小さな屋台がずらりと並び、冒険者や商人、子ども連れで賑わっている。
「わぁ……」
思わず声が出た。
前世でも祭りの屋台は見たことがあるが、出ているものの中身が違う。
「ね、いい匂いでしょ」
ティナが少し得意げに言う。
「この通りの屋台、割と当たりが多いのよ。変なもんも売ってるけど」
「変なもん?」
そう聞いた瞬間、視界に入ったのは、黄色いタコのようなものを丸ごと串に刺して揚げている屋台だった。
油の中で足がぷるぷる揺れている。
(……あれはちょっと遠慮したい)
「ほら、あっちのほうが無難で美味しいわよ」
ティナが指さす先には、香ばしい匂いを放つ串焼きの屋台があった。
鉄板の上で肉がじゅうじゅうと音を立てている。
「すみません、串焼き三本と、焼きパン三つ、あとスープ三つください」
カイトが手際よく注文をする。
手慣れている姿に思わず感心してしまう。
受け取った串焼きは、見た目こそ普通の肉だが、聞いてみれば魔物の肉との事だった。
一口かじると、肉汁と共に、スパイスと微妙な野性味が口に広がった。
「……うまい」
「でしょ?」
ティナが満足げに頷く。
「魔物の脂、ちゃんと処理してある店は少ないんだけど、ここのは当たりなのよ」
「うん、ほんと美味しい……!」
カイトも目を輝かせながら頬張っている。
焼きパンも表面がカリっとしていて、中はもっちり。スープは燻製肉の旨味がよく出ていた。
(異世界飯、侮れないな……)
こういう瞬間だけは、転移してきたことを素直にありがたいと思う。
……いや、ハイレグとセットじゃなければ、もっとありがたかったんだが。
「よし、補給もしたし」
串を食べ終え、スープを飲み干したところで、ティナが腰を上げた。
「次はカイトの剣ね」
「うん!」
カイトの顔が、ぱっと明るくなる。
子どもに「好きなおもちゃ買っていいよ」と言ったときのような、純粋な喜び方だ。
武器と防具の店は、鉄と油の匂いに満ちていた。
壁には剣や斧、槍がずらりと並び、奥のほうでは重そうな鎧や盾等の防具が陳列されている。
重厚な雰囲気だが、客は意外と多い。冒険者たちが真剣な顔で武器を選んでいた。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、筋骨隆々の店主が声をかけてきた。
「今日は?」
「この子に、初めての本物の剣を」
ティナがカイトの背中を押す。
カイトは少し緊張した面持ちで、店主の前に立った。
「えっと……ロングソードとかは、まだ重くてちゃんと振り回せないと思うので……」
「なら、ショートソードか。身長と腕の長さからして、そのほうがいいだろうな」
店主は棚からいくつかの剣を取り出し、カイトの前に並べる。
「一本ずつ握ってみろ。しっくりくる重さのやつを選びな」
「は、はい」
カイトは真剣な顔で一本ずつ握り、構えてみる。
木剣と違って、金属の重みがある。動きに戸惑いがあるのは見ていても分かった。
それでも、数本目を持った瞬間、カイトの目がわずかに変わった。
「……これ、持ちやすいです」
「ほう」
店主が顎を撫でる。
「刃渡りは短めだが、その分取り回しはいい。初心者には悪くない選択だ」
「……どう?」
俺が尋ねると、カイトは少し照れたように笑った。
「まだちゃんと扱えるかは分からないけど……木剣とは全然違う。ちゃんと戦える人になれそうな気がする」
その言葉に、妙な気迫があった。
手にした瞬間に「覚悟」が固まる、というのは、こういうことだろう。
「防具は?」
ティナが店の奥を振り返る。
「一緒に見ちゃいなさいよ」
「うん!」
結局、カイトはシンプルな皮の篭手も購入することになった。
派手さはないが、動きやすさと最低限の防御力を両立した、初心者向けの装備だ。
会計を済ませて店を出るころには、カイトの表情はすっかり晴れやかだった。
「……なんか、ちゃんとした冒険者になれた気がする」
「元からちゃんとした冒険者よ」
ティナが肩を叩く。
「でも、そうね。似合ってるわよ、その剣と籠手」
「ありがとう、ティナ」
嬉しそうに笑うカイトを見て、俺も小さく頷いた。
これで、少しは生存率が上がるだろう。
そう思えるだけで、安心感が違う。
そして、問題のティナの装備選び、第二ラウンドに突入した。
杖を扱う別の店、軽防具をメインに扱う店、アクセサリー主体の店──
俺たちは街の中をひたすら歩き回った。
「これは?」
「悪くはないんだけど、今のとそんなに変わらない気がするのよね……」
「こっちは?」
「派手すぎて落ち着かない……」
ティナはティナで真剣なのだが、どうにも「決め手」が見つからないらしい。
カイトも、さすがに少し疲れてきたのか、歩調がゆっくりになっていた。
……女子の買い物って、どの世界でもこんな感じなんだろうか。
前世の記憶をたぐる。
服屋に付き合わされた経験はほとんどなかったが、話に聞く限り、似たようなものだった気がする。
「……ん?」
そんなときだった。
アクセサリー主体の小さな店で、カイトがふと立ち止まった。
ショーケースの中に、小さな銀のネックレスが並んでいる。
その中のひとつに、小さな青い宝石がはめ込まれたものがあった。
「これ……」
カイトがネックレスに指をさす。
「ティナに似合いそう」
「えっ」
ティナがびくっと肩を震わせた。
「魔力を増幅させる効果があるネックレスですよ」
店員がすかさず説明をする。
「魔法の威力と制御を、わずかに補助する効果があります。完全な魔道具というほど強力ではありませんが、日常的に身につけるにはちょうどいい品かと」
「……へぇ」
確かに、ティナ向きの効果だ。
杖みたいに「戦闘時だけ握る物」ではなく、普段から身につけて魔力の流れに馴染ませるタイプだろう。
「どう?」
カイトが振り向く。
「ティナ、こういうのは?」
「え、えっと……」
ティナはネックレスから視線をそらし、落ち着かない様子で指先をいじる。
「確かに、効果は悪くないと思うけど……その、私、今日は何も買ってないし……」
「じゃあさ」
カイトが、ちょっとだけ照れくさそうに笑った。
「僕からのプレゼントってことで。キラーボアの報酬もまだ残ってるし、その……いつも色々助けてもらってるから」
「っ……」
ティナの顔が、一瞬で赤くなった。
耳まで真っ赤。
いつもの毒舌がどこかに消え失せ、口をぱくぱくさせている。
「ちょ、ちょっと……カイト、あんた何言って……」
「似合うと思うんだ」
カイトは真面目な顔のままだった。
「ティナ、昔から何着ても似合って可愛いけど……こういう、落ち着いたのもいいなって」
(あら)
心の中で、にやりと笑いそうになるのをこらえる。
これは、完全に青春じゃないか。
「すみません、それください」
カイトは店員に向き直り、きっぱりと告げた。
財布の中身をちゃんと確認したうえで、震える手で代金を支払う。
店員が丁寧に紙箱に収め、カイトに手渡した。
「あ、あの……」
ティナがまだオロオロしている間に、カイトは箱を開けてネックレスを取り出す。
「ちょっと、しゃがんでくれる?」
「え、えぇっ!?」
「自分で付けるより、僕が付けたほうが……その、いいかなって」
最後のほうは小声になっていたが、言っていることは十分に伝わった。
ティナはしばらく迷った末に、観念したように小さくしゃがみ、髪をかき上げて首筋を見せる。
(おぉ……)
見ているこっちが気恥ずかしくなる構図だ。
カイトは慎重な手つきで、ネックレスをティナの首にかけ、留め具をとめた。
細い鎖と、小さな青い石が、白い肌の上でちょこんと揺れる。
「……うん、やっぱり似合う」
カイトが、満足そうに微笑む。
「ど、どう……?」
立ち上がったティナが、こちらを見る。
顔はまだ真っ赤だが、目の奥はどこか嬉しそうだった。
「すごくいいと思う」
正直に答える。
「ティナの雰囲気に合ってるし、魔法も強化される。ちょうどいいんじゃないか?」
「アウラまでそんなこと言うと、余計恥ずかしいじゃない……」
ティナが、照れ隠しのようにそっぽを向く。
「……今日は、これでいいわ」
「え?」
「杖も防具も、また今度でいい。なんか、もうこれだけでおなかいっぱい」
ティナはネックレスを、そっと指先で撫でた。
「……ありがと、カイト」
「う、ううん……!」
カイトも、顔を真っ赤にしている。
こっちもこっちで、破壊力がある。
(……いいな、この二人)
胸の奥が、少しくすぐったくなった。
異世界。
魔物。
よく分からない女神と、勝手に動く剣と、ハイレグアーマーという地獄の装備。
そんな世界の片隅で、こういう「普通の青春」が息づいている。
それが、なんだか妙に眩しく感じられた。
白鹿亭へ戻る道すがら、三人で並んで歩いた。
カイトは、新しい剣と籠手がよほど嬉しいのか、何度も鞘や籠手を確認している。
ティナはティナで、そっとネックレスに触っては、すぐ手を離して照れたように俯く。
俺は、その少し後ろを歩きながら、ふたりの背中を眺めていた。
(……平和って、こういうことを言うんだろうな)
森の奥では、何かが動いているのかもしれない。
俺の剣も鎧も、明らかに「厄介な何か」だ。
それでも今は、
この穏やかな時間に、そっと身を委ねていたかった。
「アウラ?」
少し後ろを歩いていたことに気づいたのか、ティナが振り返る。
「どうかした?」
「いや」
首を振る。
「ただ……二人とも、似合ってるなと思って」
「な、なにそれ」
ティナがまた赤くなる。
カイトは何故か嬉しそうに笑っていた。
「ありがと! アウラさんも、今の格好、すごく似合ってるよ!」
「……あの鎧じゃないほうを褒められるのは、素直に嬉しいな」
三人の笑い声が、石畳の通りに溶けていく。
その音が、いつまでも続けばいい。
そんなことを、ふと願ってしまった。