【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
「私が近くで見てるし、危ないところは手伝ってあげるから。剣の実戦訓練、してみない?」
タルちゃんにそう言われ、カイトの背筋がぴしっと伸びる。
緊張してるのが分かる。けど、それ以上に嬉しそうでもあった。
「ぼ、僕がですか?」
「ええ。昨日教えたこと、ちゃんと意識できてるか。全部完璧じゃなくていいのよ。出来てるところを、そのまま出してごらんなさい」
その言い方が上手いなと思う。
ただ背中を押すんじゃなくて、出来ていることを先に伝えて、不安を減らしてやってる。
カイトはショートソードを握り直し、ぐっと頷いた。
「お願いします!」
「うん、いい返事ね~」
二人の会話に、少し心配そうな顔をしたティナが口を挟む。
「……カイト、大丈夫?」
「だ、大丈夫。やってみる」
カイトは少し緊張した顔のまま、でもしっかりと頷いた。
ほどなくして、また奥の暗がりから一匹のグロウルビーストが姿を現した。
低く唸り、床を引っかきながらこちらを窺っている。
タルちゃんがカイトの少し後ろ、斜めに立つ。
あの距離なら、何かあっても一瞬で割って入れるだろう。
「まずは相手から目を逸らさないこと。怖くても、どこを見てるかだけは見失っちゃ駄目よ~」
「は、はい……!」
声は強張っていたが、視線はちゃんと魔物を追っていた。
グロウルビーストが床を蹴る。
一気に間合いを詰めてくる。
カイトがショートソードを振る。
だが少し早い。魔物は身をひねって躱し、そのまま肩からぶつかるように飛び込んだ。
「うわっ!?」
魔物から逃れようと、大きく避けようとしたカイトが尻もちをつく。
「カイト!」
ティナの声が響く。
その瞬間、タルちゃんが一歩前に出た。
最小限の動きで剣を差し入れ、グロウルビーストの軌道だけを逸らす。
牙が空を切り、魔物が横へ流れた。
「カイト君!」
声はやわらかいのに、言葉は容赦ない。
「相手は待ってくれないわよ! すぐ立って、剣を構えて!」
「は、はい!」
「目を逸らさない! 怖くても相手を見るの!」
可愛い声で言ってることがだいぶ実戦的だ。
でも、たぶんこれが正しいんだろう。転んだ相手に“大丈夫? ”じゃなく“立て”と言えるのは、守れる自信があるからだろう。
カイトは足をもつれさせながらも立ち上がる。
それでも視線だけは切らなかった。
「そうそう、いいわよ~! ちゃんと見えてる!」
その一言でカイトの表情がほんの少しだけ前向きになったのがわかった。
グロウルビーストが再び飛びかかる。
「全部避けようとしなくていいわ、半歩でいいの。動きは最小限に!」
カイトが横へずれる。
今度は下がりすぎない。
「そう、良いわ!」
牙が空を切る。
「今、反撃!」
カイトが叫びながらショートソードを振り下ろす。
浅い。でも、当たった。
グロウルビーストがひるんだ瞬間、タルちゃんがその背中を軽く蹴る。
吹き飛ばすためじゃない。ほんの少し体勢を崩させるためだけの蹴りだ。
「前に出て!」
「はいっ!」
カイトがもう一歩踏み込む。
今度の一撃はさっきより良かった。腕だけじゃなく、ちゃんと腰も入っている。
ショートソードが魔物の側頭を斬り裂き、グロウルビーストが床へ転がった。
止めは男性従業員が手早く入れる。
静かになった広場で、カイトが肩で息をしていた。
顔は青いが、目には少しだけ自信が宿っている。
「うんうん、良かったわよ~!」
タルちゃんがにこにこしながら近づく。
「昨日教えた相手から目を逸らさないってところ、ちゃんと出来てたわ。尻もちついたあとも見失わなかったでしょう? とっても偉いわ」
「は、はい……!」
「あと、二回目はちゃんと下がりすぎなかったわね。逃げるだけじゃなくて、次に動ける下がり方が出来てたのも良かったわ」
「はい!」
返事が最初よりずっと大きい。
「ただ、最初の一振りはちょっと早かったわね。怖いと急いじゃうのは仕方ないけど、そこは次の課題かしら。あと、腕だけで振らないこと。最後のはちゃんと腰が入ってたから、その感覚を忘れないでね」
「はいっ!」
良い先生だな、と素直に思った。
ただ優しいだけじゃない。ちゃんと出来たところを先に拾って、それから直す場所を渡してる。
これなら次もやってみようって気になるだろう。
カイトの顔にも、それが出ていた。
怖かったはずなのに、もう一回やれそうな顔をしている。
そんな事を考えていると、タルちゃんが今度は俺の方を見た。
「次はねぇ、アウラちゃん」
「ん?」
「あなた、結構やれそうよね?」
いきなり何だ、という気分になる。
「いや、何でそうなるんです?」
「だって、さっきから全然身体がぶれてないもの。立ってる時の重心も安定してるし、変に力んでもいないし。剣を持つ人って、構えてなくても何となく分かるのよ~」
特に意識して立っていた覚えはない。これもスキルのお陰なんだろうか。
「あなたの剣も、ちょっと見てみたいわ」
「別に良いですけど……」
「ほんと? じゃあ次、お願いしようかしら」
暫くダンジョンの中で待つと、また奥の暗がりからグロウルビーストが姿を現した。
低い唸り声。うねる触手。見た目は相変わらずあまり美味しそうじゃない。
俺は魔剣に手をかける。
身体の動きには、もうある程度慣れた。
スキルのおかげで、どう剣を振ればいいのか、どこに踏み込めばいいのかは分かる。
グロウルビーストが飛びかかって来るが、踏み込み一閃。
狙いは悪くない。実際、刃は綺麗に入った。
だが、思ったより手応えが浅かった。
魔物が身体をひねりながら、まだ前へ出てくる。
すぐに剣を返し、今度は首元へ二撃目を叩き込む。そこでようやく、グロウルビーストは崩れ落ちた。
「おお~、綺麗ねぇ」
後ろでタルちゃんが感心したように言った。
「すごく綺麗な剣筋。まるでお手本みたいよ。無駄が少ないし、狙いも正確。あなた、只者じゃないわね~」
「どうも」
褒められるのは悪い気はしない。
しないんだが──タルちゃんはそこで小さく首を傾げた。
「でも、ちょっと不思議なのよねぇ」
「不思議?」
「剣の通り方はすごく良いのに、身体が少し追いついてない感じがするの。踏み込みとか、押し込みとか、その辺りがちょっともったいないのよ~」
その言葉に、俺は少し黙った。
身体が追いついてない。
言われた瞬間、頭の中にいくつかの動きが浮かぶ。
骸骨仮面の男。
ライラと言う女に先輩と呼ばれていた男。
それにヴァン。
あいつらはもっと速かった。
もっと重くて、もっと自然だった。
身体が勝手に動く時は、普段の俺よりもっと速く、もっと力強く動けている。
あれが俺の身体で本来出来る動きなんだとしたら、俺はまだそこまで使いこなせていないのかもしれない。
身体が勝手に動いてる時は、剣を振るというより、身体全体がそのまま攻撃になっていた感じがある。踏み込み一つ、振り抜き一つに無理がなくて、速いのに重かった。
対して今の俺は、軌道だけは整っていても、その動きを支える土台が少し足りていないのかもしれない。
剣術スキルのおかげで、振り方そのものは上手くなっている。
でも、俺自身のステータスや身体能力がそれに追いついていないなら、全部は出し切れていないことになる。
……言われてみれば、心当たりはある。
「つまり、身体を鍛えた方がいいってことですか?」
「そういうことよ~!」
タルちゃんがぱっと笑った。
すごくいい笑顔だった。嫌な予感がするくらいに。
「大丈夫、あとで良い筋トレ方法、教えてあげるわよ!」
「あ、あぁ……」
「一緒に身体を鍛えて、筋肉つけましょう!」
にこにこしながら言う台詞じゃない気もするが、でもまあ、一理ある。
実際、今の感触は悪くなかった。けど、まだ足りないとも思った。
「姐さん式の筋トレは効くぞ」
横から、男性従業員がぼそっと言った。
「それって凄く辛いんじゃ……?」
「安心してください。死ぬ前には止めてくれます」
女性従業員が無表情で言う。
それ、安心材料としてはだいぶ弱いな?
「ほらほら、二人とも変な言い方しないの~」
タルちゃんが笑いながら二人をたしなめる。
「ちゃんとその子に合った方法を教えるわよ。最初から無茶はさせないから安心してね~」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
少しだけ、だが。
それでも、身体を鍛えるべきだという話自体は納得できる。
剣の動きに身体が追いつけば、もっと戦いやすくなるのかもしれない。
そう思うと、少し面白そうでもあった。
……いや、面白そうと思った時点でだいぶタルちゃんのペースに巻き込まれてる気もするけど。
その後、倒したグロウルビーストを縄で括って皆で運び始める。
カイトはまださっきの戦いの興奮が抜けていないらしく、重たいグロウルビーストを運びながらも、キラキラした顔でタルちゃんと話していた。
「タルさん、さっきの……目を逸らさないっていうの、すごく大事なんですね」
「大事よ~。怖い時ほど、相手から目を逸らしちゃ駄目。次が分からなくなるもの」
「僕、あそこで本当に頭真っ白になりかけて……でも、昨日教えてもらったこと思い出したら、少しだけ動けました」
「うんうん、それが偉いの。最初から上手に出来なくても、教わったことを実戦で思い出せるだけで十分すごいわよ」
褒められて、カイトがちょっと照れたように笑う。
その顔は、宿を出る時より少しだけ頼もしく見えた。
冒険者ってのは、こういう風に少しずつ経験を積んでいくんだろうな。
いきなり強くなるわけじゃなくて、怖い思いをして、でも次に同じ状況になった時に少しだけマシに動けるようになる。その繰り返しだ。
俺は今のところスキルに助けられてる側だけど、だからこそ、ああいう積み重ねの重みも何となく分かる気がした。
塔をもう一度振り返る。
洞窟の中に立つ石の塔。外から見える大きさとはまるで噛み合わない内部空間。魔力溜まり。人を誘うみたいな構造。
分からないことだらけだ。
でも、その分からなさごと、ちょっと楽しい。
また来たいな。
そう思うくらいには、今日のダンジョンは面白かった。
宿へ戻る道は、来た時よりも明るく感じた。
朝日が森の中に差し込み、葉の隙間から光が落ちている。
カイトは歩きながらも、ずっとさっきの戦いの話をしていた。
「最初は本当に怖かったですけど、ちゃんと当たった時、すごく嬉しかったです」
「でしょう? 実戦で一回でも当てられると、自信になるのよ~」
「はい! 次はもっと落ち着いてやれるようになりたいです!」
「その気持ちがあれば大丈夫よ。焦らず少しずつね」
タルちゃんの返し方がいちいち上手い。
必要以上に持ち上げはしない。でも前向きな気持ちはちゃんと拾って伸ばす。
ああいうのが、慕われる理由なんだろうな。
宿の従業員達が付いてきたって話も、何となく分かる気がした。
「……カイト、無茶はしないでね」
ティナが釘を刺すように言う。
「う、うん。次はもう少し落ち着いてやるよ」
カイトが苦笑しながら頷いた。
宿が見えてくる頃には、カイトの顔にははっきりと達成感が浮かんでいた。
たぶん今日一日で、剣に対する見方が少し変わったんじゃないかと思う。
見てるだけの訓練と、実際に魔物を前にするのとじゃ、全然違う。
怖さも、緊張も、成功した時の手応えも、全部違う。あれを一度知ったら、もう昨日までのカイトとは少し違うはずだ。
「今日はありがとう~! おかげで食材もいっぱい取れたし、良い練習にもなったわ!」
宿の裏口でタルちゃんがにこにこと言う。
「こちらこそ、ありがとうございました! すごく勉強になりました!」
カイトが勢いよく頭を下げる。
ティナも静かに礼を言い、俺も軽く頭を下げた。
そして──タルちゃんが、最高の笑顔で宣言した。
「じゃあ、とれたてのグロウルビーストのお肉を朝ごはんに使いましょう!」
その瞬間。
従業員たちの顔が、すっと暗くなる。
俺たちの顔も、たぶん同じくらい顔が暗くなっていた。
「朝ごはん、期待しておいてね~!」
……うん。
ダンジョンはすごく面白かった。カイトも成長した。俺も自分の課題が分かった。
あとは朝ごはんを乗り越えられるかが問題だ……。