【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
小一時間ほど過ぎた頃、部屋の扉がコンコンと鳴って、カイトが戻ってきた。
汗だくで髪は湿って頬も赤い。
足取りはふらふらしてるのに、顔だけはやけに晴れやかだ。
まるで、部活帰りの中学生みたいな顔をしている。
「ただいま戻りました……!」
声が妙に元気で、逆に心配になる。
ティナが起き上がり、タオルを差し出した。
「ほら、拭きなさい。風邪ひくわよ」
「うん、ありがとう!」
カイトは受け取って、頭をゴシゴシ拭く。
……いや、こいつ。汗でべちゃべちゃの髪を、勢いだけで乾かそうとしてる。余計に広がるやつだぞそれ。
俺はすかさず聞いた。
「で、タルちゃんの訓練はどうだったんだ?」
「すごく為になりました!」
返事が速い。目がキラキラしてる。完全に当たりを引いた顔だ。
「剣を使う上での心構えとか、魔物に対しての立ち回りとか……色々教えて頂きました! とっても良い人でしたよ!」
「良い人そうだったもんな。料理はアレだったけど……」
俺がぼそっと言うと、ティナが「それ言うな」って目をした。
口に出すと胃が思い出すからな……。
カイトはうんうん頷いてから、思い出したように続けた。
「そうそう、それから明日の早朝、宿の裏にあるダンジョンに食材を取りに行くそうなんですけど」
「ダンジョン……!」
言葉だけで、男子の心臓は少し速くなる。
異世界来たら一度は行きたい奴だ。
ダンジョンって響きだけで、ちょっとワクワクするもんな。
「それについて行ってもいいって言われました。一層なら大した魔物も居ないそうですし、タルさんが守ってくれるとのことでした。その代わり、食材運ぶのを手伝ってほしいって……」
カイトが照れくさそうに頭を掻く。
「せっかくなので、行ってみようかと思いまして。……良かったら皆もどうですか?」
ティナが露骨に嫌そうな顔になった。
「ダンジョンって危険なんでしょ……? その人の言うことを信じないわけじゃないけど、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
カイトの返事が眩しい。
「さっきタルさんと宿の人とも話したんだけど、そもそも宿の裏のダンジョンは、奥の方に行かなければ強い敵が出ないんだって。小さいダンジョンで罠も無いそうだよ」
ティナは少し考えて、溜息混じりに言った。
「……うーん。まあ、あんたが行くなら心配だからついて行くけど……」
カイトの口元が、ほんの少しだけ上がる。
俺はもちろん、行く。
だってダンジョンだぞ。
しかも、あの屈強な戦士のタルちゃんが付いてくれる。
安全面の担保が筋肉で取れてるの強すぎるだろ。
「俺もついて行く!」
俺が宣言すると、ティナがやれやれと肩をすくめた。
「……はいはい。分かったわよ。あんた達ってほんとそういうの好きね」
「ワクワクするのが男子ってもんだろ」
「あんたは男子じゃないでしょ……。っていうか危険は避けたいの」
マルルゥは部屋の床に座り、乳鉢をゴリゴリ回しながら、興味なさそうに言った。
「ダンジョンかぁ……ボクは遠慮しとくよ。暗くてカビ臭くて好きじゃないもん」
「なんだ以外だな」
「ん……あんまりダンジョンにいい思い出がないだけだよ。それにあの人がついて来てくれるなら大丈夫でしょ~」
カイトはちょっとしょんぼりしたが、すぐ別の話題に切り替えた。
「そういえば、宿の外に井戸があるんですけど、使ってもいいって言われましたよ」
「井戸?」
「水浴びするスペースが作ってあって、ちょっとした井戸小屋みたいになってました。身体を洗うなら良いと思います! 僕、汗かいちゃったので井戸で汗流してきます」
確かに、風呂が無いと地味に辛い。拭くだけだと限界がある。
水浴びでも身体はさっぱりするだろうし、助かるな。
「あとお湯もくれるそうなので、必要だったら貰ってきますよ!」
こいつ何気に気が利くな。
宿の人とも仲良くなってるっぽいし、これがコミュ強ってやつか。
俺は素直に乗る。
「じゃあ俺も行く。カイトの後でいいから、終わったら教えてくれ」
「はい!」
ティナも続く。
「私も身体洗いたいから、アウラの後で井戸に行くわ」
「了解」
マルルゥは薬の材料を混ぜながら、手も止めずに言った。
「ボクはお湯がいいから、お湯貰ってきて~」
「はい、貰ってきますね!」
(井戸水か。水浴びもいいけどやっぱ湯船に浸かりたいなぁ……)
心からそう思った。
──その後、カイトが井戸に行ってからしばらくして、髪の湿ったカイトが戻ってきた。
「冷たくて気持ちよかったですよ~……ちょっと冷たすぎて寒かったですが」
タオルで頭をゴシゴシ拭きながら言う。
「アウラさん、井戸まで案内しますよ!」
「頼む」
着替えとタオルを持ち、カイトに案内されて一階へ降りる。
食堂の空気は、まだ“死”が残っていた。
さっきまで机に突っ伏してた冒険者の何人かは復活しているが、まだ半分くらいは動かない。
(……これ、明日の朝ごはんもあるんだよな? 嫌だなぁ……。ほんとに嫌だな)
嫌な未来予知を脳が勝手に始めたところで、元気になった冒険者が数名、俺に声をかけてきた。
「おー、ローブの嬢ちゃん! そんなローブ取って顔見せてくれよ。俺と一緒に酒でも飲まないか?」
「そんなガキより、俺のほうが気持ちよくさせてやるぜゲハハ」
「酒に合うアテ持ってんだ。口直ししたいだろ?」
こいつら、飯が終わってテンションがいつも通りになってる。
それでこそ冒険者って感じで、嫌いじゃないが俺は冷たく返す。
「しないからどいてくれ」
「冷てぇ! だがそこがいい!」
尻に手を伸ばそうとしている冒険者の手をピシャリと叩いて、カイトと一緒に外へ逃げるように出た。
外に出ると、さっきカイトたちが訓練していた場所が見える。
そこから少し奥へ行くと、木で簡易に組まれた掘っ立て小屋があった。
一人か二人入るのが限界の狭さで、かろうじて小屋の形状はしているという感じだ。
壁はところどころ隙間がある。手作り感満載だ。DIY感が強い。
宿の中は結構凝った感じにしているのに、こっちはお粗末だな。
「暗いので明かりを借りてます。井戸の所に置いてあるので使ってくださいね」
「助かる」
鍵も何もない戸を開けると、中に井戸と、吊るされた灯り。
薄暗いが、まあ見える。
(……薄暗くてちょっと怖いな)
井戸から女が出てくるホラー映画を、なぜかこのタイミングで思い出してしまった。
頭の中で勝手にBGMが流れ始める。やめろ。
(さっさと洗って戻ろう)
カイトは明るく手を振る。
「じゃあ僕、部屋に戻ってますね!」
「おう」
カイトが帰った瞬間、空気が一気に怖い寄りになった。
(うぉー……一人だとめっちゃ怖い……!)
とりあえず服を脱ぐ。
カゴに衣類を入れて、井戸を覗き込む──
真っ暗。
暗すぎて、底が見えない。
吸い込まれそうな黒だ。
(こっわ……)
素早く釣瓶桶を引っ張って水を汲む。
……その時、井戸の奥から何かが動いた気がした。
(……ッ! いや、動いたのは俺の想像だ。怖くなんか無い。怖くなんか無いぞ)
なるべく井戸の中を見ないようにして、汲んだ水を身体にかける。
「んっ……!」
冷たい。思ってたより冷たい。
日中なら最高なんだろうけど、夜だと拷問寄りだ。
手早く身体を洗って、また水をかける。
冷たい水が肌を滑り落ち、濡れた髪が背中に張り付く。
「ひんっ……!」
思わずかわいい声が出た。
(とっとと終わらせて拭こう。冷たすぎてヤバい)
──と、その時。
ふと、壁の隙間が目に入った。
(……この隙間、思ったより多いな)
薄暗い明かりの中、穴の向こうが揺れた気がした。
……いや、揺れたのは俺の視線か?
そう思って目を凝らした瞬間──
壁の穴から、人間の目がこちらを覗いていた。
「きゃあああああああ!」
悲鳴が出た。
腰が抜けた。
情けないほど、抜けた。
「ひ、ひぃぃぃ……たす……たすけ……」
俺は転びそうになりながら小屋を飛び出す。
悲鳴を聞いて、冒険者や門番が駆けつけてきた。
「何かあったのか!」
門番が走ってきて俺を見た瞬間、固まった。
「……ぁ」
声が出ない。
視線が、俺の身体を上から下まで、舐めるように動く。
「ど、どうしたー! 悲鳴が聞こえたけど──」
別の冒険者が来て、俺を見て息を呑む。
「──っ」
「お、おいおい……魔物でも出たのか……?」
また別の男が来て、俺を見て──
「……うひょー……」
口笛を吹いた。
「良い女……!」
(……え?)
俺は混乱する。
壁の目の話をしてるのに、なんでこいつらそんな顔してるんだ。
「か、壁に目が……! 目がこっち見てた!」
必死に言う。
でも、男たちは俺の方を見て全員、上の空だ。
「うん、うん……」
「そ、そうか……大変だったな……」
「壁に目……ね……」
全員、俺を見てる。
視線が、胸へ。腰へ。太ももへ──夜風がやけに冷たく感じる。
(……なんだ、どこ見てるんだ……?)
そう思って自分の身体を見下ろして──固まった。
何も着ていない。
月明かりの下、滴る水滴。
濡れた髪が胸元に張り付き、白い肌が無防備に晒されている。
(……あ)
男たちの視線が、俺に釘付けになっている。
「おわあああああ! ちょ、ちょおおお待って! 待って!!」
叫びながら、俺は掘っ立て小屋へ戻る。
もう怖かったことよりも恥辱の方が上だ。
(うわあああああ! やっちまった!!)
怖さで飛び出した結果、裸を全公開していた。
全部。完全に。月明かり付き。
(死にたい……!)
急いで身体を拭いて、着替える。
恥ずかしすぎて手が震える。顔が熱い。耳まで熱い。
(もう外に出たくない……)
でも、出ないと終わらない。終わってくれ、頼むから。
外に出ると、さっきの連中が待っていた。
「良い女!」と言ってた男以外は、罰が悪そうな顔をしている。
……が、視線がまだ泳いでいる。思い出し見みたいな動きだ。やめろ。
(うわあああ……!)
俺は必死に平常心のフリをして言った。
「わ、悪い……その、壁の穴からこっちを覗いてる目があったから、びっくりして飛び出してしまって……」
「い、いや……こっちこそ……」
「その……悪かった……」
男たちが赤い顔で視線を逸らす。
だが、一人だけニヤニヤして言った。
「こっちこそ、いいもん見せてもらってありがとよ!」
「お前だけ反省しろ!」
俺が叫ぶと、男は懲りずに続ける。
「ところで今晩、一緒にどうだ? さっきの続き──」
「勘弁しろよ!!」
俺の顔は真っ赤だ。
恥ずかしさと怒りで、頭が沸騰しそうだ。
「っていうか! そんなことよりも目だよ目! この小屋幽霊とか魔物とか出るのか!?」
「え……普通に覗きじゃないの?」
「のぞき……覗き!?」
そうだった。
俺の身体、女だった。
つまり──普通に、覗かれていた。
(うぉー!! 俺をホラーで怖がらせといて、ただの覗きかよ!!)
「誰だよ覗いてたやつは!!」
ぷりぷりしていると、タルちゃんが現れた。
木をぶった斬った丸太を、そのまま軽そうに抱えている。
(タルちゃん、すげぇ似合ってるな……)
タルちゃんが首を傾げる。
「どうしたの~? 何かあった?」
「えっと……その……」
事情を話す。
……もちろん裸で飛び出した部分は喉の奥に封印して。
タルちゃんはにこにこして聞いていたが──途中で、空気が変わった。
笑顔のまま、温度だけが下がる。
「へぇ、私の宿にそんな不埒な奴がいるなんてびっくり~。ごめんね、ちゃんと犯人見つけるからね」
頭を下げられて、俺は慌てて首を振る。
「い、いや、タルちゃんのせいじゃないから大丈夫です」
「この小屋ね、この間も覗きが出たから、覗いた奴をぶん投げたら壊れちゃって……。急いで直したから、こんな感じなんだよね。すぐにちゃんとしたの作るから、ごめんね!」
タルちゃんは明かりを手に取り、足跡を照らしながら周囲を回る。
そして──さっき悲鳴を聞いて集まった冒険者の一人の前で止まった。
良い笑顔で。
「ねえ~。靴、見せてくれないかな?」
笑顔なのに、圧がある。
「ひ……いや、俺は……違うんだよ……!」
「へぇ?」
「ちょ、ちょっと……たまたま、その、目に入ったっていうか……偶然っていうか──」
そこまで言った瞬間、タルちゃんが男の頭を掴んだ。
片手で。
そして、俺を見て、にこっと笑う。
「本当にごめんなさいね。これはちゃんと言って躾けておくからね!」
そう言って、男を引きずりながら宿の裏へ歩いていく。
(丸太持ちながら、男を片手で引きずって……)
男は叫ぶ。
「ごめんなさーい! もうしません! 許して下さい! 何でもしますからぁぁ!!」
タルちゃんの手から逃れられないまま、闇に消えていった。
──残った男たちは、なぜか元気だった。
「覗かなくても丸見えだったから、俺たちは得したな! ついてるぜ!」
「嬢ちゃんの身体、めちゃくちゃ良かったぜ!」
そして、さっきのニヤニヤ男がまた言う。
「なあ、金払うからどう? 今晩さ──」
「ふざけんな!!」
「じゃあ、ちょっとだけ揉ましてくんない?」
「帰れ!!」
俺は顔が熱くなるのが分かる。
恥ずかしさと怒りで、息が荒い。
タオルと着替えを抱えて、部屋へ全力撤退した。
(ちくしょう……なんでこんなことに……)
部屋に戻ると、ティナがまだベッドでしんどそうな顔をしていた。
俺は咳払いして、なるべく平然を装って言う。
「お先に。井戸、結構冷たいからちゃんと拭いたほうがいいぞ。風邪ひきそう」
「ふーん」
ティナが薄い反応を返す。
「あとめっちゃ暗くて怖いから、良かったら俺ついて行ってそばで待ってるけど」
「……何かあったの?」
ティナが首を傾げた。
「いや、別にそういう訳ではないんだが……ほら、行こう」
「はいはい」
俺はティナを案内した。
──で。
ティナは全然怖がらなかった。
「何が怖いの?」
「いや、ほら、井戸って……暗いし……」
「暗いだけでしょ」
即答された。
俺だけが騒いでいたらしい。
(やっぱホラー映画見てたせいで想像しちゃったのか……)
しかも、覗きまでセットで引いた。最悪。
思い出すほど耳が熱い。
(畜生……)
俺は一人で赤面しながら、夜空を見上げて、静かに悔しがった。
頭の中では例の映画のBGMが流れていた。