【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
目玉の使い魔の一件から数時間が過ぎた。
表面上は、馬車の旅は驚くほど順調だった。
いや、順調すぎて逆に怖い、ってやつだ。
車輪の軋みと、二頭の馬の蹄の音。幌の下にこもる木と革と土の匂い。揺れが一定になってくると、人間って慣れる。慣れてしまう。
護衛のサラとフーバさんは、目玉の件以降さらに露骨に周囲を警戒していた。
サラは口数が少ないまま、視線がより鋭くなっていて、怖さが倍増している。
フーバさんは相変わらず余裕そうに腕を組んでいるが、目だけは笑っていない。
そして──隣にいる厄介者も、静かだった。
マルルゥだ。
あれだけ喋り倒していたくせに、今は急に黙って、ぼんやり外を見ている。
何か考えているのか、目を閉じている時間も長い。
(……静かなのはありがたい。ありがたいんだが)
逆に不気味だ。
マルルゥが黙っているのは、何か理由がある。
あの使い魔のことを考えているのか?
それとも──
(でも、どうしたのか聞いて、また会話が続くのも嫌なんだよなぁ……)
ふと目が合うと、にっこりと可愛く微笑む。
さっきまでとのギャップで逆に怖いんだけど……。
ティナも同じことを思っているのか、マルルゥの方を見るたびに顔が引きつっている。
カイトだけが呑気だった。彼は彼で、景色を見ては「すごいですね」「あの川気持ちよさそう」と、旅に浮かれている。
フードの女性は相変わらず、馬車の振動が来るたびに情けない声をあげているが、こちらに絡んでくる様子はない。
昼が近づくにつれて、陽射しが強くなる。
街道沿いの草が露を落とし、風が乾いてくる。馬の吐息が白くならなくなると、時間が進んだ実感が少しだけ湧いた。
昼頃にミゲルが手綱を締めるようにして、馬車を止めた。
「ここで少し長めに休憩だ。昼飯にする」
馬車が止まり、全員が降りる。地面に足をつけた瞬間、腰が「助かった」と言った気がした。
クッションがあってこれなんだから、フードの女性は腰大丈夫なんだろうか?
そう思ってフードの女性を見てみるが、あれだけ揺れで情けない声を出していた割には、全然元気そうに普通に歩いている。意外と丈夫なんだろうか。
(しかし、これがあと数日続くのか……。俺のケツとメンタル、耐えられるかな……)
ミゲルは二頭の馬を木に繋ぐと、水袋を取り出して水を飲ませ始めた。
フーバさんは「薪を取ってくるよ」と言って、軽い足取りで森の端へ向かう。
サラは周囲を見回し、弓を背負い直しながら、少し離れた高い場所に立った。
見張りの位置取りが早い。完全に仕事人だ。
マルルゥは「ボクはお腹空いてないからいらなーい」と言って、馬車の影に腰を下ろし、目を閉じた。
……またそれが可愛い顔で言うから腹が立つ。
フードの女性は、所在なさげにきょろきょろしていた。
ミゲルが火を起こす準備をするのを、少し離れた場所から見ている。近づきたいけど近づけない、みたいな距離。目深に被ったローブの影で表情は分からないが、落ち着かないのは雰囲気で分かる。
俺たち三人は、白鹿亭の女将さんのサンドイッチがある。
馬車の近くに腰を下ろし、包みを開いた。
朝焼いたパンに、野菜と肉がこれでもかと挟まれている。
遠慮のない肉の厚み。噛みしめると、肉と野菜の旨味がガツンと来て、少し濃い味付けがパンに染みている。そこに、ピリッとした辛味が追いかけてきた。辛いだけじゃない。酸味と甘みがほんの少し混ざった、絶妙なソースだ。
「……うまっ」
思わず声が漏れる。
空腹の腹が、素直に喜んでいるのが分かる。
「すごく美味しいですね! 今度女将さんに会ったら、ちゃんとお礼言わないと!」
カイトが目を輝かせながら言う。口の端にソースがついてるのに気づいてなくて、ティナが無言で布を渡した。
「本当に美味しい……。この辛いソース、作り方教えてもらえないかな」
ティナが真面目に言う。
カラシとかとも違う、このピリッとくる辛味は一体何なのか気になるな。
しばらくしてフーバさんが薪を抱えて戻ってきた。
ミゲルは火を起こし、鍋を置く。簡単なスープに硬いパン、ドライフルーツ。旅慣れた食事だ。皿に分けて、フーバさん、サラ、フードの女性、それと自分の分を渡していく。
サラは受け取ると、食べながらも視線を周囲に走らせている。
噛む速度も呼吸も一定で、隙がない。
フーバさんは見た目通り、豪快に凄い勢いで食べている。
フードの女性は皿を受け取り、小さく「ありがとうございます」と言った。
声が小さい。だが丁寧だ。あの馬を撫でたときと同じ、妙に柔らかい声。
昼食の空気が落ち着いた頃、カイトがフーバさんに話しかけた。
「そういえば、お二人はどこの街を拠点にされてるんですか? ドゥル=ブルムです?」
フーバさんの顔がぱっと明るくなる。
「そうだよ。私たちはドゥル=ブルムを拠点にしてるんだ」
「ドゥル=ブルム、行くの初めてなんです! どんな街なんですか?」
フーバさんは少し考えてから言う。
「一言で言えば──要塞都市だね。近くにダンジョンが幾つかある」
ティナが眉を動かす。
「ダンジョン、って……」
「そう。冒険者には人気だよ。見たことのないアイテムや金銀財宝、魔剣に強力な魔法が封印されている魔導書──そういう“お宝”が眠ってる、ってね」
カイトが息を呑む。
俺も正直、ちょっとだけ心が動いた。ダンジョンって響き良いよな。少年心を刺激しすぎる。
でもフーバさんはすぐ続けた。
「ただし、いいことばかりじゃないんだ。ダンジョンから魔物が街に来るんだ。昔からね。定期的に“あふれ”が起きて、外に出てくる」
サラが短く言う。
「だから壁がある」
フーバさんが頷く。
「そうそう。街を囲う城壁は、見栄えのためじゃない。人を守るためのものなんだ。あそこは荒い連中も多いが……魔物と隣り合わせだから、みんな死ぬほど現実的だよ」
「という事は腕を磨いたり、稼ぐには良い場所って事ですか?」
カイトが前のめりに聞く。
「依頼は多いね。ダンジョンに潜らなくても、外に来る魔物の討伐で腕も上がるし稼げるよ。だけど……」
フーバさんの声が少しだけ重くなる。
「強い魔物も多いんだ。調子に乗ると、あっという間に死ぬ。ダンジョンは奥に行けば行くほど美味しいものが見つかるって言われてるけど、より強い魔物や罠なんかの危険も増えるんだ」
カイトが「うっ」と声を詰まらせた。
だが、目の輝きは消えていない。
「……ダンジョン。いつか行ってみたい場所ですね」
「おすすめはしないよ」
フーバさんが即答する。
ティナが追撃するように言った。
「危ないって言われてるんだから、行かないわよ」
「わかってるよ! でも、ちょっと気になるなって思っただけ……!」
カイトが慌てて言い訳をするが、俺は心の中で同意した。
(未知のアイテムや魔剣に魔導書とか男の夢だろ! ……危険なのはわかるけど、気になるよなぁ)
俺たちが会話している間も、サラはほとんど口を挟まない。
でも、視線だけはずっと森の端を見ている。
そのお陰で安心感が凄い。護衛が居るのはありがたい事だと実感する。
昼食が終わり、馬車はまた進む。
空は高く、風は穏やかで、景色だけ見れば本当に旅日和だった。
何事もなく日が傾くまで馬車は進み、夕方には「今日はここで野営だ」とミゲルが言った。
そこは、街道から少し外れた、木々に囲まれた平坦な場所だった。
地面は踏み固められていて、石が丸く並べられた焚き火跡がある。
誰かが何度も使った野営の匂いがする。
「ここなら馬も休める。……だが昼間の目玉の件もある。気を抜くなよ」
ミゲルがそう言い、役割分担が始まる。
フーバさんが薪集め。サラが警戒。ミゲルが料理と馬の世話。
フードの女性は──馬のそばへ行き、静かに馬を撫でていた。
俺たちは俺たちでテントを立てることにする。
背負い袋から出すフリをしながら、アイテムボックスを起動してテントを取り出す。
普通に結構重い。いや、物量はあるんだから当たり前なんだけど。
「こっち持って! 支柱そこ!」
「うんっ!」
「アウラ、そこ斜め。……違う、こっち」
ティナの指示は容赦ない。カイトは素直で助かる。
何とか立て終えると、俺は腰を伸ばして息を吐いた。
(疲れた……。でも、テントがあるってやっぱり偉大だな……)
そこへ、周囲を見回っていたサラがちらっとこちらを見る。
「……そのデカいテント、背負い袋に入ってたのか?」
「あぁ、まぁ……思ったより小さくなるんだよね。いやぁ重かった重かった」
「ふーん?」
流石にテントが大きすぎたせいか、疑いの目で見られる。
もうちょっと小さいのにしておけば良かったかも。まぁ、今更言ってもしょうがない。
大は小を兼ねるって言うし、大きいことは良いことだ。
俺が笑って誤魔化すと、サラはそれ以上突っ込まなかった。仕事中だからだろう。たぶん。
頼むから深掘りしないでくれ。
焚き火が安定し、ミゲルの簡単な夕食が出来上がった頃。
俺たちもアイテムボックスから熱々の屋台料理を出して、三人で食べ始めた。
温かい匂いがする。湯気が立つ。
やっぱり、出来たてが持ち運べるのは大きい。
(……が、これも突っ込まれた時に何て答えるか考えておいた方が良いよな)
今更だけど、色々な所で自分の考えが抜けていると実感する。
(俺って、もっとしっかりしてた気がするんだけどな……)
前世では、仕事でミスをしないように細心の注意を払っていた。
それが今は、こうも簡単にボロを出す。
(こっちに来てから肉体に精神が引っ張られているような気がする)
若い身体に思考が引っ張られている?
見た目相応に、考え方が幼くなっているような……。
(若返ってるって言えば聞こえは良いんだけど……まだこっちの世界や身体に慣れてないせいもあるかもしれないな)
などと、どうでもいい事を考えていた。
──その“油断”を、闇が待っていた。
サラが、ふっと動きを止めた。
焚き火の赤が、彼女の横顔の輪郭だけを照らす。
目が細くなり、耳が音を拾う。
「……来るぞ!」
サラの声が低い。
次の瞬間、焚き火の向こうの闇が、揺れた。
獣の影が複数。
低い唸り。草を踏む音。牙が擦れる音。
「止まれ。動くな」
サラが素早く言い、矢を番える。
フーバさんも、薪の束を放り投げて拳を握った。
「魔物……グレイファングだね」
闇の中から現れたのは、灰色の毛並みの魔物だった。
狼に似ている。似ているが、眼が違う。飢えた獣の眼じゃない。獲物を狩る計算の眼だ。
数が多い。焚き火の外周を円を描くように囲んでくる。
(……これ、やばくないか)
俺も魔剣を抜いて構える、そのとき。
サラの矢が闇を裂いた。
ひゅ、と音がして、一本目が一匹の喉を貫く。
続けざまに二本、三本。迷いがない。矢が「当たる」と確信している軌道だ。
闇から、獣の悲鳴が上がる。
だが、数が多い。
闇が深い。
倒れても、倒れても、残りが動く。
「フーバ!」
「わかってるよ!」
フーバさんが踏み込む。
焚き火の外へ出た瞬間、闇の奥から飛びかかった一匹に──拳を叩き込んだ。
ぼんっ、と音がした。
いや、音じゃない。衝撃だ。
狼のような魔物が、空中で潰れるように吹き飛び、地面に落ちて二度と動かなくなる。
(……鉄拳のフーバ、マジで鉄拳じゃねえか)
俺が呆然としている間にも、サラは矢を撃ち続ける。
フーバさんは前に出て、サラに近づいて来たやつを殴って潰す。
連携が取れていて二人とも強い。
強いんだが──
「……数が多すぎる!」
短剣を構えたミゲルが叫んだ。
視界の外、焚き火の光が届かない場所で、足音が走る。
闇が二股に分かれた。何匹かが、焚き火ではなく──馬の方へ向かっている。
「馬が!」
ミゲルが叫び、そちらへ走る。
サラがそちらに矢を振り向けるが、闇が邪魔をする。木々と草の影が、獣の輪郭を溶かす。
「くそ……!」
フーバさんが一匹を殴り倒し、馬の方へ向かおうとした瞬間、別の一匹が横から噛みつきに来る。
フーバさんが舌打ちし、拳で弾き飛ばす。
──その間に。
馬が、悲鳴を上げた。高い声。命の声。
俺の背中が凍りつく。
「畜生!」
急いで俺が駆け寄り、馬に近寄ろうとしているグレイファングを魔剣で薙ぎ払う。
馬は一頭、脚を深くやられていた。血が闇の中でも分かるほどに濃い。震えている。呼吸が乱れている。
「やめろ! 離せ!」
ミゲルが必死に追い払おうとするが、魔物は執拗だ。
サラの矢が一本、闇を抜けて刺さる。もう一匹が倒れる。
フーバさんが突っ込み、拳で残りを叩き潰す。
俺も魔剣で飛びかかって来ようとするやつを追い払う。
最後の一匹が、闇へ逃げた。
静かになったのは、ほんの数秒後だった。
焚き火のぱちぱちという音が、急に大きく聞こえる。
俺の鼓動が、耳の奥でうるさい。
俺は馬と焚き火の間に立ったまま、魔剣を下ろせない。
サラは周囲を睨み続けている。
フーバさんは肩で息をして、拳を握り直している。
ミゲルは──馬の脚を押さえ、唇を噛んでいた。
「……くそ。これじゃ歩けねえぞ……」
ミゲルの声が、震えた。
馬は痛みに耐えているのか、鼻を鳴らしながら必死に立とうとしている。
(こんな状況じゃ四の五の言ってる場合じゃない)
ミゲルの必死な顔が見える。
馬の苦しそうな鳴き声が聞こえる。
(目立つかもしれないが──俺が回復魔法を使って……)
そのとき。
フードの女性が、動いた。
それまで誰とも絡まず、静かに傍観していた人物が──焚き火の外へ、駆けた。
ローブが翻り、フードの影が揺れる。
ミゲルの隣に膝をつき、馬の傷口に手を当てた。
光が灯った。 焚き火の赤とは違う。
淡い静かな光。熱じゃない。温度じゃない。──“癒やし”の光。
傷が塞がっていく。
裂けた肉が縫い合わさるように戻る。
骨の歪みが、目に見えない力で正しい位置へ引き戻される。
血が止まり、震えが止まり、馬の呼吸が落ち着いていく。
完治──だった。
馬は、鼻を鳴らし、脚を一度地面に試し、何事もなかったように立った。
全員が、固まった。
サラの弓が、わずかに下がる。
フーバさんが「……えぇ?」と間の抜けた声を出す。
ミゲルは馬の脚を触り直し、信じられないという顔で手を離した。
俺の胃が、冷たくなった。
(回復魔法……教会の人間……?)
喉が乾く。
頭の中の警報が、鳴りっぱなしになる。
──その瞬間。
風が吹いた。
夜風が焚き火の熱を押し、火が揺れ、煙が流れ──フードの女性のローブを煽った。
フードがめくれ、焚き火の光に照らされた顔が、露になる。
金色の髪がボサボサに切られている。
前髪が長く、目元を隠すように落ちている。
でも、その輪郭。口元。頬の形。
俺の記憶の中にある名前と重なった。
「……シャロン、さん?」
思わず声が出た。
フードの女性──シャロンは、びくっと肩を跳ねた。
慌ててフードを戻そうとする。指先が焦って空を掴む。
目元は前髪で見えないのに、それでも分かる。──バレた、って顔だ。
「あはは……あ、あの……この前ぶりですね。ア、アウラさん……」
気まずそうに、申し訳なさそうに、でもどこか照れたみたいに言う。
焚き火の音が、やけに大きい。
焚き火の火の粉だけが、ぱちんと弾けた。
──そして、シャロンはフードを握りしめたまま、逃げ場のないように小さく笑った。