【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
クラウスの館へ戻る途中、カイトの顔色がだんだん怪しくなってきた。
いや、怪しいどころじゃない。
最初は「ちょっと荷物が多いですね……」くらいの顔だったのに、坂を上るにつれて明らかに魂が抜けかけている。
両腕いっぱいに抱えた袋は、どう考えても一人で持つ量じゃなかった。
しかもその中身、全部マルルゥの服だ。
流石にこのままクラウスたちの前へ連れて行くのはまずい。
客人として迎えられる直前に、友人の一人が買い物袋に潰されかけてるのは絵面が良くない。色んな意味で。
「ほら、ちょっと寄越せ」
俺が無理やり荷物を何袋か奪うと、ティナも「私も持つ」と手を伸ばした。
シエルも「私もお手伝いします」と言ってくれる。
ゲオルグまで「私もお持ちしましょうか」と穏やかに言ってくれたが、流石にそれは全力で遠慮した。
いや、そこまでさせたら申し訳なさすぎる。
ブルム家の側近みたいな人に、マルルゥの買った服袋を持たせるとか、罰当たりにもほどがある。
そんなこちらの苦労などどこ吹く風で、当のマルルゥ本人は周囲の景色を懐かしそうに眺めていた。
「うーん、この辺り久しぶりに来たけど、あんまり変わってないねぇ」
のんきな声でそう言いながら、高台の上から街並みを見下ろしている。
「あっちの方がダンジョンで……えーと、そこの下の方、商店が並んでる道の奥に、美味しい焼き菓子を作る、菓子舗ブールってお店があったんだけど、今もあるのかなぁ」
誰に聞くでもなく呟いたその言葉に、ゲオルグがすぐ答えた。
「ええ、菓子舗ブールでしたら、昔と変わらず営業しておりますよ。今は二代目が継いで、先代の店主は引退しておりますが、味も先代の頃から変わっておりません。今でも評判の良い店です」
マルルゥはぱっと顔を輝かせた。
「そうなんだぁ! じゃあ後でまた買いに行ってみようかな~。あそこのお菓子、お茶にとっても合うんだよねぇ」
そして、思いついたようにこちらを振り向く。
「せっかくだから皆にも買ってあげるよ。美味しいものは共有しておきたいもんね~」
……どうでも良いけど、今皆で協力して持ってる大量の荷物、全部お前の服だからな。
その辺に捨てていってやろうか、という考えが一瞬頭をよぎったが、カイトの前向きな顔を見てやめておいた。
いや、その前向きさ自体が少し心配ではあるんだけど。
やがて坂を登りきり、再びクラウスの館へ辿り着く。
門の前には、さっきと同じ騎士が立っていた。
ゲオルグが一声掛けると、門番の騎士はぴしりと姿勢を正し、一礼した。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
ゲオルグは穏やかに返し、それから俺たちの方を示す。
「こちらが、しばらく滞在される予定のアウラ様のご友人方です。詳細は改めて伝えますが、まずは顔を覚えておいて下さい」
「かしこまりました」
騎士は真面目な顔で頷き、ティナたちの顔を一人ひとり見ていた。
門をくぐると、ティナもカイトも少し緊張した面持ちになる。
こういう館に入るのは初めてなのだろう。分からなくもない。
シエルはというと、むしろ興味深そうに門や石造りの外壁、庭の手入れ具合などを見ている。
マルルゥは相変わらずいつも通りで、特に緊張もしていないようだった。
庭へ入ったところで、俺は奥の方に人影があることに気づいた。
先ほどは気がつかなかったが、庭の端の方に金属の筒のようなものがいくつか立てられていて、その前に二人の人物がいる。
一人は長身の男。
優しそうな顔立ちで、ゆったりとしたローブを着ている。見た目からすると、魔法使いか学者あたりだろうか。
そしてもう一人は、十歳にも満たなさそうな少女だった。
綺麗な金髪をきちんとまとめ、可愛らしいのに動きやすそうな服を着ている。服そのものは子供らしい柔らかさがあるのに、布地や仕立ての良さで、はっきりと「良い家の子」だと分かる。
その小さな手には杖が握られていて、金属の筒へ向けて何か魔法を放とうとしているらしい。
男の方が穏やかな声で言った。
「いい調子ですよ。そのまま維持して下さい、リリアさん」
だが少女は、こちらの存在に気づくなり、ぱあっと顔を輝かせた。
次の瞬間、杖をぽいっと放り出し、そのままこっちへ駆けてくる。
「あっ」
男の方が慌てて手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと、リリアさーん!」
だが、少女はまるで聞いていない。
小さな靴音を軽やかに響かせながら、そのままこちらへ一直線だ。
「ゲオルグ! お客様なの!?」
元気よくそう聞いてくる少女に、ゲオルグは少し困ったような、それでいてどう見ても甘い笑みを浮かべた。
「リリア様。お客様の前で、あまりはしたなく走ってはいけません」
「だって、久しぶりなんだもの!」
言いながらも、リリアはぴたりと足を止めると、くるりと姿勢を正した。
そして、スカートの端を指先で軽く摘み、背筋を伸ばしたまま膝を折る。顎をほんの少し引き、にこやかに微笑むその動作は、年齢に似合わずとても綺麗だった。
「リリア・ヴァル・ブルムと申しますわ。お客様だなんて久しぶりで、気になっちゃって来ちゃったの!」
最後の一言で、一気に年相応の可愛らしさへ戻る。
可愛いな、この子。
俺も反射的に、以前ラルフ相手にやったのと同じ見様見真似のカーテシーもどきを返す。
「アウラと申します。よろしくお願いいたします」
「まあ!」
リリアは嬉しそうに目を丸くした。
続けて、ティナたちのことも紹介する。
「こちらは友人のティナ、カイト、シャロン、マルルゥです」
リリアは一人ひとりを遠慮なくじろじろ見た。
その視線は年齢相応に素直で、悪気はないのに妙に鋭い。
「あなた、お人形さんみたいに綺麗ね! もっと可愛い服を着たらいいのに」
いきなり俺にそんなことを言ったあと、今度はティナを見る。
「あなたも元は良いんだから、ちゃんと可愛い服着たらもっと可愛くなるわ!」
「えっ」
ティナが一瞬固まる。
さらにシエルへ視線が移る。
「あなたは髪型をちゃんとした方がいいわね……」
少しだけ可哀想なものを見るみたいな目になった。
シエルは苦笑いを浮かべる。
「そ、そうですか……」
リリアの目が最後にマルルゥで止まった。
「あら、あなたエルフなの?」
途端に顔が明るくなる。
だが、マルルゥは面倒くさそうに片目を細めた。
「子供は苦手なんだよねぇ~」
するとリリアは頬をふくらませた。
「あら、私は子供じゃないわ! もう立派なレディだもの。ね、ゲオルグ?」
問われたゲオルグは、にこにことした顔を崩さない。
「ええ、そうですね」
どう見ても孫を甘やかす好々爺みたいな顔である。
そこへ、先ほど一緒にいたローブ姿の男がこちらへやって来た。
優しそうな顔立ちの青年だ。三十代前半くらいだろうか。
「リリアさん、まだ魔法の授業が終わっておりませんよ。それに、お客様のお邪魔をしてはいけません」
そう言ってから、少し困ったように笑う。
「はい、続きに戻りましょう」
「えー! もっとお話ししたいのにー!」
リリアはあからさまに不満そうな顔をした。
だが、ゲオルグが穏やかに言う。
「アウラ様たちは、しばらくこちらに滞在される予定です。またお話しする機会はありますよ。ですので、まずはユリウス様の授業をきちんと受けて下さい」
その言葉に、リリアは一瞬きょとんとしたあと、ぱあっと顔を明るくした。
「そうなの!?」
「ええ」
「わかったわ! じゃあちゃんと授業受けるから、後でお話ししましょうね!」
そう言い残すと、リリアはまた軽やかにくるりと回り、金属の筒が並ぶ方へ駆け戻っていった。
……本当に元気な子だな。
青年はそれを見て苦笑し、それからこちらへ丁寧に一礼した。
「申し遅れました。リリア様の家庭教師をしております、ユリウスと申します。私もブルム家に厄介になっておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
落ち着いた、感じの良い声だった。
俺たちもそれぞれ挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ユリウスは柔らかく微笑むと、もう一度礼をしてからリリアのもとへ戻っていった。
その背を見送りながら、ゲオルグが説明する。
「あちらが妹君のリリア様になります。最近は客人が少なかったため、外のお話に少々飢えておられるのです」
「なるほど……」
「よろしければ、お時間のある時にでもお話し相手になって頂けると、リリア様も喜ばれるかと思います」
「ええ、私たちでよければもちろん」
そう答えると、ゲオルグは満足そうに微笑んだ。
それから、俺たちはさらに敷地の奥へ進み、ブルム家の離れへ案内された。
本館よりは少しこぢんまりしているが、それでも十分に立派な建物だった。
石造りと木材を組み合わせた造りは本館と同じで、豪華絢爛ではないが、どこも手入れが行き届いている。無駄な飾りは少なく、その代わりに「きちんとしている」ことが伝わってくる建物だ。
中へ入ると、こぢんまりしているとはいえ、客人を泊めるだけの余裕は十分にあった。
小さな広間を中心に、左右へ部屋が分かれ、奥には食事や談話にも使えそうな共有スペースが見える。椅子や机は華美ではないがしっかりした造りで、壁や床も清潔に保たれていた。本館ほどの緊張感はないが、いい意味で気が抜けすぎてもいない。
ちょっと安心する。
本館は本館で立派だったが、あそこはどうしても「男爵の館に来ている」って感じが強い。
こっちは客人用らしい分、少し肩の力を抜けそうだった。
中へ入ると、使用人の女性が一人出てきて、ゲオルグへ丁寧に一礼した。
三十歳前後だろうか。
きりっとした顔立ちで、落ち着いた色のワンピースに白いエプロンを重ねている。いかにも「しっかり者」という印象の女性だった。
ゲオルグが穏やかに説明する。
「こちらが、アウラ様たちに滞在して頂く建物になります。こちらには先ほどのユリウス様も滞在しておられますので、どうぞよろしくお願いいたします」
それから、女性を示した。
「何かございましたら、こちらのミレイユにお申し付け下さい」
ミレイユと呼ばれた女性は、一歩進み出て俺たちに一礼する。
「ミレイユと申します。皆様の滞在中は、私がこちらを担当させて頂きます。何なりとお申し付け下さい」
きびきびとしていて頼れそうな人だ。
俺たちも順に挨拶を返す。
「よろしくお願いします」
「ええ。では、お部屋へご案内いたします」
ミレイユにそう言われ、俺たちはようやく本当の意味で滞在先へ足を踏み入れることになった。
──とりあえず、寝る場所は確保できた。
それだけでもかなり安心する。
……平穏に過ごせるといいんだけどな。
そんな事を考えながら、俺はミレイユの後に続いた。