【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ハイレグアーマーから普通の服に着替えた瞬間、俺は人生で一番しみじみと「衣服ってすばらしい」と思った。
布だ。普通の布。
肌を隠してくれて、歩くたびに骨のチャームが鳴らない。
そして何より──尻が、露出していない。
(ああ……文明だ……)
たったそれだけで、心が救われるのだから我ながら単純だと思う。
ただし、救われたのは心だけで、身体のほうはまったくもって救われていなかった。
起きてから二日目。
ただただ身体が重い。鈍い。だるい。妙に節々が痛い。
立ち上がって数歩歩いただけで、心臓が「おいおい勘弁してくれ」と文句を言ってくる。
結局、まだ体力が戻ってないって理由で、入浴の許可が降りなかった。
だから俺は大人しくしているしかなかった。
窓から差し込む光が、やけにのどかに見える。
外はいつも通りの街に戻りつつあるらしいのに、俺だけが置いていかれている感じだ。
(……暇だ)
いや、正確には暇というより、「暇に耐える体力すらない」が正しい。
寝て、起きて、ぼーっとして、寝る。
たまにティナが様子を見に来るたびに安静にしてろと言われる。
そんな時間を続けていると、ある種の悟りが開けてくる。
(人間って、こんなに何もしないと、逆に疲れるんだな……)
ベッドの上で、俺は天井を眺めた。
木目の節が、妙に顔に見えてくる。
あの節は笑っている。こっちは呆れている。
もしかして、これは魔力炉破損とやらの後遺症で幻覚が──
「……いや、暇なだけか」
自分で自分にツッコミを入れたところで、扉が控えめにノックされた。
「──アウラ、起きてるか?」
いつもより少し疲れたように感じる声。
「ヴァン?」
思わず上体を起こしかけて、身体が「やめとけ」と釘を刺してきた。
俺は枕を抱えたまま、返事だけした。
「起きてる。……どうぞ」
扉が開き、ヴァンが入ってきた。
相変わらず、黙ってても絵になる顔立ち。
──そして、俺を見るなり、ほっとしたように眉尻を下げた。
「良かった。目が覚めたんだな」
その顔が、思ったよりも「心配してました」って顔で、胸の奥がちくっとした。
(……やっぱり、迷惑かけたんだな)
「悪い。色々と迷惑をかけた」
「いや、良いんだ。生きてるならそれでいいさ」
ヴァンはそう言って、椅子を引き寄せて座った。
俺のほうをじっと見てから、少しだけ笑う。
「それに、お前のお陰で俺は命を救われたんだ。何も思うことはないさ」
「……怪我、大丈夫なのか?」
「お前のお陰で完全に治ってる。本当に助かった。ありがとう」
(……そういう言い方、ずるい)
助けたことを後悔させない言い方だ。
俺が「まあ、いいか」と思ってしまう余地を残す言い方だ。
俺が返事に迷っていると、扉の外から別の声がした。
「お熱い所ごめんだけど、ボクのこと忘れてな~い?」
軽い。軽すぎる。
この空気を一刀両断する軽さ。
扉が、勝手に開いた。
「えっ」
思わず声が出た。
そこに立っていたのは──とても美しい少女だった。
ヴァンと同じ銀髪でロングヘア。さらさらで、光をはじくような質感。
青を基調にしたゴスロリっぽいドレス。フリルとリボンがやたら多い。
肌の露出は意外に少ないのに、存在感はやたら派手。
そして──耳。
すっと横に長い。
人間の耳じゃない。
エルフ耳だ。教科書どおりのエルフ耳。
(……エルフ!? しかもゴスロリ!? 情報量が多い!!)
俺が固まっていると、少女はにこにこしながら部屋に入ってきた。
歩き方まで軽い。床を跳ねるみたいだ。
「やぁやぁ、ヴァンから聞いてたけど、本当に綺麗で可愛い子なんだねぇ~。ボクが言うのもなんだけど、ボクの可愛さに勝るとも劣らないね~」
俺は反射でヴァンを見る。
「えーっと……どちらさま?」
「……あー……」
ヴァンが、露骨に歯切れ悪くなった。
「お前が魔法使ってから、全く目覚めなかっただろ。だから魔法に詳しい奴に見せようと思って、王都の知り合い連れてきた。……それがこいつだ」
こいつ呼ばわり。
しかも表情が「できれば呼びたくなかった」って顔だ。
「どうも~、ボクの名前はマルルゥ。見た通りエルフの魔法使いさ」
少女は、ヴァンの苦々しさなどどこ吹く風で、俺のベッドのそばまで寄ってきた。
顔が近い。
整っている。
銀髪のせいもあって、人形みたいに整っている。
目も大きくて、睫毛が長い。
肌も白い。
(……いや、普通に可愛いな)
俺がそう思った瞬間、少女がにやっと笑った。
「エルフって見たことある? あんまり居ないから初めて合う人には良く珍しそうに見られるんだけどね~。こう見えても君たちより、ず~っと長く生きてるんだよ」
「え、あ、うん……はじめてみました」
「でしょでしょ~。森から出るエルフって珍しいんだよね~」
見た目とは裏腹によく喋るし、思ってた以上にグイグイと来る。
っていうか距離感がバグっている。
ヴァンが咳払いをした。
「あ~、あのなマルルゥ。アウラの状態を見てもらっていいか?」
「えぇー、もうちょっと話してもいいじゃないか。ま、他ならぬヴァンのお願いだから見たげるけどさ」
「こんなだけど、ミスリル級の冒険者だ。腕は確かだ」
マルルゥは、じゃあ失礼してと言って、俺の腕を取り、手首のあたりを指で軽く押した。
次に肩、鎖骨、背中──ぺたぺた触ってくる。
「ちょ、ちょっと」
「安心して。えっちな意味じゃないよ。……たぶん」
「たぶんって何だよ!」
俺のツッコミを、マルルゥは楽しそうに流す。
そして、ふっと表情が変わった。
軽さはそのままなのに、目だけが「観察者の目」になる。
マルルゥの掌に何かを感じる。これがティナが以前言っていた魔力を感じるという奴だろうか。
「……うーん。これは良くないねぇ」
「良くないって、何がだ」
「ぜーんぶ」
さらっと言うな。
ヴァンが身を乗り出した。
「どういうことだ」
「まず、魔力がない。ほんとにない。空っぽ」
マルルゥは俺を見て言った。
「君、今、まったく魔力を作れてないよ」
「えっ」
「うん。だから感じない。普通は時間が経てば回復していくはずなのにね」
俺は反射的にステータス画面を思い出した。
MP:0。
状態異常:魔力炉破損。
マルルゥは淡々と続ける。
「体内で魔力を作る器官、魔力炉が壊れてる。完全に」
「……」
「魔力炉が壊れる程の魔法を使ったという事は、自身が持つ魔力以上の魔法を使ったんだよ」
淡々。
淡々すぎる。
内容が重いのに、声が軽いせいで、余計に重い。
「自分の持つ魔力以上の魔法を使うとどうなるのかは知ってるかい?」
俺は素直に首を振る。
「命を対価に魔力を捻出するのさ」
喉の奥が、きゅっと縮む。
「……つまり君は魔力を絞りすぎて魔力炉を破損させた上に、足りない分は自分の命で補って魔力を捻出したって事」
ヴァンの顔が、みるみる険しくなった。
「命を……削ったのか」
「削ったねぇ。しかも、かなり」
「……っ」
ヴァンが拳を握った。
俺は、逆に妙に冷静だった。
(そりゃ、そうだよな)
あの時感じた。
“根こそぎ持っていかれた感覚”。
比喩じゃなかった。
命を削った、実感が今ようやく言葉になっただけだ。
マルルゥは、俺の顔を覗き込む。
「普通の人間なら、こうはならないんだよ?」
「……どういう意味だ?」
「そもそも、自分の身の丈に合わない魔法は覚えられないし、魔力が足りないなら普通は発動しない。なのに君の魔法は発動した。不思議だね~」
マルルゥは肩をすくめる。
「長く生きたエルフみたいな種族はさ、研究のために無茶して魔力炉を壊したり、リミッター外して身の丈以上の大魔法使ったりする事もあるよ。……ボクも昔、やったことあるし」
「やったのかよ」
「やった。すっごく痛かった。二度とやらない」
ヴァンが食い下がる。
「治るのか」
「治るよ。魔力炉は回復できる」
マルルゥは即答した。
「薬草と、触媒と、ちょっとした技術があれば、ね。街で材料揃うだろうし」
「……命は」
「完全には戻らないと思う。けど、緩和はできるかも」
かも、だ。
確定じゃない。
でも──「何もできない」ではない。
俺は、思ったよりも安堵してしまった。
まだ先はある。
まだ「詰み」じゃない。
「ありがとう。助かる」
「礼儀正しい子は好きだよ~」
マルルゥがにこにこする。
ヴァンが「やめろ」と言いたそうな顔をした。
「じゃ、ボクは材料探してくるよ。揃ったらまた来るね~」
「俺はどうしたら?」
「今無理すると死ぬかもしれないよ。寝て待ってて」
言い方!
でも否定できないのが悔しい。
マルルゥが踵を返しかけて、ふと思い出したように俺を見る。
「そういえばさ。君とヴァン、どういう関係?」
「えっ」
「えっじゃない。気になる。ボク、恋バナ大好き」
ヴァンが嫌な予感に顔を歪めた。
「やめとけ」
「昔はね~、ヴァンとボク、組んでた時期があるんだよね~」
マルルゥは楽しそうに語り始めた。
「まだ、ヴァンが冒険者になったばっかりで、ちっちゃくて可愛い時にね。ボクが手を握るだけで顔真っ赤にするくらいに、うぶでさぁ」
「う、嘘つくな!」
「嘘じゃないよ? ねぇ、ヴァン」
「やめろ!」
ヴァンの声が素で焦っている。
珍しい。
俺はベッドの上で、完全に観客になっていた。
「ほら、ボク可愛いだろ? ヴァンの好みだったみたいで、何度かアプローチされて熱い関係になりそうだったんだよね」
「なってねぇ!!」
「ふふ、照れちゃってかーわいー。それで、ヴァンが本気になった所で、ボクが本当は男って教えてあげたんだよ~。あの時のヴァンの驚き方と絶望したような顔……最高だった」
(うっそ、男!? この容姿で?)
マルルゥが指でヴァンの頬をつついた。
ヴァンが本気で嫌そうな顔をした。
「こいつはこんなだから、あんまり関わりたくないんだよ。でもお前が心配で、仕方なく呼んだ」
「照れてる~」
「照れてねぇ!」
俺は、思わず口元を押さえた。
(……そら、ヴァンじゃなくてもこれだけ可愛かったら騙されるだろ)
いつも落ち着いてて、強くて、頼れる森渡り。
なのに今は、素の顔だ。
マルルゥは、最後に俺に向かってにっこり笑う。
「アウラちゃんもボクみたいに綺麗だから、ヴァンが手を出すかもね~」
「うるせぇ」
「今度はちゃんと女の子かな~? 確認しないとね」
俺が咳き込んだ。
「確認って何だよ!!」
「じゃ、またね!」
嵐みたいに来て、嵐みたいに去っていった。
ヴァンは頭を抱えた。
「……すまん」
「凄い人に手を出そうとしたんだな」
「頼むから、忘れてくれ」
ヴァンが深くため息をつく。
俺も、つられてため息をついた。
世界って広い。
いや、異世界って広い。
ショックを受けるポイントが、なんかズレている気もするが、今はそれでいい気がした。
重かった空気が、妙に軽くなっている。
(……日常に戻ってきたんだな)
命を削った。
魔力炉が壊れた。
でも今、俺の目の前には──「また来る」と言ってくれた希望がある。
ヴァンが立ち上がり、扉に向かいながら言った。
「材料集め手伝ってくる。材料が揃ったらまた来る。……お前は大人しくしてろ」
「……お前も休めよ」
「あぁ、俺は平気だ……」
ヴァンは苦笑して、扉を閉めた。
部屋に静けさが戻る。
俺はベッドに背中を預け、目を閉じた。
(治るかもしれない)
その事実だけで、胸の奥が少しだけ温かい。
明日、もう一回ちゃんと希望を聞ける。
そして、いつかまた歩ける。
(まずは……寝るか)
俺は、ゆっくり息を吐いた。
眠りに落ちる直前、ひとつだけ脳裏に浮かんだ。
(……ヴァン、手を握られて赤くなってたのか……)
その想像だけで、少し笑いそうになった。