【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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62話 朝の別れと新しい街

 朝方になると、人の気配で目が覚めた。

 

 テントの布越しでも分かるくらい、外がざわついている。

 昨夜は門前広場の騒がしさが夜更けまで続いていたが、今の気配はそれとは少し違う。酒に酔った笑い声ではなく、これから一日が始まるぞという種類のせわしなさだった。

 

 体を起こして周りを見る。

 

 狭いテントの中には、ティナとカイト、それからシエルも転がっていた。

 昨夜のあの状態で馬車に一人放り込んでおくのもどうかと思って、結局こっちのテントに寝かせたのだ。本人は完全に潰れていたので、たぶん何も覚えていないだろう。

 

 外の気配の正体を確かめようと、そっと幕をめくって顔を出す。

 すると、すでにかなりの人間が起き出していた。

 

 城門の前には、開門を待つ列がもう出来始めている。

 夜のうちは屋台と焚き火に囲まれていた広場も、朝の空気の中では別の顔を見せていた。

 火の始末をしている屋台、荷をまとめている商人、眠そうな顔で馬を引く御者、列の順番を気にしながら何度も前を覗き込む旅人。皆それぞれに忙しない。

 

 近くの焚き火では、ミゲルたちももう起きていた。朝飯の準備をしているらしく、鍋から細い湯気が立っている。

 

 俺はテントから這い出して、大きく一つ伸びをした。

 朝の空気はひんやりしていて、夜の熱気が嘘みたいに薄い。

 

「おはよう。朝早いのに、もう人が並んでるんだな」

 

 そう声を掛けると、ミゲルたちもそれぞれ挨拶を返してくれた。

 答えたのはフーバさんだ。

 

「商人なんかは朝早く入って、商品の仕入れとか納品とかするんじゃないかな~。まー、私らはそんな急ぐ必要ないし、朝ごはん食べてからゆっくり入ればいいよ~」

 

 そう言うフーバさんは、何故か上半身裸だった。

 朝の冷気の中で、妙に堂々としている。

 

「……フーバさん、何で裸なの?」

 

 聞くと、フーバさんはすっと目を逸らし、小声になった。

 

「あともう少しで大勝ちだったんだけどね……全部持ってかれちゃった……」

 

 しょんぼりした顔でそう言う。

 

 その横でサラが、めちゃくちゃ怖い顔をしていた。

 

「飯食ってくるって言うから屋台の方に行かせたら、博打やってこれだ。今回の依頼の金のほとんどがパーだよ」

「いやぁ、途中まではすごかったんだって。最後にいけると思って全部突っ込んだのが駄目だったね。ははは」

 

 乾いた笑いを漏らすフーバさんに、サラが邪悪な笑みを浮かべる。

 

「しばらくは塩と水だけで生活しろ、このクソボケカス」

「はい! すいませんした! 自分、塩大好きなんで!」

 

 そう言って即座に土下座に移るフーバさん。

 ……ああ、うん。またやったんだなって感じである。

 

 ミゲルは慣れているのか、鍋を混ぜながら二人のやり取りを綺麗に無視していた。

 

「飯食って、門が開いたら馬車ギルド行って、サインして解散って感じでいいのか?」

 

 そう聞くと、ミゲルは「ああ」と短く頷く。

 

「そうだ。まー、色々あったが、無事着いてよかったぜ。毎回ここで迎える朝が一番ほっとするんだよな」

 

 そう言って、大きく伸びをする。

 その何気ない一言に、ちょっとだけ胸の奥が引っかかった。

 

 たった数日だ。しかも旅の仲間と呼ぶほどの関係でもない。

 でも、それでもこうして一緒に危ない道を越えてきた相手と、もうすぐ別れるんだと思うと、少しだけ寂しい気もする。

 

 そんなことを考えているうちに、ティナが起きてきたので、適当に朝飯の準備をすることになった。

 簡単な干し肉やパンを温め、残っていたスープを分ける。門前の朝飯なので豪華ではないが、野外で食うには十分だ。

 

 準備をしながら、俺は昨夜シエルと話した内容の一部をティナに伝えた。

 

「ブルム男爵に会う時、シエ……シャロンも連れて行こうと思う。一緒に匿ってもらえないか、聞いてみたいんだ」

 

 ティナは少しだけ眉を上げた。

 

「あんたがそうしたいなら、別に構わないけど……あの子も教会に追われてるって感じ?」

「まあ、そんなところだな。回復魔法も使えるし」

 

 本当は“聖女”というところまで話してしまえば早いのかもしれない。

 でも、それは俺が勝手にばらすべきことじゃない気がした。下手に話してティナたちまで余計な面倒に巻き込むのも嫌だ。

 なので、そこはぼかしておく。

 

「ふぅん……」

 

 ティナはそれ以上深くは聞かなかった。

 助かった、というべきなんだろう。

 

 カイトとマルルゥも起きてきていたが、シエルの姿だけ見当たらない。

 テントの中を覗くと、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

 

 昨夜の惨状を思い出す。

 

 コップを投げて人を沈め、ゲロを吐いて、人の鎧を駄目にして、そのまま熟睡。

 そこまでやっておいてこの顔は、ちょっと腹が立つな。

 

 俺はテントの中へ入り込むと、シエルのほっぺをぐいっとつねった。

 

「朝だぞー、起きろー」

「はひー……いひゃい、いひゃい、やめてくだしゃいー……」

 

 ほっぺを離してやると、シエルは恨みがましい目でこっちを見る。

 なので、全然起きてこないから起こしてやったんだぞ、と胸を張っておく。

 

 シエルはきょろきょろと周囲を見渡した。

 

「あれ……私、テントの中で寝てる?」

「おう。二日酔いとか大丈夫なのか? めちゃくちゃ飲んでたけど」

 

 そう言うと、シエルは「あれー?」という顔で昨日の記憶を探り始めた。

 その様子を見て、俺は昨夜の出来事をざっくり説明してやる。

 

 ガラの悪い男にコップをぶつけて気絶させたこと。

 その連れの一人に盛大に吐いたこと。

 そのあと綺麗に潰れて寝たこと。

 

 話し終える頃には、シエルの顔は見る見る青くなっていた。

 

「ひ、ひぃぃぃ……そんな、そんな冗談ですよね? ね?」

「残念ながら……」

「ひえぇぇぇ……」

 

 ぷるぷる震えている。

 なんか面白いが、ちょっと可哀想な気もするので、少しだけフォローしておくことにした。

 

「まあ、黒い鎧の人が助けてくれたから、今度会ったら礼言っとこうぜ。あと、潰れたお前を背負って戻ってきた俺にも感謝しとけよ」

「うぅ……すみません、すみません……」

「それと、今後俺はお前とは酒飲まないからな」

「すみません、すみません……!」

 

 壊れた人形みたいに土下座を始めるシエル。

 ……うーん。

 何かこいつ、思ってたよりずっと残念な子な気がしてきたぞ。

 

 そんな朝の小騒ぎをしているうちに、城門の方で動きがあった。

 

 重い音を立てて門が開き、並んでいた人々が一斉に中へ流れ込んでいく。

 それと同時に、夜の間あれだけ賑わっていた屋台の連中も、まるで潮が引くみたいにさっと片付け始めた。焚き火が消え、天幕が畳まれ、夜だけ現れていた小さな街が、あっという間に解体されていく。

 

 昨夜の門前広場が夢だったみたいだ。

 俺たちも朝飯を終え、荷をまとめると、いよいよ門の中へ入ることになった。

 

 門の前では、入る人間を兵士がざっと確認していた。

 列の流れそのものは速いが、完全に素通りという訳ではないらしい。

 

「街道馬車組合だ。客を連れてギルドまで入る」

 

 ミゲルがそう言って何か札のようなものを見せると、門兵は俺たちの顔を順に見た。

 

「人数は?」

「俺含めて八人だ」

「……よし、通れ」

 

 思ったよりもあっさり通されたが、俺が見ているのに気がついたミゲルは肩をすくめる。

 

「ここは入る奴が多いから、確認も最低限だ。だが、街の奥に入る時はもう少し面倒だぞ」

 

 そんなことを言いながら先へ進む。

 城門の下をくぐる瞬間、石の圧迫感が一気に迫ってきた。

 

 外から見ても大きかったが、中へ入る時はもっと凄い。分厚い石壁が頭上で重なり合い、巨大な口の中を通っていくみたいな気分になる。門扉の内側には補強の鉄がびっしりと打ち込まれていて、ただの街の入口というより、本当に“砦の喉元”という感じだった。

 

 そして、そこを抜けた先に広がっていた光景を見て、俺は思わず足を止めかけた。

 

 そこはアストルとはまるで違う街だった。

 まず目に入るのは、石だ。

 

 道も、建物も、塀も、全部が分厚い石で出来ている。

 木造の温かみや、柔らかい街の雰囲気は薄い。代わりに、頑丈さと実用性が前に出ている。広い通りは荷馬車が何台も並んで通れるように取られていて、両脇には大きな倉庫や商館、武装した人間の出入りする施設が並んでいた。

 

 朝だというのに、いや、朝だからこそか、人の流れが凄まじい。

 

 荷物を抱えた商人。

 荷を担ぐ人夫。

 馬を引く御者。

 武器を提げた冒険者。

 巡回する兵士。

 

 どこを見ても、誰かが何かのために動いている。

 

 しかも、その忙しさの中に、妙な緊張が混じっている気がする。

 笑い声がない訳じゃない。商人同士の怒鳴り合いみたいな会話もあるし、知り合い同士で軽口を叩き合っている連中もいる。けれど、全体の空気はどこか引き締まっている。みんながこの街の“前線感”を知っていて、その上で生きている感じがした。

 

 道の端には武器屋らしき店が何軒も見える。槍や剣だけじゃなく、見たこともない形の金具や、防具の部品らしいものまで並んでいる。大きな荷車から木箱が下ろされ、それをそのまま店や倉庫へ運び込んでいる光景も、あちこちで見えた。

 

 兵士の姿も多い。

 

 アストルでは“街を守る人”として遠くにいた感じだったが、ここではもっと近い。道を横切り、商人に声を掛け、荷の流れを整え、時には冒険者らしき連中と言葉を交わしている。盾の会らしい人間も、兵士と同じように自然にそこへ混ざっていた。

 

 街そのものが、守りと物流のために作られている。

 見ただけで、それが分かる。

 

「うわぁ……」

 

 すぐ横から、カイトの声がした。

 さっきまで焚き火の前で死にかけていたくせに、門をくぐった途端に目を輝かせている。お前、回復早いな。

 

「凄い……アストルと全然違う!」

 

 声まで元気になっていた。

 ティナはそんなカイトを見て呆れたような顔をしたが、その口元はほんの少しだけ緩んでいる。

 

「さっきまで死にそうな顔してたのに、こういう時だけ元気なのね……」

 

 そう言いながらも、ティナ自身も周囲を見回していた。

 警戒している目だが、そこに少しだけ高揚も混じっているのが分かる。

 

 マルルゥは相変わらず眠そうな顔で、「ふぁ~……」と欠伸をしていた。

 こいつは多分、どこに来ても変わらないんだろうな。

 

 シエルもまた、周囲を見渡していた。

 きょろきょろとあちこちを見ながら、時々少しだけ目を見開いている。緊張しているようにも見えるし、景色そのものに圧倒されているようにも見えた。

 

 そんな俺たちをよそに、ミゲルはさっそく周囲の人間に声を掛けられていた。

 

「おう、帰ったぜ」

「何だ、生きてたのかよこの野郎」

「そっちこそな」

 

 そんな軽口を叩き合って、笑っている。

 どうやらこの辺りでは顔が利くらしい。考えてみれば、アストルとドゥル=ブルムを何度も往復しているんだから、そりゃそうか。

 

 門を入ってすぐ近くには、馬や馬車を停めておくための広い場所があった。柵で区切られた区画がいくつも並んでいて、既にかなりの数の馬車が止められている。その向こうには、馬車ギルドの紋章が大きく掲げられた石造りの建物も見えた。

 

「そこで待っててくれ」

 

 ミゲルはそう言うと、馬車と馬を停める場所へ向かっていく。

 サラに促されて、そのまま俺たちも馬車ギルドの建物へ向かった。

 

 中へ入ると、外の雰囲気そのままに、かなり慌ただしい空気が満ちていた。

 石造りの頑丈そうな建物の中には、受付の窓口がいくつもあって、御者や商人が書類を持って並んでいる。声の大きい連中が多いせいか、室内なのに妙に騒がしい。

 

 サラとフーバさんは受付へ行くと、その列の最後尾に並んだ。

 

「俺たちゃこれで依頼完了だ」

 

 サラが振り返って言う。

 

「お前らもここでミゲルの書類にサインして終わりだから、ここでお別れだな。道中騒がしかったが、楽しかったぜ」

「うんうん。やっぱ若い子たちがいると、自分もまだまだ若いって実感できるよね。ははは──ハックション!」

 

 フーバさんが盛大なくしゃみをした。

 まだ上半身裸である。そりゃそうなる。

 しばらくしてミゲルが戻ってきて、受付に声を掛け、何枚か書類を持ってこちらへ来た。

 

「ほれ、あんたらのサインくれ」

 

 そう言って差し出された紙を、ティナが受け取って確認し、そのまま代表して書いてくれる。

 ミゲルはサインを確認すると、満足そうに頷いた。

 

「おし、完了だ。また何かありゃ声掛けてくれ。俺はアストルとここの往復担当だ。また帰る時に会うかもしれんぜ」

 

 サラとフーバさんも、受付での手続きが終わるとこちらへ戻ってきた。

 

「俺たちはこいつの借金返すために、冒険者ギルドにもよく顔を出してる。また出会ったらよろしく頼むぜ」

 

 そう言ってサラがフーバさんの背中をぺちんと叩く。

 

「またね~!」

 

 フーバさんもひらひらと手を振り、そのまま二人で外へ出て行った。

 ミゲルも、最後に片手を挙げてから去っていく。

 その背中が、石造りの建物の向こうへ消えていく。

 何だかんだで、楽しい旅だった気がする。

 

 たった数日だったけど、一緒に危ない道を越えてきた。

 また会えるかは分からない。

 でも、また会えたらいいな、と思う。

 

 そう思えるくらいには、悪くない仲間だった。

 

 尻は馬車の振動で痛かったが、これはこれで──

 いや、やっぱり普通に痛いな……。

 俺は軽く腰を押さえながら、目の前の街の空気をもう一度吸い込んだ。

 

 まずは、ギルド長から預かった書簡をドゥル=ブルムの冒険者ギルドへ持っていこう。

 そこからブルム男爵に取り次いでもらう。

 

 要塞都市ドゥル=ブルム。

 その朝の真ん中に、俺たちは立っていた。




 や、やっとたどり着いた……思ってたより時間が掛かっちゃった……。
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