【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
身体が痛い。
目が覚めた。
最初に戻ってきたのは、視界ではなく匂いだった。
乾いた木の匂いと薬草の匂い。
それに、紙と鉄と、人の気配が混ざったような、どこか落ち着く匂い。
(……ここ、どこだ)
ぼんやりと天井を見上げる。
木目のある天井。古いけれど、きちんと手入れされている感じがする。
見慣れないはずなのに、不思議と既視感があった。
次に気づいたのは、自分の身体が異様に重いことだった。
頭痛はない。吐き気もない。視界もはっきりしている。
なのに、身体の芯だけが鉛を詰め込まれたみたいに鈍い。
(えーっと……何があったんだっけ?)
そう思った瞬間、記憶が一気に流れ込んできた。
森門。
スライムに侵された魔物たち。
骸骨仮面の男。
ヴァンの血。
そして、世界が白く染まったあの瞬間。
身体の中から、「大事なもの」が根こそぎ持っていかれた感覚。
(……あの後、どうなったんだ?)
ヴァンは?
兵士や冒険者は?
あの仮面の男は?
ティナたちは──。
疑問が次々に浮かんで、じっとしていられなくなった。
身体を起こそうと、ベッドに手をつく。
腕に力を入れて、上体を持ち上げようとした。
「っ……!」
途端に全身に針で刺されたみたいな痛みが走った。
息が止まりそうになる。
(な、なんだ今の……!?)
反射的に力を込めるが、うまく入らない。
腕が抜ける。
ずるっ、とベッドの縁から滑り、俺はそのまま床に落ちた。
「ぐぇ……」
間の抜けた声が漏れた。
痛いというより、びっくりした。
そして何より、ハイレグアーマーの金属部分がカン、と音を立てて床に当たったのがやけに恥ずかしい。
(……何やってんだ俺)
床に転がったまま、天井を見上げる。
身体が変な感じだ。まだ万全じゃない。
そう思ったところで、扉が勢いよく開いた。
「──っ!? なにやってんのよ!!」
聞き覚えのある声。
ティナだ。
床に転がっている俺を見た瞬間、ティナの目が見開かれる。
「……目、覚めたのね!?」
「あ、うん……」
返事をする前に、ティナが駆け寄ってきて、俺の肩を掴み──そのままぎゅっと抱きしめてきた。
「ばか! 心配したんだから……!」
ぎゅう、と力が強い。
「ちょ、ちょっと……息……」
「黙りなさい」
ピシャリとした声。
怒っているのに、どこか震えている。
(……ああ、相当心配かけたんだな)
そう思った途端、胸の奥がちくりと痛んだ。
抱きしめられたまま、俺は気まずく視線を泳がせる。
部屋は小さな個室。何となくギルドの雰囲気がする、ソファや机が端に寄せて置かれ、俺の寝ていたベッドがポツンと置いてある。
無理やりベッドを置いたように見える。
……ギルドの仮眠室かなにかか?
しばらくして、ティナはようやく身体を離す。
目の下には薄くクマ。髪も少し乱れている。
(……あんまり寝てないな、これ)
罪悪感が、さらに積み重なる。
「心配かけた。ごめん」
「身体は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だ。ちょっと身体がだるいのと……一瞬だけ全身が痛い気がしただけで」
そう言った途端、ティナは腕を組んだ。
「それを大丈夫って言うのやめなさい」
「はい……」
ギロリと睨まれた。……でも、それどころじゃない。
気になっていたことを、まとめて吐き出す。
「それで、あれからどうなったんだ。ヴァンは? 他の人は? 魔物とか骸骨仮面の男は?」
「質問多いわね」
ティナは半目になった。
「順番に説明するから、ベッドに座りなさい」
「はい……」
俺は起き上がろうとして、ふらついてしまう。
ティナが「だから無茶するなっての」と言いながら、手を貸してベッドに座らせてくれた。
座っただけでも、身体が重い。
でも、さっきみたいな急な痛みはない。
ティナが息を吐いて、少しだけ口調を落とした。
「あれから、一週間経ってるわよ」
「……は?」
思わず声が裏返った。
「一週間!?」
「そう。一週間」
喉が乾いて、言葉が出なかった。
「最初はね、怪我人の搬送と、残った魔物の掃討で街中が混乱してた。ギルドも戦場の後方拠点みたいになって、寝る暇もないくらいバタバタしてたわよ」
「……で、その間俺は?」
「倒れてた。ここで。ずっと看病されてた」
ティナがさらりと言う。
「ギルドの応接室にベッドを運んでもらって、ここで休ませてもらってたの。あんたを狙ってるやつがいるって話もあったしね」
骸骨仮面の男。俺の事を聖女だと盛大に勘違いしている、厄介な勘違い野郎。
「あんたに助けられたっていう冒険者たちが、交代でずっとこの部屋を護衛してくれてたのよ。私も護衛とあんたの看病も兼ねて、ここに泊まり込んでた。カイトとノノも手伝ってくれてたわ」
(……俺が倒れている間にそんな大事になってたのか)
胸の奥が、申し訳ない気持ちと共に、少しだけ温かくなる。
そして、そこでふと気づく。
俺は自分の身体を見下ろした。
ハイレグアーマー。
そのまま。
「……え、俺、これ着たまま一週間寝てたの?」
「ええ」
「いや、普通脱がすだろ!?」
「脱がし方が分かんないんだもん」
即答だった。
「それに、下手に触って前みたいに光ったりしても困るし。ヴァンも迂闊にいじるなって言ってた」
「……そりゃまぁ、そうか」
(でも、だとしたら俺、ずっとこの格好で看病されてたってことだよな……?)
想像して、軽く死にたくなった。
「そういえば、ヴァンは無事か?」
「……あんたが、治したんでしょ」
言われて、俺は視線を逸らした。
「……まあ、うん」
「ほんっと、馬鹿」
ティナが言う。
でも声が優しい。
「あれだけ人前で回復魔法を使うなって言ったのに。……でも、あんたのおかげで助かったって言う人たちがお礼言ってたわよ」
「うん……それなら、よかったのかな」
ティナの眉間に皺が寄った後、盛大にため息をつかれる。
「ヴァンは出かけてるわよ。あんたが目覚めないから、魔法に詳しい人を連れてくるって行って、王都まで行ってる。 もうそろそろ戻ってくると思うけど」
「あー……うん。何か態々申し訳ないな」
王都までの距離は知らないが、俺が倒れている間に出かけて、まだ帰ってきていないとなると、結構な距離なんだろう。
ソーン村に行った時は、のどかで良いなと思った。
でも、急ぎの時に車もスマホも無いとなると──やっぱり結構不便だ。
俺は息を吐いて、背中をベッドに預ける。
それにしても一週間眠ってたわりに、身体が全然回復していない気がする。
いや、逆に寝すぎてこんな状態なのか?
「大人しくしてなさい。ギルド長とか、カイトにも伝えてくる。みんな気が気じゃなかったんだから」
「……分かった」
ティナが扉に向かいかけて、振り返る。
「勝手に立とうとしたら、ぶん殴るわよ」
「物理なんだ」
「効くからね」
そう言い残して出ていった。
部屋に一人になる。
(……さっきの痛み、なんだったんだろ)
俺は胸の前で手を握り、息を整える。
回復魔法の反動で、身体が変になってる?
それとも……もっと別の何かか?
そこで、思いついた。
(ステータスオープン)
心の中で呟くと、半透明の板が視界に浮かぶ。
──そして、数字を見て固まった。
【HP:50】
【MP:0】
【状態異常:魔力炉破損】
【状態異常:生命力変換による最大HP半減】
【侵食度】1
「……は?」
声が漏れた。
(HP半分? しかもMPが回復していない……それに魔力炉に侵食って)
寝起きの頭には情報が多すぎる。一旦冷静になろう。
侵食という表記。
確か魔剣の効果に侵食という能力があったはずだ。
てっきり斬った相手に効果のあるものだと思っていたが、これって俺が何か影響を受けているって事か?
目の前が少し遠のく。
……順番に考えていこう。
思い返す。
ディレクティオ・エリアヒールを撃った瞬間。
自分の中から、“大事なもの”が根こそぎ持っていかれた感覚。
(あれ、マジで命削ってたのかよ)
ぞっとする。
文字通り、命を半分使って回復魔法を撃った。
(後先考えずにやった結果がこれか……)
胃の奥が冷える。
でも、次に浮かぶのは、倒れていた人たちの顔だ。
ヴァン、兵士、冒険者。
血溜まりとうめき声。
(……あのまま放ってたら、死んでた)
事実だ。
だから、俺は……。
「……まあ、いいか」
(皆が助かったなら、それでいい)
そう思う自分がいる。
それに、わからない事を色々憶測して考えてもしょうがない、とりあえず後々調べるとしよう。
俺はステータス画面を閉じ、ベッドの端に座り直した。
身体が重いのは、たぶんHPが半分だからだ。
MPも空で、よくわからないが魔力炉というものも破損しているらしい。そりゃ、動くたび痛いのもしかたないと無理やり考えることにした。
そうしているうちに、廊下の足音が近づいてきた。
その後、扉がノックされる。
入ってきたのは、ギルド長とカイト、そして戻ってきたティナだった。
「目が覚めたようだな」
ギルド長はいつも通り落ち着いた声だが、目の奥には疲労が滲んでいる。
「アウラ。君のおかげで、多くの冒険者と兵士の命が助かった。礼を言う」
「……いや、俺は」
何か言い訳っぽい言葉が出そうになって、飲み込む。
言い訳じゃない。事実として、助けた。
でも、褒められると、居心地が悪い。
ギルド長は続けた。
「報酬の件だが、ギルドから出す。加えて、兵士の隊長が上官に君の働きを伝えたらしい。そちらからも金が出る。正式な手続きは後日になるが、必ず支払うので安心してほしい」
「……あぁ、わかった」
カイトが一歩前に出て、目を潤ませながら言った。
「アウラさん……よかった……本当に、よかった……!」
「心配かけたな」
頭をかこうとして、腕が重くて途中で止まる。
それを見て、カイトが慌ててベッドの横に来た。
「無理しないでください! まだ全然治ってないんですから!」
「……すまん」
怒られてるみたいで素直に返事をする。
そりゃ一週間も起きなかったら心配もするだろう。
皆に迷惑を掛けてしまった事に、改めて反省する。
カイトが、空気を変えるみたいに小さく手を挙げた。
「あの……お腹、空いてませんか? 何か食べられそうなら、僕、すぐに……!」
「……正直、お腹より」
俺は自分の身体を見下ろした。
「この鎧とっとと脱いで風呂に入りたい」
「でしょうね……」
ティナが呆れ半分、同情半分で言った。
「それ一週間着っぱなしなんだから」
「俺が一番信じられない」
ギルド長が咳払いをした。
「後で入浴の手配はしてやる。ただし、まずは立てるか確認しろ。倒れられても困る」
「ごもっともです……」
俺はベッドの端に手をつき、ゆっくり足を下ろす。
立とうとした瞬間、またあの“痛み”が来そうで、身体が一瞬こわばった。
(HP半分の身体、信用できねぇ……)
でも、ここでうずくまってたら話が進まない。
息を吸って、立つ。
ぐらり、と視界が揺れたが、倒れるほどじゃない。
「……立てる」
「よし」
ギルド長が頷いた。
ティナが俺の肩を支えながら、ぼそっと言う。
「起きたら叱ってやるって思ってたけど……今は、まず休みなさい。叱るのは元気になってから」
「……優しさが怖い」
「うるさい」
軽く肘が入った。
全然痛くない優しい加減。変に落ち着く。
俺はベッドに座り直し、息を吐いた。
(……日常に戻るには、まだ遠いな)
でも。
(それでも、一歩ずつだ)
まずは風呂だ。
何よりも先に、風呂に入ってさっぱりしたい。
異世界に来ても、姿が変わったとしても風呂好きな所が変わらない辺り、俺はやっぱり日本人のようだな。
などと考えていると、ギルド長が俺をじっと見つめた。
「それと」
ギルド長は一拍置いた。
「最後に一つだけ、話しておく」
空気が、少しだけ張り詰めた。
「君のことを聖女と呼ぶ者がいるが」
「違う」
即答だった。
「俺、聖女じゃないから」
俺が言うと、ギルド長は短く頷く。
「うむ……わかった。そういう事にしておく」
絶対にわかっていない。
「聖女違うよ?」
「わかったわかった。とりあえず、君が回復魔法を使えること等については箝口令を敷いている。しかしあれだけの人数が目撃しているとなると、どこまで噂を抑えられるかはわからん」
ギルド長は続けた。
「何かあればすぐに俺に言え。くれぐれも気をつけるように」
「わかった。色々と気を回してくれてありがとう」
「気にするな。……あとは骸骨の仮面の男については調査中だが、進展があれば必ず伝える」
「あぁ、わかった。助かる」
「まずは安静にしてゆっくり休んでほしい」
そう言うと、ギルド長は部屋から出ていった。
ティナたちも「後でまた来るから、ゆっくり寝てなさい」と言い残し、ギルド長に続く。
扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。
(色々あったけど……とりあえず、今は休むか)
体は重くて、ステータスは散々だ。
それでも、こうしてベッドに座って息をしている。
まずは、生きていることに感謝するしかない。
入浴の許可がおりたら、すぐに風呂に入ろう。
あったかい湯に浸かって、重い身体をほぐそう。
そう思っただけで、少しだけ気持ちが軽くなった。