【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
街の門を抜けて少し歩くと──森が見えた。
陽射しを柔らかく通す木々、草の匂い、土の湿り気。
空気がほんの少し冷たく、胸の奥に澄んだ風が通る。
「ここが“オーロックの森”って呼ばれてる場所です!」
先頭を歩くカイトが、明るく言った。
背負った荷袋がかすかに揺れ、彼の声が森の中で反響する。
「薬草が多いから、みんな最初はここで稼ぐんですよ。入口付近ならスライムくらいしか出ません」
「スライム……ってあの、ゲームとかに出てくる、ぷるぷるしてるやつか?」
「え? げーむ?」
カイトが小首を傾げた。ティナも同じ表情をしている。
あぁ、そうか。そんな言葉、通じるわけがない。
「……いや、なんでもない。で、弱いのか?」
「ええ、まぁ。でも集団で出ると少し厄介よ」
ティナが言い足す。
「森の奥には、もっと危険な魔物が住んでるの。オークとか、サイクロプスとか、キラーボアとかね」
「キラーボア……聞くだけで危なそうだな」
「森の奥に行かなければ平気よ」
ティナが軽く言う。
「キラーボアは大きな猪みたいな魔物で、牙が鋭いの。倒せば高く売れるし、肉も美味しいけど、初心者が手を出す相手じゃないわ」
俺は頷きながら、彼女の言葉を頭に刻んだ。
オークにサイクロプスとか本当に異世界なんだな……スライムくらいはちょっと見てみたいが。
そもそも魔物と動物の違いって何だ?
生態の話なのか、魔力を持ってるかどうかなのか……。
そんなふうに考えていたら、ティナがこちらをじっと見た。
「ねえ、あんたさ」
「ん?」
「旅人なのに、魔物のこと全然知らないのね」
刺すような視線。
「まぁ、そうだな。そういう人生を送ってこなかったんだ」
ティナは何かを考えるように、一瞬黙り、そして目を細める。
「……ふーん」
それだけ言って、前を向いた。
鋭い視線の余韻が、背中に残る。
(……なんだ、今の)
問い詰められたわけでもないのに、妙な緊張があった。
この世界の“普通”を知らないことが、こんなに不自然に見えるとは。
森の入り口は思ったよりも明るかった。
木々が間を空けて生えているおかげで、光がよく通る。
風が抜けるたび、葉の裏がきらりと光った。
「この辺りに薬草が多いですよ!」
カイトがしゃがみ込み、緑の葉を摘んで見せる。
「こういうギザギザの葉が目印です。根っこを傷つけないように摘んでくださいね」
「なるほど」
俺も真似をして屈み込む。
湿った土が指に触れ、草の香りが鼻に届く。
(こういう作業、嫌いじゃないな)
目の前の小さな緑に集中していると、余計なことを考えずに済む。
背後でティナが袋の口を押さえ、カイトが数を数えている。
悪くない、悪くないぞ。いや、むしろちょっと楽しい。
皆で協力して行う作業って良いもんだな。
袋がだんだん膨らんでいく。
「これだけあれば、宿で泊まって夕飯食べてもお釣りが出ますよ」
カイトが嬉しそうに袋を軽く叩く。
宿の飯がどんなもんかは知らんが、少なくとも地べたよりはマシだ。
「そろそろ戻ろっか」
ティナが言ったとき、太陽は少し傾きかけていた。
その瞬間──地面が、かすかに揺れた。
ドン。
遠くで、木の枝が折れる音。
「……今の、なんだ?」
カイトの顔から笑顔が消えた。
風の音の隙間に、低い唸りが混じる。
ズン……ズン……。足音が近づいてくる。
「ティナ、下がって!」
「まさか、キラーボア!?」
木々の間を、黒い塊が突っ切った。
地面を抉るほどの突進力。
丸太のような体躯に、金属めいた牙。
俺は一歩下がりながら、恐怖で腰が抜けそうになっていた。
その瞬間、腰のあたりで──カタリと音が鳴った。
「……え?」
鞘が震えた。
音が骨に響くように、乾いた金属音を立てる。
次の瞬間、剣が勝手に抜けた。
目の前で光が走る。
握っていないはずの剣が、いつの間にか手の中にある。
反射的に構えたと思った瞬間、腕が勝手に動いた。
「身体が、勝手に──!」
声が出たが、身体が聞いてくれない。
足が、腰が、自然と動き出す。
キラーボアが突っ込んでくる。
空気が裂けるような唸り。
体が低く沈み、腰をひねる。
一閃。
風の音だけが残った。
次の瞬間、ボアの巨体がすれ違い、ずるりと倒れる。
血がほとんど出ない。切り口は鏡みたいに滑らかだった。
静寂。
風の止まった森に、鳥の声すら戻らない。
「…………え?」
カイトの声が、ぽつりと落ちた。
「す、すごい……アウラさんかっこいい……!」
「な、何……今の動き……ってカイト、デレデレすんな!!」
ティナの怒鳴り声が響く。
「だ、だって見たろ!? 今の動き!」
俺は剣を見下ろした。
血は全く付いておらず、金属光沢が陽を反射して眩しい。
「今のは身体が……」
「え?」
「身体が勝手に動いた。……こわっ」
「“こわっ”って言う側なの!?」
ティナの突っ込みが、やけに正しい。俺もそう思う。
鞘に剣を戻す。鞘口は素直に口を閉じた。さっきの勝手な勢いは、もうない。
骨のチャームが、状況にそぐわないほど軽い音を立てる。
(……便利なのか、怖いのか)
頭の中で、天秤がぎい、と音を立てる。
俺の意思の外側で命が守られる。それは救いでもあり、同時に恐怖でもある。
けれど──
生き延びられるなら、今はそれでいい。
考えるのは後でもできる。死んだら、何もできない。
俺は倒れたキラーボアを見やり、深く息を吐いた。巨体から上がる湯気が日差しの中でゆらいでいる。鼻先には肉の匂い。生臭さではなく、狩りの後の匂い。
「解体は……ギルドの指定の場所に運ぶんだっけ」
口に出すと、カイトが我に返ったように頷いた。
「は、はい! 持ち込みで換金できます! ぼ、ぼく、手配してきます!」
俺を見る目がキラキラしている。ティナは半眼でそれを見て、小さくため息をついた。
「……あんた、ほんっと分かりやすいわね」
さっきよりほんの少し、ティナの声は柔らかかった。
俺たちは薬草の袋を背負い直し、キラーボアの巨体を引きずりやすい姿勢にする。
この質量を街まで運ぶのか、と一瞬だけ気が遠くなったが、同時に計算も働く。
(薬草+ボア。宿代は確保。食事もいける。できれば風呂も)
風呂場でこの装備がどう振る舞うかは、少し心配だが。
骨のチャームが、なぜか期待に応えるようにチリ、と鳴いた。やめろ。
「戻ろう」
短く告げると、二人が頷いた。
森の出口側は、来たときより眩しく見えた。影が長くなり始め、空気が少し冷たい。
俺の足取りは軽い。羞恥の重みは相変わらずだけれど、それでも──
(生きて帰る。金を稼ぐ。寝る場所を確保する)
シンプルな目標は、いつだって正しい。俺はその正しさにすがっていい。
通り道で、骨のチャームがまた鳴った。
今日は不思議と、あの音に腹が立たない。
俺は前を向いたまま、小さく息を吸って吐いた。
「……生きてりゃ、なんとかなるもんだな」
陽は傾き、石畳に戻る道の先が琥珀色に染まっている。
こうして俺の初仕事は、羞恥と恐怖と称賛に包まれて──そして、確かな現金の予感を伴って、終わった。