【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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6話 デカブツ運搬と、増える誤解

 森を抜けてからは、誰も口を開かなかった。

 夕陽に染まった帰り道を、俺たちはただ、キラーボアの巨体を前にして立ち尽くしていた。

 

「も、もう無理です。重すぎて限界です……」

 

 カイトがぽつりと呟く。

 さっきまでの勢いはどこへやら、今はすっかり現実的な問題に直面している顔だった。

 

「三人で引っ張るとか、無理よこれ」

 ティナが呆れたようにボアの腹をつつく。

 まるで大きな石でも押したみたいだが、肉の弾力だけはしっかりある。

 

 改めて見ると、本当にでかい。丸々と太った樽みたいな胴体に、太い脚が四本。

 さっきは必死でよく分かっていなかったが、落ち着いて眺めると、現実味のないサイズをしている。

 

「……大きいな」

 

「デカすぎでしょ!」

 ティナが即座にツッコむ。杖を腰に戻して、盛大にため息をついた。

「こんなの三人で引きずってたら、街に着く前に日が暮れるわよ」

 

「そうだよねぇ……」

 

 カイトも苦笑いを浮かべている。

 俺も、ロープを適当にかけて引いてみて、すぐに諦めた。ちょっとやっただけで腕が痛い。

 

「……ギルドに持っていけば買い取ってくれるんだよな?」

 

「もちろんです!」

 カイトはそこだけは迷いがない。

「肉も皮も牙も、ちゃんとお金になります。大物ですから、きっと良い値段に……」

 

 その“良い値段”まで辿り着くのが問題なのだが。

 

「じゃ、じゃあ僕、先に街に戻って手伝いを呼んできます!」

 カイトが顔を上げた。

「ギルドで相談して、手の空いてる人に手伝ってもらいましょう。肉の一部を分ければ、きっと来てくれます!」

 

「賛成だ。三人で死ぬ気で引っ張るより、文明の利器──人手を借りた方がいい」

 

「それ利器って言わないでしょ……」

 ティナが呆れ気味に言う。

 カイトは苦笑しながらも、決意を固めた顔になっていた。

 

「二人はここでボアを見ててください! なるべく急いで戻りますから!」

 

 そう言うなり、彼は街の方へ駆け出していった。

 背中が見えなくなるまで見送ってから、俺は大きく息を吐く。

 

「……さて。見張り番だな」

 

「見張りと言うより、置き物ね」

 ティナが腰に手を当ててボアを見下ろす。

「こんなの、盗もうとするやつもそうそういないわよ。動かすのが面倒すぎるもの」

 

「確かに」

 

 とはいえ、ほったらかしにして帰るわけにもいかない。

 俺とティナはボアの近くの岩に腰を下ろした。血の匂いがまだ生々しい。

 

 ティナが、じっと俺の腰の剣を睨むように見つめた。

 

「……それ」

 低い声。

「さっきの一撃、普通じゃ無理よ。キラーボアをあんな切り方、聞いたこともないわ」

 

「そうか?」

 

「“そうか? ”じゃないわよ! 普通あんな綺麗に切れないわよ!」

 

 そう言われても、俺自身もよく分かっていない。

 ただ──ここで正直に言うのはまずい。

 

 俺は軽く剣に触れ、視線をそらした。

 

「……まあ、この剣には色々あってな」

 

「色々?」

 

「言えば長くなるし、あんまり話したい類のものでもない」

 

 ティナの瞳が細くなる。

 警戒ではなく、“探る”目だ。

 

「……誰かから貰ったの?」

 

「まぁ……そんなところだ」

 

「誰に?」

 

「言えない相手だ」

 

 ティナの眉がぴくりと動く。

 

「……言えない、ね」

 

「悪いが、そういう話なんだ。察してくれ」

 

 嘘は言っていない。

 ただ、“真実を言っていない”だけだ。

 

 ティナは数秒黙り込み、やがて小さく息を吐いた。

 

「……ふぅん。言えない事情、ね。

 ……まあ、別に無理に聞くつもりはないわ」

 

 声音は素っ気ないが、その表情は明らかに“何かを考えている”顔だった。

 

 俺が黙っている間も、ティナはチラチラと剣や鎧を観察している。

 そして、ぽつりと小さく。

 

「……ほんと、どこでそんなの手に入れるのよ」

 

 と、ほとんど独り言のように呟いた。

 

 

 

 やがて、街の方から複数の足音が聞こえてくる。

 カイトの声と、聞き慣れない男たちの声。

 

「こっちです! もう少し奥!」

 

「おー、本当にあったぞ!」

 

「うわ、でけぇ……!」

 

 数人の冒険者が現れた。

 革鎧を着た男たちが、キラーボアを見て口々に声を上げる。

 

「うわぁ、本当にキラーボアだ……」

 

 カイトが息を弾ませながら走ってくる。

 その後ろで、髭面の男がボアの腹を軽く蹴った。

 

「よくこんなの倒せたな。誰が仕留めた?」

 

 視線がこちらに向く。

 あからさまに、俺のハイレグアーマーで止まる。

 男の眉が一瞬吊り上がって、すぐに驚愕に変わった。

 

「……冗談だろ。あんたが?」

 

「ああ、冗談みたいだろう」

 

 俺が曖昧に言うと、別の男が口笛を鳴らした。

 

「この細っこい体でか? ……やるじゃねえか」

 

「まぁ、色々と事情があってな」

 

 事情の内容を説明する気はない。

 代わりに、俺は軽く頭を下げた。

 

「手伝い、助かる。肉の一部は、手伝ってくれた礼として持っていってくれ」

 

「おお、本当か!」

 

「それなら張り切らない理由がねぇな!」

 

 男たちのテンションが一段階上がった。

 ロープをかけ直し、引きやすいように位置を調整する。

 力自慢らしく、あっという間に準備が整っていく。

 

「……やっぱり、持つべきものは人手ね」

 ティナがぽつりと言った。

「最初からこうすればよかったわ」

 

「あぁ、三人で引きずってたら、本当に朝になってただろうな」

 

「勘弁してよね」

 

 俺たちもロープの端を持ち、男たちと一緒に街へ向かう。

 石畳の手前に出る頃には、腕はパンパンになっていたが、さっきまでよりずっと気が楽だった。

 

 ギルドには、正面からではなく搬入口から入った。

 大物の魔物は、いつもここから運び込むらしい。

 

 そこには既に、数人の職員と一緒に──リーネが待っていた。

 

「本当にキラーボア一頭……」

 彼女は、信じられないという顔でボアを見つめた。

「聞いたときは、誰かの冗談かと思いました」

 

「冗談で済ませられたら良かったんだがな。実物付きだ」

 

 運び込まれたボアに、職員たちが一斉に取りつく。

 血抜きの準備、体長と胴回りの計測、状態の確認。

 手慣れた動きだ。さすがにこういう仕事には慣れているらしい。

 

 運ぶのを手伝ってくれた冒険者たちは、壁際で腕を組んでそれを見ていた。

 俺はそちらに向き直る。

 

「運搬を手伝ってくれて、助かった。約束通り、肉の一部は持っていってくれ」

 

「ありがてぇ!」

「こんだけ太ってりゃ、しばらく酒のつまみに困らねぇな!」

 

「……あんた、見た目の割に律儀だな」

 髭面の男が、照れくさそうに頭をかいた。

 

(見た目の割に、は余計だと思う)

 

「では、割り当てはこっちで計算しておきますね」

 リーネが職員の一人に指示を飛ばす。

「解体場で部位ごとに分けた後、取り置きしておきます」

 

 そうして一通り手配を終えると、彼女はメモ板と羽ペンを持って俺たちのほうへ向き直った。

 

「では、確認を。キラーボアに遭遇した場所を教えてください」

 

「オーロックの森の入口付近だ。街からそう離れていないところだな」

 

「……入口付近、ですか?」

 

 リーネの手が止まる。

 眉が少しだけ寄った。

 

「その辺りでキラーボアが出たという報告は、今まで聞いたことがありません。森の奥ならともかく……」

 

「たまたま迷い出てきたのかもしれない」

 俺はそう答える。

 実際、何が原因かなんて分からない。

 

 リーネは何度か小さく頷き、メモ板にさらさらと書きつけた。

 

「分かりました。詳しくは後でギルド長にも報告しておきます。念のため、森の様子を調査することになるかもしれませんね」

 

 その声には、ただの事務仕事以上の緊張が少し混じっていた。

 彼女も、単なる偶然とは思っていないのだろう。

 

「それから──こちらが、薬草分の報酬と、キラーボアの素材代の前金になります」

 

 革袋が三つ。

 手渡されたそれを受け取ると、銀貨が中で触れ合う重みが、はっきりと伝わってくる。

 

「前金、ということは」

 

「解体と査定が済んだら、残りをお渡しします。何分このサイズですから、全部確認するには時間がかかるんです。骨や牙、脂の量でも値段が変わるので」

 

「なるほど」

 

 仕事がちゃんとしているのはありがたい。

 金の流れが透明なのは、何よりの信用だ。

 俺は小さく頷き、袋の口を締め直した。

 

(……これだけあれば、当分は野宿せずに済みそうだな)

 

 胸の奥の、常に冷えていた部分が少しだけ温かくなる。

 通貨は偉大だ。異世界でも、それは変わらない。

 

「それと」

 リーネが少し声を落とした。

「今後、ギルド長から直接お話を聞きたいと言われる可能性があります。キラーボアの件もありますし……あなたの装備についても、少し気になります」

 

「装備、ね」

 

「ええ。見たことのない意匠ですし……その、露出以外の意味で」

 

 露出以外の意味で、という言い方が逆に刺さる。

 俺は内心で苦笑しながら、肩をすくめた。

 

「話が必要なら構わない。そのときは応じる」

 

「ありがとうございます。その際の連絡先として、泊まっている宿の名前を教えてください」

 

「ああ……」

 

 そこで、問題に突き当たる。

 俺はまだ宿を決めていない。

 ほんの数時間前にこの街に降り立ったばかりだ。

 

「まだ決めていない。これから、カイトたちと同じ宿に泊まるつもりだが」

 

「僕たちが泊まってる宿、すごく良いんですよ!」

 カイトが横から元気よく割り込んだ。

「安くて、ご飯が美味しくて、女将さんはちょっと怖いけど優しくて!」

 

「女将さんが怖いのは否定しないのね」

 ティナがぼそりと突っ込む。

 

 リーネはそんな二人を見て、少しだけ表情を緩めた。

 

「では、その宿の名前を教えてください。場所もメモしておきます」

 

「南門のほうにある『白鹿亭』って宿です」

 カイトが答える。

 

「分かりました。では、何かあればそこに伝言を送りますね」

 

 メモ板にさらさらと文字が刻まれる。

 リーネは最後にもう一度だけ、じっと俺を見た。

 

 鎧、剣、そして顔。

 

 何かを測るような、静かな目だった。

 

「……今日はお疲れさまでした。ゆっくり休んでください」

 

 そう言って、彼女は職員たちの方へ戻っていった。

 解体場へ運ばれるボア。その一部は、手伝ってくれた冒険者たちへの報酬として別に仕分けされるらしい。

 

「ありがとな、嬢ちゃんたち!」

「今度一杯奢るぜ!」

 

 手伝ってくれた連中が口々にそう言って、手を振って去っていく。

 その背中を見送りながら、ティナが小さく舌打ちした。

 

「……ったく。すぐそうやって声かけるんだから」

 

「お前、護衛か何かか?」

 

「目付け役よ。あんたに変な輩が寄ってこないように睨んでるの」

 

 そう言う彼女の横顔は、本気でそう思っているようで、少しだけ頼もしい。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 ──ティナ視点──

 

 ギルドの喧騒から少し離れた場所で、私は報酬の小袋を持ちながら、アウラの横顔を盗み見る。

 

(……やっぱり、おかしい)

 

 最初に見たときは、ただの変態だと思った。

 露出の激しい鎧に髑髏の肩当て、腰の骨チャーム。

 どこからどう見ても、痴女か頭がおかしいか、その両方だ。

 

 でも、近くで見れば見るほど、それだけじゃ済まない。

 

 あの鎧。

 露出の激しさに目を奪われがちだけど、細部の作りは尋常じゃない。

 

 肩の髑髏は、ただの飾りにしては磨き込みが異常に丁寧だ。

 角の丸まり方、表面の艶、光の反射。金属とも骨とも違う、不思議な素材。

 腰の白骨の飾りも、連なり方が綺麗すぎる。

 動くたびに鳴る音は、まるで計算された鈴みたいで、耳障りではなく心地いい。

 

(どう見ても、高級品。それもただの金持ちの趣味じゃないわね……)

 

 剣も、嫌なほど印象に残っている。

 髑髏をあしらった柄は趣味が悪いけれど、刃は限りなく滑らかで、濁りがない。

 

 キラーボアに斬りかかった一瞬──普通なら、もっと“重さ”が伝わる。

 肉を割く鈍い感触とか、骨に当たる嫌な手応えとか。

 でも、あのときのアウラは、ほとんど抵抗を感じていないように見えた。

 切り口も、信じられないくらいに綺麗だった。

 

(あれ、ただの剣じゃない。絶対に)

 

 魔剣。もしくは、それに類する何か。

 王都でも滅多にお目にかかれないような代物。

 そんなものを、何食わぬ顔で腰に下げている。

 

 それに──。

 

 魔物のこと、全然知らないっていうのも変。

 

 普通に育っていたら、魔物の噂くらい嫌でも耳に入る。

 スライムですら、よく知らないと言っていた。

 冒険者ギルドのことも、依頼の仕組みも、何ひとつ分かっていなかった。

 

(どこで育ったのよ、ほんと……)

 

 薬草を摘んでいるときに見えた、あの手を思い出す。

 白くて、細くて、爪の形まで整っていた。

 土を触ったことがないような手。

 あれは畑仕事をした手じゃない。洗濯や皿洗いを繰り返した手でもない。

 

(深窓の令嬢、ってやつかしら。……本でしか読んだことないけど)

 

 露出の激しい鎧さえ目をつぶれば、顔立ちは文句なく綺麗だ。

 髪も肌も、整いすぎている。

 日焼けの跡もない。首筋も肩も、絵に描いたみたいに滑らかだ。

 

(貴族の娘……)

 

 考えがそこまで行って、私は思わず自分で否定する。

 

(まさか、ね。王族とか……それは考えすぎよ)

 

 でも、もしそうじゃないのだとしたら、何なのか。

 

 魔物を知らない。

 庶民の暮らしの匂いがしない。

 そして、剣を握ればキラーボアを一刀で斬り伏せる。

 その本人は、肝心なところになると「色々ある」の一言で全部ごまかす。

 

(……訳あり。絶対に訳あり)

 

 問い詰めたい。

 でも、今言ったって、きっと「事情がある」で濁されるだけだ。

 カイトの前で、揉め事を起こすのも嫌だ。

 

(ああもう、モヤモヤする)

 

 心の中で唸りながら、私はアウラの背中を見る。

 骨のチャームが、歩くたびにチリチリと鳴っている。

 場違いなほど綺麗な音が、余計に苛立ちを刺激した。

 

 ……本当に、何者なのよ。

 あの剣も鎧も、動きも態度も、全部が“普通じゃない”。

 

 気づけば胸の奥がざわざわして、落ち着かない。

 嫌いなわけじゃないけれど、納得できるわけでもない。

 わたしは横顔を盗み見ながら、小さく息を飲んだ。

 

 答えは一つも出ないまま、ただ、彼女のことが頭から離れなかった。

 

 

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