【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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53話 恥ずかしい派

「私が……シエルです。聖療教会の“聖女”と呼ばれていました」

 

 ──その一言で、頭の中の歯車が全部止まった。

 

 森のざわめき。夜風の冷たさ。遠くで焚き火が弾ける音。

 全部ちゃんと聞こえてる。感じてる。なのに、俺の中だけが取り残されている。

 

 目の前の女──いや、“シャロン”だと名乗っていた相手は、フードを外し、髪をかき上げ、月明かりの下で顔をさらしていた。

 

 エメラルド色の瞳。整った輪郭。鼻筋。口元。

 ……俺と、同じ顔。

 

 いや、正確には──女神アウラの顔だ。

 

(嘘だろ……)

 

 息が止まる。

 喉が動いたのに、音が出ない。自分でも分かる。“声にならない”ってこういうやつだ。

 シエルは、俺の顔を見て、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「……驚きますよね。私も、最初にあなたを見た時……同じでした」

 

 最初に見た時──白百合の止まり木の風呂。

 あの時、こいつが妙に固まってたのは、変な人だったからじゃなくて、俺の顔を見てたからか。

 

(いや、変な人だったのも事実だけど……)

 

「……あー……」

 

 ようやく声が出た。間抜けな声だ。

 俺は咳払いして、言い直す。

 

「……あんたが、聖療教会の聖女?」

 

 シエルは小さく頷いた。

 

「はい。……本当は、そんな大げさなものじゃないんですけど」

 

 いやいやいや。

 “聖女”って時点で大げさだろ。普通に国の看板じゃねえか。

 ……そう言い返したかったのに、シエルの顔がそれを許さなかった。

 

 真剣で、今にも泣きそうで──でも泣くのを必死で我慢しているような顔。

 それは“偉い聖女様”の顔じゃなくて、追い詰められたただの女の顔だった。

 そして、シエルはもう一度、深く頭を下げた。

 

「私のせいで……あなたが、私と間違われて……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。頭がおいつかない」

 

 反射的に言った。

 でも、シエルは下げた頭を上げない。

 

 昨日の二人組が脳裏をよぎる。

 骸骨仮面の男もそうだ。

 どいつもこいつも、狙いは“聖女の剣と鎧”。

 

 そして骸骨仮面の男は言ってた。

 “そんな破廉恥な鎧を着てる奴はそうそう居ない”って。

 

(つまり……こいつも、あれを……?)

 

 喉が乾く。嫌な予感がする。

 

「……あんたも、俺の剣と鎧に似たのを持ってんのか?」

 

 俺がそう言うと、シエルの肩が小さく震えた。

 ほんの一瞬だけ躊躇がある。

 

「はい。普段は……魔法でしまってあるんですが……」

「あー……」

 

 思わず納得しかけて、次に来る疑問が口から漏れた。

 

「……もしかして、あんたも“着るの恥ずかしい”派?」

 

 シエルの顔が赤くなる。

 そして、小さく頷いた。

 

「それは……そうです。頂いたものですし、いざという時は頼りになりますが……いつも着るのは、ちょっと……」

「だよな。分かる。めっちゃ分かる」

 

 俺は深く頷いた。

 

(よかった。聖女だからって、あれを好き好んで着てるわけじゃないんだな)

 

 あんなのを常用して平然としてる奴とは、たぶん友達になれない。

 ……っていうか俺は「常用」したくなくても勝手に着せられる側だけど。

 

 シエルはゆっくり顔を上げた。

 申し訳なさの奥に、決意みたいなものが見える。

 

「アウラさんは……あの剣と鎧を、どこで手に入れましたか?」

 

 両手を握りしめる指が白い。

 聞きたいというより、確かめたい顔だ。

 

 俺の頭に、あの喧しい女神の顔が浮かぶ。

 同じ顔。

 剣。

 鎧。

 ……一致しすぎている。

 

「俺のは……とある人にもらった」

 

 俺は、そこで言葉を止めた。

 果たして本当に女神のことを話していいのか、まずは相手の出方を確かめたかった。

 

「……あんたは?」

 

 シエルの声は小さい。でも、言葉ははっきりしていた。

 

「……私も、とある方に頂いたものです」

 

 沈黙が落ちる。

 月明かりが、やけに明るい。

 俺の中で、確信に近いものが形になりかける。

 これは偶然じゃないよな……きっと。

 俺と同じように女神に貰ったんだろうか。

 

 でも、ここで踏み込みすぎて、もし違った場合の事を考えると面倒だ。

 それにこの人は、今正体を明かすだけで限界まで来てる雰囲気を感じる。

 だから、俺は一回だけ、空気を軽くする方向に逃げた。

 

「……まあ、色々事情があるんだろうけど」

 

 シエルの肩がほんの少しだけ緩む。

 

「俺も詳しくは話せないし」

「ありがとうございます……」

 

 ほっとした声。

 その一言が、逆に胸に刺さった。

 月明かりの下、俺は別の問いに切り替える。

 

「で、何で聖女のあんたが教会から逃げてんだ?」

 

 シエルの顔が曇る。

 さっきよりも、さらに暗い影が落ちる。

 

「それは……」

 

 彼女は息を吸って、吐いた。

 言葉にしたら壊れるものを、今から口にするみたいな仕草だ。

 

「先日もお伝えした通り、教会は……変わってしまったんです」

「金のある相手しか治療しない……って言ってたな」

 

 シエルは頷いた。

 

「はい。今は……お金を稼ぐための道具として、私は扱われています」

「道具……?」

「貴族の治療をすれば、教会にお金が入ります」

 

 声が震える。

 震えを隠そうとして、余計に息が細くなる。

 

「治療をすることは……いいんです。誰かが良くなるのは嬉しい。だけど……」

 

 シエルの瞳が少し曇る。

 

「お金のない人は……取り合わなくなってしまって。今では、貴族向けの治療……いえ……治療と言っていいのか分からないような接待を……」

「この間もそう言ってたな」

 

 俺はゆっくり息を吐いて、言葉を選んだ。

 

「それで、逃げて来たって事か?」

「……それだけじゃないですが、それも理由の一つです」

 

 シエルは小さく頷いた。

 

「数ヶ月前に貴族の治療に向かう途中に襲われました。護衛の子たちが守ってくれましたが、逃げろと言われて……」

「襲われた?」

 

 シエルは目を伏せたまま言った。

 

「骸骨の仮面をつけた男です」

 

 あいつか。

 妙にねちっこい話し方をする、主とやらを慕っている男。

 あいつのせいで、色々と面倒な事になっている気がする。

 

「俺も襲われた。お前と間違えられてな」

 

 シエルがぎゅっと唇を噛む。

 また頭を下げそうになったので、俺は先に言った。

 

「謝らなくていい。あんたのせいじゃない」

 

 シエルは、止まった。

 震える呼吸だけが聞こえる。

 

「……それで、逃げてる途中で護衛の子たちとはぐれて……思ったんです」

 

 シエルが、少しだけ自嘲するみたいに笑った。

 

「今なら、教会から離れられるって。衝動的でした。でも……もう限界だったんです」

 

 俺は、軽く頷くしかできなかった。

 シエルの顔は俺と同じように、作り物のように美しいが、酷く疲れ切っていて、その雰囲気はまるで長く生きすぎた人のように感じた。

 

「今は……護衛の子たちが私を探していると思います。教会の方にも話が行っているはずなのできっともっと大勢で……」

「追われてるんだな?」

「はい、途中で私を探している子を見かけました。他にも大勢、私を探しているはずです」

 

 ヴェルノの事を思い出す。

 そりゃこれだけそっくりな顔なら、俺と間違えるのもしょうがないだろうな。

 

 そして、シエルはまた視線を落とす。

 

「だから、こうしてわからないように、髪を切ってローブを被って変装していたのですが……そのせいであなたに……」

 

 また謝りそうになる。

 俺は彼女の肩に手を置いた。軽く。脅かさないように。

 

「顔を上げてくれ」

 

 シエルがゆっくり顔を上げる。

 その目に涙が溜まっているのが、月明かりで分かってしまった。

 

「何度も言うけど……あんたのせいじゃない」

「でも……」

「それに、俺は……まあ、狙われるのに慣れてきたしなぁ」

 

 つい冗談っぽく言ったら、シエルの目が丸くなった。

 

「そんな……笑い事じゃ……」

「笑い事じゃないけどさ」

 

 俺はため息をついた。

 

「これ以上あんたが自分を責めても、何も変わらないだろ」

 

 シエルはしばらく俺を見つめて──

 小さく笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

 その笑顔は、今までで一番柔らかかった。

 ……と、思った瞬間。

 

「ふわぁ~……」

 

 後ろから、あくびの声。

 振り返ると、マルルゥが眠そうに目をこすりながら立っていた。

 目が半分しか開いてないが、その雰囲気は寝ぼけてるようで寝ぼけてない。

 

「マ、マルルゥ……。どうかしたか?」

「んー……アラームの魔法に引っかかったから……」

 

 マルルゥがぼんやりした顔のまま、軽く指を鳴らす。

 パチンという音がなった次の瞬間、森の奥から──短い悲鳴みたいな音が聞こえた。

 それっきり、静寂が広がる。

 

「……うぇ?」

 

 俺が間抜け面で固まる。

 

「魔物倒しといたよ。弱かったから一瞬だったけど……」

 

 マルルゥがまたあくびをする。

 

「アラームの魔法は敵意があるもの全てに反応するから、弱い魔物にも反応するんだよね……。ふわぁ~……せっかく眠ってたのに……起こされちゃった」

 

 そして、じっとこっちを見る。

 

「……ていうか二人とも、こんな所で何話してるの?」

 

 俺とシエルは、一瞬、顔を見合わせた。

 言葉が詰まる。

 

「いや……別に……」

 

 俺が曖昧に答える。

 

「大したことじゃない」

 

 マルルゥは首を傾げた。

 でも眠気が勝ったのか、それ以上は追及しない。

 

「ふーん……まあいいけどさぁ。もう魔物いないし、寝よーよ」

 

 そして俺たちの背中を軽く押すみたいに言う。

 

「ほら、近くに居ないと守りづらいでしょ~」

 

 シエルが小さく頷いた。

 

「……戻りましょうか」

「ああ……」

 

 俺たちは焚き火の方へ歩き出す。

 月明かりが二人の影を長く伸ばす。

 

 焚き火の前で、シエルが小さく呟いた。

 

「……また、お話しします」

「ああ、待ってる」

 

 俺が頷くと、シエルは少しだけ安心したような顔をした。

 でも、どこか寂しそうでもあった。

 

 マルルゥは焚き火の側に座り、もう寝息を立てている。

 切り替え早すぎるだろ。さっきまで魔物消し飛ばしてたのに。

 俺は焚き火を見つめながら、考える。

 

 聖女シエル。

 俺と同じ顔をした女。

 そして──俺と同じ剣と鎧を「とある人」から貰った。

 

 偶然じゃないと思うが、確信までは持てない。

 シエルも、話の核心はまだ飲み込んだままだ。

 

 俺はマルルゥの側の焚き火に薪を一本足して、テントへ向かった。

 シエルも静かに馬車の荷台へ戻っていく。

 その背中が少し小さく見えた。

 

 俺は横になって、目を閉じる。

 外から焚き火の音。遠くの森の音。

 そして頭の奥で、喧しいあの女神の顔が浮かんで、少しげんなりした。

 

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