【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ティナに手を貸してもらいながら、俺たちは街の石畳をゆっくり歩いていた。
手を貸してもらいながらって言うと、なんか俺が深刻な重傷者みたいに聞こえるが、多少ふらつくだけで別にそこまで問題はない。
実際、ここ数日ずっと「深刻」だったのは間違いないんだけど。
魔力炉の破損が治って、HPとMPが回復中。体の内側で鳴ってた不快な軋みが薄れて、動いても痛みが襲ってこない。足の裏の感覚が戻ってくる。肩の凝りがほどける。
……こういうの、当たり前のはずなのに。
当たり前が戻ると、それだけで嬉しい。
ティナは俺の腕を軽く支えながら、さっさと歩くんじゃなく、俺の歩幅に合わせてくれている。気遣いが見え見えで、逆に申し訳ない。
「そんなに支えなくても大丈夫だぞ?」
「さっきからちょっとふらついてるわよ。それに転んだら面倒でしょ」
「面倒って……」
口は悪いのに、こういうところで一番世話焼きなんだよな、この子。
前を歩くノノは、嬉しそうに小さく跳ねるみたいな歩き方をしている。背中から「楽しい」って文字が出てる。
「アウラちゃん! 今日のお風呂は、すっごくいいお風呂なんだよ!」
「ノノが案内してくれるおすすめだからな。期待してる」
「うん! ゆっくり入れて雰囲気が良いんだよね~」
雰囲気が良いのか。
正直、ちょっと楽しみだ。
ここ最近は身体を水で拭いたりするだけで、正直お風呂が恋しい。
異世界生活にもだいぶ慣れてきたが、やっぱりこういう細々とした所で不便だと感じる。
ノノがふと立ち止まって振り返る。
「そういえばさ、ティナちゃん。カイトくんは誘わなくて大丈夫?」
「カイトは今ギルドで力仕事の依頼受けてる。終わるの夕方くらいだって」
「えっ、そんな遅くまで?」
「そういう日もあるわ」
ティナは俺を支えたまま、肩をすくめる。
「だから三人で行っちゃいましょ。どうせ皆で行っても男湯と女湯で別れてるから別々だしね」
「それは……まあ……」
俺は頷きかけて、途中で止まった。
(……3人で行くってことは、ティナとノノと一緒にお風呂入るんだよな。どうしても罪悪感が)
ティナは俺の表情を見て、首を傾げる。
「何その顔。嫌な想像した?」
「してない」
「してる顔だよ」
「してないって!」
ノノが「えへへ」と笑った。
こういう会話をしてる時が、一番“いつも”に近い。気まずさが薄れて、胸の奥が少し軽くなる。
歩いて数分。
冒険者ギルドから本当に近い場所に、ひときわ目立つ建物が見えた。
白い壁。丁寧に磨かれた石の階段。入り口に咲く白い花。看板には、上品な文字でこう書いてある。
──白百合の止まり木。
「……おぉ」
思わず声が漏れた。
見るからに高級な宿だ。というか、俺の人生と縁がなさそうな建物だ。
ノノは得意げに胸を張る。
「ここだよー!」
「ここ……? いや、ノノ、俺たち、入っていいのか?」
「大丈夫大丈夫!」
大丈夫の根拠が軽い。
ティナも少しだけ目を見開いて、建物を見上げた。
「……ここ、結構いいとこじゃない」
「うん。ここはね、私のお得意さんで、色々商品を買ってもらってるんだよね~」
ノノが指で数えるみたいに言う。
「スパイスとか、香草とか、食材とか。あと、ちょっと珍しいお茶とか色々ね」
「……ノノ、ちゃんと商売してるんだなぁ」
「そりゃそうだよ! 私、一応商人よ商人!」
自信満々で胸を張りながら言う。
「でね、本来なら宿のお客さんじゃないと入れないお風呂を、特別に入らせてもらってるの。役得ってやつ!」
「役得……」
それにしたって、白鹿亭とは雰囲気が全く違う。
雰囲気に飲まれて思わず躊躇していると、ティナが俺の顔を覗き込む。
「何また変な顔してるの」
「いや……場違いな感じがしてな」
「そう? ノノのコネなんでしょ。堂々としなさいよ」
堂々とできるなら苦労しない。
ノノは正面の入口を素通りして、建物の脇を回り込んだ。裏口の方へ向かう。
「正面から入るとね、ちょっと面倒だから。裏口の納品で使ってる方から行くよ!」
慣れた足取りで、ノノが裏口の扉を開ける。
「こんにちはー!」
声のトーンが普段と同じなのが逆にすごい。
中は静かだった。ふわっと温かい空気と、上品な香りが流れてくる。木と布と、何か甘い香り。清潔感のある匂いだ。
奥から、足音が近づいてくる。
現れたのは、上品な雰囲気の女性だった。髪をきっちりまとめて、柔らかい笑みを浮かべている。服装も、制服っぽいものを着ている。
「あら、ノノちゃん~」
その声がやけに落ち着いていて、俺は背筋を伸ばしてしまった。
「ちょうど良かった。お料理に使うスパイスとかが、もうすぐ無くなりそうだから補充してもらえるかしら。あと他にも──」
女性は次々と注文を口にする。
……そしてノノが急に「別人」になった。
「はい、わかりました。ではいつもと同じ三袋ですね。あと、干し果実の方は次の便で増やして持ってきます。いつもありがとうございます」
口調が丁寧。声が落ち着いてる。姿勢が良い。
さっきまで「えへへ!」だったのに、今は完全に仕事モードだ。
俺とティナは、思わず同時にポカーンとした。
(ノノ……仕事の時はちゃんとしてるんだなぁ。 いつもと別人すぎて、誰? って感じだ)
ティナも小声で呟く。
「……あの子、ちゃんとしてるのね」
「いや、いつもちゃんとしてないみたいな言い方やめろ」
俺がツッコミを入れた瞬間、女性がこちらに気付いて目を丸くした。
「あらあら、ごめんなさいね。お話に夢中になってしまって」
女性は優雅に会釈して、俺たちを見る。
「今日はお友達を連れてきて、お風呂に入る感じかしら?」
ノノは仕事の顔のまま、きちんと頷いた。
「はい。お風呂好きな子なので、ここのお風呂にぜひ入ってもらいたいなと思いまして!」
女性は嬉しそうに笑った。
「もちろん、ノノちゃんならいつでも良いわよ。さぁ、お友達も入ってらっしゃい」
「ありがとうございます! またスパイスちょっと多めに持ってきますね」
「うふふ、お願いね」
トントン拍子に話が進む。
俺は置いていかれたまま、頭の中でだけ必死に状況を整理していた。
(え、もういいの? そんな簡単に?)
ティナが俺の背中を軽く叩く。
「ほら、入るよ。遠慮しても誰も得しないでしょ」
「遠慮っていうか、あまりにも簡単に進むから、追いつかないっていうか」
ノノが振り返って、にししと笑った。
「大丈夫だよー。私、信用あるから!」
思ってたよりしっかりしてるんだなノノ。
感心しながら宿に入ると、想像していたよりもこじんまりしていた。
豪華で、デザインがしっかりしていて、調度品も高そう。でも、やたら広いわけじゃない。落ち着いた大人の空間って感じだ。
廊下を歩くと、制服をきちんと着た男性スタッフが頭を下げ、可愛らしい制服の女性スタッフが静かに通り過ぎる。足音がほとんどしない。
(おぉ……教育が行き届いているのか、スタッフの人も凄いな)
俺の靴音だけがやたら響いている気がして、歩くたびに緊張する。
ノノに案内されて奥へ進むと、小さめの扉があった。そこから湯気がほんのり漏れている。
「ここだよ!」
扉を開けると、浴場が見えた。
大衆浴場みたいに大きくはない。でも、清潔感があって、落ち着いた雰囲気。石と木の組み合わせが上品で、湯気が柔らかく漂っている。
脱衣所に入ると、まだ入浴するには時間が早いせいか、他の入浴者はいないらしい。静かだ。
(助かった……)
俺は心からそう思った。
いや、別に誰がいても入れるけど。入れるけど、どうしても女性の裸を見るのに罪悪感がある。
ティナとノノが服を脱ぎ始める気配がして、俺は反射的に壁を見る。
(俺は一体いつになったら、女性の身体に慣れるんだろう。慣れてしまったらそれはそれで怖いけど……)
ささっと脱ぐ。とにかく速く。目線は上。タオルを探す。
「はい、アウラちゃん。貸し出しのタオルね」
ノノがタオルを渡してくれる。
「お、おう。ありがとう」
俺は受け取って、速攻で腰に巻いた。
(……よし、余計なことは考えないようにして、風呂を楽しもう)
浴場へ入る。
湯気が肌に触れて、ふっと緊張がほどける。
壁には、以前入った大衆浴場と同じように、金属の口が並んでいる。蛇口みたいな口からお湯が出るやつだ。作りは同じに見えるが、少しデザインが違う。
(デザインが凝ってる……、こういう所でも金が掛かってるのがわかるな)
金属の光り方が違う。床の石の質感が違う。掃除の行き届き方が違う。香りが違う。音が違う。
俺は椅子に座って、お湯を出す。
温かいお湯が肩から背中へ流れて、じわっと気持ちいい。
(ああ……これだ……生き返る感じがする……)
身体を洗う。髪も洗う。タオルで髪をまとめて、湯船に浸からないようにする。
そして、湯船へ。
足を入れる。
ちょっとぬるめだが、今の身体にはちょうど良い温度だった。
熱すぎると、回復中の体が逆に疲れる。ぬるめの湯が、じわじわと芯まで浸透してくる。
気持ちよくて思わず声が出そうになる。慌てて唇を噛んだ。
少し沈む。
肩まで浸かって、天井を見上げる。
天井には大きな絵が描かれていた。風景画っぽい。森と湖と、白い花。壁や柱の作りも、よく見ると細かい意匠が入っている。デザインに拘ってるのが分かる。
(すげえ……風呂にまで世界観がある……)
俺がぼんやりしていると、背後でちゃぷ、ちゃぷ、と音がした。
ノノとティナも洗い終わったらしい。
湯船に二人が入ってくる。
俺は反射的に視線を天井に固定した。
(見ない。俺は天井画評論家。今は天井画しか見ない)
「ここのお風呂、すっごくいいでしょ~」
ノノが嬉しそうに言う。
「いつも納品の時とかに入らせてもらってるんだよね~。役得でしょ~」
にしし、と笑う声が湯気に溶ける。
ティナも湯に沈んで、目を細めた。
「……大衆浴場と違って、凄く落ち着いてて……気持ちいいわ……」
うっとりした表情。声も少し柔らかい。
俺も目を閉じて、湯の感覚に集中する。
身体がほどける。心がほどける。
……ステータス画面を見なくても回復しているのがわかる気がする。
湯の音だけが続く。
しばらくして──
入口の方で、扉が開く音がした。
誰かが入ってくる気配。
(宿泊客かな?)
時間が早いからいないと思ってたけど、まあ宿だし、入る人は入るか。
俺は目を開ける。
入ってきたのは、俺と同じくらいの背格好の女性だった。
俺と同じ金髪。
ただし、髪はボサボサに切ってあって、前髪が目を隠すような形になっている。目元が見えない。表情が分からない。所謂メカクレって奴だ。
でも、身体つきが──
(何か俺の身体に似てる気がする)
俺の“美しい肉体”に似た身体つき。
いや、言い方が気持ち悪いな……。
女神の設定した肉体に似た身体、とでも言おうか。
まるで作り物のように洗練された肉体。
でも、そう思ってしまうくらい、バランスが整っている。
俺は思わず見入ってしまった。
「……あんた、見すぎ。失礼でしょ」
ティナの声が、湯気の向こうから刺さる。
俺は我に返って、咳払いした。
「あぁ、すまん」
(なんだろう……何か惹かれるというか……)
女性は何も言わず、淡々と身体を洗い始めた。
動きが少しぎこちない。慣れていないようにも見える。
俺は視線を逸らして、また湯を楽しむふりをした。
──そうしているうちに、女性が洗い終わったのか、浴槽へ入ってきた。
ちゃぷん。
女性は湯に沈み、うーん、と大きく伸びをした。
湯が気持ちいいのだろう。声が、素直に漏れる。
(分かる……分かるぞ、その気持ち……)
俺もさっき危うく声を出しそうになったからな。
その瞬間。
女性の顔が、こちらを向いた。
正確には、前髪で目元が隠れているので、目が合ったかどうかは分からない。
でも──“目が合った”感じがした。
女性が、驚いたように声を上げた。
「んぁ!?」
その声に驚いた俺も、反射で声を出す。
「え!?」
湯気の中で、場違いなハモりが発生した。
ノノが「なになに?」って顔をする。
ティナは眉をひそめた。
女性は慌てたように手を振る。
「す、すみません。ちょ、ちょっとびっくりしただけで……何でもないです……」
そう言いながら、女性は湯の中を歩いて、俺の方へ近づいてくる。
(え、近い近い近い)
いや、湯船の中で距離感が詰まるのは仕方ないんだけど、心の距離が追いつかない。
女性は俺の前で立ち止まり、息を呑むようにして言った。
「その……もし差し支えなければ……お、お名前をお聞きしても良いでしょうか!」
(今!? この状況で!?)
俺の脳内でツッコミが渋滞した。
ティナが横から訝しげに睨んでくる。ノノは興味津々の顔。
俺はとりあえず、正直に答えた。
「アウラ、ですけど」
女性は小さく頷いた。
「アウラ……さん。そうでしたか……ありがとうございます」
……何だ、その納得。
俺は逆に不安になって、聞き返す。
「……あなたは?」
女性は一瞬固まった。
そして、慌てたように目元を隠す髪を押さえ、視線を泳がせる。
「わ、私の名前は……えーっとえっと……シ……シャロンです」
シャロン。
絶対、偽名だろ。
言い淀み方が、もう「今考えました」だった。
女性──シャロンは、さらに早口になる。
「き、昨日ここに着いたばかりでして、その、あの……き、綺麗なお方だなと思って、声を掛けちゃいました。 ご、ごめんなさい! それでは!」
言い終わる前に、シャロンは湯船を慌ただしく出た。
ばしゃっ。
タオルを取って、慌ただしく身体を拭き、脱衣所へ消えていく。
湯気が揺れて、扉が閉まる音がした。
静寂が戻る。
俺はぽかんとしたまま、湯船の中で固まっていた。
湯気の向こうで一瞬だけ、シャロンの前髪の隙間が揺れた気がしたからだ。
そこに──俺と同じ、エメラルドの瞳が見えた、ような。
ノノが小声で呟く。
「なんだったんだろ、あの人……」
ティナは腕を組んで、俺を見る。
「……あんた、変な人に絡まれやすい体質なの?」
「知らねえよ。俺だって聞きたいわ」
俺は湯の中で肩をすくめた。
にしても、あの驚き方。
「んぁ!?」って。
あれは、ただの驚き方じゃなかった気がする。
俺を見て、何かに気付いたみたいな。
(……いや、考えすぎか?)
せっかく風呂に入ってるのに、また頭を回してどうする。
俺は深く息を吐いて、目を閉じた。
湯がまだ、心地いい。
今は、回復する時間だ。
(……変なことは、風呂上がりに考えよう)
そう決めて、俺はもう一度、湯の中に身を沈めた。
静かな湯音が、頭の中のざわめきを少しずつ溶かしていく。
久しぶりに風呂に浸かれるんだ。──ちゃんと堪能しないと、もったいない。