【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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22話 村の朝と、少し軽くなった身体

 藁の匂いと、どこかで鳴る鍋の「コトコト」という音で目が覚めた。

 

(……そうか、ノノの家だった)

 

 天井の木目をしばらくぼんやり眺めてから、ようやく昨日までの出来事が一気に繋がる。

 街からの道のり。森。あのおおねずみみたいな魔物。ソーン村に着いて、長老にハイレグアーマーについて語られ、ノノの家にお世話になることになって──。

 そして、夕食のときに、余計なことを口走った俺だ。

 

(……あー……)

 

 布団の中で、思わず顔を手で覆った。

「帰るところがないから」なんて、言い方をする必要はまったくなかったのに。

 もっと、「なんか流れで」とか「冒険に憧れて」とか、適当にそれっぽい言葉で濁せたはずだ。

 

(なんでああいうときに限って、変な方向に舵切るかな、俺……)

 

 耳を澄ますと、台所のほうからノノとノノ母の声が聞こえてくる。

 

「父さん起きた?」

「まだ寝てる~。ほっときなさい、起きたら勝手に腹鳴らしてくるわよー」

「じゃあ、いっか。パン、見てる?」

「大丈夫大丈夫!」

 

 軽口を叩き合いながら、何かを炒める音、パンを切る音、水を汲む音が混ざり合っている。

 

(……いいな)

 

 胸のあたりが、少しくすぐったくなった。

 こんなふうに、朝の家事の音で目が覚めるなんて、いつ以来だろう。

 社畜時代の朝は、スマホのアラームと、隣の部屋のどこか知らない住人が扉を閉める音くらいだった。

 そう思うと、藁の匂いも、鍋の音も、やけに贅沢なもののように感じられた。

 

 布団から起き上がる。

 昨夜の寝る前に普通の服に着替えて寝ている。

 今着ているのは、簡素なシャツとズボンに、上から羽織るだけの丈の長い上着だ。

 部屋の隅に視線をやると、魔剣が置かれていた。

 その魔剣を見て、ふと、別のことを思い出す。

 

(……そういえば)

 

 スキルポイントと取得可能スキル一覧をまだじっくり見ていなかった。

 

(今のうちに見ておくか)

 

 小さく息を吐き、心の中で念じた。

 

「ステータスオープン」

 

 視界の前に、半透明の画面がふわりと浮かび上がる。

 名前、種族、各種ステータス。

 そして──

 

【スキルポイント:残り 12】

 

「あれ」

 

 思わず小さく声が漏れた。

 

(増えてる……)

 

 前に見たときは、確か「5」だったはずだ。

 それが今は「12」になっている。

 

(えーっと……)

 

 キラーボアとスライムを倒したときに増えたのが5ポイントだとすると──

 今回、おおねずみ+寄生スライムみたいなあいつを倒したことで、7ポイント増えたことになる。

 つまり、あの得体の知れない魔物は、ゲーム的に言えばそれくらいの価値があったということだろう。

 

(やっぱり、かなりの強敵だったのか……)

 

 背筋に少し冷たいものが走る。

 同時に、あのとき足がすくんだ自分を、少しだけ許せる気もした。

 

(さて──)

 

 視線を「スキル」欄に移す。

 

【スキル】

 ・社畜の根性

 ・残業耐性

 ・報連相 Lv3

 

【スキルポイント】残り:12

 

 そこから、「スキルポイント」の文字に意識を集中すると、画面が切り替わる。

 

【取得可能スキル一覧】

 

 火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、回復魔法、補助魔法──

 以前ちらっと眺めた、スキル名がずらりと並んでいる。

 

(うーん……)

 

 喉が鳴る。

 

(こういうの、適当に振ると後悔するんだよな)

 

 ゲーム脳が警鐘を鳴らしてくる。

 こういうときに勢いで「よく分からないけどカッコいいから」という理由でスキルを取ってしまうと、後半で泣きを見るパターンだ。

 

 とはいえ、ここまで来て、何も取らないままというのも、もったいない。

 

(まずは、今持ってる武器に合ったやつから、だな)

 

 俺が今、主に使っているのは剣。

 というか、魔剣しかない。

 

 画面の中から「剣術」の項目を選ぶ。

 

【剣術 Lv0/5】

 ・剣を扱う際の命中・威力が上昇し、動きに補正がかかる

 必要スキルポイント:1

 

 上限が「5」と表示されている。

 つまり、最大でLv5まで上げられるということだろう。

 

(これから先も前に出ることは多くなる……ここでケチっても仕方ないか)

 

 おおねずみのときは、剣を振り回すので精一杯だった。

 あの感覚は、正直もう味わいたくない。

 そう決めて、「剣術」の項目にスキルポイントを投入する。

 

【剣術 Lv1/5】

 残りスキルポイント:11

 

 同時に、身体の奥で何かがカチリと噛み合うような感覚がした。

 力そのものが増えたというより、「力の入れ方」を一つ覚えたような。

 

(……ほう)

 

 さらに意識を集中させる。

 

【剣術 Lv2/5】

【剣術 Lv3/5】

【剣術 Lv4/5】

【剣術 Lv5/5】

 

 画面の数字が、一つずつ増えていく。

 そのたびに、身体のどこか──肩、肘、手首、腰、足裏──が、少しずつ「最適化」されていくような不思議な感覚があった。

 実際に剣を握ってはいないのに、振り下ろしたときの軌道が、頭の中で驚くほどスムーズに描ける。

 

(なるほど……こういう感じか)

 

 欲を出せば、ここで体術や回避系のスキルにも手を出したくなる。

 でも、一気に振ってしまうのはやはり怖い。

 

(今日は一日、体の感覚を確かめながら過ごしてみるか。残りは、それからでも遅くないな)

 

 そう心に決めて、ステータス画面をそっと閉じる。

 半透明だった光の板が、朝の光に溶けるように消えていった。

 顔を軽く洗って寝癖を手ぐしで整え、俺は部屋を出た。

 

「おはようございます」

 

 居間に顔を出すと、ノノ母が振り返った。

 

「あら、アウラちゃん。おはよう!」

 

 テーブルの上には、焼き直したパンの山と、香草入りのスープ、卵を焼いたようなものが並びつつある。

 ノノはその横で、皿を運んだり、パンを切ったりと忙しそうに動いていた。

 

「おはよう、アウラちゃん!」

 

 ノノが手を振る。

 

「よく眠れた?」

「おかげさまで。屋根があるって素晴らしいな」

 

 正直な感想がそのまま口から出る。

 ノノ母がくすっと笑った。

 

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわぁ。昨日は……ごめんなさいね」

 

 言いながら、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 

「あの、つい色々聞いちゃって……。無神経だったわよね」

「いえ」

 

 首を横に振る。

 

「俺のほうこそ、変な言い方をしてしまって。せっかくご飯作ってもらったのに、水差したなって……」

 

 本音だ。

 あの場の空気を壊したのは、間違いなく俺だ。

 

「だから、その……気にしないでください。今はこうして、屋根の下で寝かせてもらって、朝ごはんまで用意してもらってるわけですし」

 

 そこまで言うと、ノノ母はほっとしたように胸に手を当てた。

 

「……そう言ってもらえると、私も少し安心するわ。ありがとね」

 

 ノノが、ちらっと俺を見て、にっと笑った。

 

「ほらね、うちの母さん、気にしいだからさー。アウラちゃんがそう言ってくれたら、安心するよ」

「ノノ、あんたも変なこと言わない」

 

 ノノ母が娘の頭を軽く小突く。

 

「はいはい、いただきました母さんパンチ」

 

 そんなやり取りを見ていると、胸の奥で固まっていた何かが、ほんの少しだけほどけた気がした。

 ほどなくして、寝ぼけ眼のカイトと、髪を軽く結い直したティナも起きてきて、全員でテーブルを囲む。

 

「いっただきまーす!」

 

 カイトが元気よく声を上げると、スープの湯気が立ち上った。

 一口飲むと、野菜の甘さと、昨夜の残りだろう肉の旨みがじんわり広がる。

 

「美味しい」

 

 思わず声が漏れた。

 

「ほんと、朝からこれは贅沢ね」

 

 ティナもスープをすすりながら目を細める。

 

「今日は荷物の運び出しだから、しっかり食べておかないとね!」

 

 ノノがパンをちぎってスープに浸しながら笑った。

 

「カイト、肉ばっかり先に食べないの」

「えっ、ばれてる!?」

「皿を見れば分かるわよ」

 

 ティナとカイトのやり取りに、ノノ父が「はっはっは」と豪快に笑う。

 その笑い声と、パンをかじる音が混ざり合って、いかにも朝ごはんの時間という空気を作っていた。

 心のどこかが、じんわりと温まる。

 

「んじゃ、食べ終わったら倉庫に集合ね!」

 

 朝食後、ノノが手を叩いて宣言した。

 

「荷物運びはみんなの仕事だよー。うちの村の一大イベントだからね!」

「一大イベント……?」

 

 首を傾げると、ノノ父が肩をすくめた。

 

「街から物を運んできて、村の物を街へ送る。大仕事だからな。若い衆総出で手伝うんだ」

「なるほど」

 

 つまり今日は、物流現場というわけだ。

 元社畜として、妙にテンションが上がる単語である。

 村の中央近くにある大きめの倉庫に行くと、すでに長老や村人たちが集まっていた。

 扉を開けると、中には塩の入った大きな袋、干し肉の束、布や鍋など、街から運ばれてきた荷物が山になっている。

 

「おお、来たか来たか」

 

 長老が手招きした。

 

「ノノや、今回もよう運んできてくれたのぅ。皆も、手伝いご苦労じゃ」

「これからが本番ですよ、長老」

 

 ノノが胸を張る。

 

「仕分けと運び出し、がんばろうね、みんな!」

 

 長老は、いかにも慣れた調子で指示を飛ばし始めた。

 

「塩袋は北側の棚にな。湿気から遠ざけるんじゃぞ。干し肉は隣の部屋の吊り棚にかける。布はこっちの箱に入れてから、順番に名前を書いて……」

 

 ティナが真剣に頷きながら聞いている。

 カイトは「はい!」「了解です!」と返事をしながら、すでに塩袋に手をかけていた。

 俺も近づいて、袋を一つ持ち上げてみる。

 

(……あれ、思ったより軽い)

 

 見た目どおりの重さはあるはずなのに、腕にかかる負担が思ったより少ない。

 社畜時代の俺の身体だったら、これ一個で腰をいわしてた可能性がある。

 

(昨日までより、明らかに力がある気がする……スキルのせいか?)

 

 今朝の「カチリ」と噛み合った感覚を思い出す。

 たぶん、気のせいじゃない。

 肩に担いで倉庫の反対側へ運ぶ。

 藁敷きの床がぎしりと鳴った。

 

「アウラちゃん、運ぶの早くない?」

 

 後ろからノノの声が飛ぶ。

 

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ?」

「身体が動くうちに終わらせたくてな。それに、何だか今日は身体が軽く感じるんだ」

 

 半分冗談、半分本気で答える。

 

「屋根のある場所でゆっくり眠れたからかもしれない」

 

 ノノは「それはあるかも」と笑ったが、俺の中では、もう一つの理由がうっすら首をもたげていた。

 

(剣術っていう名前だけど、全身の使い方に関係してる感じなのか?)

 

 塩袋、干し肉等の食料に、布、鍋類──。

 種類ごとに置き場が決まっていて、村人たちは慣れた手つきでどんどん仕分けていく。

 いちいち紙に書かなくても、「いつもの場所」に「いつもの物」を置いておけば、村の誰でも分かる。

 人の数も、扱う品物の種類も、会社とは比べ物にならないくらいシンプルだ。

 それでも、こうして村の中で物が動いているのを見ると──。

 

(ちゃんと「経済」って回ってるんだな)

 

 ぼんやり、そんなことを思った。

 

 途中で何度か休憩が入る。

 ノノ母が持ってきてくれた薄い果実水と、小さな焼き菓子をかじりながら、俺たちは外の風に当たった。

 午前中いっぱいをかけて荷物の仕分けを終えると、今度は逆方向の作業に入る。

 村で作られたものを、街へ送るために荷馬車に積み込むのだ。

 

「こっちが小麦と大麦ね!」

 

 ノノが樽をぽん、と叩く。

 

「こっちの袋は乾燥ハーブ! 風邪に効くやつとか、お腹にいいやつとか。街の薬屋さんが喜ぶやつ!」

 

 長老が腕を組んで、積まれた荷物の山を眺める。

 

「炭焼き小屋の炭も忘れるなよ」

「はーい!」

 

 村の若い衆が、黒い袋に入った炭を運んでくる。

 樽、袋、束。

 それらを荷馬車のバランスを見ながら積み上げていく。

 

「ノノ、この村の物は、全部ギルド経由で売るのか?」

 

 樽を持ち上げながら尋ねると、ノノが「うん」と頷いた。

 

「基本はねー。うちみたいな小さい村だとさ、村ごとに街の商人と直接やり取りするの、けっこう大変なんだよ。値段交渉とか、売れ残りとか、色々あるからさ」

「だから、商人ギルドにまとめて預けて、ギルドが間に立つ感じか」

「そうそう!」

 

 ノノが嬉しそうに指を鳴らす。

 

「ギルドが街で全部売りさばいてくれて、その売上から手数料とか諸々引いて、次に来たときに村に渡すって仕組み。今回アウラちゃんたちが運んできてくれた荷物も、その売上から払ってるんだよ」

「なるほどな……」

 

 頭の中で簡単なフロー図が浮かぶ。

 

 村 → 特産品 → 商人ギルド → 街で販売 → 売上 → 村

 同時に街からは、塩や布や鍋が逆方向に流れてくる。

 

(完全にサプライチェーンだな……)

 

 前世で見てきたような巨大な物流網と比べれば、規模は小さい。

 でも、仕組みそのものは同じだ。

 自分が今、その一部を担っていると思うと、妙な嬉しさがあった。

 昼過ぎには、荷馬車の荷台が再びぎっしりと埋まっていた。

 

「よし、こんなもんだな!」

 

 ノノ父が汗をぬぐいながら言う。

 

「後は縄でしっかり固定して……。多少道が悪くても、そう簡単には落ちん」

「お疲れ様です」

 

 ティナが一礼する。

 

「想像していたより、ずっと大変な作業でした」

「でしょー?」

 

 ノノが肩で息をしながら笑う。

 

「冒険者ってさ、魔物と戦ってもらうのも助かるんだけど、こういう運ぶ仕事も大変だから、手伝ってもらえると、ほんと助かるの」

「お役に立てているなら何よりだ」

 

 そう答えながら、自分の掌を見る。

 

(剣を振るのとは、また別の働いた感だな)

 

 そして、やっぱりどこか、身体の軸がしっかりしたような感覚がある。

 剣術スキルのおかげか、ただの気分か、その辺りはまだ判別がつかなかった。

 荷物積みも一段落し、午後は少し自由な時間になった。

 

「せっかくだし、村を一通り案内しようか!」

 

 ノノが申し出てくれたので、俺たちはソーン村の中を歩いて回ることにした。

 

 

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