【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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47話 引きずり出された監視者

 悲しい夕食が終わると、俺たちは宿の主人──髭もじゃの強面に言われた通り、部屋へ案内された。

 

 階段はきしむ。廊下は薄暗い。壁は木目というより「木そのもの」って感じで、ところどころ板が反っている。踏むたびに床が「俺はもう限界だ」とでも言いたげに鳴った。

 

 そして、辿り着いた四人部屋。

 扉を開けた瞬間、口から正直な感想が漏れた。

 

「……うーん。結構年季入ってる感じだな」

 

 ボロボロと言って差し支えない。

 ガタつくベッドが四つ、薄い布団、そして哀愁。

 これで金を取るのかと思うが、雨風が防げて魔物に襲われないだけマシか。

 ティナが部屋を見回し、鼻で笑った。

 

「……寝るだけね。期待しない方がいいわ」

「しかしもうちょっと……なぁ」

 

 カイトは「うわぁ……」と言いかけて「これもいい経験になりそうですね」と言った。

 健気な奴……。

 

「で、部屋割りは?」

 

 廊下でミゲルに確認すると、あっさり返ってくる。

 

「お前ら丁度4人だからここでいいだろ?」

「そっちは?」

「シャロンとサラが同部屋だ。あいつらならトラブル起きねぇだろ。俺とフーバは他の冒険者と相部屋だ」

 

 こういう場合って、男性と女性で部屋を分けるもんじゃないのかとも思ったが、見知らぬ人よりも知り合いと同部屋の方が安心できるということだろうか。

 しかし安心と同時に、嫌な予感もある。

 マルルゥと同じ部屋か……今は静かだけど、うるさくなったら嫌だな……。

 

 部屋に入った後もマルルゥだけは、ずっと静かだった。

 ベッドに腰掛けたまま、目を閉じている。

 寝てるのか起きてるのかわからない。

 移動する時なんかはちゃんと着いてくるので、眠ってはいないんだろうが、無言で着いてくるので不気味極まりない。

 

 ティナが小声で言った。

 

「……ねえ、今日ずっとあんな感じだけど」

「なんだろうな……静かな方がいいけど、あれだけギャップがあると不気味だな」

 

 カイトが恐る恐る訊く。

 

「マルルゥさん、具合が悪いとか……?」

「具合が悪いだけならいいんだがな」

 

 俺はため息をついて、背中を伸ばした。

 よし。次は俺の用事だ。

 身体を拭くためのお湯が欲しい。風呂は無さそうだし、あってもこの宿の風呂は信用できない。

 

「俺、下でお湯もらえるか聞いてくる。ついでに状況も見てくる」

「気を付けて。絡まれたら蹴っ飛ばしなさい」

「任せろ」

 

 部屋を出ると、廊下の喧騒がすぐ耳に戻ってきた。

 一階はまだ宴会の続きだ。笑い声、ジョッキの音、誰かの歌。床にこぼれた酒の匂い。

 階段を下りて食堂に入ると──上半身裸のフーバさんが、もう出来上がっていた。

 

「お、アウラくぅん! こっちこっちぃ!」

 

 腕を振る。顔が赤い。声が大きい。完全に「飲み会で一番先に脱ぐタイプ」だ。

 

「うわ、酒臭……」

「旅の酒は旨いねぇ。いやぁ、道中は飲めないから、宿に来るとついつい飲みすぎちゃうんだよねダハハ」

「飲み過ぎには気をつけろよ……本当」

 

 そういや、こっちに来てから酒飲んでないな……。

 身体のせいなのかもしれないが、飲みたいという気持ちがわかない。

 こんな身体で酔い潰れたら、何をされるかわからんし飲まない方がいいか……。

 

 横を通り過ぎると、サラは端の席でひとり静かに飲んでいた。

 弓を壁に立て掛け、ジョッキを小さく傾ける。目だけが笑っていない。

 むしろ周囲を監視しているかのようだ。

 

(この人、休むの下手すぎだろ……)

 

 俺は受付のカウンターへ向かう──つもりだったが、そこで視界の端に、ローブの女性が動くのが見えた。シャロンだ。

 入口の方へ、そそくさと出ていく。

 外へ? こんな時間に?

 気になって、俺も後を追った。

 

 外は日が落ちかけていて、空が群青に染まり始めていた。

 宿の灯りと、月の白い光で、柵の内側は思ったより明るい。

 馬車や馬が並ぶ場所には、乾いた草の匂いと、獣の体温が混じっている。

 

 シャロンは馬たちの側にいた。

 そして──小さく手をかざしている。

 淡い光が、馬の首筋から背中へ流れていく。

 馬がふっと肩の力を抜いて、鼻を鳴らした。

 

(……回復魔法か?)

 

 俺は足を止めた。

 昨日、回復魔法のことは秘密にしてくれと頼んだ本人が、また回復魔法を使っている。

 でも、その仕草は優しい。

 一頭の馬が、シャロンに頭を寄せる。まるで「撫でて」と言っているみたいに。

 シャロンは小さく笑って馬の額を撫でた。

 

「甘えん坊さんですね」

 

 その声は、馬車の中で聞いた弱々しさよりもずっと自然だった。

 これが、素のシャロンなんだろう。

 俺はわざと足音を立てて近づいた。

 砂利を踏む音。

 シャロンがびくっと肩を揺らし、こっちを向く。

 

「あ……アウラさん……」

「姿が見えなかったから、どうしたのかと思ってな。……馬、見てたのか」

「はい。きっと、馬も疲れてるんじゃないかなって……」

 

 シャロンは手を引っ込め、ローブの端を握った。

 

「疲労を軽くする回復魔法というか、ええと……元気になる……みたいな」

「そんな魔法もあるんだな」

「強い効果じゃないので、気休め程度ですけどね」

 

 そう言って、また馬の首を撫でる。

 馬が気持ちよさそうに目を細める。

 

 さっきまでの宿の喧騒が嘘みたいに、ここだけ時間がゆるい。

 俺は胸の中で、昼間の会話の続きを探した。

 

(今なら聞けるかもしれない。教会のこと。シエルのこと。俺の名前のこと……)

 

 そう思って口を開きかけた、その瞬間。

 

 宿の扉が開く音がした。

 ぱたぱたぱた、と軽い足音。

 そして、やけに明るい声が飛んでくる。

 

「ねぇねぇ、ちょっといいかなー」

 

 マルルゥだった。

 さっきまでの静けさが嘘みたいに、いつも通りだった。

 

(なんでいい所で邪魔してくるんだこいつ……)

 

 俺の心の声を無視して、マルルゥはのんびり言った。

 

「今日ずっと、風の精霊を使って周囲の確認してたんだけどさ~」

「えぇ……お前そんなことしてたのか」

 

 だから静かだったのか……。

 

「で、怪しそうな奴を見つけたから、ちょっと痛い目に合わせてやろうかと思っててさ」

「いきなり物騒過ぎじゃありません?」

 

 マルルゥはにこにこしたまま頷いた。

 

「うん。だって、たぶん使い魔操ってたやつだし。魔力の痕跡が一緒だったもん。それにさ、ちょっかい出してくる奴は──」

 

 そこで一瞬、マルルゥの目が冷たく光った。

 

「──遊んでから殺すのが、ボクは好きなんだよね」

 

 シャロンが、目に見えて引いた。

 ローブの下で一歩退く気配がする。

 

「え、えっと……」

 

 俺も引いてる。心の中で全力で引いてる。

 

「いやいや、殺すな。まずは確認しに行こう。俺が行く。お前も来い。勝手に動くな」

「えー、まあでも、一緒に行ったほうが面白いかも。いいよ」

 

 面白いで動くな。

 マルルゥは俺の袖を引っ張った。

 

「すぐそこだよ。行こ行こ」

「お、おい待てって……」

 

 嫌な予感しかしないが、放っておくのももっと危ない。

 俺は渋々ついていく。

 そして──なぜかシャロンも、ついてきた。

 

「も、もし何かあったら……回復できますので……!」

 

 その声は震えてるけど、意志はある。

 この人、根は優しいんだろうな。優しすぎて心配になるタイプだ。

 

 門へ向かう。

 門番が二人、雑談しながら立っていた。

 

「お、どうした? 外に出るのはやめとけよ。夜は──」

「すぐ戻るから。ちょっとだけ外に出たい」

 

 俺が言うと、門番の一人が面倒くさそうに眉を寄せた。

 

「危ねえって。この辺りは魔物はそんなに出ねえが、スライムでも出りゃ怪我するぜ。素人は──」

 

 そこで、マルルゥが俺の前にすっと出た。

 両手を門番の男の腕に絡めて、門番を見上げる。

 首をかしげて、にこっと笑う。

 

「ね? お願い。ほんのちょっとだけ~。すぐ戻るよ?」

 

 ……空気が変わった。

 門番の男は咳払いして、わざとぶっきらぼうに言った。

 

「……しょうがねえな。だが条件がある」

「条件?」

「俺が付いてく。外で何かあったら、俺の責任になるからな」

「わぁ、優しいんだね!」

 

 マルルゥがぱっと笑顔を弾けさせ、門番の腕に抱きつきながらお礼を言う。

 抱きつかれた門番は照れながら笑っているが、もう一人は呆れながら言う。

 

「お前よぉ、何かあっても俺は知らねーからな」

「ちょっとだから大丈夫だろ」

 

(こうやって上手く利用していくのか……。覚えておこう)

 

 抱きつかれてデレデレの門番のお陰で、門が開く。

 門番の男が槍を片手に持ち、俺たちの前に付いた。

 

「いいか、エルフの嬢ちゃん。危ねえから俺の側を──」

「大丈夫だよー。ボク強いからお兄さんも守ってあげる」

 

 マルルゥがにっこり言った。

 門番は「お、おう……」と頷いた。ちょろいなー。

 

 柵の外へ出ると、空気が一段冷たい気がする。

 森の匂いが濃くなる。土と葉と、どこか湿った匂い。

 マルルゥは、闇の方を指差した。

 

「この先。あそこに隠れて、こっち見てるよ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「見てるって……誰が?」

「使い魔の主だよ。ずーっと使い魔で監視してるよ」

 

 怖い事をさらっと言うな。

 門番が低い声で言った。

 

「……おい。何の話だ。冗談だよな?」

「冗談なら良かったんだけどな」

 

 俺が言うと、門番の顔が少し青くなった。

 シャロンはローブの端を握りしめている。指先が白い。

 マルルゥが、俺をちらっと見た。

 

「じゃあ、引きずり出すね」

「引きずり出すって、どうやって──」

 

 言い終える前に、マルルゥが右手を突き出し、ぐっと握った。

 

「つ~かま~えた」

 

 にやっと意地悪く笑って、その手を下へ引っ張る。

 直後。

 

「きゃあああっ!」

 

 森の奥から、ずざざざざっ、と何かが地面を削りながら引きずり出されてきた。

 人だ。女だ。

 木の根や石にぶつかりながら、情け容赦なく引っ張られてくる。

 見ているこっちが痛くなる。

 

「お、おい! お前、やりすぎだろ!」

「えー? だって隠れてるし敵でしょ」

 

 女は地面に倒れ伏しながらも、よろよろと起き上がった。

 動きやすそうな革鎧に、短いマント。顔にはゴーグルのようなもの。

 素顔は見えないが、声は若い。

 女は膝をついて、震える肩でマルルゥを睨みつけた。

 

「な、なんなんだよお前は……! 私たちの邪魔ばっかしやがって!」

 

 マルルゥは楽しそうに首を傾げた。

 

「だってさぁ。ボクらのこと、ずっと見てたでしょ~?」

 

 いつの間にか、マルルゥの左手には──小さな目玉の使い魔が握られていた。

 女の目の前で、それをぎゅっと握りつぶす。

 

 ぐしゃり、と目玉が跡形もなく潰れた。

 女が「ひっ」と息を呑む。

 

「用事があるなら、ちゃんと言いに来たらいいのに。こそこそして、魔物けしかけてさ。……そろそろ鬱陶しいから殺してやろうかと思ってたんだけど?」

 

 門番が槍を落としそうになった。

 

「な、なな……なんだよ今の……」

「いや、俺も何がなんだかわからないよ……」

 

 俺が言うと、門番が「ですよね」って顔をした。

 女は後ずさりしようとして、尻餅をついた。

 そのとき──森の奥から、別の声がした。

 

「おいおい。あんまり可愛い後輩をいじめないで貰えないかな」

 

 影が出てくる。

 同じような革鎧にマント。

 長髪の優男。顔は三十代くらいに見える。腰には剣が二振り。

 軽い足取りで、女の横に立った。

 

「ライラ、大丈夫?」

「せ、先輩……」

 

 男は俺たちを見て、にこっと笑った。笑ってるのに目は笑ってない。

 

「こんばんは。いやぁ、派手にやるね。エルフのお嬢さん」

 

 マルルゥは相手を眺めて、興味深そうに言った。

 

「キミはボクの探知に引っかからなかったけど……何か使ってる? 探知避けるやつ」

「これかな?」

 

 男はあっさり腕輪を指差した。

 

「気配遮断の腕輪。凄く高いから支給してもらえなくてさ、これ私物なんだよね。こういう任務の時は二人とも装備してないと意味なかった。あはは」

「せ、先輩! 喋りすぎです! また怒られますよ!」

 

 ライラと呼ばれた女が慌てて止める。

 男は「あ、やっべ」と笑って、頭をかいた。

 

 ……空気が軽い。

 軽いのが逆に嫌だ。こういう余裕のあるやつは、だいたい厄介だ。

 マルルゥが指先で遊ぶように言う。

 

「どうでもいいけどさぁ。何が目的なの? ボクらに喧嘩売ってるなら、すぐ殺してあげるけど」

 

 門番が震えた声で言った。

 

「お、おい……これ、何が起きてんだ。止めないとヤバいやつ?」

「まぁ、あんたは離れておいた方がいいかもしれないな……」

 

 俺は胃の奥が冷たくなるのを感じながら、腰の魔剣に手を置いた。

 シャロンは息を呑んで、俺の少し後ろに下がる。

 男が両手を軽く上げた。

 

「まあまあ落ち着いて。こちらも、別に喧嘩がしたいわけじゃないんだ」

「じゃあ何しに来たの」

「調べ物だよ」

 

 男は視線を俺の腰──魔剣へ向けた。

 次に、俺のフードの奥へ。

 

「聖女の剣と鎧。どんな性能なのか調べたい。……手に入りそうなら、欲しい。それだけだよ」

 

 その言葉に、シャロンが「ひっ」と小さく声を漏らした。

 ローブの端を掴む指が、また白くなる。

 

(剣と鎧が狙いって事は、骸骨仮面の男の仲間か?)

 

 男は続ける。

 

「エルフのお嬢さんには手を出すつもりはないよ。だから、ここは引いてくれないかな?」

「えー、やだー」

 

 マルルゥが即答した。秒だ。交渉の余地ゼロ。

 そして、俺に向かって勝手に言う。

 

「もういいよねー? ギリギリ情報吐けるくらいには生かしておいてあげるからさ」

「よくない。よくないが、お前が止まる気ないのは分かってる」

 

 男が「困ったなぁ」と笑う。

 マルルゥは、ぱっと手を広げた。

 

「じゃ、やっちゃうね。ディスインテグレイト」

 

 赤い球体が、音もなく生まれ、男たちへ滑るように飛んだ。

 男の顔から笑みが消えた。

 反射的に剣を抜き、一振りで斬りつける。

 

 ──瞬間。

 剣が、砂みたいにほどけて砕け散った。

 

「ひゅー……さすがエルフ。えげつねえ魔法を使ってくるなぁ」

 

 男は舌打ちひとつせず、もう一本の剣を抜きながら球体を避ける。

 同時に、ライラと呼んだ女の襟を掴んで、乱暴に後方へ投げた。

 

「ライラ、離れて援護しろ。いつでも逃げられる位置を取れ!」

「は、はいっ!」

 

 ライラが転がりながら距離を取る。

 門番がついに槍を握り直し、声を絞り出した。

 

「お、おい……本当に戦うのか……?」

「戦うっていうか、巻き込まれてる」

 

 俺は前へ出た。

 マルルゥの横に立つ。

 男は肩をすくめた。

 

「本当は剣と鎧さえくれたら、戦うつもりはないんだけどね。でも、こうなったら──どこまで通じるか試してみよう」

 

 楽しそうに言う。

 俺は息を吐いて、魔剣の柄を握った。

 

(……結局こうなるんだよな)

 

 考えることは山ほどあるのに、整理する暇はない。

 ──まずは、生き残る。

 赤い球体の残光が消える中で、男が一歩踏み込んだ。

 

「さあ、聖女の剣。見せてくれよ」

 

 俺はフードの奥でため息をつき、魔剣を抜いた。

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