【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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18話 骨の顔

 ステータス画面を閉じてから、しばらく焚き火の火を眺めていた。

 ぱち、ぱち、と木がはぜる音だけが、静かな夜に小さく響く。

 

(……イカれた装備とスキルに囲まれてるのは、よく分かった)

 

 あとは、こっちの中身をどうにかするだけだ。

 そんなことをぼんやり考えていると、ノノが手を叩いた。

 

「さてと、そろそろ見張り決めよっか!」

 

 カイトが顔を上げる。

 

「そうですね。やっぱり交代で起きてたほうがいいですよね」

「もちろん。旅の基本だよー。三人とも、初めて?」

「私とカイトは野営は初めてね」

 

 ティナが少し真面目な顔になる。

 

「アウラは?」

「俺も、こういうのは初めてだな」

 

 会社で徹夜とかは散々したけど、あれは見張りじゃなくて単なる労働だったしな……。

 

「じゃ、今回は二人一組で交代しよっか。カイトくんとティナちゃん、私とアウラちゃん、って感じで」

 

 ノノが当然のように組み合わせを提案する。

 

「最初の見張り、アウラちゃんが良ければ私達がいいな。今あったかいし、このまま焚き火番してたい」

「俺は別にいいよ」

「いいんですか?」

「うんうん。どうせ夜中は冷えるからねー。今のうちに暖かくなっておきたいのです」

 

 ノノがへらっと笑う。

 

「じゃあ最初はノノとアウラが見張りで、数時間したら私たちが交代する形でいいかしら」

「そうしましょう」

 

 カイトとティナは、毛布を広げて簡単に寝る準備を整え始めた。

 俺は焚き火のそばに残り、薪を少し足す。

 火の明かりが、暗くなった森の輪郭だけをぼんやり浮かび上がらせていた。

 

 

 

 ほどなくして、カイトとティナは毛布に潜り込んだ。

 

「じゃあ、何かあったらすぐ起こしてね」

「寝過ごさないように気を付けるわ」

 

 二人が目を閉じ、静かな寝息に変わっていく。

 野営地は、一気に静まり返った。

 聞こえるのは、焚き火の音と、遠くの虫の声、そして小川のかすかな流れだけ。

 ノノと俺は焚き火を挟んで向かい合うように座り、声を落として話し始めた。

 

「……なんか、静かだな」

「だねぇ。街の宿とは、ぜんぜん違うでしょ?」

「慣れてないせいか、ちょっと落ち着かないな」

「でも、嫌いじゃなさそうな顔してるよ?」

「そう見えるか?」

「うん。アウラちゃん、こういう『ちょっと面倒くさいけど、自分たちで何とかしてる』感じ、結構好きでしょ」

 

 図星をさされて、少し苦笑いした。

 

「否定は、できないな」

 

 ノノは火にくべる枝を一本取り、先のほうで炭をつつく。

 

「ソーン村までは、あと二日くらいかなー。明日は少し森の中を通るから、今日よりは気をつけて歩かないとだけど」

「そんなに危ない場所なのか?」

「んー、危ないってほどでもないけど、獣とか小物の魔物は出るかもね。人もあまり通らないから、もし何かあっても助けは期待しづらいし」

「なるほど」

「まあ、そのぶん空気は美味しいし、景色も綺麗だよ。畑も多いしね。ソーン村、良いところだよ。素朴だけど、元気な人が多いの」

 

 ノノの声が少しだけ柔らかくなる。

 

「ノノの故郷、だっけ」

「そうそう。生まれ育ちはソーン村で、今は街と村を行ったり来たりの商人生活。商人ギルドに登録してからは、ずっとこんな感じかなー」

「商人ギルドって、冒険者ギルドと似たようなものなのか?」

「似てるようで、全然違うよ。冒険者ギルドは『依頼と危険』の管理でしょ? 商人ギルドは『品物と金と信用』の管理って感じ」

 

 ノノは指を一本ずつ折りながら説明する。

 

「どの街にどんな品物が流れてるか、どの商人がどんな取引してるか、税金はいくらか、関係のある貴族は誰か、とかねー。そういうのを記録したり、トラブルの仲裁したり、あと……たまに商人同士で殴り合いになりそうなのを止めたり」

「最後が物騒だな」

「お金が絡むと、だいたいみんな本気になるからね?」

 

 さらっと言うけれど、聞いてるほうはちょっと怖い。

 

「ノノも殴り合いになったりするのか?」

「お、聞きたい?」

「気になるな」

「じゃあ、ちょっとだけ暴露しちゃおうかなぁ」

 

 ノノはにししと笑い、焚き火の明かりの中で身を乗り出した。

 

 

 

 

「……そろそろ時間かな」

 

 空を見上げると、星の位置が少し移動しているのが分かる。

 ノノが軽く伸びをした。

 

「カイトくんとティナちゃん、起こそっか」

「ああ」

 

 ノノが少し身を乗り出しかけた、そのときだった。

 ──ざりっ。

 焚き火の光の外側、闇の縁で、何かが地面を擦るような音がした。

 

「……今の、聞こえた?」

 

 ノノがぴたりと口を閉じる。

 俺も息を止めた。

 

「風……じゃないよね」

 

 ノノがそっと立ち上がり、明かりのぎりぎり外側を見やる。

 そのとき、闇の中で何かが、ゆっくりと動いた。

 長い影。低い姿勢。四本の足。

 

「うわ……」

 

 思わず声が漏れた。

 そこにいたのは──大きなネズミのような魔物だった。

 体長は大人の腰ほどもある。

 汚れた灰色の毛並み、鋭い歯。

 だが異様なのはその見た目。

 

「……顔、骨、見えてない?」

 

 ノノの声が、かすかに震えた。

 焚き火の光に照らされたその頭部は、毛皮ではなく、白い何かがむき出しになっていた。

 皮と肉が溶け落ちたように、鼻先から目のあたりまでが失われ、濁った眼窩と歯をむき出しにした髑髏が覗いている。

 胴体のあちこちには、半透明のゼリー状のものがまとわりついていた。

 それはぬるりと動き、ところどころで肉を湿らせて溶かしている。

 溶けた部分からは骨が覗き、そこにまたゼリーが絡みついていた。

 

(……気持ち悪……っ)

 

 喉の奥がひゅっと鳴る。

 さっきまで笑っていた口が、乾いて動かなくなった。

 魔物は、こちらをじっと見ている。

 攻撃してくるでもなく、逃げるでもなく、ただ観察しているような視線だった。

 

「ノノ、二人を起こしてきて」

 

 膝が少し笑っているのをごまかしながら、ノノにお願いをする。

 ノノはゆっくりと魔物を刺激しないように、テントへ向かうと二人を呼んできてくれた。

 すぐに二人は焚き火のそばに来て、武器を構える。

 

「……なに、あれ」

 

 カイトが、ごくりと喉を鳴らす。

 

「おおねずみに、スライムか何かが……寄生してる?」

 

 ティナが眉をひそめる。

 

「魔物図鑑で見た覚えは、ないわね」

 

 そのとき。

 魔物の眼窩の奥で、黄色い光がぴくりと揺れた。

 ひたり、と一歩、こちらに踏み出す。

 思わず、足が後ろに下がった。

 

(──怖い)

 

 分かりやすい牙や爪よりも、その「分からなさ」が怖い。

 何を考えているのか、どう動くのか、全く読めない。

 

「来るわよ」

 

 ティナが杖を構えた。

 

「危険そうなら、先にこっちから仕掛けるしかない」

「ぼ、僕が前に出ます!」

 

 カイトが一歩、前に出る。

 剣先がかすかに震えていた。

 

「無茶はしないで。敵の動きが読めない以上、まずは私が仕掛ける」

 

 ティナが短く息を吸う。

 

「──《ウィンドカッター》!」

 

 鋭い風の刃が走る。

 おおねずみが動くより早く、その胴体を斜めに切り裂いた。

 毛と肉がずれる。

 中から、ぐずりとしたゼリーがあふれ出した。

 

「今だ!」

 

 カイトが踏み込み、ショートソードを振り下ろす。

 だが──手応えが、薄い。

 

「くっ……!」

 

 刃が、ゼリーに阻まれて滑った。

 金属がぬるりとしたものを弾く、嫌な音が耳に残る。

 

「効いてない……?」

 

 ティナの声がわずかに強張る。

 切り裂かれたはずの傷口に、逆再生するように、溢れたゼリーが流れ込んでいく。

 ぶちぶち、と嫌な音を立てながら、裂け目が塞がっていく。

 

「再生してる……」

 

 数秒前と同じ姿に戻ったおおねずみが、ぎょろりとこちらを向いた。

 さっきまで観察しているだけだった視線が、はっきりと「敵」を認識した光に変わる。

 ゼリーの塊が、ぐにゃりと脈打った。

 

「ギィイイイィィィ……!」

 

 耳障りな鳴き声とともに、おおねずみが飛びかかってきた。

 

「カイト!」

 

 ティナが叫ぶ。

 

 カイトはぎりぎりのところでその突進を受け流し、体勢を崩しながらも踏ん張る。

 だが、その足元に、ゼリーの一部が飛び散った。

 

 地面に触れた瞬間、草が溶けて煙を上げる。

 

「酸……!」

 

 見ているだけで、背筋が冷たくなる。

 

(やばい……やばいのは分かるのに)

 

 足が、固まって動かない。

 

 昼間のシャドーバードのときと同じだ。

 頭では「動け」と叫んでいるのに、膝が言うことを聞かない。

 

(──嫌だ)

 

 胸の奥で、小さな何かが爆ぜた。

 

(また、何もできませんでした、なんて──絶対嫌だ)

 

 震える膝に、力を込める。

 腰に手をやり、魔剣の柄を握った。

 冷たいはずの金属が、じわりと熱を帯びているように感じる。

 

「アウラちゃん?」

 

 ノノの不安そうな声が背中から聞こえた。

 

「下がってろ!」

 

 自分でも驚くほど荒い声が出た。

 ハイレグアーマーが肌に吸い付く感触だけが、妙に鮮明だ。

 

(頼むぞ、髑髏マークⅢ……)

 

 魔物の視線が、こちらに向く。

 ぎらぎらとした赤い目。

 スライム部分が、ぬるりと蠢いてこちらに触手を伸ばしてきた。

 

「うおっ……!」

 

 紙一重でその一撃を避ける。

 地面に叩きつけられた触手が、草を溶かしながら煙を上げた。

 

(やっぱり、酸か何かだな。触れたら終わるやつだ)

 

 でも、剣を構えてしまえば、あとはやるしかない。

 足が、自然と前に出た。

 

「うおおおおっ!」

 

 半ば勢い任せに、魔物に斬りかかった。

 刃がするりと魔物に吸い込まれていく──

 びりっ、と空気が震えた気がした。

 

「ギイイイイッ!!」

 

 耳をつんざく悲鳴が、夜の森に響いた。

 魔物が、全身をのたうたせる。

 スライム部分が、刃が通った場所から黒く変色し、煙を上げながら崩れていった。

 

(……魔喰い? 侵食?)

 

 昼にステータス画面で見た、魔剣の効果が頭をよぎる。

 スライムのようなゼリーが、魔剣に触れた部分からじわじわと萎んでいく。

 まるで、内側から焼かれているかのように。

 

「もう一撃!」

 

 今度は狙いを定めて、胴体を横一文字に斬り払う。

 さっきティナが作った切れ目と、ほとんど同じ場所をなぞるように。

 するり、と軽い手応えがあった。

 スライムが悲鳴を上げるように泡立ち、ネズミの肉がぐずぐずに崩れていく。

 

「ギ、イ……ッ」

 

 最後の声を漏らして、魔物はぐったりと動かなくなった。

 スライムだった部分が、すう、と霧のように消えていく。

 残ったのは、溶けかかっている巨大なネズミの死骸だけだった。

 

「……っ、はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をしながら、剣を下ろす。

 手は震えていたが、さっきまでとは違う震え方だった。

 

「すご……」

 

 最初に声を上げたのはカイトだった。

 

「今まで全然効いてなかったのに、アウラさんの一撃で……」

「スライム部分が消えた……?」

 

 ティナが慎重に死骸に近づく。

 

「さっきの再生の要になってたのは、きっとあのゼリー状の部分ね。そこを断ち切ったから、今度は戻らなかった」

「ね、ねぇ、あれ本当に何だったの……?」

 

 ノノが俺の後ろから顔を出す。

 

「おおねずみっぽかったけど、普通あんなスライムみたいなのくっついてないよね?」

「私も初めて見たわ」

 

 ティナは表情を引き締めたまま、死骸を観察している。

 

「図鑑にも載ってなかったはず……少なくとも、ギルドの魔物資料では見たことがない」

「新種……ってこと?」

 

 カイトがごくりと喉を鳴らす。

 

「可能性はあるわね。少なくとも、『よくいる魔物』ではないことだけは確かよ」

「……」

 

 俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 魔剣を握る手はまだじんじんしている。

 胸の鼓動も、完全には落ち着いていなかった。

 けれど。

 

(……倒した)

 

 この手で。

 ちゃんと、自分の意志で前に出て。

 魔剣に全部任せたわけじゃない。

 怖かったけど、足も、腕も、ちゃんと動いていた。

 

「ふぅ……」

 

 震える手を剣を強く握ることで誤魔化す。

 

「前に出るのは怖かったでしょ」

 

 ティナが静かに言った。

 

「でも昼間のシャドーバードのときとは、全然違ってたわ。ちゃんと、自分から動いてた」

「……ああ、ありがとう」

 

 そう言ってもらえるのは、正直、嬉しかった。

 

「ねぇねぇ!」

 

 ノノが慌ててポーチから先ほどの紙を取り出す。

 

「この魔物の特徴、メモしておこう! おおねずみみたいな体に、再生するスライムみたいな部位! 風魔法だと切れるけど再生しちゃう。めちゃくちゃ重要な情報じゃない!?」

「そうね。冒険者ギルドに報告しましょう。魔物の新種、あるいは変異体かもしれないし」

 

 ティナが頷く。

 

「大きさは……大人の腰くらい。足は四本。毛の色は灰色で、スライム部分は透明に近い緑。再生速度は……数秒。あとは……」

「酸性の液体を飛ばしてくるから接触注意も追加ね」

「はーい!」

 

 ノノのペンが、紙の上を走る音が聞こえる。

 俺はその様子を眺めながら、そっと剣を見下ろした。

 髑髏の意匠が入った、ふざけた名前の魔剣。

 さっきまで、「一人にはしないよ♥」とか「侵食」とか書いてある説明を見て頭を抱えていた相手だ。

 

(……ありがとうな)

 

 心の中でだけ、そっと礼を言った。

 もちろん、返事はない。

 けれど、握り締めた柄は、ほんの少しだけ温かく感じた。

 

(次も、ちゃんと動けるように)

 

 昼間、シャドーバードの肉を齧りながら誓ったことが、ほんの少しだけ形になった気がした。

 怖さで頭が真っ白になりかけていた。

 それでも、一歩だけ前に出られた。

 

 夜の森は、まだ静かじゃない。

 でも、さっきまでとは違う意味で、心臓の鼓動がおさまり始めていた。

 焚き火の光が、少しだけ頼もしく見える。

 そのとき、骨のチャームが焚き火の光に照らされて「チリ……チリ」と嬉しそうに震えた。

 

(……お前も、喜んでるのか?)

 

 返事はない。ただ、妙に誇らしげに揺れていた。




 ちょっと改行変えてみました。
 読みやすくなったら良いな。
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