【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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54話 ピンクのエプロン

 翌朝──いや、厳密に言うと朝というより、まだ夜の残り香がある時間。

 空が白む前に、俺は目を覚ました。

 

 目が覚めた理由は二つある。

 一つは色々と考え事をしていて眠りが浅かった事。

 もう一つはティナとカイトが、地獄みたいな顔で起きていた事。

 起きていたというか、起き上がっていた。人間の形をした疲労がそこにいた。

 

「……おはよう」

「……おはようございます」

 

 カイトの声がしんどそうだ。ティナの声はもっとしんどそう。

 目が死んでいる。

 その原因であるマルルゥは、朝から元気そうだ。

 

「はいはい、今日も訓練やるよ~」

「……っ、うぅ……」

「……もう……腕が……重い……」

 

 ティナが右手を握ったまま、うんうん唸っている。魔力を散らさないように維持してるんだろうが、表情が完全に修行僧だ。

 カイトはカイトで呼吸が修行になっている。吸って、吐いて、吸って、吐いて……そのたびに顔が苦悶の彫刻みたいになっていく。

 ……これ、強くなる前に痩せそうだな。

 

 二人の顔とは対照的に、マルルゥはニコニコしていた。

 人が限界に近づくほど笑顔が強くなるタイプの教師。怖いんですけど。

 

「ティナは昨日より深く魔力が練れてるね~。いい感じ~」

「気が散るから話しかけないで……」

「カイトは、まだコツがつかめてないね。うん、いいね。伸びしろってやつだよ」

「これ……本当に伸びますかね……」

「勿論だよ。まだ実感ないかもしれないけど、ちゃんと成長してるよ!」

 

 カイトとティナが無言で頷く。

 マルルゥは思ってたよりもちゃんと先生をしている。

 教え方もちゃんとしているし、変なことも言わない。こうして見ているとまともな可愛いエルフに見えてしまうが、なにか企んでいるのではと勘ぐってしまう。

 あれ、もしかして俺の心が汚いせいで信用できないとかそういう……?

 いやまぁしかし、あのマルルゥだからな……。

 

 俺も強化魔法の練習を続けるべきなんだろうが──

 昨日からまったく上達しない。方向性も命令もどっちもわからない。

 とりあえず出来ないことを無理にやるより、出来ることを伸ばした方が、命を守れるだろう。

 

 そう自分に言い訳して、俺は別の練習に切り替えた。

 空間制御の魔法。こっちは使えるけどまだ使いこなせているとは言い難い。

 

 馬車が動き出した後、俺は荷台の後ろに身を寄せる。

 周囲に人がいない空、馬車の後方の空間を対象にして、そっと魔力を伸ばした。

 

 空間に触れる感覚は、いつも変な感じだ。

 直接触ってないのに指先に感覚が来るし、柔らかいのに少し硬くて、粘るような変な感触。

 握ったら形が変わるのに、握った瞬間に嫌な反発が返ってくる。

 

 空間制御の魔法の距離は自分から五メートル程度が対象という感覚がある。

 つまり、発動の「掴み」はそこまで。

 俺は馬車のすぐ後ろの空間を対象に取る。

 周りを巻き込むかもしれないので、対象に取るだけで弄ったりはしない。

 馬車が進むと対象を取っている空間は離れていく。

 

 五メートル。

 十メートル。

 二十メートル。

 

(……あれ? まだ繋がってる)

 

 魔法は解除されない。触れる感覚も残ってる。

 

(つまり……発動時は近距離制限があるけど、繋げたあと離れる分には持続するって事か)

 

 馬車はどんどん距離を伸ばしていく。

 そして──視界の端に、俺が掴んだ空間の歪みが小さくなり、木々の影に紛れた瞬間。

 ぷつり、と感覚が切れた。

 

(視界が切れたら解除されるっぽいな……)

 

 こういう細かい仕様は、スキルの説明や魔法研究のスキルでも分からない。

 実際に触らないと理解できない部分が多い。

 

 俺はもう一度、馬車の後ろの空へ魔力を伸ばした。

 今度は少し強めに。

 空中なら巻き込みはない。たぶん。

 ぐにぐにと弄って形を思いっきり変えてみたり、ちぎってみたりする。

 

(……うわ。やっぱこの感覚、好きになれねえな)

 

 裂けるときの音のない音が、指先に残る。

 ぞわぞわする。

 触った後、手が汚れたみたいな気分になる。

 だが──離れている今なら、試すにはいい。

 

(よし、かなり馬車から離れているし、影響は無いだろ。解除してみるか)

 

 俺が魔法を解いた瞬間。

 

 ──ボッ!!!

 

「どわぁ!」

 

 思ってた以上の音が出て、思わず声が出てしまう。

 馬車の後方で、轟音がした。

 空が一瞬だけ歪んで、引きつった布みたいに引き戻される。

 遅れて、風が“遅延”みたいに追いついてきて、馬車の幌を揺らした。

 

「……何だ!?」

 

 サラの声が鋭く飛び、すぐさま弓を構える。

 フーバさんが荷台の後方へ跳ねるように立ち、身体で壁を作る。

 シャロン──シエルが、びくっと肩を震わせて、おろおろする。

 マルルゥだけが、ちらっと俺を見て、深々とため息をついた。

 俺は手を上げて叫ぶ。

 

「す、すまん! 俺だ。魔法の練習してたら、思ってた以上に威力があったみたいで……」

「……練習であんな威力を?」

 

 サラが険しい顔のまま言う。

 

「ちょっと……強くしすぎた」

「次から先に言えよ」

 

 サラがため息を吐きながら、戻っていく。

 フーバさんが真面目な顔をして俺に言う。

 

「いやぁ~、本当に次からはやる前にちゃんと言ってね。心臓に悪いから」

「ごめんなさい……」

 

 マルルゥが、ぶすっとした顔で言う。

 

「ねえ、魔法使うなら言ってよ~。キミの魔法、ただでさえ変なんだから」

「変って言うな」

「変だよ。研究しがいがあるって意味でね」

 

 目がキラキラしてる。嫌な方向に。

 

「ねえねえ、もう一回やってみてよ」

「お前、俺を道具みたいに言うな」

「道具じゃないよ、素材だよ」

「もっとひどいわ!」

 

 だが、言われてしまうと俺も気になってしまう。

 今度は控えめにやって、どれくらいの反動が出るのか確かめたい。

 

 俺は同じように空を掴み、少しだけ曲げる。

 影響が出なさそうなくらい離れたら解除。

 

 ふわ、と空気が波打つ程度の歪みで収まった。

 轟音はない。馬車も揺れない。

 

「……ふーん」

 

 マルルゥが面白そうに口元を上げる。

 

「全然わかんない魔法だね。やっぱ面白い」

「喜ぶな」

「喜ぶよ。こういう楽しみがないと生きてる意味がないもん」

 

 そのやりとりの間も、ティナとカイトは訓練を続けている。

 うんうん唸り、呼吸し、耐え、維持する。

 こっちが爆音を出しても全然反応しない。

 

(凄い集中力だけど……ちょっと心配だなぁ)

 

 ちょっと心配になって顔を覗くと、ティナが目だけで「今、話しかけるな」と言ってきた。

 カイトはもう完全に内なる魔力と会話している顔だった。

 

 邪魔をしちゃ悪い、か。

 俺はその後もマルルゥに言われるまま、空間制御の魔法を練習し続けた。

 

 

 

 旅は続く。休憩を挟みながら、野営を挟みながら、馬車は進む。

 そして、その日は特に何事もなく終わった。

 

 シエルと顔を合わせた夜の続きを、俺はまだ話せていない。

 二人きりになるタイミングが中々ない。

 

(……話の続き、いつできるんだろうな)

 

 そんなことを考えながら眠り、翌朝が来る。

 

 

 

 次の日も、始まりは地獄だった。

 ティナとカイトは、日に日にげっそりしている。

 訓練の成果はあるらしい。マルルゥは褒める。

 

「ティナはだいぶ安定してきたね~。昨日よりちゃんと成長してるよ~」

「うん……」

「カイトはまだまだ全然だねぇ~。 でもちょっとずつ魔力を感じられるようになってきてるんじゃないかなぁ。あともうちょっとだね」

「は……はひ……」

 

 俺は、二人の青い顔を見て、とうとう聞いた。

 

「なぁマルルゥ。二人とも大丈夫なのか? そのうち倒れないか?」

「ん~?」

 

 マルルゥはにっこり笑って、軽い声で言った。

 

「そりゃしんどいでしょ~。一日中こんなのしてたら辛いの当たり前だもん」

「言い方ァ!」

「でもね、これが一番早いんだよ」

 

 マルルゥは指先をひらひらさせる。

 

「ボクの魔力を分けてあげてるから魔力切れの問題もなく、好きなだけ練習できてるんだよ」

「……そりゃそうかもしれないけど」

「普通はすぐ魔力切れて休むから中々上達しないの。だから二人は、きっとすごい速さで伸びるよ~」

 

 なるほど。理屈は分かった。

 だが、ティナの目が死んでいる。

 

「……しんどい」

 

 ティナが小さく漏らす。

 マルルゥはにこにこ。

 

「うんうん、しんどい時が伸びる時だよ~。もっとしんどくなろうね~」

 

 ティナがギロリと睨む。

 でもすぐ訓練に戻る。

 

(……えらい。えらいけど、こいつら壊れないか?)

 

 俺も練習しないとな……。

 そう思ってまた空間制御をいじり始める。

 そして昼を越え、夕方を越え──

 その日の夜、ミゲルの言うこの間の宿よりもやべぇ宿にたどり着いた。

 

 門が見えた。

 綺麗に塗られた清潔感のある白い外壁。入口に飾られた可憐な花。

 作りは前の宿と同じような感じだが、見た目は雲泥の差で、小綺麗で可愛らしい感じだ。

 

(……ミゲルの言うやべぇ宿ってこれか? どこが?)

 

 だが、違和感はすぐ分かった。

 護衛の数が多い。

 

 門の前に二人。

 外にも何人か。

 見張りが張り付いている。

 それも、やたら慣れてる配置だ。

 

 ミゲルが門番の護衛に声をかけると、向こうはフランクに返してきた。

 

「おー、ミゲル。お疲れさん。今日はダンジョンで良い材料入ったってよ。女将さん張り切ってるから、頑張って食ってくれ」

「……うーわ、マジかよ」

 

 ミゲルの顔が露骨に嫌そうになる。

 俺の背筋が嫌な意味で伸びた。

 

「良かったらおすすめのスパイス売ってやるぜ。どうだ?」

「一口食ってから考えさせてくれ」

「だよな」

 

(スパイス……?)

 

 ミゲルの顔を見る限り、飯が相当まずいのか……?

 中に入ると、サラがフーバさんの肩を掴んで低い声で言う。

 

「今日は絶対賭け事も裸にもなるなよ。タルさん怒らせたらやべぇのわかってるよな?」

「ははは、うんうん。善処するよ」

「善処じゃねえ。するな」

「はい……」

 

 この感じはまたフーバさんやりそうな気がする。

 それにしても、タルさんって誰なんだろう。女将さんか?

 そんな事を考えながら馬車を降りたが、ティナとカイトは馬車を降りた瞬間から膝が崩れた。

 

「お、おい……二人とも大丈夫か?」

 

 返事がない。ただの屍のようだ。

 声をかけても、目が虚ろのまま指が少し動いただけだった。

 マルルゥは伸びをして笑う。

 

「あはは、二人とも面白い体勢~」

「お前は元気だな……」

「うん、元気だよ~」

 

 シエルは長旅で疲れたのか、ふらふらしていた。

 俺と目が合うと、何か言いたそうに口を開きかけて──でもすぐに視線を逸らす。

 うーん、二人きりになるタイミングが、中々来ないな。

 

 建物の中に入るとますます綺麗だった。

 床は磨かれてピカピカ。

 テーブルには可愛らしい花瓶。

 壁も淡い色で、ちょっとしたレストランみたいで、この間の宿とは全然違う。

 

 食堂にいる冒険者も静かだ。

 前の宿みたいに馬鹿騒ぎがない。

 行儀よく食べているように見える。

 ミゲルがカウンターに行って声をかける。

 

「受付頼む」

「はぁーい♡」

 

 奥から聞こえた声は、やたら可愛い感じの少女の声。

 そして出てきたのは──

 

 高身長、ゴリゴリの筋肉の塊。

 その上に茶色の三つ編みの可愛い少女の顔が乗っている。

 丸太みたいな腕に、ピンクのエプロン。

 顔だけ見ると可愛らしい少女なんだが……。

 

(なにこれぇ……脳が追いつかんぞ……)

 

「あら、ミゲルちゃんいらっしゃーい。久しぶりじゃないかしら~?」

 

 笑顔が可愛いが筋肉とのギャップが激しすぎる。

 肩幅が、俺の人生で見たことない。

 女将さんらしき人は俺たちを見て、目を輝かせた。

 

「あらあら~。今日はとっても可愛らしいお客さんがいるのね~。嬉しいわ~」

 

 そしてパチッとウインク。

 

「タルちゃんって呼んでね!」

 

 タルちゃんの、にこっと笑う顔は可愛い。

 良い人っぽいんだけどなー……。

 

「そうそう、今日は良い材料が入ったから、夕飯楽しみにしておいてね! 腕によりをかけて作るからね!」

 

 力こぶを作って見せる。

 腕が太い。太すぎる。

 あの腕で食材を引きちぎったりするんだろうか。

 

「お夕飯の準備するから、先にお部屋に行って荷物置いてきてね~」

 

 奥に向かって声をかける。

 

「お客様にお部屋のご案内して差し上げて~」

 

 奥から、死んだ目をした女性が出てきた。

 ピンクのエプロン。

 声だけは丁寧。

 

「いらっしゃいませ……お部屋に案内します……」

 

(この人……冒険者っぽいのに、なんで宿の従業員……?)

 

 疑問は飲み込む。

 この宿、見た目は綺麗なのに、何か妙に引っかかる。

 

 部屋は前の宿と同じ構造だったが、掃除が行き届いていて、布団もちゃんとしている。

 ベッドもギシギシしない。

 俺は腰を下ろして、思わず言った。

 

「……ミゲルの奴、あんまり良い宿じゃないって言ってたけど、前の宿よりよっぽど良いよな?」

 

 ティナも頷く。

 

「掃除も行き届いてるし……布団もちゃんとしてる。これなら眠れそうね……」

 

 カイトも頷いた。

 

「普通に良さそうですよね……受付の人にはびっくりしたけど……」

 

 二人ともまだしんどそうだが、さっきよりは少し回復したようだ。

 マルルゥが笑う。

 

「顔はすごく可愛かったよね~。身体と別人みたいだったけどさ~」

「別人だよ、あれはもう……」

 

 俺は遠い目になった。

 そこへ、扉をノックする音。

 

「お食事の準備ができました。下までよろしくお願いします……」

 

 死んだ目の案内係の声だ。

 俺とティナは顔を見合わせる。

 

「……今日の夕飯、美味しいといいわね」

「……泥水じゃないことを祈る」

「やめて、思い出すでしょ」

 

 ミゲルが“嫌そうな顔”をした理由。

 門番が口直しのスパイスを売ろうとした理由。

 女将さんの良い材料発言。

 

 全部が胸の中で、嫌な形に繋がりかけている。

 

(……いや、見た目はいい宿だ。大丈夫。きっと大丈夫)

 

 俺は自分に言い聞かせて、部屋の扉を開けた。

 

 ──そして俺たちは、食堂へ向かった。

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