【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

4 / 72
4話 金欠と嫉妬と鎧の音

 ──静まり返っていたギルドが、ようやくざわめきを取り戻しはじめた頃。

 俺はカウンターの端に腰を下ろし、長く吐いた息をそのまま机の木目に吸わせた。

 

 さっき投げ飛ばした男は、奥のベンチでまだ伸びている。

 心配した誰かが水を含ませた布を額にのせていた。

 謝るべきか少し迷ったが、胸元に手を伸ばしたのは向こうだ。

 ……と、理屈で自分を宥める。理屈は便利だ。感情はあまり言うことを聞かない。

 

 問題は、それよりも現実的なところにあった。金だ。

 

 この世界の通貨も知らないし、財布もない。

 それどころか、ポケットもない。金を入れる場所が存在しない。

 

 ハイレグアーマーに収納性を期待した俺が悪い。

 いや、期待はしていない。していないが、あまりにも非実用的だ。

 装備の説明欄には「紫外線をカット」とか「暑さ寒さに強い」といった効果が並んでいたが、流石に野宿はしたくない。

 

 夕方まではまだ間がある。

 宿に泊まるためにも、稼ぐ手立てを考えるべきだろう。

 俺は席を立ち、掲示板へ向かった。

 

 依頼書の紙がびっしり貼られている。

「スライム討伐」「薬草採取」「荷物の運搬」。

 読みやすい字面のものは、だいたい初心者向けだと分かる。

 この格好で「初心者」と言い張るのは説得力がないが、実際のところ初心者だ。

 人の視線を背に感じながら、慎重に紙の角を指でなぞる。

 

(薬草採取……汚れそうだが、危険は少なそうだ。

 荷物運搬……この服で愛想よく運べる自信がない。

 スライム討伐……ゲーム等では弱い敵だが、こっちでも弱いとは限らないからな)

 

「アウラさん!」

 

 背中に明るい声が刺さった。

 振り向くと、カイトが手を振っている。少年特有の、悪意を知らない笑顔。

 

「あの、もし良ければ──一緒に薬草採取の依頼、受けませんか?」

 

「一緒に?」

 

「はい! 一人より安全ですし、僕もちょうど受ける予定だったんです」

 

 俺は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 見知らぬ世界で、知らない決断をするのは地味に骨が折れる。

 隣にふつうの人がいてくれるだけで、難易度が一段下がる。

 

「助かる。正直、金がない」

 

「よかった! じゃあ──」

 

 カイトが言いかけた瞬間、ギルドの扉が勢いよく開いた。

 強めの足音が床を叩く。

 小柄な少女がまっすぐこちらに歩いてくる。茶色のボブ、赤色の瞳。

 ローブの裾が跳ね、腰に短剣、背には杖。眉間には見事なへの字。

 

「カイト! どういうこと!? 集合は街の門の前だったでしょ!」

 

「え、あ……ご、ごめん!」

 

「十五分以上待ったんだけど!」

 

 カイトは肩をすくめ、気まずく笑った。

 

「ちょっとだけ、アウラさん──あぁ、この人の案内をしてたら、時間を忘れちゃってて……」

 

「案内……?」

 

 少女の視線が、ゆっくりとこちらに向く。

 上から下まで、じっくり、とてもじっくり見られた。

 その顔に浮かんだのは、困惑と警戒と、若干の絶望。

 

「……なにこの人。……変態?」

 

「違う」

 反射的に声が出た。

「色々と事情があるんだが、断じて変態ではない」

 

「アウラさんはさっき冒険者の登録したばかりで、一緒に依頼に行こうって話をしてたんだ!」

 カイトが慌てて挟み込む。

 

「その格好で!?」

 

「……不本意だが、事実だ」

 

 少女は頭を押さえて、深く息を吐いた。

 気の強さが顔に出るタイプだ。だが、短気というより律儀に見える。

 約束を守らないのが嫌いな人間の眉だ。カイトは後で怒られ続けるべきだと思う。

 

「……もう、わけわかんないわね。で、あんたなんなのよ」

 

 問いは直球だった。

 直球には直球で返すのが礼儀だが、投げる球がない。

 

「……あぁ……旅人みたいなもんかな」

 

「ふーん」

 

 少女がまだ半信半疑のまま腕を組んでいると、カイトが慌てて二人の間に割って入った。

 

「そ、そうだ! 改めて紹介するよ!

 この人がアウラさん。今日登録したばかりで、まだ右も左も分からないんだ。

 で、こっちはティナ。僕と同じ村から来た幼馴染なんです」

 

 ティナは少しだけ顎を引いて頷く。

 目線はまだ探るようで、警戒心の色が抜けない。

 

「……ティナ。魔法使い。風の初級魔法なら一応使えるわ」

 

 杖の頭を軽く叩く仕草が、彼女なりの照れ隠しに見えた。

 

「アウラだ。よろしく」

 

 手を差し出すと、ティナは一瞬ためらってから握り返した。

 その手は思っていたより小さくて温かい。

 ただ、握手の間じゅう、視線だけは一度も逸らされなかった。

 観察されている。まるで生物学の実験材料だ。

 

 手を離すと同時に、カイトが「よし!」と声を弾ませる。

 

「じゃあ、アウラさんの分の依頼申請してくるから、二人はここで待ってて!」

 

 言うが早いか、カイトは小走りでカウンターの方へ向かっていった。

 残されたのは俺とティナ。

 気まずい沈黙。

 距離は二歩、空気は十メートル分。

 

 ティナが口を開くまで、たぶん十五秒くらいだったと思う。

 

「……あんたさ」

 

 抑えた声。けれど刺さる。

 

「その格好で、カイトに色仕掛けとかしてないでしょうね」

 

「してない」

 

 即答だった。呼吸より早い。

 それで少しでも信じてもらえればと思ったが、ティナは眉をひそめたままだ。

 

 内心で、なるほどと納得する。

(ティナはカイトが好きなのか)

 分かりやすい。

 怒る理由も、睨む角度も、全部そこに繋がっている。

 

「断じて、そういう意図はない。安心していい」

 

「……ほんとに?」

 

「本当だ。こんなナリをしているが信じてほしい」

 

 ティナがじっとこちらを見る。

 やがて「……ふん」と苦笑に近い息がこぼれた。

 少しだけ、空気が緩む。

 

 そのタイミングで、カイトが紙を掲げて戻ってきた。

 

「お待たせ! リーネさん、これでオッケーだって!」

 

 俺とティナは同時に顔を上げる。

 ティナがわずかに頬を膨らませ、俺はこっそり視線を逸らした。

 短い沈黙が流れたあと、カイトの明るい声がそれを上書きした。

 

「三人で初依頼だね!」

 

 受付を離れると、掲示板の前にいた連中がこちらを見た。

「またあの子だ」「あの鎧で薬草採るの、逆に見たい」「いやエロいだろ」

「顔は可愛いんだよな」「装備が残念すぎる」「踏んでほしい」

 好き勝手な評価がラベルみたいに貼られて、剥がす暇もない。

 

 ティナが俺の横で小さく舌打ちした。

 怒りの矛先が俺じゃないだけで、少し救われる。

 

「じゃ、門へ行こう!」

 カイトが嬉しそうに言った。

 

 街の外へ向かう通路は、人の影が長く伸びていた。

 石畳の継ぎ目に小さな草が生え、壁の明り取りから細い光が差し込む。

 歩くたび、骨のチャームがチリチリ鳴る。

 耳に残る音は軽いのに、心は軽くならない。視線は相変わらず背中に張り付く。

 

(見られてる。絶対見られてる。視線の分布が明らかに偏ってる)

 

 前を歩くカイトの肩越しに、ちらりとこちらを見返す横顔が見えた。

 ……その視線の軌跡が、明らかに顔より下にある。

 胸と腰のあたりを、ちらちらと。

 

(男の視線ってこんなにわかりやすいのか……気をつけなくては。……いやもう女だし良いのか?)

 

 ティナの眉がぴくりと動いた。

 そして、弾けたように声を上げる。

 

「カイト! どこ見てんのよ!」

 

「へ!? な、なにが!?」

 

「なにがじゃない! デレデレしてんじゃないわよ!」

 

「で、デレデレなんかしてないって! ちょっと見てただけで!」

 

「ちょっと!?」

 

 ティナの声が跳ねる。

 通行人が何事かと振り向くレベルの音量だった。

 カイトは慌てて両手を振る。

 

「し、しょうがないだろ! アウラさん美人だし、こんな格好してたら目がいっちゃうのは男の性っていうか……! とにかく、男なら仕方ないんだよ!」

 

「…………」

 

(なんという誠実な開き直りだ。言ってる内容が酷いのに、目が真っ直ぐすぎて余計に悪気がないのが分かる)

 

 ティナは言葉を失ったように固まり、数秒の沈黙のあと、ゆっくりと視線を落とした。

 

「……ふ、ふーん……カイトはこういう格好が好きなんだ……?」

 

「え? あ、うん……僕は好きだよ!」

 

 さらりと、悪意ゼロで言い切った。

 ティナは「なるほどね……」と小さくつぶやいて黙り込む。

 肩を怒らせたまま、目を細め、何かを考えているようだった。

 

 俺は横で、その空気を感じながら心の中でそっとため息をつく。

 

(……この子、カイトの気を引くためにコレ着たいって言うんじゃないだろうな)

 

 考えただけで頭が痛くなってくる……。

 

 門塔の影が近づいてくる。

 

(異世界、到着からまだ数時間。

 仲間ができた。金を稼ぐ目処も、たぶんできた。

 問題は、信頼と服装だ)

 

 通りすがりの男が俺を見て口笛を鳴らし、ティナが振り返って一喝する。

 

「うっさい!」

 

 男が肩をすくめて視線を逸らした。

 俺は前を向いたまま、小さく息を吸う。

 

 ……いい子だな。怒鳴る相手が俺じゃないだけで、今日はもう十分に幸運だ。

 

 骨のチャームが、風鈴みたいに鳴った。

 陽光が傾き、石畳に長い影を落とす。

 こうして、俺の初仕事──薬草採取の旅が始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。