【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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39話 女湯に平穏はない

 ワープで白鹿亭に戻った後は、部屋でステータス画面を見てスキルのリストを見たり、アイテムボックスに服などを入れたり出したりしているとあっという間に時間が過ぎていた。

 いや、アイテムボックスに物を出し入れする時の感覚って何かクセになるんだよな。

 すっ、と物が消えてまた現れる。

 魔法ってこういうことなんだな、って実感する。

 前世じゃゲームの中だけだった「アイテム欄」が、今は現実にある。

 不思議な感覚だ。

 

 そんな事をして時間をつぶした後、夕方より少し前──宿の1階がにわかに賑やかになった。

 1階から聞こえる声は、カイトの妙に元気な声。

 

「ただいま戻りましたー!」

 

 階段の軋む音がして、廊下に足音が聞こえる。

 扉がノックされる前に、俺は返事をしてしまう。

 

「おかえり。二人ともお疲れ様」

 

 扉が開き、カイトが顔を覗かせた。

 

「アウラさんも、顔色良くなってきましたね! 安心しました!」

「あぁ、少し散歩に出た後は、部屋でゆっくりして安静に過ごしたからな。もう大丈夫だ」

「ちゃんと休んでたのね。顔色も良くなったし安心したわ」

 ティナが俺の顔を一瞥する。

 その視線は、医者というか保護者のようだ。

 

「それで、どうだった? 依頼」

「軽い運搬と、ギルドの片付け。ほんとに簡単なやつよ」

「でも人手が足りてないのは本当ですね。ギルド、まだちょっとピリピリしてました」

 カイトが言って、少しだけ声を落とす。

 ピリピリ。

 その単語だけで、頭の片隅に嫌なものがよぎる。

 

 骸骨仮面の男……。

 名前すら分からないが、俺を聖女と勘違いして襲ってきた男。

 あいつの起こした騒ぎは収まったが、未だに街の空気に傷跡だけ残っている。

 ティナが俺の様子を見て、話題を切り替えるみたいに言った。

 

「ねぇ、少し早いけど、今のうちにお風呂行かない?」

「今から?」

「そう。汗もかいたし、疲れも抜けるでしょ。ね、カイト」

「うん、この時間ならまだ混んでないかも!」

 

 風呂は好きだ。温かい湯に浸かると、身体がちゃんと生きてる感じがする。

 とはいえ女湯なんだよなぁ……。

 慣れない。何度行っても慣れない。

 頭では「今の俺は女なんだ」と分かっていても、心のどこかが納得してない。

 それでも、ティナとカイトが自然に誘ってくれるのはありがたいことでもある

 

「よし、行くか」

「決まりね」

 

 こうして俺たちは、いつもの南門共同浴場へ向かった。

 ノノの依頼や寝込んでいた期間もあったせいか、妙に久しぶりに感じる。

 

 入口をくぐると、番台に座ったいつもの年配の女将さんらしき人がこちらを見た。

 いつもの無愛想というか、淡々とした表情。

 料金を払って、カイトと別れる。

 男湯に向かうカイトが、少しだけ振り返って手を振った。

 

「あとで入口で合流しましょう!」

「おう」

 

 ティナと俺は女湯へ向かう。

 ──そして、問題の脱衣所。

 

 扉を開けた瞬間、当然だが女性たちが裸で動いている。

 身体を拭いている人。髪を束ねている人。桶を抱えている人。

 当たり前の光景。

 当たり前すぎて、俺だけが異物になる。

 

(何度来ても罪悪感が半端ない……)

 

 俺は視線を宙に泳がせ、なるべく壁とか天井とか、安全地帯だけを見る。

 ティナがそんな俺を見て、呆れた声を出した。

 

「あんたいつも、お風呂に来ると挙動不審になるわね」

「しょうがないだろ、慣れないんだよ」

「はぁ……」

 

 ティナはため息をつきつつ、服を脱ぐ手は迷いがない。

 堂々としてる。

 いやまぁ、普通の人からしたらそれが当たり前の事なんだろうが……。

 俺は俺で、なるべく素早く自分の服を畳む。

 

 ふと、鏡に映る自分が目に入った。

 裸の自分自身。

 エメラルドの瞳。

 シミも傷もない肌。均整の取れた身体。

 

(……ほんと、作り物みたいだよな)

 

 そして思い出す。

 

(白百合の止まり木で会った、シャロン……)

 

 あの女性も、妙に整いすぎていた。

 洗練されたバランス。まるで作り物みたいな肉体。

 俺の身体も、それに似ている気がする。

 

 ティナが俺を見て眉を上げる。

 

「あんた何してんの? 早く入りましょ」

「あ、あぁ……すまん。入ろう」

 

 俺は我に返って、浴場へ入ると身体を洗い始めた。

 なるべく他の人に視線がいかないように無心で洗う。

 

(風呂は好きなんだよ。ほんとに好きなんだけど……)

 

 このギャップだけがしんどい。

 元男の俺が女湯にいるという事実が、どうしても頭の中で摩擦を起こす。

 金が溜まったら風呂付きの一軒家とか買えないだろうか。

 そうしたら、気兼ねなく風呂に入れるんだけどなぁ。

 風呂付きの一軒家がどれくらいの価格なのかにもよるけど、将来的には是非欲しい。

 

 全身を洗い終えて、ティナと浴槽へ向かった。

 タオルで髪をまとめて、湯船に浸かる。

 

「ちょっと熱めで気持ちいい……」

 

 白百合の止まり木のお風呂よりも、少し熱い。

 でも今は、その熱さが心地いい。身体の芯までほどけていく。

 

「この間の温めのお風呂も良かったけど、熱いのも気持ちいいわね」

 

 ティナも気持ちよさそうに、肩まで沈める。

 

「ゆっくり浸かるなら向こうが良いけど、一日の終わりならこっちが良いかもしれないな」

「そうね」

 

 目を閉じると、湯の音が近くなる。

 周りの雑音が遠ざかって、身体の疲れだけが溶けていく。

 

(……最近、色々ありすぎた)

 

 骸骨仮面。魔剣。回復魔法。スキル。

 そして、教会に目をつけられるかもしれないという不穏な話。

 

(明日ギルドに顔を出すとして、今後どうやって動こうか……)

 

 考え始めると、湯の気持ちよさに逆らって頭が重くなる。

 身体が温まった頃、ティナが言った。

 

「そろそろ出ましょ」

「ん、あぁ……いや、もう少し浸かってから出るよ。先に出ててくれ」

「そう? じゃあ、のぼせる前に出てきなさいよ」

 

 そう言うと、ティナは脱衣所へ向かっていく。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐き出して、お湯の中で大きく伸びをする。

 気持ちいい。やっぱり風呂は最高だ。

 サウナとかもあると良いんだが、こればっかりはなー……。

 いや、そういやさっきスキルのリストを見てた時に、製作系のスキルもあったな。

 もしかすると、その辺りのスキルで作れたりするかも?

 今後スキルポイントに余裕が出てきたら、そういうのを取っていくのも面白そうだな。

 風呂とかも作れたりして。

 

 うーん、夢が広がるな~と妄想していたが、そろそろ出ないとのぼせそうだ。

 名残惜しいが、湯船から出て脱衣所へ向かう。

 ──そして、脱衣所に入るタイミングで。

 ちょうど、入浴場へ入ってくる女性と目が合った。

 

 デカい。

 

 背が高い。

 それだけじゃない。色々な所がデカい。

 というか、圧がある。圧倒的存在感とでも言おうか。

 思わず視界に入ってしまい、俺の顔が熱くなる。

 

(デッッッッ……いやいや、俺は見ない。見ないんだ)

 

 だが次の瞬間、その女性の表情がみるみる泣きそうになった。

 

「シエル様ー! やっと見つけましたよー!」

「……は?」

 

 俺が状況を理解する前に、女性は勢いよく突っ込んできた。

 そして──思いっきり抱きしめられる。

 

「ぐぇっ!?」

 

 顔が、女性の大きな胸に埋まった。

 息ができない。視界がふわっと暗くなる。

 

(やばい、マジでやばい! 窒息する!)

 

 それだけじゃない。

 裸の女性に抱きしめられている。

 この状況。この感触。

 元男の俺の脳が、完全にオーバーヒートを起こす。

 

(死ぬ! 色んな意味で死ぬ!)

 

 もがく。逃げる。

 だが女性の腕力が強すぎて、びくともしない。

 抱擁という名の拘束。いや、圧殺。

 俺はタップアウトするように、相手の体をパシパシ叩いて正気に戻そうとする。

 

「はっ! す、すみません! ついうっかり!」

 

 女性が慌てて手を離す。

 俺は床に崩れそうになりながら、肺いっぱいに空気を吸った。

 

「はっ、はっ……死ぬかと思った……」

 

(胸で窒息とか、どんな死に方だよ……)

 

 顔が真っ赤なのは、窒息のせいだけじゃない。

 裸の女性に抱きしめられたという事実のせいでもある。

 脳内が混乱して、情報処理が追いつかない。

 

「……急になんなんだよ!」

 

 俺が言うと、女性はさっきまで泣きそうだったのに、ころっと笑顔になった。

 

「いやだなー、シエル様。 ヴェルノですよ。ヴェルノ! ほら!」

「ほら、じゃねえ……」

 

 ヴェルノと名乗った女性は、身長が高く、黒髪のベリーショート。

 三白眼で、目つきは強いのに表情が妙にコロコロ変わる。

 そして何より──ムキムキ。いや、戦士の肉体だ。

 

 腹筋がバキバキに割れている。

 腕も太い。

 俺はなるべく視線を逸らしながら、冷静に言った。

 

「俺の名前はアウラだ。シエルなんて名前じゃない」

「もー! そう言って逃げようとしたって駄目ですからね!」

 

 ヴェルノは指を立ててチッチッチと言い、勝ち誇った顔をする。

 

「この街で大勢の人の傷を一瞬で治した人がいるって聞いて、シエル様だと確信して急いで来たんですよー!」

 

 俺の背中が、ひやりと冷えた。

 

(……回復魔法の話、筒抜けになってる)

 

 ヴェルノは続ける。

 

「お風呂好きなシエル様なら、お風呂を探せば見つかると思いましたが、正解でしたね!」

 

 ふふん、と胸を張る。

 胸が揺れる。素晴らしい。いや俺は見ない。見ないぞ。

 頼むからもってくれ、俺の理性。

 

「いや、悪いけど本当に人違いだ。シエルって人も知らない」

「いやいやだからその手には……え、本当に?」

 

 真面目な顔をした俺を見て我に返ったのか、急にテンションが下がる。

 ヴェルノが俺の顔を覗き込む。

 

「そんなに似てるのか、そのシエルって人に? でも別人だぞ」

 

 その瞬間、ヴェルノの顔がガーン、とショックを受けたみたいに固まった。

 そしてしょんぼり。

 

「やっと見つけられたと思ったのに……」

 

 がっくり膝をつき、うおーんとぐずぐず泣き出す。

 

(情緒どうなってんのこの人……)

 

 何事かと周りの人達の目も集まってきた。ひそひそ声も聞こえる。

 これ以上変な噂はごめんだ。

 俺は慌ててヴェルノの肩を掴み、浴場の端──人の邪魔にならない隅へ連れていった。

 

「ちょっと落ち着けって! なぁ、ほら深呼吸」

「うおーん! 見つけたと思ったのにー!」

 

 うんうん唸りながら泣く大女。

 なにこれ、状況がカオス過ぎんだろ……。

 俺は暫くの間、背中を擦ったりしながら、何とか宥めて話を聞く状態にもっていった。

 

「えーっと……それで、俺にそっくりなシエルという人を探してるってことか?」

「……そうなんです! シエル様と瓜二つなので、びっくりしてます」

 

 ヴェルノと名乗った彼女は、涙を拭って、鼻をすすりながらも話してくれる。

 

「私はシエル様に仕える侍女兼護衛なんですが、色々あってシエル様とはぐれてしまいまして」

「侍女……護衛……?」

「はい! 私、こう見えて大きくて頑丈で力もあるんですよ!」

 

 そう言って、ヴェルノは力こぶを作った。

 筋肉が盛り上がる。

 

(こう見えてじゃないだろ。どうみてもデカいし力あるだろ)

 

 さっき抱きしめられて逃げられなかった時点で、馬鹿力なのは確定している。

 俺は乾いた笑いを飲み込んだ。

 

「このままシエル様を見つけられずに帰ったら、上から殺される勢いで怒られます……! 何としてでもシエル様を見つけて一緒に帰らないと、私が大変な事になります!」

 

 ぶるりと身体を震わせるヴェルノ。

 よほど怖いのか、急に顔を青くして怖がる。

 

「さっき傷を一瞬で治した人の話を聞いて来たって言ってたが……その人、回復魔法が使えるのか?」

「はい! シエル様も私も聖療教会に所属してまして──あ、と言っても私は魔法が苦手でちょっとしか使えません! 凄いのはシエル様だけです」

 

 聖療教会……以前、ティナが言っていた回復魔法を独占しているという教会の事だろう。

 さっきまで泣いたり、怒られる事に顔を青くしていたのに、今はシエル様とやらを誇っているかのような顔をしている。

 コロコロと顔が変わるから見ている分には面白いが、話していると疲れるな……。

 

「大勢の人を一瞬で治せるなんて奇跡を使えるのは、シエル様くらいしか居ないので、この辺りにいるのは間違いないと思うんです! もしアウラさんにそっくりな方を見かけたら教えて下さい!」

 

 明日にでも冒険者ギルドを訪ねて、情報を集めるつもりです! と得意げに言う。

 ギルドで情報を集められたら、いくら箝口令が敷かれているとは言え、どこからか俺が回復魔法を使った事が教会関係者であるヴェルノに伝わる可能性が高い。

 ヴェルノ本人は「シエル」を探しているだけかもしれない。

 だが、教会関係者である以上、下手に俺の事がバレると面倒くさい事になるのは間違いないだろう。

 

 大勢の人を一瞬で治す回復魔法使い。俺にそっくりな「シエル」という人物……。

 骸骨仮面の男は俺と聖女を勘違いして追ってきていた。

 嫌な共通点が、頭の中で繋がっていく。

 

 ……下手に関わると絶対ろくな事にならないのは明らかだ。

 よし、これ以上関わる前にとっとと帰ろう。

 

「あぁ、もし見かけたらな。じゃあ俺はそろそろ帰ることにするよ。その人が見つかると良いな」

「はい! ありがとうございます! 本当に申し訳ございませんでした」

 

 ヴェルノは何度も頭を下げた。

 そして最後に、真面目な目で言った。

 

「アウラさんは本当にシエル様にそっくりです。だから……私以外にも間違える人が沢山いると思います。気をつけて下さいね」

 

 その言葉が妙に重かった。

 ヴェルノの目は、さっきまでの泣いたり笑ったりとは違う。

 真剣で、どこか心配そうで──そして、少しだけ怖かった。

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