【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ティナ視点
オーロック門──通称森門へ向かったアウラの背中を見送ってから、どれくらい経っただろう。
隊長格の兵士の号令とともに、私たちは森から一番離れた門へ移動することになった。
先頭と最後尾に兵士が付き、道の左右に槍を構えた者が並ぶ。
その列の中に、荷馬車とノノ、カイト、そして私──それに商人たちの一般人が混じっていた。
──何も起きない。
それが、どれほどありがたいことか。
さっき門前で起きた襲撃を思い出すだけで、心臓がきゅっと縮む。
ノノは、いつものように明るくはない。
無理に笑っているのが分かる。
両手で自分の外套の端を握って、指先が白くなるほど力を入れていた。
カイトも落ち着きがない。
周囲を見渡しては、何もないと分かって少しだけ息を吐き、またすぐに顔を上げる。
その繰り返しだ。
(……私が、しっかりしないと)
心の中で、自分に言い聞かせる。
皆の余裕がない今、この場で一番冷静でいなければならないのは私だ。
何かが来たら?
誰かが取り乱したら?
そのときに「大丈夫」と言えるのは、私しかいない。
だから私は、わざと背筋を伸ばした。
息を整えて、周囲の兵士たちの動きと視線を観察する。
兵士たちは、慣れている。
それが救いだった。
怖がっていないわけじゃない。
それでも「仕事」をしている。
──何も起きないまま、私たちは反対側の門に着いた。
そこも同じだ。
門は固く閉ざされ、街へ入れず、門前には人が溢れている。
商人、荷運び、旅人などの人たち。
門の前に、少なくない兵士たちが槍を持って立っている。
冒険者も、ちらほら混じっている。
「……こっちは、来てないみたいだな」
護送の兵士が仲間と短く会話を交わし、こちらに向き直る。
「今のところ、魔物の姿は確認されていない。ここで待機してくれ。荷馬車は門の左側の列に並べろ」
その言葉に、ノノがほっと息を吐いた。
カイトも、肩の力がわずかに抜けるのが見えた。
(……でも)
安心していい場所なんて、どこにもない。
森門が突破されたら?
街に魔物が入ったら?
ここが安全である保証は、どこにもない。
そんな考えが頭をもたげる前に、私は首を振った。
(今は、やれることをやろう)
ノノを守る。
依頼は、まだ終わっていない。
そして──アウラのことを心配しすぎて、判断を誤らない。
私が黙っていると、カイトがこちらを見上げた。
「ティナ……大丈夫だよ。アウラさんなら、絶対に……」
励まそうとしてくれたのだろう。
震えが混じった声だった。
私は、強がって笑う。
「当たり前でしょ。あの子、そう簡単に死ぬようなタマじゃないわ」
口にして、少しだけ安心する。
言葉にしたら、現実になる気がした。
それから、少し間を置いて小さく付け足した。
「でも……ありがと」
カイトがいつもの優しい顔をして、すぐに頷いた。
しばらくして、伝令が来た。
門前のざわめきが、波のように広がる。
「森門の状況、続報! 森渡りのヴァンが元凶らしき者を退けた! 魔物の群れも押し返しつつある!」
歓声、というほど明るくはない。
それでも、あちこちで安堵の息が漏れた。
私は伝令の兵士に、思わず一歩近づいた。
「あの、森門で、変わった格好の女の子は見なかった? お尻が……露出の高い鎧というか……。えっと、とにかく妙に目立つ子が……」
言っていて恥ずかしくなる。
あの鎧の説明は、いつだって変な汗が出る。
伝令は困った顔で首を振った。
「すまない。私は現場へ行っていない。伝え聞いた情報を運んでいるだけだ。そこまでの詳細は──」
「……そう」
胸の奥が、冷える。
(ヴァンが退けた、ってことは……少なくとも、戦いは一段落した。でも、アウラは?)
最悪の想像が顔を出しそうになり、私は唇を噛んだ。
(ダメ。今は依頼がある)
ノノをここに放り出すわけにはいかない。
そして、アウラがどこにいるか分からない以上、情報が集まる場所へ行ったほうがいい。
「ノノ。門が開き次第、依頼の完了報告をしに行くわよ」
私が言うと、ノノが目を伏せた。
「でも……わたしのことより、アウラちゃんのほうが……」
「分かってる」
短く返して、私は続ける。
「だからこそよ。冒険者ギルドに行けば、情報が早い。あそこは今、戦場の窓口になってるはず。下手に動いて行き違うよりは、ずっとマシのはずよ」
ノノは迷いながらも、頷いた。
カイトも、唇を引き結んで頷く。
門が開くまで警戒しながら待ち、門が開いた後、私たちは門前の人波を抜けて、冒険者ギルドへ向かった。
──ギルドは、地獄みたいにごった返していた。
血の匂い。
汗の匂い。
薬草の匂い。
床には泥がつき、あちこちに担架。
負傷者が運び込まれ、冒険者が怒鳴り、ギルド長が大声で指示し、ギルド職員が走り回る。
「水! 包帯!」
「こっちは牙が刺さったままだ、抜くな!」
「西門側はまだ魔物残ってるらしい、援護出れるやつ来い!」
報告が飛び交い、怒声が混じる。
普段の「依頼の受注所」なんて雰囲気は欠片もない。
ここはもう、戦場の後方基地だ。
私たちは人混みを掻き分けて、受付へ向かった。
そこにいたのはリーネだ。
顔色は青いが、目は死んでいない。
必死に仕事を回している。
「リーネ! 依頼の完了報告よ」
私が言うと、リーネは一瞬固まった。
「こ、こんな状況で……依頼報告……?」
言いたいことは分かる。
でもこちらも、やるべきことがある。
「依頼人をここまで無事に護送した。依頼は完了。報酬の手続きだけお願い」
リーネは数秒だけ迷って、それから仕事の顔になった。
「……分かりました。依頼完了、受理します。ノノさん、こっちの書類にサインを──」
淡々と処理してくれるのが、逆にありがたい。
こういう混乱の中で、やるべきことが「形」として残るのは、人を落ち着かせる。
手続きが終わり、私はノノとカイトに向き直った。
「依頼は完了したわ。あとは……情報を集めましょ」
その瞬間だった。
外が、急に騒がしくなる。
ギルドの扉の向こうから、ざわざわとした波が押し寄せてきて──。
扉が、勢いよく開いた。
「負傷者だ! 個室を用意してくれ!」
聞き覚えのある声。
ヴァンだ。
泥と血と汗にまみれたヴァンが、数人の冒険者と一緒に入ってくる。
その背には──誰かが担がれていた。
小さな身体。
見覚えのある鎧。
額に玉のような汗。
「……アウラ!」
思わず叫んだ。
カイトもノノも、息を呑んでいる。
アウラの顔は真っ白で、血の気がない。
寒いのか、身体が小刻みに震えているのに、目は閉じたままだ。
私は駆け寄ろうとしたが、ヴァンがこちらを見た。
「ティナとカイトか」
疲れた声。
でも、ちゃんと私たちを認識している。
「まずは休ませたい。部屋、借りるぜ」
ヴァンはギルド長に声を投げ、返事も待たずに二階へ向かった。
冒険者たちが道を開ける。
「行くわよ!」
私たちも後を追った。
以前ギルド長と話した応接室。
ソファと、机と、棚。
普段なら「込み入った話」をする部屋だろうが、今はそんな余裕はない。
ヴァンはソファにアウラを横たえ、部屋を引っ掻き回すように棚を開け、布を掴んだ。
タオル代わりにそれを使い、アウラの汗を拭ってやる。
ノノが震える声で呼びかける。
「アウラちゃん……起きて……ねえ……」
カイトも、唇を噛みながらアウラの手を握る。
「アウラさん……お願いです……」
でも、アウラは反応しない。
呼吸はある。
脈もある。
でも意識が、どこか遠い。
(怪我は……ない?)
私はしゃがみ込み、アウラの首元、腕、脚を確認した。
見た感じ、外傷らしい外傷が見当たらない。
余計に分からなくなる。
「ヴァン。何があったの」
私が問うと、ヴァンは答えずに少しだけ黙った。
迷っている顔だ。
「……君らは、アウラのことをどこまで知ってる?」
「は?」
意味が分からない。
何を聞かれているのか分からない。
「どういう意味──」
ヴァンは、低く呟いた。
「回復魔法」
その言葉に、私とカイトは息を呑んだ。
ノノも、目を丸くする。
ヴァンは、私たちの反応を見て、苦笑した。
「……知ってるんだな」
ふう、と息を吐く。
「俺も、最初は信じられなかった。けどな、オーロック門にいた連中は、全員……アウラに救われた」
胸の奥が、ずしんと重くなる。
「強すぎる回復魔法を、広範囲にぶっ放した。あれは……普通じゃない。俺含めて、死にかけてた奴らが、あっという間に怪我一つなくなった」
ヴァンは、アウラの顔を見下ろした。
その目に、驚きと、どこか畏れが混じっている。
「たぶん、その反動だ。全員を救うために、無茶をした。だから今、こんな……」
私は、アウラの額にかかった髪を指先で払ってやった。
ひどく冷たい汗。
震え。
「……馬鹿ね」
声が、少しだけ震えた。
「皆の前で使うなって言ったでしょう。教会に目をつけられたら面倒だって……」
叱っているのに、指は優しく動く。
矛盾している。
でも、今の私にはそれしかできない。
ヴァンが続ける。
「それと……逃がしちまったが、アウラを狙ってた奴がいた。骸骨の仮面を付けた男だ。アウラのことを、“聖女”って呼んでた」
聖女。
その単語が、部屋の空気を変える。
カイトがかすれた声で言った。
「聖女……アウラさんが……?」
「俺はそうとしか思えない」
ヴァンは真剣だった。
「あの規格外の回復魔法。オーロック門に居た全員を一度にまとめてだぜ? 取れかけた腕や、潰れた脚すら完全に治すなんて、そんなの教会の連中にいくら金積んでも無理だ。聖女を除いてな」
私たちは、言葉を失う。
でも──目の前にいるこの子は、確かに“普通”じゃない。
魔物を全く知らなかったり、冒険者ギルドの事や仕組みすらよく知らなかった。
庶民の暮らしの匂いがしないのも──。
そして何より。
アウラは、助けた。
自分が倒れるほどの代償を払って。
それが、何よりの事実だ。
(……だからこそ)
私は心の中で、決めた。
もしアウラが、隠したいのなら。
私たちが知ってしまったことを、悟られたくないのなら。
(私は──そのまま接する)
聖女でも何でもいい。
この子は、アウラだ。
ソファの上で眠る彼女の手に、そっと触れる。
「……起きたら、いっぱい叱ってやるわ」
ヴァンはアウラの剣と鎧を見ながら、難しそうな顔をする。
「アウラは、たぶん逃げてたんだ。あの男に見つからないように正体を隠して、身を守るために強い剣と鎧を持って……」
アウラの目の下には、いつもクマが出来ていた。
あれはその男から逃げるために、安心して眠ることも出来なかったせいなのかもしれない……。
部屋の空気が重くなった瞬間、アウラが苦しそうに呻いた。
ヴァンがアウラの顔を覗き込み、焦った声を上げた。
「おい、アウラ……頼む、目を開けろ」
返事はない。
部屋の外からは、まだギルドの喧騒が聞こえる。
ひとまず、その場の脅威は去った。けれど、その男を倒していない以上、終わっていない。
それでも、この部屋の中だけは、小さな命を守るために、時間が止まったようだった。
コメントや評価など本当にありがとうございます!
ものすごくモチベに繋がります٩(*´꒳`*)۶