【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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45話 逃亡者たち

 焚き火の火の粉が、ぱちんと弾けた。

 

 フードの女性──いや、シャロンは、フードを握りしめたまま小さく笑った。

 笑った、というより笑うしかない、みたいな顔だ。目元は前髪で見えないのに、それでも分かる。空気が「やっちまった」って言ってる。

 

「き、奇遇ですね……あはは……」

 

 気まずそうに言われても、こっちとしては笑えない。

 回復魔法。しかも馬の脚を完治させるレベル。

 

(追手……?)

 

 胃の奥が冷たくなる。頭の中で警鐘が鳴りっぱなしだ。

 俺は反射的に半歩、シャロンから距離を取った。力を抜けない。

 そんな俺の警戒を、横からぶち壊すようにミゲルが口を開いた。

 

「あんた聖療教会の人間かい?」

 

 ミゲルは短剣を腰に戻しながら、シャロンを見上げる。

 焚き火の赤が、彼の頬の汗を照らしている。

 

「馬を治してもらったことには感謝する。だが……悪いが、教会に払えるような大金は持ってねぇんだ」

 

 以前カイトから回復魔法は高いと聞いた。

 そして、回復魔法が使えるのは教会の聖女と、聖女に使える聖職者だけ、とも。

 

 シャロンは、びくっと肩を跳ねさせた。

 

「あ、あぁいえいえ! 違うんです……! わ、私は……その……!」

 

 言葉が喉で詰まって、焦ったみたいに両手を振る。

 

「教会とは……もう関係ないっていうか……と、とにかく、お金は頂かないので大丈夫です!」

 

 言い切った。勢いで押し切った感じだ。声は震えてるのに、内容は妙に強い。

 

(もう関係ない……って事は、以前は関係していたって事か?)

 

 ミゲルは「ほぉ」と眉を上げる。

 

「教会の人間じゃねぇのか?」

「あの、その……ち、違います……! ほんとに……!」

 

 シャロンはフードの奥で必死に頷く。前髪で目が見えないのに、首の動きだけで焦りが伝わってくるのが逆に哀れだ。

 その横でフーバさんが、焚き火に近い石へ腰を下ろして、遠い目をした。

 

「回復魔法なんて久しぶりに見たよ。ありゃ高いからねぇ……本当に……」

 

 しみじみ言う声が、妙にリアルで怖い。

 サラは弓を下ろしていない。焚き火の外周、闇の方へ視線を走らせたまま、淡々と口を開いた。

 

「……それより、さっきの群れ。おかしくねえか?」

 

 短い言葉が、空気の温度を下げた。

 

「普通は数匹倒したら退くだろ。今日のは全然逃げる判断がなかった。腹が減ってるにしても、あの執着は変だ」

 

 俺は思わず頷いた。数が多いのもそうだが、何よりしつこかった。

 サラの視線が、森の闇を切るように動く。

 

「……数も妙に多かった。ありゃ異常だぜ」

 

 その言葉に、シャロンの肩がほんの少しだけ強張ったように見えた。

 気のせいか? いや、でも──

 そこで、背後から、やけに明るい声が落ちてきた。

 

「たぶん、これのせいじゃないかな~」

 

 振り返る間もなく、何かが投げられた。

 どさっ、と重い音。焚き火の光が届く範囲で、毛皮の塊が転がった。

 

 一瞬、何か分からなかった。

 灰色の毛。血の匂い。骨の白い断面。

 遅れて、脳が理解する。

 首だ。

 グレイファングの首が、焚き火の前に転がっていた。

 

「……っ、うわ……!」

 

 ティナが反射的に後ずさりし、口元を押さえる。

 カイトも目を丸くして固まった。ミゲルでさえ言葉を失っている。

 

 投げた張本人──マルルゥは、焚き火の向こうでにこにこしていた。

 いつもの可愛い笑い方だ。可愛いから、余計に腹が立つ。

 

「お、お前……! それどこから……!」

「んー? 焚き火の奥、ちょっと向こうだよ。これたぶん群れのボス」

 

 さっき襲ってきたグレイファング達よりも一回り大きい。

 凶悪そうな顔は迫力がある。

 

 でも問題は別にあった。

 首そのものも十分最悪なんだが──それ以上に目を引くものがある。

 頭部の横、こめかみあたりに。

 ひときわ大きい目玉が、寄生するように張り付いている。

 

 焚き火の赤が、その白目を照らした。

 瞳孔が、ぎょろりとこっちを向いた気がして、背筋が冷える。

 触手みたいなものが目玉の裏から伸びていて、グレイファングの耳の穴へ潜り込んでいる。

 根を張るように、肉と骨に食い込んでいた。

 

「なにそれ……気持ち悪い……」

 

 ティナが震えた声で言った。俺も同意しかない。

 

(……また目玉か)

 

 昼間に出てきた“目玉の使い魔”。

 そして今度は“寄生目玉”。

 偶然とは思えない。これは繋がってる。

 

 マルルゥは首に張り付いた目玉を、躊躇なく靴底で踏み潰した。

 ぐしゃ、と湿った音がして、目玉が──溶けた。

 潰れた瞬間、液体みたいに形を失って、地面に吸い込まれていく。

 跡形もなく、消え去った。

 

(……昼間の使い魔と同じだ)

 

 消え方が、まったく同じだった。

 

「グレイファングの群れのボスに、使い魔が取り付いてたんだよ。たぶんこいつを操って、群れ全体を動かしてたんじゃないかな~」

 

 サラが目を細める。

 

「……だから逃げなかった?」

「そう。途中でボクがこいつを倒したから残りは逃げた。あの動きは飢えじゃなくて命令だよ」

 

 マルルゥの言い方が軽いのが余計に怖い。

 俺は唾を飲み込んで聞いた。

 

「じゃあ……誰かが、俺たちを襲わせるために操ってたってことか?」

「たぶんそうじゃないかな~」

 

 楽しそうに頷くな。

 

「途中までは魔力の残滓を追ったんだけど、途中で切れちゃったから逃しちゃったよ。残念残念」

 

 残念そうな顔が、嘘みたいに嬉しそうだ。

 こいつ、絶対面白がってるだけだろ。

 

 焚き火の火の粉が舞い上がった。

 

 ふと、シャロンを見る。

 彼女はグレイファングの首を見ていない。見ないようにしている、という方が正しい。

 フードの端を握る指先が白い。喉が、小さく鳴った。

 

(……動揺してる?)

 

 それが「気持ち悪いものを見た動揺」なのか。

 それとも「何か心当たりがある動揺」なのか。

 判断がつかない。

 横から、ティナが俺の耳元に口を寄せた。

 

「……ねぇ。この人って、この前、白百合の止まり木のお風呂で会った人……よね?」

 

 小声。だが鋭い。

 俺は喉の奥で「あぁ」と返して、短く頷いた。

 シャロンは、少し震える声でみんなに向き直った。

 

「あ、あの~……その……お願いがありまして……」

 

 焚き火の前で、彼女は深く頭を下げる。

 

「わ、私が……回復魔法を使えることを……秘密にしておいてもらえませんか……」

 

 空気が一瞬だけ止まった。

 ミゲルが頭をかきながら、ため息を吐く。

 

「あ~……教会と無関係ってことは……回復魔法が使えるって知られたくねぇってことだよな?」

 

 シャロンは勢いよく頷く。

 

「そ、そうなんです! 実はちょっと……教会と……その……あんまりでして……」

 

 言い淀んで、弱々しく笑った。

 

「バレたくないな~……なんて。あはは……」

 

 笑えてない。全然。

 俺の中で、さっきまで鳴り続けていた警鐘が、形を変えた。

「追手かもしれない」という警戒から、「同じように逃げてるのかもしれない」という可能性へ。

 

 それなら、納得できることが増える。

 以前ティナが教えてくれた。

 教会は癒やしの奇跡を信仰の柱にしている事、そして教会に所属していない者が回復魔法を使えると知られたら、面倒な事になると。

 

(つまり、シャロンは……俺と同じように、教会から逃げている……?)

 

 ミゲルは鼻を鳴らして言った。

 

「馬をタダで治してもらった恩もある。俺は言わねぇよ。安心しな」

 

 フーバさんも大きく頷く。

 

「別に言いふらすことじゃないしねぇ。安心してくれていいよ」

 

 サラは短く。

 

「……余計なことをする趣味はないさ」

 

 それだけで十分な承諾だった。

 

「教会に所属していない人間が回復魔法が使えるってだけで、色々面倒なことになるだろうしねぇ。気持ちは分かるよ」

 

 フーバさんが付け加え、ミゲルも頷く。

 

「教会は……まぁ、色々とな」

 

 言葉を濁す。

 でも、その濁し方が逆に雄弁だった。

 

(やっぱり、教会ってやっかいそうだな……)

 

 俺はティナとカイトを見る。二人も頷く。

 だから俺も、言った。

 

「俺たちも、誰かに言ったりしない。安心してくれ」

 

 シャロンの肩から、目に見えて力が抜けた。

 深く、深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます……本当に……」

 

 ここまでは、いい。

 問題は最後の一人だ。

 マルルゥが、にこにこしながら首を傾げた。

 

「えー、どうしようかな~」

 

 シャロンがびくっと跳ねる。

 マルルゥは、その反応が面白いみたいに、口角を上げた。

 

「あはは。大丈夫大丈夫~。秘密にしておいてあげるよ。たぶん」

「た、たぶん……!?」

 

 シャロンが情けない声を上げた。

 次の瞬間、焚き火の前でぺこぺこ頭を下げ始める。

 

「お、お願いしますお願いします……! ほんとに……!」

 

 フードがずれるくらい勢いよく下げるから、見てるこっちが心配になる。

 マルルゥは満足そうに頷いた。

 

「うんうん。お願いって言えるの偉い偉い。じゃあ、たぶん大丈夫」

 

(こいつ……性格が……)

 

 俺は思わず頭を抱えそうになった。

 この場で一番の脅威が、闇でも魔物でもなく、マルルゥなのが終わってる。

 

 シャロンの情けない姿を見て、正直、警戒心が少しだけ抜けた。

 こんな人が追手? いや、無いだろ。たぶん。……たぶん。

 同時に可哀想にもなった。

 マルルゥに翻弄されて、泣きそうになってる。

 

 俺はシャロンに、小さく言った。

 

「大丈夫。こいつには言わせないように見張っておくから」

 

 マルルゥが「え~?」と不服そうな声を出す。

 シャロンは、フードの奥から小さく頷いて、弱々しく笑った。

 

「……ありがとうございます、アウラさん」

 

 焚き火の火が、少しだけ大きく揺れた。

 その後、場を落ち着かせるようにミゲルが言う。

 

「よし。今夜は交代で見張る。俺とフーバ、それにサラで回す。何かあれば起こすから、頑張って起きてくれ」

 

 フーバさんが「頑張るよぉ」と軽く手を上げる。

 サラは弓を抱え直して、既に闇へ意識を向けている。

 

 シャロンは「私は……馬車の中で寝ます」と言って、そそくさと馬車へ戻った。

 フードを目深に被って、できるだけ目立たないように。

 

 俺たちはテントへ。

 ティナが先に入り、カイトが荷物を整えて、俺が最後に入口を閉めた。

 

 ……寝る。

 寝るべきだ。

 体が疲れているのは本当だし、明日も移動がある。

 でも。

 

(目玉の使い魔にそれを操ってた誰か。シャロンの回復魔法。教会と何かあったような言い方……)

 

 頭の中で情報が渋滞している。

 整理する前に次の不安が来る。

 外から、焚き火の近くでマルルゥの声が聞こえた。

 

「ボクも火に当たってくるよ~」

 

 ミゲルが「好きにしろ」と返す。

 フーバさんの笑い声が混じる。サラは笑わない。たぶん今、森の音を聞いている。

 

 テントの布越しに見える焚き火の揺らめきが、妙に大きく感じた。

 マルルゥは、さっきまでの静けさが嘘みたいに生き生きしている。

 

(……違和感)

 

 こいつ、何か嗅ぎつけてるんじゃないか?

 面倒ごとの匂いを、あいつだけが楽しんでるような気がする。

 ティナが小さく言った。

 

「……寝るわよ。明日も早いんだから」

「……あぁ」

 

 カイトはまだ興奮しているのか、声を潜めて「さっきの目玉、怖かったですね……」と震えていた。

 その横で、ティナが小さく言う。

 

「……あの人、本当に大丈夫なのかしら」

「シャロンさんのこと?」

「うん。教会と何かあった感じでしょ」

 

 ティナの声が、心配そうだ。

 

「……明日、話してみる?」

 

 俺は少し考えてから答えた。

 

「そうだな……ちょっと様子を見て、話しかけてみるよ」

 

 ティナが小さく頷く。

 

「……わかった」

 

 俺は魔剣を抱えて、毛布に潜り込む。

 目を閉じても、焚き火の赤が瞼の裏に残っている。

 火の粉が弾ける音が、やけに耳に残る。

 そして──外の闇の向こうで、何かがこちらを見ている気がしてならなかった。

 

 眠りに落ちる直前。

 テントの外から、マルルゥの楽しそうな声がかすかに聞こえた。

 

「……ふふ」

 

 小さく笑う声。

 

「次はいつ仕掛けてくるのかな」

 

 焚き火の向こうで、誰に言うでもない独り言。

 眠気が吹き飛びそうになる。

 でも、目を閉じた。

 聞かなかったことにする。

 

 考えたくない。

 でも、頭の中でマルルゥの声がリピートする。

 

(次は、いつ……)

 

 誰が。

 どこから。

 

 俺たちを──見ている。

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