【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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5話 羞恥と恐怖と現金のはざまで

 街の門を抜けて少し歩くと──森が見えた。

 陽射しを柔らかく通す木々、草の匂い、土の湿り気。

 空気がほんの少し冷たく、胸の奥に澄んだ風が通る。

 

「ここが“オーロックの森”って呼ばれてる場所です!」

 先頭を歩くカイトが、明るく言った。

 背負った荷袋がかすかに揺れ、彼の声が森の中で反響する。

 

「薬草が多いから、みんな最初はここで稼ぐんですよ。入口付近ならスライムくらいしか出ません」

 

「スライム……ってあの、ゲームとかに出てくる、ぷるぷるしてるやつか?」

 

「え? げーむ?」

 カイトが小首を傾げた。ティナも同じ表情をしている。

 あぁ、そうか。そんな言葉、通じるわけがない。

 

「……いや、なんでもない。で、弱いのか?」

 

「ええ、まぁ。でも集団で出ると少し厄介よ」

 ティナが言い足す。

「森の奥には、もっと危険な魔物が住んでるの。オークとか、サイクロプスとか、キラーボアとかね」

 

「キラーボア……聞くだけで危なそうだな」

 

「森の奥に行かなければ平気よ」

 ティナが軽く言う。

「キラーボアは大きな猪みたいな魔物で、牙が鋭いの。倒せば高く売れるし、肉も美味しいけど、初心者が手を出す相手じゃないわ」

 

 俺は頷きながら、彼女の言葉を頭に刻んだ。

 オークにサイクロプスとか本当に異世界なんだな……スライムくらいはちょっと見てみたいが。

 そもそも魔物と動物の違いって何だ?

 生態の話なのか、魔力を持ってるかどうかなのか……。

 そんなふうに考えていたら、ティナがこちらをじっと見た。

 

「ねえ、あんたさ」

「ん?」

「旅人なのに、魔物のこと全然知らないのね」

 

 刺すような視線。

 

「まぁ、そうだな。そういう人生を送ってこなかったんだ」

 

 ティナは何かを考えるように、一瞬黙り、そして目を細める。

「……ふーん」

 それだけ言って、前を向いた。

 鋭い視線の余韻が、背中に残る。

 

(……なんだ、今の)

 問い詰められたわけでもないのに、妙な緊張があった。

 この世界の“普通”を知らないことが、こんなに不自然に見えるとは。

 

 森の入り口は思ったよりも明るかった。

 木々が間を空けて生えているおかげで、光がよく通る。

 風が抜けるたび、葉の裏がきらりと光った。

 

「この辺りに薬草が多いですよ!」

 カイトがしゃがみ込み、緑の葉を摘んで見せる。

「こういうギザギザの葉が目印です。根っこを傷つけないように摘んでくださいね」

 

「なるほど」

 俺も真似をして屈み込む。

 湿った土が指に触れ、草の香りが鼻に届く。

 

(こういう作業、嫌いじゃないな)

 目の前の小さな緑に集中していると、余計なことを考えずに済む。

 背後でティナが袋の口を押さえ、カイトが数を数えている。

 悪くない、悪くないぞ。いや、むしろちょっと楽しい。

 皆で協力して行う作業って良いもんだな。

 

 袋がだんだん膨らんでいく。

「これだけあれば、宿で泊まって夕飯食べてもお釣りが出ますよ」

 カイトが嬉しそうに袋を軽く叩く。

 

 宿の飯がどんなもんかは知らんが、少なくとも地べたよりはマシだ。

 

「そろそろ戻ろっか」

 ティナが言ったとき、太陽は少し傾きかけていた。

 

 その瞬間──地面が、かすかに揺れた。

 

 ドン。

 遠くで、木の枝が折れる音。

 

「……今の、なんだ?」

 

 カイトの顔から笑顔が消えた。

 風の音の隙間に、低い唸りが混じる。

 ズン……ズン……。足音が近づいてくる。

 

「ティナ、下がって!」

 

「まさか、キラーボア!?」

 

 木々の間を、黒い塊が突っ切った。

 地面を抉るほどの突進力。

 丸太のような体躯に、金属めいた牙。

 

 俺は一歩下がりながら、恐怖で腰が抜けそうになっていた。

 その瞬間、腰のあたりで──カタリと音が鳴った。

 

「……え?」

 

 鞘が震えた。

 音が骨に響くように、乾いた金属音を立てる。

 次の瞬間、剣が勝手に抜けた。

 

 目の前で光が走る。

 握っていないはずの剣が、いつの間にか手の中にある。

 反射的に構えたと思った瞬間、腕が勝手に動いた。

 

「身体が、勝手に──!」

 

 声が出たが、身体が聞いてくれない。

 足が、腰が、自然と動き出す。

 キラーボアが突っ込んでくる。

 空気が裂けるような唸り。

 体が低く沈み、腰をひねる。

 

 一閃。

 

 風の音だけが残った。

 

 次の瞬間、ボアの巨体がすれ違い、ずるりと倒れる。

 血がほとんど出ない。切り口は鏡みたいに滑らかだった。

 

 静寂。

 風の止まった森に、鳥の声すら戻らない。

 

「…………え?」

 

 カイトの声が、ぽつりと落ちた。

 

「す、すごい……アウラさんかっこいい……!」

 

「な、何……今の動き……ってカイト、デレデレすんな!!」

 ティナの怒鳴り声が響く。

「だ、だって見たろ!? 今の動き!」

 

 俺は剣を見下ろした。

 血は全く付いておらず、金属光沢が陽を反射して眩しい。

 

「今のは身体が……」

 

「え?」

「身体が勝手に動いた。……こわっ」

 

「“こわっ”って言う側なの!?」

 

 ティナの突っ込みが、やけに正しい。俺もそう思う。

 鞘に剣を戻す。鞘口は素直に口を閉じた。さっきの勝手な勢いは、もうない。

 骨のチャームが、状況にそぐわないほど軽い音を立てる。

 

(……便利なのか、怖いのか)

 頭の中で、天秤がぎい、と音を立てる。

 俺の意思の外側で命が守られる。それは救いでもあり、同時に恐怖でもある。

 けれど──

 

 生き延びられるなら、今はそれでいい。

 考えるのは後でもできる。死んだら、何もできない。

 俺は倒れたキラーボアを見やり、深く息を吐いた。巨体から上がる湯気が日差しの中でゆらいでいる。鼻先には肉の匂い。生臭さではなく、狩りの後の匂い。

 

「解体は……ギルドの指定の場所に運ぶんだっけ」

 口に出すと、カイトが我に返ったように頷いた。

 

「は、はい! 持ち込みで換金できます! ぼ、ぼく、手配してきます!」

 俺を見る目がキラキラしている。ティナは半眼でそれを見て、小さくため息をついた。

「……あんた、ほんっと分かりやすいわね」

 さっきよりほんの少し、ティナの声は柔らかかった。

 

 俺たちは薬草の袋を背負い直し、キラーボアの巨体を引きずりやすい姿勢にする。

 この質量を街まで運ぶのか、と一瞬だけ気が遠くなったが、同時に計算も働く。

 

(薬草+ボア。宿代は確保。食事もいける。できれば風呂も)

 風呂場でこの装備がどう振る舞うかは、少し心配だが。

 骨のチャームが、なぜか期待に応えるようにチリ、と鳴いた。やめろ。

 

「戻ろう」

 短く告げると、二人が頷いた。

 森の出口側は、来たときより眩しく見えた。影が長くなり始め、空気が少し冷たい。

 俺の足取りは軽い。羞恥の重みは相変わらずだけれど、それでも──

 

(生きて帰る。金を稼ぐ。寝る場所を確保する)

 シンプルな目標は、いつだって正しい。俺はその正しさにすがっていい。

 

 通り道で、骨のチャームがまた鳴った。

 今日は不思議と、あの音に腹が立たない。

 俺は前を向いたまま、小さく息を吸って吐いた。

 

「……生きてりゃ、なんとかなるもんだな」

 

 陽は傾き、石畳に戻る道の先が琥珀色に染まっている。

 こうして俺の初仕事は、羞恥と恐怖と称賛に包まれて──そして、確かな現金の予感を伴って、終わった。

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