【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
街の通りは、落ち着かないほど賑やかだった。
石畳の上を荷車が軋みながら行き交い、あちらこちらから人々の声が聞こえてくる。屋台からは焼いた肉の香ばしい匂いが漂い、遠くでは誰かが笛を吹いているらしく、賑やかな音色まで聞こえてきた。
……けれど、そんな喧騒の中で、なぜか俺の歩く場所だけは少しばかり静かだった。
理由は単純だ。
俺が、目立つからだ。
通りすがりの男たちは、俺の姿を見るなり「えっ」と息を呑む。
気まずそうに視線を逸らす者もいれば、逆に足を止めそうな勢いでまじまじと見てくる者もいた。中には口元を緩め、下卑た笑いを浮かべる者までいる。
すれ違うたびに、肌の上をじっとりとした視線が這っていくような気がした。
一方、女たちは眉をひそめ、子供の手を引きながら俺から距離を取っていく。
「……いや、わかるよ。俺も見たら避ける」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
改めて自分の身体を見下ろしてみれば、金属光沢のハイレグアーマーに、髑髏を模した肩当て。腰では白骨のチャームが歩くたびにチリチリと鳴っている。
どう見たって、常識人の格好ではない。
しかも奇妙なことに、これだけ肌を晒しているにもかかわらず、まったく寒さを感じなかった。肌の上を風が撫でていく感触はあるのに、冷たさだけが綺麗に抜け落ちている。
これが体感温度ゼロというものなのだろうか。
そんなことを考えながら通りを歩き、服屋らしき看板を探してみる。
だが、それらしい店を見つけても、店員はこちらを見るなり視線を逸らしたり、なぜか店の奥へ引っ込んでしまったりする。
そもそも、この世界の通貨すら知らない。
当然ながら財布も持っていないし、この格好にはポケットさえないので、仮に金を持っていたとしても入れる場所すらなかった。
「どうしようか……」
一度足を止め、大きく息を吐く。
あまりに色々なことが一度に起こりすぎて、頭の整理がまるで追いついていない。
まずは自分の現状だけでも把握した方がいいだろう。
異世界ならこういうものがあるはずだと、半ばやけくそになりながら呟いてみる。
「ステータス、オープン」
すると目の前の空気が微かに震え、何もなかった空間へ半透明の文字が浮かび上がった。
どうやら本当にステータスらしい。
名前欄は空欄。
種族は、人間(?)。
なぜ疑問符が付いているのかは怖いので今は考えないことにする。
続いてスキル欄へ視線を移す。
【社畜の根性】
【残業耐性】
【報連相Lv3】
「……泣いていいか?」
思わず目頭を押さえた。
まさか死後の世界でまで、職務経歴を反映されるとは思っていなかった。
しかも、その下の方には申し訳程度に小さな文字で、
【所持金:0】
と表示されている。
わかってはいた。
わかってはいたが、こうして数字で突きつけられると破壊力が違う。
「服を買う金もない、働く場所も知らない、知り合いもいない。……詰みでは?」
ため息を吐きながら、通行人の邪魔にならないよう通りの端を歩き始める。
ふと足元を見ると、石畳の隙間から小さな花が一輪だけ顔を出していた。
やけに健気に見える。
あれを見習えと言われるくらいなら、俺は今すぐ枯れたい。
そんなことを考えながら曲がり角を曲がった、その瞬間だった。
向こうから勢いよく走ってきた人影と、正面からぶつかりそうになる。
「うおっ」
「わっ!」
反射的に腕を出したところへ相手の肩がぶつかり、二人揃って軽くよろめいた。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てた声に顔を上げると、そこにいたのは一人の少年だった。
年齢は十五、六歳くらいだろうか。短い茶色の髪に革製の胸当てを身につけ、腰には木の剣を下げている。
いかにも〝駆け出し冒険者〟といった格好だった。
「こちらこそ、すまない。前を見ていなかった」
そう答えると、少年は一瞬だけぽかんと口を開けた。
そして次の瞬間、何かが爆発でもしたのかと思うほどの勢いで耳まで真っ赤になる。
「え、あ、い、いえっ、だっ、大丈夫ですっ! その、服が……じゃなくて! け、怪我はないですか!?」
喋りながら、少年の視線が忙しなく泳いでいる。
動揺している理由は、考えるまでもなかった。
俺の格好だ。
金属製のハイレグアーマーという、どう考えても初対面の相手と落ち着いて話せるような服装ではない。
「怪我はない。君こそ大丈夫か?」
なるべく気にしていないように声をかけると、少年はびくりと肩を揺らした。
「は、はいっ! あの……その……」
挙動が完全に、初対面のOLを前にした新入社員だった。
懐かしい。
とはいえ、その後が続かない。
少年の視線は相変わらず泳ぎ続け、ときどき俺の胸元辺りで止まっては、慌てたように別の方向へ逸らされる。
やがて、なんともいたたまれない沈黙が流れ始めた。
さすがに申し訳なくなり、俺から話題を変えることにする。
「少し尋ねたい。ここはどこだろうか?」
「えっ、あっ、はい! ここはアストルの中央市です! 冒険者が多くて、にぎやかで……あの……」
最初こそ勢いよく答えてくれたものの、説明するうちにどんどん声が小さくなっていく。
少年は落ち着かない視線のまま一度咳払いをすると、改めてこちらへ尋ねてきた。
「えっと、旅の方ですか?」
「そんなところだ。事情があって、ここに来たばかりでな。勝手がわからない」
「そうなんですね……。あの、それなら冒険者ギルドに行くといいですよ! 登録すれば、宿の紹介とかもしてくれます!」
「助かる。ありがとう」
「い、いえ! その……気をつけてくださいね。その格好……目立つので……」
最後の方で、少年の声がほんの少し裏返った。
こちらを心配して言ってくれているのだろうが、やはり視線は安定しておらず、真っ赤になった耳も隠せていない。
見た目がこうだと、普通に話すだけでも相手へ気を遣わせてしまうらしい。
「……わかっている。俺も、なんとかしたいと思ってる」
そう答えたところで、すぐ近くにある布屋らしき店の軒先から、こちらをじっと見ている中年の女性がいることに気づいた。
市場の店主だろうか。
しばらく視線が合っていたが、やがて女性は不思議そうに首を傾げると、こちらへ声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 服、どうしたの?」
「これは……仕様です」
「えぇ……」
困惑の声がやけに生々しい。
女性は何とも言えない顔で俺を眺めていたが、やがて何かを決めたように店の奥へ引っ込むと、一枚の薄手の布を持って戻ってきた。
「これでも羽織りなさい。見てるこっちが落ち着かないよ」
「ありがとうございます」
心の底からほっとした。
世界が変わっても、人の優しさというものは変わらないらしい。
ありがたく布を受け取り、そのまま肩へ掛ける。
──その瞬間だった。
バチィィィィィン!!
「うわっ!?」
突然、目の前で眩い光が弾けた。
遅れて煙が上がり、鼻の奥へ何かが焦げたような匂いが入り込んでくる。
さっきまで手にしていたはずの布は、一瞬にして跡形もなく消えていた。
「…………」
「…………」
俺と女性の間に、沈黙が落ちる。
女性は完全に硬直し、少し離れた場所にいた少年も目をまん丸にしていた。
「な、なに今の!? 魔法? 攻撃されたの!?」
「……違う。多分、俺だ」
「えぇ……」
今度は女性と少年、二人分の「えぇ……」が綺麗に重なった。
当然ながら、あれだけ派手な光と音が出れば周囲の人間も気づく。
「なんだ、今の?」
「服が爆発したぞ」
「呪われてるんじゃないか?」
そんな声があちらこちらから聞こえ、近くにいた人々が少しずつ距離を取り始める。
せっかく散っていた視線が、再び俺の周囲へ集まってきた。
「その、何が起きたんですか?」
「……ちょっと確認する」
不安そうな少年へそう答え、小さな声で「ステータスオープン」と呟く。
先ほどと同じ半透明のウィンドウが目の前へ現れた。
改めて確認してみると、装備欄の一番上に見慣れない文字が並んでいる。
【アウラ特製ハイレグアーマー】
分類:神器(かわいい)
効果:耐寒・耐熱・防汚・紫外線カット・破壊不能
特殊効果:
「かわいい姿を隠すなんて勿体ない♥」
→身体や鎧を覆う布・装備を自動的に破壊。
【危険察知装着】
→安全時のみ手動解除可能。
→睡眠・入浴時などで外していても、〝敵意・殺気・落下・魔法反応〟などの危険を感知すると即時装着される。
※強制発動時は演出効果として光が走ります。
「……演出効果って何だよ」
呆然とした声が漏れた。
これを真顔で設定していた女神の姿が頭に浮かび、胃が痛くなってくる。
いや、俺の胃はもう一度死んでいるのかもしれないが。
そんな俺を、少年が不安そうな顔で見上げていた。
「な、何か悪い装備なんですか?」
「……ああ。呪われているんだ……」
小さく息を吐きながら、試しに装備を外そうとしてみる。
だが、指を掛けた瞬間、金属の表面が微かに輝き、こちらの手を弾くようにして拒絶してきた。
どうやら完全に固定されているらしい。
やはり呪いだ。
いや、もはや呪いというより悪意そのものだ。
「とりあえず……ギルド、行ってみます」
「あ、案内しますよ……。あ、あと、もし宿が決まってないなら、僕の知ってる所を紹介します! 安くて、飯がうまくて──」
少年が慌てたように言葉を繋げる。
ずいぶん律儀な子だ。
こんな怪しい格好をした人間にぶつかった挙げ句、目の前で布まで爆発したというのに、それでも放っておかずに助けようとしてくれている。
そのことに、ほんの少しだけ救われたような気持ちになった。
「助かる。案内を頼む」
「は、はいっ!」
少年は相変わらず赤い顔のまま、それでも嬉しそうに頷いた。
俺は先を歩き始めたその背中を見つめながら、心の中でひとつだけ静かに決意する。
いつか、あの女神を見つけたら。
まず最初に、この服のデザインについてじっくり話をしよう。
ちょうどそのとき、遠くの時計塔から昼を告げる鐘の音が響き始めた。
俺は深いため息をひとつ吐くと、腰の骨飾りをチリチリと鳴らしながら、少年のあとを追って歩き出した。