【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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64話 高台の館

 ドゥル=ブルムの冒険者ギルドの中へ足を踏み入れた瞬間、俺は思わず小さく息を呑んだ。

 

 広い。

 

 アストルの冒険者ギルドだって十分大きいと思っていたが、ここはそれ以上だった。

 天井が高く、柱も太い。壁際には長椅子や掲示板がいくつも並び、受付も一つや二つではない。人の出入りも激しく、扉が開くたびに外の喧騒と中の熱気が混ざり合う。

 

 中にいるのは冒険者だけじゃなかった。

 商人らしい格好の人間、荷を抱えた配達人、市民らしき連中まで大勢いる。

 依頼を受けるだけの場所ではなく、この街の人と物が集まる中継点みたいな空気がある。

 

 ただ広いだけじゃない。

 中に満ちている空気そのものが、アストルのギルドとは違っていた。

 

 汗と革と酒、それに薬草みたいな匂いまで混ざっていて、朝だというのに妙に熱っぽい。

 壁際には査定待ちらしい木箱や素材袋がいくつも積まれ、受付の前では順番を巡って冒険者同士が軽く言い合いまでしている。

 

 誰も彼も余裕がない。

 それなのに、それがこのギルドでは当たり前みたいだった。

 

「うわぁ……大きいですね……」

 

 カイトが素直に声を漏らした。

 ティナも周囲を見回しながら頷く。

 

「アストルと比べても、かなり大きいわね……」

 

 シエルはきょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回していた。

 こういう場所に慣れていないんだろう。

 

 掲示板に張り出された依頼も凄かった。

 外の掲示板にもかなり貼られていたが、中にはさらにその何倍もある。紙の枚数だけで圧倒されるくらいだ。討伐、護衛、素材回収、行方不明者の捜索、運搬、警備補助、怪しい薬草の採取──ざっと見ただけでも、内容は実に様々だった。

 

 その前で、冒険者たちが腕を組んで唸ったり、紙を剥がしたり、仲間と何やら相談していたりする。

 受付では受付嬢たちが慌ただしく書類を捌いていて、全体的に賑やかというより、喧しい。

 そんな表現の方がしっくりくる。

 

「とりあえず、誰かに聞いてみるか」

 

 そう言って、近くを歩いていた若い職員らしき女性に声を掛ける。

 

「すみません、ちょっとお聞きしたいんですが──」

 

 声を掛けた若い職員は、両腕に抱えた依頼書の束が今にも崩れそうで、こっちを見る余裕すらなさそうだった。

 それでもこちらが話し掛けたと分かると、手に抱えていた紙束を見せつけるみたいに持ち上げた。

 

「……あんさぁ~、これ見てよこれ」

 

 いきなりの早口だった。

 

「今こんだけの依頼書を貼らなきゃいけないわけ。で、そのうえで、うちに話しかけてんの? それとも貼るの手伝ってくれるってわけ?」

「え、あ、いや……」

 

 頭が追いつかない。

 要するに、忙しいからどっか行けってことだろうか。

 俺が絶句していると、女性はさらに畳みかける。

 

「聞きたいことあんなら、あっちの受付で聞いて。うちはうちでやんなきゃいけないことあんの」

 

 そう言うや否や、カツカツと足音を立てて依頼書の貼り出しエリアへ向かっていってしまった。

 残された俺たちはぽかんとするしかない。

 カイトが小声で呟く。

 

「……気の強そうな方ですね」

 

 ティナは肩をすくめた。

 

「あんな態度の職員がいるなんて、アストルのギルドじゃ考えられないわね」

「いやまぁ、忙しいのは本当っぽかったけどな……」

 

 それにしたって、もう少し言い方というものがあると思う。

 気を取り直して受付の列に並ぶことにした。

 列は長かったが、その分、周囲の会話も嫌でも耳に入ってくる。

 

「昨日行った《夜蜜亭》めちゃくちゃ良かったぜ~。久しぶりにネリィちゃんに会えたけど、やっぱすげぇわ。もう空っぽよ。全部一瞬で吸い出されて、あっという間に終わっちまった」

「もったいねぇ、何やってんだよ~。つってもネリィちゃんなら俺も一瞬だろうな」

「ここ数日の稼ぎが一瞬で消えたから、今日からまた潜らねぇと宿代すら払えねえよ、ガハハ!」

 

 隣の男も負けじと笑う。

 

「ネリィちゃんもいいけど、俺は《月籠り》のアマンダちゃんの方が好きだなー。あの、ねっとりした感じがたまらんのよ。キスも凄い熱烈で……もう最近は全部アマンダちゃんに注ぎ込んでるぜ」

「お前そろそろ身持ち崩すぞ」

「おめーには言われたくねえよ。あー、すげぇ魔道具でも当てて、アマンダちゃんと結婚できねぇかなぁ……」

「《夜蜜亭》は冒険者の金を溶かす場所だって分かってんのに、つい行っちまうんだよなぁ」

「馬鹿だなお前。《月籠り》の方が危ねぇぞ。あっちのがリーズナブルな分、一回ハマると抜けられねぇ」

 

 ……お、おぉ。

 これ、やっぱり娼館っぽい店の話か。

 あるよな、うん。そりゃそうだ。こういう大きな街なら絶対あると思ってた。思ってたけど、こうして生々しく会話を聞くと、何というか……ちょっと気になる。

 

 いや、だいぶ気になるな。

 ほら、こっちの世界に来てから身体は女になってるけど、中身は男なわけで。そうなると、その……何かこう、もやもやするというか、あるんだよ。俺にも。発散したい気持ちというか。

 

 ううん、ちょっと行ってみたい気もする。

 でもこの身体だからなぁ……。

 どうやってやったらいいんだ……こう、綺麗なお姉さんに手取り足取り教えてもらって……。

 そんな風に勝手に頭の中だけ忙しくしているうちに、順番が回ってきた。

 

「ほら、あんたらの番だぜ?」

 

 受付にいたのは、目つきの鋭い受付嬢だった。

 だがさっきの職員ほど刺々しくはない。単に忙しくて口調が荒いだけ、という感じだ。

 俺は慌てて気持ちを切り替えた。

 

「あ、ああ、すまない。その、アストルの冒険者ギルド長からブルム男爵宛に書簡を預かっていて、男爵に渡して謁見したいんだ。どうしたら良いだろうか?」

 

 そう言うと、受付嬢は明らかに面倒くさそうな顔をした。

 

「んなこと言われてもな~……」

 

 だが、ふと何かに気づいたように視線を上げる。

 

「お、ちょうどいいところにギルド長いた。ちょっとギルド長!」

 

 その声に、近くにいた職員が何人かだけ、ほんの少し顔を上げた。

 忙しそうにしていた受付嬢も、面倒くさそうな顔のままではあるが、ギルド長に対してはきっちり道を空ける。

 どうやら、この喧しい空気の中でも、立つべき人間が立てば周りはちゃんと動くらしい。

 俺は思わずそちらを見る。

 

 四十代くらいだろうか。

 明るい金の髪を後ろでまとめ、背筋をぴんと伸ばしている。長身で、ぱっと見はモデルみたいな体型だ。だが、柔らかな印象よりも先に目に入るものがあった。

 

 顔の右目の上から頬の下あたりまで走る、大きな傷跡。

 それでも妙に顔立ちが崩れて見えないのは、本人の雰囲気が強いからだろう。

 

 腰には細身の長剣。

 立ち姿は隙がなく、凛としている、という言葉がよく似合う。

 

「なんだい、大きな声を出して」

 

 そう言った声はよく通った。

 受付嬢が事情を簡単に説明する。

 

「アストルのギルド長から男爵に書簡持ってきたんだってさ。どうすんの?」

 

 女性は眉を上げた。

 

「アストルのギルド長……ロドリスか。あいつは元気してるのかい?」

 

 それから、俺たちをざっと見回す。

 

「まぁ、詳しい話はこっちで聞こうか。奥の部屋使うから、こいつら通しな」

 

 そう言って、通路の奥にある部屋まで案内してくれた。

 

 中へ入ると、壁に剣や槍がいくつも飾られている部屋だった。

 実用の応接室、という感じだ。飾ってはあるが、趣味だけで置いているのではなく、すぐにでも使えそうな雰囲気がある。

 

 テーブルとソファが置かれていて、女性は奥側のソファへどかっと腰を下ろした。

 

「ほら、あんたらも遠慮なく座んな」

 

 俺たちは向かい側のソファへ座る。

 ただ、マルルゥだけは座らず、ソファの後ろに立ったままだった。

 女性はそんなマルルゥを気にも留めず、話し始めた。

 

「さて、じゃあ名乗ろうか。私はドゥル=ブルム冒険者ギルドのギルド長、フレイだ。あんたらは?」

 

 促されて、名乗ることにする。

 

「アウラです。こっちからティナ、カイト、シャロン、マルルゥです」

 

 名乗り終えると、フレイは「ふぅん」と俺たちの顔を見回して、少し怪訝そうな顔をした。

 あぁ、そういや俺、まだフード被ったままだった。

 

「失礼、顔を見せてなかった」

 

 そう断ってフードを取る。

 するとフレイは、ほぉ~、と感心したような声を上げた。

 

「そっちのエルフの嬢ちゃんといい、えらい別嬪な嬢ちゃんが来たもんだ」

 

 マルルゥは後ろで、ふふん、と少し鼻を鳴らした気がする。

 

「で、ロドリスからの書簡を男爵にって話だが、どういうことだ?」

 

 フレイに聞かれて、俺は少し言葉を選んだ。

 

「ちょっと込み入った話なので……」

「ふぅん……。まぁ、いいさ」

 

 フレイはすぐに引いた。

 

「ちょうどあとで男爵に会いに行く予定だったんだ。ついでに、お前を連れて行ってやるよ」

「え?」

「ただし、全員ぞろぞろ来られても邪魔くさい。お前だけが来な」

 

 俺だけ?

 一瞬そう思ったが、まあ、たしかにそうかもしれない。

 書簡を持ってきたのは俺だし、ぞろぞろといきなり全員で行くのもまずいか。

 俺はティナたちの方を向いた。

 

「そういう訳だから、とりあえず俺だけで行ってくる」

 

 するとティナが少し不安そうに眉を寄せた。

 

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。任せとけって」

 

 そう言うと、ティナはため息混じりに言う。

 

「あんただけだと逆に心配なのよ……」

「心外だな。俺はいままで上手くやってきてるだろ……多分」

 

 そこへ、フレイがにやっと笑った。

 

「男爵はそんな固くないから大丈夫さ。こんな私と長年つるんでるんだ。そのへんの貴族どもとは違うよ」

 

 フレイは肘をつきながら、ふと思い出したように言う。

 

「それより、ロドリスの野郎は元気してるのかい? あいつ、硬そうに見えるけど、ああ見えてむっつりスケベだからね。嬢ちゃん達も気をつけなよ」

 

 そう言って豪快に笑う。

 ……えっ、ロドリスギルド長ってそうなの?

 俺の中のギルド長像が若干揺らいだ。

 

「あー……えっと、ロドリスギルド長とは仲が良いんですか?」

 

 聞いてみると、フレイは「あれ、何も聞いてないのかい」と目を丸くした。

 

「私とロドリスと、クラウス──今の男爵は、元々冒険者として一緒にパーティ組んでた仲なのさ」

 

「え、男爵なのに冒険者やってたんですか?」

 

 思わず聞き返す。

 フレイは面白そうに口元を歪めた。

 

「元々クラウスはブルム家の三男でね。家督も継がない気楽な立場だったんだよ。だから冒険者として好き勝手やってたのさ」

 

 そこまで言ってから、少しだけ声音を落とす。

 

「ただまぁ、色々あってな。家を継ぐ予定だった長男と次男が死んだ。で、クラウス──今の男爵が家を継ぐことになったのさ」

 

「へぇ……そういう理由が」

 

 なるほど。

 でも、長男と次男が亡くなったって、一体何があったんだろう。

 俺がそんなことを考えているうちに、フレイは立ち上がった。

 

「んじゃ、さっそく行くか。あんたらはここに残っててもいいし、適当に街ぶらついててもいいさ。んじゃ、この子借りてくよ!」

 

 そう言うなり、俺の手首をぐいっと掴む。

 

「え、ちょ、ちょっと!」

 

 抵抗する間もなく、そのまま引っ張られる。

 ティナたちも、ぽかんとした顔でこちらを見ている。

 

「あとでここで待ち合わせしよう! ちょっと行ってくる!」

 

 それだけは何とか声を掛けておく。

 このまま引きずられるのも何なので、建物を出たところで慌てて言った。

 

「じ、自分で歩けます!」

「なんだい、照れてるのかい?」

 

 フレイがくくっと笑う。

 

「違いますよ。っていうか急すぎませんか。そんないきなり行ってもいいんですか?」

「別に、いつ行ったっていいさ」

 

 フレイはあっさりしたものだった。

 

「よく顔出してるし、今日行くのだって元々約束してたことだしね。あんたの件はついでさ」

「それにしても、ギルド長がそんな気軽に男爵のとこ行くもんなんですか?」

 

 俺が聞くと、フレイは肩をすくめた。

 

「気軽って訳でもないけどね。あいつはこの街の領主で、私はギルド長だ。面倒ごとがありゃ顔を合わせるし、なくても茶を飲みに顔を出す。昔からの付き合いならなおさらさ」

 

 そう言って、少しだけ笑う。

 

「まぁ、向こうからしてみりゃ、私が来る時点で半分は面倒ごと持ち込みだと思ってるだろうけどね」

 

 そう言いながら、街の中を高台の方へ向かって歩いていく。

 居住区画の賑やかさを抜けて少し高い方へ進むにつれて、周囲の建物の雰囲気が変わっていった。

 下の区画みたいな雑多な喧騒は薄れ、人通りも幾分落ち着いている。

 建物の数そのものは減るが、一軒ごとの敷地は広く、塀や庭を備えた家が増えていた。

 兵士の姿は相変わらず見えるが、今度は巡回というより見張りに近い立ち方をしている。

 

 同じ街の中なのに、下とは流れる空気が違う。

 ちゃんと“上に来た”感じがした。

 そしてさらに奥へ進むと、ひときわ大きな館が見えてきた。

 思っていたより、派手ではない。

 もっと、貴族の屋敷といえばきらきらした装飾だらけの豪華な館を想像していた。だが、目の前にあったのはそういう方向の建物じゃなかった。

 

 大きい。

 そして、頑丈そうだ。

 

 石と木を組み合わせた重厚な造りで、無駄な装飾は少ない。なのに安っぽさは全くなく、むしろきちんと手入れされた素材の良さと、積み重ねてきた格みたいなものが見える。

 

 質素という訳でもない。

 華美ではない、という方が近い。

 

 壁は高いが、威圧のためだけに作られている感じではない。

 見た目の堅さより先に、守るために必要な厚みと形を考えて積まれているように見える。

 

 窓もやたら大きくはなく、どこか控えめだ。

 けれど閉ざされている感じはしない。不必要に飾らないだけで、住まう者の格や余裕はちゃんと伝わってくる。

 

 豪奢な貴族の館というより、街を預かる者の家。

 そんな印象だった。

 

 なんというか、見ていて妙にわくわくする。

 こういう歴史を感じる建物、ちょっと好きなんだよな。無骨なのにちゃんとしてるというか、見た目以上に機能を考えて作ってあります、みたいな感じがして。

 

 門の前には鎧を着た男が立っていた。

 フレイが気安く声を掛ける。

 

「よぅ、ご苦労さん」

 

 男はすぐに姿勢を正した。

 

「ああ、フレイ様。おはようございます。今日はまたお早いですね」

「朝のうちに片付けたい用があってね」

 

 そんなやり取りを交わすあたり、この屋敷への出入りも一度や二度ではないのだろう。

 そして俺の方へ視線が向く。

 

「そちらの方は?」

「男爵宛にアストルのギルド長から書簡を持ってきた者さ。ちょっと通しておくれ」

 

 そう言って、フレイは男の肩を軽くこんと叩いた。

 門番の男はすぐに頷く。

 

「わかりました」

 

 そうして門を開けてくれた。

 中へ入ると、そこには綺麗に整えられた庭が広がっていた。

 派手な庭園という感じではない。

 けれど、芝は短く刈り揃えられ、植え込みも形よく整えられている。石畳の小道は歩きやすく、季節の花らしいものも控えめに植えられていた。

 

 館そのものも、近づいて見るとやはり古い。

 だが古びているのではなく、年月を重ねた重みがある。木の柱も石の壁も、どこも手入れが行き届いていて、雑なところが一つもない。

 

 庭の隅には、木剣や槍を立てかけておくための棚のようなものも見えた。

 ただ花を眺めるためだけの庭ではないのだろう。

 

 綺麗に整えられてはいるが、どこか実用が前にある。

 その感じが、妙にこの屋敷らしく思えた。

 何というか、ちゃんと使い続けられてきた建物だ。

 

 こういうの、いいな。

 古いのに汚くないし、無駄に飾ってないのに立派に見える。構造もたぶんかなりしっかりしてる。

 俺がそんな風に内心で建築批評みたいなことをしていると、館の奥の方から一人の老人が歩いてきた。

 

 年の頃は六十代の半ばか、あるいはもう少し上だろうか。

 白髪の混じった髪をきっちりと撫でつけ、服装は執事のように整っている。けれど、ただの使用人には見えなかった。

 

 歩き方に無駄がない。

 背筋もまっすぐで、年齢を感じさせる落ち着きはあるのに、妙な隙がないのだ。

 腰には剣が下がっていて、それが飾りじゃないことも何となく分かる。

 

 物腰は柔らかそうなのに、立っているだけで、下手な冒険者なんかよりよほど強そうに見える。

 執事みたいな人かと思ったが、たぶんそれだけじゃない。

 この人、かなりできる。

 

「おや、フレイ殿。今日は少しお早いですね」

 

 老人は穏やかな口調でそう言ってから、俺の方へ視線を向けた。

 

「それに、そちらの方は?」

 

 フレイは気安く片手を上げる。

 

「アストルのギルド長から、男爵宛に書簡を持ってきた子さ。ちょっと通しておくれ」

 

 老人は俺を見て、ほぅ、と小さく声を漏らした。

 その目は穏やかだが、客人を見るというより、相手の中身まで値踏みするような鋭さがある。

 けれど、次に浮かべた笑みは実に柔らかかった。

 

「承知いたしました」

 

 それから、フレイへ向き直る。

 

「相変わらず、ずいぶんと気軽に大事なお客様をお連れになりますな」

「堅いこと言うなよ、ゲオルグ。昔からそうだろ、私がこういうの連れてくるのは」

「ええ、昔からですとも」

 

 そう答える声音には、呆れよりも親しみがあった。

 フレイの馴れた態度もまるで気にしていない。それどころか、長い付き合いの相手を穏やかに眺めているような雰囲気すらある。

 そして老人は、改めて俺の方へ向き直り、丁寧に一礼した。

 

「申し遅れました。ブルム家に仕えております、ゲオルグと申します。クラウス様のもとまでご案内いたします」

 

 何となくだが分かる。

 この家に長く仕えてきた人間なんだろうな、ということが。

 ゲオルグは門の方へ軽く視線を送り、それからこちらに一礼した。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

 案内の仕方も無駄がない。

 柔らかいのに、少しも気が抜けない。

 年配の執事、というより……長年剣を握ってきた騎士が、そのまま礼儀と実務を身につけたような人だった。

 

 ゲオルグに案内され、丁寧に剪定された庭を抜けて館へ近づくと、その歴史ある造りに思わず感嘆の声が出そうになる。

 ゲオルグが歩調を緩め、穏やかに言った。

 

「古い館ですので、どうしても新しさでは若い家々に劣りますが、長く使うことを前提に造られております。クラウス様も、こうした無駄の少ない造りを好まれますので」

「へぇ……やっぱり、そういう感じなんですね」

 

 思わず答えると、ゲオルグは少しだけ目を細めた。

 

「ええ。派手さより、堅実さを好まれる方です。もっとも、珍しい武具などが絡むと、少々話が長くなられることもありますが」

 

 その言い回しに、俺は思わず少し笑ってしまった。

 珍しい武具が好きだと、ロドリスが言っていた。

 やっぱり、そういう人なんだな。

 ゲオルグはそんな俺を見て、ほんのわずかに口元を和らげた。

 

「ご安心下さい。男爵様は、きちんと筋を通して来られた客人を無下にはされません」

 

 その言葉には、不思議と重みがあった。

 この人自身がクラウスという男をよく知っているのだと、そう感じさせる言い方だった。

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