【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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48話 嵐のち桃

 夜気が、金属の匂いに変わる。

 ──戦闘の匂いだ。

 

 隣ではマルルゥが、いつもの薄笑いを浮かべたまま、指先をぷらぷら振っている。

 こいつはこいつで、遊びの延長みたいな顔をしているのがなお怖い。

 

 門番の男が、槍を握ったまま後ずさった。

 

「……お、おい。これ、マジでやんのか?」

「マジだ」

 

 俺が短く返すと、門番は顔を引きつらせ、突然ハッとしたように叫んだ。

 

「や、やばそうな雰囲気だから、応援呼んでくるわ!」

 

 そして槍を抱えたまま、宿へ向かって全力疾走。

 

(判断は正しい。超正しい。俺も本音を言えば一緒に走って宿に帰りたい)

 

 しかし現実は非情だ。

 走れる雰囲気じゃない。

 

 男──先輩と呼ばれていた方は、落ち着いた所作で剣を構えた。

 片手の指を刀身に当て、なぞるように滑らせる。

 じ、じ、じ……と、嫌な音。

 剣が青白く光り、空気がピリピリと痺れた。

 

(何だありゃ……ちょっと格好よくない?)

 

 マルルゥがそれを見て、感心したように目を輝かせた。

 

「へぇ、エンチャントなんて出来るんだ~」

 

 男はにこっと笑い、軽い調子で返す。

 

「まあね。こういう仕事してると、ちょっとはね」

 

 言い終えるや否や。

 男の姿が、すっと消えたように詰めてきた。

 

(速っ!?)

 

 “踏み込み”というより、夜の闇がスライドしてきたみたいな速度。

 目で追うより先に、剣が振り下ろされる。

 ──狙いはマルルゥ。

 

「わぁ、はやーい」

 

 しかしマルルゥは一歩も退かず、楽しそうに笑ったまま、軽く手を振った。

 

「アーススパイク!」

 

 地面が、跳ねる。

 ドン、ドン、ドンッ──!

 土と岩が槍みたいに突き出し、男の進路を塞ぐ。一本じゃない。何本も。しかも連続で、まるで地面そのものが追跡してくるように、男の足元を狙ってくる。

 

「おお~、すげぇ!」

 

 男は声を上げながら、ひらりと跳んで避ける。

 そして避けきれない分は剣で薙ぎ払う。

 バターでも切ってるのかってくらい、スパスパと岩の棘が切断される。

 青白い光が、岩を通すみたいに裂いていく。

 

 だがマルルゥの棘は際限がない。

 切っても切っても、地面から新しい棘が生える。男の足運びに合わせて、嫌らしく、しつこく、狙いすまして。

 

 男は笑いながら避け続けた。

 

「一発でも貰ったら、身体に穴開いちゃいそうだな~。いやぁ、いいねぇ!」

 

 マルルゥが、子供みたいな声で呼びかける。

 

「いつまで避けられるかな~?」

 

 そして、まるでおまけのお菓子でも投げるみたいに、指先をくるくる回した。

 

「これもおまけね。──ディスインテグレイト」

 

 さっきと同じ赤い球体が音もなく生まれ、男へ滑るように飛ぶ。

 棘を避けながら球体まで──さすがに男の表情が真剣になった。

 剣を横に振り、球体へ“切りかかる”。

 

 ジジジジジジッ!!

 

 赤と青白が衝突し、耳が痛くなる金属音のような圧が空間を撫でた。

 そして──剣の光が、途切れる。

 刀身が砂みたいにほどけて、消えた。

 

「うっそだろ。模造品とはいえ、二級相当の魔剣だぜ!?」

 

 男が目を見開く。

 

(模造品って何だ……魔剣の偽物?)

 

 男はしかし、怯まない。

 棘と球体の間を器用に抜け、後ろへ跳んだ。

 そして、後輩の女──ライラに向かって叫ぶ。

 

「ライラ! 8番を出せ!」

 

 ライラは「はいっ!」と短く返事をし、両手を組む。

 次の瞬間──彼女の横の空間が、ガコン、と嫌な音を立てて歪んだ。

 

 まるで壁に穴が空いたみたいに、黒い“口”が開く。

 そこから何かが、射出された。

 男は空中でそれを華麗にキャッチし着地する。

 

 飛び出してきたのは、柄頭に髑髏の装飾が施された剣だった。

 鍔の部分にも髑髏。やたらと髑髏。主張の強い髑髏。

 男が握ると、その鍔の髑髏から伸びる“手骨”の装飾がカチャカチャと動き、男の腕に絡みついて──まるで手を守るように覆った。

 

(女神と言い、骸骨仮面の男と言い……髑髏が流行ってるのか? 世界が厨二に寄りすぎじゃない?)

 

 男は嬉しそうに笑った。

 

「おぉ、すげぇ。ちゃんと出来てるじゃん」

「先輩、まだテストが出来てないと聞いてます! 過信しないでください!」

「だったら今からテストすりゃいいんだよ」

 

 言いながら、男は髑髏剣を地面へ突き立てた。

 バシッという音と共に、地面に走る衝撃。

 途端に、飛び出していた岩の棘が沈んだ。まるで力を吸われて、萎むみたいに。

 マルルゥが、ぱち、と瞬きをする。

 

「……魔力を消す……いや、吸収した?」

 

 男は肩をすくめて、楽しそうに頷いた。

 

「そういうこと。これ、魔力を食うんだ。……いやぁ、いいねぇ。ちゃんと機能してるじゃん」

 

 マルルゥも笑う。

 

「へぇ~……。じゃあボクもテストに協力してあげるよ。どこまでその剣が持つかなぁ?」

 

 男は先ほどと同じように、剣へ指を当ててエンチャントを──しようとして。

 ……何も起きない。

 

「……ありゃ?」

 

 男が首を傾げる。

 ライラが眉間に皺を寄せた。

 

「先輩……」

「え、これ……自分の魔力も食うの? エンチャント出来ないじゃん」

「魔喰いなんだから、そりゃそうですよ! 馬鹿なんですか!」

「まじかよ~……」

 

(魔喰いって、俺の魔剣にもついてた効果だ)

 

 男の魔剣を見ると、骸骨仮面の男が持っていた剣を思い出す。

 あれも柄頭に髑髏の装飾があって、俺の魔剣と似た雰囲気を感じた。

 だがやはり……。

 

(デザインや作り込みが甘い。見よう見まねで作った偽物……って感じだ)

 

 男はエンチャントが掛けられない事に心底しょんぼりする。

 マルルゥが目を細め、今度は軽く手を掲げた。

 

「あはは、失敗作だったって事? でも止めてあげないよ~」

 

 そして──

 

「ウィンドプレス!」

 

 マルルゥが軽く手を振った瞬間、突風が男へ突き刺さった。

 

(風を操るだけでこの威力かよ……)

 

「おぉぉ! すげえ風!」

 

 男がたたらを踏む。前へ出ようとしても、風が身体を押し返す。

 髑髏剣を振っても、風そのものは切れない。空間そのものが壁になっている。

 その瞬間だった。

 マルルゥの空気が変わった。

 いつものふざけた笑みが消える。

 そして、目の奥が──遊びをやめた目になる。

 

 マルルゥは息を吸った。

 言葉を整えるみたいに、喉の奥で一度“静”を作って──詠唱を始めた。

 

(何だ……今までの魔法と感じが違う?)

 

 ライラが、慌てて手を突き出す。

 

「パイロブラスト!」

 

 炎の塊が飛ぶ。

 だが──マルルゥの周囲に渦巻き始めた膨大な魔力に触れた瞬間、火がほどけるように消えた。燃える前に、形が保てない。

 

「大魔法です! 止めて下さいッ!」

 

 ライラが叫び、男が歯を食いしばる。

 

「させるかよ!」

 

 暴風の壁に押し戻されながらも、一歩、また一歩と前へ。

 髑髏剣の手骨が軋み、魔力を食って“膜”みたいなものをまとい始める。

 それは盾だ。吸った分だけ、薄い膜が形になる。

 

(あの剣……吸収した魔力で魔法を防ぐ形に変換してるのか?)

 

 だが、詠唱は止まらない。

 マルルゥの声は、澄んでいた。

 いつもの軽い調子もなく、淡々と積み上げていく。

 

(な、なんだ……マジでやばい奴が来る……!?)

 

 周囲の空気が震える。

 魔力が渦を巻く。

 俺の肌がぞわりと粟立った。

 

「風よ来たれ、四方の空より集え。

 旋りて刃となり、吠えて嵐となれ。

 逃げ道を奪い、呼吸を奪い、立つ者を倒せ。

 我が名に従い、我が敵を裁け。

 いま、嵐の王座をここに開く。

《テンペスト・ドミニオン》!!」

 

 世界が鳴った。

 空が捻れ、地面が唸り、風が形を持つ。

 男とライラの周囲を中心に、巨大な竜巻が立ち上がった。

 まるで空に繋がる柱。いや、もっと悪い。──ミキサーだ。

 竜巻の中に、無数の風刃が走る。

 さらに──稲妻が何重にも降り注ぐ。

 白い閃光が視界を焼き、耳を叩き、地面を抉る。

 

「おいおいおいおい! ちょっとやり過ぎじゃないのか!? これ、大丈夫なやつ!?」

 

 俺は叫ぶ。

 叫ばずにいられない。

 マルルゥは両手を広げ、まるで指揮者みたいに嵐を制御していた。

 竜巻の中心が僅かに移動するたび、風刃が“狙い”を変える。……狙われているのは明確に、男たちだけ。

 

「大丈夫だよ~。威力抑えてるもん、範囲も絞ってるからへーきへーき」

 

(へーきへーきの規模じゃないんだよなぁ!)

 

 シャロンは俺の後ろで、ぺたんと座り込んでいた。

 腰が抜けたのか、情けない声を漏らす。

 

「ひ、ひえぇぇ……」

 

 俺だってひえぇぇだよ。

 あまりの威力にチビりそう。いや、若干チビッたかも……。

 

 遠くからバタバタと大きな足音が幾重にも聞こえる。 

 

「おおおおい! なんじゃこりゃああ!!」

 

 松明の光が揺れ、冒険者たちがどっと出てくる。

 さっきの門番も先頭で戻ってきて、槍を握りしめていた。サラもいる。フーバさんもいる。

 酒の勢いのまま飛び出してきたのか、フーバさんは上半身裸のまま走ってきた。……下着は履いている。ギリギリセーフ。あと少し遅かったら全裸だったかもしれない。

 

(よかった。世界の倫理がギリギリ守られた)

 

 ティナとカイトも、遅れて姿を見せた。

 ティナは眉を吊り上げ、カイトは青い顔。

 

「な、何してるのよ!」

「アウラさん、これなんですか……!」

「俺だって聞きてえよ!」

 

 マルルゥは涼しい顔で呪文を制御しながら言う。

 

「大丈夫~、ちょっと嵐出しただけだよ」

 

(ちょっとで地形が変わってんだよなぁ……)

 

 シャロンは相変わらず座り込んで、震えている。

 サラは状況を見て目を細めた。

 ──そのとき。

 

 俺の横の空気が、切れた。

 ズン、と殺気が近づく。

 視界の端に、ボロボロの影が滑り込む。

 

「最初に言っただろ──俺たちの狙いは、聖女の剣と鎧だって!」

 

 男だ。

 ボロボロで、砂埃まみれで、血も流してる。

 なのに目だけが、異様に澄んでいる。獲物を見る目。

 

「ウォール・オブ・ルーツ!」

 

 マルルゥは嵐を制御しつつ、呪文を唱えて俺の前に大きな植物の根を束ねたような壁を出現させるが、それよりも男のほうが早い。

 

(やば──!)

 

 観衆が騒いで気が一瞬散った。

 その一瞬をこいつは逃さない。

 剣が振り下ろされる。

 俺は反射的に魔剣を上げようとした──が、心眼で見た未来では間に合わない。

 

(防げない……!)

 

 次の瞬間。

 世界が眩い光に包まれた。

 

(あ、この感覚久しぶり──)

 

 と思う暇もなく、身体の奥から熱が溢れる。

 肌の上で、買ったばかりの黒のシャツが音を立てて裂ける。ズボンが裂ける。

 せっかく買った、格好いい刺繍の入ったローブが──無慈悲に、容赦なく、破れた。

 ビリビリビリッ!

 

 布が散る。

 刺繍が散る。

 俺の浪漫が散る。

 

 糸がちぎれる感触と共に軽い衝撃。

 そして──身体が、勝手に動く。

 俺の反応速度では出来ない動きで、身体は回転しながら空中に飛び、独楽みたいに回って男の剣を回避して、そのままの勢いで魔剣を──叩きつけた。

 

 ゴンッ!!

 

 金属と肉の間みたいな鈍い音。

 男は咄嗟に持っていた剣で、俺の魔剣を防ごうとするが、男の剣を砕いて鎧に突き刺さった。

 男が吹っ飛び、地面を転がる。

 

「オァァァアァアアアア! 俺の格好いいローブがぁぁぁ!!」

 

 叫んだのは俺だ。

 叫ばずにいられなかった。

 

 ハイレグアーマー。

 いつものアレ。

 いつもの最悪。

 

 しかも勝手に動く身体は、無駄にかっこいい三点着地のヒーローのようなポーズで着地した。

 片膝をつき、片手を地面へ。

 もう片方の手は魔剣を後ろへ流すように。

 髪が風になびく。

 無駄に映える構図。

 無駄に強調される尻。

 観衆がゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。

 

(なんでそこでキメるんだよ俺の身体!! 空気読め!!)

 

 男は吹っ飛びながらも、なんとか起き上がった。

 致命傷は避けたらしい。……というか、さっきの嵐を耐えたんだ。ここで即死するタマじゃない。

 男は血を流しながらも、目を離さない。

 俺の剣と鎧を、舐めるように見た。

 

「あぁぁ、痛ってぇ……。ちくしょう、あのタイミングなら決まったと思ったんだがな。さすが聖女……もっと調べたかったんだが」

 

(褒められても嬉しくねぇよ!! 俺のローブ返せ!!)

 

 男は血溜まりに倒れ伏したライラと、自分の折れた剣を見ると、大きく息を吐き肩を竦める。

 

「こりゃ一旦出直しだな」

 

 男は折れた剣を投げ捨てると、腰のポーチから水晶みたいなものを取り出しライラに駆け寄る。

 ライラに手を当てると同時に、持っていた水晶が──ぱきん、と割れる。

 黒い霧が溢れ出し、二人を包み込む。

 

「おい! 待て!」

 

 俺が叫ぶより早く、霧はすっと薄くなり──二人の姿は、霧みたいに消えた。

 残ったのは、焦げた匂いと、土の傷跡と、観衆の沈黙。

 ……そして、俺の尻。

 マルルゥが嵐の名残を消しながら、俺をまじまじと見た。

 

「……アウラ、そういうのが趣味だったんだね」

「ちげえよ、俺の意志じゃねえ!!」

 

 後ろから、冒険者たちのざわめきが大きくなる。

 

「尻丸出しやん」

「待って、あれ……森渡りの女じゃね?」

「すげぇ、マジで噂通りの格好してる」

「魔法も凄かったけど、あの格好も凄い……」

 

 誰かが小声で呟く。

 

「痴女やん」

 

 別の男が興奮気味に言う。

 

「めっちゃ可愛いくて変態って最高やん」

 

(最高じゃねぇ!!)

 

 俺の顔が熱くなる。

 耳まで熱い。

 いや、全身の体温が上がってる。たぶん羞恥で。

 そこでフーバさんが、俺を見ながら、あっ! と声をあげる。

 

「二つ名の桃姫のアウラって、お尻丸出しだから桃って事?」

「オアアアアアアアアア!!」

 

 夜空に、俺の悲鳴が響いた。

 そしてマルルゥが、いつもの調子でにっこり笑う。

 

「でも似合ってるよ?」

「うるせぇ!!」

 

 ……こうして俺たちの夜は、最悪の形で盛り上がった。

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