【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
沈黙が、部屋いっぱいに広がった。
その時間が一秒だったのか、十秒だったのか、それとも一分近くあったのかはわからない。
少なくとも俺には、やけに長く感じられた。
部屋の中の全員の視線が、俺に──いや、俺の鎧に向いている。
正確には、鎧の構造上やたらと強調されてしまっている尻のあたりに向いている気がする。
うん。
死にたい。
その沈黙を破ったのは、クラウスだった。
「す……っげぇな、その鎧。ちょ、ちょっと近くで見せてくれ!」
そう言うや否や、クラウスは机の奥から立ち上がると、思っていたよりもずっと素早い動きで俺の近くまで歩いてきた。
そしてそのまま、俺の周りをぐるぐると回り始める。
「おいおい、まじかよ……何だこのディティール。凄すぎるだろ。細部まで異様に丁寧に作ってあるぞ……」
ぶつぶつ言いながら、目を凝らして鎧の各部を見ている。
「この縁の処理……薄く見せてるのに強度を落としてない。しかも金属同士の継ぎ目がほとんど見えねぇ……いや、継ぎ目がない? ……可動域はしっかり確保されてる。どういう設計だ、これ」
クラウスは身を屈めたり、角度を変えたりしながら、やたら真剣な顔で観察を続ける。
「この髑髏の意匠もいいな……装飾だけに寄ってない。ちゃんと全体の線と合わせてあって、悪趣味にならないぎりぎりを狙ってる。いや、ぎりぎりどころか、むしろ完成されてるな。見せるための意匠なのに、鎧としての重心も崩してない」
褒めてるのは分かる。
「この金属……ちょっと触っていいか?」
聞かれたが、俺が返事をするより早く、クラウスの手が鎧の表面に触れた。
ぺたぺたと、かなり遠慮なく触ってくる。
「何の金属だ……? いや、そもそも本当に金属なのかこれ。光り方は近いが、冷たさが違う……表面処理だけじゃ説明つかねぇぞ。しかもこれだけ身体に沿ってるのに、不自然な浮きも歪みもない。完全に一点物、それも使い手の体に合わせて削り出したみたいな精度だ」
そう言って、今度はやたら感心したように頷く。
「それにこのデザイン……いや、すげぇな。どう見ても露出は高いのに、変に崩れて見えねぇ。線が全部計算されてる。特に腰から尻にかけての流れが──」
嫌な予感がした。
「尻が美しく強調されるように作られたデザイン……素晴らしいと思わんか? ええおい」
そう言うと同時に、クラウスの手が俺の尻をむんずと掴んだ。
「ひゃんっ!」
口から勝手に可愛い声が漏れた。
いや、俺のせいじゃない。
いきなり尻を掴まれたら誰だってこうなるだろ。むしろよくこれで済んだなってレベルだ。
すると、さっきクラウスからラルフと紹介されかけていた少年が、真っ赤な顔のまま叫んだ。
「ち、父上!」
その声で、クラウスもようやく我に返ったらしい。
「おっと、すまんすまん」
言いながら、尻を掴んでいた手を離す。
クラウスは頭を掻きながら、少しだけ気まずそうに笑った。
「いやぁ、申し訳なかった。俺はどうも珍しい武器や防具のことになると、つい周りが見えなくなってしまってなぁ……」
いや、ついで尻を掴むなよ。
「そうそう、こいつが倅のラルフだ。歳も同じくらいだろうし、仲良くしてやってくれ」
改めてそちらを見る。
クラウスと同じ金髪で、少し鋭い目つきをした、整った顔立ちの少年だった。ティナやカイトたちと同じくらいの年齢だろうか。まだ顔つきには若さが残っているが、立ち姿はどこかしっかりしていて、育ちの良さも感じる。
だが今は、その整った顔を真っ赤にしていた。
……そんなにハイレグアーマーの刺激が強かったですかね。
そうだよな。
痴女みたいだもんな。
俺はラルフに向き直る。
さっきみたいな大仰な挨拶は、流石にやりすぎだった気がする。
だが、何もなしというのも変だ。
そう思って、昔映画やドラマで見た貴族の女性の仕草を思い出す。
ええと、たしかこう……膝を折って──見様見真似でカーテシーらしきものをしてみる。
「アウラと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
それだけに留めておく。
ラルフは一瞬、言葉を失ったように固まった。
それから慌てて姿勢を正す。
「ラ、ラルフ・ヴァル・ブルムだ。い、いや……こちらこそ、よろしく頼む」
そう言ったあとも、俺の顔をじっと見て、また少し赤くなっている。
何かめっちゃガン見されてる気がするんですけど……そんなに尻が好きなのか?
そこで、ゲオルグが一つ咳払いをした。
「アウラ様、お預かりした剣をお見せしてもよろしいでしょうか?」
「はい。もちろんです」
そう答えると、ゲオルグは先程預けた魔剣をクラウスへ差し出した。
クラウスはそれを受け取るなり、おお、と目を輝かせた。
「こっちの意匠も素晴らしいな……鎧と作者が同じ、だな。細部の作り込みが異常だ。これほどのものは初めて見る」
そう言って、鞘から剣を抜く。
鏡のように滑らかな刀身が露わになった瞬間、クラウスは思わずといった調子で声を上げた。
「おおぉ……!」
そのまま角度を変え、光に翳し、柄や鍔の作りまでじっくり見ている。
「魔剣、それもかなり上等なものだな。装飾と機能がちゃんと噛み合ってる。見た目だけの代物じゃない。しかも刃の揺らぎがほとんどない……こんなのどうやって作ったんだ」
ぶつぶつと独り言のように呟きながら、しばらく完全に剣の世界へ入り込んでいた。
フレイが呆れたように肩をすくめる。
「こうなったクラウスは、しばらく戻らないからなぁ。困ったもんだぜ」
それから、今度は俺に目を向けた。
「それにしても、嬢ちゃんの魔剣にしても、その鎧にしても凄そうだなぁ。そこらの冒険者がひょいと持てる代物じゃなさそうだ」
声音はこれまで通り軽い。
だが、目だけは違った。今までの面白いものを見てる目じゃない。獲物を見るみたいに鋭くなっている。
「……どこで手に入れた?」
俺は一瞬、息を詰めた。
女神からもらった、なんて言ったところで普通は信じてもらえないだろう。
どう答えるか迷った末、以前ロドリスに伝えたのと同じように伝える事にした。
「こ、これは……知り合いに頂いたものです」
フレイの顔をじっと見る。
フレイはしばらく俺を見ていたが、やがてふっと笑った。
「まあ、その鎧があんたにぴったりな作りである以上、あんた用に作られたものなんだろうね」
そう言って、俺のハイレグアーマーを改めて眺める。
「それにしたって、あんたみたいに可愛い子に、そんなデザインの鎧を送るだなんて、送った相手はよっぽどの好きものか、変態か……いや、それよりも……」
そこで少し考え込むように目を細めた。
「……うーん、まあいいか」
その言い方が、逆に気になるんだが。
フレイは今度はラルフの方を見る。
そして、にやりと笑った。
「ラルフも、顔真っ赤にしちまって。あんたのことがよっぽど好みのタイプだったのか、それともその鎧にやられちまったのか」
「フ、フレイ殿! 何を言って……!」
ラルフが慌てて声を荒げる。
フレイは俺とラルフを交互に見て、楽しそうに続けた。
「お似合いじゃないか。娶っちゃえば?」
ラルフの顔がさらに赤くなる。
「フレイ殿! からかうのはやめて下さい。彼女も困っていますよ!」
まあ、こういうのって近所のおせっかいなおばちゃんとかが勝手に言うやつだ。
そんなことでいちいち動揺するほど俺も若くはない。
……いや、ラルフの方はめちゃくちゃ動揺してるけど。
そこで、ゲオルグが改めて口を開いた。
「クラウス様。アウラ様をしばらくお預かりするのでしたら、まずはご友人たちを迎えに行かれた方がよろしいのではないでしょうか。剣や鎧は、また後ほどじっくり拝見すればよろしいかと」
静かな進言だったが、実にもっともだった。
クラウスも「あー……」と声を漏らして頷く。
「そうだな。すまん。もっとじっくり見させて欲しいから、後でまた見せてもらってもいいだろうか」
「は、はい」
「お前の友人たちも、まずは連れて来るといいだろう。戻ってくるまでに部屋を準備させる。ゲオルグ、頼めるか?」
「ええ、かしこまりました」
ゲオルグはにっこりと笑う。
「ではアウラ様、ご友人をお迎えに行きましょうか」
そう促され、俺はクラウスへ向き直った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
礼をしてから、ゲオルグと共に部屋の外へ出る。
とりあえず匿ってもらえることになったのは良かった。
良かったんだが。
何か、思っていたよりずっと濃い人たちのところへ来てしまった気がする。
背後で扉が静かに閉まる音がして、さっきまでの妙に濃い空気が、俺のいる廊下と部屋の中とで切り分けられた気がした。
扉が閉まったあと、部屋の中にはしばらく妙な静けさが残った。
先ほどまであれだけ賑やかだった空気が、急に薄くなったように感じられる。
クラウスは手元に残った魔剣へ視線を落としたまま、小さく息を吐いた。
「……とんでもねえな」
ぽつりと漏れたその声に、フレイが口元を歪める。
「武器の方かい? それとも鎧の方かい?」
「両方だ」
クラウスは即答した。
「剣も鎧も、そこらの職人が片手間に作れる代物じゃねえ。細工が異常に細かい。見た目の派手さに目が行くが、ありゃ装飾のためだけじゃない。使い手の身体に合わせて、機能と見た目を両立させた一点物だ」
そう言って、机の上に置いた魔剣の鞘を軽く叩く。
「鎧の方もそうだ。露出がどうとか、恥ずかしいとか、そんなのは一旦脇に置くとしても、造りそのものがおかしい。重心も可動域もきっちり計算されてる。しかも材質が読めねえ。金属に見えて、あそこまで身体に沿うのは見たことがない」
武具に関しては、クラウスの目は確かだ。
フレイもそれは分かっているから、茶化すような笑いを少し引っ込めた。
「やっぱり、相当なもんか」
「相当どころじゃねえな。俺が今まで見てきた中でも、かなり上……いや一番かもしれねえな」
クラウスは椅子の背もたれに体を預け、少しだけ目を細めた。
「しかも、だ」
「しかも?」
「使い手に合わせて作られてる」
その言葉に、フレイも真顔になる。
「ああ。あの嬢ちゃんの身体に、ぴたりと合いすぎてる。借り物とか、拾ったもんじゃねえ。少なくとも、最初から誰かがあいつのために作った可能性が高い」
フレイは腕を組み、先ほどのアウラの姿を思い出すように目を細めた。
「遺物じゃなく、あの魔剣や鎧を作った奴が今もいるってことか?」
「考えられんが、そうとしか思えない。今の時代にアレほどの物を作れる奴がいるとはそうそう思えんが……」
「あるいは魔導国家の人間、とか」
「……考えたくないな」
フレイが鼻で笑う。
そこで、部屋の端に控えていたラルフが、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「あの……父上」
「ん?」
「その、鎧も確かに凄かったですが……」
ラルフは途中で言葉を切り、視線を逸らした。
耳まで赤い。
フレイはそれを見逃さなかった。
「なんだい、まだ顔が赤いじゃないか。そんなに衝撃だったのかい? それとも、鎧の中身の方が気になってるのかい?」
「フ、フレイ殿!」
ラルフが慌てて声を荒げる。
「からかわないで下さい」
「からかってるつもりはないさ。見りゃ分かるからね」
にやにやしながら言うフレイに、ラルフはますます居心地悪そうにした。
クラウスはそんな二人を横目で見ながら、少しだけ呆れたように笑う。
「まぁ、あれだけの別嬪があんな格好で出てくりゃ、若いのには刺激が強いだろうよ」
「父上まで……!」
ラルフは真っ赤になったまま抗議するが、否定しきれていない時点で分かりやすい。
フレイは面白そうに肩を揺らした。
「いやぁ、いいじゃないか。歳も近いんだろ? あれだけ可愛くて、しかも妙に上品な所作までできる。気になるなって方が自然だよ」
そこまで言ってから、少し真面目な顔になる。
「……まあ、それが逆に引っかかるんだけどね」
ラルフが瞬きをした。
「引っかかる、とは?」
その問いに答えたのは、クラウスだった。
「立ち居振る舞い、だな」
穏やかな声だった。
フレイも頷く。
「ああ、あの挨拶だ」
フレイは吹き出しそうな顔になる。
「いやぁ、あれは面白かったね。どこぞの宮廷劇でも見てきたのかと思うくらい、やたら仰々しかった」
「だが、ただの田舎娘が咄嗟にあそこまで出来るとも思えん」
クラウスの声音は落ち着いていた。
「言葉の選び方は少し芝居がかっていたが、跪くタイミングも、頭の下げ方も、それなりに形になっていた。あれをまったく何も知らない人間が即興でやれるかと言われると、無理だろう」
フレイは頬杖をつく。
「つまり、どこぞのお嬢様か、没落貴族の娘か、それとも別の大陸から来た上流階級か。そういう線を疑ってるってわけかい?」
「そこまで決めつけちゃいねえ。ただ、一般の冒険者には見えん」
クラウスは机の上の書簡を軽く叩いた。
「ロドリスはアウラについて、必要なことは書いてる。だが、素性そのものを詳しくは書いてない。そこが逆に気になる」
ラルフも、少し考え込むように言う。
「瞳の色も、この辺ではあまり見ない色でした」
「そうだねぇ」
フレイも同意した。
「顔立ちも、この辺の連中とは少し違う。もちろん、それだけでどこ出身だとか決められるわけじゃないけどさ。何にしても整いすぎてる」
「別の大陸の人間、という可能性もあるでしょうか」
ラルフの問いに、クラウスはすぐには答えなかった。
代わりに、魔剣をもう一度見つめる。
「なくはないな」
低い声でそう言った。
「少なくとも、あの武具はこの辺りの職人の仕事には見えん。意匠の癖も、素材の扱いも、見たことがない。この大陸のもんじゃないと言われても驚かねえ」
「ふぅん……」
フレイは面白そうに目を細める。
「ますます気になるじゃないか」
「お前は単に面白がってるだけだろう」
「否定はしないよ」
そこで、ラルフが少しためらいがちに口を開いた。
「ですが……」
二人の視線が集まる。
ラルフは少しだけ居心地悪そうにしながらも、言葉を続けた。
「悪い人には……見えませんでした」
その言い方が、あまりにも真っ直ぐだったので、フレイは一瞬ぽかんとしたあと、吹き出した。
「ははっ。そりゃそうだろうさ。あんた、もう完全にやられてるじゃないか」
「そ、そういう話ではありません!」
また真っ赤になるラルフ。
クラウスは苦笑し、フレイはまだ笑っていたが、その目だけは少し鋭かった。
「まあでも、そこは同感だね」
そう言って、椅子に深く座り直す。
「あの子、自分がどう見られるかに妙に無頓着なところがある。いや、無頓着というより……慣れてない感じか」
クラウスが眉を上げる。
「慣れてない?」
「鎧のこともそうだし、挨拶もそう。作法を知ってるようでいて、どこか“見たものを真似してる”感じがあった。身についた貴族の所作じゃない。けど、何も知らない一般市民でもない」
「なるほどな」
クラウスは書簡へ視線を戻した。
「素性は気になる。だが、ロドリスがわざわざ頼んでくるってことは、それなりに信用してるんだろう」
「ロドリスはそういうところ、妙に堅いからねぇ」
フレイの言葉に、クラウスは鼻で笑った。
「ああ。あいつが預かってくれとまで書くなら、本当に必要なんだろうさ」
少し間を置いてから、クラウスは椅子にもたれた。
「何にせよ、しばらくはうちで預かる。だったら余計な詮索は後回しだ。まずは客として迎える」
その言葉に、フレイは肩をすくめた。
「まあ、そうだろうね。私も別に今すぐ問い詰めろって言うつもりはないさ。ただ──」
「ただ?」
「面白いことになりそうだなって思ってるだけさ」
にやりと笑うフレイに、クラウスは呆れたようにため息をついた。
その横で、ラルフはまだ少し赤い顔のまま黙っていた。
クラウスはそんな息子の様子を見て、低く笑う。
「おいラルフ」
「……なんでしょうか」
「お前、分かりやすすぎるぞ」
「ち、父上!」
部屋の中に、久しぶりに軽い笑いが広がった。