【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
空が橙に染まり始め、遠くの森の影がじわじわ伸びてきたころ、馬車が止まった。
「今日はこの辺りで野営だ」
ミゲルが号令みたいに手を叩く。
荷台から降りると、足がふわっとした。
揺れに慣れたせいか、止まった瞬間の方が気持ち悪い。身体がまだ揺れを探している。
カチカチに固まった腰を伸ばそうと大きく伸びをしていると、隣でティナとカイトが──
「……」
倒れた。
いや、比喩じゃない。
馬車を降りた瞬間、二人ともへたり込み、そのまま地面に崩れた。
(うわ、ほんとに限界っぽいな……)
カイトは両手を膝について、肩で息をしている。
深呼吸を練習してたのに、今は深呼吸どころじゃない。
ティナは右手を握ったまま、目が虚ろだ。顔色も悪い。
「おいおい、大丈夫かよ……」
俺が声をかけると、ティナがヨレヨレのまま片手を上げた。
「……だい……じょ……ぶ……」
「全然大丈夫じゃない声なんだが」
カイトも、うっすら笑おうとして失敗した顔をする。
「あ……ありがとう……ございます……」
倒れたまま言うな。
俺は二人の前にしゃがみ込んだ。
「休憩してていいから、ゆっくり休んでろよ。俺が準備しとくからさ」
「うぅ、でも悪いわよ……」
「気にすんな。良いから寝てろ」
ティナは返事をする代わりに、地面に頬をくっつけた。
寝る気だ。いや、気絶かもしれない。
カイトも、もう抵抗する気力がないらしく、背中から倒れた。
「すみません……」
「謝らなくて良い。俺に任せとけ」
その様子を、シャロンが心配そうに見ていた。
声をかけたいのに、かけると邪魔になりそうで、結局おろおろしている。
マルルゥはというと、馬車から降りてからも何も言わず、空を見上げたり森の方を眺めたりしている。
また風の精霊でも操っているんだろうか。
サラはもう弓を背負い直して、周囲をぐるりと見回していた。
怖い顔のまま。いや、いつも怖いけど、野営の時のサラはさらに怖い。
警戒してるからなんだろうけど、目が怖いんだよな。
フーバさんはというと──
「薪集めてきます!」
サラに怒られた後の勢いそのまま、妙にキビキビしている。
もう怒られないように出来るだけ素早く動いているんだろうな……。
ミゲルは馬の方へ行き、手際よく手綱を外して水をやっている。
さて、俺もそろそろ動かなきゃいけない。
テントを一人で張るとなると、結構大変だ。
アイテムボックスからテントを取り出し、何とか一人で張ることができた。
一人でやったから、少し心配なところもあるが形は何とかなっている。
風が吹いたら飛ぶかもしれないが、今日は飛ばないことを祈るしかないな……。
火を起こすための場所を作り、石を並べる。
フーバさんが集めてきた薪をもらい、火打ち石で火をつけようとするがなかなか上手くいかない。
どうやって付けたら良いもんかと試行錯誤していると、シャロンがミゲル達の方の焚き火から
火の付いた枝を持ってきてくれて、こっちにくれた。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、気になさらないで下さい」
シャロンは引っ込み思案だけど、ちゃんと見ているんだな。
こういうのに慣れてない雰囲気だが、少しずつ慣れてきたんだろうか。
ぱち、ぱち、と小さな火が生まれ、じわじわと広がる。
煙が立つ。
夕方の冷えた空気に、焚き火の匂いが混ざっていく。
(……ふぅ、やっと落ち着いて来たか)
今日はサラから風喰い鳥を何羽かもらっている。
肉を焼いて食べよう。
味付けは塩。シンプルだ。
でも──
(たまには焼き鳥のタレみたいな味が欲しいんだよなぁ……)
塩は塩で美味い。
けど、醤油が恋しい。味噌も恋しい。納豆とか食べたい。
そして米だ。米。白い飯。
パンも悪くないんだが、やっぱ日本人なら米だよなぁ。
あとこの世界、飯の当たり外れが激しすぎる。
白鹿亭みたいに美味い宿もあれば、昨日泊まった宿みたいに「泥水か?」ってスープを出すところもある。
アイテムボックスに入ってる屋台の飯も美味いものが多いけど、米や醤油味はないし、ちょっとクセがあったりして、ずっと食べるとなると少々厳しいものがある。
(世界のどこかに、米とか醤油がある国がないもんか……)
そんなことを考えながら、肉を串に刺していく。
フーバさんが羽をむしって、血抜きの処理や肉も切り分けてくれているので、俺は焼くだけでいい。
枝を拾って、適当に削って串にする。
見た目は素朴。味が美味ければ勝ちだ。
串を地面に刺して焚き火に近づける。
ジュウ、と肉が焼ける音。
脂が落ちて火がぱちっと跳ねる。
いい匂いがする。
腹が鳴った。恥ずかしい。
焼けるのを待ちながら、俺はマルルゥに声をかけた。
「なぁ、朝話してた強化魔法の件なんだけど」
「んー?」
「俺も使えるようになりたい。教えてくれないか?」
マルルゥは焚き火を見ながら、少し困った顔をした。
「教えるのはいいけど……あれだけ高度な魔法を使えるキミが、初級の魔法を使えない訳ないと思うんだけどな~」
「だから困ってるんだろ」
「うん。困ってるのはこっちもだよ」
マルルゥは指先で火の粉をいじるみたいにして、言った。
「じゃあ、肉が焼けるまでの間にやろっか。はい、こっちこっち」
焚き火から少し離れた場所に連れて行かれる。
夜の気配が濃くなり、空には星が出始めていた。
月も上がっている。暗いけど、松明がなくても歩ける程度には明るい。
「まっすぐ立って」
「こうか」
「うん。じゃあ右手に魔力を込めて」
右手に意識を向ける。
体内の何か温かいものが、集まる感覚がする。
さっきからティナとカイトがやってた魔力を感じるってやつ。
俺も一応、感じられてはいる。
(……これが魔力だよな)
「できた?」
「多分」
「多分って何?」
マルルゥが肩をすくめる。
「じゃあ、その右手の魔力に方向性を持たせる。今回は、素早く前に拳を出す……みたいな感じね。魔力に命令を与える」
「命令?」
言われても分からない。
命令ってなんだ。魔力に意思があるのか。
「魔法使う時にやるでしょ? 魔力に“こう動け”って教えてあげるの。で、その動きを自分の身体に纏わせる。身体能力にブーストをかけるイメージ」
「……それが強化魔法?」
「うん。最初は補助程度。慣れたら、自分の限界以上の力を引き出せる。接近武器を使う強い人はみんなやってるよ」
聞いてる分には簡単そうだ。
でも実際は──
(右手の魔力に、どうやって方向性持たせるんだよ……)
俺は右手の温かい感覚に意識を集中する。
前へ。拳を速く。
矢印をイメージして魔力を前へ送る。
……何も起きない。
俺は拳を出してみる。
普通の速度で風を切る音もしない。
「……よくわかんない」
「えぇ~……」
マルルゥが本気で困った顔をした。
「逆に聞くけど、なんであんなに魔法できるのに、初歩的な事ができないのか分からないよ……」
「俺だって分からないよ……」
マルルゥは俺の肩に手を置いた。
魔力を調べるように、じっと目を細める。
「魔力は感じられてるみたいだし、問題ないはずだけどなぁ~……」
「問題ないならできるはずだよな?」
「普通ならね」
普通じゃない扱いされた。
否定できないのが辛い。
マルルゥは手を離して、しばらく考え込む。
「……うーん。アウラの魔法、もうちょっと詳しく見たい。明日また見せてくれる?」
「見せるのはいい。だから、調べてくれ」
「うん。じゃあ約束ね。明日、身体も診せてね」
にっこり笑う。
……こいつと変に約束しない方が良かったかもしれない。
変な実験とかしそうだ。
でも今は、頼るしかない。
そうこうしていると、焚き火の方からいい匂いがした。
肉が焼けてきたらしい。
俺たちは戻る。
風喰い鳥の肉は、サラの言う通りジューシーでクセがない。
塩を振って焼いただけなのに、柔らかくて旨い。
脂がほどよく乗っていて、噛むと肉汁がじゅわっと出る。
「……うま」
思わず声が漏れた。
ティナとカイトにも串を渡す。
二人はまだぐったりしているが、肉の匂いに反応したのか、ゆっくり起き上がった。
「ごめん……全部やってもらって……」とティナ。
「すみません……何から何まで……」とカイト。
「気にすんな。ほら、それよりこの肉旨いぜ」
「ありがとう……」
「いただきます……」
ティナは肉を一口食べ、目を見開いた。
「……おいしい」
カイトも頷く。
「……本当に……おいしいです」
二人の声に、少しだけ力が戻る。
マルルゥはそれを見てニコニコしている。
「最初はきついでしょ~。ティナなんてずっと魔力練り続けてたから、身体に負荷掛かって、全身重くてだるいでしょ?」
「……うるさいわよ」
「今は全身敏感になってるから、ちょっと触るだけで~」
そう言って、マルルゥが急にティナの首筋をツンと突いた。
「ひゃん!?」
ティナから、普段絶対出ない可愛い声が出た。
俺は口の中の肉を飲み込みかけて、危うく噴きそうになった。
「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!」
怒ってるのに、力がない。
ティナは手をついて立ち上がろうとして──よろけた。
カイトが反射的に支える。
「ティナ、大丈夫!?」
「あ……ぅ……」
またティナが変な声を出した。
カイトが顔を真っ赤にする。
ティナも赤い。
空気が一瞬、妙に甘い感じになる。
見つめ合ってる二人。
マルルゥが目を細めた。
「う~ん、いいねぇ……ボクのお陰だね! そのままキスしちゃおうよ! ほらほら」
「するか!!」
ティナが真っ赤になって叫ぶ。
「……も、もう大丈夫だから!」
「う、うん」
カイトも慌てて手を離す。
(青春っていいな……)
俺は声に出さず、肉をむしゃむしゃ食べた。
味が濃い。いや塩しか振ってないんだけど、空気が濃い。
食事が終わるころには、空はすっかり夜だった。
焚き火がぱちぱち鳴る。星がはっきり見える。風が少し冷たい。
フーバさんが「見張りは任せてよ!」と胸を叩いた。
サラが風喰い鳥の肉を齧りながら、こっちを見て言う。
「お前ら、そろそろ寝たほうがいいぜ。またグレイファングの群れでも出た時は起こすから」
「縁起でもないこと言わないでくれ」
「まあ、何が出るかわからんからな。起きてすぐ動けるように寝ろよ」
「わかった」
ティナとカイトは本当に限界だったらしく、早々にテントへ入って寝てしまった。
マルルゥも、焚き火のそばで目をつぶる。
「ボクもずっと風の精霊操って空から哨戒してたから疲れた~」
そう言って、軽く指を鳴らす。
「念の為に侵入者がいたら分かるアラームの魔法掛けとくね。昨日の男が付けてたような腕輪に効果あるのかは疑問だけど……ま、何か起きたら起きたでその時考えよ」
「軽いなぁ……」
サラは少し離れた場所で、弓を抱えて座っていた。
表情はいつも通り怖い。
でも、風喰い鳥の件で少し機嫌がよさそうなのが救いだ。
シャロンは焚き火の光の端で、静かに座っていた。
フードを深くかぶり、何かを考え込んでいる。
最近ずっとだ。
俺のハイレグアーマーを見た時から、さらにどこかおかしい感じがする。
俺は焚き火から少し離れた場所で、強化魔法の練習を続けた。
体内の魔力を意識して、方向性を持たせる。
拳を速く。足を速く。
……やっぱりうまくいかない。
(くそ……方向性を持たせるってどうやるんだよ)
焦りが胸の奥で膨らむ。
髑髏仮面の男に、昨日の連中……魔導国家。
次に来るなら、もっと準備してくる可能性が高いだろう。
その時、俺は──自分の力だけで耐えられるのか。
そんなことを考えていると、背後から小さな声がした。
「あの……アウラさん……」
振り返ると、シャロンが立っていた。
「少し……お話、できませんか……?」
「あぁ、別にいいけど」
俺は頷いた。
シャロンはいつものようにフードをかぶっている。
でも、雰囲気がいつもと違う。
迷いと、決意と、恐怖が混ざったような空気。
シャロンは皆に聞こえないように、少し離れた場所へ歩く。
俺もついていく。
月明かりが思ったより明るくて、明かりがなくても周りが見える。
空を見上げると綺麗な月が浮かんでいる。
しばらく歩いた後、シャロンが立ち止まる。
俺が先に切り出す。
「それで、話って?」
「……えっと」
シャロンは小さく息を吸って、吐いた。
何度も飲み込むみたいに喉が動く。
「……アウラさんに……謝りたくて」
いきなり謝罪。
俺は眉をひそめる。
「謝るって?」
「……すみませんでした」
頭を下げる。
その姿があまりにも弱々しくて、こっちが困る。
「だから、何についてだよ」
シャロンは顔を上げかけて、また下げた。
フードの縁を握る指が、微かに震える。
沈黙。
──そして、シャロンが、ゆっくりとフードに手をかけた。
布が外れる。月明かりが、髪の隙間に落ちる。
いつものボサボサの髪で、表情はまだ見えない。
彼女は躊躇うみたいに一度止まって、それから髪をかき上げた。
エメラルド色の瞳。
整った顔立ち。
月光に浮かぶその美しい輪郭は、初めて見るはずなのに、初めてじゃない。
俺はこの顔を知っている。
俺と同じ顔。
息が止まった。
言葉が出ない。
頭がついていかない。
シャロンが静かに言う。
「私が……シエルです。聖療教会の“聖女”と呼ばれていました」