【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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35話 湯気越しのエメラルド

 ティナに手を貸してもらいながら、俺たちは街の石畳をゆっくり歩いていた。

 手を貸してもらいながらって言うと、なんか俺が深刻な重傷者みたいに聞こえるが、多少ふらつくだけで別にそこまで問題はない。

 実際、ここ数日ずっと「深刻」だったのは間違いないんだけど。

 

 魔力炉の破損が治って、HPとMPが回復中。体の内側で鳴ってた不快な軋みが薄れて、動いても痛みが襲ってこない。足の裏の感覚が戻ってくる。肩の凝りがほどける。

 ……こういうの、当たり前のはずなのに。

 当たり前が戻ると、それだけで嬉しい。

 

 ティナは俺の腕を軽く支えながら、さっさと歩くんじゃなく、俺の歩幅に合わせてくれている。気遣いが見え見えで、逆に申し訳ない。

 

「そんなに支えなくても大丈夫だぞ?」

「さっきからちょっとふらついてるわよ。それに転んだら面倒でしょ」

「面倒って……」

 

 口は悪いのに、こういうところで一番世話焼きなんだよな、この子。

 前を歩くノノは、嬉しそうに小さく跳ねるみたいな歩き方をしている。背中から「楽しい」って文字が出てる。

 

「アウラちゃん! 今日のお風呂は、すっごくいいお風呂なんだよ!」

「ノノが案内してくれるおすすめだからな。期待してる」

「うん! ゆっくり入れて雰囲気が良いんだよね~」

 

 雰囲気が良いのか。

 正直、ちょっと楽しみだ。

 ここ最近は身体を水で拭いたりするだけで、正直お風呂が恋しい。

 異世界生活にもだいぶ慣れてきたが、やっぱりこういう細々とした所で不便だと感じる。

 ノノがふと立ち止まって振り返る。

 

「そういえばさ、ティナちゃん。カイトくんは誘わなくて大丈夫?」

「カイトは今ギルドで力仕事の依頼受けてる。終わるの夕方くらいだって」

「えっ、そんな遅くまで?」

「そういう日もあるわ」

 

 ティナは俺を支えたまま、肩をすくめる。

 

「だから三人で行っちゃいましょ。どうせ皆で行っても男湯と女湯で別れてるから別々だしね」

「それは……まあ……」

 

 俺は頷きかけて、途中で止まった。

 

(……3人で行くってことは、ティナとノノと一緒にお風呂入るんだよな。どうしても罪悪感が)

 

 ティナは俺の表情を見て、首を傾げる。

 

「何その顔。嫌な想像した?」

「してない」

「してる顔だよ」

「してないって!」

 

 ノノが「えへへ」と笑った。

 こういう会話をしてる時が、一番“いつも”に近い。気まずさが薄れて、胸の奥が少し軽くなる。

 

 歩いて数分。

 冒険者ギルドから本当に近い場所に、ひときわ目立つ建物が見えた。

 白い壁。丁寧に磨かれた石の階段。入り口に咲く白い花。看板には、上品な文字でこう書いてある。

 ──白百合の止まり木。

 

「……おぉ」

 

 思わず声が漏れた。

 見るからに高級な宿だ。というか、俺の人生と縁がなさそうな建物だ。

 ノノは得意げに胸を張る。

 

「ここだよー!」

「ここ……? いや、ノノ、俺たち、入っていいのか?」

「大丈夫大丈夫!」

 

 大丈夫の根拠が軽い。

 ティナも少しだけ目を見開いて、建物を見上げた。

 

「……ここ、結構いいとこじゃない」

「うん。ここはね、私のお得意さんで、色々商品を買ってもらってるんだよね~」

 

 ノノが指で数えるみたいに言う。

 

「スパイスとか、香草とか、食材とか。あと、ちょっと珍しいお茶とか色々ね」

「……ノノ、ちゃんと商売してるんだなぁ」

「そりゃそうだよ! 私、一応商人よ商人!」

 

 自信満々で胸を張りながら言う。

 

「でね、本来なら宿のお客さんじゃないと入れないお風呂を、特別に入らせてもらってるの。役得ってやつ!」

「役得……」

 

 それにしたって、白鹿亭とは雰囲気が全く違う。

 雰囲気に飲まれて思わず躊躇していると、ティナが俺の顔を覗き込む。

 

「何また変な顔してるの」

「いや……場違いな感じがしてな」

「そう? ノノのコネなんでしょ。堂々としなさいよ」

 

 堂々とできるなら苦労しない。

 ノノは正面の入口を素通りして、建物の脇を回り込んだ。裏口の方へ向かう。

 

「正面から入るとね、ちょっと面倒だから。裏口の納品で使ってる方から行くよ!」

 

 慣れた足取りで、ノノが裏口の扉を開ける。

 

「こんにちはー!」

 

 声のトーンが普段と同じなのが逆にすごい。

 中は静かだった。ふわっと温かい空気と、上品な香りが流れてくる。木と布と、何か甘い香り。清潔感のある匂いだ。

 奥から、足音が近づいてくる。

 現れたのは、上品な雰囲気の女性だった。髪をきっちりまとめて、柔らかい笑みを浮かべている。服装も、制服っぽいものを着ている。

 

「あら、ノノちゃん~」

 

 その声がやけに落ち着いていて、俺は背筋を伸ばしてしまった。

 

「ちょうど良かった。お料理に使うスパイスとかが、もうすぐ無くなりそうだから補充してもらえるかしら。あと他にも──」

 

 女性は次々と注文を口にする。

 

 ……そしてノノが急に「別人」になった。

 

「はい、わかりました。ではいつもと同じ三袋ですね。あと、干し果実の方は次の便で増やして持ってきます。いつもありがとうございます」

 

 口調が丁寧。声が落ち着いてる。姿勢が良い。

 さっきまで「えへへ!」だったのに、今は完全に仕事モードだ。

 俺とティナは、思わず同時にポカーンとした。

 

(ノノ……仕事の時はちゃんとしてるんだなぁ。 いつもと別人すぎて、誰? って感じだ)

 

 ティナも小声で呟く。

 

「……あの子、ちゃんとしてるのね」

「いや、いつもちゃんとしてないみたいな言い方やめろ」

 

 俺がツッコミを入れた瞬間、女性がこちらに気付いて目を丸くした。

 

「あらあら、ごめんなさいね。お話に夢中になってしまって」

 

 女性は優雅に会釈して、俺たちを見る。

 

「今日はお友達を連れてきて、お風呂に入る感じかしら?」

 

 ノノは仕事の顔のまま、きちんと頷いた。

 

「はい。お風呂好きな子なので、ここのお風呂にぜひ入ってもらいたいなと思いまして!」

 

 女性は嬉しそうに笑った。

 

「もちろん、ノノちゃんならいつでも良いわよ。さぁ、お友達も入ってらっしゃい」

「ありがとうございます! またスパイスちょっと多めに持ってきますね」

「うふふ、お願いね」

 

 トントン拍子に話が進む。

 俺は置いていかれたまま、頭の中でだけ必死に状況を整理していた。

 

(え、もういいの? そんな簡単に?)

 

 ティナが俺の背中を軽く叩く。

 

「ほら、入るよ。遠慮しても誰も得しないでしょ」

「遠慮っていうか、あまりにも簡単に進むから、追いつかないっていうか」

 

 ノノが振り返って、にししと笑った。

 

「大丈夫だよー。私、信用あるから!」

 

 思ってたよりしっかりしてるんだなノノ。

 感心しながら宿に入ると、想像していたよりもこじんまりしていた。

 豪華で、デザインがしっかりしていて、調度品も高そう。でも、やたら広いわけじゃない。落ち着いた大人の空間って感じだ。

 廊下を歩くと、制服をきちんと着た男性スタッフが頭を下げ、可愛らしい制服の女性スタッフが静かに通り過ぎる。足音がほとんどしない。

 

(おぉ……教育が行き届いているのか、スタッフの人も凄いな)

 

 俺の靴音だけがやたら響いている気がして、歩くたびに緊張する。

 ノノに案内されて奥へ進むと、小さめの扉があった。そこから湯気がほんのり漏れている。

 

「ここだよ!」

 

 扉を開けると、浴場が見えた。

 大衆浴場みたいに大きくはない。でも、清潔感があって、落ち着いた雰囲気。石と木の組み合わせが上品で、湯気が柔らかく漂っている。

 脱衣所に入ると、まだ入浴するには時間が早いせいか、他の入浴者はいないらしい。静かだ。

 

(助かった……)

 

 俺は心からそう思った。

 いや、別に誰がいても入れるけど。入れるけど、どうしても女性の裸を見るのに罪悪感がある。

 ティナとノノが服を脱ぎ始める気配がして、俺は反射的に壁を見る。

 

(俺は一体いつになったら、女性の身体に慣れるんだろう。慣れてしまったらそれはそれで怖いけど……)

 

 ささっと脱ぐ。とにかく速く。目線は上。タオルを探す。

 

「はい、アウラちゃん。貸し出しのタオルね」

 

 ノノがタオルを渡してくれる。

 

「お、おう。ありがとう」

 

 俺は受け取って、速攻で腰に巻いた。

 

(……よし、余計なことは考えないようにして、風呂を楽しもう)

 

 浴場へ入る。

 湯気が肌に触れて、ふっと緊張がほどける。

 壁には、以前入った大衆浴場と同じように、金属の口が並んでいる。蛇口みたいな口からお湯が出るやつだ。作りは同じに見えるが、少しデザインが違う。

 

(デザインが凝ってる……、こういう所でも金が掛かってるのがわかるな)

 

 金属の光り方が違う。床の石の質感が違う。掃除の行き届き方が違う。香りが違う。音が違う。

 俺は椅子に座って、お湯を出す。

 温かいお湯が肩から背中へ流れて、じわっと気持ちいい。

 

(ああ……これだ……生き返る感じがする……)

 

 身体を洗う。髪も洗う。タオルで髪をまとめて、湯船に浸からないようにする。

 そして、湯船へ。

 足を入れる。

 ちょっとぬるめだが、今の身体にはちょうど良い温度だった。

 熱すぎると、回復中の体が逆に疲れる。ぬるめの湯が、じわじわと芯まで浸透してくる。

 気持ちよくて思わず声が出そうになる。慌てて唇を噛んだ。

 

 少し沈む。

 肩まで浸かって、天井を見上げる。

 天井には大きな絵が描かれていた。風景画っぽい。森と湖と、白い花。壁や柱の作りも、よく見ると細かい意匠が入っている。デザインに拘ってるのが分かる。

 

(すげえ……風呂にまで世界観がある……)

 

 俺がぼんやりしていると、背後でちゃぷ、ちゃぷ、と音がした。

 ノノとティナも洗い終わったらしい。

 湯船に二人が入ってくる。

 俺は反射的に視線を天井に固定した。

 

(見ない。俺は天井画評論家。今は天井画しか見ない)

 

「ここのお風呂、すっごくいいでしょ~」

 

 ノノが嬉しそうに言う。

 

「いつも納品の時とかに入らせてもらってるんだよね~。役得でしょ~」

 

 にしし、と笑う声が湯気に溶ける。

 ティナも湯に沈んで、目を細めた。

 

「……大衆浴場と違って、凄く落ち着いてて……気持ちいいわ……」

 

 うっとりした表情。声も少し柔らかい。

 俺も目を閉じて、湯の感覚に集中する。

 身体がほどける。心がほどける。

 ……ステータス画面を見なくても回復しているのがわかる気がする。

 

 湯の音だけが続く。

 しばらくして──

 入口の方で、扉が開く音がした。

 誰かが入ってくる気配。

 

(宿泊客かな?)

 

 時間が早いからいないと思ってたけど、まあ宿だし、入る人は入るか。

 俺は目を開ける。

 入ってきたのは、俺と同じくらいの背格好の女性だった。

 俺と同じ金髪。

 ただし、髪はボサボサに切ってあって、前髪が目を隠すような形になっている。目元が見えない。表情が分からない。所謂メカクレって奴だ。

 でも、身体つきが──

 

(何か俺の身体に似てる気がする)

 

 俺の“美しい肉体”に似た身体つき。

 いや、言い方が気持ち悪いな……。

 女神の設定した肉体に似た身体、とでも言おうか。

 まるで作り物のように洗練された肉体。

 でも、そう思ってしまうくらい、バランスが整っている。

 俺は思わず見入ってしまった。

 

「……あんた、見すぎ。失礼でしょ」

 

 ティナの声が、湯気の向こうから刺さる。

 俺は我に返って、咳払いした。

 

「あぁ、すまん」

 

(なんだろう……何か惹かれるというか……)

 

 女性は何も言わず、淡々と身体を洗い始めた。

 動きが少しぎこちない。慣れていないようにも見える。

 俺は視線を逸らして、また湯を楽しむふりをした。

 ──そうしているうちに、女性が洗い終わったのか、浴槽へ入ってきた。

 

 ちゃぷん。

 女性は湯に沈み、うーん、と大きく伸びをした。

 湯が気持ちいいのだろう。声が、素直に漏れる。

 

(分かる……分かるぞ、その気持ち……)

 

 俺もさっき危うく声を出しそうになったからな。

 その瞬間。

 女性の顔が、こちらを向いた。

 正確には、前髪で目元が隠れているので、目が合ったかどうかは分からない。

 でも──“目が合った”感じがした。

 女性が、驚いたように声を上げた。

 

「んぁ!?」

 

 その声に驚いた俺も、反射で声を出す。

 

「え!?」

 

 湯気の中で、場違いなハモりが発生した。

 ノノが「なになに?」って顔をする。

 ティナは眉をひそめた。

 女性は慌てたように手を振る。

 

「す、すみません。ちょ、ちょっとびっくりしただけで……何でもないです……」

 

 そう言いながら、女性は湯の中を歩いて、俺の方へ近づいてくる。

 

(え、近い近い近い)

 

 いや、湯船の中で距離感が詰まるのは仕方ないんだけど、心の距離が追いつかない。

 女性は俺の前で立ち止まり、息を呑むようにして言った。

 

「その……もし差し支えなければ……お、お名前をお聞きしても良いでしょうか!」

 

(今!? この状況で!?)

 

 俺の脳内でツッコミが渋滞した。

 ティナが横から訝しげに睨んでくる。ノノは興味津々の顔。

 俺はとりあえず、正直に答えた。

 

「アウラ、ですけど」

 

 女性は小さく頷いた。

 

「アウラ……さん。そうでしたか……ありがとうございます」

 

 ……何だ、その納得。

 俺は逆に不安になって、聞き返す。

 

「……あなたは?」

 

 女性は一瞬固まった。

 そして、慌てたように目元を隠す髪を押さえ、視線を泳がせる。

 

「わ、私の名前は……えーっとえっと……シ……シャロンです」

 

 シャロン。

 絶対、偽名だろ。

 言い淀み方が、もう「今考えました」だった。

 女性──シャロンは、さらに早口になる。

 

「き、昨日ここに着いたばかりでして、その、あの……き、綺麗なお方だなと思って、声を掛けちゃいました。 ご、ごめんなさい! それでは!」

 

 言い終わる前に、シャロンは湯船を慌ただしく出た。

 ばしゃっ。

 タオルを取って、慌ただしく身体を拭き、脱衣所へ消えていく。

 湯気が揺れて、扉が閉まる音がした。

 静寂が戻る。

 俺はぽかんとしたまま、湯船の中で固まっていた。

 湯気の向こうで一瞬だけ、シャロンの前髪の隙間が揺れた気がしたからだ。

 そこに──俺と同じ、エメラルドの瞳が見えた、ような。

 

 ノノが小声で呟く。

 

「なんだったんだろ、あの人……」

 

 ティナは腕を組んで、俺を見る。

 

「……あんた、変な人に絡まれやすい体質なの?」

「知らねえよ。俺だって聞きたいわ」

 

 俺は湯の中で肩をすくめた。

 にしても、あの驚き方。

 

「んぁ!?」って。

 

 あれは、ただの驚き方じゃなかった気がする。

 俺を見て、何かに気付いたみたいな。

 

(……いや、考えすぎか?)

 

 せっかく風呂に入ってるのに、また頭を回してどうする。

 俺は深く息を吐いて、目を閉じた。

 湯がまだ、心地いい。

 今は、回復する時間だ。

 

(……変なことは、風呂上がりに考えよう)

 

 そう決めて、俺はもう一度、湯の中に身を沈めた。

 静かな湯音が、頭の中のざわめきを少しずつ溶かしていく。

 久しぶりに風呂に浸かれるんだ。──ちゃんと堪能しないと、もったいない。

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