【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
焚き火の火の粉が、ぱちんと弾けた。
フードの女性──いや、シャロンは、フードを握りしめたまま小さく笑った。
笑った、というより笑うしかない、みたいな顔だ。目元は前髪で見えないのに、それでも分かる。空気が「やっちまった」って言ってる。
「き、奇遇ですね……あはは……」
気まずそうに言われても、こっちとしては笑えない。
回復魔法。しかも馬の脚を完治させるレベル。
(追手……?)
胃の奥が冷たくなる。頭の中で警鐘が鳴りっぱなしだ。
俺は反射的に半歩、シャロンから距離を取った。力を抜けない。
そんな俺の警戒を、横からぶち壊すようにミゲルが口を開いた。
「あんた聖療教会の人間かい?」
ミゲルは短剣を腰に戻しながら、シャロンを見上げる。
焚き火の赤が、彼の頬の汗を照らしている。
「馬を治してもらったことには感謝する。だが……悪いが、教会に払えるような大金は持ってねぇんだ」
以前カイトから回復魔法は高いと聞いた。
そして、回復魔法が使えるのは教会の聖女と、聖女に使える聖職者だけ、とも。
シャロンは、びくっと肩を跳ねさせた。
「あ、あぁいえいえ! 違うんです……! わ、私は……その……!」
言葉が喉で詰まって、焦ったみたいに両手を振る。
「教会とは……もう関係ないっていうか……と、とにかく、お金は頂かないので大丈夫です!」
言い切った。勢いで押し切った感じだ。声は震えてるのに、内容は妙に強い。
(もう関係ない……って事は、以前は関係していたって事か?)
ミゲルは「ほぉ」と眉を上げる。
「教会の人間じゃねぇのか?」
「あの、その……ち、違います……! ほんとに……!」
シャロンはフードの奥で必死に頷く。前髪で目が見えないのに、首の動きだけで焦りが伝わってくるのが逆に哀れだ。
その横でフーバさんが、焚き火に近い石へ腰を下ろして、遠い目をした。
「回復魔法なんて久しぶりに見たよ。ありゃ高いからねぇ……本当に……」
しみじみ言う声が、妙にリアルで怖い。
サラは弓を下ろしていない。焚き火の外周、闇の方へ視線を走らせたまま、淡々と口を開いた。
「……それより、さっきの群れ。おかしくねえか?」
短い言葉が、空気の温度を下げた。
「普通は数匹倒したら退くだろ。今日のは全然逃げる判断がなかった。腹が減ってるにしても、あの執着は変だ」
俺は思わず頷いた。数が多いのもそうだが、何よりしつこかった。
サラの視線が、森の闇を切るように動く。
「……数も妙に多かった。ありゃ異常だぜ」
その言葉に、シャロンの肩がほんの少しだけ強張ったように見えた。
気のせいか? いや、でも──
そこで、背後から、やけに明るい声が落ちてきた。
「たぶん、これのせいじゃないかな~」
振り返る間もなく、何かが投げられた。
どさっ、と重い音。焚き火の光が届く範囲で、毛皮の塊が転がった。
一瞬、何か分からなかった。
灰色の毛。血の匂い。骨の白い断面。
遅れて、脳が理解する。
首だ。
グレイファングの首が、焚き火の前に転がっていた。
「……っ、うわ……!」
ティナが反射的に後ずさりし、口元を押さえる。
カイトも目を丸くして固まった。ミゲルでさえ言葉を失っている。
投げた張本人──マルルゥは、焚き火の向こうでにこにこしていた。
いつもの可愛い笑い方だ。可愛いから、余計に腹が立つ。
「お、お前……! それどこから……!」
「んー? 焚き火の奥、ちょっと向こうだよ。これたぶん群れのボス」
さっき襲ってきたグレイファング達よりも一回り大きい。
凶悪そうな顔は迫力がある。
でも問題は別にあった。
首そのものも十分最悪なんだが──それ以上に目を引くものがある。
頭部の横、こめかみあたりに。
ひときわ大きい目玉が、寄生するように張り付いている。
焚き火の赤が、その白目を照らした。
瞳孔が、ぎょろりとこっちを向いた気がして、背筋が冷える。
触手みたいなものが目玉の裏から伸びていて、グレイファングの耳の穴へ潜り込んでいる。
根を張るように、肉と骨に食い込んでいた。
「なにそれ……気持ち悪い……」
ティナが震えた声で言った。俺も同意しかない。
(……また目玉か)
昼間に出てきた“目玉の使い魔”。
そして今度は“寄生目玉”。
偶然とは思えない。これは繋がってる。
マルルゥは首に張り付いた目玉を、躊躇なく靴底で踏み潰した。
ぐしゃ、と湿った音がして、目玉が──溶けた。
潰れた瞬間、液体みたいに形を失って、地面に吸い込まれていく。
跡形もなく、消え去った。
(……昼間の使い魔と同じだ)
消え方が、まったく同じだった。
「グレイファングの群れのボスに、使い魔が取り付いてたんだよ。たぶんこいつを操って、群れ全体を動かしてたんじゃないかな~」
サラが目を細める。
「……だから逃げなかった?」
「そう。途中でボクがこいつを倒したから残りは逃げた。あの動きは飢えじゃなくて命令だよ」
マルルゥの言い方が軽いのが余計に怖い。
俺は唾を飲み込んで聞いた。
「じゃあ……誰かが、俺たちを襲わせるために操ってたってことか?」
「たぶんそうじゃないかな~」
楽しそうに頷くな。
「途中までは魔力の残滓を追ったんだけど、途中で切れちゃったから逃しちゃったよ。残念残念」
残念そうな顔が、嘘みたいに嬉しそうだ。
こいつ、絶対面白がってるだけだろ。
焚き火の火の粉が舞い上がった。
ふと、シャロンを見る。
彼女はグレイファングの首を見ていない。見ないようにしている、という方が正しい。
フードの端を握る指先が白い。喉が、小さく鳴った。
(……動揺してる?)
それが「気持ち悪いものを見た動揺」なのか。
それとも「何か心当たりがある動揺」なのか。
判断がつかない。
横から、ティナが俺の耳元に口を寄せた。
「……ねぇ。この人って、この前、白百合の止まり木のお風呂で会った人……よね?」
小声。だが鋭い。
俺は喉の奥で「あぁ」と返して、短く頷いた。
シャロンは、少し震える声でみんなに向き直った。
「あ、あの~……その……お願いがありまして……」
焚き火の前で、彼女は深く頭を下げる。
「わ、私が……回復魔法を使えることを……秘密にしておいてもらえませんか……」
空気が一瞬だけ止まった。
ミゲルが頭をかきながら、ため息を吐く。
「あ~……教会と無関係ってことは……回復魔法が使えるって知られたくねぇってことだよな?」
シャロンは勢いよく頷く。
「そ、そうなんです! 実はちょっと……教会と……その……あんまりでして……」
言い淀んで、弱々しく笑った。
「バレたくないな~……なんて。あはは……」
笑えてない。全然。
俺の中で、さっきまで鳴り続けていた警鐘が、形を変えた。
「追手かもしれない」という警戒から、「同じように逃げてるのかもしれない」という可能性へ。
それなら、納得できることが増える。
以前ティナが教えてくれた。
教会は癒やしの奇跡を信仰の柱にしている事、そして教会に所属していない者が回復魔法を使えると知られたら、面倒な事になると。
(つまり、シャロンは……俺と同じように、教会から逃げている……?)
ミゲルは鼻を鳴らして言った。
「馬をタダで治してもらった恩もある。俺は言わねぇよ。安心しな」
フーバさんも大きく頷く。
「別に言いふらすことじゃないしねぇ。安心してくれていいよ」
サラは短く。
「……余計なことをする趣味はないさ」
それだけで十分な承諾だった。
「教会に所属していない人間が回復魔法が使えるってだけで、色々面倒なことになるだろうしねぇ。気持ちは分かるよ」
フーバさんが付け加え、ミゲルも頷く。
「教会は……まぁ、色々とな」
言葉を濁す。
でも、その濁し方が逆に雄弁だった。
(やっぱり、教会ってやっかいそうだな……)
俺はティナとカイトを見る。二人も頷く。
だから俺も、言った。
「俺たちも、誰かに言ったりしない。安心してくれ」
シャロンの肩から、目に見えて力が抜けた。
深く、深く頭を下げる。
「ありがとうございます……本当に……」
ここまでは、いい。
問題は最後の一人だ。
マルルゥが、にこにこしながら首を傾げた。
「えー、どうしようかな~」
シャロンがびくっと跳ねる。
マルルゥは、その反応が面白いみたいに、口角を上げた。
「あはは。大丈夫大丈夫~。秘密にしておいてあげるよ。たぶん」
「た、たぶん……!?」
シャロンが情けない声を上げた。
次の瞬間、焚き火の前でぺこぺこ頭を下げ始める。
「お、お願いしますお願いします……! ほんとに……!」
フードがずれるくらい勢いよく下げるから、見てるこっちが心配になる。
マルルゥは満足そうに頷いた。
「うんうん。お願いって言えるの偉い偉い。じゃあ、たぶん大丈夫」
(こいつ……性格が……)
俺は思わず頭を抱えそうになった。
この場で一番の脅威が、闇でも魔物でもなく、マルルゥなのが終わってる。
シャロンの情けない姿を見て、正直、警戒心が少しだけ抜けた。
こんな人が追手? いや、無いだろ。たぶん。……たぶん。
同時に可哀想にもなった。
マルルゥに翻弄されて、泣きそうになってる。
俺はシャロンに、小さく言った。
「大丈夫。こいつには言わせないように見張っておくから」
マルルゥが「え~?」と不服そうな声を出す。
シャロンは、フードの奥から小さく頷いて、弱々しく笑った。
「……ありがとうございます、アウラさん」
焚き火の火が、少しだけ大きく揺れた。
その後、場を落ち着かせるようにミゲルが言う。
「よし。今夜は交代で見張る。俺とフーバ、それにサラで回す。何かあれば起こすから、頑張って起きてくれ」
フーバさんが「頑張るよぉ」と軽く手を上げる。
サラは弓を抱え直して、既に闇へ意識を向けている。
シャロンは「私は……馬車の中で寝ます」と言って、そそくさと馬車へ戻った。
フードを目深に被って、できるだけ目立たないように。
俺たちはテントへ。
ティナが先に入り、カイトが荷物を整えて、俺が最後に入口を閉めた。
……寝る。
寝るべきだ。
体が疲れているのは本当だし、明日も移動がある。
でも。
(目玉の使い魔にそれを操ってた誰か。シャロンの回復魔法。教会と何かあったような言い方……)
頭の中で情報が渋滞している。
整理する前に次の不安が来る。
外から、焚き火の近くでマルルゥの声が聞こえた。
「ボクも火に当たってくるよ~」
ミゲルが「好きにしろ」と返す。
フーバさんの笑い声が混じる。サラは笑わない。たぶん今、森の音を聞いている。
テントの布越しに見える焚き火の揺らめきが、妙に大きく感じた。
マルルゥは、さっきまでの静けさが嘘みたいに生き生きしている。
(……違和感)
こいつ、何か嗅ぎつけてるんじゃないか?
面倒ごとの匂いを、あいつだけが楽しんでるような気がする。
ティナが小さく言った。
「……寝るわよ。明日も早いんだから」
「……あぁ」
カイトはまだ興奮しているのか、声を潜めて「さっきの目玉、怖かったですね……」と震えていた。
その横で、ティナが小さく言う。
「……あの人、本当に大丈夫なのかしら」
「シャロンさんのこと?」
「うん。教会と何かあった感じでしょ」
ティナの声が、心配そうだ。
「……明日、話してみる?」
俺は少し考えてから答えた。
「そうだな……ちょっと様子を見て、話しかけてみるよ」
ティナが小さく頷く。
「……わかった」
俺は魔剣を抱えて、毛布に潜り込む。
目を閉じても、焚き火の赤が瞼の裏に残っている。
火の粉が弾ける音が、やけに耳に残る。
そして──外の闇の向こうで、何かがこちらを見ている気がしてならなかった。
眠りに落ちる直前。
テントの外から、マルルゥの楽しそうな声がかすかに聞こえた。
「……ふふ」
小さく笑う声。
「次はいつ仕掛けてくるのかな」
焚き火の向こうで、誰に言うでもない独り言。
眠気が吹き飛びそうになる。
でも、目を閉じた。
聞かなかったことにする。
考えたくない。
でも、頭の中でマルルゥの声がリピートする。
(次は、いつ……)
誰が。
どこから。
俺たちを──見ている。