【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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43話 空の眼

 二頭立ての乗合馬車は、思っていた以上に旅の匂いがした。

 幌の下にこもるのは、木の匂いと馬の体温と、革の手綱の油っぽさ。それに、土の湿り気。

 車輪が石を噛むたびに、足元の板が小さく震え、その振動が膝から腰にじわじわ上がってくる。

 

(思ってた以上に揺れが来るな……。クッション無かったら絶対ケツが死ぬやつだ)

 

 馬車用の厚めのクッションを買っておいた俺は、心の中で自分を褒めた。

 旅支度って、こういう地味に命を救う買い物があるから侮れない。

 カイトやティナは一緒にクッションを買ったのでもちろんだが、マルルゥもクッションを持ってきている辺り、腐ってもちゃんと冒険者として活動してきたミスリル級なんだなと認識する。

 フードの女性はクッションを持っていないせいもあって、振動が来るたびに「ひぃー」とか「あひっ」と情けない声を出していた。

 ……大丈夫なんだろうか。

 

 外は朝の光が強くなってきていた。街道沿いの草はまだ露を抱え、風が吹くたびに細い葉がさらさら揺れる。遠くの山の方で鳥達が群れをなして飛んでいるのが見える。

 朝の澄んだ空気が肺に入る度、気持ちが軽くなる気がする。

 

(……いいな、こういうの。朝の景色って、こんなに安心するんだな)

 

 安心なんてしてる場合じゃないのは分かっている。

 それでも、馬車が街を離れて、門の喧騒が背中に遠ざかるにつれ、胸の奥の緊張がほんの少しだけほどけるのを感じた。

 

 そんな感傷を、雑に踏み潰してくる存在が──隣にいる。

 

「ねえねえアウラ、知ってる? 東通りの食堂のさ~、あれ店の名前なんだったっけ。まあいいや、それでね煮込み料理は美味しいんだけどデザートがダメなんだよ。甘さが変で美味しくないんだよね。あと盛り付けが雑でマイナス10点って感じ」

 

「へぇー」

 

「北門側の菓子屋は逆だったよ。パンは普通なんだけどタルトが反則級に美味しいの! 果物の火入れが最高なんだよねぇ~。ああいうのって自分で出来たりしないのかな~? ボクもこう見えて料理は得意だと思うんだよね。やった事はないんだけど、手先が器用だからさ。ほら薬の調合も出来るって知ってるでしょ。それでね──」

 

「そうなんだー」

 

 俺は相槌の達人になっていた。

 隣のマルルゥが、延々と“どうでもいい話”をし続けているせいだ。

 最初は、まあ仕方ないと思っていた。護衛だし、何より──あの石のせいで、どうせ追い払った所で着いてくるだろうし。

 

 でも距離感がバグっている。

 

 普通の会話の距離じゃない。

 顔が近い。声が近い。笑顔が近い。

 そして、なぜか妙に親しげだ。

 

「あとね、冒険者ギルドの受付の子。ほら、髪の色が青色で横で結んでる子のミリーちゃんだっけ。あの子、槍使いのアウフくんと出来てるよね。視線がこう……」

 

(……もう、どれくらい聞いてるんだろう。三十分以上……一時間くらい?)

 

 時間の感覚が狂いそうだ。

 マルルゥの話は途切れない。

 

「……静かにしてくれない?」

 

 ティナが低い声で刺した。

 声量は小さいのに、温度が低い。冷気みたいに刺さる。分かりやすい。怒ってる。

 でもマルルゥは、ひどいほど気にしない。

 

「えー? 楽しく話すのも旅の醍醐味だよ? ねえカイトくん、どう思う?」

「話があると楽しいです!」

「だよね!」

 

 カイトが楽しそうに頷く。

 律儀に話に付き合ってるし、普通に楽しそうだ。

 

(お前……無邪気すぎるだろ……)

 

 ティナが「カイト……」と頭を抱えた。

 俺も同じ気持ちで深呼吸する。

 

(落ち着け。俺は目立たず、静かに、ただ移動する。それが最重要ミッションだ)

 

 マルルゥはお菓子を取り出し、勝手に配り始めた。

 ティナは受け取らない。俺も受け取らない。

 カイトは「ありがとうございます!」と受け取って嬉しそうに齧る。

 

「美味しいです!」

「でしょ~。ここのは味だけじゃなく、見た目も可愛いんだよねぇ」

 

 マルルゥは満足そうに笑い、今度は俺の耳元に寄って、さらっと言った。

 

「ねえねえアウラ。緊張してる?」

「してない」

「ふふ、嘘だぁ~。心臓の音ちょっと速いよ」

 

 ぞわっとした。背中が粟立つ。

 

(……お前、護衛って言葉をストーカーと勘違いしてないか?)

 

 視線を逸らすように、俺は外を見る。

 御者席の方でミゲルは黙々と手綱を握り、目線は街道の先に固定されている。

 護衛のフーバさんとサラは、完全に仕事モードだ。フーバさんは時々欠伸をするが、目は周囲を捉えている。サラはもっと露骨で、頭の上から足元まで狩る目で見張っている。

 

 向かいのフードの女性は、相変わらず無言だった。

 深く被ったローブの影で表情は見えない。

 ただ、時々こちらをちらっと見て、すぐ逸らす。しかも──俺の方を。

 

(……何なんだ。特に何かしてくる訳じゃないから、気にしないほうが良いのかもしれないけど)

 

 馬車は順調に進んだ。

 順調に進みすぎて、逆に怖いくらいだった。

 こういう何も起きない時間が続くほど、後で何かが起きる気がする。

 

 二時間ほど移動したあたりで、ミゲルが声を張る。

 

「この先の小川で休憩取るぞ。馬を潰しちゃ終わりだからな」

 

 馬車が止まり、俺たちは降りた。

 地面に足をついた瞬間、腰が「助かった」と言った気がする。

 クッションがあるとは言え、やっぱり結構しんどいな。

 マルルゥのどうでもいい話も相まって、これがあと数日続くと考えるだけで、早くも少し憂鬱になってくる。

 

 伸びをすると背中がぱきぱき鳴る。ティナも肩を回し、カイトは両手を上げて大きく伸びをした。

 

「十五分くらい休憩だ。足伸ばしとけ。座りっぱなしだと腰やられるぜ」

 

 ミゲルはそう言いながら、馬に水をやり始める。

 二頭の馬は汗をかいていて、呼吸も少し荒い。鼻先が小刻みに動き、喉の奥で「ぶるる」と鳴った。

 フーバさんは腕をぶんぶん回してストレッチ。

 サラは周囲を見張りながら、身体をほぐしている。弓の紐の張りを確認する手つきが、無駄なく速い。

 

 フードの女性も降りてきた。

 少し離れた場所で、ローブのまま小さく伸びをしている。目立たないように──というより、目立ちたくない感じ。

 

 そこへ、フーバさんが俺たちに近づいてきた。

 

「そういや君たちも冒険者なのかい? 見た感じがそうかなと思ったんだが」

「まあ、そうですね」

「ランクはいくつくらいなんだい?」

 

 ティナがさらっと答える。

 

「私とカイトは銅級。この子は銀級よ」

 

 フーバさんが目を丸くした。

 

「銀級? 若いのにすごいじゃないか!」

 

 サラも一瞬、眉がぴくりと動いた。驚いてるのが分かる。

 フーバさんは嬉しそうに続けた。

 

「二つ名はなんていうんだい?」

 

(……ぐっ)

 

 俺は反射的に口を開く。

 

「いや、まだ銀級になったばかりで、二つ名は──」

 

 言いかけたところで、横から影が飛び込んできた。

 

「桃姫のアウラ、だよね! 可愛い二つ名だよね~!」

 

 マルルゥだ。

 俺が嫌そうな顔をしていると、余計に嬉しそうな顔をする。

 フーバさんが固まった。

 

「桃姫……?」

 

 そして、なぜか背筋を伸ばして急に敬語になった。

 

「ええと……王族の方、とか……でしょうか?」

 

(そんなわけないやろ!)

 

 俺の脳内ツッコミが暴走する。

 サラが鼻で笑った。

 

「違うだろ。そんな空気じゃねぇ」

 

 フーバさんの肩が少し落ちる。

 だがサラは俺の顔をじっと見て、雑に言った。

 

「……まぁ、確かに名前負けしてねえ。そっちのエルフの嬢ちゃんといい、顔だけなら一級だ」

 

 フーバさんも妙に納得したように頷いた。

 

「確かに姫と言っても過言ではない美しさ、と……桃は?」

「桃は……っ、……いいだろもう! 二つ名の話は終わり! 俺はストレッチしてくる!」

 

 思わず声が出た。

 マルルゥがくすくす笑う。

 

「ねえねえ、可愛いって言われてるよ? 良かったねぇ、桃姫のアウラちゃん」

「こいつ……」

 

 カイトは素直に「確かにアウラさん、綺麗ですもんね!」とか言いかけて、ティナに肘を入れられた。

 そこで、マルルゥが満足そうに胸を張って言った。

 

「そしてボクは──ミスリル級!」

 

 かわいい顔で二人にじゃーんと言う効果音が付きそうなポーズでキメる。

 空気が止まった。

 フーバさんが目を剥く。

 

「……ミスリル級!?」

 

 サラもはっきり驚いた顔をした。ほんの一瞬だけど、目が見開かれる。

 

「マジかよ。ミスリル級は初めて見た」

 

 マルルゥは絶妙に可愛い笑みを作ってみせた。

 

「ふふ、可愛くて強いマルルゥちゃんって覚えておいていいんだよ」

「性格は最悪だけどな」

「んもー、ボクが可愛いからって焼いちゃって~」

「こいつぶん殴っていいかな?」

 

 フーバさんはマルルゥをまじまじと見て、何かが繋がったように「……あ」と言った。

 

「エルフで、ミスリル級で……それって……もしかして“毒華”とか?」

 

 マルルゥがにっこりする。

 

「おぉ、よく知ってるね。最近あんまり依頼受けてないから忘れられてるかと思ってたよ。あはは」

 

 フーバさんは嬉しそうに頷く。

 

「やっぱり! 昔よく聞いたよ。“毒華”ってエルフの話」

 

 サラが腕を組んだまま言う。

 

「どくか……? 聞いたこと無いけど」

「いやぁ、よく聞いたのは結構前の話だからなぁ」

 

 フーバさんが喋り始めた。

 

「私が若い頃……いや今も若いけどね? もっと若い頃ね。可憐な花みたいな姿なのに、やり方がえぐいエルフの魔法使いがいるって噂が──」

「……あぁ、もう大丈夫です」

 

 俺は途中で止めた。察した。全部察した。

 マルルゥの笑顔がもう答え合わせだった。

 

「あはは、えぐいだなんてそんなに褒められちゃうと困っちゃうな~」

「褒めてねえだろ。耳おかしいんか?」

 

 思わず突っ込んでしまう。

 

「へぇ、可愛いお嬢さんって感じなのに、ミスリル級だなんて……エルフって凄いんだね」

「ふふ、ありがとう。……そういうふうに言ってもらえるの、好き」

 

 サラに言われて、マルルゥは可愛らしい仕草で頬を赤らめて喜んだ。

 

(……うわぁ、こいつの本性と性別知らなかったら騙される男は結構いそうだ)

 

 ヴァンの奴が騙された気持ちもよく分かる。

 こいつの最悪な所は、自分の可愛い所をよく理解していて、それを上手く使って相手を勘違いさせる事をコントロールしている事だ。

 そして、相手が勘違いしたあと転落するのを楽しんでいる。

 俺は今まで騙された哀れな犠牲者に、心から祈りを捧げた。

 

(……合掌)

 

 俺は遠い目をした。

 

 その間に、ミゲルは馬の世話を続けていた。

 するとフードの女性が馬に近づき、そっと首筋を撫でた。馬が気持ちよさそうに鼻を鳴らす。

 ミゲルが声をかける。

 

「あんた、馬が好きなのかい?」

「……あ、いえ……そういう訳ではないですが」

 

 女性は小さな声で言った。

 

「頑張って運んでくれているので……感謝をしたいなと思って」

 

 その言い方が妙に丁寧で、優しかった。

 ミゲルが少し笑う。

 

「そうか。馬も喜ぶだろうさ」

 

 その様子を見て、マルルゥが目を細めた。

 

「へぇ……」

 

 嫌な予感がした。

 俺は即座に釘を刺す。

 

「関係ない人を巻き込むなよ」

「まだ何もしてないじゃ~ん」

「まだって何だよ。まだって」

 

 マルルゥはにやにやしている。

 こいつほど信用できない奴もいない。

 

「頼むから余計な事すんなよ」

「はいは~い」

 

 全然わかってなさそう。

 

 身体を十分伸ばして休憩したあと、十五分ほどで休憩は終わった。

 ミゲルが手を叩いて声を上げる。

 

「よし、そろそろ行くぞ! 乗れ!」

 

 俺たちは馬車に戻る。

 腰を下ろした瞬間、また揺れが始まる。

 揺れと一緒に、マルルゥの雑談も再開した。

 

(……二時間ごとに休憩って、かなり助かるかもしれない。俺のケツと精神のために)

 

 馬車は街道を進む。

 空は高く、雲は薄く、風は穏やか。

 景色だけ見れば、本当に旅日和だ。

 

 ──しかし。

 馬車が順調に進んで、マルルゥの雑談にも慣れてきた頃。

 サラの声が、空気を裂くように響いた。

 

「止まれ」

 

 その声に、全員が凍りつく。

 ミゲルが即座に馬を止める。

 次の瞬間、サラが矢を構え──躊躇なく連射した。

 空から、何かが落ちてくる。

 

 羽がある。

 でも鳥じゃない。

 ──目玉だ。

 

 大きな目玉に羽が生えたような、気持ち悪い魔物。

 大きさは一メートルほど。

 瞳孔が、ぐるぐると回っている。

 まるで、こちらを見ているような──。

 

 地面に落ちても、ぴくぴく痙攣している。

 羽が不規則に震え、目玉の表面が脈打つように動く。

 

「うわ……なんだあれ……」

 

 思わず声が漏れた。気持ち悪い。

 生理的に、受け付けない。 

 ミゲルも顔をしかめる。

 

「なんだこりゃ……見たことねえな」

 

 フーバさんも首を傾げる。

 

「私も知らないねぇ。見たことがない魔物だ」

 

 サラは矢をもう一本構えたまま言う。

 

「近づくな。まだ生きてる」

 

 俺は反射的にティナとカイトの前に立ち、腰の魔剣に手を伸ばす。

 こういうとき、身体が勝手に動く。

 怖いのに、怖いからこそ、守れる位置に立ちたくなる。

 

 マルルゥが馬車から降りて興味深そうに近づいた。

 

「へえ……面白いね」

「おい、近づくなって!」

 

 止めるより早く、マルルゥは目玉の前でしゃがんだ。

 そして、難しい顔をする。

 

「……これ、魔物じゃない。魔法で作った使い魔だ」

 

 次の瞬間。

 

 目玉が、ぐしゃりと潰れた。

 潰れたというより──地面に吸い込まれた。

 液体みたいに形が崩れて、跡形もなく消える。

 地面には何も残らない。

 血も、肉片も、匂いも。

 ただ嫌な寒気だけが、背中を這い上がってくる。

 

「……消えた?」

 

 カイトが青い顔で呟く。

 ティナが唾を飲み込む気配がした。

 ふと、ローブの女性を見る。

 顔は見えないが、動揺しているように見える。

 誰も、言葉を発さない。

 ただ、消えた場所を見つめている。

 

(……何だったんだ、今の)

 

 マルルゥは立ち上がり、嬉しそうに笑った。

 

「ねえ。ボクらを見てるやつがいるよ」

 

 フーバさんの顔が、一瞬だけ険しくなる。

 サラは弓を構えたまま、周囲を警戒している。

 

「……ミゲル」

 

 サラが低い声で言った。

 

「急ごう。ここは良くない」

 

 ミゲルも頷く。

 

「ああ。全員乗れ」

 

 マルルゥは馬車に戻った後も笑顔だった。

 だが、その笑顔がさっきまでの“可愛い笑い方”じゃなかった。

 獲物を見つけた蛇のような笑い方に見えて──背筋が冷えた。

 

(……勘弁してくれよ)

 

 教会から逃げるための旅だったはずなのに。

 どうしてこう、面倒な匂いが増えていく。

 そんな俺の不安を吹き飛ばすように、マルルゥが隣で楽しそうに囁いた。

 

「さぁ、面白くなってきたねぇ」

「どこがだよ!」

 

 俺は叫びながら、幌の隙間から外の空を睨んだ。

 青空は綺麗で、旅日和で──だからこそ、気持ち悪いくらいに不穏だった。

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