【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ヴェルノに別れを告げて、急いで脱衣所に戻る。
すでに着替え終えたティナが、腕を組んで待っていた。
濡れた髪をタオルでまとめたまま、目だけが鋭い。完全に怒っている。
「遅いじゃない」
言葉は短いのに、圧がある。
俺は反射で背筋を伸ばしてしまった。
「悪い……ちょっと、色々あって」
「色々ってなによ。あんまりにも戻ってこないから、のぼせて湯船で浮いてるんじゃないかって、見に行く所だったわよ」
……浮いてる。
想像すると妙にシュールだが、ティナは笑ってない。心配と苛立ちが混ざった顔をしている。
(怒ってるというより、心配してくれてたみたいだ)
俺が倒れたばかりで、まだ完全に信用されてないのは当然だ。
まして風呂場なんて、もし倒れたら本当に洒落にならない。
「心配かけた。本当にすまん」
「……分かってるならいい。ほら、さっさと着替えなさい。夕飯の時間が近いのよ」
ティナはふいっと視線を逸らして、怒ってるのをごまかすみたいに早口になる。
俺は素直に頷いて、急いで服に袖を通した。
その手が、微かに震える。
頭の中では、さっきの出来事がまだ渦を巻いている。
教会。
ヴェルノ。
そして──聖女シエル。
(俺と瓜二つの聖女、か)
ヴェルノの涙目と、抱き締められて窒息しかけた感触がフラッシュバックする。
おっぱ……いや、胸。
思い出しただけで顔が熱くなる。
(違う違う、今はそこじゃない)
問題はそこじゃない。
聖女シエルという存在が、この世界の「回復魔法の中心」にいる可能性が高いこと。
そして、回復魔法を使ったことが──もう教会側に届いていること。
幸いなことに、俺という存在はまだ把握していないようだが、それも時間の問題だと思う。
骸骨仮面の男は、俺を聖女と勘違いして襲ってきた。
あいつは俺の「何か」を嗅ぎ取ったわけじゃない。見た目だ。
聖女そっくりな外見の俺に加えて、聖女も着ているというハイレグアーマー。
(つまり、俺の外見が“聖女シエル”の条件に一致してる)
そこに回復魔法が乗ったら、もう完全に役満だ。
「聖女です」って札を首から下げて歩いてるようなもんだ。
(冗談じゃない)
俺と同じハイレグアーマーに容姿もそっくりとなると、あの女神の姿がちらつく。
おそらくアレが何か関係している可能性が高い。
面倒事は嫌いだ。
というより、命が惜しい。
ゲームじゃないんだ。コンティニューは出来ない。
着替えを終えたところで、ティナがちらっと俺を見た。
「……で、何があったのよ」
「……人も多いし、外に出てから話す」
脱衣所は音が反響するし、変な話題をする場所じゃない。
ティナは一瞬眉を寄せたが、俺の顔を見て何か察したのか、それ以上は聞いてこなかった。
浴場を出ると、夕方の風が肌に心地よかった。
そして入口の近くで、カイトが待っていた。……待っていたのだが。
手に持っているのは、見覚えのない串焼き。
香ばしくて美味しそうな匂いがする肉のようだが、肉自体が真っ黒だ。食欲をそそらない見た目。
「あ、おかえりなさい! 二人を待ってる間にお腹空いちゃって、串焼き買っちゃいました!」
えへへ、と笑うカイト。
その笑顔は年相応で無邪気だ。だがティナは容赦ない。
「もうすぐ夕飯なのに、変なの買わないの!」
「大丈夫だよ! これくらいなら夕飯に差し支えないし!」
結構ボリューミーな串焼きだが、本当に飯に差し支えないんだろうか。
俺は内心で突っ込みつつ、二人を少し手前で止める。
「……ちょっといいか」
「なに?」
「どうしたんですか?」
立ち止まってくれた二人に、俺はなるべく平静な声で言った。
「さっき風呂で、聖療教会の人に会った」
「……教会の?」
ティナの表情が一段階、硬くなる。
空気が、冷える。
(……やっぱり“教会”って単語の重さ、でかいな)
俺は続ける。
「回復魔法を使った話をもう知ってた。そいつ、明日ギルドで情報収集するって言ってた」
「……来たのね」
ティナの声は低い。
警戒が混ざった音だった。
カイトも串焼きを持ったまま目を丸くする。
「えっ……もう……?」
「うん。早い」
思っていたよりも全然早い。
こっちは体調を戻したばかりで、状況整理も追いついてないのに、相手はもう動いてる。
ネットも無いのにどうやって知ったのか、気になるところだ。
「それで、後手に回る前にギルド長に相談したい。どう思う?」
「……今すぐ行きましょ」
ティナは即答だった。
「あんた、教会と関わりたくないんでしょ?」
「あぁ、面倒事はごめんだ」
「それなら動くのは早いほうがいい。後手に回るのは悪手よ」
カイトが串焼きを振り上げる。
「そうですね! 今行きましょう! 串焼きは歩きながら食べれば──」
「歩きながら食べるのは行儀悪いから、とっとと食べろ」
「わかりました!」
ガツガツと、一気に食べようとするカイト。
肉がゴムのように固いのか、中々噛み切れなくて苦戦している。
真っ黒な色と言い、それゴムとかだったりしないよな……。
結局、カイトは半分ほど食べたところで手を止めて、串を握りしめる。
「後で食べます……」
しょんぼりした顔で言うカイト。ティナは呆れ顔だ。
こうして俺たちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに近づくにつれて、喧騒が大きくなる。
扉を開けた瞬間、熱気と酒と汗と、いろんな匂いが混ざったギルドの匂いが鼻を刺した。
(うわ、相変わらずだな……)
酒を飲んで出来上がった冒険者たち。
依頼の報告待ちで列を作る者たち。
職員は走り回って、紙の束と怒鳴り声と、疲れた顔が交差している。
ただ──いつもと違うものも、確かにあった。
完全武装の冒険者がちらほらいる。
鎧の継ぎ目が鳴る。武器の重みが音になって床を叩く。
誰かが笑っていても、その笑いがどこか乾いている。
(空気が張ってる感じがする)
骸骨仮面の男。
事件は終わったはずなのに、「また来るかもしれない」という不安が残っている。
それはつまり──今のこの街が、平和でも安全でもないってことだ。
カウンターの奥に、ギルド長が見えた。
書類を捌き、職員に指示を出し、目の下に疲労の影が濃い。
(忙しそうだな……)
声をかけるのが申し訳なくなるくらい、忙しそうだ。
でも──今は遠慮してる場合じゃない。
俺たちに気づいたギルド長が、疲れた顔でこちらを見た。
「君たちか……」
「少し話がしたいが、良いだろうか?」
ギルド長は一瞬だけ目を細めて、状況を測るみたいに俺たちを見た。
そして小さく頷く。
「ちょうど良かった、私からも報酬の件などで話がある」
近くにいたリーネに何かを伝え、俺たちは二階へ通された。
案内された部屋は、以前俺が倒れて寝かされていた場所だ。
ベッドは片付けられていて、机とソファが置かれた以前の姿に戻っている。
(……俺、ここで寝てたんだよな)
寝てたというか、倒れてたというか。
今思い出しても胃がキリキリする。
人に迷惑をかけるのは、できるだけ避けたい。
ギルド長が椅子に座り、俺たちにもソファに座るよう促す。
「それで、話というのは?」
「さっき、聖療教会の人間がいた」
ギルド長の眉が、わずかに動いた。
「俺が回復魔法を使った話を聞いて、この街に来たらしい。まだ俺が使ったってことはバレてはいないみたいだが……明日、ギルドで情報収集するって言ってた」
「……やはりか」
ギルド長は小さく息を吐いた。
「目撃者が多すぎた。完全に封じるのは難しい。すまない、私の力不足だ」
「違う」
俺は反射で言い返していた。
「俺が、後先考えずに使ったんだ。ギルド長のせいじゃない」
「……そう言ってくれるのはありがたい」
静かな声。
その静けさが、逆に重い。
俺は改めて言った。
「俺は教会と関わりたくない。今後どう動けばいいか、相談しに来た」
「ふむ……」
ギルド長は顎に手を当て、少し考えた後に答える。
「君が関わりたくないのであれば、我々は白を切ることはできる。しかし……どこから情報が漏れるかは分からん」
「それは……」
胃の奥が冷える。
白を切るにも限界がある。噂は噂として広がる。
そして教会という権威が本気を出したら、恐らく隠し通すのは無理だ。
そこでギルド長は続けた。
「提案がある。私の知り合いの元を訪ねるのはどうだろう」
「知り合い?」
「あぁ。ブルム男爵という友人だ」
(……ブルム男爵)
どこかで聞いたような気がする。
最近聞いたような気がするんだが、思い出せない。
「古い友人でな。信頼できる男だ。珍しい武具が好きで……君の剣や鎧を見せれば、喜んで匿ってくれるだろう」
「……鎧も?」
思わず聞き返す。
ギルド長は当然のように頷いた。
「そうだ。君の装備は珍しい。興味を引ける」
(ハイレグアーマーを見せるってことだよな……)
胸の奥に、じわっと嫌な汗が出る。
いや、恥ずかしいとかそういう話じゃない。恥ずかしいけど。
問題は、見せたら絶対に何か言われるって確信があることだ。
(俺の尊厳が削れる未来が見える)
でも、教会に捕まるよりはマシだ。
尊厳と命、どっちが大事かって言われたら──命だ。
「彼への書簡も書こう。私の名前があればすぐに通してくれるはずだ」
「……お願いします」
俺はそう答えたあとにティナとカイトを見る。
「その……色々と迷惑を掛けてすまなかった。俺は──」
「一人で行くなんて言わないでよね」
「うっ……」
正直、二人を巻き込みたくなかった。
骸骨仮面の男に加えて教会にも狙われてるとなると、危険極まりない。
だが、よく知らない世界で、こっちの常識を知っている二人が居るのは心強い。
カイトも頷く。
「そうですよ! 一緒の方が安心です! アウラさん、たまに危なっかしいので!」
「否定できないのが辛い。……二人ともありがとう」
ギルド長は席を立った。
「用意してくる。少し待っていろ」
扉が閉まり、部屋に残ったのは俺たちだけになる。
俺は息を吐いた。
(明日、ヴェルノがギルドに来る前に……色々と動かなくては)
時間との勝負だ。
逃げるようで情けない。
でも、逃げなきゃもっと面倒な事になるのは明らかだ。
少しして、ギルド長が戻ってきた。
手には書簡、そして大きな袋が二つ。
「これがブルム男爵宛の書簡だ」
「ありがとうございます」
次に、袋を机に置く。
ドン、と鈍い音。重い。
「そしてこれは、骸骨仮面の件の報酬と、兵士の上官から預かった礼だ」
「……こんなに?」
俺は思わず目を丸くした。
袋の重さが思ってた以上に多い。
「君の働きで助かった命が多い。遠慮するな」
「……ありがたく、いただきます」
礼を言って受け取ると、その重さに少し驚く。
(これ、持って帰るの大変だな……)
そこまで考えて、ついやってしまった。
アイテムボックス。
袋が、すっと消える。
「あっ」
「……」
「……」
「……」
沈黙。
やばい。
やらかした。
俺は今、目の前で堂々と異常を披露した。
「え、えっと……これは物を収納する魔法で……」
「……回復魔法といい、あんたって本当に迂闊よね」
「す、すごいです……!」
カイトはキラキラしているが、ティナは呆れている。
ギルド長は一拍置いてから咳払いをした。
「……便利そうだな」
「いや、すごく便利なんでついうっかり……」
(自分で言ってて悲しい)
ギルド長は話を戻すように言った。
「明後日、ブルム男爵のいる要塞都市ドゥル=ブルム行きの乗合馬車が出る。明日は準備に充てるといい」
「明後日……」
明日は丸一日準備。
そして明後日出発。
つまり、明日のうちに街の中で目立つ行動は避けた方がいい。
「明日、教会関係者が情報を集めに来たら、時間稼ぎはしておく。ただ……どこで漏れるかは分からん。期待はしないでくれ」
「十分です。色々とありがとう」
俺は深く頭を下げた。
ギルド長の手は、思ったより温かい。
この人だって街を守るために無理をしている。
俺の問題でさらに負担を増やすのが申し訳ない。
けど──助けを求めないと、俺は詰む。
「ドゥル=ブルムは……どんな場所なんです?」
「要塞都市だ。城壁があり、常備兵もいる。魔物が多く安全とは言わんが、その分教会の連中は近寄りにくいはず……今の君には、ここに留まるよりはいいだろう」
要塞都市ドゥル=ブルム。
名前の響きだけで分かる。硬い。重い。強そう。
でも、少しだけ胸が高鳴る自分もいる。
(新しい場所……)
危険もあるだろう。
でも、ずっと同じ街に留まって、教会の影に怯えるよりは──動いた方がいい。
(俺、本当に異世界で生きてるんだな)
前世では、旅行って言っても電車で数時間。
今は馬車で要塞都市。
しかも理由が「教会から逃げるため」って、物騒すぎる。
「ブルム男爵は気さくな男だ。固くならずともいい。君の装備を見れば勝手に盛り上がるだろう」
「……変な方向で盛り上がらなければ良いんだけれど」
「保証はできん」
即答されて、俺は笑うしかなかった。
「あぁそれと、君の冒険者ランクだが、今回の件で銀級まで昇格する事になった。オーロックの森中層の魔物と戦える者を、いつまでも銅級のままにしておく訳にはいかないからな」
「あ、はい」
「本来ならば昇級試験があるんだが、今回の騒動で君の実力は本物だと周りが言っている。森渡りのヴァンからも君の活躍を確認している為、今回は試験無しで銀級まで昇級とする」
そこまで言うと、ティナとカイトが
パチパチと手を叩いてくれる。
「おめでとうございます!」
「まぁ、噂になってたから驚かないけど、良かったじゃない」
ギルド長は続ける。
「そして、銀級になった者には二つ名が送られる。これは周りの冒険者たちから君の印象や活躍などを確認し、厳選してギルドが決めたもので、正式に登録される名前となる」
二つ名……香草庵で会った冒険者たちが噂していた桃姫とスカルクイーンを思い出す。
(さすがにギルドが決めた正式な名前なら、もう少しマシなやつだろ。頼むぞ、ギルド……!)
「君の二つ名は──桃姫のアウラだ」
時間が止まった。
ギルド長の顔を見る。真面目な顔だ。
ティナを見る。目を逸らした。
カイトを見る。よく分かってない顔でキラキラしている。
そして──
「……い、いやだぁぁあああ! それはやだ! 絶対やだ!」
声が出た。
理性が吹き飛んだ。
尻! 結局尻じゃねえか!
活躍とか全然関係ないだろ!
「ギルド長……ほ、他の名前に変えたり、そもそも二つ名を付けない選択は……?」
「二つ名はギルドに正式に登録される名前となると言ったはずだ。付けない事は出来ない。それに君の二つ名として相応しい物を選んだつもりだったが……気に入らなかったか?」
「逆に聞くけど、気に入ると思う?」
「む、むぅ……何名かの冒険者と職員で厳正に決めたもので、ヴァンクロウも推していた名前なのだがな……。何れにせよ、すでに登録されている為、変更等は出来ない。すまないな」
「あ、あの野郎……ゆるさん。絶対にゆるさんぞ……」
俺の絶許リストに、桃姫決定に関わった全員を刻む事を心に誓った。
部屋を出て階段を降りると、ギルドの喧騒が再び耳に刺さる。
さっきよりも酒臭い。
そして、どこかピリピリしている。
(明日、ここにヴェルノが来るんだよな)
ヴェルノはシエル様を探しているだけ、と言っていた。
でも、教会が動いた時点で俺の立場は危うい。
誰かが「回復魔法を使ったのはあの子だ」と口を滑らせたら終わる。
教会にバレたらどうなるのか分からない。
でも分からないからこそ、怖い。
外へ出ると、カイトが小さく息を吐いた。
「……急に旅の準備ですね」
「そうね。明日は買い出し。必要なものを洗い出さないと」
「俺は……明日、極力目立たないように動くよ」
ティナが俺を見る。
「目立つも何も、あんたは存在が目立つのよ。桃姫のアウラ」
「その名前で呼ばないで下さいお願いします」
「ふふ、似合ってるじゃない?」
畜生、他人事だと思いやがって。
ハイレグアーマー、着たくねえ。
何が桃姫だ。
俺だって好きで着ているわけじゃねえよ。
俺は心の中で必死に言い訳しながら、空を見上げた。
夕焼けが街を赤く染めている。
平和そうに見える。
でもその下で、人は噂をし、権力は動き、情報は勝手に広がる。
だけど。
ギルド長が助けてくれた。
ティナとカイトも、当たり前みたいに一緒に行くと言ってくれた。
(……ありがたい)
俺は一人じゃない。
それだけで心が軽くなる。
要塞都市ドゥル=ブルム。
名前はゴツいし、ここより危険らしい。
でも、新しい場所にワクワクしている自分がいる。
(よし。明日は準備。明後日出発。……生きるぞ、俺)