【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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52話 同じ顔

 空が橙に染まり始め、遠くの森の影がじわじわ伸びてきたころ、馬車が止まった。

 

「今日はこの辺りで野営だ」

 

 ミゲルが号令みたいに手を叩く。

 荷台から降りると、足がふわっとした。

 揺れに慣れたせいか、止まった瞬間の方が気持ち悪い。身体がまだ揺れを探している。

 カチカチに固まった腰を伸ばそうと大きく伸びをしていると、隣でティナとカイトが──

 

「……」

 

 倒れた。

 いや、比喩じゃない。

 馬車を降りた瞬間、二人ともへたり込み、そのまま地面に崩れた。

 

(うわ、ほんとに限界っぽいな……)

 

 カイトは両手を膝について、肩で息をしている。

 深呼吸を練習してたのに、今は深呼吸どころじゃない。

 ティナは右手を握ったまま、目が虚ろだ。顔色も悪い。

 

「おいおい、大丈夫かよ……」

 

 俺が声をかけると、ティナがヨレヨレのまま片手を上げた。

 

「……だい……じょ……ぶ……」

「全然大丈夫じゃない声なんだが」

 

 カイトも、うっすら笑おうとして失敗した顔をする。

 

「あ……ありがとう……ございます……」

 

 倒れたまま言うな。

 俺は二人の前にしゃがみ込んだ。

 

「休憩してていいから、ゆっくり休んでろよ。俺が準備しとくからさ」

「うぅ、でも悪いわよ……」

「気にすんな。良いから寝てろ」

 

 ティナは返事をする代わりに、地面に頬をくっつけた。

 寝る気だ。いや、気絶かもしれない。

 カイトも、もう抵抗する気力がないらしく、背中から倒れた。

 

「すみません……」

「謝らなくて良い。俺に任せとけ」

 

 その様子を、シャロンが心配そうに見ていた。

 声をかけたいのに、かけると邪魔になりそうで、結局おろおろしている。

 

 マルルゥはというと、馬車から降りてからも何も言わず、空を見上げたり森の方を眺めたりしている。

 また風の精霊でも操っているんだろうか。

 

 サラはもう弓を背負い直して、周囲をぐるりと見回していた。

 怖い顔のまま。いや、いつも怖いけど、野営の時のサラはさらに怖い。

 警戒してるからなんだろうけど、目が怖いんだよな。

 

 フーバさんはというと──

 

「薪集めてきます!」

 

 サラに怒られた後の勢いそのまま、妙にキビキビしている。

 もう怒られないように出来るだけ素早く動いているんだろうな……。

 

 ミゲルは馬の方へ行き、手際よく手綱を外して水をやっている。

 さて、俺もそろそろ動かなきゃいけない。

 テントを一人で張るとなると、結構大変だ。

 

 アイテムボックスからテントを取り出し、何とか一人で張ることができた。

 一人でやったから、少し心配なところもあるが形は何とかなっている。

 風が吹いたら飛ぶかもしれないが、今日は飛ばないことを祈るしかないな……。

 

 火を起こすための場所を作り、石を並べる。

 フーバさんが集めてきた薪をもらい、火打ち石で火をつけようとするがなかなか上手くいかない。

 どうやって付けたら良いもんかと試行錯誤していると、シャロンがミゲル達の方の焚き火から

 火の付いた枝を持ってきてくれて、こっちにくれた。

 

「ありがとう、助かったよ」

「いえ、気になさらないで下さい」

 

 シャロンは引っ込み思案だけど、ちゃんと見ているんだな。

 こういうのに慣れてない雰囲気だが、少しずつ慣れてきたんだろうか。

 

 ぱち、ぱち、と小さな火が生まれ、じわじわと広がる。

 煙が立つ。

 夕方の冷えた空気に、焚き火の匂いが混ざっていく。

 

(……ふぅ、やっと落ち着いて来たか)

 

 今日はサラから風喰い鳥を何羽かもらっている。

 肉を焼いて食べよう。

 味付けは塩。シンプルだ。

 でも──

 

(たまには焼き鳥のタレみたいな味が欲しいんだよなぁ……)

 

 塩は塩で美味い。

 けど、醤油が恋しい。味噌も恋しい。納豆とか食べたい。

 そして米だ。米。白い飯。

 パンも悪くないんだが、やっぱ日本人なら米だよなぁ。

 

 あとこの世界、飯の当たり外れが激しすぎる。

 白鹿亭みたいに美味い宿もあれば、昨日泊まった宿みたいに「泥水か?」ってスープを出すところもある。

 アイテムボックスに入ってる屋台の飯も美味いものが多いけど、米や醤油味はないし、ちょっとクセがあったりして、ずっと食べるとなると少々厳しいものがある。

 

(世界のどこかに、米とか醤油がある国がないもんか……)

 

 そんなことを考えながら、肉を串に刺していく。

 フーバさんが羽をむしって、血抜きの処理や肉も切り分けてくれているので、俺は焼くだけでいい。

 枝を拾って、適当に削って串にする。

 見た目は素朴。味が美味ければ勝ちだ。

 

 串を地面に刺して焚き火に近づける。

 ジュウ、と肉が焼ける音。

 脂が落ちて火がぱちっと跳ねる。

 いい匂いがする。

 腹が鳴った。恥ずかしい。

 

 焼けるのを待ちながら、俺はマルルゥに声をかけた。

 

「なぁ、朝話してた強化魔法の件なんだけど」

「んー?」

「俺も使えるようになりたい。教えてくれないか?」

 

 マルルゥは焚き火を見ながら、少し困った顔をした。

 

「教えるのはいいけど……あれだけ高度な魔法を使えるキミが、初級の魔法を使えない訳ないと思うんだけどな~」

「だから困ってるんだろ」

「うん。困ってるのはこっちもだよ」

 

 マルルゥは指先で火の粉をいじるみたいにして、言った。

 

「じゃあ、肉が焼けるまでの間にやろっか。はい、こっちこっち」

 

 焚き火から少し離れた場所に連れて行かれる。

 夜の気配が濃くなり、空には星が出始めていた。

 月も上がっている。暗いけど、松明がなくても歩ける程度には明るい。

 

「まっすぐ立って」

「こうか」

「うん。じゃあ右手に魔力を込めて」

 

 右手に意識を向ける。

 体内の何か温かいものが、集まる感覚がする。

 さっきからティナとカイトがやってた魔力を感じるってやつ。

 俺も一応、感じられてはいる。

 

(……これが魔力だよな)

 

「できた?」

「多分」

「多分って何?」

 

 マルルゥが肩をすくめる。

 

「じゃあ、その右手の魔力に方向性を持たせる。今回は、素早く前に拳を出す……みたいな感じね。魔力に命令を与える」

「命令?」

 

 言われても分からない。

 命令ってなんだ。魔力に意思があるのか。

 

「魔法使う時にやるでしょ? 魔力に“こう動け”って教えてあげるの。で、その動きを自分の身体に纏わせる。身体能力にブーストをかけるイメージ」

「……それが強化魔法?」

「うん。最初は補助程度。慣れたら、自分の限界以上の力を引き出せる。接近武器を使う強い人はみんなやってるよ」

 

 聞いてる分には簡単そうだ。

 でも実際は──

 

(右手の魔力に、どうやって方向性持たせるんだよ……)

 

 俺は右手の温かい感覚に意識を集中する。

 前へ。拳を速く。

 矢印をイメージして魔力を前へ送る。

 ……何も起きない。

 

 俺は拳を出してみる。

 普通の速度で風を切る音もしない。

 

「……よくわかんない」

「えぇ~……」

 

 マルルゥが本気で困った顔をした。

 

「逆に聞くけど、なんであんなに魔法できるのに、初歩的な事ができないのか分からないよ……」

「俺だって分からないよ……」

 

 マルルゥは俺の肩に手を置いた。

 魔力を調べるように、じっと目を細める。

 

「魔力は感じられてるみたいだし、問題ないはずだけどなぁ~……」

「問題ないならできるはずだよな?」

「普通ならね」

 

 普通じゃない扱いされた。

 否定できないのが辛い。

 マルルゥは手を離して、しばらく考え込む。

 

「……うーん。アウラの魔法、もうちょっと詳しく見たい。明日また見せてくれる?」

「見せるのはいい。だから、調べてくれ」

「うん。じゃあ約束ね。明日、身体も診せてね」

 

 にっこり笑う。

 ……こいつと変に約束しない方が良かったかもしれない。

 変な実験とかしそうだ。

 でも今は、頼るしかない。

 

 そうこうしていると、焚き火の方からいい匂いがした。

 肉が焼けてきたらしい。

 俺たちは戻る。

 

 風喰い鳥の肉は、サラの言う通りジューシーでクセがない。

 塩を振って焼いただけなのに、柔らかくて旨い。

 脂がほどよく乗っていて、噛むと肉汁がじゅわっと出る。

 

「……うま」

 思わず声が漏れた。

 

 ティナとカイトにも串を渡す。

 二人はまだぐったりしているが、肉の匂いに反応したのか、ゆっくり起き上がった。

 

「ごめん……全部やってもらって……」とティナ。

「すみません……何から何まで……」とカイト。

 

「気にすんな。ほら、それよりこの肉旨いぜ」

「ありがとう……」

「いただきます……」

 

 ティナは肉を一口食べ、目を見開いた。

 

「……おいしい」

 

 カイトも頷く。

 

「……本当に……おいしいです」

 

 二人の声に、少しだけ力が戻る。

 マルルゥはそれを見てニコニコしている。

 

「最初はきついでしょ~。ティナなんてずっと魔力練り続けてたから、身体に負荷掛かって、全身重くてだるいでしょ?」

「……うるさいわよ」

「今は全身敏感になってるから、ちょっと触るだけで~」

 

 そう言って、マルルゥが急にティナの首筋をツンと突いた。

 

「ひゃん!?」

 

 ティナから、普段絶対出ない可愛い声が出た。

 俺は口の中の肉を飲み込みかけて、危うく噴きそうになった。

 

「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!」

 

 怒ってるのに、力がない。

 ティナは手をついて立ち上がろうとして──よろけた。

 カイトが反射的に支える。

 

「ティナ、大丈夫!?」

「あ……ぅ……」

 

 またティナが変な声を出した。

 カイトが顔を真っ赤にする。

 ティナも赤い。

 空気が一瞬、妙に甘い感じになる。

 見つめ合ってる二人。

 

 マルルゥが目を細めた。

 

「う~ん、いいねぇ……ボクのお陰だね! そのままキスしちゃおうよ! ほらほら」

「するか!!」

 

 ティナが真っ赤になって叫ぶ。

 

「……も、もう大丈夫だから!」

「う、うん」

 

 カイトも慌てて手を離す。

 

(青春っていいな……)

 

 俺は声に出さず、肉をむしゃむしゃ食べた。

 味が濃い。いや塩しか振ってないんだけど、空気が濃い。

 

 食事が終わるころには、空はすっかり夜だった。

 焚き火がぱちぱち鳴る。星がはっきり見える。風が少し冷たい。

 

 フーバさんが「見張りは任せてよ!」と胸を叩いた。

 サラが風喰い鳥の肉を齧りながら、こっちを見て言う。

 

「お前ら、そろそろ寝たほうがいいぜ。またグレイファングの群れでも出た時は起こすから」

「縁起でもないこと言わないでくれ」

「まあ、何が出るかわからんからな。起きてすぐ動けるように寝ろよ」

「わかった」

 

 ティナとカイトは本当に限界だったらしく、早々にテントへ入って寝てしまった。

 マルルゥも、焚き火のそばで目をつぶる。

 

「ボクもずっと風の精霊操って空から哨戒してたから疲れた~」

 

 そう言って、軽く指を鳴らす。

 

「念の為に侵入者がいたら分かるアラームの魔法掛けとくね。昨日の男が付けてたような腕輪に効果あるのかは疑問だけど……ま、何か起きたら起きたでその時考えよ」

「軽いなぁ……」

 

 サラは少し離れた場所で、弓を抱えて座っていた。

 表情はいつも通り怖い。

 でも、風喰い鳥の件で少し機嫌がよさそうなのが救いだ。

 

 シャロンは焚き火の光の端で、静かに座っていた。

 フードを深くかぶり、何かを考え込んでいる。

 最近ずっとだ。

 俺のハイレグアーマーを見た時から、さらにどこかおかしい感じがする。

 

 俺は焚き火から少し離れた場所で、強化魔法の練習を続けた。

 体内の魔力を意識して、方向性を持たせる。

 拳を速く。足を速く。

 ……やっぱりうまくいかない。

 

(くそ……方向性を持たせるってどうやるんだよ)

 

 焦りが胸の奥で膨らむ。

 髑髏仮面の男に、昨日の連中……魔導国家。

 次に来るなら、もっと準備してくる可能性が高いだろう。

 その時、俺は──自分の力だけで耐えられるのか。

 そんなことを考えていると、背後から小さな声がした。

 

「あの……アウラさん……」

 

 振り返ると、シャロンが立っていた。

 

「少し……お話、できませんか……?」

「あぁ、別にいいけど」

 

 俺は頷いた。

 シャロンはいつものようにフードをかぶっている。

 でも、雰囲気がいつもと違う。

 迷いと、決意と、恐怖が混ざったような空気。

 

 シャロンは皆に聞こえないように、少し離れた場所へ歩く。

 俺もついていく。

 月明かりが思ったより明るくて、明かりがなくても周りが見える。

 空を見上げると綺麗な月が浮かんでいる。

 

 しばらく歩いた後、シャロンが立ち止まる。

 俺が先に切り出す。

 

「それで、話って?」

「……えっと」

 

 シャロンは小さく息を吸って、吐いた。

 何度も飲み込むみたいに喉が動く。

 

「……アウラさんに……謝りたくて」

 

 いきなり謝罪。

 俺は眉をひそめる。

 

「謝るって?」

「……すみませんでした」

 

 頭を下げる。

 その姿があまりにも弱々しくて、こっちが困る。

 

「だから、何についてだよ」

 

 シャロンは顔を上げかけて、また下げた。

 フードの縁を握る指が、微かに震える。

 

 沈黙。

 ──そして、シャロンが、ゆっくりとフードに手をかけた。

 布が外れる。月明かりが、髪の隙間に落ちる。

 いつものボサボサの髪で、表情はまだ見えない。

 

 彼女は躊躇うみたいに一度止まって、それから髪をかき上げた。

 

 エメラルド色の瞳。

 整った顔立ち。

 月光に浮かぶその美しい輪郭は、初めて見るはずなのに、初めてじゃない。

 俺はこの顔を知っている。

 

 俺と同じ顔。

 

 息が止まった。

 言葉が出ない。

 頭がついていかない。

 

 シャロンが静かに言う。

 

「私が……シエルです。聖療教会の“聖女”と呼ばれていました」

 

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