【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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30話 ひとときの静寂

 ティナ視点


 

 オーロック門──通称森門へ向かったアウラの背中を見送ってから、どれくらい経っただろう。

 隊長格の兵士の号令とともに、私たちは森から一番離れた門へ移動することになった。

 先頭と最後尾に兵士が付き、道の左右に槍を構えた者が並ぶ。

 その列の中に、荷馬車とノノ、カイト、そして私──それに商人たちの一般人が混じっていた。

 

 ──何も起きない。

 

 それが、どれほどありがたいことか。

 さっき門前で起きた襲撃を思い出すだけで、心臓がきゅっと縮む。

 

 ノノは、いつものように明るくはない。

 無理に笑っているのが分かる。

 両手で自分の外套の端を握って、指先が白くなるほど力を入れていた。

 

 カイトも落ち着きがない。

 周囲を見渡しては、何もないと分かって少しだけ息を吐き、またすぐに顔を上げる。

 その繰り返しだ。

 

(……私が、しっかりしないと)

 

 心の中で、自分に言い聞かせる。

 皆の余裕がない今、この場で一番冷静でいなければならないのは私だ。

 

 何かが来たら?

 誰かが取り乱したら?

 そのときに「大丈夫」と言えるのは、私しかいない。

 だから私は、わざと背筋を伸ばした。

 息を整えて、周囲の兵士たちの動きと視線を観察する。

 

 兵士たちは、慣れている。

 それが救いだった。

 怖がっていないわけじゃない。

 それでも「仕事」をしている。

 

 ──何も起きないまま、私たちは反対側の門に着いた。

 

 そこも同じだ。

 門は固く閉ざされ、街へ入れず、門前には人が溢れている。

 商人、荷運び、旅人などの人たち。

 

門の前に、少なくない兵士たちが槍を持って立っている。

 冒険者も、ちらほら混じっている。

 

「……こっちは、来てないみたいだな」

 

 護送の兵士が仲間と短く会話を交わし、こちらに向き直る。

 

「今のところ、魔物の姿は確認されていない。ここで待機してくれ。荷馬車は門の左側の列に並べろ」

 

 その言葉に、ノノがほっと息を吐いた。

 カイトも、肩の力がわずかに抜けるのが見えた。

 

(……でも)

 

 安心していい場所なんて、どこにもない。

 森門が突破されたら?

 街に魔物が入ったら?

 ここが安全である保証は、どこにもない。

 そんな考えが頭をもたげる前に、私は首を振った。

 

(今は、やれることをやろう)

 

 ノノを守る。

 依頼は、まだ終わっていない。

 そして──アウラのことを心配しすぎて、判断を誤らない。

 私が黙っていると、カイトがこちらを見上げた。

 

「ティナ……大丈夫だよ。アウラさんなら、絶対に……」

 

 励まそうとしてくれたのだろう。

 震えが混じった声だった。

 私は、強がって笑う。

 

「当たり前でしょ。あの子、そう簡単に死ぬようなタマじゃないわ」

 

 口にして、少しだけ安心する。

 言葉にしたら、現実になる気がした。

 それから、少し間を置いて小さく付け足した。

 

「でも……ありがと」

 

 カイトがいつもの優しい顔をして、すぐに頷いた。

 しばらくして、伝令が来た。

 門前のざわめきが、波のように広がる。

 

「森門の状況、続報! 森渡りのヴァンが元凶らしき者を退けた! 魔物の群れも押し返しつつある!」

 

 歓声、というほど明るくはない。

 それでも、あちこちで安堵の息が漏れた。

 私は伝令の兵士に、思わず一歩近づいた。

 

「あの、森門で、変わった格好の女の子は見なかった? お尻が……露出の高い鎧というか……。えっと、とにかく妙に目立つ子が……」

 

 言っていて恥ずかしくなる。

 あの鎧の説明は、いつだって変な汗が出る。

 

 伝令は困った顔で首を振った。

 

「すまない。私は現場へ行っていない。伝え聞いた情報を運んでいるだけだ。そこまでの詳細は──」

「……そう」

 

 胸の奥が、冷える。

 

(ヴァンが退けた、ってことは……少なくとも、戦いは一段落した。でも、アウラは?)

 

 最悪の想像が顔を出しそうになり、私は唇を噛んだ。

 

(ダメ。今は依頼がある)

 

 ノノをここに放り出すわけにはいかない。

 そして、アウラがどこにいるか分からない以上、情報が集まる場所へ行ったほうがいい。

 

「ノノ。門が開き次第、依頼の完了報告をしに行くわよ」

 

 私が言うと、ノノが目を伏せた。

 

「でも……わたしのことより、アウラちゃんのほうが……」

「分かってる」

 

 短く返して、私は続ける。

 

「だからこそよ。冒険者ギルドに行けば、情報が早い。あそこは今、戦場の窓口になってるはず。下手に動いて行き違うよりは、ずっとマシのはずよ」

 

 ノノは迷いながらも、頷いた。

 カイトも、唇を引き結んで頷く。

 門が開くまで警戒しながら待ち、門が開いた後、私たちは門前の人波を抜けて、冒険者ギルドへ向かった。

 

 ──ギルドは、地獄みたいにごった返していた。

 

 血の匂い。

 汗の匂い。

 薬草の匂い。

 

 床には泥がつき、あちこちに担架。

 負傷者が運び込まれ、冒険者が怒鳴り、ギルド長が大声で指示し、ギルド職員が走り回る。

 

「水! 包帯!」

「こっちは牙が刺さったままだ、抜くな!」

「西門側はまだ魔物残ってるらしい、援護出れるやつ来い!」

 

 報告が飛び交い、怒声が混じる。

 普段の「依頼の受注所」なんて雰囲気は欠片もない。

 ここはもう、戦場の後方基地だ。

 

 私たちは人混みを掻き分けて、受付へ向かった。

 そこにいたのはリーネだ。

 顔色は青いが、目は死んでいない。

 必死に仕事を回している。

 

「リーネ! 依頼の完了報告よ」

 

 私が言うと、リーネは一瞬固まった。

 

「こ、こんな状況で……依頼報告……?」

 

 言いたいことは分かる。

 でもこちらも、やるべきことがある。

 

「依頼人をここまで無事に護送した。依頼は完了。報酬の手続きだけお願い」

 

 リーネは数秒だけ迷って、それから仕事の顔になった。

 

「……分かりました。依頼完了、受理します。ノノさん、こっちの書類にサインを──」

 

 淡々と処理してくれるのが、逆にありがたい。

 こういう混乱の中で、やるべきことが「形」として残るのは、人を落ち着かせる。

 手続きが終わり、私はノノとカイトに向き直った。

 

「依頼は完了したわ。あとは……情報を集めましょ」

 

 その瞬間だった。

 外が、急に騒がしくなる。

 ギルドの扉の向こうから、ざわざわとした波が押し寄せてきて──。

 扉が、勢いよく開いた。

 

「負傷者だ! 個室を用意してくれ!」

 

 聞き覚えのある声。

 ヴァンだ。

 

 泥と血と汗にまみれたヴァンが、数人の冒険者と一緒に入ってくる。

 その背には──誰かが担がれていた。

 

 小さな身体。

 見覚えのある鎧。

 額に玉のような汗。

 

「……アウラ!」

 

 思わず叫んだ。

 カイトもノノも、息を呑んでいる。

 アウラの顔は真っ白で、血の気がない。

 寒いのか、身体が小刻みに震えているのに、目は閉じたままだ。

 

 私は駆け寄ろうとしたが、ヴァンがこちらを見た。

 

「ティナとカイトか」

 

 疲れた声。

 でも、ちゃんと私たちを認識している。

 

「まずは休ませたい。部屋、借りるぜ」

 

 ヴァンはギルド長に声を投げ、返事も待たずに二階へ向かった。

 冒険者たちが道を開ける。

 

「行くわよ!」

 

 私たちも後を追った。

 

 以前ギルド長と話した応接室。

 ソファと、机と、棚。

 普段なら「込み入った話」をする部屋だろうが、今はそんな余裕はない。

 

 ヴァンはソファにアウラを横たえ、部屋を引っ掻き回すように棚を開け、布を掴んだ。

 タオル代わりにそれを使い、アウラの汗を拭ってやる。

 ノノが震える声で呼びかける。

 

「アウラちゃん……起きて……ねえ……」

 

 カイトも、唇を噛みながらアウラの手を握る。

 

「アウラさん……お願いです……」

 

 でも、アウラは反応しない。

 呼吸はある。

 脈もある。

 でも意識が、どこか遠い。

 

(怪我は……ない?)

 

 私はしゃがみ込み、アウラの首元、腕、脚を確認した。

 見た感じ、外傷らしい外傷が見当たらない。

 余計に分からなくなる。

 

「ヴァン。何があったの」

 

 私が問うと、ヴァンは答えずに少しだけ黙った。

 迷っている顔だ。

 

「……君らは、アウラのことをどこまで知ってる?」

「は?」

 

 意味が分からない。

 何を聞かれているのか分からない。

 

「どういう意味──」

 

 ヴァンは、低く呟いた。

 

「回復魔法」

 

 その言葉に、私とカイトは息を呑んだ。

 ノノも、目を丸くする。

 ヴァンは、私たちの反応を見て、苦笑した。

 

「……知ってるんだな」

 

 ふう、と息を吐く。

 

「俺も、最初は信じられなかった。けどな、オーロック門にいた連中は、全員……アウラに救われた」

 

 胸の奥が、ずしんと重くなる。

 

「強すぎる回復魔法を、広範囲にぶっ放した。あれは……普通じゃない。俺含めて、死にかけてた奴らが、あっという間に怪我一つなくなった」

 

 ヴァンは、アウラの顔を見下ろした。

 その目に、驚きと、どこか畏れが混じっている。

 

「たぶん、その反動だ。全員を救うために、無茶をした。だから今、こんな……」

 

 私は、アウラの額にかかった髪を指先で払ってやった。

 ひどく冷たい汗。

 震え。

 

「……馬鹿ね」

 

 声が、少しだけ震えた。

 

「皆の前で使うなって言ったでしょう。教会に目をつけられたら面倒だって……」

 

 叱っているのに、指は優しく動く。

 矛盾している。

 でも、今の私にはそれしかできない。

 

 ヴァンが続ける。

 

「それと……逃がしちまったが、アウラを狙ってた奴がいた。骸骨の仮面を付けた男だ。アウラのことを、“聖女”って呼んでた」

 

 聖女。

 その単語が、部屋の空気を変える。

 カイトがかすれた声で言った。

 

「聖女……アウラさんが……?」

「俺はそうとしか思えない」

 

 ヴァンは真剣だった。

 

「あの規格外の回復魔法。オーロック門に居た全員を一度にまとめてだぜ? 取れかけた腕や、潰れた脚すら完全に治すなんて、そんなの教会の連中にいくら金積んでも無理だ。聖女を除いてな」

 

 私たちは、言葉を失う。

 でも──目の前にいるこの子は、確かに“普通”じゃない。

 魔物を全く知らなかったり、冒険者ギルドの事や仕組みすらよく知らなかった。

 庶民の暮らしの匂いがしないのも──。

 

 そして何より。

 アウラは、助けた。

 自分が倒れるほどの代償を払って。

 それが、何よりの事実だ。

 

(……だからこそ)

 

 私は心の中で、決めた。

 

 もしアウラが、隠したいのなら。

 私たちが知ってしまったことを、悟られたくないのなら。

 

(私は──そのまま接する)

 

 聖女でも何でもいい。

 この子は、アウラだ。

 ソファの上で眠る彼女の手に、そっと触れる。

 

「……起きたら、いっぱい叱ってやるわ」

 

 ヴァンはアウラの剣と鎧を見ながら、難しそうな顔をする。

 

「アウラは、たぶん逃げてたんだ。あの男に見つからないように正体を隠して、身を守るために強い剣と鎧を持って……」

 

 アウラの目の下には、いつもクマが出来ていた。

 あれはその男から逃げるために、安心して眠ることも出来なかったせいなのかもしれない……。

 

 部屋の空気が重くなった瞬間、アウラが苦しそうに呻いた。

 ヴァンがアウラの顔を覗き込み、焦った声を上げた。

 

「おい、アウラ……頼む、目を開けろ」

 

 返事はない。

 部屋の外からは、まだギルドの喧騒が聞こえる。

 ひとまず、その場の脅威は去った。けれど、その男を倒していない以上、終わっていない。

 

 それでも、この部屋の中だけは、小さな命を守るために、時間が止まったようだった。




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