【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
夜の闇が、少しずつ薄くなっていく。
ティナ達に起こされたときには、東の空がすでに白んでいた。
焚き火はまだ小さく赤く燃えていて、その周りに置いた鍋や荷物がぼんやりと浮かび上がって見える。
「……もう、朝か」
毛布から半身を起こす。背中と腰が、じんわり重い。
(昨日の件、まだ引きずってる感じがする……)
おおねずみのような魔物。
骨の顔。
ゼリー状のなにか。
思い返すと、まだ背筋の奥がぞわりとする。
でも同時に、胸のどこかが少しだけ軽い気もした。
(ちゃんと、動けた……よな)
足がすくんだのも事実だし、怖かったのも本当だ。
それでも、最後には前に出て、剣を振って、倒した。
枕元に置いてある髑髏マークⅢに目が行く。
(……お前のお陰だな)
妙な味方だ。
ありがたいけど、ありがたくないような、複雑な気分になる。
「おはよう、アウラ」
「おはようございます」
ティナ達が焚き火に小枝を足しながら振り返る。
目の下に少し疲れがあるけれど、表情はいつも通り落ち着いていた。
カイトはいつも通り元気そうだ。
「見張り、お疲れ。何もなかったか?」
「ええ。あれ以外は本当に静かだったわ。森のほうから獣の鳴き声が少し聞こえたくらいね」
「そっか」
毛布から完全に抜け出して伸びをすると、少し離れたところでノノももぞもぞと起き上がっていた。
「おはよー……ねむ……」
ノノは髪がぼさぼさで、完全に朝の顔だった。
「ノノ、あんた御者なんだから、ちゃんと目を覚ましてよね」
ティナが呆れたように言うと、ノノは顔を両手でぺちぺち叩く。
「分かってるってばー。大丈夫、もう荷馬車転がしながら寝たりしないから」
「それ、前科ある言い方だからやめろ」
思わずツッコミを入れると、ノノが「うへへ」と誤魔化すように笑った。
簡単な朝食──残りのパンと干し肉と、昨夜のスープの残りを温め直したもの──を四人で分け合い、荷物をまとめる。
焚き火に水をかけて完全に消し、炭を軽く土に埋めると、野営地は急に寂しくなった。
「よし、それじゃあ出発しましょうか!」
ノノがいつもの調子で宣言する。
「今日も一日よろしくね、みんな!」
「よろしくお願いします!」
「よろしく」
荷馬車がぎしりと音を立てて動き出す。
俺たちはその横を歩く形で、再び街道を進み始めた。
◇
朝の空気はひんやりとしていたが、歩き出して少しすると、身体の中からじんわりと温まってくる。
「今日は途中で森の中を通るって言ってたわね」
ティナが前を見据えたまま言う。
「昨日よりも魔物が出る可能性が高いの?」
「うん、小さいのとか、獣とかはねー。大物はあんまり出ないけど、そのぶん油断してると怪我したりするから」
ノノは手綱を器用に操りながら肩を竦めた。
「こけた拍子に足捻ったりとか、枝で顔引っかいたりとか、変な植物に触ってかぶれたりとか」
「それは……魔物以前の問題ね」
「旅あるあるだよ! アウラちゃんも気を付けてね?」
「俺はこんな格好だから、枝に引っかからないように気を付ける」
「それはちょっと見てみたいかも」
「やめろ」
そんな会話をしながら歩いていると、少しずつ周りの風景が変わっていく。
開けた草原のような場所から、徐々に木々が増え、道の両側が緑に囲まれていった。
森の入口に差し掛かるころには、空の見える範囲がぐっと狭くなっていた。
「ここから先が、森ルートね」
ティナがあたりを見回す。
「視界が悪くなるぶん、周囲の気配に気を付けて。音や匂いとか、そういうのも意識して」
「了解です!」
カイトが剣の鞘に手を添える。
俺も無意識に腰の魔剣に触れていた。
(昨日みたいな得体の知れないのは……さすがに、もう出てこないよな)
そうであってほしい、というただの願望だ。
でも、一度“未知のもの”と遭遇してしまったぶん、どうしても身構えてしまう。
そんな俺の表情を見てか、ノノが少しだけ声を落とした。
「大丈夫。ここは、いつもだいたい同じ感じだから」
「同じ感じ?」
「うん。通るたびに、だいたい同じところに、同じ倒木があったり、同じ鳥の巣があったり、同じ獣の足跡があったり──」
ノノは軽く息を吐く。
「だから、逆にいつもと違うものがあったら、それはすぐ分かるの。そういう意味では、旅慣れって大事なんだよー」
「……なるほど」
よく見る風景だからこそ、ちょっとした違和感に気づける。
会社で毎日見ていたエクセル表の誤入力を一瞬で見つけるようなもんだろうか。
(こっちでも、そういう経験で分かることって増やしていかないとな)
そんなことを考えながら数時間歩いていると、急に視界が開けた。
森の中を流れる川だ。
透明な水が音を立てて流れている。
大きな岩がいくつか転がり、その間を水が白い泡を立てながらすり抜けていく。
「着いたー!」
ノノが御者台からひょいっと飛び降りた。
「ここ、いつも休憩してる場所! 水も綺麗だし、馬にも飲ませられるし、ついでに水浴びもできるのだ!」
「水浴び……?」
聞き慣れない単語に、思わずオウム返しになる。
「汗もかいてるし、綺麗にしたいわね」
ティナが当たり前のように言った。
「街道脇だとそうそうできないけど、こういう隠れスポット的な場所は貴重なのよ」
「身体を拭くだけでも全然違うんですよ。気分がさっぱりして、疲れも少し取れるってヴァンさんも言ってました!」
カイトも頷く。
お前はいつの間にヴァンとそんなに仲良くなっていたんだ。
(……言われてみれば)
昨日から、かなり歩いている。
寝る前に軽く体を拭いたとはいえ、完璧にさっぱりしているとは言い難い。
「というわけで!」
ノノが両手を腰に当てて宣言した。
「カイトくん、申し訳ないけど、最初の見張りお願い!」
「えっ、あ、はい! 僕が?」
「うん。女三人で先に水浴びするから、その間、周囲の警戒お願いね。三人終わったら交代でカイトくんの番!」
「わ、分かりました!」
カイトの耳が、分かりやすく赤くなった。
視線を泳がせながらも、真面目に周囲を見渡す。
ティナが少しだけ意地悪そうな目をして、釘を刺した。
「もちろん、変な好奇心は起こさないこと。見張りは見張りよ?」
「も、もちろん、わかってるよ!」
そんなやり取りを見ていると、こっちまで妙に意識してしまう。
(完全に脱ぐのか……しかも女子二人の前で)
川辺の少し奥に、大きめの岩がいくつか並んでいた。
その裏なら着替えるのに丁度良さそうな死角になる。
「じゃあ、あの岩陰で着替えよっか」
ノノがずんずん先導する。
「アウラちゃん、恥ずかしかったら私が先に脱いであげるからね!」
「何も安心材料になってないからやめろ」
岩陰にまわり込んだ瞬間、俺は小さく息を呑んだ。
(……ここで脱ぐのか)
覚悟はしていたけど、実際に脱ぐ場に立つと、胃の奥がきゅっと縮む。
ハイレグアーマーで散々恥をかいてきたはずなのに、これは全然別問題だ。
(だって……これは、完全に、その……裸だし……)
風呂でも感じていたことだが、元男として女性の前で服を脱ぐのはどうしても抵抗がある。
見られるのも恥ずかしいし、俺がうっかり見てしまうことへの申し訳なさのほうがむしろ強い。
「アウラ?」
ティナがこちらを振り返る。
「着替え、どうかした?」
「い、いや……その……」
言葉に詰まっていると、ノノがぱっと近寄ってきた。
「もしかして本当に恥ずかしいの?」
「……う」
図星すぎて返答できない。
「なーんだ、そんなことかぁ!」
ノノはにへらっと笑うと、ためらいゼロで服を脱ぎ始めた。
旅用のシャツを「よいしょ」と頭から引っこ抜き、腰のベルトを外した勢いでズボンまで膝まで一気にずり落とす。
その雑なのに妙に手慣れた動きに、俺の思考はぷつんと止まった。
「うわーっ!?」
反射的に視線を逸らす。
「えっ!? なになに!? なんでアウラちゃんが驚くの!?」
ノノは、隠す気ゼロのまま、俺のすぐ近くまで歩いてくる。
「お、お前っ……近づくな! いや、近づくなって言うと失礼なんだが……!」
「女同士なんだから、別にいいじゃーん! ほらほら、あたしそんなにすごいもの付いてないよ?」
「そういう問題じゃない!!」
「じゃあ、アウラちゃんの裸は恥ずかしがって隠して、人の裸は見ないようにしてるってこと?」
「当たり前だ!!」
「えー、真面目ー! でも可愛いー!」
「可愛くない!!」
俺は必死で後ずさりしながら、手で必死に顔を覆う。
ノノが楽しそうに追いかけてくる。
「アウラちゃん、顔真っ赤だよ!? ほら、目隠さなくてもいいって! 女同士なんだから、見ても減らないし損もしないって!」
「減るわ!! 色々減るわ!!」
「何が!?」
「……心の耐久値!!」
思わず叫んでしまい、ティナが吹き出した。
「ふふ……アウラ、落ち着きなさい。ノノの裸を見るくらいで恥ずかしがる必要はないでしょ」
「目のやり場に困るんだよ!!」
ティナはすでに下着だけの状態で、相変わらず落ち着いていた。
(すごい……この二人、脱ぎ慣れてる……)
異世界の女性って、こういうの普通なんだろうか。
それともこの女同士だとこんなもんなのか。
「じゃあアウラもほら、脱いでよ。あんまりモジモジしてると逆に目立つよ?」
「うぐ……」
言っていることは正しい。
モタモタしているほうが、かえって視線が集まりやすい。
(よし……覚悟を決めろ……俺……)
俺は深呼吸して、装備欄からハイレグアーマーを外す。
途端にいつもの、全身を包んでいた何かが四散するような感覚が走り──次の瞬間には、完全に裸になっていた。
「えぇ! 今のってどうやって脱いだの!? 急に消えたんだけど……」
ノノの驚く声が聞こえて、すぐ目の前まで寄ってくる。
ノノの胸が視界いっぱいに迫っていて、俺はとても顔を上げられなかった。
「ひ……秘密だ。っていうか近い近い!」
ノノが近くで息を飲む音が聞こえた。
「っていうかアウラちゃん、脱ぐとさらにスタイルやば……」
「言うな!!」
「いや言うよ!? なんでそんなすべすべしてんの!? 肌全部きれいじゃん! 触らせて!」
「触るな!!」
「ちょっとだけ!」
「駄目だと言ってるだろ!」
ティナが肩越しに振り返る。
「二人とも、どこまで騒ぐつもりなの……。アウラ、ノノのペースに飲まれないように」
「無理だろ!? 突然脱ぎながら迫ってくる奴のペースに飲まれないほうがどうかしてるだろ!!」
「確かに……それは否定できないわね」
ティナがくすっと笑う。
なんだかもう、恥ずかしさと疲労と混乱で、感情がぐちゃぐちゃだった。
「ティナちゃんもさー、服の上からでも分かってたけど、脱いだらさらにすごいよね。全体のバランスがいいし、動きが綺麗だからさー、なんかこう、スタイリッシュって感じする!」
「……あんまりじろじろ見ないで」
ティナが珍しく頬を赤らめる。
「いやいや、これは職業柄、観察力ってやつですよ。いい素材を見抜くのも商人の仕事だから!」
「人を素材扱いするな」
そんな賑やかな会話で、恥ずかしさと緊張が少しだけ笑いに変わっていく。
(俺、男だったのにな……)
こんなふうに女同士で脱ぎ合って、水浴びして、騒いで……
慣れたくないのに、慣れていきそうで怖い。
でも同時に、心のどこかで。
(悪くない……ような……)
そんな気持ちもこっそり芽生えていて、それがまた自分でも認めたくなくて。
結局、俺は両手で胸の前を隠しながら川へ移動する。
「ほらアウラちゃん、こっちこっちー! 一緒に浸かろ!」
「離れろ! 距離を保て!!」
「えー!? やーだよー、もっと近くで見たい!」
「見んな!!!」
そんな騒ぎをしているうちに、
たしかに恥ずかしさは薄れていった。
でも、ノノの裸が視界に入るたびに、俺の心拍は明らかに跳ね上がっていたし、
ティナの落ち着いた色気を見るたびに、妙な汗が出る。
(異世界の女の体って、こわい……)
心の中で本気でそう呟く。
「よし、それじゃあ入りましょう!」
川に入る前に、改めて自分の体を見下ろす。
異世界に来た後の自分の身体は、元の社畜時代の自分と比べたらどう考えても上の上だ。
筋肉も程よくついているし、贅肉は少ないし、肌も健康的。
それでも、自分の身体が女性になっていると考えると露出するのはものすごく恥ずかしい。
(これ、慣れるのかな……。慣れたくないような、慣れなきゃいけないような……)
川の縁まで行き、そっと足を入れる。
「ひゃっ……!」
反射的に声が漏れた。
水は思っていた以上に冷たい。
でも、その冷たさが足首からふくらはぎへ、ふくらはぎから腰へ、じわじわと上がっていくにつれて、身体の内側から熱をさらっていくような感覚があった。
「気持ちいい……!」
ティナが小さく息を吐く。
「でしょでしょ? この瞬間のために旅してると言っても過言ではない!」
「それは言い過ぎだろ」
胸元まで水に浸かると、全身がすっと軽くなった気がした。
汗と疲れと、昨日の恐怖まで、一緒に流れていくような気がする。
「アウラちゃーん、こっちこっち」
ノノが近くまで寄ってくる。
「肌きれいだよね~。なんかさ、うちの村の子とはまた違う感じの色というか、質感というか」
「ち、近いってば……というか質感って何だよ」
「なんかこう、つるっとしてて、きゅっとしてて、すべすべしてそうっていうか!」
「抽象的な暴力をやめろ」
「触ってもいい?」
「駄目だ」
「一回だけ!」
「駄目だって言ってるだろ」
ノノはそれでも「えー」と言いながら、胸にそっと指を当ててきた。
「ほら、やっぱりすべすべだー!」
「こ、子供かお前は……!」
とはいえ、そんな風に笑い合っていると、さっきまでの恥ずかしさも薄れてくる。
森の緑と、川の青と、太陽の光と。
全部が、現実味のない絵のようで、それでいてちゃんと自分の皮膚感覚に繋がっている。
(……不思議だな)
社畜時代、自分がこんな光景の中にいるなんて、想像もしなかった。
「アウラ」
ティナが少し離れたところから声をかけてきた。
「カイトのほう、ちゃんと視界から外れてる?」
「ああ、大丈夫だ」
岩陰の間から見えるのは、川の少し下流側と、木々の影だけだ。
カイトが見張りをしているのは、荷馬車の近く。
ここからも、彼の姿はちらっとしか見えない。
そのカイトはというと、剣を腰に下げたまま、全力で周囲の木々を凝視していた。
(あいつ、あれだけ意識させられてよく頑張るな……)
真面目なのは、いいことだ。
ただ、後でティナからの追及は避けられない気がする。
そんなことを考えていたときだった。
川の上流のほうで、ふと水の揺れ方が変わった。
「……?」
視線を上げると、小さな影が水面に浮かんで、こちらへ流れてきている。
(枝か何かか?)
最初はそう思った。
だが、近づくにつれて、その形がはっきりしていく。
細長くて、くねくねしていて──
「へ、び……?」
小さな、ただの川蛇だ。
太さは指ほど、長さもそれほどない。
けれど、水の上を器用に泳ぎながら、まっすぐこっちに向かってくる。
(別に毒蛇とかじゃなさそうだし、ここまで来たら避ければ──)
そう頭で理解するより早く、蛇は俺の足元にぴたりと寄ってきた。
冷たい鱗が、ふくらはぎに触れる。
「きゃあっ!?」
自分の口から、自分のものとは思えない高い声が飛び出した。
(あっ)
やらかした、と思ったときにはもう遅い。
「アウラさん!?」
荷馬車のほうから、カイトの声が響いた。
「大丈夫ですか!?」
「ま、待っ──!」
止める暇もなく、カイトが全力でこちらへ駆けてくる。
岩陰なんて、焦っている人間にはほとんど意味をなさない。
そして、彼の視界に──
俺たち三人の姿が、ばっちり入った。
「うおおおおおおおっっ!!」
カイトが、ものすごい声を上げた。
その後、前かがみになる。
しかし足は止まらない。惰性で川辺に滑り込み、俺の足元まで来ると、目を見開いたまま蛇をひょいっとつまみ上げた。
「へ、蛇っ! 蛇ですよねこれ! 大丈夫ですかアウラさん!!」
「だ、大丈夫だから! 蛇にびっくりしただけだから!」
「ありがとうございます!!!」
カイトはまだ前かがみのまま、蛇を持って川岸を全力で走り、少し離れた場所でぽいっと放り投げた。
その背中に、ティナの怒声が飛ぶ。
「見てんじゃないわよ!!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」
森の中に、カイトの情けない悲鳴と、ティナの怒鳴り声が響き渡る。
「……はぁ」
(やっちまった……)
蛇自体は正直、それほど大したものではない。
さっきの悲鳴だって、怖くてというより、完全に虚を突かれた結果だ。
でも、それをきっかけにカイトが突っ込んできて、こうして色々見られてしまったのは──
「アウラちゃん」
ノノがにやにやしながら近づいてきた。
「いまの『きゃあっ』、めちゃくちゃ可愛かったよ?」
「言うな」
「いやいや言うでしょ! 普段落ち着いてるだけに、ギャップがすごかった! あたし、ちょっとドキっとしたもん」
「やめろ」
「でもさー、びっくりして思わず声出ちゃうくらいには、蛇苦手なんだ?」
「べ、別に蛇が怖いわけじゃない。急だったからびっくりしただけで……」
「びっくりして、きゃーって言うのは怖いのとあんまり変わらない気がするけどなー」
ノノの追撃が止まらない。
ティナはというと、タオルで髪を拭きながら、ため息を吐いた。
「……カイトのやつ、あとで説教確定ね」
「いや、あれは俺のせいだろ」
「分かってるわよ。分かってるけど、あの反応はちょっと教育しておかないと」
(ご愁傷様だな……カイト)
でも、あいつなりに守らなきゃって飛び出してきたのは事実だ。
ティナも本気で怒っているというより、けじめとして怒る感じに見える。
すまん、カイト……。
「とりあえず、蛇はもういないし」
ノノが周りをざっと見回す。
「水浴びの続き、どうする? もう上がる?」
「そうね。あんまり長く浸かってると身体が冷えるし、これ以上事件が起きても困るし」
ティナが言うと、ノノは「事件って」と笑った。
川から上がると、冷たい空気が肌に触れて一気に鳥肌が立った。
急いでタオルで身体を拭きながら、さっきの自分の悲鳴を思い出して悶絶したくなる。
(いや、あれは仕方ないだろ……。あんなタイミングで足に蛇が巻き付いてきたら、誰だって驚く)
自分で自分に言い訳をする。
けれど、さっきのノノの言葉が耳に残っていて、どうにも居心地が悪い。
ハイレグアーマーに着終えて岩陰を出ると、少し離れた場所でカイトが小さくなっていた。
「とりあえず、今は水浴びの時間。カイト、行ってきなさい」
「う、うん!」
カイトが慌てて荷物から着替えを取っていく。
今度は逆に、俺たちが川辺から少し離れたところで見張りをする番だ。
「いやぁ~」
ノノが嬉しそうに伸びをする。
「想定外のハプニングはあったけど、いい気分転換になったね!」
「お前、本当にポジティブだな」
「だってさー、昨日あんな怖い魔物見たあとだよ? こういう笑い話にできる出来事が、一つくらいあってもいいじゃない」
ノノの言うことも、一理ある。
昨日の夜みたいな緊張感がずっと続いていたら、どこかで絶対に心が折れていた。
(……こういうどうでもいいことで騒げる時間って、案外大事なのかもしれないな)
旅は、戦闘だけじゃない。
歩いて、食べて、寝て、こうして馬鹿みたいなことで騒いで。
その積み重ねが、「一緒にいる」ということなんだろう。
そんなやり取りをしていると、川辺からカイトの声が聞こえた。
「の、ノノさーん! この川、思ったより冷たいですー!」
「でしょー!? それがまた気持ちいいんだよねー!」
川の音と笑い声が、森の静けさに優しく溶けていく。
朝の光は柔らかくて、昨日の恐怖も、今日の恥ずかしさも、いつか笑い話にできる気がした。