【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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42話 旅立ちに混ざる異物

 白鹿亭の食堂で朝食を腹に入れ、荷物の最終確認を終えると、俺たちは宿を出ることにした。

 

 ──と言っても、荷物は見た目ほど多くない。

 いや、正確には「物量は多い」んだが、俺のアイテムボックスという反則スキルのおかげで、背負い袋の中は見せかけの軽いものしか入っていない。

 

 階段を降りて玄関へ向かうと、女将さんがちょうど帳場のあたりにいた。

 相変わらず愛想はない。だが──

 

「女将さん、行ってくる」

 

 そう声をかけた瞬間、女将さんは「ふん」と鼻を鳴らして、カウンターの下から包みを三つ出してきた。

 紙にくるまれたそれは、ずしりと重い。

 

「これ持ってきな。昼飯用だ」

 

 紙の隙間から見えるのは、パンに野菜と肉をぎゅうぎゅうに挟んだサンドイッチ。

 しかも、具が豪快だ。肉の厚みが遠慮を知らない。野菜の量も多い。

 食堂で出る朝飯とは別に、わざわざ作ってくれたんだろう。

 

「助かる。ありがとう、女将さん」

「美味しそう! ありがとうございます!」

「助かります。頂きますね」

 

 三人でお礼を言う。

 

(……この人、やることが面倒見の塊なんだよな)

 

 口は悪い。態度も素っ気ない。

 なのに、やることが母ちゃんって感じだ。

 

「気を付けて行ってくるんだよ。変に無理すんじゃないよ」

 

 女将さんは目を合わせないまま言う。

 それがまた、妙に刺さる。

 

「はい、行ってきます」

 

 女将さんは片手をひらひらさせた。

 

「帰ってきたらまた泊まりな。部屋が空いてりゃ、な」

 

 ぶっきらぼうなのに、追い出す感じがしない。

 その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

(よし、落ち着いたらちゃんと戻ってこよう)

 

 まぁ、いつ頃落ち着くのかは不明なんだが……。

 俺たちはサンドイッチを大事そうに抱え、白鹿亭を後にした。

 

 南門へ向かう道は、朝の匂いがした。

 露店の準備をする音。店の看板を拭く布の音。パン屋から漂う焼き立ての香り。

 そして──「これから旅に出る」っていう、あの独特の空気。

 

 怖さはある。

 教会が動き始めている。ヴェルノや聖女シエルも、全部が不穏だ。

 なのに、足元の石畳を踏む感覚ひとつで、どこか気分が浮つく。

 

(……旅って、こういうもんだよな。怖いのに、ワクワクする)

 

 横を見ると、カイトがやたら晴れやかな顔をしていた。

 背負い袋を背負い直しながら、妙に胸を張っている。

 

「初めての乗合馬車、楽しみですね!」

「まあな」

「旅ですよ、旅!」

 

 ティナが苦笑して、俺の方を見る。

 

「そういえば……ヴァンには一言言っておかなくて良かったの? 街を出るって」

「言わなくていい。どうせギルド長あたりから聞くだろ」

 

 俺は即答した。

 

(だってムカつくし)

 

 桃姫の件。

 あいつが推したという事が脳内でチラつくたびに血圧が上がる。

 俺がプリプリしているのを見て、ティナは肩をすくめた。

 そして、カイトが手を挙げる。

 

「大丈夫です! 僕が伝言お願いしてありますよ!」

「……は?」

「昨日、二人の買い物待ってる間に暇だったので、ちょっとギルドに顔を出してきたんです」

 

 ニコニコしながらカイトは言う。

 

「ヴァンさんが居るか聞いたら不在だったので、リーネさんに伝言をお願いしておきました!」

「……勝手に?」

「はい!」

 

 元気よく即答された。

 俺は頭を押さえる。

 ティナが呆れたように息を吐く。

 

「まあ、それならいいわ。余計な誤解も生まれないし」

「……ヴァンのことなんてどうでもいいよ」

「二つ名の件、まだ怒ってるの?」

「当たり前だろ。あれ変更できないんだぞ」

「はいはい」

 

 ティナの俺への扱いが妙に慣れてきた気がする。

 俺、いつの間にか面倒な子扱いされてないか?

 

 南門が近づくにつれて、人の数が増えた。

 門の外はさらに騒がしい。荷を抱える商人、護衛っぽい冒険者、家族に手を振る旅人。

 馬の鼻息。車輪の軋み。革具のきしむ音。

 

 門の外には乗合馬車が何台か並んでいて、すでに結構な人数が荷物を積み込んだり、御者と話したりしている。

 

(……うわ、思ったより旅立ちの場所だな)

 

 俺は無意識に地味なフードを深くかぶり直した。

 どこで見られてるかわからないし、街を離れるまでは“目立たない”が最優先。

 勿論ハイレグアーマーは装備していない。あんなもん装備してたまるか。

 

「赤い旗……赤い旗……」

 

 昨日、馬車ギルドで聞いた目印。

 俺たちはそれを探して列を横切り──端の方に、赤色の旗を立てた馬車を見つけた。

 

「あれだ」

 

 馬車の横で荷運びをしている男に近づく。

 動きは軽い。服装も御者というより、旅慣れた冒険者っぽい。

 顔つきも、なんというか──油断してる客を見抜きそうな顔だ。

 

「お客さんかい?」

 

 男がこちらを見る。

 

「こいつはドゥル=ブルム行きだ。間違いないなら、乗車札をくれよな」

 

 俺は背負い袋から札を出して渡した。

 男は札を確認し、頷いた。

 

「よし。俺は今回あんたらを運ぶミゲルだ。よろしくな」

 

 俺もフードを外して名乗った。

 

「アウラだ。こっちはティナとカイト。よろしく頼む」

「おう、任せておきな」

 

 ミゲルは三十代くらい。肩幅があって、手がごつい。

 でも表情は気さくで、声の張りも良い。

 御者というより、元冒険者が転職してきたような雰囲気がある。

 ミゲルは親指で後ろを指した。

 

「あっちにいる二人は護衛の銀級冒険者だ。何かあったら基本はあいつらが対処する」

 

 指差す先。

 馬車の前で大きく伸びをしているのは、軽装の中老男。腕が太い。拳がでかい。

 隣にいるのは、弓を背負った二十代くらいの女。目つきが悪い。

 悪いっていうか、近づいたら射抜かれそうな目をしてる。

 

(うわ、あの女の人、絶対怖い。怒らせたらヤバそうな雰囲気だ……)

 

 ミゲルは続ける。

 

「移動中は俺の指示に従ってくれ。順調に行けば六日後くらいにはドゥル=ブルムだ。まあ、馬の具合や天気で伸びることもあるんでよろしく」

 

 そして宿の予定も言う。

 

「宿は二日目と五日目に泊まる予定で、そこ以外は野宿だ。分かってるとは思うが、夜の見張りは基本俺と護衛がやる。あんたらは無茶しないで寝てて良いが、何かあれば起こす。その時は指示に従ってくれ」

「わかった」

 

 ティナが頷き、カイトは──

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 キラキラした目で返事した。

 勢いが良すぎて、ミゲルが一瞬だけ「お、おう」と戸惑う。

 

 ティナは静かに説明を聞いているが、表情がいつもより少し柔らかい気がする。

 

(……ティナも、ちょっとワクワクしてる感じがするな)

 

 こういうとき、普段のしっかり者が少しだけ年相応に見える。

 俺も俺で──胸の奥が少しだけ弾んでいるのを自覚してしまう。

 

(危険から逃げる旅なのに、俺、何でワクワクしてんだよ)

 

 たぶん、現実逃避だ。

 怖いものから目を逸らすために新しい場所に期待してる。

 でも、それでもいい。

 怖いだけで歩き続けるのは、きっと無理だ。

 

 そのとき、護衛の二人がこちらに気づいて歩いてきた。

 白髪交じりの短髪中老の男が、にこっと笑う。

 

「おぉ、随分と若い子たちが乗ってくるんだなぁ」

 

 声は明るい。

 でも腕と拳が明らかに武闘派だ。

 

「私は銀級冒険者のフーバ。鉄拳のフーバって言ったら分かる?」

 

 ……分からない。

 俺はもちろん知らない。ティナも首を傾げ、カイトも「えっと……」という顔だ。

 

 フーバさんはしょんぼりした。

 

「やっぱり若い子はもう知らないんだ……もう引退しょ……」

 

(情緒が早い)

 

 すると隣の弓女が、フーバさんの肩をペシペシ叩いた。

 その笑みが、邪悪だった。いや、本当に邪悪。

 

「借金返すまでは引退できると思うなよ?」

「ひぃぃぃ! すいませんでしたぁぁ!」

 

 フーバさんが即座に土下座しそうな勢いで縮こまった。

 

(あ、これ。力関係が一瞬で分かるやつだ)

 

 弓女は俺たちに視線を向ける。

 目つきは悪い。だが、これは威嚇だ。

 仕事モードってやつだろう。多分。

 

「俺はサラ。あれの相棒だ。一応銀級で“鷹の目”って呼ばれてる」

 

 口調が男っぽいだけで、ポニーテールの女性だ。年は二十代くらい。身体は引き締まっている。

 近くで見るとより目つきが悪い……というか鋭い。鷹の目とは言いえて妙だな。

 視線だけで獲物を射抜きそうな雰囲気がある。

 でも、その鋭さは信頼できそうだ。

 ……っていうか、鉄拳とか鷹の目って格好いいな。

 俺は……悲しくなってくるから、考えないようにしよう……。

 

「あいつもあんなだけど、やる時はやる。……当てにしていいぜ」

 

 ティナが軽く会釈し、自己紹介する。

 

「よろしく。こちらも余計な手間はかけないわ」

「そうしてくれ」

 

 カイトが元気に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします!」

「……元気だな、お前」

 

 サラが一瞬だけ口角を上げた。

 笑ったのか? 今のは笑った判定でいいのか?

 

(鷹の目、実は優しいタイプかもしれない)

 

 フーバさんが立ち直ったように胸を張る。

 

「何かあったら、この鉄拳が君たちを護るから安心してくれたまえよ」

「借金早く返せるようにキリキリ働けよ」

「はい」

 

(このコンビ見た目によらず面白いな)

 

 ミゲルが手を叩いて区切った。

 

「準備できてんなら、もう乗っててくれ。そろそろ出る」

「わかった」

 

 俺たちは馬車へ向かった。

 乗合馬車は、思っていた豪華な馬車じゃない。

 どちらかというと、荷馬車を改造して人を乗せられるようにした感じだ。

 

 大きな車輪。頑丈そうな木の枠。

 上には屋根──布の幌が張られていて、日差しと小雨くらいは防げそう。

 ただし、完全密閉じゃない。横は布を巻き上げれば開くし、降ろせば風除けになる。

 

(なるほど。屋根付きだけど半分野外って感じか)

 

 中に入ると、左右に長い木のベンチがあり、向かい合わせに座る作り。

 足元には荷物を置くスペース。

 揺れを抑えるための革の吊り具が付いているが、たぶんそれでも揺れる。っていうかめちゃくちゃ揺れそう。

 

(絶対ケツが痛いやつだな……。クッション買っておいて正解)

 

 そして、すでに先客が一人いた。

 地味なローブをすっぽり被った女性。

 顔を隠すようにフードを深くかぶり、姿勢も小さく縮こまっている。

 旅慣れてるのか、逆に怯えてるのか──判断がつかない。

 

 俺たちが入った瞬間、その女性がぴくっと動いた。

 そして、明らかに動揺したような声が漏れる。

 

「……っ」

 

(……ん? 今、反応した?)

 

 気のせいじゃない。

 こちらを見た──というより、“俺を見た”瞬間に固まった?

 俺は警戒しつつ、なるべく柔らかい声で言った。

 

「……何か?」

「ヒェッ……い、いえ別に何でもナイデス」

 

 裏返った声。

 否定が早い。否定が強い。

 そして何より──怪しい。

 

(なんだこの人……俺を見て固まった感じがする。っていうか、しまったな。さっき挨拶した時にフードを外したままだった)

 

 フードを被り直して、顔を隠す。

 大丈夫だったか不安になってきたが、特に女性が動く様子は無い。

 様子を見るしか無いか……。

 

 ティナが隣に座り、カイトが向かいに座る。

 俺は入口側の端に座って、外の様子をちらっと見る。

 

 馬車の外ではミゲルが最終確認をし、フーバさんが馬に水をやり、サラが周囲を睨むように見張っている。

 こういう始まる前の忙しさは、妙に現実感がある。

 

(……よし。変なことが起きても、護衛がいる。俺は目立たず、静かに、ただ目的地へ──)

 

 そう思った、そのとき。

 馬車の入口の布がばさっと上がり、陽気な声が飛び込んできた。

 

「やぁやぁ、おはよう。今日は絶好の旅日和だねぇ。朝から気持ちが良いよ」

 

 ──マルルゥだった。

 でかい荷物を抱えて、やけに楽しそうな顔で乗り込んでくる。

 俺の脳内で警報が鳴った。

 

「な、なんでお前が来るんだよ!?」

 

 思わず声が出た。

 ティナはあからさまに不機嫌な顔になり、眉をしかめる。

 カイトだけが「マルルゥさん!」と嬉しそうに手を振った。やめろ、喜ぶな。

 マルルゥはにこにこしながら、当然のように言った。

 

「何でって、そりゃボクは君の護衛だからねぇ。まだ護衛期間中だし」

「そうじゃなくて! 何で俺たちが街から出るって知ってるんだよ!」

 

 マルルゥは首を傾げ、悪びれもせずに答えた。

 

「ほら、先日話したでしょ。君の体内にまだ石残ってるからね。全部筒抜けだよ」

 

 ──石。

 ペンダントを削ったあの欠片。

 俺の体内に残ってるって言われた、あれ。

 頭がずしっと重くなる。

 

「あれって、俺の場所を特定するだけじゃないのかよ」

「まっさか~、ボクの特製だよ? 全部わかっちゃうんだよねぇ」

 

 マルルゥは、あははと笑う。

 笑いながら、さらっと続けた。

 

「それに~、ボクは君の魔法にとぉ~っても興味があるんだ。だから君について行って、色々知りたいなって」

 

 鳥肌が立ちそうになった。

 背筋がぞわっとする。

 

「勘弁してくれ。ついてこなくていいから帰ってくれ」

「えー? そんなこと言われても困るなぁ。護衛だし」

 

 ティナが冷たい声で言う。

 

「邪魔だから消えてくれない?」

「ひどいなぁ~。あ、美味しいお菓子買ってきたけど食べる?」

 

 マルルゥはまったくこたえない。

 そして「ついでに君たちも守ってあげるからさ~」などと、恩着せがましいことまで言う。

 

 大きな荷物をどん、と馬車の床に置き──そのまま俺のすぐ近くに座った。

 

 距離が近い。

 笑顔が近い。

 興味が近い。

 

(最悪だ)

 

 せっかく教会から逃げるために街を出たのに。

 せっかく新しい場所に期待していたのに。

 

(なんで、こいつまで着いてくるんだよ……)

 

 マルルゥの存在は、ある意味で教会よりも厄介かもしれない。

 だって、こいつは俺のすぐ隣にいる。

 監視されているようなものだ。

 

(旅の快適さが、今この瞬間に半分消えた)

 

 マルルゥは嬉しそうに言った。

 

「楽しい旅になりそうだね~」

 

 俺とティナは、同時に頭が痛くなりそうな顔をした。

 カイトだけが、空気を読まずにキラキラした目で返す。

 

「ワクワクしますね~! 乗合馬車、初めてなんです!」

「そうだろう? ボクも好きなんだよねぇ。揺れとか、匂いとか、他人の人生が同じ箱に詰められて、息が詰まりそうな感じがさ」

 

(言い方が最悪……)

 

 俺は深呼吸した。

 落ち着け。落ち着け俺。

 ここで騒いだら目立つ。目立ったら教会にバレる可能性が上がる。

 つまり──

 

(我慢だ。これは生存のための我慢だ)

 

 ふと、向かいのローブの女性を見る。

 さっきよりも縮こまっている気がする。

 そして、俺と目が合いそうになった瞬間、また慌てて視線を逸らした。

 

(教会関係者……? いや、それなら何か動いて来てもおかしくなさそうだが……)

 

 でも、敵意は感じない。

 

(……何なんだ、この人)

 

 分からない。

 分からないことが増えるのは、正直嫌だ。

 

 そのとき、外からミゲルの声が聞こえた。

 

「よーし! 全員乗ったな! 出るぞ!」

 

 馬のいななき。

 車輪が軋む音。

 馬車がゆっくりと動き出す。

 

 揺れが来る。

 旅が始まる。

 逃げるための旅。生きるための旅。

 

 俺は白鹿亭のサンドイッチの包みを膝の上で握りしめた。

 温かい。紙越しに、肉の匂いがする。

 

(……女将さん。俺、ちゃんと帰ってくるよ。絶対)

 

 馬車は南門を離れ、街道へ出た。

 幌の隙間から差し込む朝の光が、木の床に揺れている。

 

 ──こうして、俺たちのドゥル=ブルム行きは、最初から頭痛付きで始まった。

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