【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
石畳は、靴底から体温を吸っていくようにひんやりしていた。
昼下がりの通りは人で詰まり、荷車がぎしぎしと鳴り、売り声と笑い声が層になって漂う。
知らない国の、知らない街。看板に描かれた絵の意味ひとつ取っても、まだ半分も分からない。
分かるのは、とりあえず俺が目立っているという事実だけだ。
金属光沢のハイレグ。骨のチャーム。黒光りする髑髏の肩当て。
……この街がいくら大らかでも、これは風景に馴染まない。
視線は針に似ている。痛みはないのに、肌の上を移動して、じわじわ刺さってくる。
「大丈夫ですか? あんまり下向いてると、ぶつかっちゃいますよ」
隣で歩調を合わせてくれている少年が、心配そうに覗き込んだ。
革の胸当てと木剣。陽に焼けた頬。人懐こい目。
この世界の“ふつう”が歩いているみたいだ。
「平気だ。少し……目立つだけで」
「ですよね。でも、こっちを曲がれば人、少ないです」
少年は慣れた足取りで裏通りを選んでいく。
路地には干した布がひらひら揺れ、壁際に置かれた樽から香辛料の匂いが立った。
彼の「ふつう」に寄り添う道筋が、少しだけ救いに思える。
「そういえば、名前、まだ聞いてませんでした」
「ああ……」
どう名乗るか、舌先でしばらく迷った。
前の世界の名前は、ここでは妙に重い。
それに、知らない土地で“本当の名前”を出す気にもなれなかった。
頭の奥でぐるぐるしていたとき、ふと、あのやかましい女神の顔が浮かぶ。
「……アウラ、だ」
口が勝手に動いた。
たぶん、咄嗟に思い出しただけだ。意味はない。いや、あってほしくない。
「アウラさん。いい名前です」
「ありがとう」
心の中で、小さくため息をつく。
よりによってあの女神の名前か……まあ、誰も知らないだろ。
「僕はカイト。田舎から出てきて、最近冒険者になりました。まだ銅級ですけど!」
「新人、というわけか」
「はい! ギルドは、この先を抜ければすぐです」
角を曲がると、大きな建物が現れた。
重い木の扉、梁に吊るされた鉄の灯り、入口の脇に掲げられた剣と天秤の紋章。
「ここが冒険者ギルドです!」
カイトが胸を張る。
俺は一度だけ深呼吸をして、扉に手をかけた。
扉の向こうは、熱と匂いで満ちていた。
金属の擦れる音、椅子の脚が引きずられる音、紙の束がめくられる音。
酒と革と油の匂いが混ざり、ざらついた空気が喉に当たる。
たしかに“働く場所”の匂いだ。会社の喧噪を思い出す。
ただ一つ違うのは、入った瞬間に、空気の流れが俺で止まったことだ。
視線が刺さる。
正面から、斜めから、背中から。
「……なんだあれ」「服どこ置いてきた」「鎧なのか?」
小声は小声の役割を果たしていない。
人間の耳は、聞こえちゃいけないものほど拾うのが得意だ。
(ここで引き返す、という選択肢は……ない。たぶん)
顎をわずかに引いて、カイトの背に付いていく。
カウンターの手前、壁の脇に、背丈ほどの鏡が立てかけられていた。
自分の姿が、そこに映る。
──終わっていた。
鏡の中に立っているのは、完全無欠の悪の女幹部だ。
金髪ツインテール。白磁の肌。紅い宝珠。
黒い髑髏の肩当てが「悪役です」と明朝体で主張し、
ハイレグの境界線は倫理委員会の心拍数を上げる形で引かれている。
金属フレームは光を拾って、わざわざ目を誘導してくる。
「戦闘用」と説明しても、まず通じないだろう。
分かっていたはずだ。分かっていたのに、全身を正面から見せつけられると、胃がきゅっと掴まれる。
(これで「冒険者登録お願いします」は、冗談が過ぎる)
頬の内側を噛んで、鏡から目を逸らした。
カイトが手を挙げる。「リーネさーん!」
顔を上げた受付の女性は、淡い栗色の髪をひとつに結い、白いシャツに灰色のベスト。
仕事の所作が整っていて、声も落ち着いている。
……俺を見た瞬間だけ、表情筋が硬直した。
「……あら、カイトくん。今日は依頼の報告じゃないのね?」
「今日はこの人の登録をお願いしたくて!」
視線がこちらにすべってくる。
笑顔は崩さない。けれど、目の奥に困惑が灯る。
営業スマイルの裏に「なにこの人……」という吹き出しが見える気がした。
「ええと、登録を。アウラだ」
「……はい。承ります」
紙の束が整えられ、木製のペン立てからペンが一本抜かれる。
説明は、淀みなく進んだ。
冒険者は銅級から始まり、依頼の達成と評価で昇格すること。
報酬は依頼難度と危険度によって変わること。
怪我や死亡の責任は原則自己負担で、保険制度は存在するが上位向けであること。
要するに、査定と自己責任の世界。
どの世界も似た匂いがする。
「こちらに血印を」
指先を細い針でつつき、赤い点を紙に落とす。
淡く光が走り、「アウラ」の文字が浮かび上がった。
胸の内に、重しがひとつ置かれる。
この名前で行く、と決めた重さだ。
「登録、完了しました。ようこそ、冒険者ギルドへ。……アウラさん」
「……ありがとう」
そのときだった。酒臭い息が、横から吹き込んだ。
「おーい、新入りちゃんよぉ」
振り向くと、革鎧の中年男が二人、肩で笑っていた。
一人は鼻の横に古い傷。もう一人は手に酒瓶。
楽しそうに、こちらを値踏みする目。
「なんだその鎧、祭りの余興か?」
「それで戦うって、度胸すげぇな。へへ」
「歓迎会ってやつだ。俺らと飲もうぜ。な?」
「結構だ。用は済んだ」
角を曲がって退くように歩を進める。
腕が伸びてきて、手首を掴まれた。皮膚の上で、金属がかすかに鳴る。
「そんな冷てぇこと言うなって。ほら、肩の力抜けよ」
手が、胸元に向けて滑ってくるのが分かった。
脳が「やめろ」と言葉にするより先に、体の奥で別の指示が走る。
鎧の内側で、筋肉がぴたりと緊張し、重心が自動で移動した。
掴まれた手首を返し、相手の肘を極め、肩口に自分の背を差し込む。
そっと床を押した。
次の瞬間、世界がひっくり返るのは男の方だった。
――ドガン。
鈍い音が、空気を押し広げる。
男の体がテーブルを弾ませ、脚が折れ、酒瓶が破裂音を立てて飛沫を撒く。
椅子がはね、カードの束が空に舞う。
もう一人の男が「あ?」と声を出した時には、相方は逆さまになって床に落ちていた。
静寂。
音が消えると、音が多すぎる。耳が自分の鼓動を拾ってしまう。
「……やりすぎやろ」
出てきた声は自分のものとは思えないくらい落ち着いていた。
内側は、全然落ち着いていない。
今の一連の動作のうち、俺が意図したのは開始の一歩だけだ。
残りは、全部“勝手に”。
鎧が、体を勝手に最適化したみたいに。
「おい今の見たか!?」
「速すぎだろ」
「投げたぞ、あの格好で」
「どうやって重心取ってるんだ」
「え、かっこよ……」
「いやいや、痴女じゃねえかあれ」
「めちゃくちゃエロいな」
「顔、めっちゃ可愛いぞ」
「装備で台無しだろ」
「いやむしろそれが良い」
「うるさい、お前は黙っててくれ」
声が飛ぶ。飛び交う形容詞の方向がバラバラで、とにかくうるさい。
「やるじゃねぇか新入り!」
「あんな投げ、久しぶりに見た」
「脚、すげぇ」
「いや尻だろ」
笑いと感嘆と下品と賞賛が、ごちゃごちゃに頭の上で弾ける。
俺は冷静な顔を頑張って固定しながら、内側で机の下にもぐりたい欲求と戦った。
「す、すご……アウラさん、武術できるんですか!?」
隣でカイトが目を丸くしている。
「いや……体が、勝手に」
リーネが口元に手を当てたまま瞬きをする。
丁寧な笑顔の下で、表情筋が迷子になっている。
「……反射で投げ飛ばす方を、私は初めて見ました」
床に転がっている男に、周囲の冒険者が駆け寄った。
「おい、ゴルド! おい!」
「……気絶してる」
「一緒に飲もうって言っただけだぞ……」
「いや、胸触ろうとしてたろ。俺、見てたぞ」
「あー、それなら仕方ねえ」
「むしろ生きてるだけマシ」
「最低」
擁護と非難と納得が、勝手に議論を始める。
俺は当事者のはずなのに、議題から外れている感じがして、余計に落ち着かない。
胸のあたりで紅い宝珠が、脈に合わせて微かに明滅した。
防衛機能、というやつか。……空気を読んでくれ。
「……ええと」
リーネが、業務に戻る時の声で言った。
少しだけ深く息を吸って、笑顔を整える。
「登録自体は完了していますので。今日はこのあたりで……。アウラさん、後ほどギルドの規約に目を通しておいてくださいね。カイトくん、案内をお願い」
「はい! アウラさん、こっちです!」
「……ありがとう」
カイトが先に立ち、廊下の奥を指差した。
「こっちが依頼掲示板で、あっちが報告窓口です。あと、奥には──」
少年らしい張りのある声が、まだざわついている空気に吸い込まれていく。
歩くたびに、視線が背中に貼りついてくるのがわかる。
会話の切れ端があちこちで弾ける。
背中に「痴女では?」「でも動き良かった」「顔、ほんと可愛い」「装備、残念だな……」「いや残念が過ぎて逆に好き」という声が追いかけてきて、足が重くなる。
鏡の前を通りかかる。
反射的に目を逸らそうとしたが、遅かった。
視界の端に、例の“悪の女幹部”が映る。
宝珠が光を反射し、骨のチャームがチリチリ鳴る。
美少女の顔と、デザイン思想が崩壊した鎧。
可愛いのに残念。残念すぎて目を引く。
その現実が、胸にずしんと落ちた。
(俺、これで生きていくのか……?)
カイトが明るい声で言う。「ここが新しい依頼が貼られる掲示板です!」
俺は適当に頷きながら、どこか遠い目をしていた。
ああ、現実逃避という言葉にはこういう温度があるんだなと、今さら知る。
異世界生活、開始から半日。
現在の成果:登録完了、注目度∞、気絶者一名。
社会復帰への道は遠い。まず、服装の問題からだ。
ハイレグアーマーいいよね