【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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38話 空間魔法

 あの後。

 昼寝から目覚めて、夕食をティナとカイトと一緒に取って──そのまま、またすぐ眠ってしまった。

 

(どんだけ寝るんだよ俺……)

 

 でも身体がそう言ってる。

 もっと寝て休めと。

 ようやく日常が戻ってきたと思ったら、身体の方が「まだだ」と訴えてくる。

 いくらでも眠れてしまうのは、たぶん疲れが溜まってる証拠だ。

 前世なら「寝すぎは体に悪い」とか言われるやつだが、今は素直に従った方がいい気がする。

 そうして、俺は夜の間ほとんど起きることなく眠り続けた。

 

 ──そして次の日の朝。

 

 薄いカーテン越しに差し込む光で目が覚める。

 白鹿亭の朝の匂い。木の匂いと、廊下から漂ってくる料理の匂い。遠くで誰かが笑ってる声。

 

(……ああ、朝だ)

 

 体を起こして、まず最初にやることがある。

 俺は半透明のステータス画面を開いた。

 

【HP:90/90】

【MP:52/90】(回復中)

 

「……お、いいな」

 

 HPは全快。

 MPは満タンじゃないが、昨日と比べたら十分すぎる。

 

(昨日まで、あんなにフラフラだったのが嘘みたいだ)

 

 痛みや吐き気、頭痛もない。

 身体の内側が、静かに回っている感覚がある。ちゃんと動いている。正常に。

 念のため、ゆっくり立ち上がる。

 ──ふらつかない。

 その気配に、隣のベッドで寝ていたティナがもぞ、と動いて目を開けた。

 

「……おはよう」

「おはよう。起こしちゃったか。すまないな」

 

 俺が言うと、ティナは寝起きのまま目を細めて、すぐに現実モードに戻る。

 

「気にしなくていいわ。それより体調はどう?」

 

 俺は答える代わりに、肩を回す。

 足をぐるぐる動かす。

 膝を軽く曲げ伸ばししてみる。

 ──問題ない。

 

「心配かけたな。とりあえず、この通り全快したと思う」

 

 ティナが少しだけ笑った。ほんの少し、安心した顔になる。

 

「それなら良かったわ」

 

 その言葉だけで、妙に胸が軽くなる。

 前世では誰かに「良かった」と言われる機会なんてほとんどなかった。

 体調が悪くても、仕事が増えるだけだった。

 でも今は違う。

 

(……ありがたい)

 

 俺たちは着替えて、カイトを起こした。

 カイトは最初「まだ眠い……」みたいな顔をしていたが、ティナに軽く小突かれて目が覚める。

 

「うぅ……ティナ、朝から容赦ない……」

「起きなさい。朝食の時間よ」

「はい……」

 

 この二人、ほんと息ぴったりだな。

 そのまま一階に降りて、白鹿亭の朝食を三人で取る。

 パン、スープ、卵料理。素朴だけどちゃんと温かい。

 腹が満たされると、身体がちゃんと動く実感が増す。

 

 周りを見れば、他の冒険者たちの顔もちらほらいる。

 目が合った冒険者達が、軽く手を上げた。

 

「おはよー、元気になったのね。良かった」

「おう、顔色いいじゃねえか」

「あぁ、おはよう。お陰様でこの通り元気だ」

 

(この間の件以降、やけに声を掛けられる。回復魔法、やっぱ目立ってたんだろうな。教会に目をつけられるとか言われてたし……気をつけないと)

 

 朝食の後、ティナとカイトに今日の予定を聞くと、二人ともギルドで簡単な依頼を受けているらしい。

 

「朝から出るわ。軽い運搬とギルド内の片付けの依頼を受けてる」

「人手が足りてないみたいで、結構稼ぎ時なんですよ!」

 

 カイトが言う。

 俺は頷いて、自分の予定を告げた。

 

「俺は……今日は無理しないで、安静にしつつ様子を見るよ。大丈夫そうなら明日辺りからギルドに顔出すつもりだ」

「賛成。今日無理する気なら殴ってたところよ」

「殴るなよ」

「殴るわよ」

 

 ティナは真顔だ。冗談なのか本気なのか分からない。

 

(……いや、半分本気だなこれ)

 

 カイトが苦笑して「無理しないで、安静にしてて下さいね!」と言い、二人はギルドへ出かけていった。

 

 部屋に戻った俺は、まず軽くストレッチをする。

 身体の硬さを確かめて、呼吸を整える。

 前から思ってたけど、この身体めちゃくちゃ柔らかい。

 開脚もI字も普通にできる。前世の腰痛持ちだった俺に見せてやりたい。

 いや、美少女になってる姿見せても信じられんだろうが。

 それにしても自分の身体なのに、未だによく分かっていないのもどうなんだろうな、等と思いながら、魔剣を腰に差して外へ出ることにした。

 

(この剣の侵食っていうのも何なのか調べておきたいが、どうやって調べたら良いんだ)

 

 よくわからない武器をこれから使い続けるのは怖いが、この剣勝手に動くんだよな。

 ……いや、でもよく考えると、骸骨仮面の男との戦闘の時には勝手に動かなかった。

 どういう条件で動いて、侵食とは何なのか。

 この辺りも今後、検証していきたい所だな。

 

 宿の一階で女将さんに声をかける。

 

「体調いいから、少し歩いてきます」

「顔色は良くなってるね。でも無理はするんじゃないよ」

「分かってる」

「分かってるならいいさ。じゃあ行っといで」

 

 白鹿亭を出ると、入口に立つ。

 ここをまずワープの移動先として登録しておきたい。

 昨日取ったばかりの魔法で、まだ試していない。 

 俺は意識を集中する。

 目の前に見えない枠が浮かぶような感覚。

 登録、という言葉に引っ張られるように、場所そのものに印をつける。

 

 ──できた、と思う。

 

 特に何かが光ったり、音が鳴ったりはしない。

 MPの消費もない。

 

(……でも分かる。不思議だな。感覚で登録したって確信がある)

 

 魔法研究の影響かもしれないが前よりも魔法について理解ができる。

 説明文を読まなくても、頭の奥に「そういうものだ」という理解がある。

 

 街を歩き出すと、昨日とは身体の調子がまるで違うのが分かった。

 足が軽い。ふらつきがない。軽く走っても息が切れない。

 

(やっぱ健康って大事だなぁ……)

 

 当たり前だけど、当たり前じゃなかった。

 昨日までの俺は「立ってるだけで疲れている」状態だった。

 

 宿の近くの南門まで来ると、以前と違って兵士の数が多い。

 門の周りに、普段より二倍くらい人がいる。視線も鋭い。

 

(……やっぱり、この間の事件で警戒してるのか)

 

 骸骨仮面の男。

 正体は分からない。

 だが多くの冒険者と兵士が傷ついたという事実だけは残った。

 警戒するのは当然だろう。

 

 俺は兵士に声をかける。

 

「すみません。ちょっと街の周辺を散歩してきます」

「散歩だと……? お前、この間何があったのか知らんわけではあるまい」

「ええ、勿論知ってます。この通り身を守る剣もありますし、少し外の空気を吸いたいだけです」

「……はぁ。まあいい。遠く行くなよ。物騒だからな」

「分かってます」

 

 門を抜ける。

 街道を少し進み、そこから少し外れて人目のない場所へ移動する。

 草の匂い。土の匂い。空が青い。

 のどかな景色だ。

 この間のピリピリした雰囲気が嘘みたいに、平和に見える。

 

(……一見平和に見えるんだけどなぁ)

 

 俺は深呼吸して、まず身体の状態を確かめることにした。

 近くの木に向かって軽く走る。

 踏み切ってジャンプ。

 空中で回転しながら木を蹴って、さらに上へ跳ぶ。

 

 枝を掴む。

 身体を振り子みたいに振って、勢いをつけて放す。

 空中で回転して、地面に着地。

 うん、全然問題なし。

 

 そのまま何度か、アクロバティックの恩恵を受けた動きを試す。

 飛ぶ、回る、着地する、止まる。

 呼吸も乱れない。

 視界も揺れない。

 

(よし。昨日までの不調が嘘みたいに治ってる。体調はもう大丈夫そうだな)

 

 次はいよいよ魔法の練習だ。

 昨日覚えたばかりの空間魔法。

 怖い部分もあるが、確認しないほうが怖いからな。

 

 まずは安全なやつ。

 アイテムボックスからだ。

 

 俺は手を突き出して意識を集中させる。

 手のひらの奥で、空間が“歪む”感覚がした。

 目に見えないのに、触れるような違和感がある。

 近くの石を拾い、手のひらの歪みに近づける。

 すっ、と吸い込まれるように消えた。

 

「……おお」

 

 どこに入ったかが、感覚で分かる。

 そして、どれくらい入るのかも、何が入ってるのかも理解できる。

 

(これ……思ったより、めちゃくちゃ入るぞ)

 

 馬車数台分。

 いや、それどころじゃない気がする。

 頭の中の容量感覚が、もっと大きいと言っている。

 今度は中に入れた石を取り出す意識を向ける。

 すると、石がすっと手のひら側に現れた。

 

「……便利すぎだろ」

 

 しかも、MPが減ってる感じがない。

 

(消費なし……? これ、日常の革命だろ)

 

 荷物問題が終わる。

 食料も保存できる。

 服も入る。

 ……万が一、ハイレグアーマーのせいで、服が吹き飛んだ時の為にも服や下着は多めに入れておこう。

 

 次は問題児だと思われる空間制御だ。

 俺は少しだけ距離を取る。

 周囲に何も無い事を確認する。

 さらにもう一度、深呼吸。

 

 片手を突き出す。

 意識を集中させて空間制御の魔法を使う。

 ──世界を触る感覚が来た。

 

「……おぉ?」

 

 なにもない空間が、粘土みたいに“ぐにゅ”と触れる。

 指先じゃない。意識の指先。

 空間そのものが、柔らかい素材みたいに弄れる。

 

(なんだこれ……気持ち悪い。いや、すげぇ)

 

 触った部分が歪む。

 引っ張ると伸びる。

 ちぎるようにすると、ブチブチと裂けるような感覚すらある。

 触って捻れた空間は、奥の景色が捻れて見えてて何だか不気味に見える。

 

 俺は少し弄って、すぐに離れた。

 そして、空間制御を解除する。

 途端に。

 

 ──世界が、元に戻ろうとする。

 

 空間が“ぐしゃっ”と縮む。

 周囲の砂や空気が巻き込まれて、一瞬だけ中心に吸い寄せられる。

 まるで一瞬だけ、そこにブラックホールができたみたいに。

 次の瞬間、何事もなかったように静かになる。

 

「……こわっ」

 

 声が漏れた。

 少し弄っただけでこれだ。

 もっと大きく歪めたら、人を巻き込みかねない。

 

(これ、絶対街中で使わないようにしよう……)

 

 俺は今度、近くにあった小さめの岩がある空間を対象にする。

 少し離れていても弄ることができるようで、距離を取ったまま空間制御で岩の周囲の空間を弄ってみる。

 岩の周囲の空間が粘土みたいに“ぐにぐに”と歪む感覚がする。

 そして、念のためもっと離れてから解除した。

 

 ──ドンッ!

 

 破裂音みたいな音とともに、岩が爆散した。

 破片が飛び散り、地面に突き刺さる。

 

「ひぇ……」

 

 思わず声が出た。

 二度見したくなる威力だ。

 

(威力、えげつな……)

 

 消費MPを確認する。

 さっきより少しだけ減っている。

 

(……MPが2だけ減ってる? 一回1消費? 威力の割に軽すぎないか)

 

 軽すぎて怖い。

 こんなものが簡単に撃てるなら、間違えたら味方も巻き込む。

 しかし動いている相手に当てるのは難しそうだ。

 空間を弄るには、ある程度“触っている時間”が必要な気がする。

 それに物体を触るんじゃなくて、あくまで触っているのは空間だから、動いている相手に使っても簡単に逃げられる。

 

(……威力はある。でも使い所が難しい。典型的なロマン枠ってやつかも)

 

 今度は別の岩を対象に検証してみようかと考えていると、背後から声がした。

 

「やぁやぁ、面白そうなことしてるね~」

「げっ」

 

 思わず声が出た。

 振り向く。

 

 ゴスロリっぽいドレス。

 銀髪のさらさらなロングヘア。

 エルフの美少女……に見える男。

 マルルゥだ。

 

(なんでここにいるんだよ!!)

 

 本能的に近寄りたくなくて、嫌な汗が出る。

 しかしそんな俺とは裏腹に、マルルゥは楽しそうに歩いてきて、さっき爆散した岩を眺めた。

 

「魔法の練習? にしても、ボクでも見たこと無いような高度な魔法みたいだね」

「いや……ずっと寝てたからな。身体の調子見ながら、魔法の練習でもしようかと思って」

 

 俺は言いながら、距離を取る。

 こいつ、笑ってるけど目が笑ってない時がある。

 というか基本信用できない。

 

「空間が揺らいで、岩を簡単に粉砕する威力……。うーん、何の魔法?」

「何でもいいだろ。それより、何でお前がここにいるんだよ」

 

 マルルゥは肩をすくめた。

 

「ボクは君の護衛さ。ヴァンに言われたのは、君の治療と護衛なんだよねぇ~」

 

 さらっと言う。

 つまり──つけてきた。

 

「……尾行してたのかよ」

「失敬だなぁ。護衛だよ護衛。ちゃんと仕事」

 

 悪びれない。

 腹立つ。

 マルルゥは指を一本立てて、得意げに続ける。

 

「それに尾行なんてしなくても、君は治療の時にボクのペンダントの石を飲んだでしょ。あれが体内にある限り、君がどこにいるのかなんて簡単にわかっちゃうんだよねぇ」

 

 治療の時にマルルゥが首から下げていたペンダントの石を削ったアレか……。

 

「あれまだ身体に残ってるのかよ……。お前そういう事はちゃんと言っておけよな。っていうか、とっとと身体から出してくれよ」

「大丈夫大丈夫。石の魔力切れたら勝手に排出されるから。それまではボクの玩具として自覚を持つようにね~」

「勘弁してくれ……」

 

 マルルゥは心底楽しそうにニヤニヤしている。

 ……こいつと話してるとストレスで体調が悪くなりそう。

 

「っていうか、お前じゃなくてヴァンが直接護衛してくれたら良いじゃないか。何でよりによってお前が護衛についてるんだよ」

「ボクはヴァンと同じミスリル級冒険者。だけど、実力はヴァンよりよっぽど上なのさ。君が誰かに狙われてもボクなら護りきれる……ってヴァンの判断だよ」

「ほーん」

「信じてない顔だね~」

 

 信じるわけがない。

 こいつを信じるのは、こいつの本性をしらない可愛そうな犠牲者だけだ。

 マルルゥは楽しそうに笑って言った。

 

「ヴァンから前金でしっかりお金もらってる以上、君の護衛はちゃんとするつもりさ。とはいえ、あんまり近くに居ても嫌だろうし、影からこっそり守ってあげようかと思ってたんだけど……面白そうなことしてるから、思わず声かけちゃったよ。失敬失敬」

「……そりゃどうも」

 

 俺はため息をついた。

 関わりたくない。

 

「それより、ヴァンは今日どうしてるんだ?」

 

 マルルゥはにこにこしながら答える。

 

「ヴァンはねぇ、君の為に色々動いてるんだよ。う~ん、恋の予感」

「……は?」

 

 冗談なのか本気なのか分からないのが一番嫌だ。

 しかも、ヴァンは実際に俺にやたら親切だ。

 だから余計に面倒な方向に話が転ぶ。

 

(こいつ、絶対面白がってるだけだな)

 

 マルルゥは俺の顔を覗き込んでくる。

 

「それより体調はどう? 見た感じだいぶ良さそうだけど」

「お陰様でな。もう何ともないよ。魔力も回復してきてるし、身体も十分動く」

 

 マルルゥは頷く。

 

「まあ、さっき遠くから見てたけど、猿みたいな動きで木に飛んでたね。あれだけ動けるなら大丈夫だよね」

「……言い方酷くない?」

「褒めてるんだよ?」

「褒め方が最悪なんだよ」

 

 俺はもう面倒になってきた。

 こいつと話してると、心のHPが削られる。

 

「じゃあ俺、そろそろ帰るから」

 

 そう言うと、マルルゥは残念そうに口を尖らせた。

 

「あれ? もう帰っちゃうの? もう少し君の魔法見たかったんだけどなー」

 

 そして、ついてこようとする。

 

(うわ。やめろ。来るな。こいつがいるだけで平和が壊れる)

 

 俺はふと、思いついた。

 ──そうだ。

 

「……じゃあ最後に一つ魔法を見せてやるよ」

「お、本当? どんな魔法を見せてくれるのかな~」

 

 マルルゥがワクワクしている。

 俺はニヤッとした。

 

「先に宿に戻ってる」

「え?」

 

 その瞬間、俺は意識を集中させた。

 周囲が歪む感覚。

 登録した白鹿亭の入口を思い浮かべる。

 

 ──ポンッ。

 

 身体がすっ飛ばされるような感覚とともに、視界が切り替わった。

 気づけば、俺は白鹿亭の前に立っていた。

 

「……すっげぇ。これがワープか」

 

 息を吐く。

 心臓が少しドクドクしている。

 MPを確認すると減ってる。

 

(消費10……か。結構使うな)

 

 でも、一瞬で移動できる。

 ただ、使う時に意識をかなり集中させないといけないのと、飛ぶまでにわずかなタイムラグがある。

 戦闘中に即座に、というのは難しそうだ。

 

(流石にそこまで万能じゃないか。でも十分便利だ)

 

 何より──

 

(マルルゥ置いて帰ってこれたの、ちょっとスッとするな)

 

 いや、護衛としては問題かもしれないけど。

 でも今だけは許してほしい。

 

 俺は白鹿亭の看板を見上げて、深く息を吸った。

 今日はこれくらいでいい。

 無理はしない。

 魔法の検証はできたし、体調も確認できた。

 

(……あとは、戻って休んで、また明日だ)

 

 俺は宿の扉に手をかけた。

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