【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
その後も、シエルとはいろいろ話した。
話せたこと自体は、たぶん良かったんだと思う。
少なくとも、今までずっと一人で抱え込んでいたものを、少しは外へ出せたみたいだったし、俺の方も聞きたいことはいくらでもあった。
だが、その上でまず言えることが一つある。
──こいつには、絶対に酒を飲ませないようにしよう。
これである。
普段はほとんど飲まないらしい。
でも今日は、同じように女神に巻き込まれた俺と出会って、今まで誰にも話せなかった異世界の話までしてしまって、変な具合に気持ちが緩んだらしい。
「今日はちょっと、飲みたい気分なんです」
シエルがそう言った時、俺は少しだけ迷った。
迷ったが、まあ大人だし、少しくらいなら好きにすればいいんじゃないかとも思った。
思ったのが、甘かった。
普段飲まないから加減を知らないのか、それとも今日はもう酔っ払ってしまいたかったのか。
シエルは店で頼んだ酒を、引くほどの勢いでごくごく飲み始めた。まるで水でも飲むみたいなペースである。
そして、あっという間に出来上がった。
「ちょっとぉ……聞いてますかぁ、アウラさぁん~」
普段のシエルからは想像もつかない、ぐにゃぐにゃに崩れた声音で絡まれる。
「聞いてるって……教会の上層部のセクハラが酷いって話だろ。もうそれ三回くらい聞いた」
「ひどいぃ~……ほんとにひどいんですよぉ~……」
そう言うと、シエルは何故か「よよよ……」みたいな泣き真似を始めた。
お前、もはや別人みたいじゃねえか。
っていうか、そっちが本性なのか?
「アウラさんが冷たい……」
シエルは半分机に突っ伏しながら、恨めしそうな目を向けてくる。
「もう百年くらいこっちの世界でしんどかったところに、同じ境遇の人がやっと見つかったと思ったら……嬉しいでしょぉ……今日はお祝いですよぉ……お酒飲んでぇ……げふっ……あー……」
同じような調子で、同じ話をずっと繰り返している。
ただ、酔っ払いのたわごととして笑い飛ばしてしまうには、内容があまりにも重かった。
「最初は……そんなに悪くなかったんですよねー……」
シエルは酒の入った顔のまま、ぽつりと呟いた。
「こっちの世界に来た時、いきなり魔物がいっぱいいる森の中に送られて死にかけて、やっと辿り着いた村で助けてもらって……。村の人たちも優しかったし、慕ってくれる子供たちもいて。回復魔法を覚えて、怪我とか病気を治してあげたら、みんなすごく喜んでくれて」
そこで、少しだけ笑う。
でもその笑みは、すぐに頼りなく崩れた。
「最初は、それで良かったんです。本当に。身寄りのない子たちも、ちゃんとご飯食べられるようになったし……皆が楽に暮らせるなら、それでいいかなって」
酔う前に聞いた話も含めて整理すると、シエルは百年ほど前に俺と同じように女神の手違いで死に、この世界へ送られてきた。
送られた先は魔物の蔓延る森のど真ん中。魔剣とハイレグアーマーの力で何とか生き延び、さまよった末に人里へ辿り着いたらしい。
しかも森の凶悪な魔物を倒して村を救ったことで、最初は英雄みたいに歓迎されたという。
その後、スキルポイントの仕組みに気づき、回復魔法を取って村人たちの怪我や病を治していった結果、噂が噂を呼び、国の役人まで来るようになった。
国王に招かれた時は面倒だからと断ったらしいが、その代わり村に教会が建てられ、村そのものも大きく発展していった。
そうして気づいた時には、シエルは“聖女”という存在になっていた。
「でも、だんだん変わっていったんです」
シエルは手元の酒を見つめながら、小さく言った。
「小さかった子たちも、大きくなって……最初は、ちゃんと慕ってくれてたんですよ? でも、私じゃなくて、“聖女様”として見るようになってきて……」
そこで言葉を切ると、少しだけ眉を下げる。
「助けてくれる人とか、すごい人とか、ありがたい人とか……そういう風に言ってくれるんですけど、何て言うか……その、便利な人って感じにもなっていって」
最初のうちは、村の人間も喜んでいたし、身寄りのない子供たちが楽に暮らせるようになったのだから、それで良かったのだろう。
だが年月が経つにつれ、人は変わる。
小さくて可愛がっていた孤児たちは成長し、教会で働くようになった。
それ自体は良いことだったのかもしれない。
でも、接し方は少しずつ変わっていった。年を取らない“聖女”を、信仰の対象として扱いながら、同時に便利な存在として利用するようにもなった。
「それでも、慕ってくれる子はいたんです」
シエルはそう言ったあと、すぐに困ったように笑った。
「いたんですけど……百年も経つと、その子たちも、み~んな死んじゃうんですよね~……」
その一言が、妙に重かった。
また次の世代へ引き継がれ、また距離が変わり、また失われる。
その繰り返しの果てに、今のシエルは聖女として崇められながら、都合よく使われる側に回っていた。
回復役として。象徴として。時には“美しい聖女”として貴族の接待にまで。
「あの鎧着せられて貴族の接待とか最悪なんですよぉ……!」
シエルが机をばんばん叩く。
「えっちな目で見られるしぃ……“そんな格好してるなんて、お前も好きなんだな”とか言われるしぃ……っひく」
「うわぁ……」
それはきつい。
「だぁーれーが! こんなもん好きで着るかって話ですよぉ! ちっくしょおおおお!」
机に突っ伏したまま叫ぶシエルを見ながら、俺は心底思った。
……わかる。
そこだけはすごくわかる。
「で、骸骨仮面の男に襲われた時、護衛とはぐれて、そのまま逃げたって訳か」
「そうですよぉ~……もうやってらんないですぅ~……」
正直、スキルについて何か有益な情報が聞けるかと少し期待もしていた。
だが現時点で分かったことはそこまで多くない。
シエルは百年近く教会で聖女として過ごしていたせいで、ほぼ回復魔法しか取っていないらしい。魔物と戦ったのだって、最初に送られた時くらいで、以降は聖女として守られる側だったということだ。
というか、今は酔っ払っていて、まともに整理された話がほとんど聞けていない。
この辺は、酔いが覚めた後に改めて聞くべきだろう。
今はもう、愚痴を聞いてやるくらいしか出来ない。
何度目か分からない同じ愚痴を聞きながら、俺は目の前の料理を少しずつつついた。
肉と野菜を炒めたものは案外美味い。辛めのスープも酒に合うのか、シエルは途中までやたら機嫌よく食っていた。そこから酒の勢いがさらに上がった気もするが、もうそこは考えないことにした。
「あーもうほんと最悪……思い出すだけで腹が立ってきます……あんのクソ貴族がああああ!!」
そう言って、シエルが手に持っていた酒のカップをぶんっと振る。
「あ、ちょ──」
止める暇もなかった。
綺麗な放物線を描いて飛んでいったカップが、ちょうど近くを歩いていた三人組の男の一人の頭に、見事なくらい綺麗に直撃した。
スコーン! と、妙に小気味よい音が響く。
「ほげぇ!?」
情けない悲鳴と共に、男がその場に崩れ落ちた。
「うわぁ、やっべぇ……」
俺が思わず呟く一方で、カップを投げた張本人はどこ吹く風だ。シエルは俺の方を向いたまま、まだ何かぶつぶつ文句を言っている。
倒れた男に、残りの二人が慌てて駆け寄った。
「アニキ!?」
「大丈夫ですかい、アニキ!」
かなり本気で焦っている声だった。
しかし倒れたアニキと呼ばれた男は、ぴくりとも動かない。
すると、もう一人の男が周囲をきょろきょろ見渡し──俺と目が合った。
しまった、と思った時には遅い。
「てめぇかああああ!」
大声を張り上げながら、ずんずんこっちへ歩いてくる。
「アニキに向かって何しやがんだ、おおん!?」
「いや、あー……すいません。ツレが酔っ払ってて、うっかり手が滑ったみたいで──」
我ながら苦しい言い訳だった。
とにかく頭を下げながら、俺はシエルの肩を揺する。
「ほら、お前も謝れって」
「うるさいわねぇ~……耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないわよぉ……」
ふらっふらの足取りで立ち上がったシエルは、そのまま男の方へ歩いていった。
男も男で、売り言葉に買い言葉みたいな調子になる。
「てめぇ、やる気か──」
次の瞬間。
「オロロロロロ」
シエルは男のすぐ目の前で盛大に吐いた。
べちゃあ、という嫌な音と共に、男の服と鎧の一部がシエルの吐瀉物ででろでろになる。
「おああああああああ!? きったねえええええええ!!」
男が絶叫した。
「ちょ、おま、俺の買ったばっかの鎧がああああ!」
それだけ叫びきると、シエルは一仕事終えたみたいな顔でその場にばたりと倒れ、そのまますやすや眠り始めた。
……自由すぎるだろ。
ゲロまみれになった男は涙目だった。
「て、てめぇら……アニキのことといい、俺のおニューの鎧といい……覚悟は出来てんだろうなぁ……!」
完全にキレている。
そりゃそうだ。百パーセントこちらが悪い。
俺はとにかく頭を下げた。
「す、すいません! 本当にすいません! 鎧は洗って返しますし、その、そちらの倒れた人の治療も──」
そこまで言ったところで、ゲロまみれの男が俺の顔をじろじろ見た。
「……お前、めちゃくちゃ可愛い顔してんじゃねえか」
嫌な方向に目が細まる。
「アニキの好みのタイプだ。こりゃ、プレゼントしたら喜ぶかもしれねぇなぁ」
「は?」
「それか、色街に売っ──」
そこで、俺の方に伸びていた男の手がぴたりと止まった。
いつの間にか横に立っていた黒い手甲が、その手首をがっちり掴んでいたからだ。
「ああん? 何だてめぇ!」
声を荒げた男の前に立っていたのは、全身を漆黒の鎧で覆った偉丈夫だった。
頭の先から足元まで黒い。
兜まで被っているせいで表情は見えないが、ただ立っているだけで妙な圧がある。
しかも、変に威嚇している訳でもない。
何なら声も動きも静かなのに、場の空気だけが一気に冷えた感じがした。
「そのくらいにしておいてやれ」
低く、落ち着いた声だった。
男が一瞬言い返しかけたが、結局そのまま黙る。
黒鎧の男は手を離すと、腰の袋から小瓶を取り出して差し出した。
「傷薬だ。倒れた男の患部に塗るといい」
それから、ゲロまみれの男の方をちらりと見る。
「広場の横に井戸がある。鎧はそこで洗ってくるといい」
どこまでも淡々としていた。
助けに来たというより、面倒事を面倒事として片付けているだけみたいな口調だ。
「……お、おう」
さっきまで騒いでいた男も、完全に気圧されていた。
小瓶を受け取り、倒れていたアニキを介抱していた仲間に渡すと、自分は鎧を押さえながら井戸の方へ歩いていく。
黒鎧の男は一瞬だけ俺を見て、それから地面ですやすや寝ているシエルへ視線を落とした。
そして、重たい溜め息を一つ吐く。
「ここは魔物が出る可能性がある区域だ。治安も良いとは言い難い。潰れるまで酒を飲むのはやめておいた方がいい」
それを言われると、もう返す言葉がない。
「……すみません」
「謝る必要はないが、気をつけた方がいい」
言い方は冷たい訳じゃないが、淡々としていて、やたらと正論だった。
黒鎧の男はそのまま倒れていた“アニキ”の方へ向かい、「立てるか?」と声を掛けている。
このまま男が起きたら、また面倒になるかもしれない。
そう思った俺は、今のうちに離れることにした。
店主に代金を払って席を立つ。
シエルを担ぎ上げると、シエルが小さく「はなしぇー……セクハラすんなぁ……」と寝言で言っていたが無視しておく。
「すみませんでした!」
黒鎧の男と、まだごたごたしている三人組に向かって頭を下げ、そのままさっさとその場を離れた。
背中でシエルはすやすやと寝息を立てている。
さっきまであれだけ騒いでいたのに、今は信じられないくらい静かだ。
……もうこいつには二度と酒を飲ませない。
俺は心の底からそう誓った。
ただ、帰る前に夕食は確保しておきたい。
ティナたちに何か食べれるものを買って帰ると言ったし、マルルゥへの土産もいる。
というわけで、シエルを担いだまま露店をいくつか回り、美味しそうな匂いのしていた串焼きの肉と、スパイシーな匂いのするサラダのようなものを買った。サラダの上には色々な香辛料がかかっていて、その中央にぶよぶよした正体不明のものが乗っている。
ティナたちの晩飯だ。
俺はさっき食べたから、もう食わない。
だからまあ、見た目から味の想像しにくいものを選んでもいいだろう、という判断である。
ついでに露店で売っていた焼き菓子っぽいものも買っておく。
これはマルルゥへの土産だ。
何個か買ったうちの一つを試しに齧ってみたが──
「……うーん、微妙だなこれ」
クッキーみたいな見た目なのに、妙にぼそぼそしていて、匂いのわりに甘みも弱い。
正直、あんまり美味しくない。
まあ、どうせ俺のじゃないからいいけど。
そう考えながら、ティナたちのところへ戻る。
広場の端まで来ると、焚き火にあたりながらうつらうつらしているマルルゥと、馬を見張るサラたち、それに少しだけ体調が戻ったらしいティナとカイトの姿が見えた。
カイトは呼吸こそだいぶ落ち着いていたが、まだ顔色が悪い。焚き火にあたりながら「うぅ……」と小さく唸っている。
ティナはその背中をさすりながら、心底呆れた顔をしていた。
「戻ったぞー」
声をかけると、ティナがすぐ振り向いた。
「おかえり」
カイトも青い顔のまま、無理やり声を絞り出す。
「お、おかえりなさい……」
そして俺の背中で眠っているシエルに気づいた瞬間、ティナが眉を上げた。
「……何があったの?」
「酒飲んだら吐いてぶっ倒れた」
そう答えると、ティナは一瞬だけ真顔になり、それから呆れたように言った。
「あんたもそうなる前に止めてあげなさいよ」
「いや、まさかここまでとは思わなくてだな……」
俺だって、少し酔うくらいだと思ってたんだ。
まさかコップをすっ飛ばしてチンピラを一人沈め、その後吐いて眠るところまで行くとは予想していない。
俺はティナに買ってきた飯を手渡す。
「串焼きと、あと何かうまそうな匂いのするよく分かんないの」
「なにそれ」
ティナは苦笑したが、ぶよぶよサラダを見た瞬間に真顔になった。
「……何この、よく分かんないの」
「匂いはいいから大丈夫じゃないか?」
「見た目は全然大丈夫そうじゃないんだけど」
「タルちゃんの料理食った後なら、大抵のものは美味しく感じるだろ。多分」
「その比較基準、最悪ね……」
そう言いつつも、ティナはちゃんと受け取ってくれた。
マルルゥにも焼き菓子を渡す。
「ほら、お前の土産」
「ありがとー」
マルルゥは一口齧り、数秒だけ黙った。
「……いまいち」
「だよな」
「次から、ちゃんと美味しいお菓子を教えてあげるよ」
何か、妙に可哀想なものを見る目で言われた。
「いや、ちゃんと知ってるし」
「ほんとに?」
「ほんとだって」
そんなやり取りをしながら、俺はシエルをどう寝かせるか考える。
焚き火の向こうでは、門前の夜がまだざわざわと続いていた。
笑い声、食器の音、遠くの怒鳴り声、巡回の足音。
賑やかなはずなのに、どこか落ち着かない夜だ。
そしてそのど真ん中で、俺の背中には酔い潰れた聖女が一人。
……本当に、明日は大丈夫なんだろうか。