【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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41話 黒ローブは浪漫

 次の日の朝。

 白鹿亭の食堂に降りた瞬間、いつもの焼き立てのパンの香りと、湯気の立つスープの匂いが鼻をくすぐった。朝ってのは、こういう匂いがあるだけで活力が湧くから不思議なもんだ。

 

 昨日の夜は二つ名の事が頭をぐるぐると巡り、中々寝付けなかった。

 銀級昇格は嬉しい。嬉しいんだが──その副産物の二つ名。

 

(ヴァンはもちろんだが、他にも推したやつ覚えてろよ……)

 

 頭の中で呪詛を唱えていると、向かいの席にティナが座った。

 いつも通り背筋が伸びていて、寝起きでもきっちりした雰囲気がある。

 カイトも遅れてやってきて、椅子に座るなり「おはようございます!」とやけに元気だ。

 そして女将さんが、いつもの無表情のまま皿を置いた。

 

「ほら、朝飯だ」

「ありがとうございます」

 

 俺が礼を言うと、女将さんは「あいよ」とだけ返して、そのまま別のテーブルへ行こうとする。      

 愛想がないのに、何だかんだちゃんと面倒見がいいのがこの人だ。

 スープを一口啜って、俺は言った。

 

「女将さん。明日からしばらく留守にする。部屋、いったん引き払うことにする」

 

 女将さんの手が一瞬止まった。目だけがこっちを見る。

 

「あんたら、今度は何だい」

「いや、ちょっと事情があってさ」

 

 事情って何だ、と聞かれても、教会だの聖女だのをこの食堂で話せるわけがない。

 俺が曖昧に笑うと、女将さんは小さく息を吐いた。

 

「この間まで倒れてたらしいのに、よく動くねえ。何にしても準備はしっかりしな。何があってもいいようにね」

「うん、肝に銘じる」

 

(……女将さんも、心配してくれてるんだな)

 

 言葉は素っ気ないけど、その裏にある気遣いが分かる。

 前世では、こういう「言葉にしない優しさ」を受け取る余裕がなかった。

 でも今は、ちゃんと受け取れる。

 

 女将さんは視線を横にずらし、カイトを見た。

 

「カイト」

「はいっ!」

 

 返事がでかい。

 

「女の子二人いるんだ。しっかり守ってやんなよ」

「はい!! 任せてください!!」

 

 さらにでかい。食堂の何人かが振り返った。

 

(カイト、たまに犬みたいに元気だな……)

 

 ティナが「恥ずかしいから声量落としなさい」と小声で刺して、カイトが「ごめん!」とまたでかく謝る。だめだこいつ。

 

 朝食を終えると、俺たちは部屋へ戻った。

 今日一日は、明日の出発に向けた準備だ。

 馬車の確認に色々な物の買い出し……──やることは多い。

 

 昨日会ったヴェルノの顔が、脳裏にちらつく。泣いたり笑ったり情緒が忙しい大女。

 だが、あの人の背後にある聖療教会は笑えない。

 

 俺が回復魔法を使ったことは、もうどこかで繋がっている。

 どこまで知られているのかわからない事が何より怖い。

 部屋に入るなり、ティナが言った。

 

「今日は目立たないようにするんでしょ。目立たないように、髪をいつもと少し変える?」

「できるなら、いつもと違う感じにしたい」

「じゃあ、髪結ってあげる。座って」

 

 俺は椅子に腰かけ、ティナに背を向けた。指先が髪を梳き、手際よく束ねていく。くすぐったいが妙に落ち着く。

 

 何だかんだ言いながら、ティナはいつも俺の髪を結ってくれる。

 俺も自分で出来れば良いんだが、中々上手く出来ずに苦戦してしまう。

 俺は男だったし、そういう機会がなかったのは事実だが、そろそろ自分でも上手くやれるようになりたい。

 しかし練習していると、ティナに「下手くそねぇ、私がやってあげるから座ってなさい」と言われるので、そのままになっている。

 

「……よし」

 

 ティナが最後に結び目をきゅっと締めた。

 

「どう?」

 

 鏡を見る。いつもはツインテールにしてもらってる髪が、すっきりとまとめられて、印象が少し大人っぽくなっていた。顔の輪郭が出るぶん、目立つ気もするが……いつもの髪型よりは別人感がある。

 

「助かる。これなら多少は──」

「気休め程度よ。あんた、目の色が目立つから」

「そこはどうにもならんよなぁ……」

 

 俺のエメラルド色の瞳は、この世界でも珍しいらしい。

 確かに俺以外でエメラルド色の瞳って……シャロンの瞳くらいか?

 それも一瞬の事だったから、見間違えかもしれないが。

 

 ティナは自分のローブを持ってきた。

 

「これ、貸してあげる。頭から被ったら今よりはマシのはずよ」

「おぉー、助かる」

 

 ローブを羽織ると、布の重みが肩に乗る。

 フードを深めにかぶれば、顔の上半分は影になる。

 視線も分かりにくい。──ただし。

 

(……これ、完全に怪しいやつじゃね?)

 

 今の俺、街中で見かけたら絶対「不審者」だ。

 ティナが淡々と釘を刺す。

 

「変装しても、変な行動したら意味ないから」

「わかってるよ。今日は静かに目立たないようにして買い出しする」

「わかってるならいい」

 

 準備も終わり、部屋を出るとカイトが1階で待っている。

 カイトはいつもの軽装に、背負い袋を持っていて嬉しそうに言う。

 

「旅って、ちょっとワクワクしますね!」

「旅の理由が理由だけど、気持ちはわかるな」

 

 俺がぼそっと呟くと、ティナも賛同する。

 

「ワクワクしてる場合じゃない、って言いたいけど、怖いだけじゃ持たないしね」

 

 その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。

 

(そうか。怖いからって、ずっと暗い顔してたら、余計に目立つか)

 

 よし、今日の俺は静かで、目立たず、なるべく普段通りに用事を済ませよう。

 

 

 

 まず向かったのは、馬車ギルド──正式には街道馬車組合の建物だった。

 宿から思ったより近い。しかも立派だ。

 石造りの二階建てで、看板には馬の絵が描かれている。絵が妙に上手い。馬の筋肉がリアルだ。

 

 中に入ると、商人っぽい連中や、冒険者っぽい連中が何人か列を作っていた。

 受付は複数あるが、全部埋まっている。

 俺たちは空いている窓口へ並び、順番が来たところで、俺が口を開く。

 

「すみません。乗合馬車について聞きたいんですが」

 

 受付にいたのは、ふくよかな女性だった。丸い頬に、柔らかい笑顔。声もふわっとしている。

 

「はいはい、どうされました~?」

 

 ティナが横から言う。

 

「明日のドゥル=ブルム行きに三人乗りたいの」

「三人ですね~。えーっと……」

 

 女性は帳面をぱらぱらめくり、ペンで印をつけた。

 

「明日の朝七時に南門の外で集合です。赤い旗がついた馬車がドゥル=ブルム行きになりますよ~。お間違えなく」

「赤い旗か……」

「はい。ドゥル=ブルムまでは約六日です。護衛として銀級冒険者さんが二名つきます~」

 

 銀級二名。なるほど。これが安全の値段ってやつか。

 

「道中で二回、街道沿いの宿に寄ります。宿泊料金は乗車賃に含まれてます。あとは野宿になりますので、寝具やテントが必要でしたら自前でお願いしま~す」

 

 前にソーン村へ行った時は、ギルドからの依頼だったからテントや毛布を借りられた。

 今回はそうじゃない。つまり買わなくてはならない。

 受付の女性は、さらに続ける。

 

「宿の日の夜と、次の日の朝は宿で食事が出ます。それ以外は出ません~。別料金で用意もできますけど……」

 

 女性は少しだけ身を乗り出して、こそっと耳打ちした。

 

「高い割に大したもの出ないって、皆さん言ってますよ~。自分で用意したほうがいいって」

 

(正直で好きだ、この人)

 

 ティナが小声で「じゃあ自前ね」と即決する。

 さらに説明が続く。

 

「大きい荷物は追加料金です~。馬車の積載に限りがありますので」

 

 女性は少し声を落として続ける。

 

「あと、馬の交代や馬車の修理で遅れることもあります。六日って言いましたけど、七日くらいかかる場合もありますよ~」

 

(……約六、七日か。何かあるかもしれないし、食料や着替えは多めに用意しよう)

 

 俺は頷き、三人分の料金を支払った。

 それなりの金額だが──昨日の報酬袋二つの重さを思い出すと、痛くない。

 支払いが終わると、女性が札を三枚渡してきた。

 

「これ、乗車札です~。明日御者に渡してくださいね」

「ありがとうございます」

 

 外に出ると、ティナがお金を渡そうとする。

 

「私たちの分。払ってくれたでしょ」

「いや、今回の旅は俺の為に着いてきてもらうんだから、俺が全部払う。二人は気にしなくて良い」

「でも──」

「それに昨日、かなり報酬貰ったからな。全然痛くないから大丈夫だぞ」

 

 そこまでいうと、ティナとカイトはそれならとお礼を言ってくる。

 

(……お礼を言うのは俺の方だよ。着いてきてくれるだけで、本当に心強い)

 

「じゃあ、次は買い物いきましょ」

「だな。寝具とか鍋、あと食料とかか」

 

 カイトが張り切って頷く。

 

「美味しい干し肉を見つけなくっちゃ!」

 

(そんなに違うもんなのか疑問だが、楽しそうなカイトを見ると何もいえない)

 

 前に寄ったことがある道具屋に向かう。

 戸を開けると、油の匂いと木の匂いが混ざった店内の空気が鼻に入る。

 道具以外にも保存食等色々と売っている何でも屋みたいな店内は見ているだけでワクワクする。

 俺は棚からテントを見つけ、店員に声をかけた。

 

「これ、三人分……いや、余裕見て四人分くらいのやつ、あります?」

 

 店員が「あるよ」と出してきたのは、思ったより大きい包みだった。

 

(……でっけぇ、これ背負って歩くのはしんどいぞ)

 

 だが俺にはアイテムボックスがある。

 俺たちは荷物の重さは問題にならない。問題は──値段と品質か。

 俺はなるべく淡々と必要なものを選ぶ。

 毛布、ランタン、油、火打ち石、鍋、食器、追加の水袋に馬車用のぶ厚めのクッション。

 保存食として硬いパン、干し肉、ドライフルーツ。

 

(懐が温かいと、財布の紐が勝手に緩むな……)

 

 ティナが必要なものを追加していく。薬草の束、包帯、糸と針。さすが現実派だ。

 カイトは棚の前で真剣な顔をして、干し肉を嗅いでいた。

 

「……これは良い干し肉です」

「わかるのかよ」

「はい。匂いが違います!」

「まじかよ」

 

 試しに俺も匂いを嗅いで見るが違いがわからない。

 しかしカイトは自信満々に言っているので、何か違うのだろう。多分。

 

 結局、かなりの量を買った。金額もそれなりだが、俺は躊躇しない。

 昨日の報酬はこういう時に使うべきだ。

 会計を済ませ、店の外で背負い袋に入れる──ふりをして、アイテムボックスに収納する。

 すっと消える包み。

 

(……便利すぎる。これ、盗まれる心配が無いのも強いな)

 

 ゲームなら当たり前の機能だが現実でこれをやると、魔法って実感する。

 

(スキルポイント使ってよかった)

 

 買い物を終えたところで、俺はふと思った。

 

「……そういや報酬、二人にも渡しておこう」

「何?」

「いや昨日もらった報酬の残り、三等分しよう。俺だけが金使いまくってたら目立つし、何より二人にも必要なものあるだろ」

 

 ティナが眉を寄せる。

 

「これはあんたの報酬よ。貰うわけには──」

「二人がいなかったら、俺はとっくに詰んでた。だから受け取ってくれ。頼む」

 

 ティナは少しだけ黙って、それから小さく息を吐いた。

 

「……そういうことなら、貰っておくわ。ありがとう」

 

 カイトは目を丸くしてから、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます! 大事に使います!」

「大事に使うのは良いけど、必要な時は遠慮なく使えよ。命の方が大事だから」

 

 俺がそう言うと、カイトが真面目な顔で頷いた。

 

「はい!」

 

(よし、これで二人が旅の準備に必要な物を遠慮なく買えるな)

 

 次は服屋だ。俺にとっては精神ダメージの入る場所。

 女物の服と下着が並ぶ店。前にも来たが、何度来ても場違い感が消えない。

 ティナがカイトに言う。

 

「カイト。あんたも自分の服とか下着、追加で買ってきなさい。時間かかるかもしれないし、必要そうなもの見てきていいわよ。集合場所決めて」

「うん! じゃあ、あそこの噴水の前に集合にしよう!」

 

 じゃあ、買ってくるね!と言ってカイトが元気に去っていく。

 俺とティナは店に入った。途端に、柔らかい布の匂いがする。

 色とりどりの布。レース。リボン。俺の世界じゃない。

 

(……うーん、やっぱり場違い感が半端ないな)

 

 ティナは慣れた様子で棚を見て回り、下着や服を選び始めた。俺も必要なもの──できるだけ無難なものを選ぶ。

ハイレグアーマーで駄目になる可能性を考えると、予備はいくらあっても困らないため、かなり多めに買っておくことにする。腐るもんでもないしな。

 

 後は変装用に自分のローブも欲しい。

 色々なものがあって、見ていると昔やったゲームを思い出す。

 いくつか見ていると、格好いい刺繍が入った黒いローブを見つける。

 ……格好いい。だが目立つ。でも格好いい。

 ゲームでも俺はこういう見た目重視の装備に弱い。

 

 何かに使えるかもしれないと自分自身に言い訳をし、俺は無駄遣いする事に決める。 

 黒い生地に格好いい刺繍が入ったローブと、それに合いそうな黒いシャツと黒いパンツも買う事にし、それぞれ試着してみる。

 

 おぉー、全身黒で統一すると、謎の敵っぽくて格好いい。

 これで腰に魔剣差してたら……厨二病全開だが、それがいい。

 

(今の俺、スタイル抜群だからな)

 

 鏡の中の自分が、妙に様になっている。

 前世じゃ絶対着られなかった服だ。

 

(あんまり自覚してなかったけど、俺ってこういうの好きだったんだな)

 

 普段使う用の地味めなローブも購入したので、変装も完璧だ。

 

 しばらくすると、ティナのテンションがいつもより少し高い事に気がつく。

 目が楽しそうだ。棚の服を手に取って、鏡の前で合わせたりしている。

 

(……ティナ、こういうの好きなんだな)

 

 普段は動きやすさ重視で、冒険者らしい格好ばかりしているから、あまり感じなかった。

 でも今、可愛いデザインの服を前にして、普通に女の子の顔をしている。

 当たり前のことなんだけど、普段のティナを見ていると忘れそうになる。

 でも、こういう時のティナは年相応で、可愛らしい。

 

 ティナがこちらを見て、服を掲げた。

 

「これ、どう?」

「似合う。絶対可愛いと思う」

 

 素直に言ったら、ティナが一瞬固まった。

 

「……っ。あんた、そういうのさらっと言うのやめなさい」

「いや、事実だろ」

 

 ティナは視線を逸らし、棚に戻したが──また同じ服を手に取っている。気に入ったらしい。

 俺は小声で言った。

 

「気に入ってるなら買えば良いじゃないか」

「それは……でも、これ冒険者向けじゃないから、街にいる子しか着れなさそうよ」

「冒険の時じゃなくて、街にいる時用に買えばいいじゃん。……カイトとのデートの時とか」

「で、でーと!? なに言ってんの!」

 

 顔が赤い。わかりやすい。

 

「いや、冗談じゃなく。普段と違う姿見せたら、カイト、惚れ直すと思うぞ」

「……っ」

 

 ティナは口を開いたり閉じたりして、それからぼそっと言った。

 

「……あんたがそう言うなら、買う」

 

 良いことをしたな、俺。

 カイト楽しみにしてろよと、ほくそ笑む。

 

 

 買い物を終え、外でまた背負い袋に入れるふりをしてアイテムボックスへ収納する。今日はそればっかりだ。だが便利だからしょうがない。

 集合場所の噴水へ行くと、カイトがぼんやりした目をして待っていた。

 

「あ……おかえりなさい!」

「すまん、待たせたか?」

「二人がぜんぜん来ないから、半分寝てました!」

 

 よく見ると、カイトの頬に噴水の縁の跡がついている。

 

(完全に寝てただろ、これ)

 

「悪かった。でも、噴水の前で寝るな。風邪引くぞ」

「大丈夫です! 僕、丈夫なので!」

 

 カイトが胸を張る。

 その無邪気さに、ティナが呆れた顔をする。

 

「あんたって本当に……」

「ほらほら、次に行こうよ!」

 

 そういってカイトは大きく伸びをする。

 

 さて、道具も服も揃った。次は保存食じゃない食料だ。こちらにはアイテムボックスがある。

 そしてアイテムボックス内では時間が進まない……出来立ての飯を持ち歩けるという事だ!

 俺は二人に説明した。

 

「収納魔法なんだけど、中に入れた物の時間が進まない。つまり、出来立ての料理が熱々なままずっと保存出来るんだ」

「……それ、本当なら反則級ね」

「すごいです……!」

「だから、露店で出来立ての食事を買って入れておけば、旅の途中でも露店の出来たての飯が食えるって事」

 

 ティナが即座に頷く。

 

「いいわね、露店で美味しそうなのを沢山買っておきましょ」

 

 カイトは目を輝かせた。

 

「じゃあ僕、串焼き買います!」

「昨日の真っ黒い肉は禁止な」

「えぇ!?あれ美味しかったのに!」

 

 当たり前だろ、あんなゴムみたいな硬い肉を買うわけがない。

 ティナも呆れた顔で頷いている。

 

 露店に入る前に念の為、改めてフードを深く被り、顔や髪が見えにくくしておく。

 街の露店を回り、焼き立ての肉、熱々な煮込み、焼き立てのパン、甘い菓子、干し果物より柔らかい果物──とにかく美味しそうなものを買い込む。

 

「これ、焼きたてだよー!」

 

 露店の店主が笑顔で肉串を渡してくれる。

 湯気が立っている。香ばしい匂い。

 

(これをこのまま保存できるのか)

 

 俺は人目を避けて、路地裏でアイテムボックスに収納する。

 すっと消える湯気。消える匂い。

 

(……すげえな、本当に)

 

 試しに、少し前に買った煮込みを取り出してみる。

 現れた煮込みは、貰った時と同じ湯気が立っている。温度も変わらない。

 

「おぉ……マジで出来立てのままだ」

 

 ティナが横から覗き込む。

 

「便利ね、それ」

「便利すぎて怖いくらいだな」

 

 その後も美味しそうなものを色々買っていく。

 人間は美味しい飯が食べられればストレスが大分軽減されるはずだ。

 少しでも旅を快適にする為には躊躇しない。

 

(人は空腹になると性格が悪くなる。これは世界共通だ)

 

 屋台巡りをしていると、あっという間に時間が過ぎていた。

 昼を過ぎたところで、俺たちは屋台で昼食を取った。

 さっき追加で買った串焼きと、柔らかいパンみたいな不思議な食べ物をその場で食う。

 うまい。胃が喜んでいる。

 食べ終えた串を片付けながら、ティナが言った。

 

「……しばらく街を離れるなら、ノノには言っておきましょ。あとで『聞いてない』って拗ねられるわよ」

「拗ねる姿が想像できるな」

 

 カイトが苦笑する。

 

「ノノさん、顔に出ますもんね」

 

 というわけで、俺たちは商人ギルドへ向かった。

 冒険者ギルドの喧騒とは違って、商人ギルドは空気が整っている。

 床が妙に綺麗で、受付の職員の背筋がやたら真っ直ぐだ。声も丁寧で、会釈の角度も揃っている。

 

 ノノの印象が強いせいで、どうしても場違い感が抜けない。

 受付でノノの名前を告げると、職員はきっちり頷いた。

 

「ノノ、ですね。間もなく戻ると思います。こちらでお掛けになってお待ちください」

 

 カイトは周りをきょろきょろ見回して、小声で言った。

 

「緊張します……なんか、冒険者ギルドと違って、真面目な空気がします」

「分かる。なんか雰囲気が少し硬い気がするな」

 

 そんなことを言っているうちに、入口の方から足早に入ってくる人物が見える。

 ノノだ。紙の束を抱えた彼女が、軽快な足取りで入ってくる。

 周囲のきっちりした空気を、ノノだけが自分の色で塗り替えていく感じがした。

 ローブを顔から外し、俺が手を上げると、ノノがぱっと気づいて、いつもの笑顔で寄ってくる。

 

「あれ? みんな揃ってどうしたのー?」

 

 紙の束を抱えたまま、首を傾げる。

 その仕草だけで、ちょっと場の緊張が緩む。

 

「ちょっと話があってさ」

「え、なになに? もしかしてアウラちゃん、鎧スケッチさせてくれる気になった?」

「そんな訳ないだろ」

「えー、勿体ないなぁ」

 

 これ以上、桃姫を広める訳にはいかない。

 俺は咳払いしてから、なるべく軽い口調で切り出した。

 

「明日から、少し街を離れることになった」

 

 ノノの目が丸くなる。

 

「え? どこ行くの?」

「ドゥル=ブルムって所だ」

「……ドゥル=ブルムって」

 

 ノノがにやっとした。

 

「ブルム男爵に、アウラちゃんの鎧でも見せに行くの?」

「……なんで知ってるんだ?」

「もちろん知ってるよ! だって──」

 

 ノノは紙束を胸に抱え直して、ちょっと得意げに言った。

 

「ソーン村、ブルム男爵領の村だもん。父さんもブルム男爵によくしてもらってるんだよね」

 

 その瞬間、俺の頭の中で、ソーン村の記憶が繋がった。

 

(……あ)

 

 ノノの父親が俺の鎧を見て、目の色を変えていた。

 そして言っていた。

 

『こういうのを仕入れて来い! この手のが好きなブルム男爵に声をかけて……』

 

(確か、そんな感じの事をノノに言っていた……)

 

 俺が思い出した顔をすると、ノノは嬉しそうに笑った。

 

「思い出した? 父さん言ってたでしょー? あの人、珍しい武具の話になると子どもみたいになるんだよ」

「言ってたなぁ……」

 

 世界は思っていたより狭いのかもしれない。

 そして、人の繋がりで回っている。

 

 ノノは頷いて、今度は少し真面目な顔になった。

 

「……そっかぁ。しばらくいないんだ」

 

 一瞬だけ、声のトーンが落ちた。

 ほんの一瞬なのに、胸の奥がちくっとする。

 

 ノノはすぐに笑顔に戻そうとした。

 でも、その切り替えが頑張ってるって分かってしまう。

 

「じゃあさ、帰ってきたら、またご飯行こうね! ソーン村に行く依頼も受けてほしいしさ!」

「あぁ、もちろんだ。レックスさんに戻ってきたら、美味しいのをお願いしますって伝えておいてくれ」

 

 即答してノノがふふっと笑った。

 それで場が少し明るくなる。

 ノノは少し身を乗り出して、小声で言った。

 

「ねえ、危険な依頼だったりするの?」

 

 俺は一拍迷ってから、正直に言った。

 

「……いや、依頼じゃないんだ」

 

 ティナが横から、補足するように言う。

 

「ちょっと事情があってね。……あっちに着いたらノノに手紙でも出すわ」

 

 ノノはうん、と一度だけ強く頷く。そして、いつもの調子に戻るように拳を握った。

 

「じゃあさ、絶対怪我しないで帰ってきてね。ほんとに。……約束」

 

 約束って単語が妙に重かった。

 

(俺、こういうの弱いんだよな……)

 

 前世でも、誰かに「約束ね」って言われると、やたら守りたくなった。

 守れない約束をするのが怖いから、余計に。

 だから俺は、冗談で誤魔化さずに頷いた。

 

「ああ。約束する」

 

 ノノの肩が少しだけ、安心したみたいに落ちる。

 その空気を変えるために、俺は意地悪く笑って言った。

 

「その代わり、戻ってきたら報告しろよ」

「え、なにを?」

「レックスさんとどれくらい進んだのか」

「っ!?」

 

 ノノの顔が一瞬で赤くなる。

 紙束を抱えた腕が、ぎゅっと縮まった。

 

「ど、どれくらいって!?」

「まぁ、ノノのお手並み拝見かな」

「ひどーい!!」

 

 ノノがぷくっと頬を膨らませた。

 その反応が可愛くて、俺は少し笑ってしまう。

 

(こういうやりとりができるくらいには、仲良くなったんだな)

 

 ノノはむぅ、と唸りながらも、最後には小さく笑った。

 

「……えへへ。頑張るよ」

「よし。じゃあ、俺たちも頑張って生きて帰る」

 

 ティナが柔らかい声で言った。

 

「ノノも無理しないでね。仕事、抱えすぎないこと」

「はーい、ティナお姉ちゃん」

「誰がお姉ちゃんよ」

 

 カイトもノノに声を掛ける。

 

「ノノさん、僕が二人を守ってみせます!」

「うん! でも、カイトくんも怪我しないようにね」

「はい!」

 

 ノノは笑って手を振った。

 俺も手を振り返す。

 

 ──背を向けた瞬間、ノノの声が少しだけ小さくなる。

 

「……ほんと、気をつけてね」

 

 それが聞こえたから、俺は振り返らずに、親指だけ立てて見せた。

 

(……帰ってこないと、格好つかないな)

 

 ほんの少しだけ、胸の奥が熱くなった。

 

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