【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
──最悪の形で日常が戻ってきた。
上半身裸で、エルフの美少女(※男)とキスしているところを、ティナとノノに目撃される。
人生って、どうしてこう……よりにもよって、ってタイミングを狙い撃ちしてくるんだろうな。
頭の中で自分を弁護する声と、冷静に反省する声が同時に鳴り響く。
その結果、俺はベッドの上で上着を抱えて、ただただ固まっていた。
ティナの目は冷たい。
ノノの目は困惑してる。
マルルゥの目だけが、楽しそうに細くなっている。
(お前だけ楽しそうだな、この野郎……)
「……説明しなさい。今すぐ。短く。わかりやすく」
ティナの声が、いつもより低い。
氷みたいに冷えてるのに、怒りで熱もある。独特の怖さだ。
「はい……」
俺は小さく頷いて、深呼吸した。
ここで下手な言い訳をすると、火に油を注ぐ未来しか見えない。
「こいつ……マルルゥが俺の身体を……診てくれてて」
「うん」
「魔力を直接送る必要があるって言われて」
「うんうん」
「……それで、キスして魔力を送るのが一番効率いいって言われて」
「うんう……ん?」
「……俺は嫌だって言ったんだけど、他の方法が最悪すぎて、消去法で……」
ティナの目がさらに細くなった。
「消去法でコイツとキスしたの?」
「言い方ァ!!」
「じゃあ何て言うの」
「うぅ……治療のために、仕方なく……です」
最後だけ敬語になった。
自分で言って情けない。でも仕方ない。これは生存のための敬語だ。
ノノが、恐る恐る口を挟む。
「え、えっと……つまり……アウラちゃんは、こちらの方と……そういう関係じゃなくて……?」
「違う!! 違う違う違う! まじで違う! 俺の意思じゃない!」
「意思はあったよね? 『お願いします』って言ってたし」
「お、おまええぇ!!」
俺が叫ぶと、マルルゥは肩をすくめて、わざとらしく可愛い笑顔を作った。
「ほら、誤解は解けたでしょ?」
「解けるか。余計ややこしくなるわ」
「でも、面白かったねぇ」
「面白くねぇよ!」
ティナのこめかみに、うっすら青筋が浮いた。
ティナは俺に向けていた視線を、ゆっくりマルルゥに移す。
「……あんた。アウラが嫌がってるのわからない?」
「わかってるよ。顔に書いてあるもん」
「だったらどうして」
「ボク、相手の嫌がる顔が好きなんだ」
「死んだほうがいいわね。手伝ってあげるから今から死んでみない?」
ティナの返しが鋭すぎる。
マルルゥは「ひゅー」と口笛を吹くふりをした。
「怖いねぇ。ボク、君みたいな子好きだよ」
「私は嫌い」
即答だった。
ノノが場を和ませようとして、にこっと笑う。
「あ、えっと……私はノノ。商人やってるの。アウラちゃんの知り合いで……今日はお見舞いに来たんだけど、なんか……すごいところ見ちゃったねぇ」
困った笑顔が優しい。
ノノってこういうところ、ほんと大人だよな……。
「うんうん。ノノね。覚えた。ボクはマルルゥ。よろしく。──あ、でも握手はやめとこ。彼女に刺されそう」
「刺さないわよ」
「刺さないの? 意外と優しい」
「刺したらあんたの血で手が穢れるでしょ。とっとと出ていきなさい」
ティナが手を払う仕草をする。しっしっ、って感じで。
マルルゥは楽しそうに笑った。
「ひどいなぁ。せっかく治してあげたのに」
「治療は感謝する。でもあんたは信用しない」
ティナの評価が容赦なさすぎて、俺は内心で拍手した。
マルルゥは俺に向き直って、いつも通り軽い口調に戻す。
「ま、とりあえず。ボクの仕事は終わり。あとは時間が解決してくれるはず」
「……え、もう終わり?」
「うん。魔力炉は“動くようにした”。ボクの魔力で、ね。あとは君自身の魔力がじわじわ満ちてくれば、勝手に回って、勝手に湧く」
勝手に、って言い方が雑だけど、内容はちゃんとしてる。
「失った生命力の方は、完全には戻らないと思うけど、何箇所か調整して繋いだから緩和はされるはずさ」
「……そっか」
胸の奥に、安堵が落ちる。
完全ではないとは言え、今よりは良くなる。
それだけで、世界が少し明るく見える。
マルルゥは首元のペンダントを指で弾き、くるっと踵を返した。
「しばらくこの街にいるから、何かあったら宿に来てよ。ボクは白銀の天蓋亭に泊まってるから」
そこで、にやっと笑う。
「高そうなとこ泊まってんな……」
「だってボク、可愛いし偉いし天才だからね」
自分で言うな。
ティナが即座に追い払う。
「はいはい、もう出ていって。二度と勝手にアウラに触らないで」
「治療でも?」
「治療でも」
マルルゥが残念そうに頬を膨らませる。
「君、独占欲強いなぁ」
「違う。嫌悪感よ」
バッサリ。
マルルゥは俺に向かって、最後にウィンクした。
「じゃあね、アウラ。元気になったらまた遊ぼう。今度は……別の“方法”で魔力送ってあげる」
「やめろ!! 余計なこと言うな!!」
「冗談冗談。……たぶん」
「とっとと帰れ!」
はいはいわかったよーと笑いながら、マルルゥはエプロンを外して荷物を抱えると部屋を出ていった。
扉が閉まった瞬間、空気が軽くなる。
俺は深く息を吐いた。
「……いなくなるだけで、こんなに平和になるのか」
「本当にね」
ティナが真顔で頷く。
ノノは苦笑いしながらも、どこか安心したように笑った。
「いやぁ……アウラちゃんが起きたって聞いたから来たんだけど、いきなりびっくりしちゃったよ」
「俺が一番びっくりしたよ……」
顔が熱い。恥ずかしさの残り火が、まだ消えない。
でも、それだけじゃない。
(……そういえば、身体がなんか軽い?)
俺はそっと肩を回した。
朝まで感じていた、鉛みたいな重さが薄い。
胸の奥の息苦しさも、少しだけ楽になっている。
「……おぉ?」
ベッドの端に手をついて、ゆっくり立ち上がってみる。
あの痛みが来るかと身構えたけど来ない。
ふらつきも、今までよりずっと小さい。
「……歩けるかも」
ティナがすぐに俺の腕を支える。
「調子に乗らないように。ゆっくりで大丈夫よ」
「うん、わかってる」
ノノも反対側に回って、支えてくれる。
「よいしょ。ほら、アウラちゃん。歩けそう?」
「……うん」
部屋の中を、三歩。
それだけで、胸がじわっと熱くなる。
(多少はふらつくけど、歩ける……普通って、ありがたいな……)
マルルゥの性格は最悪だった。
でも、腕はちゃんとしていた。そこだけは認めざるを得ない。
(悔しいけど、心の中で感謝はしておこう……)
俺はティナに向き直った。
「……追い払ってくれて、ありがとな。正直、あいつがいなくなっただけで心が軽い」
「当然よ。あんた、ああいうのに弄ばれるタイプなんだから」
「弄ばれてない」
「弄ばれてた」
「ノノまで頷くな!」
ノノは肩をすくめて、笑った。
「でも、元気になったなら良かった。ほんとに。……ねぇ、アウラちゃん。ここ出たら、一番に何したい?」
「風呂」
「即答」
「即答」
ティナとノノが声をそろえた。
「いや、だって! 疲れてる時に入る風呂の幸福だけは裏切らないだろ!」
「分かるけど、熱量が変よ」
「ふふ。じゃあさ、私おすすめのお風呂があるよ。良くある大衆浴場じゃなくて、もうちょっと落ち着いたところ」
「何それ、気になる」
ティナが目を輝かせる。
商人の情報網ってこういうところで強いよな……。
「今日はお仕事休みだから、体調が良かったら今から行かない?」
「行く」
「行く」
また声がそろう。
俺は笑いそうになって、慌てて咳払いした。
(……あぁ、この感じ。日常に帰ってきた気がする)
そこへ、ノックが響く。
扉が開いて、ギルド長が顔を出した。
「具合はどうだ」
「だいぶ良くなってきた。ヴァンの連れてきてくれたマルルゥってエルフのお陰で」
俺が言うと、ギルド長が小さく頷く。
「アレか……腕は良いんだがな……腕は」
「……性格は最悪だったけど」
「まぁ、そうだな」
ギルド長の言い方が妙に達観していて、俺は変な笑いが出た。
「今のところ、仮面の男の動きはない。新しい情報もない。──だから、お前が良ければ今日からでも宿に戻って構わん」
「え、もう?」
俺は思わずティナを見る。
「無理はしてないよね?」
「してない。……たぶん」
ティナが俺の額を指でつつく。
「無理はしない。何かあればちゃんと話す事」
「はい……」
ギルド長が頷く。
「なら決まりだ。色々と話して起きたい事もあるが、追々で良い。落ち着いたら顔を出してほしい」
「あぁ、わかった」
俺は一度だけ目を閉じて、息を整えた。
そして、確認しておきたくなって、ステータスを開く。
(ステータスオープン)
半透明の板が浮かぶ。
【HP:50/90】(回復中)
【MP:17/30】(回復中)
【状態異常:生命力変換による最大HP減少(小)】
【侵食度】1
──魔力炉破損が、消えている。
(……おお。ほんとに、治ってきてる)
胸の奥が、すっと軽くなる。
HP上限が増えているし、MPがゼロじゃない。たったそれだけで、世界が違う。
この世界では、魔力が“命綱”なんだと、改めて思い知らされる。
(魔力関連のスキル、ちゃんと調べてみるか……)
俺はステータスを閉じた。
ギルド長に礼を言って、俺たちは部屋を出る。
ゆっくり階段を降りて、一階へ。
ギルドのホールは、いつものように冒険者で賑わっていた。
依頼掲示板。
酒の匂い。
笑い声。
怒号。
紙と鉄と汗の匂い。
──その中で。
俺が姿を見せた瞬間、いくつもの視線がこっちに向いた。
そして周りの冒険者たちに囲まれる。
「おぉ、嬢ちゃん! 元気になったんだな!」
「アウラさん! 目が覚めたって聞いてましたが、ご無事そうで良かったです!」
「あんたのお陰で助かったよ! 今度奢るから飲もうぜ!」
次々に声が飛んでくる。
俺は一瞬、固まった。
(うわ、めっちゃ見られてる……いや、でも)
恥ずかしさより先に、温かさが来た。
助けた人たちが、生きてこうして笑ってる。
それだけで──やっぱり、やって良かったと思ってしまう。
「……みんな無事で良かった」
俺は照れ隠しみたいに、頭を掻く。
掻こうとして、まだ腕が重くて途中で止まって、変な動きになった。
(かっこ悪……)
でも、そんなの気にしてる場合じゃない。
「寝てる間、みんなが交代で護衛もしてくれたって聞いた。……こっちこそ助かった。ありがとう」
ざわ、って空気が少しだけ柔らかくなる。
「礼なんかいいって!」
「当然だろ! 恩は返すもんだ!」
「次は無茶すんなよな」
心配の声も混じる。
「あの仮面野郎、次会ったら叩っ斬ってやるぜ」
「お前じゃ無理だからやめとけ」
「ほんとあいつ強かったからね。アウラさんも一人でやろうと思っちゃ駄目だかんね」
俺は苦笑して頷いた。
「ああ、肝に銘じるよ。……みんなも、変に一人で抱え込むなよ」
「おう!」
「任せろ!」
頼もしい返事が返ってくる。
その瞬間、横から小声が刺さる。
「照れてる」
「うるさい」
ティナだ。
俺の顔が赤いの、バレてるらしい。
「別にいいだろ。こういうの慣れてないんだよ」
「良いじゃない照れてたって」
「恥ずかしいだろ」
ティナが口元だけで笑った。
ノノもくすくす笑っている。
「アウラちゃん、顔真っ赤」
「うぅ……」
俺は半分照れ隠し、半分本気でむくれて、受付へ向かった。
リーネに「ヴァンが戻ってきたら、俺が宿に戻ったって伝えてくれ」と頼む。
リーネは驚いた顔をして、すぐに笑った。
「元気になってよかったです……本当に。伝えておきますね」
「頼む」
ギルドを出ると、冬でもないのに外気が少し冷たく感じた。
でも、それが気持ちいい。
ノノが手を叩く。
「じゃあ、行こっか。おすすめのお風呂」
「行く」
「行く」
俺とティナの声がまた揃って、ノノが笑う。
歩き出す。
まだ完璧じゃない。HPも満タンじゃない。
でも、今朝までの鉛のような重さはない。
(……風呂だ。湯に浸かって、全部流してやる)
キス事件の恥ずかしさも。
命を削った怖さも。
噂の気配も。
全部、湯気の中に溶かしてしまえばいい。
俺は小さく息を吐いて、ティナに手を貸してもらいながら風呂へ向かった。