【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
「私が……シエルです。聖療教会の“聖女”と呼ばれていました」
──その一言で、頭の中の歯車が全部止まった。
森のざわめき。夜風の冷たさ。遠くで焚き火が弾ける音。
全部ちゃんと聞こえてる。感じてる。なのに、俺の中だけが取り残されている。
目の前の女──いや、“シャロン”だと名乗っていた相手は、フードを外し、髪をかき上げ、月明かりの下で顔をさらしていた。
エメラルド色の瞳。整った輪郭。鼻筋。口元。
……俺と、同じ顔。
いや、正確には──女神アウラの顔だ。
(嘘だろ……)
息が止まる。
喉が動いたのに、音が出ない。自分でも分かる。“声にならない”ってこういうやつだ。
シエルは、俺の顔を見て、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……驚きますよね。私も、最初にあなたを見た時……同じでした」
最初に見た時──白百合の止まり木の風呂。
あの時、こいつが妙に固まってたのは、変な人だったからじゃなくて、俺の顔を見てたからか。
(いや、変な人だったのも事実だけど……)
「……あー……」
ようやく声が出た。間抜けな声だ。
俺は咳払いして、言い直す。
「……あんたが、聖療教会の聖女?」
シエルは小さく頷いた。
「はい。……本当は、そんな大げさなものじゃないんですけど」
いやいやいや。
“聖女”って時点で大げさだろ。普通に国の看板じゃねえか。
……そう言い返したかったのに、シエルの顔がそれを許さなかった。
真剣で、今にも泣きそうで──でも泣くのを必死で我慢しているような顔。
それは“偉い聖女様”の顔じゃなくて、追い詰められたただの女の顔だった。
そして、シエルはもう一度、深く頭を下げた。
「私のせいで……あなたが、私と間違われて……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頭がおいつかない」
反射的に言った。
でも、シエルは下げた頭を上げない。
昨日の二人組が脳裏をよぎる。
骸骨仮面の男もそうだ。
どいつもこいつも、狙いは“聖女の剣と鎧”。
そして骸骨仮面の男は言ってた。
“そんな破廉恥な鎧を着てる奴はそうそう居ない”って。
(つまり……こいつも、あれを……?)
喉が乾く。嫌な予感がする。
「……あんたも、俺の剣と鎧に似たのを持ってんのか?」
俺がそう言うと、シエルの肩が小さく震えた。
ほんの一瞬だけ躊躇がある。
「はい。普段は……魔法でしまってあるんですが……」
「あー……」
思わず納得しかけて、次に来る疑問が口から漏れた。
「……もしかして、あんたも“着るの恥ずかしい”派?」
シエルの顔が赤くなる。
そして、小さく頷いた。
「それは……そうです。頂いたものですし、いざという時は頼りになりますが……いつも着るのは、ちょっと……」
「だよな。分かる。めっちゃ分かる」
俺は深く頷いた。
(よかった。聖女だからって、あれを好き好んで着てるわけじゃないんだな)
あんなのを常用して平然としてる奴とは、たぶん友達になれない。
……っていうか俺は「常用」したくなくても勝手に着せられる側だけど。
シエルはゆっくり顔を上げた。
申し訳なさの奥に、決意みたいなものが見える。
「アウラさんは……あの剣と鎧を、どこで手に入れましたか?」
両手を握りしめる指が白い。
聞きたいというより、確かめたい顔だ。
俺の頭に、あの喧しい女神の顔が浮かぶ。
同じ顔。
剣。
鎧。
……一致しすぎている。
「俺のは……とある人にもらった」
俺は、そこで言葉を止めた。
果たして本当に女神のことを話していいのか、まずは相手の出方を確かめたかった。
「……あんたは?」
シエルの声は小さい。でも、言葉ははっきりしていた。
「……私も、とある方に頂いたものです」
沈黙が落ちる。
月明かりが、やけに明るい。
俺の中で、確信に近いものが形になりかける。
これは偶然じゃないよな……きっと。
俺と同じように女神に貰ったんだろうか。
でも、ここで踏み込みすぎて、もし違った場合の事を考えると面倒だ。
それにこの人は、今正体を明かすだけで限界まで来てる雰囲気を感じる。
だから、俺は一回だけ、空気を軽くする方向に逃げた。
「……まあ、色々事情があるんだろうけど」
シエルの肩がほんの少しだけ緩む。
「俺も詳しくは話せないし」
「ありがとうございます……」
ほっとした声。
その一言が、逆に胸に刺さった。
月明かりの下、俺は別の問いに切り替える。
「で、何で聖女のあんたが教会から逃げてんだ?」
シエルの顔が曇る。
さっきよりも、さらに暗い影が落ちる。
「それは……」
彼女は息を吸って、吐いた。
言葉にしたら壊れるものを、今から口にするみたいな仕草だ。
「先日もお伝えした通り、教会は……変わってしまったんです」
「金のある相手しか治療しない……って言ってたな」
シエルは頷いた。
「はい。今は……お金を稼ぐための道具として、私は扱われています」
「道具……?」
「貴族の治療をすれば、教会にお金が入ります」
声が震える。
震えを隠そうとして、余計に息が細くなる。
「治療をすることは……いいんです。誰かが良くなるのは嬉しい。だけど……」
シエルの瞳が少し曇る。
「お金のない人は……取り合わなくなってしまって。今では、貴族向けの治療……いえ……治療と言っていいのか分からないような接待を……」
「この間もそう言ってたな」
俺はゆっくり息を吐いて、言葉を選んだ。
「それで、逃げて来たって事か?」
「……それだけじゃないですが、それも理由の一つです」
シエルは小さく頷いた。
「数ヶ月前に貴族の治療に向かう途中に襲われました。護衛の子たちが守ってくれましたが、逃げろと言われて……」
「襲われた?」
シエルは目を伏せたまま言った。
「骸骨の仮面をつけた男です」
あいつか。
妙にねちっこい話し方をする、主とやらを慕っている男。
あいつのせいで、色々と面倒な事になっている気がする。
「俺も襲われた。お前と間違えられてな」
シエルがぎゅっと唇を噛む。
また頭を下げそうになったので、俺は先に言った。
「謝らなくていい。あんたのせいじゃない」
シエルは、止まった。
震える呼吸だけが聞こえる。
「……それで、逃げてる途中で護衛の子たちとはぐれて……思ったんです」
シエルが、少しだけ自嘲するみたいに笑った。
「今なら、教会から離れられるって。衝動的でした。でも……もう限界だったんです」
俺は、軽く頷くしかできなかった。
シエルの顔は俺と同じように、作り物のように美しいが、酷く疲れ切っていて、その雰囲気はまるで長く生きすぎた人のように感じた。
「今は……護衛の子たちが私を探していると思います。教会の方にも話が行っているはずなのできっともっと大勢で……」
「追われてるんだな?」
「はい、途中で私を探している子を見かけました。他にも大勢、私を探しているはずです」
ヴェルノの事を思い出す。
そりゃこれだけそっくりな顔なら、俺と間違えるのもしょうがないだろうな。
そして、シエルはまた視線を落とす。
「だから、こうしてわからないように、髪を切ってローブを被って変装していたのですが……そのせいであなたに……」
また謝りそうになる。
俺は彼女の肩に手を置いた。軽く。脅かさないように。
「顔を上げてくれ」
シエルがゆっくり顔を上げる。
その目に涙が溜まっているのが、月明かりで分かってしまった。
「何度も言うけど……あんたのせいじゃない」
「でも……」
「それに、俺は……まあ、狙われるのに慣れてきたしなぁ」
つい冗談っぽく言ったら、シエルの目が丸くなった。
「そんな……笑い事じゃ……」
「笑い事じゃないけどさ」
俺はため息をついた。
「これ以上あんたが自分を責めても、何も変わらないだろ」
シエルはしばらく俺を見つめて──
小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、今までで一番柔らかかった。
……と、思った瞬間。
「ふわぁ~……」
後ろから、あくびの声。
振り返ると、マルルゥが眠そうに目をこすりながら立っていた。
目が半分しか開いてないが、その雰囲気は寝ぼけてるようで寝ぼけてない。
「マ、マルルゥ……。どうかしたか?」
「んー……アラームの魔法に引っかかったから……」
マルルゥがぼんやりした顔のまま、軽く指を鳴らす。
パチンという音がなった次の瞬間、森の奥から──短い悲鳴みたいな音が聞こえた。
それっきり、静寂が広がる。
「……うぇ?」
俺が間抜け面で固まる。
「魔物倒しといたよ。弱かったから一瞬だったけど……」
マルルゥがまたあくびをする。
「アラームの魔法は敵意があるもの全てに反応するから、弱い魔物にも反応するんだよね……。ふわぁ~……せっかく眠ってたのに……起こされちゃった」
そして、じっとこっちを見る。
「……ていうか二人とも、こんな所で何話してるの?」
俺とシエルは、一瞬、顔を見合わせた。
言葉が詰まる。
「いや……別に……」
俺が曖昧に答える。
「大したことじゃない」
マルルゥは首を傾げた。
でも眠気が勝ったのか、それ以上は追及しない。
「ふーん……まあいいけどさぁ。もう魔物いないし、寝よーよ」
そして俺たちの背中を軽く押すみたいに言う。
「ほら、近くに居ないと守りづらいでしょ~」
シエルが小さく頷いた。
「……戻りましょうか」
「ああ……」
俺たちは焚き火の方へ歩き出す。
月明かりが二人の影を長く伸ばす。
焚き火の前で、シエルが小さく呟いた。
「……また、お話しします」
「ああ、待ってる」
俺が頷くと、シエルは少しだけ安心したような顔をした。
でも、どこか寂しそうでもあった。
マルルゥは焚き火の側に座り、もう寝息を立てている。
切り替え早すぎるだろ。さっきまで魔物消し飛ばしてたのに。
俺は焚き火を見つめながら、考える。
聖女シエル。
俺と同じ顔をした女。
そして──俺と同じ剣と鎧を「とある人」から貰った。
偶然じゃないと思うが、確信までは持てない。
シエルも、話の核心はまだ飲み込んだままだ。
俺はマルルゥの側の焚き火に薪を一本足して、テントへ向かった。
シエルも静かに馬車の荷台へ戻っていく。
その背中が少し小さく見えた。
俺は横になって、目を閉じる。
外から焚き火の音。遠くの森の音。
そして頭の奥で、喧しいあの女神の顔が浮かんで、少しげんなりした。