【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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29話 骸の仮面、告げられた誤解

 巨大スライムの前で、魔剣を構えたまま踏み込もうとした、その瞬間だった。

 

「いやはや、流石ですねェ」

 

 薄気味悪いが、どこか愉快そうな声音が、戦場の喧噪を割って耳に届いた。

 

(……誰だ?)

 

 思わず、声がした方へ顔を向ける。

 オーロックの森の中。

 そこから、ゆっくりと歩いてくる人影があった。

 

 周囲の兵士や冒険者たちも、一斉にそちらへ視線を向ける。

 静かではないはずなのに、そこだけ切り取られたように、空気がひんやりと冷えた気がした。

 

 そいつは、骸骨を模した仮面を付けていた。

 顔全体を覆う、白い髑髏の面。

 目の部分だけが黒く切り抜かれているが、その奥でどんな表情をしているのかは分からない。

 上半身には、骨の意匠があしらわれた肩当て付きの金属の胸当て。

 まるで、俺のハイレグアーマーに通じるような「骨」がモチーフのデザインだが……。

 

(女神の作ったハイレグアーマーと比べると随分と微妙な感じだな……)

 

 無駄にギラギラしているくせに、どこかチャチいような作り。

 フチの仕上げが甘いというか、安物のコスプレみたいな、そんな印象だ。

 腰には剣。

 その柄頭も、やはり髑髏を象っている。

 女神からもらったハイレグアーマーを思い返すと、趣味は悪いが、作りは丁寧で作り手の愛を感じると言うか……ちゃんと作られてるというのが分かる。

 

「森の中で死んでくれないかと思っていたのですが──」

 

 骸骨仮面の男は、口元だけ笑っているような声音で続けた。

 

「流石は森渡り。存外にしぶといですねェ」

 

 視線の先には、俺の横に立つヴァンがいた。

 森渡り──ミスリル級の冒険者。

 街一番の強者。

 ヴァンは軽口を返すようなことはせず、冷えた目で男を見据えた。

 

「……あんたが、今回の“コレ”を引き起こしてる張本人でいいのかな?」

 

 森から溢れた魔物たち。

 スライムに寄生された、異様な魔物たち。

 大口喰らいも、キラーボアも、サイクロプスも。

 そして、目の前の巨大スライムも。

 骸骨仮面は、肩をすくめる仕草をしてみせる。

 

「ええ、まぁ。 あなたに邪魔をされると少々面倒だと思いまして。こういった趣向を凝らしてみました」

 

 さらりと、認めやがった。

 

(開き直り野郎かよ)

 

 心の中で突っ込む。

 そういうタイプは、厄介なことが多い。

 男は今度は、ゆっくりと俺のほうへ顔を向けた。

 

「それにしても──お久しぶりですねェ、聖女様」

「え?」

 

 聖女。

 今、聖女って言ったか?

 

(誰の話だ?)

 

 思わず自分の胸を指差す。

 

「いや、あの──」 

 

 俺の困惑をよそに、男は勝手に話を続けた。

 

「数ヶ月前にあなたを取り逃がしてからというもの、主様にそりゃあもう、ひどく失望されましてねェ」 

 

 主様。

 嫌な単語だ。

 

「『早く聖女を連れてこい』と、何度も何度も念を押されました。まあ最悪“殺しても良いから”、剣と鎧だけは持って帰ってこい、と」

 

 ぞわり、と背筋を何かがなぞっていった。

 

(こいつ……この鎧と剣のことを、知ってる)

 

 それどころか、「回収対象」と認識している。

 

「それで、ずぅぅぅっと探していたんですよォ」

 

 骸骨仮面の男は、心底楽しそうに言った。

 

「でも全然見つからなくて。あなた、実に隠れるのが上手い。さすがは聖女様、とでも言うべきでしょうか」

「ちょ、ちょっと待て」

 

 さすがに口を挟まずにはいられない。

 

「人違いだ。俺は聖女なんかじゃない。そういうのとはまったく縁のないタイプの──」

 

 ただの元社畜である。

 だが、男はあっさりと俺の言葉を一蹴した。

 

「冗談がお好きですねェ、聖女様」 

 

 仮面の奥が、にやりと歪んだ気がした。

 

「そんな素敵で破廉恥な鎧を着ている人が、そうそう何人も居てたまりますか」

「いやまぁ、そう言われると……」

 

 反論しづらい。

 っていうか、聖女様こんなの着てるの?

 正気じゃねえよ……。

 

「そらそうだ」

 

 隣でヴァンが、妙に真面目な声で言った。

 

「お前以外にそんなえっちな格好したやつ見たことないしな」

「好きで着てるんじゃねえよ!」

 

 思わず怒鳴る。

 だが、骸骨仮面は俺の抗議などつゆほども意に介さない。

 

「ともあれ数日前にようやく、あなたの目撃情報を聞き、こうして追いかけてきたわけです」 

 

 男は腕を広げて見せた。

 

「邪魔が入ると面倒でしたから、念の為に街一番の強者である森渡りと、あなたを引き離してからお話させていただこうと思っていたんですが……」 

 

 そこで、肩をすくめる。

 

「いつの間にかあなたが街を離れていまして、いやァ焦りました。慌てて何体かの魔物に探させて、やっと見つけたと思ったら──おおねずみは殺されてしまいましたし」

 

 おおねずみ。

 その単語に、心臓が一瞬止まりかける。

 

(ソーン村へ行く道中で会った、あの……)

 

 スライムにぐずぐずに侵食された、巨大なおおねずみ。

 

「やはり、距離が離れると制御が難しいですねェ。まだまだ研究の余地がある」 

 

 骸骨仮面は、どこかうっとりとした声で続けた。

 

(あのときの、スライム付きおおねずみは……こいつの “手先” だった、ってことか)

 

 背筋がさらに冷たくなる。

 

「そろそろあなたが街に戻ってくる頃だと思いましてねェ。こうして騒ぎを起こし人々を傷つければ──お優しい聖女様なら、必ず助けるために来てくれると思っていましたが……さすが聖女様、お優しい事で」

 

 本気で人違いだと言いたい。

 が、こいつは聞く耳を持ちそうにない。

 

「だから何度も言ってるだろ、俺は──」

「聖女様」 

 

 ぴしゃり、と遮られた。

 

「別人だと言い張り、役作りまでしているとは。いやはや、さすがは主様が目を付けた方です」

 

(だめだコイツ何を言っても話が通じねえ……!)

 

 頭が痛くなる。

 最悪のパターンだ。

 勝手に勘違いして、勝手に盛り上がっているタイプ。

 骸骨仮面の男は、改めて俺とヴァンを見比べた。

 

「とはいえ、森渡りと聖女様の二人を同時に相手取るのは、分が悪い」

 

 穏やかな声のまま、さらりと言う。 

 

「森渡りには、この子と遊んでいてもらいましょうか」

 

 そう言って、指先をひらひらと振った。

 

「おいで、子どもたち」

 

 ぬめりとした音が、あちこちから響いた。

 さっきまで地面に飛び散っていたスライムの破片。

 倒れている兵士や冒険者の身体に取り付いていた、小さなスライムの塊。

 それらが、ぞわり、と蠢いたかと思うと、一斉に動き出す。

 

「……っ!?」

 

 地面を這っていたスライムの欠片が、まるで意思を持っているかのように、飛び散っていた骨片を集めていく。

 集められた欠片同士が途中でくっつき合い、少しずつ大きな塊になっていく。

 骸骨仮面は、楽しげにヴァンのほうへ視線を向ける。

 

「では、いきなさい」

 

 集められたスライムの塊が、一気に弾けた。

 中から、骨の束がいくつも吐き出される。

 それらがスライムに包まれ、さっき戦った「骸骨兵士」として立ち上がっていく。

 

「ちっ……!」

 

 ヴァンが舌打ちしながら一歩前へ出た。

 

「アウラ、下がってろ!」

 

 言うが早いか、スライムに包まれた骨の兵たちが一斉にヴァンへ殺到する。

 ヴァンはその群れに飛び込み、何体もの骨をまとめて斬り裂いた。

 スライムが飛び散り、骨が砕ける。

 ──が、骸骨仮面から見れば、それで十分らしかった。

 

「さて」

 

 彼は、今度はゆっくりとこちらを向く。

 ヴァンとスライムたちがぶつかり合う音を背に、まるで散歩でもするかのような足取りで、俺に近づいてくる。

 

「主様は、たいへん寛大なお方です」

 

 仮面の奥の声は、穏やかで、しかし底冷えがした。

 

「ですがねェ──取り逃がした上に、数ヶ月もの間、姿をくらませたあなたのせいで、私は主様にたいそう失望されてしまいました」

 

 その言葉に、背中がぞくりとする。

 

「私の愛する主様に、失望された……この辛さがあなたにわかりますか?」

 

 骸骨仮面は、まるで愚痴を零すような口調で続けた。

 

「早く主様を喜ばせたいのに、あなたは姿をくらませて全然見つからない。おかげで、私は長いこと失望されたままでした。……絶対に、許せませんねェ」

 

 その最後の一言だけが、ぞっとするほど冷たかった。

 

 しゃきん、と鋭い音が鳴る。

 男が、腰の剣を抜いたのだ。

 柄頭の小さな髑髏が、いやらしい光を反射する。

 

「もう逃げ出さないよう、その綺麗な手足を切り取ってから、主様に持ち帰りましょう」

 

 さらりと言う内容ではない。

 

「なァに、最悪あなたが死んでも、剣と鎧さえあれば良いのです」

 

 骸骨仮面は、心底どうでも良さそうな声で続けた。

 

「あなたは、大人しくしていてくれたら良いんですよ」

 

 そう言って──。

 

「っ……!」

 

 地面を蹴る。

 視界から消えた。

 いや、速すぎて「目が追いついてない」だけだ。

 

(速──)

 

 考えるより先に、剣が目の前に迫っていた。

 

「っ!」

 

 反射的に魔剣を抜いて、受ける。

 金属の悲鳴が、耳の奥を揺らした。

 腕に、ずしりと重い衝撃がかかる。

 かろうじて、飛び退き距離を取り、剣を構える。

 

(……人を斬るのか?)

 

 脳のどこかで、そんな声がする。

 さっきまで切り刻んでいたのは魔物だ。

 スライムに寄生された化け物ども。

「斬らなきゃ死ぬ」の世界だから、割り切れた。

 

 目の前の男は、人間だ。

 血の通った人間である、という事実が、ほんの一瞬だけ刃を鈍らせた。

 

(でも、そんなこと気にしてたら──)

 

 殺される。

 その単純な結論に辿り着くまで、ほんのコンマ数秒。

 けれど戦いの中では、その遅れが致命傷になりかねない。

 

「くっ!」

 

 思いっきり横へ飛ぶ。

 仮面の男の剣が、さっきまでいた場所を薙ぎ払った。

 地面に深い傷が刻まれる。

 

「嬢ちゃんを守れ!」

「一人に任せるな!」

「頭かち割ったらぁ!」

 

 周囲で、まだ動ける冒険者や兵士たちが叫びながら駆け込んでくる。

 誰かが槍を突き出し、別の誰かが剣を振るう。

 魔法の詠唱も聞こえた。

 だが──。

 

「おや、お優しいことですねェ」

 

 骸骨仮面の男は、楽しそうに言った。

 

「ですが……邪魔ですよ」

 

 その一言とともに、空気が裂けた。

 

 剣筋が見えなかった。

 気付いたときには、数人の兵士が血飛沫を上げて吹き飛んでいた。

 腕を切り飛ばされた者。

 胸を斜めに斬り裂かれた者。

 膝を切り砕かれて崩れ落ちる者。

 

「な……!」

 

 あまりの速さと重さに、言葉が出ない。

 

(強すぎるだろ……)

 

 冒険者たちも果敢に斬りかかるが、まるで子供が大人に向かって棒を振り回しているみたいに、易々といなされて逆に斬られていく。

 数合も持たない。

 一撃で、或いは二、三撃で、次々と地面に沈んでいく。

 

「怖気づきましたか?」

 

 骸骨仮面が、わざとらしく首を傾げた。

 

「安心してください。すぐに終わりますから」

 

 腰が抜けそうになる。

 膝が笑う。

 それでも。

 

(ここで退いたら、さらに人が死ぬ)

 

 さっき、自分で言ったことだ。

 ここに来る前に、あれだけ格好つけて出てきたのだ。

 ここで腰を抜かして震えていたら、ただの口だけ野郎だ。

 

「……上等だ、クソ野郎」

 

 震える膝を無理やり伸ばす。

 魔剣を構え直す。

 

「せいぜい、大人しくしていられないところを見せてやる」

「ふふ、そうでなくては」

 

 骸骨仮面の剣が、再び唸りを上げた。

 押し込まれた。

 受けるだけで精一杯だ。

 心眼が、ギリギリのところで致命傷だけは避けさせてくれる。

 斬撃。

 踏み込み。

 肩口をかすめる刃。

 頬を浅く裂く剣風。

 

(早すぎるっ……!)

 

「そこまでですか?」

 

 骸骨仮面が、退屈そうに言う。

 

「では、そろそろ──」

 

 剣先が、俺の喉を正確に狙って突き出され──。

 

「させるかよ!」

 

 風を裂く声とともに、その軌道に別の剣が割り込んだ。

 火花が散る。

 

「ヴァン!」

 

 そこにはボロボロになったヴァンがいた。

 肩で息をしながらも、その目にはまだ光が宿っている。

 

「あとはお前だけだぜ?」

「……本当に、しぶといですねェ」

 

 骸骨仮面は、少しだけ苛立ったような声を漏らした。

 

「人のこと言えねぇだろ」

 

 ヴァンが、息を吐く。

 

「アウラを──俺の女を狙うなら、容赦する気はない」

 

(誰がお前の女だ!)

 

 そう言って、ヴァンは一歩踏み込んだ。

 骸骨仮面も、それを迎え撃つように剣を構える。

 瞬間、二人の姿が掻き消えた。

 

 剣戟。

 風。

 足音。

 そのすべてが、半呼吸で何度も重なり合う。

 

(速すぎて、見えない……!)

 

 心眼を通じて、かろうじて追えるレベルだ。

 ヴァンも、骸骨仮面も、さっきまでの比じゃない本気の速度でぶつかり合っている。

 

「っ……!」

 

 その中で、何かが決定的に噛み合った。

 ザシュッ。

 肉を断つ音が、二つ重なった。

 

「……が、はっ……」

 

 ヴァンの口から、血が吹き出す。

 胸を貫かれていた。

 同時に──。

 

「……ギッ、ぅぅ……」

 

 骸骨仮面も、腹を深々と斬り裂かれていた。

 どくどくと血が溢れ出ている。

 

(相打ち……!)

 

 骸骨仮面は、ふらつきながら一歩下がった。

 ヴァンは、逆に前へ出ようとする。

 

「まだ……!」

 

 彼は剣を振り上げる。

 止めを刺すつもりだ。

 だが──。

 

「させません」

 

 骸骨仮面の剣が、最後の力を振り絞るように振るわれた。

 ヴァンの剣をはじき、その身体を押し返す。

 

「っ……!」

 

 ヴァンがたたらを踏み、その場に片膝をつく。

 胸から流れる血が、地面を赤く染めていく。

 骸骨仮面は、苦しげに自分の腹に手を当てた。

 そこからも、盛大に血が溢れ出している。

 

「まったく……」

 

 浅く笑う。

 

「本当に、忌々しい男ですねェ……森渡り……」

 

 周囲に飛び散っていたスライムが、またうごめく。

 彼の足元に集まり、じわじわと腹部へと這い上がっていく。

 傷口を覆うように、スライムがぴたりと貼り付いた。

 血が、すこしずつ止まっていく。

 

「……今回は、このくらいで勘弁しておきましょう」

 

 そう言って、骸骨仮面はどこからともなく、小さな髑髏型の水晶を取り出した。

 手のひらに収まるほどの、透明な結晶。

 それが、ぼうっと不気味な光を宿す。

 

「主様に聖女を見つけた事を報告をせねばなりません」

 

 水晶がひび割れた。

 そこから、黒い靄のようなものが溢れ出し、骸骨仮面の身体を包み込む。

 

「次会った時が最後ですよ……」

 

 怨嗟とも執着ともつかない声を残しながら、骸骨仮面の姿は、靄に溶けるようにして消えた。

 残されたのは、血と、倒れた人々と──。

 

「……ヴァン!」

 

 崩れ落ちるヴァンの身体を、慌てて支える。

 胸の傷は、洒落にならない深さだ。

 肉の奥まで斬り裂かれている。

 口からも血を吐き、そのたびに身体が大きく震える。

 

「っ、アウ……ラ……」

 

 ヴァンがかろうじて俺の名を呼ぶ。

 それだけで、また血が溢れた。

 

「喋らなくていい!」

 

 叫びながら、周囲を見る。

 ひどい有様だった。

 骸骨仮面に斬られた兵士や冒険者たちが、血溜まりの中に沈んでいる。

 門の近くでは、魔物との戦いで倒れた者たちが何人も倒れ伏している。

 それが、視界のあちこちに点在していた。

 抱きかかえているヴァンからは、止めどなく血が溢れて、このままでは彼の命が消えてしまう事がわかる。

 

(どうすれば良いんだ……!? このままでは皆死んでしまう)

 

 頭の中が、ぐるぐるとかき回される。

 

(そ、そうだ、回復魔法……)

 

 思い浮かんだ単語に、ティナに言われた事が引っかかる。

 バレないようにと、釘を刺された。

 

(でも)

 

 今この瞬間。

 ヴァンの胸から流れている血。

 周りでうめいている兵士。

 腕を押さえて震えている冒険者。

 

(──ここで見捨てる、っていう選択肢は、ない)

 

 脳内で、二つの恐怖が並んだ。

 教会に目をつけられて、面倒ごとに巻き込まれる未来。

 そして、回復できるのにそれを使わなかったせいで、目の前の人間が死ぬ未来。

 

 答えは、最初から決まっていたのかもしれない。

 

「……ごめん、ティナ」

 

 心の中で小さく謝る。

 そして──。

 

(ステータスオープン)

 

 半ば反射的に、そう念じていた。

 視界の端に、いつもの半透明の板が浮かび上がる。

 

【回復魔法 Lv1/5】

 

 ヒール Lv1で回復できるのは一人の小回復と止血のみ。

 それではMPも回復力も足りない。 

 

(回復魔法を──Lv5まで、全部突っ込む)

 

 意識を、回復魔法の項目へと滑り込ませる。

 

【回復魔法 Lv2/5】

【回復魔法 Lv3/5】

【回復魔法 Lv4/5】

【回復魔法 Lv5/5】

 

 連続してレベルが上がっていくたびに、頭の奥に新しい魔法式が刻み込まれていく感覚があった。

 ヒール。

 ハイヒール。

 そして──。

 

【習得魔法】

 

 ・ディレクティオ・エリアヒール(広範囲大回復)

 

 効果と構造が、一瞬で理解に変わる。

 自分を中心とした広範囲。

 その中にいる者を大回復。

 

(これだ)

 

 他にもいくつか増えた魔法はある。

 でも今必要なのは、明らかにこれだ。

 ヴァンが、血に塗れながら苦しそうに喘ぐ。

 

「今、助ける──!」

 

 胸の前で、ぎゅっと両手を組む。

 詠唱は必要ない。

 魔法式が、頭の中で勝手に展開されていく。

 

(全部、持っていけ)

 

 自分の中のMPに、そう言い聞かせる。

 

「──ディレクティオ・エリアヒール!」

 

 叫んだ瞬間、世界が光に包まれた。

 圧倒的な「暖かさ」が広がる。

 春の日差しを煮詰めて、真上から降らせたような光が、俺の足元から波紋になって広がっていく。

 半径十メートル、いや、それ以上。

 門の近くで倒れていた兵士と冒険者たちを、まとめて飲み込むほどの範囲。

 

(う、わ……)

 

 同時に、自分の中から、ごっそりと何かが抜けていく感覚が襲ってきた。

 MP。

 HP。

 何か分からないが、とにかく「大事なもの」が根こそぎ持っていかれている。

 

 足が震える。

 膝が笑う。

 頭がガンガン痛み、目の前に黒い斑点がちらつき始める。

 

「う、うわ……!」

「傷が……塞がっていく……!」

「さっきまで……死ぬと思ってたのに……!」

 

 周囲から、驚きと戸惑いの声があがる。

 ヴァンの胸元。

 大きく裂けていた傷口が、見る間に閉じていく。

 血の流れが止まり、抉られていた肉が盛り上がり、皮膚が覆う。

 

 門の近くで倒れていた兵士たちの腕が、脚が、胸の傷が。

 冒険者たちの裂けた腹が。

 それぞれ「死の一歩手前」だった傷が、まるで時間が巻き戻るように、光に触れた途端みるみる閉じていく。

 

(間に合った……)

 

 光が、ゆっくりと収束していく。

 皆から安堵の気配が滲み始めるのが分かった。

 

「アウラ……」

 

 ヴァンが、自分の胸元に触れながら、信じられないものを見る目で俺を見上げた。

 

「その力──」

「……へへ」

 

 笑おうとした。

 が、顔の筋肉がうまく動かない。

 

(やばい)

 

 立っているのが、やっとだ。

 さっきまでの戦闘の疲れもあるが、それ以上に、今の魔法でごっそり何か持っていかれた。

 

(頭、ガンガンする……)

 

 こめかみの内側から誰かに殴られているみたいに痛い。

 目の焦点が合わない。

 景色が、ぐらぐらと揺れている。

 

(寒い……)

 

 汗がだらだらと流れているのに、身体の芯は妙に冷たい。

 膝が勝手に震え始める。

 

(風邪が悪化して……高熱出しながら三徹して仕事してた時よりしんどいかも……)

 

 どうでもいいことを思い出す。

 起き上がるだけで吐きそうだった、あの数日間。

 あれより、酷いかもしれない。

 

「アウラ!?」

 

 ヴァンの声が、遠くなった。

 周りの喧騒も、どこか水の中から聞こえてくるみたいにぼやけていく。

 

(……やれるだけ、やったから)

 

 あとは、よろしく。

 誰にともなく、そう丸投げしながら──。

 膝から崩れ落ちた。

 視界が、真っ暗になる。

 最後に聞こえたのは、ヴァンの叫び声だった。




戦闘書くの難しすぎる……。
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