【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
白鹿亭の食堂で朝食を腹に入れ、荷物の最終確認を終えると、俺たちは宿を出ることにした。
──と言っても、荷物は見た目ほど多くない。
いや、正確には「物量は多い」んだが、俺のアイテムボックスという反則スキルのおかげで、背負い袋の中は見せかけの軽いものしか入っていない。
階段を降りて玄関へ向かうと、女将さんがちょうど帳場のあたりにいた。
相変わらず愛想はない。だが──
「女将さん、行ってくる」
そう声をかけた瞬間、女将さんは「ふん」と鼻を鳴らして、カウンターの下から包みを三つ出してきた。
紙にくるまれたそれは、ずしりと重い。
「これ持ってきな。昼飯用だ」
紙の隙間から見えるのは、パンに野菜と肉をぎゅうぎゅうに挟んだサンドイッチ。
しかも、具が豪快だ。肉の厚みが遠慮を知らない。野菜の量も多い。
食堂で出る朝飯とは別に、わざわざ作ってくれたんだろう。
「助かる。ありがとう、女将さん」
「美味しそう! ありがとうございます!」
「助かります。頂きますね」
三人でお礼を言う。
(……この人、やることが面倒見の塊なんだよな)
口は悪い。態度も素っ気ない。
なのに、やることが母ちゃんって感じだ。
「気を付けて行ってくるんだよ。変に無理すんじゃないよ」
女将さんは目を合わせないまま言う。
それがまた、妙に刺さる。
「はい、行ってきます」
女将さんは片手をひらひらさせた。
「帰ってきたらまた泊まりな。部屋が空いてりゃ、な」
ぶっきらぼうなのに、追い出す感じがしない。
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
(よし、落ち着いたらちゃんと戻ってこよう)
まぁ、いつ頃落ち着くのかは不明なんだが……。
俺たちはサンドイッチを大事そうに抱え、白鹿亭を後にした。
南門へ向かう道は、朝の匂いがした。
露店の準備をする音。店の看板を拭く布の音。パン屋から漂う焼き立ての香り。
そして──「これから旅に出る」っていう、あの独特の空気。
怖さはある。
教会が動き始めている。ヴェルノや聖女シエルも、全部が不穏だ。
なのに、足元の石畳を踏む感覚ひとつで、どこか気分が浮つく。
(……旅って、こういうもんだよな。怖いのに、ワクワクする)
横を見ると、カイトがやたら晴れやかな顔をしていた。
背負い袋を背負い直しながら、妙に胸を張っている。
「初めての乗合馬車、楽しみですね!」
「まあな」
「旅ですよ、旅!」
ティナが苦笑して、俺の方を見る。
「そういえば……ヴァンには一言言っておかなくて良かったの? 街を出るって」
「言わなくていい。どうせギルド長あたりから聞くだろ」
俺は即答した。
(だってムカつくし)
桃姫の件。
あいつが推したという事が脳内でチラつくたびに血圧が上がる。
俺がプリプリしているのを見て、ティナは肩をすくめた。
そして、カイトが手を挙げる。
「大丈夫です! 僕が伝言お願いしてありますよ!」
「……は?」
「昨日、二人の買い物待ってる間に暇だったので、ちょっとギルドに顔を出してきたんです」
ニコニコしながらカイトは言う。
「ヴァンさんが居るか聞いたら不在だったので、リーネさんに伝言をお願いしておきました!」
「……勝手に?」
「はい!」
元気よく即答された。
俺は頭を押さえる。
ティナが呆れたように息を吐く。
「まあ、それならいいわ。余計な誤解も生まれないし」
「……ヴァンのことなんてどうでもいいよ」
「二つ名の件、まだ怒ってるの?」
「当たり前だろ。あれ変更できないんだぞ」
「はいはい」
ティナの俺への扱いが妙に慣れてきた気がする。
俺、いつの間にか面倒な子扱いされてないか?
南門が近づくにつれて、人の数が増えた。
門の外はさらに騒がしい。荷を抱える商人、護衛っぽい冒険者、家族に手を振る旅人。
馬の鼻息。車輪の軋み。革具のきしむ音。
門の外には乗合馬車が何台か並んでいて、すでに結構な人数が荷物を積み込んだり、御者と話したりしている。
(……うわ、思ったより旅立ちの場所だな)
俺は無意識に地味なフードを深くかぶり直した。
どこで見られてるかわからないし、街を離れるまでは“目立たない”が最優先。
勿論ハイレグアーマーは装備していない。あんなもん装備してたまるか。
「赤い旗……赤い旗……」
昨日、馬車ギルドで聞いた目印。
俺たちはそれを探して列を横切り──端の方に、赤色の旗を立てた馬車を見つけた。
「あれだ」
馬車の横で荷運びをしている男に近づく。
動きは軽い。服装も御者というより、旅慣れた冒険者っぽい。
顔つきも、なんというか──油断してる客を見抜きそうな顔だ。
「お客さんかい?」
男がこちらを見る。
「こいつはドゥル=ブルム行きだ。間違いないなら、乗車札をくれよな」
俺は背負い袋から札を出して渡した。
男は札を確認し、頷いた。
「よし。俺は今回あんたらを運ぶミゲルだ。よろしくな」
俺もフードを外して名乗った。
「アウラだ。こっちはティナとカイト。よろしく頼む」
「おう、任せておきな」
ミゲルは三十代くらい。肩幅があって、手がごつい。
でも表情は気さくで、声の張りも良い。
御者というより、元冒険者が転職してきたような雰囲気がある。
ミゲルは親指で後ろを指した。
「あっちにいる二人は護衛の銀級冒険者だ。何かあったら基本はあいつらが対処する」
指差す先。
馬車の前で大きく伸びをしているのは、軽装の中老男。腕が太い。拳がでかい。
隣にいるのは、弓を背負った二十代くらいの女。目つきが悪い。
悪いっていうか、近づいたら射抜かれそうな目をしてる。
(うわ、あの女の人、絶対怖い。怒らせたらヤバそうな雰囲気だ……)
ミゲルは続ける。
「移動中は俺の指示に従ってくれ。順調に行けば六日後くらいにはドゥル=ブルムだ。まあ、馬の具合や天気で伸びることもあるんでよろしく」
そして宿の予定も言う。
「宿は二日目と五日目に泊まる予定で、そこ以外は野宿だ。分かってるとは思うが、夜の見張りは基本俺と護衛がやる。あんたらは無茶しないで寝てて良いが、何かあれば起こす。その時は指示に従ってくれ」
「わかった」
ティナが頷き、カイトは──
「はい! よろしくお願いします!」
キラキラした目で返事した。
勢いが良すぎて、ミゲルが一瞬だけ「お、おう」と戸惑う。
ティナは静かに説明を聞いているが、表情がいつもより少し柔らかい気がする。
(……ティナも、ちょっとワクワクしてる感じがするな)
こういうとき、普段のしっかり者が少しだけ年相応に見える。
俺も俺で──胸の奥が少しだけ弾んでいるのを自覚してしまう。
(危険から逃げる旅なのに、俺、何でワクワクしてんだよ)
たぶん、現実逃避だ。
怖いものから目を逸らすために新しい場所に期待してる。
でも、それでもいい。
怖いだけで歩き続けるのは、きっと無理だ。
そのとき、護衛の二人がこちらに気づいて歩いてきた。
白髪交じりの短髪中老の男が、にこっと笑う。
「おぉ、随分と若い子たちが乗ってくるんだなぁ」
声は明るい。
でも腕と拳が明らかに武闘派だ。
「私は銀級冒険者のフーバ。鉄拳のフーバって言ったら分かる?」
……分からない。
俺はもちろん知らない。ティナも首を傾げ、カイトも「えっと……」という顔だ。
フーバさんはしょんぼりした。
「やっぱり若い子はもう知らないんだ……もう引退しょ……」
(情緒が早い)
すると隣の弓女が、フーバさんの肩をペシペシ叩いた。
その笑みが、邪悪だった。いや、本当に邪悪。
「借金返すまでは引退できると思うなよ?」
「ひぃぃぃ! すいませんでしたぁぁ!」
フーバさんが即座に土下座しそうな勢いで縮こまった。
(あ、これ。力関係が一瞬で分かるやつだ)
弓女は俺たちに視線を向ける。
目つきは悪い。だが、これは威嚇だ。
仕事モードってやつだろう。多分。
「俺はサラ。あれの相棒だ。一応銀級で“鷹の目”って呼ばれてる」
口調が男っぽいだけで、ポニーテールの女性だ。年は二十代くらい。身体は引き締まっている。
近くで見るとより目つきが悪い……というか鋭い。鷹の目とは言いえて妙だな。
視線だけで獲物を射抜きそうな雰囲気がある。
でも、その鋭さは信頼できそうだ。
……っていうか、鉄拳とか鷹の目って格好いいな。
俺は……悲しくなってくるから、考えないようにしよう……。
「あいつもあんなだけど、やる時はやる。……当てにしていいぜ」
ティナが軽く会釈し、自己紹介する。
「よろしく。こちらも余計な手間はかけないわ」
「そうしてくれ」
カイトが元気に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「……元気だな、お前」
サラが一瞬だけ口角を上げた。
笑ったのか? 今のは笑った判定でいいのか?
(鷹の目、実は優しいタイプかもしれない)
フーバさんが立ち直ったように胸を張る。
「何かあったら、この鉄拳が君たちを護るから安心してくれたまえよ」
「借金早く返せるようにキリキリ働けよ」
「はい」
(このコンビ見た目によらず面白いな)
ミゲルが手を叩いて区切った。
「準備できてんなら、もう乗っててくれ。そろそろ出る」
「わかった」
俺たちは馬車へ向かった。
乗合馬車は、思っていた豪華な馬車じゃない。
どちらかというと、荷馬車を改造して人を乗せられるようにした感じだ。
大きな車輪。頑丈そうな木の枠。
上には屋根──布の幌が張られていて、日差しと小雨くらいは防げそう。
ただし、完全密閉じゃない。横は布を巻き上げれば開くし、降ろせば風除けになる。
(なるほど。屋根付きだけど半分野外って感じか)
中に入ると、左右に長い木のベンチがあり、向かい合わせに座る作り。
足元には荷物を置くスペース。
揺れを抑えるための革の吊り具が付いているが、たぶんそれでも揺れる。っていうかめちゃくちゃ揺れそう。
(絶対ケツが痛いやつだな……。クッション買っておいて正解)
そして、すでに先客が一人いた。
地味なローブをすっぽり被った女性。
顔を隠すようにフードを深くかぶり、姿勢も小さく縮こまっている。
旅慣れてるのか、逆に怯えてるのか──判断がつかない。
俺たちが入った瞬間、その女性がぴくっと動いた。
そして、明らかに動揺したような声が漏れる。
「……っ」
(……ん? 今、反応した?)
気のせいじゃない。
こちらを見た──というより、“俺を見た”瞬間に固まった?
俺は警戒しつつ、なるべく柔らかい声で言った。
「……何か?」
「ヒェッ……い、いえ別に何でもナイデス」
裏返った声。
否定が早い。否定が強い。
そして何より──怪しい。
(なんだこの人……俺を見て固まった感じがする。っていうか、しまったな。さっき挨拶した時にフードを外したままだった)
フードを被り直して、顔を隠す。
大丈夫だったか不安になってきたが、特に女性が動く様子は無い。
様子を見るしか無いか……。
ティナが隣に座り、カイトが向かいに座る。
俺は入口側の端に座って、外の様子をちらっと見る。
馬車の外ではミゲルが最終確認をし、フーバさんが馬に水をやり、サラが周囲を睨むように見張っている。
こういう始まる前の忙しさは、妙に現実感がある。
(……よし。変なことが起きても、護衛がいる。俺は目立たず、静かに、ただ目的地へ──)
そう思った、そのとき。
馬車の入口の布がばさっと上がり、陽気な声が飛び込んできた。
「やぁやぁ、おはよう。今日は絶好の旅日和だねぇ。朝から気持ちが良いよ」
──マルルゥだった。
でかい荷物を抱えて、やけに楽しそうな顔で乗り込んでくる。
俺の脳内で警報が鳴った。
「な、なんでお前が来るんだよ!?」
思わず声が出た。
ティナはあからさまに不機嫌な顔になり、眉をしかめる。
カイトだけが「マルルゥさん!」と嬉しそうに手を振った。やめろ、喜ぶな。
マルルゥはにこにこしながら、当然のように言った。
「何でって、そりゃボクは君の護衛だからねぇ。まだ護衛期間中だし」
「そうじゃなくて! 何で俺たちが街から出るって知ってるんだよ!」
マルルゥは首を傾げ、悪びれもせずに答えた。
「ほら、先日話したでしょ。君の体内にまだ石残ってるからね。全部筒抜けだよ」
──石。
ペンダントを削ったあの欠片。
俺の体内に残ってるって言われた、あれ。
頭がずしっと重くなる。
「あれって、俺の場所を特定するだけじゃないのかよ」
「まっさか~、ボクの特製だよ? 全部わかっちゃうんだよねぇ」
マルルゥは、あははと笑う。
笑いながら、さらっと続けた。
「それに~、ボクは君の魔法にとぉ~っても興味があるんだ。だから君について行って、色々知りたいなって」
鳥肌が立ちそうになった。
背筋がぞわっとする。
「勘弁してくれ。ついてこなくていいから帰ってくれ」
「えー? そんなこと言われても困るなぁ。護衛だし」
ティナが冷たい声で言う。
「邪魔だから消えてくれない?」
「ひどいなぁ~。あ、美味しいお菓子買ってきたけど食べる?」
マルルゥはまったくこたえない。
そして「ついでに君たちも守ってあげるからさ~」などと、恩着せがましいことまで言う。
大きな荷物をどん、と馬車の床に置き──そのまま俺のすぐ近くに座った。
距離が近い。
笑顔が近い。
興味が近い。
(最悪だ)
せっかく教会から逃げるために街を出たのに。
せっかく新しい場所に期待していたのに。
(なんで、こいつまで着いてくるんだよ……)
マルルゥの存在は、ある意味で教会よりも厄介かもしれない。
だって、こいつは俺のすぐ隣にいる。
監視されているようなものだ。
(旅の快適さが、今この瞬間に半分消えた)
マルルゥは嬉しそうに言った。
「楽しい旅になりそうだね~」
俺とティナは、同時に頭が痛くなりそうな顔をした。
カイトだけが、空気を読まずにキラキラした目で返す。
「ワクワクしますね~! 乗合馬車、初めてなんです!」
「そうだろう? ボクも好きなんだよねぇ。揺れとか、匂いとか、他人の人生が同じ箱に詰められて、息が詰まりそうな感じがさ」
(言い方が最悪……)
俺は深呼吸した。
落ち着け。落ち着け俺。
ここで騒いだら目立つ。目立ったら教会にバレる可能性が上がる。
つまり──
(我慢だ。これは生存のための我慢だ)
ふと、向かいのローブの女性を見る。
さっきよりも縮こまっている気がする。
そして、俺と目が合いそうになった瞬間、また慌てて視線を逸らした。
(教会関係者……? いや、それなら何か動いて来てもおかしくなさそうだが……)
でも、敵意は感じない。
(……何なんだ、この人)
分からない。
分からないことが増えるのは、正直嫌だ。
そのとき、外からミゲルの声が聞こえた。
「よーし! 全員乗ったな! 出るぞ!」
馬のいななき。
車輪が軋む音。
馬車がゆっくりと動き出す。
揺れが来る。
旅が始まる。
逃げるための旅。生きるための旅。
俺は白鹿亭のサンドイッチの包みを膝の上で握りしめた。
温かい。紙越しに、肉の匂いがする。
(……女将さん。俺、ちゃんと帰ってくるよ。絶対)
馬車は南門を離れ、街道へ出た。
幌の隙間から差し込む朝の光が、木の床に揺れている。
──こうして、俺たちのドゥル=ブルム行きは、最初から頭痛付きで始まった。