【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
──静まり返っていたギルドが、ようやくざわめきを取り戻しはじめた頃。
俺はカウンターの端に腰を下ろし、長く吐いた息をそのまま机の木目に吸わせた。
さっき投げ飛ばした男は、奥のベンチでまだ伸びている。
心配した誰かが水を含ませた布を額にのせていた。
謝るべきか少し迷ったが、胸元に手を伸ばしたのは向こうだ。
……と、理屈で自分を宥める。理屈は便利だ。感情はあまり言うことを聞かない。
問題は、それよりも現実的なところにあった。金だ。
この世界の通貨も知らないし、財布もない。
それどころか、ポケットもない。金を入れる場所が存在しない。
ハイレグアーマーに収納性を期待した俺が悪い。
いや、期待はしていない。していないが、あまりにも非実用的だ。
装備の説明欄には「紫外線をカット」とか「暑さ寒さに強い」といった効果が並んでいたが、流石に野宿はしたくない。
夕方まではまだ間がある。
宿に泊まるためにも、稼ぐ手立てを考えるべきだろう。
俺は席を立ち、掲示板へ向かった。
依頼書の紙がびっしり貼られている。
「スライム討伐」「薬草採取」「荷物の運搬」。
読みやすい字面のものは、だいたい初心者向けだと分かる。
この格好で「初心者」と言い張るのは説得力がないが、実際のところ初心者だ。
人の視線を背に感じながら、慎重に紙の角を指でなぞる。
(薬草採取……汚れそうだが、危険は少なそうだ。
荷物運搬……この服で愛想よく運べる自信がない。
スライム討伐……ゲーム等では弱い敵だが、こっちでも弱いとは限らないからな)
「アウラさん!」
背中に明るい声が刺さった。
振り向くと、カイトが手を振っている。少年特有の、悪意を知らない笑顔。
「あの、もし良ければ──一緒に薬草採取の依頼、受けませんか?」
「一緒に?」
「はい! 一人より安全ですし、僕もちょうど受ける予定だったんです」
俺は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
見知らぬ世界で、知らない決断をするのは地味に骨が折れる。
隣にふつうの人がいてくれるだけで、難易度が一段下がる。
「助かる。正直、金がない」
「よかった! じゃあ──」
カイトが言いかけた瞬間、ギルドの扉が勢いよく開いた。
強めの足音が床を叩く。
小柄な少女がまっすぐこちらに歩いてくる。茶色のボブ、赤色の瞳。
ローブの裾が跳ね、腰に短剣、背には杖。眉間には見事なへの字。
「カイト! どういうこと!? 集合は街の門の前だったでしょ!」
「え、あ……ご、ごめん!」
「十五分以上待ったんだけど!」
カイトは肩をすくめ、気まずく笑った。
「ちょっとだけ、アウラさん──あぁ、この人の案内をしてたら、時間を忘れちゃってて……」
「案内……?」
少女の視線が、ゆっくりとこちらに向く。
上から下まで、じっくり、とてもじっくり見られた。
その顔に浮かんだのは、困惑と警戒と、若干の絶望。
「……なにこの人。……変態?」
「違う」
反射的に声が出た。
「色々と事情があるんだが、断じて変態ではない」
「アウラさんはさっき冒険者の登録したばかりで、一緒に依頼に行こうって話をしてたんだ!」
カイトが慌てて挟み込む。
「その格好で!?」
「……不本意だが、事実だ」
少女は頭を押さえて、深く息を吐いた。
気の強さが顔に出るタイプだ。だが、短気というより律儀に見える。
約束を守らないのが嫌いな人間の眉だ。カイトは後で怒られ続けるべきだと思う。
「……もう、わけわかんないわね。で、あんたなんなのよ」
問いは直球だった。
直球には直球で返すのが礼儀だが、投げる球がない。
「……あぁ……旅人みたいなもんかな」
「ふーん」
少女がまだ半信半疑のまま腕を組んでいると、カイトが慌てて二人の間に割って入った。
「そ、そうだ! 改めて紹介するよ!
この人がアウラさん。今日登録したばかりで、まだ右も左も分からないんだ。
で、こっちはティナ。僕と同じ村から来た幼馴染なんです」
ティナは少しだけ顎を引いて頷く。
目線はまだ探るようで、警戒心の色が抜けない。
「……ティナ。魔法使い。風の初級魔法なら一応使えるわ」
杖の頭を軽く叩く仕草が、彼女なりの照れ隠しに見えた。
「アウラだ。よろしく」
手を差し出すと、ティナは一瞬ためらってから握り返した。
その手は思っていたより小さくて温かい。
ただ、握手の間じゅう、視線だけは一度も逸らされなかった。
観察されている。まるで生物学の実験材料だ。
手を離すと同時に、カイトが「よし!」と声を弾ませる。
「じゃあ、アウラさんの分の依頼申請してくるから、二人はここで待ってて!」
言うが早いか、カイトは小走りでカウンターの方へ向かっていった。
残されたのは俺とティナ。
気まずい沈黙。
距離は二歩、空気は十メートル分。
ティナが口を開くまで、たぶん十五秒くらいだったと思う。
「……あんたさ」
抑えた声。けれど刺さる。
「その格好で、カイトに色仕掛けとかしてないでしょうね」
「してない」
即答だった。呼吸より早い。
それで少しでも信じてもらえればと思ったが、ティナは眉をひそめたままだ。
内心で、なるほどと納得する。
(ティナはカイトが好きなのか)
分かりやすい。
怒る理由も、睨む角度も、全部そこに繋がっている。
「断じて、そういう意図はない。安心していい」
「……ほんとに?」
「本当だ。こんなナリをしているが信じてほしい」
ティナがじっとこちらを見る。
やがて「……ふん」と苦笑に近い息がこぼれた。
少しだけ、空気が緩む。
そのタイミングで、カイトが紙を掲げて戻ってきた。
「お待たせ! リーネさん、これでオッケーだって!」
俺とティナは同時に顔を上げる。
ティナがわずかに頬を膨らませ、俺はこっそり視線を逸らした。
短い沈黙が流れたあと、カイトの明るい声がそれを上書きした。
「三人で初依頼だね!」
受付を離れると、掲示板の前にいた連中がこちらを見た。
「またあの子だ」「あの鎧で薬草採るの、逆に見たい」「いやエロいだろ」
「顔は可愛いんだよな」「装備が残念すぎる」「踏んでほしい」
好き勝手な評価がラベルみたいに貼られて、剥がす暇もない。
ティナが俺の横で小さく舌打ちした。
怒りの矛先が俺じゃないだけで、少し救われる。
「じゃ、門へ行こう!」
カイトが嬉しそうに言った。
街の外へ向かう通路は、人の影が長く伸びていた。
石畳の継ぎ目に小さな草が生え、壁の明り取りから細い光が差し込む。
歩くたび、骨のチャームがチリチリ鳴る。
耳に残る音は軽いのに、心は軽くならない。視線は相変わらず背中に張り付く。
(見られてる。絶対見られてる。視線の分布が明らかに偏ってる)
前を歩くカイトの肩越しに、ちらりとこちらを見返す横顔が見えた。
……その視線の軌跡が、明らかに顔より下にある。
胸と腰のあたりを、ちらちらと。
(男の視線ってこんなにわかりやすいのか……気をつけなくては。……いやもう女だし良いのか?)
ティナの眉がぴくりと動いた。
そして、弾けたように声を上げる。
「カイト! どこ見てんのよ!」
「へ!? な、なにが!?」
「なにがじゃない! デレデレしてんじゃないわよ!」
「で、デレデレなんかしてないって! ちょっと見てただけで!」
「ちょっと!?」
ティナの声が跳ねる。
通行人が何事かと振り向くレベルの音量だった。
カイトは慌てて両手を振る。
「し、しょうがないだろ! アウラさん美人だし、こんな格好してたら目がいっちゃうのは男の性っていうか……! とにかく、男なら仕方ないんだよ!」
「…………」
(なんという誠実な開き直りだ。言ってる内容が酷いのに、目が真っ直ぐすぎて余計に悪気がないのが分かる)
ティナは言葉を失ったように固まり、数秒の沈黙のあと、ゆっくりと視線を落とした。
「……ふ、ふーん……カイトはこういう格好が好きなんだ……?」
「え? あ、うん……僕は好きだよ!」
さらりと、悪意ゼロで言い切った。
ティナは「なるほどね……」と小さくつぶやいて黙り込む。
肩を怒らせたまま、目を細め、何かを考えているようだった。
俺は横で、その空気を感じながら心の中でそっとため息をつく。
(……この子、カイトの気を引くためにコレ着たいって言うんじゃないだろうな)
考えただけで頭が痛くなってくる……。
門塔の影が近づいてくる。
(異世界、到着からまだ数時間。
仲間ができた。金を稼ぐ目処も、たぶんできた。
問題は、信頼と服装だ)
通りすがりの男が俺を見て口笛を鳴らし、ティナが振り返って一喝する。
「うっさい!」
男が肩をすくめて視線を逸らした。
俺は前を向いたまま、小さく息を吸う。
……いい子だな。怒鳴る相手が俺じゃないだけで、今日はもう十分に幸運だ。
骨のチャームが、風鈴みたいに鳴った。
陽光が傾き、石畳に長い影を落とす。
こうして、俺の初仕事──薬草採取の旅が始まった。