【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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56話 きっと来る

 小一時間ほど過ぎた頃、部屋の扉がコンコンと鳴って、カイトが戻ってきた。

 

 汗だくで髪は湿って頬も赤い。

 足取りはふらふらしてるのに、顔だけはやけに晴れやかだ。

 まるで、部活帰りの中学生みたいな顔をしている。

 

「ただいま戻りました……!」

 

 声が妙に元気で、逆に心配になる。

 ティナが起き上がり、タオルを差し出した。

 

「ほら、拭きなさい。風邪ひくわよ」

「うん、ありがとう!」

 

 カイトは受け取って、頭をゴシゴシ拭く。

 ……いや、こいつ。汗でべちゃべちゃの髪を、勢いだけで乾かそうとしてる。余計に広がるやつだぞそれ。

 俺はすかさず聞いた。

 

「で、タルちゃんの訓練はどうだったんだ?」

「すごく為になりました!」

 

 返事が速い。目がキラキラしてる。完全に当たりを引いた顔だ。

 

「剣を使う上での心構えとか、魔物に対しての立ち回りとか……色々教えて頂きました! とっても良い人でしたよ!」

「良い人そうだったもんな。料理はアレだったけど……」

 

 俺がぼそっと言うと、ティナが「それ言うな」って目をした。

 口に出すと胃が思い出すからな……。

 カイトはうんうん頷いてから、思い出したように続けた。

 

「そうそう、それから明日の早朝、宿の裏にあるダンジョンに食材を取りに行くそうなんですけど」

「ダンジョン……!」

 

 言葉だけで、男子の心臓は少し速くなる。

 異世界来たら一度は行きたい奴だ。

 ダンジョンって響きだけで、ちょっとワクワクするもんな。

 

「それについて行ってもいいって言われました。一層なら大した魔物も居ないそうですし、タルさんが守ってくれるとのことでした。その代わり、食材運ぶのを手伝ってほしいって……」

 

 カイトが照れくさそうに頭を掻く。

 

「せっかくなので、行ってみようかと思いまして。……良かったら皆もどうですか?」

 

 ティナが露骨に嫌そうな顔になった。

 

「ダンジョンって危険なんでしょ……? その人の言うことを信じないわけじゃないけど、本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫!」

 

 カイトの返事が眩しい。

 

「さっきタルさんと宿の人とも話したんだけど、そもそも宿の裏のダンジョンは、奥の方に行かなければ強い敵が出ないんだって。小さいダンジョンで罠も無いそうだよ」

 

 ティナは少し考えて、溜息混じりに言った。

 

「……うーん。まあ、あんたが行くなら心配だからついて行くけど……」

 

 カイトの口元が、ほんの少しだけ上がる。

 

 俺はもちろん、行く。

 だってダンジョンだぞ。

 しかも、あの屈強な戦士のタルちゃんが付いてくれる。

 安全面の担保が筋肉で取れてるの強すぎるだろ。

 

「俺もついて行く!」

 

 俺が宣言すると、ティナがやれやれと肩をすくめた。

 

「……はいはい。分かったわよ。あんた達ってほんとそういうの好きね」

「ワクワクするのが男子ってもんだろ」

「あんたは男子じゃないでしょ……。っていうか危険は避けたいの」

 

 マルルゥは部屋の床に座り、乳鉢をゴリゴリ回しながら、興味なさそうに言った。

 

「ダンジョンかぁ……ボクは遠慮しとくよ。暗くてカビ臭くて好きじゃないもん」

「なんだ以外だな」

「ん……あんまりダンジョンにいい思い出がないだけだよ。それにあの人がついて来てくれるなら大丈夫でしょ~」

 

 カイトはちょっとしょんぼりしたが、すぐ別の話題に切り替えた。

 

「そういえば、宿の外に井戸があるんですけど、使ってもいいって言われましたよ」

「井戸?」

「水浴びするスペースが作ってあって、ちょっとした井戸小屋みたいになってました。身体を洗うなら良いと思います! 僕、汗かいちゃったので井戸で汗流してきます」

 

 確かに、風呂が無いと地味に辛い。拭くだけだと限界がある。

 水浴びでも身体はさっぱりするだろうし、助かるな。

 

「あとお湯もくれるそうなので、必要だったら貰ってきますよ!」

 

 こいつ何気に気が利くな。

 宿の人とも仲良くなってるっぽいし、これがコミュ強ってやつか。

 俺は素直に乗る。

 

「じゃあ俺も行く。カイトの後でいいから、終わったら教えてくれ」

「はい!」

 

 ティナも続く。

 

「私も身体洗いたいから、アウラの後で井戸に行くわ」

「了解」

 

 マルルゥは薬の材料を混ぜながら、手も止めずに言った。

 

「ボクはお湯がいいから、お湯貰ってきて~」

「はい、貰ってきますね!」

 

(井戸水か。水浴びもいいけどやっぱ湯船に浸かりたいなぁ……)

 

 心からそう思った。

 

 

 

 ──その後、カイトが井戸に行ってからしばらくして、髪の湿ったカイトが戻ってきた。

 

「冷たくて気持ちよかったですよ~……ちょっと冷たすぎて寒かったですが」

 

 タオルで頭をゴシゴシ拭きながら言う。

 

「アウラさん、井戸まで案内しますよ!」

「頼む」

 

 着替えとタオルを持ち、カイトに案内されて一階へ降りる。

 食堂の空気は、まだ“死”が残っていた。

 さっきまで机に突っ伏してた冒険者の何人かは復活しているが、まだ半分くらいは動かない。

 

(……これ、明日の朝ごはんもあるんだよな? 嫌だなぁ……。ほんとに嫌だな)

 

 嫌な未来予知を脳が勝手に始めたところで、元気になった冒険者が数名、俺に声をかけてきた。

 

「おー、ローブの嬢ちゃん! そんなローブ取って顔見せてくれよ。俺と一緒に酒でも飲まないか?」

「そんなガキより、俺のほうが気持ちよくさせてやるぜゲハハ」

「酒に合うアテ持ってんだ。口直ししたいだろ?」

 

 こいつら、飯が終わってテンションがいつも通りになってる。

 それでこそ冒険者って感じで、嫌いじゃないが俺は冷たく返す。

 

「しないからどいてくれ」

「冷てぇ! だがそこがいい!」

 

 尻に手を伸ばそうとしている冒険者の手をピシャリと叩いて、カイトと一緒に外へ逃げるように出た。

 外に出ると、さっきカイトたちが訓練していた場所が見える。

 そこから少し奥へ行くと、木で簡易に組まれた掘っ立て小屋があった。

 

 一人か二人入るのが限界の狭さで、かろうじて小屋の形状はしているという感じだ。

 壁はところどころ隙間がある。手作り感満載だ。DIY感が強い。

 宿の中は結構凝った感じにしているのに、こっちはお粗末だな。

 

「暗いので明かりを借りてます。井戸の所に置いてあるので使ってくださいね」

「助かる」

 

 鍵も何もない戸を開けると、中に井戸と、吊るされた灯り。

 薄暗いが、まあ見える。

 

(……薄暗くてちょっと怖いな)

 

 井戸から女が出てくるホラー映画を、なぜかこのタイミングで思い出してしまった。

 頭の中で勝手にBGMが流れ始める。やめろ。

 

(さっさと洗って戻ろう)

 

 カイトは明るく手を振る。

 

「じゃあ僕、部屋に戻ってますね!」

「おう」

 

 カイトが帰った瞬間、空気が一気に怖い寄りになった。

 

(うぉー……一人だとめっちゃ怖い……!)

 

 とりあえず服を脱ぐ。

 カゴに衣類を入れて、井戸を覗き込む──

 

 真っ暗。

 暗すぎて、底が見えない。

 吸い込まれそうな黒だ。

 

(こっわ……)

 

 素早く釣瓶桶を引っ張って水を汲む。

 ……その時、井戸の奥から何かが動いた気がした。

 

(……ッ! いや、動いたのは俺の想像だ。怖くなんか無い。怖くなんか無いぞ)

 

 なるべく井戸の中を見ないようにして、汲んだ水を身体にかける。

 

「んっ……!」

 

 冷たい。思ってたより冷たい。

 日中なら最高なんだろうけど、夜だと拷問寄りだ。

 手早く身体を洗って、また水をかける。

 冷たい水が肌を滑り落ち、濡れた髪が背中に張り付く。

 

「ひんっ……!」

 

 思わずかわいい声が出た。

 

(とっとと終わらせて拭こう。冷たすぎてヤバい)

 

 ──と、その時。

 ふと、壁の隙間が目に入った。

 

(……この隙間、思ったより多いな)

 

 薄暗い明かりの中、穴の向こうが揺れた気がした。

 ……いや、揺れたのは俺の視線か?

 そう思って目を凝らした瞬間──

 壁の穴から、人間の目がこちらを覗いていた。

 

「きゃあああああああ!」

 

 悲鳴が出た。

 腰が抜けた。

 情けないほど、抜けた。

 

「ひ、ひぃぃぃ……たす……たすけ……」

 

 俺は転びそうになりながら小屋を飛び出す。

 悲鳴を聞いて、冒険者や門番が駆けつけてきた。

 

「何かあったのか!」

 

 門番が走ってきて俺を見た瞬間、固まった。

 

「……ぁ」

 

 声が出ない。

 視線が、俺の身体を上から下まで、舐めるように動く。

 

「ど、どうしたー! 悲鳴が聞こえたけど──」

 

 別の冒険者が来て、俺を見て息を呑む。

 

「──っ」

「お、おいおい……魔物でも出たのか……?」

 

 また別の男が来て、俺を見て──

 

「……うひょー……」

 

 口笛を吹いた。

 

「良い女……!」

 

(……え?)

 

 俺は混乱する。

 壁の目の話をしてるのに、なんでこいつらそんな顔してるんだ。

 

「か、壁に目が……! 目がこっち見てた!」

 

 必死に言う。

 でも、男たちは俺の方を見て全員、上の空だ。

 

「うん、うん……」

「そ、そうか……大変だったな……」

「壁に目……ね……」

 

 全員、俺を見てる。

 視線が、胸へ。腰へ。太ももへ──夜風がやけに冷たく感じる。

 

(……なんだ、どこ見てるんだ……?)

 

 そう思って自分の身体を見下ろして──固まった。

 何も着ていない。

 

 月明かりの下、滴る水滴。

 濡れた髪が胸元に張り付き、白い肌が無防備に晒されている。

 

(……あ)

 

 男たちの視線が、俺に釘付けになっている。

 

「おわあああああ! ちょ、ちょおおお待って! 待って!!」

 

 叫びながら、俺は掘っ立て小屋へ戻る。

 もう怖かったことよりも恥辱の方が上だ。

 

(うわあああああ! やっちまった!!)

 

 怖さで飛び出した結果、裸を全公開していた。

 全部。完全に。月明かり付き。

 

(死にたい……!)

 

 急いで身体を拭いて、着替える。

 恥ずかしすぎて手が震える。顔が熱い。耳まで熱い。

 

(もう外に出たくない……)

 

 でも、出ないと終わらない。終わってくれ、頼むから。

 外に出ると、さっきの連中が待っていた。

 

「良い女!」と言ってた男以外は、罰が悪そうな顔をしている。

 ……が、視線がまだ泳いでいる。思い出し見みたいな動きだ。やめろ。

 

(うわあああ……!)

 

 俺は必死に平常心のフリをして言った。

 

「わ、悪い……その、壁の穴からこっちを覗いてる目があったから、びっくりして飛び出してしまって……」

「い、いや……こっちこそ……」

「その……悪かった……」

 

 男たちが赤い顔で視線を逸らす。

 だが、一人だけニヤニヤして言った。

 

「こっちこそ、いいもん見せてもらってありがとよ!」

「お前だけ反省しろ!」

 

 俺が叫ぶと、男は懲りずに続ける。

 

「ところで今晩、一緒にどうだ? さっきの続き──」

「勘弁しろよ!!」

 

 俺の顔は真っ赤だ。

 恥ずかしさと怒りで、頭が沸騰しそうだ。

 

「っていうか! そんなことよりも目だよ目! この小屋幽霊とか魔物とか出るのか!?」

「え……普通に覗きじゃないの?」

「のぞき……覗き!?」

 

 そうだった。

 俺の身体、女だった。

 つまり──普通に、覗かれていた。

 

(うぉー!! 俺をホラーで怖がらせといて、ただの覗きかよ!!)

 

「誰だよ覗いてたやつは!!」

 

 ぷりぷりしていると、タルちゃんが現れた。

 木をぶった斬った丸太を、そのまま軽そうに抱えている。

 

(タルちゃん、すげぇ似合ってるな……)

 

 タルちゃんが首を傾げる。

 

「どうしたの~? 何かあった?」

「えっと……その……」

 

 事情を話す。

 ……もちろん裸で飛び出した部分は喉の奥に封印して。

 タルちゃんはにこにこして聞いていたが──途中で、空気が変わった。

 笑顔のまま、温度だけが下がる。

 

「へぇ、私の宿にそんな不埒な奴がいるなんてびっくり~。ごめんね、ちゃんと犯人見つけるからね」

 

 頭を下げられて、俺は慌てて首を振る。

 

「い、いや、タルちゃんのせいじゃないから大丈夫です」

「この小屋ね、この間も覗きが出たから、覗いた奴をぶん投げたら壊れちゃって……。急いで直したから、こんな感じなんだよね。すぐにちゃんとしたの作るから、ごめんね!」

 

 タルちゃんは明かりを手に取り、足跡を照らしながら周囲を回る。

 そして──さっき悲鳴を聞いて集まった冒険者の一人の前で止まった。

 良い笑顔で。

 

「ねえ~。靴、見せてくれないかな?」

 

 笑顔なのに、圧がある。

 

「ひ……いや、俺は……違うんだよ……!」

「へぇ?」

「ちょ、ちょっと……たまたま、その、目に入ったっていうか……偶然っていうか──」

 

 そこまで言った瞬間、タルちゃんが男の頭を掴んだ。

 片手で。

 そして、俺を見て、にこっと笑う。

 

「本当にごめんなさいね。これはちゃんと言って躾けておくからね!」

 

 そう言って、男を引きずりながら宿の裏へ歩いていく。

 

(丸太持ちながら、男を片手で引きずって……)

 

 男は叫ぶ。

 

「ごめんなさーい! もうしません! 許して下さい! 何でもしますからぁぁ!!」

 

 タルちゃんの手から逃れられないまま、闇に消えていった。

 ──残った男たちは、なぜか元気だった。

 

「覗かなくても丸見えだったから、俺たちは得したな! ついてるぜ!」

「嬢ちゃんの身体、めちゃくちゃ良かったぜ!」

 

 そして、さっきのニヤニヤ男がまた言う。

 

「なあ、金払うからどう? 今晩さ──」

「ふざけんな!!」

「じゃあ、ちょっとだけ揉ましてくんない?」

「帰れ!!」

 

 俺は顔が熱くなるのが分かる。

 恥ずかしさと怒りで、息が荒い。

 タオルと着替えを抱えて、部屋へ全力撤退した。

 

(ちくしょう……なんでこんなことに……)

 

 部屋に戻ると、ティナがまだベッドでしんどそうな顔をしていた。

 俺は咳払いして、なるべく平然を装って言う。

 

「お先に。井戸、結構冷たいからちゃんと拭いたほうがいいぞ。風邪ひきそう」

「ふーん」

 

 ティナが薄い反応を返す。

 

「あとめっちゃ暗くて怖いから、良かったら俺ついて行ってそばで待ってるけど」

「……何かあったの?」

 

 ティナが首を傾げた。

 

「いや、別にそういう訳ではないんだが……ほら、行こう」

「はいはい」

 

 俺はティナを案内した。

 ──で。

 ティナは全然怖がらなかった。

 

「何が怖いの?」

「いや、ほら、井戸って……暗いし……」

「暗いだけでしょ」

 

 即答された。

 俺だけが騒いでいたらしい。

 

(やっぱホラー映画見てたせいで想像しちゃったのか……)

 

 しかも、覗きまでセットで引いた。最悪。

 思い出すほど耳が熱い。

 

(畜生……)

 

 俺は一人で赤面しながら、夜空を見上げて、静かに悔しがった。

 頭の中では例の映画のBGMが流れていた。

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