【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
朝方になると、人の気配で目が覚めた。
テントの布越しでも分かるくらい、外がざわついている。
昨夜は門前広場の騒がしさが夜更けまで続いていたが、今の気配はそれとは少し違う。酒に酔った笑い声ではなく、これから一日が始まるぞという種類のせわしなさだった。
体を起こして周りを見る。
狭いテントの中には、ティナとカイト、それからシエルも転がっていた。
昨夜のあの状態で馬車に一人放り込んでおくのもどうかと思って、結局こっちのテントに寝かせたのだ。本人は完全に潰れていたので、たぶん何も覚えていないだろう。
外の気配の正体を確かめようと、そっと幕をめくって顔を出す。
すると、すでにかなりの人間が起き出していた。
城門の前には、開門を待つ列がもう出来始めている。
夜のうちは屋台と焚き火に囲まれていた広場も、朝の空気の中では別の顔を見せていた。
火の始末をしている屋台、荷をまとめている商人、眠そうな顔で馬を引く御者、列の順番を気にしながら何度も前を覗き込む旅人。皆それぞれに忙しない。
近くの焚き火では、ミゲルたちももう起きていた。朝飯の準備をしているらしく、鍋から細い湯気が立っている。
俺はテントから這い出して、大きく一つ伸びをした。
朝の空気はひんやりしていて、夜の熱気が嘘みたいに薄い。
「おはよう。朝早いのに、もう人が並んでるんだな」
そう声を掛けると、ミゲルたちもそれぞれ挨拶を返してくれた。
答えたのはフーバさんだ。
「商人なんかは朝早く入って、商品の仕入れとか納品とかするんじゃないかな~。まー、私らはそんな急ぐ必要ないし、朝ごはん食べてからゆっくり入ればいいよ~」
そう言うフーバさんは、何故か上半身裸だった。
朝の冷気の中で、妙に堂々としている。
「……フーバさん、何で裸なの?」
聞くと、フーバさんはすっと目を逸らし、小声になった。
「あともう少しで大勝ちだったんだけどね……全部持ってかれちゃった……」
しょんぼりした顔でそう言う。
その横でサラが、めちゃくちゃ怖い顔をしていた。
「飯食ってくるって言うから屋台の方に行かせたら、博打やってこれだ。今回の依頼の金のほとんどがパーだよ」
「いやぁ、途中まではすごかったんだって。最後にいけると思って全部突っ込んだのが駄目だったね。ははは」
乾いた笑いを漏らすフーバさんに、サラが邪悪な笑みを浮かべる。
「しばらくは塩と水だけで生活しろ、このクソボケカス」
「はい! すいませんした! 自分、塩大好きなんで!」
そう言って即座に土下座に移るフーバさん。
……ああ、うん。またやったんだなって感じである。
ミゲルは慣れているのか、鍋を混ぜながら二人のやり取りを綺麗に無視していた。
「飯食って、門が開いたら馬車ギルド行って、サインして解散って感じでいいのか?」
そう聞くと、ミゲルは「ああ」と短く頷く。
「そうだ。まー、色々あったが、無事着いてよかったぜ。毎回ここで迎える朝が一番ほっとするんだよな」
そう言って、大きく伸びをする。
その何気ない一言に、ちょっとだけ胸の奥が引っかかった。
たった数日だ。しかも旅の仲間と呼ぶほどの関係でもない。
でも、それでもこうして一緒に危ない道を越えてきた相手と、もうすぐ別れるんだと思うと、少しだけ寂しい気もする。
そんなことを考えているうちに、ティナが起きてきたので、適当に朝飯の準備をすることになった。
簡単な干し肉やパンを温め、残っていたスープを分ける。門前の朝飯なので豪華ではないが、野外で食うには十分だ。
準備をしながら、俺は昨夜シエルと話した内容の一部をティナに伝えた。
「ブルム男爵に会う時、シエ……シャロンも連れて行こうと思う。一緒に匿ってもらえないか、聞いてみたいんだ」
ティナは少しだけ眉を上げた。
「あんたがそうしたいなら、別に構わないけど……あの子も教会に追われてるって感じ?」
「まあ、そんなところだな。回復魔法も使えるし」
本当は“聖女”というところまで話してしまえば早いのかもしれない。
でも、それは俺が勝手にばらすべきことじゃない気がした。下手に話してティナたちまで余計な面倒に巻き込むのも嫌だ。
なので、そこはぼかしておく。
「ふぅん……」
ティナはそれ以上深くは聞かなかった。
助かった、というべきなんだろう。
カイトとマルルゥも起きてきていたが、シエルの姿だけ見当たらない。
テントの中を覗くと、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
昨夜の惨状を思い出す。
コップを投げて人を沈め、ゲロを吐いて、人の鎧を駄目にして、そのまま熟睡。
そこまでやっておいてこの顔は、ちょっと腹が立つな。
俺はテントの中へ入り込むと、シエルのほっぺをぐいっとつねった。
「朝だぞー、起きろー」
「はひー……いひゃい、いひゃい、やめてくだしゃいー……」
ほっぺを離してやると、シエルは恨みがましい目でこっちを見る。
なので、全然起きてこないから起こしてやったんだぞ、と胸を張っておく。
シエルはきょろきょろと周囲を見渡した。
「あれ……私、テントの中で寝てる?」
「おう。二日酔いとか大丈夫なのか? めちゃくちゃ飲んでたけど」
そう言うと、シエルは「あれー?」という顔で昨日の記憶を探り始めた。
その様子を見て、俺は昨夜の出来事をざっくり説明してやる。
ガラの悪い男にコップをぶつけて気絶させたこと。
その連れの一人に盛大に吐いたこと。
そのあと綺麗に潰れて寝たこと。
話し終える頃には、シエルの顔は見る見る青くなっていた。
「ひ、ひぃぃぃ……そんな、そんな冗談ですよね? ね?」
「残念ながら……」
「ひえぇぇぇ……」
ぷるぷる震えている。
なんか面白いが、ちょっと可哀想な気もするので、少しだけフォローしておくことにした。
「まあ、黒い鎧の人が助けてくれたから、今度会ったら礼言っとこうぜ。あと、潰れたお前を背負って戻ってきた俺にも感謝しとけよ」
「うぅ……すみません、すみません……」
「それと、今後俺はお前とは酒飲まないからな」
「すみません、すみません……!」
壊れた人形みたいに土下座を始めるシエル。
……うーん。
何かこいつ、思ってたよりずっと残念な子な気がしてきたぞ。
そんな朝の小騒ぎをしているうちに、城門の方で動きがあった。
重い音を立てて門が開き、並んでいた人々が一斉に中へ流れ込んでいく。
それと同時に、夜の間あれだけ賑わっていた屋台の連中も、まるで潮が引くみたいにさっと片付け始めた。焚き火が消え、天幕が畳まれ、夜だけ現れていた小さな街が、あっという間に解体されていく。
昨夜の門前広場が夢だったみたいだ。
俺たちも朝飯を終え、荷をまとめると、いよいよ門の中へ入ることになった。
門の前では、入る人間を兵士がざっと確認していた。
列の流れそのものは速いが、完全に素通りという訳ではないらしい。
「街道馬車組合だ。客を連れてギルドまで入る」
ミゲルがそう言って何か札のようなものを見せると、門兵は俺たちの顔を順に見た。
「人数は?」
「俺含めて八人だ」
「……よし、通れ」
思ったよりもあっさり通されたが、俺が見ているのに気がついたミゲルは肩をすくめる。
「ここは入る奴が多いから、確認も最低限だ。だが、街の奥に入る時はもう少し面倒だぞ」
そんなことを言いながら先へ進む。
城門の下をくぐる瞬間、石の圧迫感が一気に迫ってきた。
外から見ても大きかったが、中へ入る時はもっと凄い。分厚い石壁が頭上で重なり合い、巨大な口の中を通っていくみたいな気分になる。門扉の内側には補強の鉄がびっしりと打ち込まれていて、ただの街の入口というより、本当に“砦の喉元”という感じだった。
そして、そこを抜けた先に広がっていた光景を見て、俺は思わず足を止めかけた。
そこはアストルとはまるで違う街だった。
まず目に入るのは、石だ。
道も、建物も、塀も、全部が分厚い石で出来ている。
木造の温かみや、柔らかい街の雰囲気は薄い。代わりに、頑丈さと実用性が前に出ている。広い通りは荷馬車が何台も並んで通れるように取られていて、両脇には大きな倉庫や商館、武装した人間の出入りする施設が並んでいた。
朝だというのに、いや、朝だからこそか、人の流れが凄まじい。
荷物を抱えた商人。
荷を担ぐ人夫。
馬を引く御者。
武器を提げた冒険者。
巡回する兵士。
どこを見ても、誰かが何かのために動いている。
しかも、その忙しさの中に、妙な緊張が混じっている気がする。
笑い声がない訳じゃない。商人同士の怒鳴り合いみたいな会話もあるし、知り合い同士で軽口を叩き合っている連中もいる。けれど、全体の空気はどこか引き締まっている。みんながこの街の“前線感”を知っていて、その上で生きている感じがした。
道の端には武器屋らしき店が何軒も見える。槍や剣だけじゃなく、見たこともない形の金具や、防具の部品らしいものまで並んでいる。大きな荷車から木箱が下ろされ、それをそのまま店や倉庫へ運び込んでいる光景も、あちこちで見えた。
兵士の姿も多い。
アストルでは“街を守る人”として遠くにいた感じだったが、ここではもっと近い。道を横切り、商人に声を掛け、荷の流れを整え、時には冒険者らしき連中と言葉を交わしている。盾の会らしい人間も、兵士と同じように自然にそこへ混ざっていた。
街そのものが、守りと物流のために作られている。
見ただけで、それが分かる。
「うわぁ……」
すぐ横から、カイトの声がした。
さっきまで焚き火の前で死にかけていたくせに、門をくぐった途端に目を輝かせている。お前、回復早いな。
「凄い……アストルと全然違う!」
声まで元気になっていた。
ティナはそんなカイトを見て呆れたような顔をしたが、その口元はほんの少しだけ緩んでいる。
「さっきまで死にそうな顔してたのに、こういう時だけ元気なのね……」
そう言いながらも、ティナ自身も周囲を見回していた。
警戒している目だが、そこに少しだけ高揚も混じっているのが分かる。
マルルゥは相変わらず眠そうな顔で、「ふぁ~……」と欠伸をしていた。
こいつは多分、どこに来ても変わらないんだろうな。
シエルもまた、周囲を見渡していた。
きょろきょろとあちこちを見ながら、時々少しだけ目を見開いている。緊張しているようにも見えるし、景色そのものに圧倒されているようにも見えた。
そんな俺たちをよそに、ミゲルはさっそく周囲の人間に声を掛けられていた。
「おう、帰ったぜ」
「何だ、生きてたのかよこの野郎」
「そっちこそな」
そんな軽口を叩き合って、笑っている。
どうやらこの辺りでは顔が利くらしい。考えてみれば、アストルとドゥル=ブルムを何度も往復しているんだから、そりゃそうか。
門を入ってすぐ近くには、馬や馬車を停めておくための広い場所があった。柵で区切られた区画がいくつも並んでいて、既にかなりの数の馬車が止められている。その向こうには、馬車ギルドの紋章が大きく掲げられた石造りの建物も見えた。
「そこで待っててくれ」
ミゲルはそう言うと、馬車と馬を停める場所へ向かっていく。
サラに促されて、そのまま俺たちも馬車ギルドの建物へ向かった。
中へ入ると、外の雰囲気そのままに、かなり慌ただしい空気が満ちていた。
石造りの頑丈そうな建物の中には、受付の窓口がいくつもあって、御者や商人が書類を持って並んでいる。声の大きい連中が多いせいか、室内なのに妙に騒がしい。
サラとフーバさんは受付へ行くと、その列の最後尾に並んだ。
「俺たちゃこれで依頼完了だ」
サラが振り返って言う。
「お前らもここでミゲルの書類にサインして終わりだから、ここでお別れだな。道中騒がしかったが、楽しかったぜ」
「うんうん。やっぱ若い子たちがいると、自分もまだまだ若いって実感できるよね。ははは──ハックション!」
フーバさんが盛大なくしゃみをした。
まだ上半身裸である。そりゃそうなる。
しばらくしてミゲルが戻ってきて、受付に声を掛け、何枚か書類を持ってこちらへ来た。
「ほれ、あんたらのサインくれ」
そう言って差し出された紙を、ティナが受け取って確認し、そのまま代表して書いてくれる。
ミゲルはサインを確認すると、満足そうに頷いた。
「おし、完了だ。また何かありゃ声掛けてくれ。俺はアストルとここの往復担当だ。また帰る時に会うかもしれんぜ」
サラとフーバさんも、受付での手続きが終わるとこちらへ戻ってきた。
「俺たちはこいつの借金返すために、冒険者ギルドにもよく顔を出してる。また出会ったらよろしく頼むぜ」
そう言ってサラがフーバさんの背中をぺちんと叩く。
「またね~!」
フーバさんもひらひらと手を振り、そのまま二人で外へ出て行った。
ミゲルも、最後に片手を挙げてから去っていく。
その背中が、石造りの建物の向こうへ消えていく。
何だかんだで、楽しい旅だった気がする。
たった数日だったけど、一緒に危ない道を越えてきた。
また会えるかは分からない。
でも、また会えたらいいな、と思う。
そう思えるくらいには、悪くない仲間だった。
尻は馬車の振動で痛かったが、これはこれで──
いや、やっぱり普通に痛いな……。
俺は軽く腰を押さえながら、目の前の街の空気をもう一度吸い込んだ。
まずは、ギルド長から預かった書簡をドゥル=ブルムの冒険者ギルドへ持っていこう。
そこからブルム男爵に取り次いでもらう。
要塞都市ドゥル=ブルム。
その朝の真ん中に、俺たちは立っていた。
や、やっとたどり着いた……思ってたより時間が掛かっちゃった……。