【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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61話 酒と聖女

 その後も、シエルとはいろいろ話した。

 

 話せたこと自体は、たぶん良かったんだと思う。

 少なくとも、今までずっと一人で抱え込んでいたものを、少しは外へ出せたみたいだったし、俺の方も聞きたいことはいくらでもあった。

 

 だが、その上でまず言えることが一つある。

 ──こいつには、絶対に酒を飲ませないようにしよう。

 

 これである。

 

 普段はほとんど飲まないらしい。

 でも今日は、同じように女神に巻き込まれた俺と出会って、今まで誰にも話せなかった異世界の話までしてしまって、変な具合に気持ちが緩んだらしい。

 

「今日はちょっと、飲みたい気分なんです」

 

 シエルがそう言った時、俺は少しだけ迷った。

 迷ったが、まあ大人だし、少しくらいなら好きにすればいいんじゃないかとも思った。

 思ったのが、甘かった。

 

 普段飲まないから加減を知らないのか、それとも今日はもう酔っ払ってしまいたかったのか。

 シエルは店で頼んだ酒を、引くほどの勢いでごくごく飲み始めた。まるで水でも飲むみたいなペースである。

 

 そして、あっという間に出来上がった。

 

「ちょっとぉ……聞いてますかぁ、アウラさぁん~」

 

 普段のシエルからは想像もつかない、ぐにゃぐにゃに崩れた声音で絡まれる。

 

「聞いてるって……教会の上層部のセクハラが酷いって話だろ。もうそれ三回くらい聞いた」

「ひどいぃ~……ほんとにひどいんですよぉ~……」

 

 そう言うと、シエルは何故か「よよよ……」みたいな泣き真似を始めた。

 

 お前、もはや別人みたいじゃねえか。

 っていうか、そっちが本性なのか?

 

「アウラさんが冷たい……」

 

 シエルは半分机に突っ伏しながら、恨めしそうな目を向けてくる。

 

「もう百年くらいこっちの世界でしんどかったところに、同じ境遇の人がやっと見つかったと思ったら……嬉しいでしょぉ……今日はお祝いですよぉ……お酒飲んでぇ……げふっ……あー……」

 

 同じような調子で、同じ話をずっと繰り返している。

 ただ、酔っ払いのたわごととして笑い飛ばしてしまうには、内容があまりにも重かった。

 

「最初は……そんなに悪くなかったんですよねー……」

 

 シエルは酒の入った顔のまま、ぽつりと呟いた。

 

「こっちの世界に来た時、いきなり魔物がいっぱいいる森の中に送られて死にかけて、やっと辿り着いた村で助けてもらって……。村の人たちも優しかったし、慕ってくれる子供たちもいて。回復魔法を覚えて、怪我とか病気を治してあげたら、みんなすごく喜んでくれて」

 

 そこで、少しだけ笑う。

 でもその笑みは、すぐに頼りなく崩れた。

 

「最初は、それで良かったんです。本当に。身寄りのない子たちも、ちゃんとご飯食べられるようになったし……皆が楽に暮らせるなら、それでいいかなって」

 

 酔う前に聞いた話も含めて整理すると、シエルは百年ほど前に俺と同じように女神の手違いで死に、この世界へ送られてきた。

 送られた先は魔物の蔓延る森のど真ん中。魔剣とハイレグアーマーの力で何とか生き延び、さまよった末に人里へ辿り着いたらしい。

 

 しかも森の凶悪な魔物を倒して村を救ったことで、最初は英雄みたいに歓迎されたという。

 その後、スキルポイントの仕組みに気づき、回復魔法を取って村人たちの怪我や病を治していった結果、噂が噂を呼び、国の役人まで来るようになった。

 

 国王に招かれた時は面倒だからと断ったらしいが、その代わり村に教会が建てられ、村そのものも大きく発展していった。

 そうして気づいた時には、シエルは“聖女”という存在になっていた。

 

「でも、だんだん変わっていったんです」

 

 シエルは手元の酒を見つめながら、小さく言った。

 

「小さかった子たちも、大きくなって……最初は、ちゃんと慕ってくれてたんですよ? でも、私じゃなくて、“聖女様”として見るようになってきて……」

 

 そこで言葉を切ると、少しだけ眉を下げる。

 

「助けてくれる人とか、すごい人とか、ありがたい人とか……そういう風に言ってくれるんですけど、何て言うか……その、便利な人って感じにもなっていって」

 

 最初のうちは、村の人間も喜んでいたし、身寄りのない子供たちが楽に暮らせるようになったのだから、それで良かったのだろう。

 だが年月が経つにつれ、人は変わる。

 

 小さくて可愛がっていた孤児たちは成長し、教会で働くようになった。

 それ自体は良いことだったのかもしれない。

 でも、接し方は少しずつ変わっていった。年を取らない“聖女”を、信仰の対象として扱いながら、同時に便利な存在として利用するようにもなった。

 

「それでも、慕ってくれる子はいたんです」

 

 シエルはそう言ったあと、すぐに困ったように笑った。

 

「いたんですけど……百年も経つと、その子たちも、み~んな死んじゃうんですよね~……」

 

 その一言が、妙に重かった。

 また次の世代へ引き継がれ、また距離が変わり、また失われる。

 

 その繰り返しの果てに、今のシエルは聖女として崇められながら、都合よく使われる側に回っていた。

 回復役として。象徴として。時には“美しい聖女”として貴族の接待にまで。

 

「あの鎧着せられて貴族の接待とか最悪なんですよぉ……!」

 

 シエルが机をばんばん叩く。

 

「えっちな目で見られるしぃ……“そんな格好してるなんて、お前も好きなんだな”とか言われるしぃ……っひく」

「うわぁ……」

 

 それはきつい。

 

「だぁーれーが! こんなもん好きで着るかって話ですよぉ! ちっくしょおおおお!」

 

 机に突っ伏したまま叫ぶシエルを見ながら、俺は心底思った。

 

 ……わかる。

 そこだけはすごくわかる。

 

「で、骸骨仮面の男に襲われた時、護衛とはぐれて、そのまま逃げたって訳か」

「そうですよぉ~……もうやってらんないですぅ~……」

 

 正直、スキルについて何か有益な情報が聞けるかと少し期待もしていた。

 だが現時点で分かったことはそこまで多くない。

 

 シエルは百年近く教会で聖女として過ごしていたせいで、ほぼ回復魔法しか取っていないらしい。魔物と戦ったのだって、最初に送られた時くらいで、以降は聖女として守られる側だったということだ。

 というか、今は酔っ払っていて、まともに整理された話がほとんど聞けていない。

 

 この辺は、酔いが覚めた後に改めて聞くべきだろう。

 今はもう、愚痴を聞いてやるくらいしか出来ない。

 

 何度目か分からない同じ愚痴を聞きながら、俺は目の前の料理を少しずつつついた。

 肉と野菜を炒めたものは案外美味い。辛めのスープも酒に合うのか、シエルは途中までやたら機嫌よく食っていた。そこから酒の勢いがさらに上がった気もするが、もうそこは考えないことにした。

 

「あーもうほんと最悪……思い出すだけで腹が立ってきます……あんのクソ貴族がああああ!!」

 

 そう言って、シエルが手に持っていた酒のカップをぶんっと振る。

 

「あ、ちょ──」

 

 止める暇もなかった。

 綺麗な放物線を描いて飛んでいったカップが、ちょうど近くを歩いていた三人組の男の一人の頭に、見事なくらい綺麗に直撃した。

 

 スコーン! と、妙に小気味よい音が響く。

 

「ほげぇ!?」

 

 情けない悲鳴と共に、男がその場に崩れ落ちた。

 

「うわぁ、やっべぇ……」

 

 俺が思わず呟く一方で、カップを投げた張本人はどこ吹く風だ。シエルは俺の方を向いたまま、まだ何かぶつぶつ文句を言っている。

 倒れた男に、残りの二人が慌てて駆け寄った。

 

「アニキ!?」

「大丈夫ですかい、アニキ!」

 

 かなり本気で焦っている声だった。

 しかし倒れたアニキと呼ばれた男は、ぴくりとも動かない。

 すると、もう一人の男が周囲をきょろきょろ見渡し──俺と目が合った。

 しまった、と思った時には遅い。

 

「てめぇかああああ!」

 

 大声を張り上げながら、ずんずんこっちへ歩いてくる。

 

「アニキに向かって何しやがんだ、おおん!?」

「いや、あー……すいません。ツレが酔っ払ってて、うっかり手が滑ったみたいで──」

 

 我ながら苦しい言い訳だった。

 とにかく頭を下げながら、俺はシエルの肩を揺する。

 

「ほら、お前も謝れって」

「うるさいわねぇ~……耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないわよぉ……」

 

 ふらっふらの足取りで立ち上がったシエルは、そのまま男の方へ歩いていった。

 男も男で、売り言葉に買い言葉みたいな調子になる。

 

「てめぇ、やる気か──」

 

 次の瞬間。

 

「オロロロロロ」

 

 シエルは男のすぐ目の前で盛大に吐いた。

 べちゃあ、という嫌な音と共に、男の服と鎧の一部がシエルの吐瀉物ででろでろになる。

 

「おああああああああ!? きったねえええええええ!!」

 

 男が絶叫した。

 

「ちょ、おま、俺の買ったばっかの鎧がああああ!」

 

 それだけ叫びきると、シエルは一仕事終えたみたいな顔でその場にばたりと倒れ、そのまますやすや眠り始めた。

 

 ……自由すぎるだろ。

 ゲロまみれになった男は涙目だった。

 

「て、てめぇら……アニキのことといい、俺のおニューの鎧といい……覚悟は出来てんだろうなぁ……!」

 

 完全にキレている。

 そりゃそうだ。百パーセントこちらが悪い。

 俺はとにかく頭を下げた。

 

「す、すいません! 本当にすいません! 鎧は洗って返しますし、その、そちらの倒れた人の治療も──」

 

 そこまで言ったところで、ゲロまみれの男が俺の顔をじろじろ見た。

 

「……お前、めちゃくちゃ可愛い顔してんじゃねえか」

 

 嫌な方向に目が細まる。

 

「アニキの好みのタイプだ。こりゃ、プレゼントしたら喜ぶかもしれねぇなぁ」

「は?」

「それか、色街に売っ──」

 

 そこで、俺の方に伸びていた男の手がぴたりと止まった。

 いつの間にか横に立っていた黒い手甲が、その手首をがっちり掴んでいたからだ。

 

「ああん? 何だてめぇ!」

 

 声を荒げた男の前に立っていたのは、全身を漆黒の鎧で覆った偉丈夫だった。

 

 頭の先から足元まで黒い。

 兜まで被っているせいで表情は見えないが、ただ立っているだけで妙な圧がある。

 

 しかも、変に威嚇している訳でもない。

 何なら声も動きも静かなのに、場の空気だけが一気に冷えた感じがした。

 

「そのくらいにしておいてやれ」

 

 低く、落ち着いた声だった。

 男が一瞬言い返しかけたが、結局そのまま黙る。

 黒鎧の男は手を離すと、腰の袋から小瓶を取り出して差し出した。

 

「傷薬だ。倒れた男の患部に塗るといい」

 

 それから、ゲロまみれの男の方をちらりと見る。

 

「広場の横に井戸がある。鎧はそこで洗ってくるといい」

 

 どこまでも淡々としていた。

 助けに来たというより、面倒事を面倒事として片付けているだけみたいな口調だ。

 

「……お、おう」

 

 さっきまで騒いでいた男も、完全に気圧されていた。

 小瓶を受け取り、倒れていたアニキを介抱していた仲間に渡すと、自分は鎧を押さえながら井戸の方へ歩いていく。

 

 黒鎧の男は一瞬だけ俺を見て、それから地面ですやすや寝ているシエルへ視線を落とした。

 そして、重たい溜め息を一つ吐く。

 

「ここは魔物が出る可能性がある区域だ。治安も良いとは言い難い。潰れるまで酒を飲むのはやめておいた方がいい」

 

 それを言われると、もう返す言葉がない。

 

「……すみません」

「謝る必要はないが、気をつけた方がいい」

 

 言い方は冷たい訳じゃないが、淡々としていて、やたらと正論だった。

 

 黒鎧の男はそのまま倒れていた“アニキ”の方へ向かい、「立てるか?」と声を掛けている。

 このまま男が起きたら、また面倒になるかもしれない。

 そう思った俺は、今のうちに離れることにした。

 

 店主に代金を払って席を立つ。

 

 シエルを担ぎ上げると、シエルが小さく「はなしぇー……セクハラすんなぁ……」と寝言で言っていたが無視しておく。

 

「すみませんでした!」

 

 黒鎧の男と、まだごたごたしている三人組に向かって頭を下げ、そのままさっさとその場を離れた。

 

 背中でシエルはすやすやと寝息を立てている。

 さっきまであれだけ騒いでいたのに、今は信じられないくらい静かだ。

 ……もうこいつには二度と酒を飲ませない。

 

 俺は心の底からそう誓った。

 

 ただ、帰る前に夕食は確保しておきたい。

 ティナたちに何か食べれるものを買って帰ると言ったし、マルルゥへの土産もいる。

 

 というわけで、シエルを担いだまま露店をいくつか回り、美味しそうな匂いのしていた串焼きの肉と、スパイシーな匂いのするサラダのようなものを買った。サラダの上には色々な香辛料がかかっていて、その中央にぶよぶよした正体不明のものが乗っている。

 

 ティナたちの晩飯だ。

 俺はさっき食べたから、もう食わない。

 だからまあ、見た目から味の想像しにくいものを選んでもいいだろう、という判断である。

 

 ついでに露店で売っていた焼き菓子っぽいものも買っておく。

 これはマルルゥへの土産だ。

 

 何個か買ったうちの一つを試しに齧ってみたが──

 

「……うーん、微妙だなこれ」

 

 クッキーみたいな見た目なのに、妙にぼそぼそしていて、匂いのわりに甘みも弱い。

 正直、あんまり美味しくない。

 まあ、どうせ俺のじゃないからいいけど。

 

 そう考えながら、ティナたちのところへ戻る。

 

 広場の端まで来ると、焚き火にあたりながらうつらうつらしているマルルゥと、馬を見張るサラたち、それに少しだけ体調が戻ったらしいティナとカイトの姿が見えた。

 

 カイトは呼吸こそだいぶ落ち着いていたが、まだ顔色が悪い。焚き火にあたりながら「うぅ……」と小さく唸っている。

 ティナはその背中をさすりながら、心底呆れた顔をしていた。

 

「戻ったぞー」

 

 声をかけると、ティナがすぐ振り向いた。

 

「おかえり」

 

 カイトも青い顔のまま、無理やり声を絞り出す。

 

「お、おかえりなさい……」

 

 そして俺の背中で眠っているシエルに気づいた瞬間、ティナが眉を上げた。

 

「……何があったの?」

「酒飲んだら吐いてぶっ倒れた」

 

 そう答えると、ティナは一瞬だけ真顔になり、それから呆れたように言った。

 

「あんたもそうなる前に止めてあげなさいよ」

「いや、まさかここまでとは思わなくてだな……」

 

 俺だって、少し酔うくらいだと思ってたんだ。

 まさかコップをすっ飛ばしてチンピラを一人沈め、その後吐いて眠るところまで行くとは予想していない。

 俺はティナに買ってきた飯を手渡す。

 

「串焼きと、あと何かうまそうな匂いのするよく分かんないの」

「なにそれ」

 

 ティナは苦笑したが、ぶよぶよサラダを見た瞬間に真顔になった。

 

「……何この、よく分かんないの」

「匂いはいいから大丈夫じゃないか?」

「見た目は全然大丈夫そうじゃないんだけど」

「タルちゃんの料理食った後なら、大抵のものは美味しく感じるだろ。多分」

「その比較基準、最悪ね……」

 

 そう言いつつも、ティナはちゃんと受け取ってくれた。

 マルルゥにも焼き菓子を渡す。

 

「ほら、お前の土産」

「ありがとー」

 

 マルルゥは一口齧り、数秒だけ黙った。

 

「……いまいち」

「だよな」

「次から、ちゃんと美味しいお菓子を教えてあげるよ」

 

 何か、妙に可哀想なものを見る目で言われた。

 

「いや、ちゃんと知ってるし」

「ほんとに?」

「ほんとだって」

 

 そんなやり取りをしながら、俺はシエルをどう寝かせるか考える。

 

 焚き火の向こうでは、門前の夜がまだざわざわと続いていた。

 笑い声、食器の音、遠くの怒鳴り声、巡回の足音。

 賑やかなはずなのに、どこか落ち着かない夜だ。

 

 そしてそのど真ん中で、俺の背中には酔い潰れた聖女が一人。

 

 ……本当に、明日は大丈夫なんだろうか。

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