【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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70話 見惚れる夜

 あれよあれよという間に、俺は赤いドレスへ着替えさせられていた。

 

 いや、着替えさせられていた、という表現で本当に合っている。

 自分の意思で袖を通した感じがまるでない。気づいた時には使用人の女性たちが左右から手際よく布を扱い、気づけば服が脱がされ、別の服が身体に当てられていた。

 

「え、いや、あの……」

 

 声を掛ける。

 

 だが、すぐに明るい声が返ってきた。

 

「大丈夫ですよ、すぐ終わりますので」

「少々お静かにして頂けると助かります」

 

 全然聞いてくれない。

 

 使用人の二人はにこやかな顔を崩さぬまま、背中側で紐を締めていく。

 きゅっと腰が締まり、思わず背筋が伸びた。

 

「うぉっ……」

 

 息が少し詰まる。

 

 ドレスというものは、着るだけで姿勢が変わるらしい。

 胸元から腰にかけての線が妙に意識されるし、裾はふわりと広がって足にまとわりつく感覚がある。普段の動きやすい服と違って、ちょっと歩くだけでも「今いつもと違うものを着てますよ」という主張が強い。

 

 しかも使用人たちはそこからさらに容赦がない。

 

「こちら、少し詰めますね」

「裾はこのくらいで良さそうです」

「もう少しだけウエストを合わせましょう」

 

 紐を締め、裾を留め、布の流れを整え、肩や背中の位置を微調整していく。

 まるで最初からそう決まっていたみたいな手つきで、どんどん俺の身体にドレスを馴染ませていった。

 

 しばらくしてから、「では、こちらへ」と言われ、部屋にあった椅子へ座らされる。

 

 次は髪だった。

 普段はティナにツインテールにしてもらってる髪がほどかれ、肩から背中へさらりと落ちる。

 そのまま櫛で丁寧に梳かれていくたびに、頭皮の感覚まで違って感じるから不思議だ。

 

 長い金髪を何度も梳き、毛先を整え、顔まわりを少し残して、左右の髪を後ろでまとめていく。

 いつものツインテールよりもずっと大人っぽい。けれど、きっちりしすぎている訳でもなく、頬のあたりに柔らかく髪が残るせいで、可愛らしさもちゃんとある。

 

 後ろはゆるく束ねられ、まとめた位置から長い髪がそのまま背へ流れる形になった。毛先には少しだけ内側への丸みがつけられていて、動くたびにふわりと揺れる。

 

 ……何か、すごくちゃんとしてる。

 鏡を見なくても、いつもの自分じゃないのが分かる。

 次に、頬や目元へと指先が伸びてくる。

 

「あ、あの」

「少しだけですので」

 

 少しだけ、と言いながら、全然少しだけではない。

 頬に柔らかな色が乗せられ、目元には薄く影が足され、唇にも自然な艶が重ねられていく。

 派手ではない。だが、明らかに顔立ちが整って見える。

 全部終わったあと、使用人の一人が満足そうに頷いた。

 

「はい、終わりましたよ」

 

 そう言われて、机の上に置かれた鏡を見る。

 そこに映っていたのは、ものすごく可愛い少女だった。

 いや、いつも可愛いのは知っている。

 知っているが、髪と化粧とドレスで全部整えられた自分の姿は、普段のそれとは別物みたいだった。

 

「わぁ……!」

 

 思わず口から漏れた。

 

 いやいや、落ち着け。

 自分自身の姿だということは分かっている。分かってるんだが──

 可愛すぎるだろ、これ。

 

 赤いドレスは腰の線をきれいに見せつつ、裾はふわりと広がっていて、俺の金髪にも妙によく映えていた。

 普段みたいに元気でやんちゃっぽい可愛さではなく、ちゃんと“お嬢様っぽい”可愛さになっているのがまた困る。

 鏡の中の自分に、ちょっと見惚れる。

 いや、だってこれは……自分の姿でなかったら、普通に惚れてるだろ。

 

 そんな風に自分の姿へ感心していると、正面へ回ってきたリリアが、上から下までじっくり眺めて、嬉しそうな声を上げた。

 

「ほら、やっぱり!」

 

 ぱっと笑顔になる。

 

「あなたってば、元がすっごく可愛いんだから、ちゃんとしないともったいないわ! 我ながら、とっても良いドレスを選んだわね!」

 

 ものすごく満足そうだった。

 自分が選んだ玩具──いや違うな。自分が見立てた人形が思い通りに可愛く仕上がった、みたいな顔をしている。

 それから何かを思い出したように、ぱっと振り向いた。

 

「他の子たちもそろそろ終わる頃かしら。見てくるわ!」

 

 そう言って部屋を飛び出していく。

 使用人の二人も「では、お夕食の時間までしばしお待ちください」と頭を下げ、その後を追って去っていった。

 

 嵐のように現れ、嵐のように去っていく三人を見送る。

 部屋に残された俺は、ぽつんと一人きりになった。

 改めて鏡を見る。

 

 やっぱり、凄く可愛い。

 にしても、可愛すぎるだろ……。

 

 そう呟いたあとで、胸の奥が妙にざわついていることに気づく。

 

 自分自身の姿なのに、ドキドキしてしまう。

 それは単に可愛いからだけじゃない。

 

 今まであまり意識しないようにしていた、自分自身の性が女だということを、こうして改めて突きつけられた感じがしたのだ。

 しかも、化粧やドレスで可愛く着飾られることに、ほんの少しでも嬉しさみたいなものを感じてしまった気がして──

 

「だ、だめだ……!」

 

 思わず頭を抱える。

 

「俺は……心までそっちに行くわけには……!」

 

 ぶんぶん首を振っていると、こんこん、と控えめに扉が叩かれた。

 

「ど、どうぞ!」

 

 返事をすると、ティナとシエルが入ってくる。

 二人とも、ドレスを着ていた。

 

 シエルの顔はいつも通りなるべく隠すように整えられているが、ぼさぼさだった髪はきれいに整えられ、それだけで印象がだいぶ違う。

 

 ティナの方は、ふんわりした淡い色合いの可愛らしいドレスで、普段の元気な雰囲気とはまた違う、年相応の少女らしさがぐっと前に出ていた。

 シエルが苦笑いを浮かべる。

 

「急にドレスに着替えさせられたりして、びっくりしましたよ……。髪も直されそうになったので、何とか抵抗してこんな感じにしてもらいましたけど」

 

 シエルの髪はきちんと整っているが、顔があまり露わにならないよう調整されていた。

 これはこれで似合っている。

 ティナは少しもじもじしながら、裾をつまんだ。

 

「きゅ、急に来たから、戸惑ってる内にドレスに着替えさせられて、化粧までしてもらったけど……へ、変じゃないかしら?」

 

 不安げに俺とシエルを見る。

 シエルはにっこり笑った。

 

「ええ、とっても綺麗ですよ」

 

 俺も大きく頷く。

 

「ああ、本当本当。凄く似合ってるよ。きっとカイトも惚れ直すぜ」

 

 そう言った瞬間、ティナは顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ちょっと! や、やめてよ……もう」

 

 口ではそう言うが、まんざらでもなさそうだ。

 ふとシエルと目が合う。

 シエルは、ティナの反応を見て、嬉しそうな顔をしていた。

 ……お、これはシエルも、ティナがカイトのこと好きなのわかってるやつっぽいな。

 そうと決まれば、カイトにこの可愛い姿をしっかり見せてやらねばなるまい。

 

 そう思っていると、シエルが今度は俺に目を向けた。

 

「アウラさんも、凄く似合ってますよ。とっても可愛いです」

 

 ティナも、うんうんと勢いよく頷く。

 

「本当にね。あんた、素がものすごく可愛いんだから、ドレス着て化粧したら反則よ反則。可愛すぎるもの。その体型に顔……ちょっと羨ましいわ」

 

 い、いやぁ……。

 そう言われても、元々男だった自分が何と答えればいいのやら分からない。

 そんな風に戸惑っていると、再び扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 返事をすると、今度はカイトが入ってきた。

 カイトも服を借りたらしく、白いシャツに深緑色のベスト、細身のズボンを履いている上に髪もセットしてある為、別人みたいに見える。

 

「あぁ~、みんなここに居たんですね……着替えをもらって、こんないい服を借りたんですけど……変じゃないですかね……」

 

 そんなことを言いながら部屋へ入ってきたカイトは、俺たち三人の姿を見た瞬間、その場で固まった。

 ぴたりと止まる。

 口も半開きのまま動かない。

 シエルが、すっとティナの方へ寄った。

 

「じゃーん。どうですか、ティナさんのドレス姿! とっても似合ってて可愛いですよね?」

 

 いきなり真正面から振られたカイトは、壊れた人形みたいにこくこくと頷いた。

 

「は、はい……す、すごく似合ってて……」

 

 シエルがにっこり笑う。

 

「似合ってて?」

 

 追撃だった。

 カイトは耳まで赤くしながら、何とか絞り出す。

 

「か、可愛いと思います……」

 

 その瞬間、ティナが真っ赤になった。

 

「あぅ……あ、あの……ありがとう……」

 

 少し俯きながら、でも勇気を出したように続ける。

 

「あの……カイトも、凄くかっこいい……よ」

 

 おお。

 おおお。

 俺とシエルは後方で、うーん、何か青春してていいですねぇ、という感じで見守っていた。

 これが後方腕組という奴だろうか。

 

 ふと見てみると、半分開いていた扉の隙間から、にまにましたリリアの顔が覗く。

 

「うんうん、みんなとっても似合ってていいわ!」

 

 完全に覗き見していた顔だった。

 

「ティナとカイト、だったかしら。二人ともとってもお似合いよ」

 

 うふふ、と楽しそうに笑う。

 ティナは慌てた。

 

「い、いやいや別にそういう訳では……!」

 

 言い訳しようとするが、リリアは大きく頷くだけだった。

 

「言わなくても大丈夫よ! わかってるもの!」

 

 何もわかってない顔である。

 そして、ぱんと手を叩く。

 

「それじゃあ、もうしばらくしたら歓迎会ですし、一緒にあっちの食堂に行きましょう!」

 

 使用人たちも後ろでにこにこしていて、完全に流れが決まっていた。

 俺たちはそのまま、リリアたちに促される形で本館の食堂へ移動することになった。

 

 歩き出してすぐ、俺は内心で呻く。

 うぅ……ドレスって、違和感すごいな。

 

 腰回りはきゅっと締められているし、胸元もちゃんと整えられているせいで、背筋を曲げると妙に気になる。

 裾はふわっと広がっていて、足を大きく動かすと布が遅れてついてくる。普段の感覚で歩くと引っかけそうで怖いし、何よりスカート部分の存在感が強くて落ち着かない。

 

 しかも、少し急いで歩きたくてもそういう歩き方に向いていない。

 上品に、ゆっくり、綺麗に歩けと言われているような服だ。

 

 ティナもやや歩きにくそうにしていた。

 カイトは借りた上等な服が落ち着かないのか、肩や袖を気にしてそわそわしている。

 シエルだけはこういう服に慣れているのか、違和感が少なそうだった。

 

 本館の食堂は、一階の奥にあった。

 中へ入ると、思わず「おお……」と声が漏れそうになる。

 

 そこは家族の普段の食事にも、客を交えた晩餐にも使われる食堂らしく、十人から十五人ほどが無理なく座れそうな広さだった。中央には長い木製の食卓が置かれ、よく手入れされた椅子が整然と並んでいる。壁にはブルム家の紋章をあしらった簡素な装飾とタペストリーが掛けられ、暖炉の火と燭台の明かりが部屋全体に温かみを与えていた。

 

 豪奢すぎるわけではない。

 だが、辺境領主家らしい重厚さと落ち着きがあって、アストルの食堂なんかとはやはり空気が違う。

 

 食堂の中には、すでにクラウスとラルフ、ユリウスが座っていた。

 クラウスの近くには、いつものようにゲオルグが控えている。

 入った瞬間、リリアが「お父様!」と駆け寄り、そのままクラウスへ抱きついた。

 

「おいおい」

 

 クラウスは困ったような顔をしつつも、本気で引き剥がす気はないらしい。

 客人の前だからほどほどにな、と苦笑しているあたり、結局甘いのだろう。

 ゲオルグはにこりとしたまま椅子を引いた。

 

「さあ、リリア様。こちらへ」

 

 クラウスは俺たちを見ると、少し肩をすくめた。

 

「リリアに付き合ってもらってすまんな。どうもリリアは、ドレスや化粧をさせるのが好きみたいでな」

 

 それから少しだけ居住まいを正す。

 

「改めて、ようこそドゥル=ブルムへ。俺はクラウス・ヴァル・ブルム。この街を治めている男爵だ」

 

 俺は軽く頭を下げ、続けて皆を紹介した。

 

「こちらが友人のティナ、カイト、シャロンです。それと、エルフのマルルゥという魔法使いもいるのですが、外へ出かけているのか姿が見えなくて……」

 

 それを聞いて、ゲオルグが穏やかに答える。

 

「マルルゥ様でしたら、門番より出かけたと報告を受けております。まだお戻りではないようですね」

 

 どこに出かけてるんだあいつ。変な事してなきゃ良いんだが……。

 ティナとカイトは、がちがちに緊張したまま頭を下げた。

 

「よ、よろしくお願いいたします……」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 シエルは一歩前へ出ると、流れるような所作で軽く膝を折り、丁寧に一礼する。

 

「シャロンと申します。本日はこのようなお席にお招き頂き、ありがとうございます」

 

 ……さすが、慣れてるな。

 クラウスも自然に頷いた。

 そこで、クラウスがラルフの方へ視線を向ける。

 

「ラルフ、お前も挨拶を──」

 

 だが、ラルフは動かない。

 視線は完全に俺に向いていた。

 しかも、さっき以上に真っ赤である。

 

「ラルフ」

 

 クラウスがもう一度呼ぶ。

 

「……あ、ああっ!」

 

 ようやく我に返ったらしい。

 ラルフは慌てて立ち上がり、ぎこちない動作で頭を下げた。

 

「ラ、ラルフ・ヴァル・ブルムだ。よ、よろしく……頼む」

 

 その声もどこか上ずっている。

 さっきのハイレグアーマーの印象も残ってるんだろうが、今の姿も相当効いている気がする。

 まあ、俺自身が見惚れたくらいだ。気持ちはわかるぞ。

 クラウスはそんな息子を見て、軽くため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。

 

 続いて、リリアが椅子から立ち上がる。

 昼間と同じく、年齢に似合わぬ綺麗な挨拶だった。

 

「改めまして、リリア・ヴァル・ブルムでございますわ。皆様とご一緒できて、とても嬉しいです」

 

 そしてユリウスも穏やかに一礼する。

 

「リリア様の家庭教師をしております、ユリウスです。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 一通り紹介が済むと、クラウスが席へ着くよう促した。

 

「ささやかながら、歓迎の食事を用意した。楽しんでいってくれ」

 

 その言葉を合図に、使用人たちが料理を運び始める。

 俺たちもそれぞれ椅子へ腰を下ろした。

 席についてからも、ラルフは俺の方をチラチラと見てくる。

 しかも、たまに俺と目が合うたびに目を逸らし、また顔が赤くなる。

 ……大丈夫か、こいつ。

 

 俺が「よろしくお願いしますね」と小さく声を掛けると、ラルフは肩を跳ねさせた。

 

「あっ、いや……ああ! こちらこそ……!」

 

 やっぱり駄目そうだった。

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