【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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71話 ドゥル=ブルムの晩餐

 席に着くと、使用人たちが静かに料理を運び始めた。

 

 最初に俺たちの前へ置かれたのは、白くなめらかなスープだった。

 浅い皿の中で、とろりと揺れている。見た目はポタージュっぽいが、立ち上る香りはこれまで嗅いだことのないものだった。きつすぎず、ふわりとやわらかく広がる、上品で食欲をそそる匂いだ。

 

 全員の前に皿が行き渡ったところで、ミレイユが一歩下がった位置から丁寧に口を開く。

 

「最初のお皿は、月光茸のスープでございます」

 

 月光茸。

 俺が皿を見ていると、クラウスがこちらに目を向けて苦笑した。

 

「リリアがあんな調子でドレスなんぞ着せちまったから、まだ緊張してるかもしれんが……まあ、俺たちしかいないんだ。気楽に食べてくれ」

 

 ティナとカイトが、見るからにがちがちに固まっていたのが分かったんだろう。

 そう言ってもらえたおかげで、カイトは「は、はい……」と小さく返し、ほんの少しだけ肩の力が抜けたようだった。

 

 ティナは……うん。

 まだ普通に固いな。

 

 俺はスプーンを手に取り、そっとスープを口へ運ぶ。

 とろりとした口当たり。

 でも重たすぎるわけじゃない。舌の上をなめらかに滑っていって、飲み込んだあと、香りとやさしい旨味がじんわりと残る。

 

「おいし……」

 

 思わず声が漏れた。

 

 ティナもカイトも、シエルも、同じように一口目で表情がやわらいでいる。

 リリアはそれを見て、得意げに胸を張った。

 

「美味しいでしょー! 私の大好物なんですの!」

 

 その言い方がいちいち可愛い。

 ユリウスもスプーンを置いて、穏やかに微笑んだ。

 

「とても良い香りですね。月光茸はダンジョン内に自生する茸で、暗がりの中で月明かりのように淡く光ることから、そう呼ばれているんですよ。香りも良いですし、肌にも良いと言われていて、この辺りでは人気の食材ですよ」

 

 なるほど。

 名前だけじゃなく、本当に光るのか。

 シエルも静かに頷いた。

 

「とても上品なお味ですね。やわらかい口当たりなのに、後から香りが広がってきて……月光茸の良さがよく分かります」

 

 ……さすが、こういう場に慣れてるな。

 俺はスプーンを持ったまま、ユリウスの方を見た。

 

「ここの近くにダンジョンがあると聞いたのですが、そこで採れるんですか?」

 

 ユリウスはやさしそうな顔のまま頷く。

 

「ええ、そうです。ドゥルブルムの近くにはいくつかダンジョンがありますが、この月光茸は、その中の一つ──白灯の洞窟でよく採れるものですね」

 

 白灯の洞窟。

 名前からして、何か光るものが多そうだ。

 

「白灯の洞窟は、他のダンジョンと比べると比較的難易度が低く、低層でもこうした食材や素材になるものが採れることで人気なんです。月光茸も比較的多く採れますし、それなりに良い値で買い取ってもらえますから、冒険者にも人気のある品の一つですよ」

 

 へぇ……。

 ダンジョンの中で光る茸か。

 

 暗闇で光る茸自体は前世にもあった気がするが、月明かりみたいに見えるほど光るとなると、結構ちゃんと明るいんだろうか。ちょっと見てみたい気もするな。

 そんなことを考えながら食べ進めていると、ふと視線を感じた。

 ラルフだ。

 

 相変わらず赤い顔をしたまま、ちらちらとこっちを見ている。

 目が合いそうになると慌てて逸らすくせに、また少しすると見てくる。

 ……こいつ、本当に分かりやすいな。

 ちょうどその時、クラウスがその様子に気づいたのか、にやりと笑った。

 

「ラルフ」

「は、はい!?」

 

 びくっと肩を震わせる。

 

「さっきから落ち着かんようだが、何か言うことでもあるんじゃないのか?」

「え、い、いや、別に……」

 

 露骨にしどろもどろになるラルフ。

 リリアなんかは、もう完全に面白がっている顔だ。

 クラウスは肩をすくめる。

 

「せっかく着飾ってくれた客人に、似合ってるの一言も言えんのか」

 

 ラルフは耳まで真っ赤にしたまま、ぐっと拳を握った。

 そして、意を決したみたいにこっちを見る。

 

「……と、とても似合っている、と思う」

 

 一言一言、絞り出すみたいな声だった。

 普通にちょっと恥ずかしい。

 可愛い格好をさせられた時点でかなり落ち着かなかったのに、こうして真正面から言われると、何だか余計に意識してしまう。

 

 ……やめてくれ、俺は男だったんだぞ。

 こういうの、慣れてないんだって。

 でも、褒められて嬉しくないわけじゃない。

 それがまた困るんだが。

 

「い、いえ……ありがとうございます」

 

 思わず少し目を逸らしながら返してしまった。

 クラウスはにやにやしているし、リリアは「ほらやっぱり!」みたいな顔をしているし、ティナとシエルもどこか微笑ましそうだ。

 いややめてくれ、そんなに見ないでほしい。ドレスってだけで十分こっちは落ち着かないんだから。

 

 それにしても──

 こうして改めて褒められると、やっぱり少し照れるな。

 自分でも似合ってるとは思ったが、人に言われるとまた別だ。

 そんな風に考えていると、リリアがユリウスに話しかけた。

 

「ユリウス先生、月光茸のスープ、とっても美味しいですわね」

「ええ、本当に。今日の月光茸は特に香りが良いですね」

 

 ユリウスは穏やかに微笑む。

 

「リリア様も、きちんとお行儀よく召し上がっておられますね」

「当然ですわ! レディですもの」

 

 リリアは胸を張る。

 その様子を見て、クラウスが苦笑した。

 

「レディなら、もう少し落ち着いて食べるもんだぞ」

「お父様!」

 

 リリアが頬を膨らませる。

 和やかな雰囲気に、俺も少しだけ緊張が解けた。

 

 次の料理が運ばれてくる。

 メインは肉料理だった。

 ミレイユが肉の事を教えてくれる。

 

「次のお皿は、岩角鹿の香草焼きでございます」

 

 柔らかく焼かれた肉に、香草を効かせたソースがかかっている。

 付け合わせには色とりどりの焼き野菜。

 一口食べると、肉の旨味とソースの風味が口の中で混ざり合う。

 

「美味しい……」

 

 ティナが思わず呟く。

 カイトも目を丸くして何度も頷いている。

 

「こんな美味しいお肉が食べられるなんて……」

 

 シエルは静かに微笑みながら、丁寧にナイフとフォークを使っている。

 どれもこれも派手さより丁寧さを感じる味で、とても美味しい。

 ティナもカイトも、運ばれてくる皿を見るたびに少し驚いたような顔をしていて、それがちょっと面白い。 

 

 一通り料理を楽しんだあたりで、クラウスがこちらへ話を向けてきた。

 

「アストルからここまでは街道馬車を使ったんだろう? その間は、襲われるようなことはなかったのか」

 

 俺は正直に答えることにした。

 

「いえ、途中で襲われました」

 

 その一言で、食卓の空気が少しだけ変わる。

 俺は、顔にゴーグルのようなものをつけたライラという女魔法使いのこと、長髪で魔剣を三本も持っていた男のこと、気配を遮断する腕輪のことを、順を追って話していった。

 

「魔剣を三本も?」

 

 クラウスが、興味深そうに目を細める。

 

「ええ。今外出しているエルフの魔法使いが追い払ってくれましたが、彼らは自分たちで魔剣を作っているような口ぶりでした。それに魔剣を三本とも壊したのに、特に惜しむ感じもなくて……そのまま捨てていったんですよ」

 

 そこで少しだけ間を置く。

 

「その友人が言うには……魔導国家の人間なんじゃないか、と」

 

 その瞬間だった。

 クラウスだけじゃない。

 ゲオルグも、ラルフも、ぴくりと表情を動かした。

 食卓の空気が、ほんの一段だけ冷える。

 クラウスが、今まで見たことのないような、ひんやりした笑みを浮かべた。

 

「魔導国家、ね」

 

 その声音は低く静かだったが、逆にそれが少し怖い。

 

「俺の方でも、少し調べておきたいな。その友人のエルフが戻ってきたら、話がしたい。戻ってからで構わん。伝えてくれるか」

「は、はい」

 

 思わずそう返す。

 ……何か地雷でも踏んだのだろうか。

 

 ちらりと横を見ると、シエルが少しだけ目を伏せていた。

 手元のナイフとフォークが、一瞬だけ止まる。唇をきゅっと結んでいて、その表情には申し訳なさがにじんでいた。

 たぶん、自分と勘違いされたせいで、俺が襲われたことを気にしているんだろう。

 こうして男爵に匿ってもらえたわけだし、気にしなくて良いんだがな。

 

 少し空気を変えるように、クラウスが別の話題を持ち出した。

 

「そういえば、預かっていた魔剣を見させてもらったが、良いものを見せてもらった。あれほどの魔剣は中々お目にかかれん。そこでだ、よければ近いうちに切れ味なんかも見させてもらえないか?」

「ええ、もちろん構いませんよ」

 

 そう答えると、ゲオルグが穏やかに続けた。

 

「アウラ様の剣の腕は、かなりのものでしたよ。昼間に少し見せていただきましたが、まるで手本のような動きで、無駄のない良い動きでした」

 

 褒められると、流石にちょっと照れる。

 クラウスは「ほぅ」と感心したように頷き、それからラルフの方を見る。

 

「そりゃ大したもんだ。ラルフ、お前、少し手合わせしてもらったらどうだ?」

「えっ」

 

 いきなり話を振られ、ラルフはまた露骨に焦った。

 

「あ、いや……それは、その……彼女が良ければ……」

 

 そんな風にしどろもどろになるので、俺はすかさず答える。

 

「ええ、構いません。よろしくお願いします」

 

 ラルフはまた顔を赤くした。

 

「あ、あぁ……では、よろしく頼む……」

 

 本当に大丈夫か、こいつ。

 そこへ、クラウスが思い出したように言った。

 

「そうそう、あの奇抜なデザインの鎧も、もう一度見せてほしい」

 

 うぅ……ここで来るか。

 しかしまぁ、ただでこんな良い場所に匿ってもらっているんだ。

 ハイレグアーマーをまた見せるのは正直かなり憚られるが、ここまで世話になっておいて拒むわけにもいかない。

 俺は覚悟を決めた。

 

「……わかりました。お見せします」

 

 その話を聞いたリリアが、途端に顔を輝かせる。

 

「お父様、奇抜なデザインってどんな鎧なんですの!? 私も見たいです!」

 

 クラウスは、しまった、という顔になった。

 

「あー……いや、まあ、お前にはちょっとまだ……」

 

 濁そうとするが、リリアは全く引かない。

 

「約束ですわ! アウラ、お父様だけではなく、私にも見せてくださいね!」

 

 にっこりした笑顔だった。

 いや、断れない笑顔とも言う。

 

「は、ははは……」

 

 乾いた笑いしか出ない。

 しかしそう言われたら、見せるしかないだろう。

 ラルフはハイレグアーマー姿の俺を思い出したのか、また固まっているし。

 ユリウスも穏やかに言った。

 

「魔剣に鎧ですか……。クラウス様がそこまで興味を持たれるということは、面白い品なのでしょうね」

 

 クラウスは頷く。

 

「ああ。先生にも見てもらった方が良いだろうな。どういった品なのか、先生からも意見を貰いたい」

 

 これはつまり、俺の恥ずかしい姿を見られる人が増えるってことですね。

 俺はデザートのフルーツを、死んだ目でむしゃむしゃ食べるしかなかった。

 

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