【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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34話 普通が戻る音

 ──最悪の形で日常が戻ってきた。

 

 上半身裸で、エルフの美少女(※男)とキスしているところを、ティナとノノに目撃される。

 人生って、どうしてこう……よりにもよって、ってタイミングを狙い撃ちしてくるんだろうな。

 頭の中で自分を弁護する声と、冷静に反省する声が同時に鳴り響く。

 その結果、俺はベッドの上で上着を抱えて、ただただ固まっていた。

 

 ティナの目は冷たい。

 ノノの目は困惑してる。

 マルルゥの目だけが、楽しそうに細くなっている。

 

(お前だけ楽しそうだな、この野郎……)

 

「……説明しなさい。今すぐ。短く。わかりやすく」

 

 ティナの声が、いつもより低い。

 氷みたいに冷えてるのに、怒りで熱もある。独特の怖さだ。

 

「はい……」

 

 俺は小さく頷いて、深呼吸した。

 ここで下手な言い訳をすると、火に油を注ぐ未来しか見えない。

 

「こいつ……マルルゥが俺の身体を……診てくれてて」

「うん」

「魔力を直接送る必要があるって言われて」

「うんうん」

「……それで、キスして魔力を送るのが一番効率いいって言われて」

「うんう……ん?」

「……俺は嫌だって言ったんだけど、他の方法が最悪すぎて、消去法で……」

 

 ティナの目がさらに細くなった。

 

「消去法でコイツとキスしたの?」

「言い方ァ!!」

「じゃあ何て言うの」

「うぅ……治療のために、仕方なく……です」

 

 最後だけ敬語になった。

 自分で言って情けない。でも仕方ない。これは生存のための敬語だ。

 ノノが、恐る恐る口を挟む。

 

「え、えっと……つまり……アウラちゃんは、こちらの方と……そういう関係じゃなくて……?」

「違う!! 違う違う違う! まじで違う! 俺の意思じゃない!」

「意思はあったよね? 『お願いします』って言ってたし」

「お、おまええぇ!!」

 

 俺が叫ぶと、マルルゥは肩をすくめて、わざとらしく可愛い笑顔を作った。

 

「ほら、誤解は解けたでしょ?」

「解けるか。余計ややこしくなるわ」

「でも、面白かったねぇ」

「面白くねぇよ!」

 

 ティナのこめかみに、うっすら青筋が浮いた。

 ティナは俺に向けていた視線を、ゆっくりマルルゥに移す。

 

「……あんた。アウラが嫌がってるのわからない?」

「わかってるよ。顔に書いてあるもん」

「だったらどうして」

「ボク、相手の嫌がる顔が好きなんだ」

「死んだほうがいいわね。手伝ってあげるから今から死んでみない?」

 

 ティナの返しが鋭すぎる。

 マルルゥは「ひゅー」と口笛を吹くふりをした。

 

「怖いねぇ。ボク、君みたいな子好きだよ」

「私は嫌い」

 

 即答だった。

 ノノが場を和ませようとして、にこっと笑う。

 

「あ、えっと……私はノノ。商人やってるの。アウラちゃんの知り合いで……今日はお見舞いに来たんだけど、なんか……すごいところ見ちゃったねぇ」

 

 困った笑顔が優しい。

 ノノってこういうところ、ほんと大人だよな……。

 

「うんうん。ノノね。覚えた。ボクはマルルゥ。よろしく。──あ、でも握手はやめとこ。彼女に刺されそう」

「刺さないわよ」

「刺さないの? 意外と優しい」

「刺したらあんたの血で手が穢れるでしょ。とっとと出ていきなさい」

 

 ティナが手を払う仕草をする。しっしっ、って感じで。

 マルルゥは楽しそうに笑った。

 

「ひどいなぁ。せっかく治してあげたのに」

「治療は感謝する。でもあんたは信用しない」

 

 ティナの評価が容赦なさすぎて、俺は内心で拍手した。

 マルルゥは俺に向き直って、いつも通り軽い口調に戻す。

 

「ま、とりあえず。ボクの仕事は終わり。あとは時間が解決してくれるはず」

「……え、もう終わり?」

「うん。魔力炉は“動くようにした”。ボクの魔力で、ね。あとは君自身の魔力がじわじわ満ちてくれば、勝手に回って、勝手に湧く」

 

 勝手に、って言い方が雑だけど、内容はちゃんとしてる。

 

「失った生命力の方は、完全には戻らないと思うけど、何箇所か調整して繋いだから緩和はされるはずさ」

「……そっか」

 

 胸の奥に、安堵が落ちる。

 完全ではないとは言え、今よりは良くなる。

 それだけで、世界が少し明るく見える。

 マルルゥは首元のペンダントを指で弾き、くるっと踵を返した。

 

「しばらくこの街にいるから、何かあったら宿に来てよ。ボクは白銀の天蓋亭に泊まってるから」

 

 そこで、にやっと笑う。

 

「高そうなとこ泊まってんな……」

「だってボク、可愛いし偉いし天才だからね」

 

 自分で言うな。

 ティナが即座に追い払う。

 

「はいはい、もう出ていって。二度と勝手にアウラに触らないで」

「治療でも?」

「治療でも」

 

 マルルゥが残念そうに頬を膨らませる。

 

「君、独占欲強いなぁ」

「違う。嫌悪感よ」

 

 バッサリ。

 マルルゥは俺に向かって、最後にウィンクした。

 

「じゃあね、アウラ。元気になったらまた遊ぼう。今度は……別の“方法”で魔力送ってあげる」

「やめろ!! 余計なこと言うな!!」

「冗談冗談。……たぶん」

「とっとと帰れ!」

 

 はいはいわかったよーと笑いながら、マルルゥはエプロンを外して荷物を抱えると部屋を出ていった。

 扉が閉まった瞬間、空気が軽くなる。

 俺は深く息を吐いた。

 

「……いなくなるだけで、こんなに平和になるのか」

「本当にね」

 

 ティナが真顔で頷く。

 ノノは苦笑いしながらも、どこか安心したように笑った。

 

「いやぁ……アウラちゃんが起きたって聞いたから来たんだけど、いきなりびっくりしちゃったよ」

「俺が一番びっくりしたよ……」

 

 顔が熱い。恥ずかしさの残り火が、まだ消えない。

 でも、それだけじゃない。

 

(……そういえば、身体がなんか軽い?)

 

 俺はそっと肩を回した。

 朝まで感じていた、鉛みたいな重さが薄い。

 胸の奥の息苦しさも、少しだけ楽になっている。

 

「……おぉ?」

 

 ベッドの端に手をついて、ゆっくり立ち上がってみる。

 あの痛みが来るかと身構えたけど来ない。

 ふらつきも、今までよりずっと小さい。

 

「……歩けるかも」

 

 ティナがすぐに俺の腕を支える。

 

「調子に乗らないように。ゆっくりで大丈夫よ」

「うん、わかってる」

 

 ノノも反対側に回って、支えてくれる。

 

「よいしょ。ほら、アウラちゃん。歩けそう?」

「……うん」

 

 部屋の中を、三歩。

 それだけで、胸がじわっと熱くなる。

 

(多少はふらつくけど、歩ける……普通って、ありがたいな……)

 

 マルルゥの性格は最悪だった。

 でも、腕はちゃんとしていた。そこだけは認めざるを得ない。

 

(悔しいけど、心の中で感謝はしておこう……)

 

 俺はティナに向き直った。

 

「……追い払ってくれて、ありがとな。正直、あいつがいなくなっただけで心が軽い」

「当然よ。あんた、ああいうのに弄ばれるタイプなんだから」

「弄ばれてない」

「弄ばれてた」

「ノノまで頷くな!」

 

 ノノは肩をすくめて、笑った。

 

「でも、元気になったなら良かった。ほんとに。……ねぇ、アウラちゃん。ここ出たら、一番に何したい?」

「風呂」

「即答」

「即答」

 

 ティナとノノが声をそろえた。

 

「いや、だって! 疲れてる時に入る風呂の幸福だけは裏切らないだろ!」

「分かるけど、熱量が変よ」

「ふふ。じゃあさ、私おすすめのお風呂があるよ。良くある大衆浴場じゃなくて、もうちょっと落ち着いたところ」

「何それ、気になる」

 

 ティナが目を輝かせる。

 商人の情報網ってこういうところで強いよな……。

 

「今日はお仕事休みだから、体調が良かったら今から行かない?」

「行く」

「行く」

 

 また声がそろう。

 俺は笑いそうになって、慌てて咳払いした。

 

(……あぁ、この感じ。日常に帰ってきた気がする)

 

 そこへ、ノックが響く。

 扉が開いて、ギルド長が顔を出した。

 

「具合はどうだ」

「だいぶ良くなってきた。ヴァンの連れてきてくれたマルルゥってエルフのお陰で」

 

 俺が言うと、ギルド長が小さく頷く。

 

「アレか……腕は良いんだがな……腕は」

「……性格は最悪だったけど」

「まぁ、そうだな」

 

 ギルド長の言い方が妙に達観していて、俺は変な笑いが出た。

 

「今のところ、仮面の男の動きはない。新しい情報もない。──だから、お前が良ければ今日からでも宿に戻って構わん」

「え、もう?」

 

 俺は思わずティナを見る。

 

「無理はしてないよね?」

「してない。……たぶん」

 

 ティナが俺の額を指でつつく。

 

「無理はしない。何かあればちゃんと話す事」

「はい……」

 

 ギルド長が頷く。

 

「なら決まりだ。色々と話して起きたい事もあるが、追々で良い。落ち着いたら顔を出してほしい」

「あぁ、わかった」

 

 俺は一度だけ目を閉じて、息を整えた。

 そして、確認しておきたくなって、ステータスを開く。

 

(ステータスオープン)

 

 半透明の板が浮かぶ。

 

【HP:50/90】(回復中)

【MP:17/30】(回復中)

【状態異常:生命力変換による最大HP減少(小)】

【侵食度】1

 

 ──魔力炉破損が、消えている。

 

(……おお。ほんとに、治ってきてる)

 

 胸の奥が、すっと軽くなる。

 HP上限が増えているし、MPがゼロじゃない。たったそれだけで、世界が違う。

 この世界では、魔力が“命綱”なんだと、改めて思い知らされる。

 

(魔力関連のスキル、ちゃんと調べてみるか……)

 

 俺はステータスを閉じた。

 ギルド長に礼を言って、俺たちは部屋を出る。

 ゆっくり階段を降りて、一階へ。

 

 ギルドのホールは、いつものように冒険者で賑わっていた。

 依頼掲示板。

 酒の匂い。

 笑い声。

 怒号。

 紙と鉄と汗の匂い。

 

 ──その中で。

 

 俺が姿を見せた瞬間、いくつもの視線がこっちに向いた。

 そして周りの冒険者たちに囲まれる。

 

「おぉ、嬢ちゃん! 元気になったんだな!」

「アウラさん! 目が覚めたって聞いてましたが、ご無事そうで良かったです!」

「あんたのお陰で助かったよ! 今度奢るから飲もうぜ!」

 

 次々に声が飛んでくる。

 俺は一瞬、固まった。

 

(うわ、めっちゃ見られてる……いや、でも)

 

 恥ずかしさより先に、温かさが来た。

 助けた人たちが、生きてこうして笑ってる。

 それだけで──やっぱり、やって良かったと思ってしまう。

 

「……みんな無事で良かった」

 

 俺は照れ隠しみたいに、頭を掻く。

 掻こうとして、まだ腕が重くて途中で止まって、変な動きになった。

 

(かっこ悪……)

 

 でも、そんなの気にしてる場合じゃない。

 

「寝てる間、みんなが交代で護衛もしてくれたって聞いた。……こっちこそ助かった。ありがとう」

 

 ざわ、って空気が少しだけ柔らかくなる。

 

「礼なんかいいって!」

「当然だろ! 恩は返すもんだ!」

「次は無茶すんなよな」

 

 心配の声も混じる。

 

「あの仮面野郎、次会ったら叩っ斬ってやるぜ」

「お前じゃ無理だからやめとけ」

「ほんとあいつ強かったからね。アウラさんも一人でやろうと思っちゃ駄目だかんね」

 

 俺は苦笑して頷いた。

 

「ああ、肝に銘じるよ。……みんなも、変に一人で抱え込むなよ」

「おう!」

「任せろ!」

 

 頼もしい返事が返ってくる。

 その瞬間、横から小声が刺さる。

 

「照れてる」

「うるさい」

 

 ティナだ。

 俺の顔が赤いの、バレてるらしい。

 

「別にいいだろ。こういうの慣れてないんだよ」

「良いじゃない照れてたって」

「恥ずかしいだろ」

 

 ティナが口元だけで笑った。

 ノノもくすくす笑っている。

 

「アウラちゃん、顔真っ赤」

「うぅ……」

 

 俺は半分照れ隠し、半分本気でむくれて、受付へ向かった。

 リーネに「ヴァンが戻ってきたら、俺が宿に戻ったって伝えてくれ」と頼む。

 リーネは驚いた顔をして、すぐに笑った。

 

「元気になってよかったです……本当に。伝えておきますね」

「頼む」

 

 ギルドを出ると、冬でもないのに外気が少し冷たく感じた。

 でも、それが気持ちいい。

 ノノが手を叩く。

 

「じゃあ、行こっか。おすすめのお風呂」

「行く」

「行く」

 

 俺とティナの声がまた揃って、ノノが笑う。

 歩き出す。

 まだ完璧じゃない。HPも満タンじゃない。

 でも、今朝までの鉛のような重さはない。

 

(……風呂だ。湯に浸かって、全部流してやる)

 

 キス事件の恥ずかしさも。

 命を削った怖さも。

 噂の気配も。

 全部、湯気の中に溶かしてしまえばいい。

 俺は小さく息を吐いて、ティナに手を貸してもらいながら風呂へ向かった。

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