【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
門に近づくにつれて、人の声と屋台の料理の匂いがどんどん強くなっていった。
焚き火の明かりだけじゃない。広場に並ぶ屋台の軒先にはランタンがいくつも吊るされていて、夜だというのに辺りは妙に明るい。火の色に照らされた人影が行き交い、笑い声や値段交渉の声、食器の触れ合う音まで聞こえてくる。
さっきまで「要塞都市」って響きから勝手に想像していた、堅くて重たい空気とはだいぶ違う。
いや、門の方はたしかに重たいんだが、門前広場だけ切り取るとちょっとした夜市みたいだ。
「わぁ……すごく賑わっていますね」
外を見ていたシエルが、思わずといった感じで声を漏らした。
その横顔は、いつもの落ち着いた雰囲気とは少し違って見える。驚きと、それから、ほんの少しだけ高揚しているような顔だ。
その声を聞いたミゲルが、御者台から肩越しに言った。
「まあ、ここは朝までだいたいこんな感じだ。門の前で待つ奴が多いからな」
それから少しだけ声の調子を落とす。
「とはいえ、全部が全部まともな店って訳でもねぇ。賭博とか、盗品や質の悪い偽物扱ってる店もあるし、広場の奥へ行くほどガラの悪い連中も増える。スリなんかも出るって話だ。あんまりふらふらしすぎるなよ」
「き、気をつけます……」
さっきまでちょっと浮かれていたシエルが、しゅんと肩を縮める。
やがて門前の広場の端まで来ると、馬や荷車を繋いでおくための場所がちゃんと用意されているのが見えた。木柵で区切られた区画がいくつもあって、すでに何台もの荷馬車が止められている。馬の鼻息や、鎖の鳴る音も近い。
ミゲルが馬を止めながら言う。
「馬はここに繋いでおく。魔物が出る可能性もあるから、俺達はここで一晩、馬を見てなきゃならねぇ。休むなら、この辺の俺達の見える範囲で寝るか、あっちの方に簡易宿もあるから、そっちがおすすめだぜ」
そう言って、広場の少し奥を顎で示す。
粗末な天幕や木造の小屋が何軒か並んでいて、確かに泊まれそうな場所はある。
「とはいえ、あの辺りの宿は寝てる間に荷物を盗まれることだってある。油断はするなよ」
「うーん……思ったより治安悪いんだな」
「街の外だからな。門前で見回りはしてくれてるが、城壁の中と同じって訳にはいかねぇよ。んで、明日の朝にここに来てくれ。中の馬車ギルドでお前らのサインを貰って、俺の仕事は完了だ」
「ん、わかった。朝にはここに居るようにするよ」
馬車が止まって、荷台から降りようとしたところで、俺は妙な音に気づいた。
「……こひゅー……こひゅー……」
振り返ると、カイトが荷台の隅で死んだように倒れていた。
呼吸はしている。
しているが、明らかに今すぐ立ち上がれる感じではない。荒い呼吸のたびに肩が上下していて、顔色も悪い。朝までの元気はどこへやら、完全に燃え尽きた人の姿だった。
ティナが呆れたように言う。
「だから、筋トレしながら魔力の訓練なんて無茶だって言ったのに……」
そうなのだ。
こいつ、移動の間もタルちゃんに教わった筋トレをやると言って聞かず、腕立てやスクワットみたいなことをしながら、マルルゥの訓練まで続けていたのである。
ただでさえマルルゥの訓練はきつそうだったのに、そこへさらに筋トレを重ねたら、そりゃ潰れるだろう。
「本人がやりたいって言ってるんだから、別にいいんじゃなーい?」
そう言っていたマルルゥも、今は少し引いたような目でカイトを見ている。
「そんなになるまでやるなんて、キミって限度ってものを知らないんだね……」
若干、哀れみすら混ざった目だ。
しかし当のカイトは「こひゅー……こひゅー……」と呼吸するだけで、ぴくりとも動かない。
ティナがため息をついた。
「しょうがないわね……。私、カイト見てるから、テント立てるなら呼んで。手伝うから」
「あー、助かる。でも後でいいぞ。俺ちょっと露店見てきたいし、何か食うもんも探してくるよ」
「そうして。カイトはたぶんしばらく動けないから」
それは見れば分かる。
俺は荷台から降りて、大きく身体を伸ばした。
馬車の中にずっといたせいで、肩と腰が少し固まっている。夜の空気はひんやりしていたが、焚き火や屋台の熱気がそこかしこにあるせいか、寒さはそこまできつくない。
改めて門の方を見上げる。
やっぱり大きい。
近くで見ると、さっき遠くから見た時よりさらに迫力があった。
分厚い門、その前に立つ武装した兵士達、門の上に見える見張りの影。近くには冒険者らしい連中も巡回している。
あれが兵士と盾の会だろうか。
アストルの街と比べると、明らかに空気が違う。
向こうにも兵士はいたし、街としての秩序もあった。だが、ここはもっと直接的だ。守るために人が立っている、という感じが強い。
その一方で、広場の方へ目を向ければ、賑やかな声と美味しそうな匂いが流れてくる。
こっちはこっちで、楽しそうな雰囲気だ。
焚き火のところではマルルゥがミゲル達の近くに座っている。眠そうな顔のまま、でもしっかり火にはあたっていた。
「屋台行くけど、お前はどうする?」
声をかけると、マルルゥは気だるそうに片手を振る。
「ボクはここで待ってるからいいよー。美味しそうなお菓子売ってたら買ってきて~」
「はいはい」
ついでにサラからも声が飛ぶ。
「奥の方には気をつけろよ。変に絡まれたら、ぶん殴って逃げてくりゃいい」
「おう」
「絡んでくる奴には手加減しなくていいからな」
「わかった」
荷台の上でぐったりしているカイトと、その横に座るティナにも「ちょっと見てくる」と声をかけて、広場の方へ向かおうとしたところで──
「あ、あの」
後ろから、遠慮がちに声がかかった。
振り返ると、シエルがおずおずと手を胸の前で組んで立っている。
「良かったら、私もついて行ってもいいでしょうか?」
何だか、いつもより少しだけ雰囲気が違う。
緊張しているのに、それ以上に、どこかわくわくしているようにも見える。門前の賑わいを見てから、ずっとそんな感じだ。
「ああ、もちろんいいぜ。何か美味いもんでもあるといいんだけどな」
「はい。いい匂いもしますし、期待できそうですね!」
シエルが嬉しそうに笑う。
こういう顔をするの、ちょっと珍しい気がした。
近くの露店から二人で覗いていくと、思っていた以上にいろんな店が出ていた。
肉の串焼き。
湯気の立つスープ。
スパイスをたっぷりまぶした干し肉みたいなもの。
酒。
見たことのない揚げ物。
ふわふわした団子っぽいもの。
甘い匂いのする麺料理まである。
シエルはどの店を見ても楽しそうだった。
「わぁ……すごくいい匂いですね」
「見た目だけじゃ味が想像出来ないな、これ」
「この串、辛そうですけど美味しそうです」
「あっちは甘そうな匂いするな……でも思ったより高いな」
気づけば、二人でわいわい言いながら見て回っていた。
こうしてシエルと並んで歩くのは初めてだったが、不思議と気兼ねなく話すことが出来た。
その中で、少し落ち着いた雰囲気の店が目に入った。
屋台といっても、ただ物を売るだけじゃなく、外に椅子とテーブルをいくつか並べて、そこで食事も出来るようになっている。焼き台の火加減も安定していて、匂いもいい。店主も俺たちより少し年上くらいの、気の良さそうな若い男だった。
「注文貰ってから作るから、出来立てでうまいぜー」
そう言われたので、ここで食べることにした。
席につくと、焚き火より少し落ち着いた明かりに照らされて、門前の賑わいも少し遠く感じる。
他の客がいないせいか、話をするにはちょうどよかった。
「……なんか、シエルとこうして飯を食べるの初めてだな」
そう言うと、シエルはちょっとだけ目を丸くしてから、小さく笑った。
「たしかに、そうですね」
いつもより少しだけ明るい顔をしているシエルに、俺は聞いてみる。
「こういう雰囲気、好きなのか?」
シエルはきょとんとしたあと、嬉しそうに頷いた。
「ええ、好きです。こういうお祭りみたいな雰囲気。屋台がたくさんあって、人が楽しそうにしていて……活気がある感じが、何だか好きで」
「あー、なんか分かる」
俺もつられて頷く。
「独特の空気あるよな。子供の頃に、よく親に綿あめ買ってもらって食べた記憶が……あ、綿あめっていうのは、こう、ふわふわの雲みたいな見た目の──」
「大丈夫です、分かります」
シエルが真面目な顔で言った。
その返しに、俺は一瞬だけ言葉を止める。
シエルは周囲をそっと見回した。
近くに他の客はいない。店主は調理台の向こうで鍋を見ていて、こちらに意識は向いていない。
それを確認してから、シエルは小さな声で言った。
「ねぇ、アウラさん」
「ん?」
「アウラさんって、こっちの世界の人じゃない……ですよね?」
その言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
……やっぱり、か。
正直、薄々そうじゃないかとは思っていた。
シエルも俺と同じように、女神に送られてきた側の人間なんじゃないかと。
だから驚きはしたが、完全に意外だった訳じゃない。
「……そんなこと言うってことは、あんたも?」
そう聞くと、シエルは少しためらってから、こくりと頷いた。
「はい。こっちに来る時に、女神様に会いました。手違いで……その、自分が死んでしまったことと……他の世界にだったら送ってあげられること」
そこで一度、言葉を切る。
「……そうして送られたのが、この世界でした。アウラさんも、同じですか?」
「……ああ、そうだよ。俺も一緒だ」
そう答えると、シエルはほっとしたように息を吐いた。
「よかった……同じ境遇の人がいて」
その言い方が、少しだけ胸に引っかかる。
安心した、というより、ずっと張っていたものが少し緩んだ、みたいな息の吐き方だったからだ。
「ずっと、こっちの世界で一人でいるのは辛かったです」
シエルは小さく言った。
「アウラさんも、そうじゃないですか?」
「いや、俺はまだこっちに来たばかりだからな」
そう答えると、シエルは少し驚いたような顔になる。
「そう、だったんですね……。もっと、慣れていらっしゃるような雰囲気を感じたので……」
「まあ、あんまり実感ないだけかもな」
俺は少し首を傾げてから、逆に聞き返した。
「あんたは、どれくらい前にこっちに来たんだ?」
シエルは少し考えてから、静かに言う。
「ええと……たぶん、もう百年くらい前、でしょうか」
「ひゃ、百年?」
思わず変な声が出た。
百年。
今、普通に百年って言ったか?
「ええ」
「いや、百年って……そんな風に見えないぞ。歳とか取ってないのか?」
「そうですね。こっちに来てから、見た目は全く変わってないと思います」
さらっと言う。
さらっと言うが、全然さらっと流していい話じゃない。
百年。
見た目が変わらない。
俺と同じように女神にこの世界に送られ、女神と同じ容姿を与えられたシエル。
ってことは、俺も──?
いや、まだ来たばかりだから実感はない。
でももし本当に同じなら、俺も歳を取らない可能性が高い。
それは、結構大きな問題だ。
ティナやカイトは歳を取る。
でも、俺だけ変わらない。
……それって、どういうことなんだろう。
考えたくない未来が、ぼんやりと頭をよぎった。
俺が少し黙り込んでいると、シエルが控えめに言った。
「アウラさんは、こちらに来たばかりということですが……元の世界に戻る方法とかは、ご存じないですよね?」
「そんなもんあるなら俺が知りたいよ。……いや、戻りたいかと言われると微妙だけど」
仕事の事を思い出すと、ちょっと胃が痛くなりそうだった。
こっちの世界はこっちの世界で危険だが、どっちが良いのかと言われると即答は出来ない。
シエルは少し肩を落とした。
「……やっぱり、そうですよね」
それから、ほんの少しだけ遠くを見るような目になる。
「もう百年くらい経っていますけど、今でも帰りたいと思ってるんです。元の世界に」
その言い方が、変に芝居がかっていなくて、かえって重かった。
百年。
俺はまだこっちに来たばかりだから、そのつらさを本当にはわからない。
でも、百年も同じことを思い続けるって、どれだけきついのだろう……。
「百年前っていうけど……あんた、元々何年生まれなんだ? というか、そもそも……俺は日本人だけど、あんたは?」
シエルは少し首を傾げた。
「私は景和四十五年生まれで、ヤシマの出身です」
「……んん?」
思わず間抜けな声が出る。
景和?
ヤシマ?
どっちも、日本っぽい響きではある。
あるが、俺の知ってる日本じゃない。
「えーっと……聞いたことないんだが。西暦だと何年なんだ?」
「せいれき……?」
シエルは本気で分からない、という顔をした。
「統暦のことですか? それなら、二千三百十四年になりますけど……」
話が噛み合わない。
俺は試しに、アメリカだの中国だの、いくつか国名を出してみた。
でもシエルは全部に首を振る。
「聞いたことないです……」
どういうことだ。
同じ地球じゃない?
違う星とか?
いや──パラレルワールド?
考えてもすぐ答えが出る話ではない。
でも、少なくとも俺の知ってる世界とは違う。そこはかなり濃厚だった。
「たぶんだけど」
俺は一度言葉を選んだ。
「俺とあんた、元の世界は“似てるけど違う世界”なんじゃないかと思う。国の名前も違うし、西暦も違うし。地球そのものが別っていうより……別の歴史を辿った、別の地球って感じの」
シエルはその説明を聞いて、ゆっくりと頷いた。
「なるほど……そうかもしれません」
それから、少しだけ柔らかく笑う。
「異なる別の世界から連れてこられて、この広い世界で出会うなんて……面白い偶然ですね」
「面白い偶然、で済ませていいのかは分からんけどな」
何も解決はしていない。
でも、少なくとも話の土台は見えた。
俺達は同じ地球から来た訳ではないのかもしれない。
似たような世界から、同じ女神に巻き込まれて、この世界へ送られた。
そう考えると、妙にしっくり来る気もした。
店主が料理を運んできた。
肉と野菜を炒めたもの、それから辛そうなスープ。香りはかなりいい。
少しだけ遅れて、俺はシエルに聞く。
「で、これからどうするつもりなんだ?」
教会から逃げていることを考えると、ここに居続けるのは危険だ。
俺達はギルド長ロドリスの書簡でブルム男爵に会いに来ているが、シエルはそうじゃない。
シエルはしばらく黙っていたが、やがて小さく言った。
「……何も、考えてないんです」
「何も?」
「はい。衝動的に逃げてきたので、とにかく遠くへって、それだけでここまで来ました。ここにも教会の人や、私を狙う人が来るなら……また別の場所へ移動するつもりです」
言っている内容は淡々としているのに、顔は疲れて見えた。
もう百年もこの世界で生きてきて、それでもまだ「とにかく遠くへ」としか言えないのかと思うと、少しきつい。
シエルは少しためらってから、続けた。
「アウラさんにご迷惑を掛けないように、これからはちゃんと顔を見せて、私が聖女だって分かるようにしていけば……アウラさんが襲われることも無くなるんじゃないかなって、思っていて」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「それ、本気で言ってるのか?」
「少し時間はかかるかもしれませんけど……それで、どうか許していただけないでしょうか」
責任を感じているのは分かる。
分かるが、だからといって自分から危険へ飛び込ませるのは、さすがに寝覚めが悪い。
「そんなこと、しなくていい」
少し強めに言うと、シエルがびくりと肩を揺らした。
……しまった。
驚かせたつもりはなかったんだが。
俺は少しだけ声を落とす。
「いや、その……俺の一存で全部決められる話じゃないんだけどさ。俺達、ここを治めてるブルム男爵に匿ってもらう話をしに来たんだよ」
「……はい」
「だから、良かったらあんたも匿ってもらえないか聞いてみる。話だけでも、一緒に来ないか?」
シエルは驚いた顔をした。
「私のせいで、色々とご迷惑をお掛けしているのに……いいんですか?」
「まあ、聞いてみないと分からないから、絶対大丈夫とは言えないけどな」
スプーンを手に取りながら、俺は肩をすくめる。
「でも、あんたに危険を犯してもらうのは、ちょっと違う気がするし。俺だって、女神のこととか、この世界のこととか、俺達のスキルのこととか……あんたの事も色々聞きたいことあるんだよ」
シエルはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吸って
「……ありがとうございます」
そう言って、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その声が、ほんの少しだけ震えていた気がした。
俺は軽く頷く。
「とりあえず飯食おうぜ。話はそれからだ」
そう言うと、シエルは少しだけ困ったように笑った。
さっきまでとは違う笑い方だった。
まだ不安はある。でも、それでも少しだけ、肩の力が抜けたような顔だった。
門前の夜はまだ賑やかだった。
遠くで誰かが笑い、どこかで鍋が鳴り、巡回の兵の足音が石を叩く。
その雑多な音の中で、俺達は湯気の立つ皿を前に向かい合っていた。
明日になれば、ドゥル=ブルムの中へ入る。
その前に、話せてよかったのかもしれない。
そう思いながら、俺は少し辛めのスープを口に運んだ。