【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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21話 帰る家がある人たち

 長老の家を出て、夕焼け色の畑の間を少し歩くと、ノノが一軒の家の前で立ち止まった。

 

「はい、ここがわたしんち!」

 

 木で組まれた二階建ての家だった。

 街の宿ほど大きくはないけれど、村の他の家よりは少し広い。

 壁には乾かした薬草の束や、よく分からない道具が掛けられていて、いかにも「村の家」といった雰囲気がある。

 

「ただいまー!」

 

 ノノが勢いよく扉を開けると、家の中からすぐに声が返ってきた。

 

「おかえり、ノノ!」

 

 出てきたのは、元気そうな女の人だった。

 ノノがそのまま大きくなったような顔立ちで、目元がよく似ている。

 

「無事に帰ってきて良かった……。怪我してない?」

「してないしてない、大丈夫! ちゃんといい冒険者さんたちも一緒だし!」

 

 ノノは振り向き、俺たちを示した。

 

「紹介するね! 街から一緒に来てくれたティナちゃんとカイトくん、それから──」

「アウラだ。しばらく世話になる」

 

 軽く頭を下げると、ノノの母親はぱっと目を輝かせた。

 

「まぁ……!」

 

 次の瞬間、視線が俺の全身をすみずみまで駆け巡ったのが分かった。

 覚悟したより、半歩早く言葉が飛んでくる。

 

「都会は凄いのが流行ってるのねぇ!!」

 

 ノノ母、全力のテンションである。

 

「その鎧、すっごく可愛い! 髑髏の細工もかっこいいし、ラインが綺麗だし……! あらやだ、ちゃんと腰のところもデザインが凝ってて凄いわぁ!」

 

(えぇ、そんな反応されたの初めてなんだけど……)

 

 思わず自分の姿を見る。

 どう考えても趣味の悪い、悪の女幹部ファッションなのだが、この世界の評価基準はよく分からない。

 

「おーい、ノノ。帰ってきたって本当か?」

 

 奥から、ずしんとした足音が近づいてくる。

 現れたのは、がっしりした体格の男──ノノの父親だろう。

 日焼けした腕や首に、畑仕事と荷運びの跡が刻まれている。

 

「ただいま、父さん!」

 

 ノノが駆け寄ると、父親はくしゃっと顔をほころばせ、その頭をわしわしと撫でた。

 

「よく戻ったな。……それで」

 

 俺たちのほうを見る。

 そして、俺を見た瞬間──

 

「……ほぉおおおおおっ!」

 

 変な声が出た。

 

「父さん?」とノノが首を傾げる間もなく、父親は俺の周りをぐるっと一周する。

「なんだその鎧は……! 軽そうで、動きやすそうで、それでいて目を引く……!! こ、これは新しい商品になる匂いがするぞ……!」

 

 完全に商人の目だった。

 

「お父さん、落ち着いて」

 

 ノノ母が呆れ気味に言うが、父親は聞いちゃいない。

 

「ノノ! お前、こういうのを仕入れて来い! 上手くやれば、看板商品にできるぞ! 手始めにこの手のが好きなブルム男爵に声をかけて……」

「無理だってば!」

 

 ノノが慌てて両手を振った。

 

「これは普通に売ってるやつじゃないの! アウラちゃん専用というか、その……」

 

 ちら、とこっちを見てくる。

 

「スケッチさせてくれたら、なんとか作れるかもしれないけどなぁ~……?」

 

 語尾を伸ばしながら、にやにやこちらを窺ってくる。

 

「断る!!」

 

 即答だった。

 

「え~、でも絶対売れるって! ねぇ父さん!」

「売れるとも! こんなの、わしが若い頃に見たら間違いなく一着は買って母さんに着せとったぞ!」

「あなたったら……!」

 

 ノノ母は苦笑しながらも、俺の鎧をじっと見ている。

 

「でも、確かにこれは……ねぇ。似たようなものが作れたら、舞踏会用の衣装とか、特別な日のドレスみたいにに仕立てても面白いかもしれないわねぇ」

「応用先まで考えるのやめてもらえませんかね!?」

 

 俺の必死な抗議に、家族三人がどっと笑う。

 悪意がない分、余計に止めづらい。

 ノノ父も腹を抱えて笑い、ノノ母は目尻の涙を拭いながら「ごめんなさいねぇ」と言ってくる。

 

「冗談半分だから、そんなに本気で怯えなくていいのよ? でも、本当に似合ってるわよ、その鎧」

 

 そう言われると、余計に複雑な気分になる。

 

(似合ってるからこそ困ってるんだよな……)

 

 心の中でだけ、ため息をついた。

 

 ◇

 

「さ、立ち話もなんだし、座って座って!」

 

 ノノ母の号令で、俺たちは居間に通された。

 大きな木のテーブルと、壁際には棚。

 棚には干した野菜や保存食、布の束、よく磨かれた鍋がいくつも並んでいる。

 

(……いい匂いがするな)

 

 家そのものの匂いだ。

 木と、少しの土と、料理の残り香と。

「誰かが暮らしている場所」の匂い。

 

「今、簡単なもの作るからね!」とノノ母が台所へ消えていくと、ノノ父が俺たちのほうを見た。

「長旅で疲れたろう。すまんな、こんな田舎で」

「いえ」

 

 ティナが首を振る。

 

「むしろ、ありがたいです。屋根のある場所で休ませてもらえるだけでも助かります」

「野宿続きだったので、凄くありがたいです!」

 

 カイトも笑う。

 その表情は、故郷の空気に触れて少し緩んでいるように見えた。

 

「ノノの父だ。好きに『おじさん』でも何でも呼んでくれて構わん」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 俺も軽く頭を下げる。

 

(……こういう自然な距離感、いいな)

 

 街の宿の主人ともまた違う、肩の力の抜けた歓迎。

 ノノがここに帰ってくる理由が、少し分かった気がした。

 しばらくすると、台所からいい匂いが漂ってきた。

 

「できたわよー!」

 

 運ばれてきたのは、大きな皿に盛られた煮込み料理と、焼いたパン、小さなサラダのようなもの。

 香草の香りがふわっと立ち上る。

 

「わぁ……!」

 

 カイトの目が輝いた。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてから、スプーンで煮込みをすくう。

 野菜がとろとろになるまで煮込まれていて、肉はほろっと崩れる。

 

「おいしー……!」

 

 思わず素直な感想が漏れた。

 

「ほんと、美味しいです」

 

 ティナも頷く。

 

「ね! 母さんの料理、世界一だよ!」

 

 ノノが胸を張ると、ノノ母は「もう」と言いながらも嬉しそうに笑った。

 

「世界はちょっと大げさだけどねぇ。でも、そう言ってくれると頑張って作った甲斐があるわ」

 

 温かい料理と、誰かが笑う声。

 それだけのことが、胸の奥にじんわり染みてくる。

 

(……こういうの、久しぶりだな)

 

 元の世界でも、こんな「家庭の食卓」に座ったのはいつ以来だろうか。

 実家にはろくに帰れず、一人暮らしの部屋ではコンビニ弁当かカップ麺。

 テレビの音を聞きながら、無言で流し込んで終わり、というのが日常だった。

 

「カイトくん、ティナちゃんも、うちのご飯は口に合う?」

 

 ノノ母が、優しく問いかける。

 

「はい!」とカイトが真っ先に返事をした。

「なんだか……」

 

 彼はスプーンを持ったまま、少し遠い目になる。

 

「自分の村のご飯を思い出しました。うちも、こんな感じで……みんなで食卓囲んで、父さんが変な冗談言って、母さんが怒って……」

「ふふ、懐かしいね」

 

 ティナも柔らかく笑う。

 

「うちとカイトの家、隣だったんです。夕飯の匂いが分かるくらい近くて」

「まだ小さいころ、よく勝手にティナの家の夕ご飯の匂い嗅いで、『今日は肉だな……』とか言ってました」

「で、自分の家の匂い嗅いで、『こっちは魚か……』ってため息ついてたわね」

 

 ティナがくすっと笑う。

 

「でも、結局両方からおかずもらってたじゃない」

「だってどっちも美味しかったから……」

 

 カイトが頬を掻く。

 ノノ父とノノ母が、楽しそうに頷いた。

 

「隣同士の家か。いいねぇ、そういうの」

「ええ。だから、こうやって旅に出てても、なんだかんだで落ち着くんです」

 

 ティナは、少しだけ真面目な顔になる。

 

「……カイトが、『冒険者になりたい』って言い張って、村を出ようとしたときも」

「ティナは止めてくれたんですけどね」

 

 カイトが、申し訳なさそうに笑う。

 

「でも、どうしても行きたくて……。小さい頃から、英雄譚とか冒険譚とか、そういう話が大好きだったから。俺も誰かを助けられるようになりたくて、どうしても、憧れちゃって」

「馬鹿みたいよね」

 

 ティナはそう言いつつ、目の端は優しい。

 

「でも、どうせ飛び出すなら、せめて一緒にいて目を光らせておかないと──って思ったのも本当だから」

「だから、ついてきてくれたんです」

 

 カイトは照れ臭そうに頭をかいた。

 

「……俺、一人だったら絶対にどこかでやらかしてたと思うので」

「その自覚があるだけマシね」

 

 ティナが肩をすくめる。

 ノノ母が「いい話ねぇ」と目を細めた。

 

「隣の家で育った幼馴染が、一緒に冒険者になるなんて、絵本みたいだわ」

「本人たちからしたら、そんな綺麗なもんじゃないですけどね」

 

 ティナが苦笑する。

 

「でも……」

 

 俺はスプーンを置き、二人の横顔を見た。

 

「そういうの、いいな」

 

 ぽつりと出た言葉に、自分で少し驚く。

 

(本当に、そう思ったからだろうな)

 

 帰る家があって、隣には当たり前のように誰かがいて。

 そこから一歩外へ踏み出す、っていう選択。

 俺の「旅」は、それとは全然違う形で始まってしまったから。

 

「アウラちゃんは?」

 

 不意に、ノノ母の声が飛んできた。

 

「え?」

「アウラちゃんは、どうして冒険者やってるの?」

 

 それは、本当に何気ない、純粋な質問だった。

 悪意なんて、欠片もない。

 なのに。

 

(……どうして、か)

 

 言えない本当の理由が、喉元までせり上がってきて、そこで引っかかる。

 女神に勝手にこの世界に送られて、いきなりハイレグアーマーを着せられて──。

 こっちの世界では最初から、「奇異の目」で見られて。

 

(……思い返すと、だんだん腹が立ってきたな)

 

 頭が、勝手に言い訳を探し始める。

 そして、見つけたのは──

 

「……もう、帰るところもないから、かな」

 

 口が、勝手に動いていた。

 自分でも思っていた以上に、乾いた声だった。

 

「帰るところ……?」

 

 ノノ母が目を瞬く。

 

「その、死にそうになっていた所を知り合いに助けてもらったというか……」

 

 女神のことだ。

 正確には助けてもらった所か、勝手に俺を殺して、こっちの世界に送り込んだ元凶だが。

 そこまで話す必要はない。

 

「でも、色々あって、その人ももう居なくなっちゃって。家族もいないし、行く場所もよく分からなくて」

 

 言葉を重ねれば重ねるほど、自分で自分の足元を掘っている感覚になる。

 

「……だから、かな。ティナとカイト以外、誰も知り合いがいないし。街で一人でじっとしてるよりは、冒険者やって動いてたほうが、マシというか……」

 

 言いながら、しまったと思った。

 

(まずい。重い話になってしまった……)

 

 空気が、目に見えて変わる。

 

「……ごめんなさい」

 

 ノノ母が、顔を伏せた。

 

「ご、ごめんなさいね……そんな、辛い話、何気なく聞いちゃって……」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 思わず椅子から半分立ち上がる。

 

「いや、今のそんな大した話じゃなくてですね!? ほら、よくあるじゃないですか、『流れ流れて冒険者になりました』みたいなやつ!」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。

 

「帰るところがないっていうのも、ほら、なんというか、比喩的なあれで……。今は街もあるし、ギルドもあるし、皆もいるし、そんな暗い意味じゃなくてですね!」

「アウラ……」

 

 ティナとカイトが心配そうにこちらを見る。

 

(やばい……完全にやらかした……)

 

 別に嘘をついたわけじゃない。

 でも、わざわざ「帰るところがない」なんて言い方をする必要はなかった。

 もう少し、軽い言い方はいくらでもあったはずだ。

 

「ごめんねぇ……」

 

 ノノ母の目が、少し潤んでいる。

 

「うちの子たちが楽しそうに話してるから、つい同じ調子で……。アウラちゃんにも、きっと色々あったのに……」

「いえ、本当に、気にしなくて大丈夫ですから!」

 

 慌てて手を振る。

 

「むしろ、ご飯までご馳走になってるのに、こっちのほうが変な感じにしちゃって……すみません」

 

 どう取り繕っても、さっきまでのほんわかした空気は戻ってこない。

 カイトもティナも、ノノも、どこか言葉を探している顔だった。

 

「……ま、アウラちゃんにも色々あるってことで」

 

 ノノが、無理やり明るい声を出した。

 

「ね! ほら、ご飯冷めちゃうから、食べちゃおう? せっかく母さんが作ってくれたんだし!」

「そう、ね」

 

 ティナも、少しだけ笑顔を作る。

 

「せっかくの料理を残したら勿体ないもの」

「……はい!」

 

 カイトも続いた。

 そのまま、俺たちは何とか話題を変えながら食事を終えた。

 料理は最後まで美味しかった。

 ただ、その美味しさを味わいきる前に、胸の奥に硬い塊が残ってしまったのも事実だ。

 

 

 

「じゃあ、お湯沸かしておくから好きに使ってくれよ」

 

 食後、ノノ父が大きな鍋に水を入れ、かまどの上に乗せてくれた。

 家には風呂はないらしく、桶にお湯を分けて、順番に身体を拭く方式らしい。

 

「まずは旅で一番疲れてる人からね~。ティナちゃんとアウラちゃん、どうぞ」

 

 ノノ母の言葉に甘え、俺たちは桶を持って空き部屋のほうへ移動する。

 旅の間は、川や宿の浴場である程度は慣れてきたが、やっぱり家の中で身支度していると、不思議な安心感があった。

 熱すぎないお湯を布に含ませて、首筋から腕、胸元、腹、脚と順番に拭いていく。

 旅の汗や埃が落ちていくと、皮膚の感覚がふっと軽くなった。

 

(……さっぱりしたな)

 

 ふと自分の身体を見る。

 女性らしい身体のライン、男にはなかった大きな胸に、失ったもの……。

 この身体とも、少しずつ付き合い方が分かってきた気がする。

 

「ふぅ……」

 

 ティナも、タオルで髪を拭きながら小さく息を吐いた。

 

「やっぱり、屋根のあるところでゆっくり身体を拭けるのは贅沢ね」

「ほんとにな」

 

 そのあと、カイトとノノも順番に身体を拭き、寝る支度を整えた。

 

 ノノの家には、小さな部屋がいくつかあるらしい。

 そのうちの一つを、今夜は俺たちに貸してくれることになった。

 

「じゃあ、ここが三人の部屋ね!」

 

 案内された部屋には、床に厚めの藁を敷き詰めて、その上に布を掛けた寝床が三つ並んでいた。

 ふわりと草の匂いがする。街の宿のベッドとは違うけれど、身体を預けるには十分すぎるほど柔らかい。

 

「はい、ちょっと草の匂いがするけど、我慢してね」

 

 ……むしろ心地いい。藁の香りが胸の奥まで染みこんでいく。

 

「わぁ……ベッドだ……」

 

 カイトが感極まった顔で呟く。

 

「当たり前でしょ、ベッドくらい」

 

 ティナが笑う。

 

「でも、ここ最近は地面で寝てたから、気持ちは分かるわ」

「だよねぇ」

 

 カイトが振り向く。

 

「やっぱり、屋根があって、ちゃんとしたベッドがあるって……最高ですよね」

「ああ」

 

 思わず即答していた。

 

「最高だ」

 

 雨風が入ってこない壁。

 外の音が少しだけ遠くなる厚み。

 横になったとき、下から背中を支えてくれる柔らかさ。

 その全部が、今はたまらなくありがたい。

 

「アウラ」

 

 ティナが、少しだけ真面目な声で呼ぶ。

 

「さっきの話だけど、その……」 

「気にするな」

 

 先に遮った。

 

「別に……大した話じゃない。もう過ぎたことだし、俺も何とも思ってないから」

「……そう」

 

 ティナは、それ以上は何も言わなかった。

 代わりに、ほんの少しだけ柔らかい表情になってベッドに腰掛ける。

 

「おやすみなさい、二人とも」

「おやすみなさい!」

 

 カイトが元気よく布団にもぐりこむ。

 俺も自分の藁のベッドに横になり、薄い毛布をかぶった。

 屋根のある部屋で、ベッドの上で、布団に包まれているというだけのことが──

 

(思ってたよりも柔らかい……藁ってこんなに寝心地いいのか? 地面より100倍ありがたいな)

 

 天井の木目をぼんやりと眺める。

 遠くで風が畑を撫でる音がする。

 

 ここは、ノノの「帰る場所」だ。

 カイトとティナにも、「帰る村」がある。

 

 俺には──。

 

(……まぁ、いいか)

 

 今この瞬間だけは、難しいことを考えるのをやめることにした。

 少なくとも今夜は、俺にも屋根があって、ベッドがあって、一緒に旅をしている仲間が近くで眠っている。

 

(それだけでも、十分すぎるくらいだ)

 

 そう思ったところで、意識がふっと暗く沈んでいった。

 久しぶりに、夢も見ない、深い眠りだった。

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